2017/10/21

雲助『夜鷹そば屋』ほか国立10月中席(2017/10/20)

国立演芸場10月中席・楽日
<  番組  >
柳家花飛『出来心』
三遊亭天どん『ハーブをやっているだろ!』
ストレート松浦『ジャグリング』
蜃気楼龍玉『ぞろぞろ』
蝶花楼馬楽『鮑のし』(踊り『深川』)
─仲入り─
笑組『漫才』
金原亭世之介『星野屋』
ぺぺ桜井『ギター漫談』
五街道雲助『夜鷹そば屋』

この日も雨模様の鬱陶しい天気だったが、国立演芸場10月中席の千穐楽は入りが7分ほど。国立の平日にしてはよくお客が入っていた。
遅れて、二ツ目の高座から、感想をいくつか。

花飛『出来心』、これで「かっとび」と読む。
名前と違って堅実な高座だった。

天どん『ハーブをやっているだろ!』、新作で、池袋演芸場の客席にいた警官二人に噺家が呼び止められ、しつこく「ハーブをやっているだろ」と訊かれるというストーリー。
自虐ギャグや楽屋落ちで笑わせていたが、アタシにはあまり面白いとは思えなかった。

ストレート松浦『ジャグリング』、この日一番受けていたのはこの人。初めての客も多かったようで、妙技に感心していた。

龍玉『ぞろぞろ』、相変わらずの丁寧な高座は好感が持てる。ネタもこの人のニンだった。
龍玉の欠点は、軽い噺でもこの人が演じると重く感じてしまうことで、ここを克服しないと師匠には近づけないだろう。

馬楽『鮑のし』、志ん生流より先代柳朝に近い演じ方だった。愛すべき甚兵衛さん(与太郎に近かったが)の姿が描かれていた。
楽日ということで、『深川』の踊りのおまけつき。

笑組『漫才』、久々だったが、以前に比べテンポが良くなった印象だ。ネタにもよるだろうが、今回は面白かった。

世之介『星野屋』、若い頃から売れていて、器用な人だ。ただ、ずーっと見て来て思うのは、噺家としての立ち位置だ。どこを目指しているのかが分からない。

ぺぺ桜井『ギター漫談』、80歳を超えてますます元気、そして粋。

雲助『夜鷹そば屋』
有崎勉(柳家金語楼)作で5代目古今亭今輔が得意としていた「ラーメン屋」を、雲助は舞台を江戸時代に置き換えたもの。

あらすじは。
仲の良い老夫婦が営む夜鷹そば屋、ただ子供がいないのが二人にとって寂しい。
深夜、店じまいしようとしている矢先に、一人の若い男がソバを食べていくが、金も今夜泊まる場所もないし、このまま番屋に突き出してくれと老夫婦に頼む。
身の上を聞けば、5歳の時に両親と死に別れ苦労続きの人生を送り、時には悪いことにも手を出してきたという。
三人は連れ立って歩き始めるが、老夫婦がフラフラしながら荷を担いでいるのを見かねて若い男が代わり、夫婦の自宅まで届ける。
男を家に上げた老夫婦は酒肴をふるまい、やがて老夫が男に一朱払い自分のことを「ちゃん」と呼んでくれと頼む。男が請われるままに「ちゃん」と呼ぶと、今度は老婦の方が同じように「おっかあ」と呼ぶように頼むと、男はこれに応える。
そんな親子ごっこを繰り返しているうちに、子どもが欲しい老夫婦と、父母が恋しい男の感情が一体となり、男はこの夫婦の息子として、店を継ぐ決意をする。

アタシはオリジナルの『ラーメン屋』という噺が嫌いで、今輔のCDも一度聴いただけで放置していて、現役の人たちのナマの高座を聴いても好きになれなかった。ストーリがベタ過ぎるのだ。
しかし、これが『夜鷹そば屋』になると俄然引き込まれる。しみじみとした人情噺としてじっくり味わえた。
この噺は江戸を舞台とした方が自然だと思った。
それと高座を見ていて、どこか既視感もあったのだ。

そこで調べてみたら、元々有崎勉が小山内薫作の『息子』という戯曲を落語化しようとして、この作品を思いついたことが分かった。
その『息子』のあらすじは。
ある雪の夜 お尋ね者の若い男が江戸の入り口にある老人がいる番小屋に立ち寄る。 二人が語り合っているうちに、男は老人が実の父親であることに気づくが、老人は分かれた息子が立派に出世していると信じているため、目の前にいる無頼の徒が息子だとは夢にも思わない。
男は最後まで息子であることを明かさず、捕吏に捕まる直前に逃げて行くが、その去り際に「ちゃん」とつぶやく。
筋は異なるが、全体の印象が『息子』と似ていたのは、この為だったのか。

