2019/01/16

鈴本正月二之席昼の部(2019/1/15)

鈴本演芸場正月二之席昼の部・中日

前座・春風亭与いち『牛ほめ』
<  番組  >
春風亭一花『黄金の大黒』
ダーク広和『奇術』
鈴々舎馬風『漫談』
柳亭市馬『雑排』
米粒写経『漫才』
林家正蔵『鼓ヶ滝』
古今亭菊之丞『替り目』
のだゆき『音楽パフォーマンス』
隅田川馬石『時そば』
─仲入り─
ホンキートンク『漫才』
柳家小ゑん『ミステリーな午後』
入船亭扇遊『狸賽』
林家二楽『紙切り』
春風亭一之輔『二番煎じ』

ここ数年は新春の定席は鈴本の二之席からスタートとしている。昼の部は代演がなく三平が出演しない中日を選んだ。開場前から長い列が並び、客席はほぼ一杯の入り。

ダーク広和『奇術』
正月らしく和服で登場。相変わらず技術的には優れているのだろうが、視覚的には分かりづらい芸だ。特に床の上での手品は、後方の人は何をしてるか分からないだろう。

市馬『雑排』
気が付けば久々だった。3代目金馬や柳昇のものとは異なり、オリジナルと思われる俳句を入れて聴かせてくれた。短い時間だが高座を締めたのはさすがだ。

米粒写経『漫才』
初見。ネタは良く練られていて面白かったが、ハングル語ネタをあんまりやりすぎると、レイシズムに陥るかも。節度が必要かな。

正蔵『鼓ヶ滝』
時間が短かったため端折り気味だったが、一席にまとめていた。

菊之丞『替り目』
得意の酔っぱらいネタで、ワッと笑わせる職人技。この人が出てくると場内が華やぐ。

馬石『時そば』
何となく可笑しい。翌日のソバ屋の屋号が「虎屋」だったのと、通常は「いま何時だい?」「へい、4つです」の所を「5つ」にしていた。確かに翌日の男は早くからソバ屋を待っていたという設定だから、「5つ」の方が自然かも。

ホンキートンク『漫才』
ハングル語ネタは米粒写経とかぶってしまった。予め立て前座に確認すべきだったのでは。ボケ役の不自然な動きや大声が相変わらず無粋だ。

小ゑん『ミステリーな午後』
後席の扇遊が、同い年なのにいつも若いと言っていたが、いつも元気一杯の高座だ。サラリーマンの昼食格差のネタだが、パワーで笑わせる。

扇遊『狸賽』
柳家のお家芸ともいうべきネタを堅実に。

二楽『紙切り』
お題は「ムーミンの桃太郎」「成人式」。

一之輔『二番煎じ』
先代柳朝の豪快なお上さんの話をマクラに振って、ネタはこの場で考えた様子だった。
この噺の聴き所は次の様だ。
①暖かい番小屋から外に出た時の寒さの表現。
②火の回りをする中で「火の用心」の掛け声をかける場面で、謡や俗曲、吉原での火の回りの再現など、各人の芸を見せる。
③外から番小屋に戻り、焚火で身体を温めるまでの動き。
④酒を酌みかわし猪鍋をつつき合う中で、お互いが和気あいあいとなってゆく様子。
⑤酒宴が進み、都々逸の廻しっこを始める場面。
⑥見回りの役人に気付き、慌てて酒器と鍋を隠す場面。
⑦役人との珍妙なヤリトリの後、役人が酒を飲み猪肉を食べてから、サゲまで。
一之輔の高座はよけいなクスグリは一切挟まず、極めてオーソドックスに演じた。同時に上記の聴かせ所はきちんと抑えていた。
例えば、猪鍋のネギを食べる場面での柔らかなネギと固めのネギの食べ分けや、役人が煎じ薬として差し出されたものを一くち口に含んで、小さくニヤリとする表情が良い。
役人が何かを訊ねるたびに、「それは、この宗助さんが」を繰り返す所も定石通り。
結構でした。

一之輔を見始めてからおよそ10年経つが、この人がこれからどこに着地していくのだろうか、楽しみだ。
もっとも、こっちの方が何年もつかだけど。

| | コメント (2)

