2018/07/16

【街角で出会った美女】クロアチア編(5)

クロアチアで最も人気の高いドブロヴニク、入場門からメインストリートを進んで一番奥の辺りに教会があります。
ここで結婚式を挙げる人が多いようで、周辺は式に参列する人の姿が見られます。
また、教会の外には恐らくは花嫁の友人でしょう、花束を抱えて出待ちしている女性たちがいます。例外なく美しく着飾っていて、なかには花嫁さんを食っちゃうじゃないかと思われる人もいました。
教会の近くに桟橋があり、挙式した後で参列者一同が遊覧船に乗り込む姿も見られます。
この写真の花嫁は、船の出港に遅れないようにとかなり急いで走って行きました。
手前の出待ちの女性は、別の花嫁に贈る花束を抱えてその姿を微笑みながら見送っていました。
ちょっと面白いスナップだったので、ご紹介します。

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2018/07/15

「アンナ・クリスティ」(2018/07/14)

「アンナ・クリスティ」
日時:2018年7月14日(土)13時
会場:よみうり大手町ホール

脚本:ユージン・オニール
翻訳:徐賀世子
演出:栗山民也
<   キャスト   >
篠原涼子:アンナ・クリストファーソン
たかお鷹:父親のクリス・クリストファーソン
佐藤隆太:マット・バーク
立石涼子:マーシー・オーウェン
ほか、原康義、福山康平、俵和也、吉田健悟

【あらすじ】
舞台は1920年代のニューヨーク。
波止場に舫う石炭を運搬する艀に住むクリス。
若い頃から船乗りだったクリスは妻を亡くしてから、5歳のアンナを親類の農園に預けて育てて貰っていた。
そのアンナが15年ぶりに父親に会いにやって来る。
娘に再会できて喜ぶクリスだったが、アンナには何かわだかまりがあるようだ。
父娘が艀で暮らし始めた頃に、船が沈没してボートで漂流していた男たちをクリスが助ける。
その中の一人であるマットはアンナに一目惚れし、求婚する。
船の事故で親や息子たちを失くしたクリスは、アンナが船乗りの妻になるのは反対だった。
アンナはマットの求婚を拒否する。アンナは農園で養父やその息子たちから受けた虐待や、耐え切れず農園を出た後の荒んだ暮らしを、初めてクリスとマットの前で告白する。
自責の念と悲嘆にくれるクリス。
告白に戸惑うマット。
父親と愛する男の間で悩むアンナが、最後に出した決断は・・・・。

アンナは暗い過去の経緯から、父親に対しては許せない気持ちを持ち続けていた。マットに対しては、自分は妻になるには相応しくないと思いがある。
そうした悩みを吹っ切って決断を下すアンナの姿に、自立した女性の強さを感じる。
休憩を含め2時間30分の舞台は常に緊張感があり、飽きさせない。
クリスを演じた・たかお鷹が好演、マットを演じた佐藤隆太は荒くれ者だが真っ直ぐな男を体当たりで演じていた。
舞台は初主演だという篠原涼子には、もうちょっとセリフに陰影が欲しい。
これは難しい注文だとは思うが、荒れた人生を送って来たとはいえ20歳の女性だ。そうした若さも覗かせて貰いたかった。

公演は8月5日まで。

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2018/07/13

「カジノ法案」は、まるで落語みたいだ

落語ファンにはお馴染みの酒呑みの小噺。
ある男が神仏に向こう1年間禁酒する願掛けをする。
そこの呑み友だちがやってきて、「じゃこうしたらどうだ。2年に延ばして晩酌だけやらせて貰うってぇのは」。
すると男は、「いっそのこと、3年にして朝晩呑もう」。

こんな落語の世界だけかと思っていたことが、現在国会で審議されている「カジノ法案」に盛り込まれているから驚きなのだ。
法案では、カジノへの日本人利用は、週3回、月10回以内となっている。
ところが、法案を担当する石井国交相によれば、1回の定義は1日ではなく24時間だと説明している。
これだと半日利用の場合は週6回入場できるわけで、実質無制限ということになる。
ね、落語と一緒でしょ。
また、個人ごとに時間管理することが可能かどうかも極めて疑わしい。
利用者が持ち金を使い果たした場合は、その場で借金が出来るというのも、他の公営ギャンブルには無い制度だ。