周囲には涙を流しているお客も多かった。
雲助の芸の深さである。

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気象庁による「期日前投票の呼びかけ」は不当だ

報道によれば、10月20日気象庁は、投票日の22日が荒天が予想されるので「事前に投票を済ませた方が安全」として、期日前投票を促す異例の呼びかけを行った。
これは越権行為ではないか。

投票は投票日に行うのが原則だ。
ただ、どうしても当日都合の悪い人のために期日前投票がある。
投票日の天候について予想するのは気象庁の仕事だが、それを受けていつ投票に行くか、投票するかしないのかの判断は、国民一人一人にゆだねられる。
それについて、気象庁はあれこれ口を出すべきではない。
そんな事はどうでもいいから、気象庁は気象や天候について確実な分析や予想を行うことに専念すべきだ。

日頃からTVなどの気象予報で「明日は雨になりそうだから傘を」とか、「寒くなるから上着の準備を」とか、「晴天になるので紫外線対策を」とか、余計な口出しするのを不快に思っていた。
これも大きなお世話である。

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2017/10/19

「半主権国家」日本

小野寺防衛大臣はアメリカ軍が沖縄県・東村で10月11日、不時着炎上事故を起こしたヘリと同型機の飛行を再開したことについて「十分な説明がなく遺憾」だと批判しました。
「安全性に関する米側の判断の根拠について十分な説明が得られていないまま、CH-53Eの飛行が再開されたことは誠に遺憾であります」(小野寺五典 防衛相)
小野寺大臣はこのように述べて、「引き続き詳細な説明を求めている途中だ」と強調しました。
(10月18日JNN/TBS)

米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)所属の大型輸送ヘリコプターCH-53Eの炎上事故で、小野寺五典防衛相は13日、機体の安全性が確認されるまで、同型機の運用を在日米軍が無期限で停止することで米側と合意したと明らかにした。防衛省で記者団に語った。在沖縄米軍は運用停止期間を「12日から96時間(4日間)」と発表したが、小野寺氏は「安全確認が最優先だ」と述べた。
小野寺氏によると、12日に在日米軍のシュローティ副司令官と防衛省で会談した際、小野寺氏は「期限をあらかじめ決めるのは適当ではない」と申し入れ、シュローティ氏も同意したという。
(10月13日毎日新聞)

11日午後5時35分ごろ、沖縄県東村高江の米軍北部訓練場付近で「米軍機が墜落し、黒煙が上がっている」と119番があった。沖縄防衛局によると、米軍のCH53大型輸送ヘリコプターが同訓練場近くで事故を起こし炎上した。住民や乗員7人にけがはないという。米軍は「飛行中に機体に火災が起きた」と発表した。現場は米軍施設外の民間地といい、消防や警察が状況を調べている。
CH53は2004年に沖縄国際大に墜落したのと同系統の機種で、1999年には沖縄県沖で墜落し乗員4人が死亡する事故も起こしている。昨年12月には米軍輸送機オスプレイが同県名護市沿岸部で不時着・大破するなど、米軍機による事故が相次いでおり、県民から改めて大きな反発が上がるのは必至だ。
沖縄防衛局や沖縄県などによると、事故を起こしたのは米軍普天間基地(同県宜野湾市)所属のCH531機。7人の乗員にはけがはなく、別のヘリで搬送されたという。
米海兵隊は11日夜、事故機は通常の訓練の飛行中に機体で火災が起き、緊急着陸を余儀なくされたと発表した。原因を調査中としている。
(中略)
沖縄防衛局の中嶋浩一郎局長は11日夜、東村の事故現場を視察し、居合わせた伊集盛久村長らに「こういう事故が起き極めて遺憾だ。心配をお掛けして申し訳ない」と陳謝した。同局長は、在沖縄米軍トップのニコルソン沖縄地域調整官に「安全確保に十分注意してほしい」と申し入れたとも伝えた。
北部訓練場は日米両政府の合意に基づき昨年12月、約4千ヘクタールが日本側へ部分返還された。オスプレイが使用するヘリコプター離着陸帯(ヘリパッド)があり、日常的に米軍機が飛行している。
(10月12日日本経済新聞)

(前略)
翁長雄志知事は記者団に対し「強い憤りを感じている」と抗議の意を表明、原因究明までの同型機の飛行中止を求めた。
安倍晋三首相は民放番組で「大変遺憾だ。安全第一で考えてもらわなければ困る」と述べ、米側に原因究明と再発防止を申し入れるよう指示したと明らかにした。これに関し、防衛省沖縄防衛局が在沖縄米軍に申し入れを行った。
(10月11日共同通信)

