2022/05/22

第219回「朝日名人会」(2022/5/21)

第219回「朝日名人会」
日時:2022年5月21日(土)14時
会場:有楽町朝日ホール
前座・入船亭扇ぱい『饅頭こわい』
春風亭朝之助『だくだく』
桃月庵白酒『干物箱』
入船亭扇遊『ねずみ』
 ― 仲入り―
柳家権太楼『鼠穴』

雨模様だったので傘持参で出かけたが、往復ともに雨にあわずに済んだ。久々に都心に出ると景色がまぶしい。

朝之助『だくだく』
このネタのポイントは、後半で畳み込むような喋りで見せ場を作ることだが、そこがやや物足りなかったな。

白酒『干物箱』
暗いニュースが続いていたが、久しぶりに明るいニュースとして、例の山口県阿武町で4630万円が誤送金され、回収できなくなっている事件をとりあげていた。大した問題ではないにも拘わらず、連日ワイドショーで話題にしているのも、コロナとウクライナ戦争報道疲れへの反動かな。
湯屋に行くと出かけた若旦那が途中で知人に出会い、物真似が上手い善公を使って若旦那と入れ替わるという知恵を授かるという場面を加えていた。
善公が二階に上がってから、若旦那と花魁が再会してじゃれ合う場面を連想し大騒ぎするので、親父に咎められる。この場面がいかにも白酒らしい演じ方だった。この人は相変わらず面白い。

扇遊『ねずみ』
扇遊とは二三言葉を交わしたことがある程度だが、誠実な人柄に見えた。その演者の個性がネタに生きている高座だった。
ご存知甚五郎もので、最大の聴かせ所はねずみ屋の主人・卯兵衛が語る身の上話だ。酷い中味だが、ここを淡々と語る姿に甚五郎が心を打たれる。幼い倅の卯之吉の健気な姿にも甚五郎が心を寄せる。
ねずみ屋の主対虎屋の主、甚五郎対飯田丹下という善悪の対比も巧みに描かれていた。
聴き終わって清々しい気分になれるのは、やはり演者の人柄によるものだろう。

権太楼『鼠穴』
持ちなれない大金を持つと、時に人間を破滅させるという怖さを描く。同じネズミの付くタイトルだが、こちらは全く雰囲気の異なるストーリーだ。
オリジナルでは、三文の元手を貰った竹次郎が、小さな商いから始めて大店を持つようになるという筋。前から気になっていたのは、江戸の町で三文では、暮らしてゆけないだろういうことだった。そこを補うように、権太楼は空腹で倒れていた竹次郎を、見ず知らずの人が助け、食べ物と水を与えてくれる(江戸は水もタダではない)。さらにその人が住む長屋の大家に事情を話すと、竹次郎に物置を貸してくれて、住む所が確保できた。そこから竹次郎は小商いを始めて、その働きぶりに感心して後援者が出来てきて、その人の紹介で質屋の跡取りとなる。江戸の町人の人情で竹次郎は立ち直ることができたわけだ。権太楼は、その辺りを丁寧に描いてみせた。
後半では、火事で焼け出された竹次郎が娘を連れて兄のもとを訪れ金を無心するが、冷たくあしらわれる。オリジナルでは、元手を作るために娘を泣く泣く吉原に売るが、その金も掏られれしまい、絶望した竹次郎は首を括ろうとするが、権太楼はこの部分を全てカットして演じた。
そうすることにより、人間の心の中に棲む善悪の心を浮きだたせる心理劇として演じようとしたのではないかと推察する。
一見の価値のある見事な高座だった。

