2019/03/15

国立3月中席(2019/3/14)

国立演芸場3月中席・4日目

前座・三遊亭馬ん次『千早ふる』
<  番組  >
雷門音助『鈴ヶ森』
鏡味よし乃『太神楽曲芸』
三遊亭遊雀『熊の皮』
マグナム小林『バイオリン漫談』
雷門助六『長短』
~仲入り~
三遊亭遊之介『河豚鍋』
桧山うめ吉『俗曲』
三遊亭遊三『柳田格之進』

国立演芸場3月中席は芸協の芝居。交互出演で音助と遊雀が出る4日目に出向く。開演直前に行ったらほぼ満員だったので驚いた。どうやら学生の団体が入っていたようだ。

落語は大半が会話で成り立っている。大家/店子、隠居/八(熊)、亭主/女房、主人/奉公人、兄貴分/弟分、店員(花魁)/客、など組み合わせは様々だ。演者はそれぞれの人物や相互の人間関係をセリフや表情で表現させる。こうした「演じ分け」が出来るかどうかで噺家の芸が上手いか下手かが決まる、最も大切な部分だ。

音助『鈴ヶ森』、期待の二ツ目で久々だったが、この日の出来は感心しない。この噺の泥棒の親分と子分の会話は、漫才でいえばボケとツッコミの関係になると思う。これを典型的に演じていたのは亡くなった喜多八だった。音助の高座では、この二人の会話が同じリズムになっているので面白さが湧いてこない。

よし乃『太神楽曲芸』、健気に演じる。

遊雀『熊の皮』、昔からこのネタは得意としていて、久々に聴いたがやはり面白かった。亭主/女房、医者/亭主の演じ分けが上手い、だから面白い。赤飯のお礼にと女房から命じられしぶしぶ医者宅に伺った甚兵衛、医者が「わざわざ来なくてもいいのに」というと、甚兵衛は「あっしもそう思って女房に言ったんですけど」っと答える。医者が病人を治したと言うと甚兵衛が「そりゃ、珍しい」。医者が「あたしはお前さんの事が大好きなんだよ」と言うと甚兵衛は「あっしは先生の事はあんまり好きじゃないんです」と答える。この会話のテンポや間が良いのだ。
最近の若手がこのネタを演じるのを聴くと、遊雀の高座が一つのモデルになっている気がする。

マグナム小林『バイオリン漫談』、バイオリンを弾きながらタップを踏むというバカバカしい芸が売りで、「暴れん坊将軍」や「ラデツキー行進曲」の演奏で会場を盛り上げていた。こうした色物の芸人がいるのが芸協の強みだ。

助六『長短』、マクラのつもりだろうがつまらない世間話を延々としゃべり、ネタはサゲまで行かずに途中で切り上げる。かといって操り踊りを披露するでも無し。毎度の事ながら、仲入りにも拘わらずこうした手抜きの高座を見せるから客が離れるのだ。

遊之介『河豚鍋』、初見。この噺は、出入りに主人の所へ幇間が訪ねてきて二人で向かい合って河豚鍋をつつくという設定だ。会話は、旦那/幇間という風になるのだが、それらしく見えない。

うめ吉『俗曲』、寄席の音曲師と見た場合、この人の欠点は声が細いのと低音が弱いこと。まあ、そこは器量の良いとこでカバーして。

遊三『柳田格之進』、唯一のネタ出しで、10日間同じ演目を掛ける。この人の喋りは押したり引いたりが無いのが特長だと思う。会話の部分では、柳田/店の主人、柳田/店の番頭、柳田/娘、それぞれの演じ分けはきちんとなされていた。

昨日、蝶花楼馬楽の訃報が伝えられた。
寄席で何度か高座に接したが、昔気質の芸風と、時に寄席の踊りを披露していたのが印象に残っている。
ご冥福を祈る。

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2019/03/13

文学座 『 寒花 』(2019/3/11)