以上は、2017年10月11日に沖縄県東村高江で起きた米軍へり墜落事故に関する記事を遡行して掲載したものだ。
事故後の日本政府の対応とその結果をまとめると、次の様になる。
1.事故の発生を受けて11日、安倍首相は遺憾の意を表し、米側に原因究明と再発防止を申し入れるよう指示した。
2.沖縄防衛局の中嶋浩一郎局長は11日夜、在沖縄米軍トップのニコルソン沖縄地域調整官に「安全確保に十分注意してほしい」と申し入れた。
3.小野寺五典防衛相は13日、機体の安全性が確認されるまで、同型機の運用を在日米軍が無期限で停止することで米側と合意したことを明らかにした。
4.墜落炎上事故を起こしたヘリと同型機の飛行を再開したことについて18日、小野寺五典防衛相は「安全性に関する米側の判断の根拠について十分な説明が得られていないまま、CH-53Eの飛行が再開されたことは誠に遺憾」と述べて、「引き続き詳細な説明を求めている途中だ」と語った。

米軍側は、日本政府が求めた事故の原因究明と再発防止については無視し、機体の安全性が確保されるまでは事故と同型機の飛行を無期限で停止するという合意を一方的に破って、飛行を再開したということになる。
つまり日本政府の上に米軍がいるわけで、これでは主権国家とはいえまい。

事故にあった高江村は、米軍施政下のベトナム戦争当時に「ベトナム村」と呼ばれる軍事施設があった。
村内にベトナムに模した小屋が建てられ、徴用された幼児を含む村人がベトコンの恰好をさせられ、海兵隊員がこれを掃討する訓練が行われたいた。
その高江に今、米軍ヘリパッドが作られている。
「今回、北部訓練場の全体の51%にあたる使用できない土地を日本政府に返還するが、その代りに、新しい訓練施設を使った非常に効率的な訓練が可能となる」
(米海兵隊「戦略ビジョン2025」)

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2017/10/17

「扇遊・白酒 二人会」(2017/10/16)

「扇遊・白酒 二人会」

日時:2017年10月16日(月)19時
会場:日本橋社会教育会館ホール
<  番組  >
前座・桃月庵ひしもち『元犬』
入船亭扇遊『棒鱈』
桃月庵白酒『山崎屋』
~仲入り~
桃月庵白酒『浮世床(本)』
入船亭扇遊『鼠穴』

ここんとこ雨ばかり。
洗濯ものは乾かないし、スーパーで買い物をしても歩きだから重い袋を下げて来なくいちゃいけない。
いい加減うんざりだ。

さて、扇遊が言っていたが白酒との二人会は初めてとのこと。ありそうで無かった組みあわせ。
でも、白酒とは昨日も仕事で一緒だったけど、二日続けて見る顔じゃないと、扇遊から先制口撃。これも珍しい。

前座のひしもち、センスの良さを感じる。有望。

扇遊『棒鱈』
最近では文菊のを続けて聴いているが、扇遊の方は時間も短く、全体にあっさりしていた。それでも噺のキモは押さえており、こっちの方が江戸前と言えるかも
なお、噺の終盤で1階の料理人がこさえていたという「鱈もどき」だが、レシピにはこうある。
「豆腐に刻んだナッツやゴマなどを混ぜて海苔で巻いて一旦揚げる」
胡椒のことは書かれていなかった。
食べると鱈の味がするそうで、興味のある人はお試しあれ。

白酒『山崎屋』
圓生や彦六も演じていたが、なかでも3代目金馬の十八番。現役では白酒が頻繁に演じている。
マクラで吉原や、花魁道中についての説明があり親切。これが分からないと、サゲが意味不明になる。
それにしても、ここの番頭は相当なワルだ。
噺には出て来ないが、先ず花魁を身請けするのに、親許身請(おやもとみうけ)とはいえ請け代がかかる。
花魁道中をする位だから最上級の大夫だっただろうし、これに嫁入りの持参金300両を加えると、かなりの大金を帳簿で誤魔化すことになる。
大旦那は金銭に細かいという設定になっているが、なぜ番頭のドガチャガに気付かなかったんだろうか。
「親許身請」だが、芸者・娼妓に身を売った娘を親が金を払って買い戻すことを意味する。 請け代は安くなるそうだが、それでも相当な金額が必要になる事には違いはない。
白酒は若旦那と番頭との丁々発止を中心にして面白く聴かせていたが、いくつかミスがあったのは残念。

白酒『浮世床(本)』
本を読む男の表情だけで場内は爆笑。
このネタは白酒の顔芸で魅せるので、ライブで見るしかない。

扇遊『鼠穴』
陰惨なストーリーだが、扇遊の高座ではさほどそれを感じさせなかったのは、やはりこの人の人柄のせいか。
オリジナルの改変や、独自のクスグリを加えることなく、ひたすら真っ直ぐに演じるのが扇遊の特長だが、それでも客を惹きつけるのはこの人の芸の力である。

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2017/10/15

笑福亭福笑独演会(2017/10/14)