会社の同僚だったのが、ギャンブルで身を持ち崩し、最後は自宅や家庭まで失う姿を見ているだけに、こうした安易な制度を許すわけにはいかない。

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2018/07/12

恵比寿まめかな寄席(2018/7/11)

「恵比寿まめかな寄席7月公演・昼の部」
日時:2018年7月11日(水)14時
会場:恵比寿・エコー劇場
<  番組  >
桂宮治『棒鱈』
マギー司郎『奇術』
柳家三三『茄子娘』
三遊亭笑遊『やかん』
~仲入り~
タブレット純『ムード歌謡漫談』
玉川太福『石松代参より三十石』
柳家喬太郎『ちりとてちん』

この会は通常の落語会とは異なり、寄席という名が付く通り色物が混じる。それも普段の寄席ではお目にかかれない芸人に出会えるのが魅力だ。
今回でいえば、以前から観たかった玉川太福がお目当て。
顔ぶれの割に客席に空席が目立った。はて?

宮治『棒鱈』
実力は認めるが、どうもこういうギドギドした無粋な芸風は好きになれない。これは好みの問題なので致し方ない。
技術的な面では、このネタに登場する侍は薩摩武士だ。セリフの中に別の地方のナマリが混じっていたのが気になった。

マギー司郎『奇術』
TVでは毎度お馴染みだが、ナマで観るのは初めてだ。感想はTVの通り。
トーク中心のおしゃべりマジックで、最後にまともなマジックを披露する。

三三『茄子娘』
扇橋が得意としていて、以来、入船亭一門によって演じられていた様だが、最近では他の一門からも高座にかける人が出てきている。
夕立や雷が背景にあるので、夏の噺ということになるだろう。
三三の高座では、和尚と茄子の精が蚊帳の中で交わる場面に力を入れていて、『宮戸川』を思わせるような艶っぽい演じ方にしていた。

笑遊『やかん』
お馴染みの奥方の愚痴をマクラに本題へ。
落語にある『根問』ものの代表的なネタで、前半の魚の名前の由来で切る場合は『魚根問』の別名が使われる。
八五郎が色々と質問してくるのを、実は無学な先生が無理をしてこじつける所がミソ。その辺を笑遊は面白く聴かせていた。
この人、年の割に声が大きいね。

タブレット純『ムード歌謡漫談』
初見。なかなかの美声だと思ったら、和田弘とマヒナスターズのボーカル(最後の)だったそうで、グループ解散後にピンに転じたようだ。
ギターとハーモニカを演奏しながら、主にムード歌謡や自作の曲を歌っていた。後半はこれも自作の似顔絵を見せながら物真似を披露。
トークでは女性の様な優しい声だが、歌になると一転して大きな声に変わり、そのギャップが見せ処。アンコールの女装もよく似合っていた。
こうしたチャンスがなければ接することが出来ない芸だ。

玉川太福『石松代参より三十石』
曲師は、師匠・玉川福太郎夫人の玉川みね子。浪曲は特に曲師が大事で、浪曲界の最大のスターだった2代目広沢虎造だって曲師の美家好との息のあった掛け合いが無ければ、あそこまで売れなかっただろう。
その虎造の十八番だった清水次郎長伝から『石松代参より三十石』を玉川節で唸った。客席はあまり浪曲に馴れていなかったようで、外題づけの後に拍手がなかったので、もう一度やり直した。
確かに節でいうと、虎造で聞きなれていると玉川節は違和感があるが、啖呵になると、虎造を彷彿とさせるような小気味の良さが光る。
お目当ては期待通りだった。

喬太郎『ちりとてちん』
これも夏のネタなので、これから高座にかかる機会が多いだろう。
以前にある会で、喬太郎が「料理がこんなにあまっちまって・・・」と言い出すと、会場の複数の女性客から「エーー」という声が一斉に上がり、高座の喬太郎が「ちん、でいいでしょ、ちん、で」と言い返したことがあった。それだけ頻繁に高座に掛けているということだ。冬場の『時そば』と共に鉄板ネタである。
とにかく手慣れたネタなので、無愛想な男がちりとてちんを口に流し込んだ後の百面相のようなリアクションを見せ場にして、お開き。