文学座公演 『 寒花 』  
日時:2019年3月11日(月)18時30分
会場:紀伊國屋サザンシアター  
作:鐘下辰男
演出:西川信廣
<   キャスト   >
瀬戸口郁:安重根(アン・ジュングン)
佐川和正:楠龍生(通訳)
新橋耐子:楠の母
細貝光司:黒木鉄吉(外務省政務局長)
若松泰弘:宮田健蔵(監獄医)
大滝寛:吉原健次郎(典獄)
得丸伸二:蘇我啓輔(看守長)
鈴木弘秋:高木治介(模範囚)
池田倫太朗:清水貞雄(看守)
常住富大:佐々木幹夫(看守)
横山祥二:刑事

本作品は1997年に初演、読売演劇大賞や紀伊国屋演劇賞を受賞したもので、今回が再演。
「私が伊藤公を殺したのは、公爵がいれば東洋の平和を乱し、日本と朝鮮の間を疎隔するのみであります。本当にやむにやまれぬ心から公爵の命を奪ったのであります。」
「悠久なる朝鮮の歴史の上に一個の捨て石となれば満足であると私は思っています。いつの日か朝鮮に、日本に、そして東洋に、本当の平和がやってきて欲しいのです。」
以上は、伊藤博文を暗殺した朝鮮人青年・安重根の言葉である。本作品は、安重根が死刑囚として収監されてから処刑されるまでを描いたものだ。

【あらすじ】
明治43年(1910年)、旧南満州・旅順の監獄に、ハルビン駅前で時の韓国統監であった伊藤博文を暗殺した安重根が収監されてくる。 日露戦争の戦勝国として、文明国としての体面を保つため、無事に安の死刑を執行すべく派遣されるエリート外務省高官と、その指示に忠実に従う監獄の長である典獄。それに抵抗する看守長は、囚人は暴力で抑えるしかないと主張する。安の隣の独房には獄内の情報提供者である模範囚が配置され、監視役をやらされる。彼らの確執を冷ややかに見ているシニカルな監獄医。
そこに統監府から差し向けられた朝鮮語通訳の楠龍生は、精神を病んだ母を抱えて赴任してくる。
安の手記を読み、その毅然たる態度に惹かれてゆく楠と安の間は次第に心が通じ合い、静かな対話が続くが・・・。

安重根について、当時の日本の新聞は不逞浪人とされていたようだが、実家は高級官僚で、本人はクリスチャンだった。処刑を前にして泰然自若としていたのは信仰のせいもあったのだろう。
この芝居は安重根そのものを描いたものではなく、安を取り巻く日本人たちの葛藤を描くことに重点が置かれている。
一つは、外務省の高級官僚は薩長閥だが、その他の監獄の関係者はいずれも官軍に打ち負かされた東北の士族の出身だ。この時代は、薩長閥でなめれば出世できなかったので、みな不遇をかこっているという共通点がある。その怒りの矛先が看守長の場合は、囚人や朝鮮人に向けられていく。
通訳の父親は戊辰戦争で官軍によって処刑され、兄は先の日露戦争で戦死。そうした事から母親は気が狂ってしまう。仕方なく母の手を紐で縛り柱に括り付けるのだが、それはあたかも安が獄中でも常に手錠をかけられていると同義であることに気付くのだ。
安と通訳との対話は文学的だが、安が伊藤博文を暗殺にするに至った心の内をもっと描いて欲しかった気もする。

出演者では、通訳の母を演じた新橋耐子の存在感が群を抜いている。彼女が出てくると舞台全体を浚ってしまう。

この戯曲が初演された23年前と今とでは、在日に対するヘイトスピーチの横行や、韓国や朝鮮人に対する差別意識は大きく変わっている。私たちが冷静に過去に向き合うべき時に、こうした作品が上演されるのはとても意義のあることだ。

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2019/03/11

桂雀々独演会(2019/3/10)

「桂雀々独演会」
日時:2019年3月10日(日)14:時
会場:横浜にぎわい座 芸能ホール
<  番組  >
開口一番・桂優々『牛ほめ』
桂雀々『地獄八景亡者戯(じごくばっけいもうじゃのたわむれ)』
~仲入り~
桂雀々『一文笛』