「福亭福笑独演会 十年目」
日時:2017年10月14日(土)14時
会場:横浜にぎわい座 芸能ホール
<  番組  >
前座・笑福亭茶光『動物園』
笑福亭たま『バーテンダー』
笑福亭福笑『今日の料理』
~仲入り~
ゲスト・桂文治『掛取り』
笑福亭福笑『ちしゃ医者』

たま『バーテンダー』
舞台設定は文枝の『ぼやき酒場』に似ているが、新米のバーテンダーと客とのトラブルを小噺風につなげて一席にしたもの。酔客が同じ話を何度も繰り返したり、向かいの酒屋の配達員を客と間違えたりするところは『住吉駕籠』のパクリのようだ。
酔った客がグラスの中に吐いてしまったものを、間違えて他の客に出して、一口飲んんだ客が「なんだ、これは!」と怒ると、バーテンが「あちらのお客様からです」は秀逸だが、ちょいと汚いね。
でも受けていた。

福笑『今日の料理』
ルーチョンキ先生による中華料理の講座。作る料理はハチャメチャで、ツッコミが入ると「中国人、細かいこと気にしない」で押し通す。
料理を作りながら故郷の歌をと言って、ナポリ民謡を歌い出す。出来た料理が中華風五目炒めナポリターナ。
そして口癖が「腹に入ればみな同じ」。
全編これギャグ。
ルーチョンキ先生の「ワタシ・・・アルヨ」というのはゼンジー北京(日本人です)が使って一躍世間に流布した感がある。今ではネットで中国人を侮蔑する時に、常套句となっている。
実際の中国人が「・・・アルヨ」と言ってるのを聞いたことが無いのだが。

文治『掛取り』
先代文治のエピソードなどをマクラに本題へ。
狂歌の好きな大家との掛け合いだが、さっぱり面白くない。しゃべりのリズムが悪いのだ。
次の掛取りが寄席好きという設定で、ここから柳昇、彦六、桃太郎らの物真似を披露して、ようやく客席が沸いた。
久々に『源平』以外のネタを聴いたが、感心しない。

福笑『ちしゃ医者』
あらすじは以前に記事にしたものを引用する。
村人が急患だということでヤブ医者を訪れ、村人と医者の下男が医者を駕籠を乗せて患者の元に向かう。処が患者は既に死亡したということで、村人は急いで帰ってしまう。残された医者と下男が困っていると、通りかかった百姓が片棒は私が担ぐと申し出て二人は安心するが、その代りに駕籠の中で肥の入った桶を医者が両腕で抱える始末。駕籠が揺れる度に、桶の肥がチャポンとはねて医者の顔にかかり、医者は閉口する。
百姓は肥を汲むために立ち寄った家の婆さんに、肥を汲むお礼に何を呉れるのかと尋ねられる。「いや。今日は何もない。駕籠に医者がおるだけじゃ。」と返事する。「医者」と「ちしゃ」と聞き間違えた婆さんは、駕籠の中の肥桶に手をつっこんで中身を周庵の顔につけてしまう。怒った医者が婆さんを蹴り倒す騒ぎとなる。倒れ込んだ婆さんに息子が駆け寄り、医者を駕籠から引きずり出して殴りかかる。
「これ、何しゃさんす。痛いがな。」と医者。
「おのれは何さらす!母に足かけくさって!」と怒る息子を医者の下男が
「足でよかった。手にかかったら、命がないで。」
でサゲ。
福笑が上方でも最も汚い噺と言っていたが、その通り。
全編これスカトロジー。
「ウンコは誰もみな平等」なんて言いながら福笑はノリノリの高座で、客席は爆笑。

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2017/10/14

「白酒・文菊二人会」(2017/10/13)

第9回文京らくご会「白酒・文菊二人会」

日時:2017年10月13日(金)19時
会場:文京シビック小ホール
<  番組  >
桃月庵ひしもち『寿限無』
桃月庵はまぐり『やかん(序)』
桃月庵白酒『氏子中』
古今亭文菊『棒鱈』
~仲入り~
古今亭文菊『あくび指南』
桃月庵白酒『佐々木政談』

降りそうで降らないは、貧乏人の嫁入り(振袖振らない)。
降らないと思っていたら、降ってくる。全く始末に負えない天候だ。
こういう日は落語でも聴いてスカッといきたい。
白酒と文菊、同じ古今亭一門ながら芸風も体型も、そして恐らく育ちも対照的な二人の会に出向く。