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2022/05/21

皇室に対する世論はブレまくり

思い出して欲しい、2009年頃の皇室に対する世論を。
当時の皇室についてのネットの記事は、当時の皇太子(現天皇)を「左翼」「反日」「怠け者」などと口汚くののしる言葉に溢れ、「皇太子が次の天皇になると日本は滅びるので(幸い滅びてない)」、何としても阻止しないといけないとまで主張していた。
また、アベさんのお友達である右翼学者、知識人及び一部の皇室評論家などから皇太子批判が行われた。
果ては「秋篠宮が天皇になる日」(文藝春秋2009年2月号)の特集記事が出て、総合雑誌にまで公然とキャンペーンがはられる始末。
ある学者なぞは「次は皇太子さまではなく、秋篠宮さまが天皇になる」ことを望むと、ハッキリ明言していた。
今の時代で良かったね。戦前には「不敬罪」という法律があり、「皇太子ニ對シ不敬ノ行為アリタル者ハ三月以上五年以下ノ懲役ニ處ス」ということで、懲役刑は免れない。もし「皇太子の即位を阻止うんぬん」なんて日にゃ、最高刑は死刑だった。戦後の民主主義に感謝しなくっちゃ。
なんで当時こんな事態になったのかといえば、皇太子妃時代に「適応障害」と診断された雅子さん(現皇后)は、宮中祭祀や公務を度々欠席されるようになった。
その一方で、家族で高級レストランに外食したり、スキー旅行へと出かけたりしたことが、“公より私を優先している”などの批判を浴びて、時には公衆の面前で“税金泥棒”との言葉を浴びせられたこともあったようだ。
また、愛子さんが一時登校拒否になり、雅子さんが登下校の付き添いや授業中も校内で待機したことが、私優先と批判されたのだ。
これに対して秋篠宮家の紀子さんといえば、子育てをしながら公務をこなし、特に悠仁さんを出産してからは「皇統を救った」とまで評されていた。いずれは天皇の「ご生母」となるというわけ。
ところがドッコイ、あれから十数年経て、眞子さんの結婚問題を契機に今じゃ秋篠宮家への批判の嵐だ。あんな問題を起こしたのも、そもそも秋篠宮家の教育が悪かったせいだとなり、評判の良かった紀子さんの言動が週刊誌に叩かれる始末。そのとばっちりは悠仁さんにまで及び、進学先まで物議を醸してる。
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」である。
反対に愛子さんの株は上がる一方で、今やアベさんのお友達衆までが女性天皇を認めるようになってきた。
ここまで世論がブレまくると、皇族としては「どうすりゃいいのさ?」である。

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2022/05/19

NATO加盟、それぞれの選択

北欧のフィンランドとスウェーデンが、北大西洋条約機構(NATO)に加盟することを決定した。両国ともロシアのウクライナ侵略を受けて、国民の間でNATO加盟を支持する声が強まったためだ。
とりわけスウェーデンは、およそ200年にわたる中立・軍事同盟非加盟の外交政策を大転換することになる。加盟問題をめぐっての議会審議で多数の支持を得られたことから、アンデション首相が「国家と国民にとり加最善」「自国のみならずNATO全体の安全保障に貢献できる」として決断した。
審議では、左翼党と緑の党が加盟に反対した。「NATO加盟は緊急性がない」「意思決定のプロセスが非民主的」といった指摘があり、国民投票を行うよう主張している。市民の間では、中立政策を捨てることへの懸念もあり、抗議デモも行われた。
ただ、トルコが両国のクルド人への扱いに不満を示し、加盟に反対していることから、全同盟国の承認が得られるかは不明だ。
日本でも加盟を支持する意見が強いようだが、これにより欧州がNATOと、ロシアなど旧ソ連6カ国でつくる軍事同盟「集団安全機構」(CSTO)の、二つの軍事同盟にキレイに色分けされることになり、緩衝材となるべき中立国が減ることにより軍事的緊張が高まるのではと懸念される。

一方、オーストリアのシャレンベルク外相は、記者からの質問に「加盟する計画はない」と明確に否定した。地理的状況や歴史が両国とは異なるので、オーストリアのモデルにはならないというもの。議会でも与野党を問わず反対意見が強く、世論調査では加盟反対が75%と、賛成14%を大きく上回っている。
NATO加盟国の一つに対する攻撃は、NATO全体の攻撃とみなすという原則が、かえってオーストリアの安全を危うくするとの危惧がある。また、第二次世界大戦の際に、米英仏とソ連により分割・占領されたという苦い経験から、中立と自由がオーストリアのアイデンティティとなっていることも影響しているとのこと。
北欧両国とオーストリアのどちらが正解なのかは歴史が証明することになるだろうが、安全保障にどう向き合っていくか、我々も真剣に考えねばなるまい。