桂雀々、落語好きな方ならご存知だろうが上方落語家。師匠は桂枝雀なので米朝の孫弟子にあたる。典型的な爆笑型の噺家で、古典をデフォルメしてより笑いの要素を強くし、全身を使った大きなアクションで客席を圧倒する様な高座スタイルが特長だ。
2011年から拠点を東京に移したが、昨年から芸歴40周年の記念公演を全国で展開中で、先月には新歌舞伎座を満員にするなど、大阪でも依然として人気が高い。
東京落語の「粋」とは正反対の芸風だが、東京でも確実にファンを増やし、この日の会も2階席まで一杯の入り。

桂雀々の1席目『地獄八景亡者戯』
米朝によれば、元は「東の旅」こと『伊勢参宮神之賑』の一部だったようだ。現在の形にしたのは、米朝が先人の噺から再構築したもの。
上方落語の旅の噺には奇想天外のものがあるが、これはあの世への旅の物語。
粗筋は、サバの刺身を食べて食当たりで死んだ喜六が、冥土への旅路で伊勢屋のご隠居と再会し、それとは別に放蕩を尽くしもう遊ぶ所が無くなった若旦那がフグにあたり、芸者・幇間の一行を連れてあの世にやってくる。これから三途の川渡り、六道の辻、更には芝居小屋や寄席といった娯楽施設の案内があり、極楽行きの経文を購入して、といったストーリーが登場人物が入れ替わりながら進んでゆく。
やがて亡者どもは閻魔の庁にたどり着き、ここで地獄行きと極楽行きとが選別される。最後は閻魔大王の裁定により、一同の中から4人の男が地獄行きとなり、彼らの芸や機転により地獄の責め苦から逃れるというもの。
1時間を超える上方落語の大ネタとされているが、中身は全編を通じて時事ネタを交えたギャグが入りる、他愛ないものだ。それだけに長時間を持たせる技量が求められる。
この日の雀々の高座はマクラを含めて1時間半と長っかたが、全身を使った身振り手振りの熱演で会場を沸かしていた。
時事ネタでは、例えば作業委に帽子、サングラスにマスクで顔を隠した亡者が現れる。死因を訊くと、ルノーと日産と三菱自動車の3重衝突による「ゴーン」という事故に遭った男、といった具合。
この1席でお客は満腹状態だったろう。

桂雀々の2席目『一文笛』
桂米朝作の落語で、最近では東京でも演じられている。
泥棒の噺というと大抵は間抜けな人物がネタにさえるが、珍しく人情噺風のストーリーになっている。
1席目とはうってかわって、短編ながら雀々はしっとりと聴かせていた。

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2019/03/09

米国の格差と差別を描く「SWEATスウェット」(2019/3/7)

劇団青年座第235回公演「SWEATスウェット」
日時:2019年3月7日(木)
会場:駅前劇場(下北沢)
作=リン・ノッテージ
翻訳=小田島恒志、小田島則子
演出=伊藤大
<    キャスト    >
トレーシー=松熊つる松(ドイツ系白人/工員)
シンシア=野々村のん(黒人/工員)
ジェシー=佐野美幸(イタリア系白人/工員)
イーヴァン=山賀教弘(黒人/保護監察官)
ジェイソン=久留飛雄己(ドイツ系白人/トレーシーの息子)
クリス=逢笠恵祐(黒人/シンシアの息子)
スタン=五十嵐明(ドイツ系白人/バーテンダー)
オスカー=松田周(コロンビア系アメリカ人/バーの従業員)
ブルーシー=加藤満(黒人/シンシアの元夫)