白酒『氏子中』
マクラで総選挙の話題。しゃべってから、選挙中にこういうのはいけないかなと言いながら、マスコミが中立なんて言ってるが中立なんて有り得ないなどと持論をはいていた。
ネタのあらすじ。
商用で出かけた与太郎が2年ぶりに出先から帰宅すると、女房の腹が膨れている。
問い質すと女房は、日頃から子どもが欲しいと氏神の神田明神に毎日参ったゆえ授かったと、いけしゃあしゃあと話す。
親分に相談すると、留守中に町内の若い衆が女房の所へ入れ替わり立ち替わり出入りしていたので、心配していたと。
親分は言うのには、子供が生まれた時、荒神さまのお神酒で胞衣(えな=胎児を包む膜)を洗うと、必ずその胞衣に浮気相手の紋が浮き出る。
与太郎は女房の浮気を疑い、その相手を探そうと出産後、氏子連中を集めて胞衣(えな)を洗う。
そうすると胞衣に、「神田大明神」と現れる。
与太郎が胞衣を見ると、浮き出た文字が「神田明神」。
「そーれ、ごらんな」
「待て、まだ後に字がある」
というので、もう一度見ると「氏子中」
でサゲ。
類似の『町内の若い衆』が頻繁に演じられているのに対し、こちらの噺は風習が廃れたせいか、あまり演じ手がいないようだ。
白酒の高座は、何とか亭主を言いくるめようとする女房と、半信半疑の与太郎との掛け合い、とりわけその時々の与太郎の表情変化で楽しませてくれた。

文菊『棒鱈』
前方の白酒から今日は文菊が中心とプレッシャーを掛けられていたが、私は品が良いので白酒のような毒舌が吐けないとお返ししていた。
このネタ、先日も聴いたばかりだが、改めて文菊が描く田舎侍の相手をしている女将(推定だが)のリアクションの巧みさに感心する。
水商売の女性特有の仕草や喋り方をよく研究している。こういう所が腕の見せどこなのだ。

文菊『あくび指南』
筋の展開といい、あくびを教わる男の表情や仕草といい、亡くなった喜多八を思わせる。もしかすると、喜多八から稽古をつけて貰ったのかも。
特長は、男の目的があくびを指南してくれる美女が目当てだったのが、実は指南者は男でかの女はその女房だったことを知り、がっかりする所から始まる。
あくびに至るセリフが途中から吉原の花魁との妄想に脱線してゆく箇所は、古今亭流。
熱演だったが、もうちょっと江戸前に軽く演じた方が良いのでは。
客席に江戸の風を送れるかが、この噺のポイントだと思うのだ。

白酒『佐々木政談』
白酒の演じる四郎吉は、その小賢しさが良く表現されていた。
私が佐々木信濃守なら、こういうガキは取り立てないけどね。

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2017/10/13

近ごろの持って回る様な言い方は不快だ

いつ頃からか
「嬉しく思います」
という言い方が多用されるようになった。
あんたは皇族か?
「嬉しいです」
でいいじゃないか。
なんで、「嬉しく」思うんだ。
嬉しい、楽しい、悲しい、悔しい、それでいいではないか。

「・・・させて頂きます」
の多用も気になる。
誰に「させて頂いた」のか、肝心の部分が不明確なのだ。
「・・・します」
で良い。

「元気を貰う」「勇気を貰う」
これも変な表現だ。
元気だの、勇気だのというのは、他人に与えたり他人から貰ったりするものではない。
「元気が出た」「勇気が湧いた」
で十分だろう。
他人から貰っていたら、
「勇気凛々」
にならないではないか。

これらの表現で気になるのは、自分の感情や意思をどこか他人事のように言っている気がするのだ。
能動的ではなく、受動的。


不祥事を起こした時の謝罪会見で決まり文句になっている
「この度は、皆さまにご迷惑とご心配をお掛けして・・・」
も変だ。
不祥事を起こしたんだから、ご迷惑は分かる。
問題は「心配」だ。
心配するかしないかは、こちらの問題だ。だから勝手に決めつけないで欲しい。
誰もあんたの事なんか心配してないよ、と言いたくなる。

首相や大臣の決まり文句
「これからは緊張感をもって、しっかりと・・・」
もどうかと思う。
じゃあ、今まではいい加減にやっていたのかとツッコミを入れたくなる。

「責任者出てこい!」
何だか、人生幸朗・生恵幸子のぼやき漫才みたいになってきた。
今日はこの辺りで。

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2017/10/12

「トロイ戦争は起こらない」(2017/10/11)

「トロイ戦争は起こらない」

日時:2017年10月11日(水)14時
会場:新国立劇場 中劇場

脚本:ジャン・ジロドゥ
翻訳:岩切正一郎
演出:栗山民也
<  キャスト  >
~トロイ側~
金子由之:プリアム/国王
三田和代:エキューブ/王妃
鈴木亮平:エクトール/王子
鈴木杏:アンドロマック/その妻
江口のりこ:カッサンドル/王女、予言者
川久保拓司:パリス/王子
福山康平:トロイリュス/王子
角田萌果:ポリクセーヌ/王女
大鷹明良:デモコス/元老院の長、詩人
花王おさむ:幾何学者
チョウヨンホ:ビュジリス/法学者
~ギリシャ側~
一路真輝:エレーヌ/スパルタ国王の王妃、パリスに誘拐される
谷田歩:オデュッセウス/ギリシャ軍の知将
粟野史浩:オイアックス/ギリシャ軍の隊長
(演奏:金子飛鳥)
ほか