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2018/07/10

上祐史浩の罪は「万死に値する」

麻原彰晃(本名・松本智津夫)ら7名に対する死刑執行で、またぞろ上祐史浩がメディアに登場している。
7月10日付「デイリー新潮」では、その上祐がオウムの女性信者殺害事件の現場に立ち会っていたという新たな事実を報じている。
新実智光死刑囚が、ある余罪について告白していたのだ。
被害者は当時27歳の女性信者Yさんで、金銭トラブルで麻原の部屋に呼び出され、新実と中川智正が手足を押さえ麻原が手を下したというもの。部屋には故・村井秀夫、女性幹部、そして上祐もいたという内容だ。
新潮によれば、殺害方法については新実の証言とはと異なるものの、上祐もその事実を認めたとある。
今日まで恐怖と不安で言えなかった、と上祐は言い訳しているとのこと。
オウム真理教の事件は、まだまだ全貌が明らかになっていないのだ。

上祐は、オウム真理教の一連の事件の最中には、外報部長・緊急対策本部長などの役職でオウムのスポークスマンの役割を果たしていた。口八丁で巧みに詭弁を弄することから「ああいえば、上祐」といわれていたのは記憶に新しい。
毎日のようにTVに登場し、嘘八百の三百代言を並べ立て、オウムの犯罪行為を隠蔽した。
地下鉄サリン事件が起きると、創価学会や米軍、自衛隊を初めとする国家権力の陰謀であり、サリン被害を受けているのはオウムだとの荒唐無稽な主張を繰り返した。
確かにこの事件では実行犯として直接手を下していなかった様だが、嘘で世間を欺き、捜査を攪乱させた点においては、事件全体の主犯格と言ってよい。
他の幹部たちが軒並み死刑や無期懲役の判決を受ける中で、上祐は有印私文書偽造といういわば微罪で済んでいた。
しかし上祐の罪状は、万死に値するものだ。

上祐の役割は、ナチスに例えるならヒットラーに対するゲッペルスにあたるだろう。
それがアレフなどという別団体を作って、その代表におさまっている。その神経たるや、なにをか況やである。

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「一朝・一之輔親子会」(2018/7/9)

第五回「一朝・一之輔親子会」
日時:2018年7月09日(月)19時
会場:横浜にぎわい座 芸能ホール
<  番組  >
前座・春風亭一猿『鮑のし』
春風亭一朝『芝居の喧嘩』
春風亭一之輔『百川』
~仲入り~
春風亭一之輔『猫久』
春風亭一朝『大山詣り』

西日本で大雨により罹災された方々には申し訳ないような青空だ。
私たちの住む日本列島というのは、地震、台風、津波、噴火、洪水などの自然災害に常に見舞われ続けている。我らが祖先はえらい所に居住を定めたもんだ。
しかし、他所へ引っ越すわけにもいかないのだから、備えは行政の中心的課題に据えて災害に備えねばなるまい。
いつ飛んで来るか分からないミサイルとは異なり、自然災害は目の前に迫る国難なのだ。

横浜にぎわい座での「一朝・一之輔親子会」、人気の番組で今回も前売り完売。師匠には悪いが、一之輔目当ての客が多かったようだ。

一朝『芝居の喧嘩』
落語にはオチがあるが、講談にはない。その代り、「これからが面白くなってくるが、この続きはまた明日に」と言って下がる。
昔の芝居は桟敷で、客のしく座布団が半券代りだった。座布団をしいてないのは無銭入場ということになり、これを「伝法」と呼んだ。
折しも、小屋の人間が伝法を一人見つけ出て行くように言うと、そこへ女の子が座布団と飲み物を運んできたから客はおさまらない。
これが町奴の幡随院長兵衛の子分、雷重五郎だと判ってひと騒動。そこへたまたま見物に来ていた旗本奴の水野十郎左衛門の白鞘組の連中が喧嘩に加わり、大喧嘩に発展して、もう大変!
「これからが面白い処ですが、この続きはまた明日」
威勢のいい啖呵の切りあいでも、片や町奴、片や旗本奴なので、言葉遣いが違う。この辺りが一朝の腕の見せどころだ。
この日はクスグリを随所に入れて面白く仕上げていた。
なお、この喧嘩の結末は歌舞伎の『極付幡随長兵衛』によれば、幡随院長兵衛が水野十郎左衛門の奸計にあって殺されてしまう。