【あらすじ】
舞台は2000-2008年にかけての、全米で最も貧しい街の一つとされるペンシルバニア州レディング。
この町で最も大きな工場で、もう20数年工員として働くトレーシー、ジェシー、シンシアの3人はお互い親友同士で、同じバーに通い続けている。
トレーシーの息子ジェイソンとシンシアの息子クリスは友人で、母親と同じ工場で働いている。
しかし、経済のグローバル化の波はこの土地にも容赦なく押し寄せ、安い労働力を求め工場がメキシコに移転されるという噂が流れる。
そうした不安定な状況から抜け出そうとトレーシー、ジェシー、シンシアの3人は管理職試験を受けるが、シンシアだけが合格し、3人の友情に亀裂が入ってしまう。
シンシアにはブルーシーという夫がいたが、別の工場を解雇されたのがきっかけでドラッグに頼る生活に陥っていた。
クリスはそうした両親の姿を見て大学を受験して合格、進学に向けて貯金を始めようと準備をしている。
折しも、会社は更なるコストダウンを目標に掲げ、メキシコへの工場移転を発表する。それに対し組合はストライキを決行するが、反対に工場から完全に締め出される。
会社側は生産を維持するためにより安い労働力を求め、彼らが通うバーのバーテンダー・スタンの下で働く移民のオスカーたちを臨時雇用する。
工場をロックアウトされた労働者たちの怒りはオスカーに向けられ、悲劇的な事件が引き起こされてしまうが・・・。

親子3代にわたって同じ工場に勤め、貧しいながらも暮らしを楽しんでいた人々が、一瞬のうちに生活を奪われてしまう米国のラストベルト(錆びついた工業地帯)で働く労働者の姿と、極端な格差社会の現状を描いた作品だ。
日本でも同様の問題は起きているが、米国の場合はこれに加えて白人vs.黒人、マイノリティ、移民といった対立や差別がより問題を複雑化している。
シンシアという女性工員は12時間立ちっぱなしという勤務を20数年間続け、もう身体もボロボロだった。だからエアコンの効いた部屋で椅子に座って仕事ができる管理職を得たのだが、仲間からは裏切りと見做され攻撃の対象となる。彼女が黒人だったことも周囲からは優遇されたのだと映るのだ。
南米からの移民の子であるオスカーだって、決して工場の労働者たちを敵視しているわけではなく、ただまともな仕事とまともな暮らしをしたいため工場の臨時の仕事に就いたのだ。しかし、周囲からはヨソモノが自分たちに土地に勝手に入り込み仕事を奪った存在として憎悪の対象となってしまう。
本来なら彼らの怒りは、会社の利益のためにより安い労働力を求め海外へ工場移転するような経営者に向かうべきなのだが、それが却って仲間同士に攻撃の矛先が向けられてしまう。
劇中で「アメリカという国はどうなってしまうんだ」と叫ぶシーンがあるが、その行き着く先がトランプ大統領の出現だったという事になるだろう。
本作品は今回が日本での初演になるようだが、再演されるべき価値のある戯曲である。

演技陣では、バーテンダーを演じた五十嵐明や、ヤク中の黒人っを演じた加藤満の好演が光る。

公演は12日まで。

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2019/03/07

国立3月上席(2019/3/6)

国立演芸場3月上席・6日目

前座・橘家門朗『道灌』
<   番組   >
柳家ほたる『真田小僧』
柳家小八『小言念仏』
ジキジキ『音曲漫才』
林家きく麿『歯ンデレラ』
柳家小里ん『棒鱈』
─仲入り─
ホームラン『漫才』
橘家文蔵『手紙無筆』
マギー隆司『奇術』
柳家小満ん『寝床』

NHK大河ドラマ『いだてん』の視聴率が悪いと話題になっているようだ。
やれ脚本がどうの、役者がどうのと書かれているが、どだい前回の東京オリンピックをドラマのテーマにした時点で間違っている。我々の受信料を使って国策ドラマを企画したこと自体、政府への忖度があまりにミエミエだ。視聴者からソッポを向かれるのは当然の結果だろう。

さて、国立演芸場の3月上席は落語協会の芝居だが、顔づけが良いので6日目に出向く。

ほたる『真田小僧』、久々だったが上手くなった。小生意気な男の子の造形が良かった。

小八『小言念仏』、このネタのキモは、念仏から会話へ、また会話から念仏に入るタイミングだが、師匠の領域にはまだまだだ。

ジキジキ『音曲漫才』、夫婦の音曲漫才となると、このコンビしかいないのでは。貴重な存在だ。演者自身が楽しそうに演じるので、会場全体が華やかになる。

きく麿『歯ンデレラ』、先ずはマクラで小林旭の物真似を披露。ネタは、シンデレラのガラスの靴の代わりに入れ歯というストーリーだが、前半の嫁と姑の言い争いの箇所が面白かった。機会があれば古典も聴いてみたい。