2019/01/14

ナベツネも横田滋さんも監視対象

少し古い話になるが、昨年11月に讀賣新聞の渡邊恒雄主筆の死去情報が流されたのを憶えておられるだろう。さすがにマスメディアは報道しなかったが、万一に備え予定稿作りに追われていたという。ネットでは、ジャーナリストを名乗る人物までがまことしやかに死去の誤情報を流していた。
似たような話が9月にもあり、この時は拉致被害者家族会の横田滋元代表の死亡説が流され、マスコミ各社が対応に追われる事態があった。この時も妻の早紀江さんが病院に駆けつけえたという情報まで流された。
他にも類似の誤情報が多く、月刊誌「選択」2018年12月号の記事によれば、全国紙編集幹部が次のように語っている。
「今後のこともあるから、あれは何だったのかを探ると、出所はほとんどが内閣情報調査室(内調)だった。共通しているのは、見てきたような情景を元に憶測を流す。尾行をつけて監視しているが、本当のことは分からないから、我々を走らせて確かめさせるんだ。内調情報は前から外れが多いけれど、最近は特にひどい。組織の内部事情が原因らしいけど、いい迷惑だ。」

渡邊氏や横田さんが監視対象とは解せないが、「二人とも安倍政権にとって行方を左右しかねない重要人物」(内調関係者)なのだという。
渡邊氏といえば安倍政権支持の立場だが、時に首相を諫めるご意見番でもある。反戦・反軍の意識が強く、安倍首相が戦後70年談話で戦争への反省を渋った時は、「倒閣に回るぞ」と迫ったこともあった。
こうした言動が、首相の忠実なお庭番を自認する内調には看過できないようだ。
横田滋さんは誰もが知る温厚篤実な人柄だが、妻の早紀江さんは拉致問題の集会などでたびたび「政府を信じてきて本当に良かったのか」などと公言している。
このことで内調は、「今は分別を保っているが、滋さんが亡くなったら、政権批判のボルテージを上げるかも知れない」(同前)と警戒しているのだという。
政府の無為無策を棚に上げて、被害者家族を「危険人物予備軍」視する倒錯した疑り深さに驚かされが、危機管理をはき違えるは公安警察らしいと言える。

政権に少しでも批判的な人間を監視の下に置くというのはロシアや中国だけと思ったら大間違いで、日本でも行われている。
監視社会の恐ろしくは、真綿で首を絞めるがごとく、じわじわと言論の自由を奪って行くことにある。
渡邊氏や横田さんの誤情報の拡散は、その一端を世間に知らしめることになった。

| | コメント (0)

2019/01/13

邦画「戦争と平和」の主題歌「流亡の曲」について

何かの拍子にふと口ずさんでしまう唄というのがある。
数十年前に「歌声喫茶」かなにかで唄ったことがあり、歌詞がうろ覚えだったのでネットで検索していたら、「流亡の曲」というタイトルだったことが分かった。
歌詞は次の通り。
********************
「流亡の曲」
作詩:作者不詳
作曲:飯田信夫