一之輔『百川』
つい先日聴いたばかりだが、もう中身を少し変えていた。こういう所が、一之輔の人気の理由なのだろう。
内容だけでなく、この日は気合いが入っていた。
一之輔の独特のクスグリである、
・二度目に百兵衛が河岸の若い衆の部屋に上がった時に、今度はそこにあるサザエの壺焼きを飲み込んでやると意気込むと、若い衆たちがよってたかって止める。
・百兵衛が長谷川町三光新道でかの字のつく名高い人を尋ねる際に、訊かれた方が百兵衛を外国人と間違えて頓珍漢な会話になる。
といった場面も、この日の方がより鮮明に演じていた。
通常のサゲの後に、もう一つサゲを付ける演じ方も気が利いている。

一之輔『猫久』
後から上がった師匠が、「猫久って噺、あんなに面白かったっけ」と言っていたが、一之輔の手にかかると何でも面白くしてしまう。
特に面白いクスグリを入れているわけではない。
他の演者とどこが違うのかと一口に言えば、それはこの人の独特のエロキューションだ。真似をして出来るものではなく、持っている才能ということになろう。
それと会話における微妙な外し方だ。こう言ってこう答えると想定していると、その通りにならない。
このネタでも一之輔の特長がふんだんに発揮されていた。

一朝『大山詣り』
このネタだと、どうしても志ん朝の高座が思い出される。
前にも書いたことだが、熊が長屋のお上さんを前に船が遭難して自分一人だけは助かったというのを物語る時、もうちょっと切実感が欲しい。
志ん朝の高座ではお上さんたちが熊の話を固唾を呑んで聞く様子が頭に浮かんだが、一朝の高座ではその点が薄い。
その点にだけ不満が残る。

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2018/07/09

加藤剛さん死去

俳優の加藤剛(かとう・ごう、本名たけし)さんが2018年6月18日に死去した。80歳だった。
舞台を中心に映画やTVドラマなど幅広く活躍した。
特に印象に残るのは、TVドラマでは「人間の条件」の主人公の梶を演じたのと、「三匹の侍」。
映画では、やはり「砂の器」だ。
多くの舞台俳優が売れてくると劇団を離れるが、加藤剛さんは最後まで劇団俳優座の座員であった。真面目で誠実な人柄が偲ばれる。
ご冥福を祈る。

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2018/07/07

「睾丸」(2018/7/6)

ナイロン100℃ 46th SESSION「睾丸」・初日
日時:2018年7月6日(金)18時30分
会場:東京芸術劇場 シアターウエスト
脚本:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
<  キャスト  >
三宅弘城:赤本建三
坂井真紀:妻・赤本亜子
根本宗子:娘・赤本桃子
赤堀雅秋:光吉(亜子の弟)
廣川三憲:霧島作郎(亜子の恋人)
新谷真弓:浩子(光吉の元妻)
みのすけ:立石伸高
長田奈麻:妻・立石静
森田甘路:息子・立石伸也
菊池明明:歌田愛美
大石将弘:江戸一(愛美の恋人)
吉増裕士:歌田(愛美の父)
喜安浩平:多田厚夫(巡査)
安井順平:七ツ森豊(赤本や立石の先輩)
ほか

夫「昨日さ、『睾丸』って芝居見てきたよ」
妻「ヘエー、それ、前から見たいと思ってたの?」
夫「いや、タマタマさ」

こう見えても私だって子どもの頃は、「コウガン可憐な美少年」だったのさ。

次は実話。
私の母が玄関に出ていたら、お向かいの家の主人が家人に向かって「金玉持って来い!」と叫んでいた。母が驚いて見ていたら、家人が奥から持参したのは国旗の竿のてっぺんに乗せる金色の玉だったそうだ。あれって、そういう名前なんですかね。

中学の教科書に、北原白秋の「からたちの花」が載っていた。
これを国語の教師が、必ず女子生徒に朗読させていた。
「からたちも秋はみのるよ。まろいまろい金のたまだよ。」と女子生徒が読み上げると、男子どもは大喜び。
今なら、この教師はセクハラで処分だね。