小里ん『棒鱈』、騒ぎを聞いて侍から手討ちにされようとしている男を寅さんが連れ帰ろうとする演り方は初めて観た。淡々とした喋りに可笑しさが醸し出されるという高座はいつも通りだが、この日はいくつか小さなミスもあり、今一つ気合が入っていない印象を受けた。

ホームラン『漫才』、最近のこのコンビはほとんどネタ合わせをしていないと思われる。最後の『四谷3丁目』という唄を勘太郎が熱唱し、傍でタニシが踊るという演出以外は全てアドリブに見えた。それでも受けるんだから、そこは芸の力か。

文蔵『手紙無筆』、お馴染みのネタだが、突然の大声で寝ていた客を起こすというアドリブ付き。

小満ん『寝床』
昭和を代表する名人8代目文楽だが、この芸を正統に継承している弟子というのは、恐らくはこの小満んだけではなかろうか。
『寝床』は珍しく8代目文楽、志ん生、圓生が揃って高座に掛けている。
このうち文楽の演じ方が最もスタンダードと思われる。小満んの高座は文楽の演じ方を忠実に再現させていた。例えば、旋毛を曲げていた主人を番頭が甘言で説得すると、主人が徐々に怒りを収めご機嫌を取り戻すという場面は巧みだ。
加えて、子どもを連れてきた長屋の衆に幼い頃から抵抗力をつけるんだと言わせたり、ワサビが効いた刺身を食べて義太夫じゃ泣けないからワサビで泣かせようとする板前の腕前を褒めたりと、」言った独自のクスグリも入れていた。

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2019/03/06

三遊亭遊雀独演会(2019/3/5)

ぎやまん寄席「三遊亭遊雀独演会」
日時:2019年3月5日(火)18時45分
会場:湯島天神 参集殿
<  番組  >
前座・橘家門朗『天災』
三遊亭遊雀『花見の仇討』
~仲入り~
三遊亭遊雀『淀五郎』

Yushima
久々に遊雀を観たくなって湯島天神へ。湯島といえば梅、暖かい気候に誘われて少し散りかけていたが、梅見ができた。せっかくの写真だが手振れでボケてしまったのでご勘弁を。
「湯島の白梅」といえば、かつて男女の漫才コンビの定番だった。最近お目に掛かれないのは、ストーリーを知らない人が増えたせいか。

前座の門朗、「落語協会の煽り運転」という綽名で呼ばれている文蔵の弟子。この日は遊雀から25分演ってくれと命じられたとのことで、前座にしては珍しい『天災』を掛けた。小里んから稽古されたようだが、まだ粗削りながら先代小さんのネタを忠実に演じた。

遊雀の1席目『花見の仇討』
古典落語にも流行り廃りがあり、近ごろでは桜の季節になるとこのネタが多くなる。『長屋の花見』もよく掛かるが、反面『花見酒』や『花見小僧』が高座に掛かる機会はめったにない。両方とも良く出来た噺なので大切にして欲しい。
さて、遊雀だが『花見の仇討』は得意としている。過去に2度ほど聴いているが、今回のものが一番出来が良かった。時間をタップリかけたせいか、各場面が丁寧に描かれていた。
例えば、仇討の稽古をする場面で巡礼が敵にめぐりあって驚くシーンや、浪人者に扮した男が遅れた仲間をイライラしながら煙草を吸う仕草や、助太刀に現れた侍が巡礼役に「目をつぶって相手に刀を突きだせ」と命じるとその通りに実行するので浪人役が慌てて避けるといった工夫を加えていた。
遊雀は持ち前の眼力を活かして会場を終始沸かせていた。

遊雀の2席目『淀五郎』
以前に『四段目』は聴いた覚えがあるが、芝居噺はそう得意じゃないといたので意外な選択だった。
このネタは大きく分けて二つの演じ方があり、一つは圓生の型で思い詰めていた淀五郎を中村仲蔵が懇切丁寧に演技指導するというもの。もう一つは志ん生の型で判官の心得だけを指摘するものだ。遊雀の高座は志ん生の型に近かった様だが、判官切腹の場の描写は圓生に近い。
分からないのは、判官役の淀五郎の演技に納得いかず、由良助役の團蔵が花道で肩を落として首を振る仕草をしたことだ。いくら淀五郎の演技に不満があったにせよ、役者が舞台の上であからさまに態度で示すだろうか。全体としては決して悪い出来ではなかったが、この不自然さが気になってしまった。