美しい山 なつかしい河
追われ追われて 果てしなき旅よ
道づれは涙 幸せはない
国の外にも 国のなかにも

故郷はどこ 父母はどこ
国は盗まれ 身寄りは殺され
さすらい流れて 行く先もない
国の外にも 国のなかにも

喜びの日を 宝の土地を
踏みにじる足 飢えと苦しみは
何日の日か終えん 怒りは震う
国の外にも 国のなかにも
********************
この歌が「戦争と平和」という邦画の主題歌であることは知っていたが、戦時中の日本の光景を描いたにしては、歌詞の内容がピンとこないとずっと思っていた。
また、戦後の歌謡曲で敗戦時の日本の状況を歌詞にしたものは皆無だったと思われ、その意味でも違和感があった。
その謎が解けたのは、「ケペル先生のブログ」の中の“憲法第九条「戦争放棄」の映画”という記事に行きついたからだ。
以下は、当該記事からの引用。
********************
憲法第九条「戦争放棄」の映画
昭和21年11月に公布された日本国憲法を記念し、その第9条「戦争放棄」をテーマに、当時日本映画の民主化の先頭に立っていた東宝砧撮影所の映画人が、その総意を結集して製作した画期的な反戦映画「戦争と平和」(昭和22年、東宝)。監督・亀井文夫、山本薩夫、出演・伊豆肇、池辺良、岸旗江、大久保翼、谷間小百合、菅井一郎、立花満枝。キネマ旬報ベストテンの第2位。
美しい山 なつかしい川
追われ追われて果てしなき旅よ
道づれは涙 幸せはない
国の外にも 国の中にも
荒廃した中国の街角で盲目の娘が歌う「流亡曲」が流れる。大陸を放浪する健一(伊豆肇)は中国民衆の姿を目撃し、自分が一兵士として参加した侵略戦争の罪業の深さに胸をつかれる。健一の乗っていた輸送船が撃沈され、中国人に助けられ、そのまま中国軍に加わり、敗戦で復員する。東京は焦土と化していた。ようやくたずね当てた妻町子(岸旗江)は、負傷して帰国していた戦友康吉(池辺良)と結婚していた。健一は盛り場でかつての上官(菅井一郎)と出会う。彼は闇成金で大儲けしていた。「要するに戦争で損をする奴も多いが、大いに儲ける者もあるというわけだ。人間が欲望に支配されている限り、戦争を本当に止める力なんかどこにもありゃせんぞ」と。映画はここで終わるが、シナリオには次のシーンが続き、実際に撮影もされていた。
街。食糧デモ。その人々の足、足、足。路傍に立って見ている健一。その勢いにのまれるように思わず列にならんで歩き出す。いつの間にか、その列にまきこまれ、デモの一人と腕を組んで行く健一。デモの人々の顔。顔。顔。労働者の大デモ。整然たるその行進。高らかに空にひびく労働歌の合唱。
********************
そうか、この歌は中国の人が歌っていたという設定だったのか。それなら歌詞の意味が分かる。
この映画は、加害者側から中国を描いた稀有な作品といえよう。
この歳になって初めて分かることもあるんだね。
最後のシーンは恐らくカットされて上映されなかったのだろう。それは当局からの圧力だったのか忖度だったのかは分からないけど。
でも、監督が本当に言いたかったことはその最終シーンだった様に思う。

| | コメント (0)

2019/01/11

落語「一目上り」の「亀田鵬齋」とはどんな人

落語好きな方なら「亀田鵬齋」という名に聞き覚えがあるだろう。
そう、寄席に行くと日に一度は誰かが高座にかけるお馴染みのネタ『一目上り』の中に出てくる名だ。

『一目上り』という噺は、男が隠居の元を訪ね、掛け軸の書画に目を止めると、「しなはるるだけは堪えよ雪の竹」と書かれている。隠居はこういう書画を見たら、「いい賛(三)だ」と褒めろと男に教える。
男は、大家を訪ね掛け軸を見せて貰うと、「近江の鷺は見がたく 遠樹の烏は見易し」とある、男が「いい賛(三)だ」と褒めると、大家は「これは根岸の亀田鵬斎先生の詩(四)だ」と言う。
今度は男は医者の家を訪れ掛け軸を見せて貰うと、「仏は法を売り、祖師は仏を売り、末世の僧は祖師を売り、汝五尺の身体を売って、一切衆生の煩悩をやすむ。柳は緑、花は紅の色いろ香。池の面に月は夜な夜な通えども 水も濁さず影も止めず。」とあった。男が「いい詩(四)だ」と褒めると、医者は「これは一休禅師の悟(五)だ」と言う。
ここで男は初めて気が付き、書画を褒める時は一目づつ上げるのだと判断してしまう。
そこで男は友人の家に行き掛け軸を見ると、大勢の人が小さな舟に乗っている絵が描かれていて、字を読んで貰うと回文で「ながき夜の とおの眠りの みなめざめ 波のり舟の 音のよきかな」とある。男が「いい六だ」と褒めると、友人は「なあに、七福神の宝船だ」でサゲ。