劇中にも下ネタが沢山出てくるので、ちょいとマクラを振ってみた。
この戯曲はナイロン100℃創立25周年を記念してKERAさんが書き下ろしたもので、舞台は今から25年前、つまり1993年の出来事だ。バブルがはじけて何となく暗い雰囲気が漂い出した頃の話。
旅行代理店を営む赤本の家、何やら不穏な空気が流れている。妻の亜子が別の男と暮らすので家を出て行こうとしているのだ。
同居している亜子の弟の光吉は妻と離婚しているが、その妻はこの家に訪れては光吉とセックスに励む。
そこへ学生運動の仲間だった立石と妻が、家が全焼したからとこの家に転がりこんでくる。
おりしも、彼らの学生運動のリーダーだった七ツ森の訃報が届く。事故で25年間植物人間だったのが死亡したというのだ。
そうした事を契機に、彼らの25年前、つまり1968年の時代に遡る。1968年といえば大学紛争、学生運動が最高潮に達していた時期であり、赤本夫妻や立石らも七ツ森をリーダーにしたセクトで、激しい闘争を展開していた。
舞台は、この1993年と1968年の二つの年を行きつ戻りつしながら進行し、彼らの過去と現在の抱えている闇が炙り出されてゆく。
こう書くと、かなり深刻な芝居のようだが、そこはほらKERAさんのこと、面白さもタップリ詰まっている。
怖くて面白い芝居は、休憩を除き3時間があっという間に過ぎてしまう。
学生運動の描き方があまりに類型的だという不満はあるが、本筋とは無関係だ。

公演は29日まで。

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オウム真理教幹部処刑報道に欠けていたもの

昨日は朝から、オウム真理教の幹部7人の死刑執行に関するニュースで埋め尽くされていた。
TV各局の報道を一通り見てみたが、大して変わり映えしなかった。
この問題の報道について、大事な視点が欠けていたと思う。

それは、一連の事件に対する捜査当局の失態である。
坂本堤弁護士一家殺害事件は、坂本氏が早くからオウム真理教教団の犯罪性を訴え、狂気の集団として指弾していたことが、殺害の動機だった。
坂本弁護士一家が失踪した現場にプルシャ(オウム真理教のバッジ)を落ちていたこともあり、当初からオウムの犯行という見方があったが、なぜか神奈川県警の腰が重く、あまつさえ坂本は借金を抱えて逃げたなどいうデマまで流す始末であった。
教団本部が置かれた上九一色村では、近隣住民に対する監視や脅迫があり、当局に訴えていたにも拘わらず無視された。
松本サリン事件でもオウムの仕業という指摘があったが、全く無関係の河野義行氏を犯人と誤認するミスを犯している。
もし、捜査当局がオウムに対して適切な捜査を行っていれば、少なくとも地下鉄サリン事件は防げた可能性があったと思う。

事件発覚後に、捜査関係者から「まさか宗教団体が・・・」という声があったが、不勉強もいいところだ。
オウム真理教による一連の犯罪は、まさに宗教団体だからこそ起こし得た犯罪なのだ。

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2018/07/05

盛夏「雲一里」(2018/7/4)

「五街道雲助・春風亭一朝・柳家小里ん 盛夏『雲一里』」
日時:2018年7月4日(水)19時
会場:日本橋劇場
<  番組  >
前座・金原亭駒六『強情灸』
春風亭一朝『蛙茶番』 
五街道雲助『もう半分』
~仲入り~
柳家小里ん『子別れ(通し)』

6月2日に桂歌丸が亡くなった。82歳だった。
ナマの高座は2014年の国立演芸場でのトリで「牡丹灯籠・お札はがし」が最後だった。この時も既に板付きだったが、迫力のある語りに感心したおぼえがある。
噺家としては決して器用なタイプではなく、芸風もどちらかと言うと陰だ。途中から古典落語に転じ、とりわけ人情噺に磨きをかけた。
ご冥福を祈る。