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2019/03/03

「花形演芸会」(2019/3/2)

第478回「花形演芸会」
日時:2019年3月2日(土)18時
会場:国立演芸場
<   番組   >
前座・春風亭一猿『商売根問』
春風亭一左『普段の袴』
神田松之丞『吉岡治太夫』
北海翼『奇術』
古今亭文菊『転宅』
―仲入り―
春風亭一朝『短命』
宮田陽・昇『漫才』
桂吉坊『胴乱の幸助』

弥生の時期に入り暖かい日が続く東京、2月の国立演芸場「花形演芸会」はトリに上方の桂吉坊とあって、こいつぁ春から・・・と、いそいそ出向く。

前座の一猿、ここの所よく顔を見る。ということは期待されているんだろう。達者な感じだ。

一左『普段の袴』、このネタは普段の寄席で、一之輔のものが耳慣れているせいか、印象が希薄だ。

松之丞『吉岡治太夫』、今や人気絶頂で、女性客の中にはこの人目当てが多かったようだ。
『寛永宮本武蔵伝』のうち『吉岡治太夫』、但し武蔵は出てこない。かつて武田の家臣だった吉岡治太夫が京都で道場を開き、ただ一人の門弟が受けた屈辱を晴らすため卜部藤蔵の道場に乗り込み、卜部をさんざん打ちのめす。
どうやらこの吉岡治太夫の息子が後に清十郎となり、有名な武蔵との決闘となるらしい。
松之丞の良さは、講談をエンターテインメントにした点だろう。いわゆるマニアだけでなく、講談を初めて聴く人でも楽しませる術を心得ている。
落語にせよ講談にせよ浪曲にせよ、みな大衆芸能だから、一般大衆に受け容れられなけれが生きていけない。

北海翼『奇術』、和風手妻だ。技術は左程とも思えぬが見せ方が上手い。

文菊『転宅』、この人らしく丁寧に演じ楽しませてくれた。そろそろあの嫌味なマクラは卒業したらどうだろうか。

一朝『短命』、お馴染みの艶笑噺で軽く笑わせる。

陽・昇『漫才』、この日は『芝浜』をネタにした漫才だったが、とにかく可笑しい。いま、東京の漫才師でこのコンビが一番面白いと思う。

吉坊『胴乱の幸助』、上方の大ネタに挑んだが、良い出来だった。この噺のポイントの一つは、五目の師匠が弟子に『お半長』の帯屋の段の冒頭を一節語る場面で、吉坊の高座ではこれがサマになっている。高座が締まるのだ。
浄瑠璃を実話と取り違える幸助と周囲の人との会話のずれを巧みに演じて見せた。

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2019/02/24

お知らせ

1週間ほど小休止します。

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2019/02/22

映画『金子文子と朴烈』(2019/2/22)

Fumiko
『金子文子と朴烈』
監督/イ・ジュンイク 
脚本/ファン・ソング
<   主なキャスト   >
チェ・ヒソ:金子文子
イ・ジェフン:朴烈(パク・ヨル)
キム・インウ:水野錬太郎(内務大臣)
山野内扶:布施辰治(弁護士)
キム・ジュンハン:立松懐清(予審判事)
金守珍:牧野菊之助(裁判長)
配給/太秦 PG12
2月16日(土)より渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開中

映画館に行くのは年に1回あるかないかだが、韓国映画『金子文子と朴烈』という作品を観に、渋谷の宮益坂上近くの小さな映画館「シアター・イメージフォーラム」に出向く。
金子文子と朴烈についてはその事件とともに、多くの資料や評論、小説やノンフィクションでとり上げられていて、最近もある月刊誌で金子文子の生涯についての連載記事が載っていたことから興味を覚えたのだ。
登場人物は全て実名である。