【あらすじ】*ネタバレ注意
ゼウスとレダの間に生まれたエレーヌは絶世の美女。今はギリシャ国王の王妃となっていたが、彼女の美しさに魅かれたトロイの王子パリスはエレーヌを誘拐してトロイに連れ帰ってしまう。
妻を奪われ、名誉を汚されたギリシャ国王・メネラスは激怒し、「エレーヌを返すか、われわれ、ギリシャ連合軍と戦うか」とトロイに迫る。
一方、永年の戦いに勝利したトロイの王子エクトールが帰国し、妻のアンドロマックと再会を喜び合い、もう戦争はこれで最後にしようと決意する。
しかし、国王のプリアムやそのとりまきたちは、たとえ再び戦争を起こしてでもエレーヌを返すまいとする。
トロイの民衆もまたエレーヌの美貌の虜になり、国王を支持する。
幾度にもわたる戦場での生活に虚しさを感じていたエクトールは、平和を維持するためにエレーヌを返そうと説得するが、誰も耳を貸そうとはしない。
やがてエレーヌ引渡し交渉の最後の使者・ギリシャの知将オデュッセウスが、部下のオイアックスを引き連れてやってくる。
開戦派のオイアックスはトロイに中で数々の挑発行為を行うが、エクトールはこれを制し、オデュッセウスと会談の末、エレーヌをギリシャに返すことで合意する。
これでトロイ戦争は起きずにすんだかと思ったら、元老院の長であるデモコスが民衆を扇動し戦争に駆り立てようとする。
やむなくエクトールはデモコスを刺殺するが、これがギリシア軍のオイアックスの仕業と誤解され、結局トロイ戦争は起きてしまう。

この戯曲が初演されたのは1935年で、第一次世界大戦が終結したが、おりからドイツではナチスが勃興し、再び世界大戦の危機が迫っていた。事実、この数年後に第二次大戦が勃発する。
作者ジロドゥは外交官であり、第一次大戦に参戦し負傷をしている。それだけに再び戦禍が引き起こされることを憂慮し、恐らくはその警鐘をこめてこの作品を書いたものと思われる。
ちょっとしたきっかけであっという間に戦争に突入する恐ろしさや、劇中でエクトールによって語られる戦場の悲惨さなどは、作者自身の体験によるものだろう。
あるいは何とか戦争を回避するために努力するエクトールの姿は、作者自身の願いだったのかも知れない。
トロイ国王のとりまきの連中では、戦意高揚の標語を作ったり、軍歌を作詞したり、開戦の口実を探したり姿は、太平洋戦争時の日本を思い起こす。

今の日本の現状を考える上でも、意義のある芝居だと思う。
惜しむらくはセリフがやや分かり難いのと、第一幕が冗漫に感じられた。
後方の席には空席が目立っていたのが残念だった。

公演は22日まで。

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2017/10/09

安倍首相に、先ず自身の「ファクトチェック」を

以前に見たコント集団「ザ・ニュースペーパー」の一場面を思い出した。
テーブルの上には新聞各紙が並べられていて、その前の椅子に安倍首相に扮した芸人が次々と新聞を手に取って読み始める。
「ああ、産経、いいこと書いてますね」などと言いながら機嫌よく読み進める。そのうち「朝日?」と、今度は手に取った朝日新聞をポーンと後ろに放り投げる。

昨日行われた日本記者クラブ主催の党首討論会でのことだ。
党首討論会で朝日新聞の坪井ゆづる論説委員が、今年7月の予算委員会で、安倍首相が加計学園の獣医学部新設計画を知ったのは今年1月20日だったとした発言について質問した時だ。
安倍はこの問いに直接答えず、「まず、朝日新聞は八田(達夫・国家戦略特区ワーキンググループ座長)さんの報道もしておられない」と返した。
坪井が「しています」と反論すると、
「ほとんどしておられない。しているというのはちょっとですよ。アリバイ作りにしかしておられない。加戸(守行・前愛媛県知事)さんについては、(国会で)証言された次の日には全くしておられない」と述べ、坪井は再度「しています」と反論した。

これについて朝日新聞は、八田の発言に関しては獣医学部新設の決定プロセスを「一点の曇りもない」とした答弁や、「不公平な行政が正された」とする見解を掲載していたと言う。また、こうした国会での発言も含め、10回以上、八田の発言や内閣府のホームページで公表された見解などを掲載してきたとも。
加戸については、閉会中審査が開かれた翌日の7月11日と25日付の朝刊で、国会でのやりとりの詳細を伝える記事で見出しを立てて報じ、「時時刻刻」欄で加戸の発言を引用したと言っている。