「雲一里」、雲助、一朝、小里んの3人会である。円熟というよりいま最も脂ののり切った噺家の会と言っていいだろう。それぞれが古今亭、林家、柳家の芸を継承している。

駒六『強情灸』
最近、この人の前座にあたる事が多い。達者な印象だが、最後の山場でミスが出てしまった。

一朝『蛙茶番』 
このネタは一朝の十八番といって良いだろう。
今までに何度も聴いたが少しずつ出来が違う。こういう処がライブの良さだ。この日は気合いが入っていた。
例えば、このネタに登場する歌舞伎の狂言は『天竺徳兵衛韓噺』だが、役者が忍術で印を結ぶ時に両手で「大入り叶う」という仕草をして縁起をかつぐという説明があった。こういう点は芝居に詳しい一朝ならではだ。
バレ噺だが、下品にならないのはこの人の腕前。

雲助『もう半分』
夫婦二人だけの貧しい居酒屋。そこに馴染みで通ってくるのが棒手振りの八百屋の爺さん、鼻が高く目がギョロっとして頭には僅かに白髪が2,3本という風体。この日も閉店間際にやってきて、いつも通り酒を「もう半分、もう半分」と言いながら、何度もお代わりをして帰っていった。
夫婦が後片づけをしていたら、汚い風呂敷包みが置いてあった。中を開けると小判で50両。
亭主が爺さんに届けようとするが、女房がこれだけの金があれば今の貧乏暮しから抜け出せる。このままネコババでして、爺さんが取りに来たらしらばっくれるからと亭主を説得する。
そこへ青くなった爺さんが店に飛び込んできて包みを渡してくれと頼むが、夫婦は知らぬ存ぜぬ。爺さんが言うことには、あの50両は娘が吉原に身を売ってこさえた金で、あれを失くせば生きていけないと訴えるが、店から追い出されてしまう。
亭主が、このままでは爺さんが自身番にでも訴えればこっちの身が危なくなくなると、爺さんの跡をつけて大川端で刺殺し、死体は川に投げ込んでしまう。
夫婦は50両を元手に大きな店を持ち、今では奉公人の数名も置く身分。身重だった女房が産気づき男の子が生まれたが、この赤ん坊が鼻が高く目がギョロっとして頭には僅かに白髪が2,3本というあの爺さんに瓜二つ。「ギャー」っと言って、そのまま女房は死んでしまう。
亭主が赤ん坊の乳母にと人を頼むが、誰も翌日になるとやめてゆく。事情を聞けば、深夜になると赤ん坊が突然立ち上がり、行灯の油を舐めるのだと言う。
そんな馬鹿なと亭主が赤ん坊を見張っていると、丑三ツの鐘と同時に赤ん坊がヒョイと立ち、行灯から油皿をペロペロ。
思わず亭主が飛び出すと、赤ん坊がこっちを見てニヤリと笑い、
「もう半分」
でサゲ。
怪談噺ということで場内の照明を落として演じていた。
オリジナルでは爺さんが川に飛びこんで死ぬのだが、雲助は横領が役人にばれるからと亭主が爺さんを殺して川に投げ込むという風に変えていた。
殺しの場面は芝居がかりの所作で、凄惨な場面を演出していた。
このネタは5代目今輔が得意としていたが、雲助の高座は抑えた語りながら、ぞっとする様な空気を会場に吹きこんでいた。

小里ん『子別れ(通し)』
高座にかかる機会の少ない『子別れ(中)』を含めた通しの口演。
小里んの高座は、「上」では熊の酒好き女好きの無鉄砲さが描かれていた。
「中」では、熊が最初は照れ隠しのつもりだったのが女房を怒らせ、酒の勢いもあって引けに引けなくなって勢いで女房と息子を追い出す羽目になるという風に演じていた。
この演出があるから、上と下を結ぶことが出来る、中の重要性を示したものだ。
「下」は通常単独で演じられる事が多いが、これだけだと熊が単なる良い人になりかねないので、上中は欠かせない。
小里んの高座では「下」はややあっさりと演じていたが、熊、女房、亀ともに3人一緒に暮らしたかったいう思いは良く出ていた。
女房子との再会に、前日木場に一緒行った番頭が立ち会うという設定になっていたのと、サゲを鰻屋にかけて変えていた。
いかにも小里んらしい、どっしりとした高座だった。

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