1923年の東京。アナーキストらが集うおでん屋で働いていた金子文子は「犬ころ」という詩に心を奪われ、この詩を書いた朝鮮人の朴烈に出会う。彼に共鳴した文子は直ちに同志、そして恋人として生きる決心をする。二人は、日本人や在日朝鮮人による「不逞社」を結成するが、その直後の9月1日に関東大震災が発生する。
震災の混乱に乗じて、「朝鮮人が井戸に毒を投げ入れ、火を放っている」というデマが流され、自警団による朝鮮人虐殺事件が各地で起き、犠牲となった朝鮮人は数千人に及ぶといわれている。
朝鮮人大虐殺を招いた内務大臣・水野錬太郎は国際世論をかわすために、朝鮮人たちが爆弾を使って皇太子(その後の昭和天皇)の暗殺を企てたという筋書きを作り、そのスケープゴートに選ばれたのが朴と文子だった。
二人は水野がでっち上げた「大逆罪」をあえて認めることで法廷に立ち、大日本帝国の権力者たちを糾弾し、文字通り命懸けの闘いに挑む。特に天皇制に対する批判は峻烈だ。
この法廷闘争により、関東大震災時の朝鮮人虐殺が国際的にも知られるようになる。
しかし二人は、予審判事や弁護士の助力にも拘わらず死刑判決を受け、その後恩赦で終身懲役に減刑されるが、文子は獄死(自殺という説もある)してしまう。

韓国の作品だが、金子文子と朴烈二人は事件に関与していないと確信した予審判事が罪を軽くするよう腐心したり、困難な中で弁護活動をした布施弁護士らの活躍や、法廷に提出するため文子の書いた文書を添削してくれた刑務官がいたりと、決して日本人を一方的に悪人として描いていない。
出演者では文子を演じたチェ・ヒソの知的で凛とした美しさが光る。
ただ作品の中で、金子文子がなぜ死を賭してまで日本の権力者と闘わざるを得なかったのか、その背景がもう一つ描き切れていなかった憾みがある。

不都合な事実は「無かったこと」にしようとする昨今の日本の風潮に一石を投じる作品として注目されよう。

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2019/02/18

立川ぜん馬、渾身の『ちきり伊勢屋』(2019/2/17)

「ぜん馬・扇遊 二人会」

前座・桂こう治『牛ほめ』
<   番組   >
立川ぜん馬『ちきり伊勢屋』
~仲入り~
入船亭扇遊『付き馬』

水泳の池江選手が白血病だったという事が連日の様にニュースやワイドショーなどでとり上げられていた。
「本人が治療に専念し無事回復できるよう静かに見守りたい」
と揃って言っておいて、大騒ぎしている。
池江さんと医療スタッフ以外の第三者が、今直ぐに出来ることは何もない。だから文字通りじっと静かに見守るしかない。
この件でよけいな事をしゃべって五輪担当相が叩かれていたが、あの人は他人の名前も覚えない、自分の経歴さえも思い出せない、落語でいえば与太郎だ。与太郎に罪はない。「愚者無罪」である。
むしろこの件で分かったことは、志ん生じゃないが五輪担当相なんてもんは「シャツの三つ目のボタン」で「あってもなくてもいい」存在だということ。スポーツなら文科省の所管だし、JOCや五輪組織委員会があり、主催者である東京都がある。こんな大臣を置くこと自体が間違っているのだ。

さて本題の「ぜん馬・扇遊 二人会」。
立川流の中で最も噺が上手い人はと言うと、これは人によって答えが異なるだろう。私は立川ぜん馬が一番だと思う。昨年聴いた『夢金』なんか実に結構でした。本寸法だし芸に艶がある。
何より立川流の一部にある「どうだ、オレはうめえだろう」臭が無いの良い。だいたい、自分は上手いなんて自惚れているのにロクな噺家はいない。そういうのはせいぜいTVのコメンテーターでもやって稼ぐんだね。誰とは言わないけど。
立川ぜん馬の話に戻るが、5つの癌と闘い(本人曰く、罹ってないのは子宮癌と乳癌だけ)、落ち着いてきたら新たに血球貧食症候群という難病を患っている。それでも元気に高座をつとめているが、この日は声の調子が悪いため当初の出番を入れ替えて前方に上がった。