こうした事実関係は少し調べてみれば直ぐに分かることで、もし調べていないなら軽々に発言しないことだ。
また、朝日の報道について批判するなら他紙との比較も必要だ。
冒頭のコントじゃないが、自分の気に入らない新聞はあまり読まないか、あるいは印象だけでものを言うから、こういう発言になるとしか思えない。
第一、党首討論会で特定のメディアに逆質問したり批判したりするのは、宰相として自らの器の小ささを天下に示すようなものだ。
「ぜひ国民の皆さんに、新聞をよくファクトチェックしていただきたい」と安倍は呼びかけていたが、その前に自身の「ファクトチェック」が必要だ。
(敬称略)

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2017/10/08

三喬『らくだ』・喬太郎『双蝶々』(2017/10/7)

第23回「東西笑いの喬演」千穐楽
日時:2017年10月7日(土)18時
会場:国立演芸場
<  番組  >
『鼎談』山口一義、笑福亭三喬・柳家喬太郎
笑福亭三喬『らくだ』
~仲入り~
柳家喬太郎『双蝶々』

11年間、この会を主催して来られた「みほ企画」(代表・山口一義)だが、今回をもって終了となる。
こうした貴重な会がなくなるのはとても残念だし、続けて欲しいという要望もきっとあっただろうが、致し方ない。
落語会を継続的に主催するというのは、大変なご苦労があるのだろう。
今は感謝の言葉を申し上げるしかない。

明日から7代目・笑福亭松喬を襲名する三喬にとっても、この日が三喬としての最後の高座となる。
この日に掛けるネタは、大師匠・6代目松鶴、そして師匠だった6代目松喬の十八番だった『らくだ』。
対する喬太郎は、これまた大ネタの『双蝶々』の通し。

冒頭の『鼎談』で三喬が、永らく師匠の十八番である『らくだ』を演じて来なかったが、襲名を機にこのネタに取り組んだという。
稽古は弟弟子の笑福亭生喬からつけて貰ったとのこと。
師弟といっても芸風が全く異なるケースも多いが、襲名となると周囲からは先代の芸の継承が求められる。
襲名というのは挨拶回りや披露目だけでなく、そうした苦労もあるのだ。
司会の山口氏から、喬太郎さんの襲名は?と訊かれ、「師匠がまだ生きてますから」と切り返していた。この人が襲名するとなると談洲楼(柳亭)燕枝ぐらいしか思い浮かばない。長い間絶えていた大名跡だが、喬太郎か三三で復活させたらどうだろうか。

三喬『らくだ』
マクラで「らくだ」という綽名の由来の解説があった。
江戸時代、興行師が象を日本に連れてきて各地で興行をうった。象はあの巨大な体で色々な芸をするので人気が高く大当たり。
そこで、ラクダに目を付けた興行師が日本に連れてきてやはり興行をうったが、ただのそのそと歩き回るだけで何の芸当もない。散々の不評だった。
そこから、定職につかずただブラブラしている者を「らくだ」と称するようになったとか。
説得力のある説明だった。
このネタのタイトルはらくだだが、冒頭で既に死んでいるので活躍の場がない。主人公はらくだの兄貴分の弥猛(やたけた)の熊五郎と紙屑屋だ。
この熊五郎という男はやたら怖い。紙屑屋に月番を通して長屋から香典を集めるよう命じるが、断られたらドスを懐に一軒一軒回って歩くと脅す。
大家が酒と煮物の提供を拒むと、らくだの遺骸を紙屑屋に担がせて大家宅に乗り込み、自分はラクダを肩車にしながら足を動かし、紙屑屋にはラクダの腕を取らせて「かんかんのう」を踊らせる。
そうか、これは文楽のパロディなんだ。
以後は死人のかんかんのうを出すと、皆言うことをきく。それが紙屑屋にとって次第に快感になってゆく。
最初は熊五郎から強制的に飲まされる紙屑屋だが、飲むにつけ酔うにつけ次第に気持ちが大きくなり、先ず身の上話しを始める。
かつては表通りに一軒店を構えた身分だったのが大酒飲みが原因で没落し、裏長屋の貧乏暮らし。最初の女房は一人娘を置いて亡くなる。
仕方なく幼い娘を家に置いて商いに出かけるが、夕方になると娘が長屋の入口に待っていて、父親の姿を見つけると「お父ちゃん」と言って首っ玉に抱き着いてくる。
それで後添いを貰う事にしたが、継母にも拘わらず娘を実の子のようにかわいがってくれる。
毎晩帰ると遠くの酒屋まで女房を酒をかわせに行かせるが、雨風の強い晩に行くのを嫌がった。すると娘が替りに行くと言って飛び出し、全身ずぶ濡れになりながら徳利を抱えて戻ってきた。可哀そうだと思いながら、それでも酒はやめられないと嘆く。
見ると、目の前の熊五郎が肩を震わせ貰い泣きしてるではないか。紙屑屋は、
「あんたなぁ、言葉荒いけどな、あんたえぇ人やで。目ぇに情があるがな。」
この辺りから二人の立場が逆転してきて、
「こぉなったらわれも俺も兄弟分やないかい、気安ぅ兄貴、頼む、とゆえ。」
とまで言われる始末。
後半は、二人がらくだの遺骸を漬物桶に入れて担ぎ、火屋(火葬場)に向かう。
二人ともへべれけに酔っていたので、途中でつまずいてその隙にらくだの遺骸を落としてしまう。
気が付いて元に戻るが、途中で橋の袂に酔って寝ていた乞食坊主を間違えて桶に入れて火屋に着く。
そうとは知らぬオンボウが火の上に棺桶を乗せて焼き始める。
中で乞食坊主が熱いと言って騒ぎ出すと、
「おのれみたいなんはなぁ、大人しぃ焼かれてしまえッ」
「ここは、どこや?」
「ここは、千日の火屋じゃ」
「あぁ、ヒヤか、ヒヤでもえぇさかい、もぉ一杯くれ」
でサゲ。