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2022/05/16

ひとでなし国家イスラエル

ヨルダン川西岸のパレスチナ自治区ジェニンで5月11日、取材中の衛星テレビ局アルジャジーラの女性記者、シリーン・アブアクラさんが顔面を銃撃され、死亡した。アルジャジーラはイスラエル軍が銃撃したと主張している。
アブアクラさんは難民キャンプに対するイスラエル軍の急襲作戦を取材していた。銃撃時に「報道」と書かれた防弾チョッキを着用しており、アルジャジーラは声明で「国際法に反する形でイスラエル軍に冷酷に殺害された」と非難した。
13日にはエルサレムでアブアクラさんの葬儀が行われたが、ひつぎが病院から運ばれた際に、イスラエル警察が葬列に突入し、ひつぎを担ぐ人々を次々殴打した。この模様はロイター通信が配信している。
記者を殺害したうえ、その葬儀にまで暴力をふるうイスラエルは、「ひとでなし国家」と言われても仕方ない。
ヨルダン川西岸もエルサレムも、イスラエルの領土ではない。しかしイスラエルが一方的に侵食し、多くの部分を実効支配してしまった。
私はかつて両地域とも訪れているが、現地ガイドがイスラエルの人だったのでイスラエル寄りの解説を聞いたが、それでもイスラエルの不法性は明らかだ。
核兵器を所有し、強大な軍事力を背景に、一方的に国境線を塗り替えているイスラエルに対し、これを黙認している欧米諸国はダブルスタンダードだ。

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2022/05/15

あかつきの大合唱

本日は、沖縄の本土返還50周年の日だ。
1951年に締結されたサンフランシスコ講和条約で日本は独立したが、沖縄や小笠原は除外された。特に沖縄は米軍との地上戦で多大な犠牲を出していたにもかかわらず、引き続き米軍治世下に置かれるという理不尽な扱いを強要された。
1960年代になって、沖縄はもちろん本土からも沖縄返還を求める声が強くなっていた。
その運動の一環として、1960年代の後半から毎年の大晦日から元日にかけて、沖縄返還を願う「あかつきの大合唱」が行われた。
12月31日の午後9時頃に高尾山の麓につき登山を開始、山頂の神社で新年の参拝したあと、尾根伝いを歩いて景信山山頂に向かう。ここで初日の出を待ち、太陽が昇る時に合わせて参加者が「暁の空に」を合唱した。
これを沖縄返還が実現した1972年まで続けた。
まだ若くて体力があったから出来たんだね。

『暁の空に』
作詞・作曲 大西進

暁の空に 芽を育て
デイゴの花は 春ごとに赤い
ベトナムに思い込め
爆音にたじろがず
命懸け土に咲く
命懸け土守る

二七度線を 突き破り
喜び溢れる 勝利の知らせ
砂川に思い込め
銃剣にたじろがず
根は土に固く
根は祖国の土深く

「ベトナムに」のフレーズは、沖縄がベトナム戦争の米軍前線基地になっていたことから。
「二七度線」は、当時の北ベトナムと南ベトナムの国境ライン。
「砂川」は、東京の砂川町(現立川市)にあった米軍基地の拡張工事に反対する運動が起きていた。

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2022/05/13

新聞広告の何が問題なんだろう?

4月に日本経済新聞に掲載された、ある広告が大きな問題になった。
問題の広告は、講談社のコミック本『月曜日のたわわ』第4巻の発売を知らせる全面広告だった。”今週も素敵な1週間になりますように”というキャッチコピーがそえられている。
ネットでは、「少女を性的対象にしている」という批判が起き、炎上してしまったようだ。
さらにネット・メディア「ハフィントン・ポスト」が記事としてとりあげ、騒動が大きくなった。
日経新聞を購読していないので広告を見る機会がなかったが、たまたま別の雑誌に転載されていたので知ることができた。『月曜日のたわわ』というタイトルから想像するに、胸の大きな少女を描いたものだろう。
ただ広告では、胸は腕に隠れるように描かれていて、過激な性的描写という指摘は当たらない。
しかし、広告主の講談社は「今後の宣伝展開には十全の配慮をする」とコメントし、事実上の白旗をあげてしまった。言論や出版の自由を守るべき出版社が、こんなヤワな姿勢で良いのだろうか。
日経新聞は、今のところ事態を静観しているようだが、今度は国連女性機関からイチャモンをつけられたそうだから、なんらかの対応が迫られるかも知れない。
以前に購読していた朝日新聞には、宮沢りえや草刈民代のヌード写真が全面広告で使われていて、その時も抗議を受けたが、朝日ははね返している。
近ごろ、あれはダメこれもダメという「キャンセル文化(特定の言動や表現を排除、追放する)」が日本を覆っているようだが、憲法で保障されている表現や言論の自由を自分たちで統制していることに気がつくべきだろう。
「水清ければ魚棲まず」である。