ぜん馬『ちきり伊勢屋』
確かに声の出が悪く、ネタも途中で切り上げる事になるかもしれないというお断りがあった。その場合は後方の扇遊が2席演じる予定で待機しているという。今日がぜん馬の最後の高座になるかも、だから今のうちご祝儀をなどと冗談を言いながら本題に入る。

【あらすじ】
麹町の質屋ちきり伊勢屋の若旦那傳次郎が、占いが当たると評判の易者の白井左近に易を診て貰うと死相が現れているのを見とがめ、およそ半年後の来年二月十五日の正九刻に死ぬという。亡父のむごい商いの祟りが傳次郎自身にふりかかったものでどうすることもできない。残された人生は善行を積んで来世に望みをつなぐことしかない宣言される。
絶望した傳次郎は次の日から江戸を歩きまわり貧しい者を助ける。赤坂の喰違坂で首を括くろうとする哀れな母親と娘に百両与えるなど人助けに励む。それに飽きると今度は茶屋遊びから吉原、柳橋を遊び倒して財産が尽き果てるころ、店の者に手当を渡して暇をやり、左近が予言した自分の命日を待つ。
いよいよ二月十五日の正九刻を向かえると、金にあかした葬儀が始まる。傳次郎は立派な死に装束で棺桶に入り、菩提寺で大和尚にねんごろな読経をあげてもらい、正九刻に墓に埋めようとしてもまだ生きている。 
結局生きたまま全財産を失った傳次郎は、とうとう宿無しとなってしまう。その年の9月になって、傳次郎は高輪の大木戸で白井左近に出くわし、お前の占いが外れたからこんな目に合ったと文句を言う。すると左近はもう一度傳次郎の顔を診て、あなたが首くくりの母娘を助けたことで父親の悪行の呪いが解けたのだ。八十まで長生きするのだと言う。
怒る傳次郎に左近は、品川のほうに幸福があると告げる。そして所持していた金から1分を傳次郎に渡し、傳次郎は言われるままに品川に向かう。
その途中で遊び仲間だった伊之助に出会う。伊之助も道楽が過ぎて勘当され長屋暮らしをしていた。
ぶらぶらしている二人に長屋の大家が駕籠かきになるのを勧める。二人は辻駕籠を始め、かつて傳次郎が贔屓にしていた幇間を客に乗せる。傳次郎はその幇間から、以前にお前にあげたものだからと羽織と着物を返させ、近くの質屋に羽織と着物を質入れに行く。
その質屋の奥から現れた女主人が美しい娘を連れて現れ、「もしや伊勢屋の傳次郎様ではございませんか?」「へい。どなたでいらっしゃいますか。」「私どもは以前赤坂で助けてもらったものでございます。」「ああ、そう云えば」「おかげで命も助かり。今こうしていれるのもみなあなたのおかげでございます。改めてお礼を申し上げます。」「わたくしは全身代失ってこんな有様でございます」「つきましては、うちの娘を嫁にもらって家督を継いでは頂けないでしょうか。もう一度ちきり伊勢屋の暖簾を挙げてもらえればこんなうれしい事はございません」
傳次郎は左近の予言はこれだと思って願いを受け容れ、二人は伊勢屋の店を再興し、ともに長寿を全うしたと言う。

ぜん馬がこの噺をネタ下ろししたのは昨年だそうだが、余命を宣告されながら生き続け天寿を全うした傳次郎に自分の姿を重ねたものと思われる。
最初は調子が悪かった声も次第に出るようになり、中断することもなく1時間超の長講を演じきった。
緊張感の中に笑いを散りばめて客席を引き込んだ、素晴らしい出来だった。
この日の高座に接したお客は幸せである。

扇遊『付き馬』
こちらも良かった。細部に至るまで神経の行き届いた高座はいかにも扇遊らしさが出ていた。
妓夫太郎を騙す男も扇遊が演じると、どこか憎めないのだ。

実力派二人の長講2席、実に結構でした。

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