三喬の高座は、紙屑屋と熊五郎の酒盛りの場面を中心に、二人の立場が次第に逆転してゆく過程を丁寧に描いて好演。
とりわけ紙屑屋の身の上話しの場面はしんみりと聴かせ、周囲に涙を拭く観客の姿も見えた。
社会の最下層に生きる人々の凄まじいばかりのエネルギーを感じさせていた先代松喬とは異なるが、スピーディでメリハリのある三喬の高座だった。

喬太郎『双蝶々』
「双蝶々」と書いて「じゅげむ」と読んでくれなどと、気楽な気持ちで聴いてと断ってからネタに。
ストーリーは、以前に書いたものをそのまま紹介する。
タイトルの「双蝶々」は芝居と同様で、登場人物の父親・長兵衛と倅・長吉の二人の「長」から名付けたもの。
棒手振り八百屋の長兵衛の倅・長吉は、小さいころから手に負えないワル。
継母のお光に小遣いをせびり、断られると大暴れ。酔って帰ってきた長兵衛には母親から虐められていると告げ口し、お光を殴らせる。
仲裁に入った大家が、長吉が普段から盗みをはたらいていると告げる。事実を知った父親は長吉を真っ当な人間にするため黒米問屋・山崎屋に奉公に出す。
奉公先で改心したかに見えた長吉だったが、十八のとき悪友と組んで盗みを働いているところを、不審に思って付けてきた番頭の権九郎に目撃されてしまう。
店に戻った番頭は長吉に盗みを白状させるが、主人には内緒にする代わりに、花魁を見受けする金五十両を主人の部屋から盗み出せと強要される。
まんまと金を盗み出すが小僧の定吉に見咎まれてしまい、その場で定吉を絞殺する。
約束の場所で長吉は番頭と出会うが、むざむざ金を渡すのが惜しくなり番頭を殺して奥州へ逐電する。
長兵衛夫婦は倅の悪事を知り、世間に顔向けが出来ないと長屋を転々とし、本所の裏長屋に越したころには、長兵衛は腰が立たない病になる。
貞女のお光はお百度詣りと偽って内緒で袖乞いをし、ようやく食い繋ぐ日々。
寒風吹きすさぶ中で袖を引いていると、一人の若い男が身の上を気の毒がり大金を恵んでくれる。
提灯の蝋燭の灯りで眼と眼を合せると、それが別れた長吉。今は石巻で魚屋を営んでいるが、一目父親に会いたくて江戸へ出てきていたのだ。
長吉はお光に連れられ父を見舞う。長吉は長年の親不孝を詫びて五十両という金を渡すが、長兵衛はそれよりきっぱりと悪事から足を洗えと諭す。
お互い言い争いになるが、長兵衛は最後は長吉をゆるし、涙ながらに今生の別れを告げる。
雪の降る中、長屋を去った長吉だったが、吾妻橋の手前で追手に取り囲まれ御用となる。

通常は後半の「雪の子別れ」で演じられることが多いが、この日は約1時間かけての長講で、「通し」で演じた。
全体の感想は、上手い人というのは何を演らしても上手いということだ。
声の強弱、高低からセリフの間、どれを採っても上手い!としか言い様がない。
殺しの凄惨な場面では固唾をのみ、父子の再会の場面では話に引き込まれた。
この噺は雲助やその一門、歌丸らが得意としているが、喬太郎の高座は彼らと比べても決して遜色のない出来だった。

三喬と喬太郎、共に渾身の高座を見せてくれた。

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