これからは、こんな画像もダメなんでしょうね。
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2022/05/12

ウクライナのオデッサの風景

過去に訪れた国が戦争や内乱で破壊されてゆく姿を見るのは辛いことです。
ウクライナに侵攻中のロシア軍は5月9日、南部の港湾都市オデッサを極超音速ミサイル「キンジャル」で攻撃し、大型商業施設を破壊したと伝えられています。
オデッサはウクライナ最高の観光地であり、貿易の拠点でもあります。
私は2017年にこの地を訪問しており、その時に撮った街の様子を紹介します。
オデッサ空港。
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オデッサ市内のトラム
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オデッサの街の風景
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 黒海です。名前の由来は、ギリシアからはるばるこの地に来た人が、天候が悪かったので海面が黒く見えたので黒い海と名付けたそうです。
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オペラ・バレー劇場
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ポチョムキンの階段。映画『ポチョムキン』ではこの階段を、赤ちゃんを乗せた乳母車が落ちてゆくシーンが有名です。
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中央広場に立つリシュリュー像。この地に長官として就任したリシュリューによって、オデッサの都市計画が進み現在のような街になりました。
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オデッサ中央駅。
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こんな静かで美しい街が破壊されないよう祈るばかりです。

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2022/05/09

竹田恒泰の全面敗訴

東京新聞5月8日付けのコラムに内田樹(神戸女学院大学名誉教授)が、作家の竹田恒泰と戦史研究家の山崎雅弘との間で争われた民事訴訟の裁判結果について書いている。
問題になったのは、山崎が竹田に対して差別主義という論評を行ったことで、竹田が論評によって受けた被害について数百万円の賠償を求めた裁判だ。
結果としては、地裁、高裁、最高裁ともに、山崎の論評は名誉棄損に当たらないとの判断で、竹田の全面敗訴となった。
判決理由として、裁判所は次のように述べている。
「原告の思想を『自国優越思想』と表現することは、論評の域を逸脱するものとは言えない」
「原告の思想を『差別主義的』とする被告の論評は相応の根拠を有する」
「原告が元従軍慰安婦につき攻撃的・侮辱的な発言を繰り返し、在日韓国人・朝鮮人につき、犯罪との関連を示唆し、その排除を繰り返していることに照らせば、これらの発言を人権侵害の観点から捉えることについても相応の根拠を有するものである」
内田はこれらを当然のこととしながら、言論人である竹田は裁判に訴えずに、言論をもって反論すれば済むことだったと指摘している。
竹田のように、著作物を公刊していて、様々なメディアに登場して発言をし、一定の影響力を持つ人間なら、言論の場で自らの主張をすべきだったのではなかろうか。
一度被告になれば、弁護士を雇い、書面を準備し、長い時間を裁判のために費やすことになる。
勝訴した山崎の場合では、2年3ヶ月と数百万円の費用を要したそうだが、勝訴してもこれらは返ってこない。山崎の場合は、1400人の支援者からの募金があったので裁判費用に充てることができたが、資力のない市井の人間には耐えがたい負担だ。
どこやらの政党関係者は、何かというと裁判に訴える傾向がみられるが、権力や財力、人脈をバックに相手を委縮させる手段として、訴訟を乱用しているとしか見えない。
(敬称略)

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2022/05/07

「天保水滸伝」と、その後

前回の記事で書いたたように、天保の時代に下総に有力な博徒が集まった。
①外房は有力な漁場であり、漁業が発展したこと
②獲れたイワシを干した「干鰯」は肥料として人気が高く、醤油とともにこの地方の特産物として高収入を得ることができた
③利根川が年貢米の運搬の要路となっていたことで、下総は漁港として発展したこと
④現金収入が増えて、相撲や博打といった娯楽に人気が集まっていたこと
⑤飢饉の影響もあり農業では食べていけない若者の中には無宿人になる者が出てくるが、この地域では人足として受け入れた
⑥人足の受け入れや手配、娯楽のための興行を仕切ることで、博徒集団が形成された

博徒同士が利権(縄張り)を守るために刀剣で武装するようになる。
幕府としては治安悪化が大きな問題になるが、従来の幕藩体制では抑えることが出来なくなっていた。そこで関八州全体を取り締まる権限を持つ「関東取締出役(しゅつやく)」を置くが、彼らには地域の博徒の現状など把握できないため、手先として「道案内」を現地採用した。
終戦直後の混乱期には警察力が足りなく、ヤクザに治安の一部を担わしたのと同様である。
下総の道案内に飯岡助五郎が就き、いわゆる「二足の草鞋」をバックにして勢力を拡大してゆく。もう一人有力な博徒に笹川繁蔵がおり、両者は縄張りをめぐって小競り合いを繰り返していた。
助五郎は道案内の立場を利用して、関東取締出役から繁蔵一家の捕縛を命じられる。
助五郎一家は船で利根川をのぼり、笹川一家の捕縛にむかい、「大利根河原の決闘」が始まる。
笹川方には病気療養中の用心棒である平手造酒(本名は平田深喜)も現場にかけつけ、斬り合いとなる。
この争いで助五郎一家は4名が死亡し、船で逃亡、捕縛は失敗に終わる。繁蔵一家では死亡は平手造酒一人だった。
ここからは私見だが、当時の博徒の抗争では、命がけで戦うことはあまり無かったと思われる。もしそんな事をしていたら、命がいくつあっても足りないだろう。この決闘では、平手造酒は元武士だったので本気で斬り合いになったのではなかろうか。
浪曲や講談、映画などでは専ら助五郎が悪役になっているが、所詮は博徒同士の縄張り争い、どちらに正義があるとは言えない。
ただ助五郎が「御上」を利用したので、世間は繁蔵贔屓になったと思われる。
繁蔵は追っ手を恐れて旅に出るが、弘化4年(1947年)笹川に戻った時に、助五郎の子分たちに暗殺されてしまう。

この話がここで終わるなら単なるヤクザの抗争であり、「水滸伝」の意味を成さない。
親分繁蔵が暗殺されたので、子分の勢力富五郎が後を継ぐことになった。勢力は今までの経緯から助五郎とその背後にいる関東取締出役を恨み、戦いに挑んでゆく。
嘉永2年(1849年)に12代将軍徳川家慶が、下総小金原の牧で鹿狩りを行うことになったが、勢力富五郎一味が跋扈していて治安が悪化していた。このため関東取締出役は約500名もの捕り方を集め、勢力の捕縛に向かう。
勢力富五郎と子分たちは、小南村金毘羅山の山頂に立てこもり、52日間に及ぶ大捕物となった。嘉永2年(1849年)4月28日に、ついに力尽きた勢力は自決し、戦いは終わる。このことが本家「水滸伝」の梁山泊になぞらえたのだ。
幕府としては、
①たかが博徒一味の捕縛に52日間も要したこと
②勢力らの武器に鉄砲や槍、刀などが備わっていたこと
に衝撃を受ける。
この件は、幕府の力が弱まっていたことを示し、やがて江戸幕府は終焉に向かってゆくことになる。

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2022/05/05

日本共産党の特異性

ロシア外務省は5月4日、国会議員、閣僚、研究者、メディア関係者など計63人の日本人について、ロシアへの入国を無制限で禁止すると発表した。
そのリストの中に日本共産党の志位和夫委員長の名前があったことで、一部に驚きの声があるようだ。
ソ連共産党時代に、各国の共産党に対してソ連の路線を押し付ける動きが強まり、これに反発した日本共産党は1960年代からソ連に対する批判を強め、それ以来むしろ犬猿の仲となっていた。ソ連は社会主義とは縁もゆかりもない覇権主義と専制主義の体制の国というのが、日本共産党の見方となった。
1991年のソ連崩壊時には、「もろ手をあげ歓迎」という声明を出したほどだ。
これと対照的だったのは欧州各国の共産党で、ソ連から財政援助を受けていたこともあり、一時は壊滅状態に陥った党もあった。
中国共産党との関係もほぼ同様で、文化大革命から天安門事件に至る段階で日本共産党が厳しく批判をした影響で、日中両党の関係は険悪になっている。中国に対しても、社会主義国とはみなしていない。
共産党という名前はついているが、世界レベルから見れば日本共産党は特異な存在なのだ。
だったら党名に拘らなくてもいいじゃない、というのもアリかな。

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