月刊誌「図書」2019年1月号の記事によれば、ここに出てくる亀田鵬齋は江戸時代の折衷学派の儒学者。「寛政異学の禁」によって儒官を追われ、以後は江戸下町に住まい子弟を授け、詩を書き書画を売って生計を立てていた。何より大酒を食らっては詩酒に優遊した人物として知られている。
幕府による思想統制に異を唱え、「寛政の五鬼」の一人で反骨の人だった。
落語に出てくる「近江の鷺は見がたく 遠樹の烏は見易し」という掛け軸も、鵬齋の販売品の一つだったのかも知れない。
「需侠」鵬齋は逸話に富んだ豪放磊落な人物として、江戸の町の人に人気が高く、酒の詩によっても名高い。
文化13年の江戸詩画人の酒徒番付で東の大関をはった大の酒飲みなので、酒を詠った詩が多い。
「我 渺茫たる宇宙の間を視るに 酣酔の外に取るに足る無し」
「吉野 竜田や墨田川 酒がなければ只のとこ 劉伯倫や李太白 酒を飲まねば只の人 よいよいよいよい よいやさあ」
(上記はいずれも漢詩の書き下し文)
と詠ってのけた酒人なのだ。
鵬齋は書家としても知られ、かの蜀山人が「音にきく大鵬齋か筆の跡」と讃えている。
鵬齋をめぐる逸話の中に、良寛との交流がある。書家で酒好きで反骨脱俗という共通点を持つ二人は、互いの人柄に魅かれたようだ。
良寛が、五合庵の傍に池を掘り、
「新池や蛙とびこむ音もなし」
と詠んだところ、鵬齋がそれを見て、
「古池やその後とびこむ蛙なし」
と返した。

落語『一目上り』を聴いたとき、亀田鵬齋先生の事を思い出すのもまた一興かと。

| | コメント (2)

2019/01/09

「一之輔・夢丸」(2019/1/8)

「夢一夜」
日時:2019年1月8日(火)19時
会場:日本橋社会教育会館ホール
<  番組  >
前座・柳亭市坊『一目上り』
三笑亭夢丸『思い出』
春風亭一之輔『妾馬』
~仲入り~
春風亭一之輔『庭蟹』
三笑亭夢丸『山崎屋』

夢丸『思い出』
新作で、先代古今亭今輔がよく演じていた。
古着屋が未亡人の家に着物を買い取りに行く。古着はシミやキズがあると買取価格が下がってしまうが、夫人の着物にはシミがあった。古着屋がその点を指摘すると、夫人は夫との旅行の思い出を語り始め興奮しだす。そこを何とかなだめて次は亡き夫の羽織が出されるが、袖にキズがあった。古着屋が指摘すると、原因は夫の浮気だったと言いながら夫人は当時を思いだして興奮して古着屋の首を絞めたり大暴れ。困った古着屋が「何か思い出が無いものは」と言うと夫人が差し出したのは、古着屋が来てきた羽織、でサゲ。
夢丸らしいテンポの良い運びと、夫人の大仰な動きで受けていた。

一之輔『妾馬』
マクラで前澤とか言うどこかの社長が、ツイッターを通して100万円を100人に配ったのを話題にしていた。いかにも成り上がり者らしい発想だ。口角が上がっている所が性格の悪さを示していると言ってたので、今日ネットで写真を確認したが、確かにそうだ。まあ、100万貰った人は感謝だろうけどね。
一之輔の高座の特長は、一之輔がこのネタを演じればこうなると予想していると、結果はその通りとなる。
一之輔とネタの予定調和。だから初めて聴くネタでも、以前に何度も聴いた気がする。
上手い、達者だ、器用だという点においては、いう事がない。

一之輔『庭蟹(洒落番頭)』
世の中にはシャレが分からない人がいる。またシャレが通じてもタイミングが悪いと、相手を怒らせてしまう事があるから要注意だ。
よそからお宅の番頭はシャレが上手と聞かされた主人、番頭を呼んでシャレを言わせる。
「庭に蟹が這(は)いだしたが、あれはどうだ」
「そうニワカニ(俄に)は洒落られません」
「じゃ、あの衝立は」
「ついたて二日三日」
こんな調子で番頭がシャレで返すが主人は全く理解できなくて、終いには怒り出す始末。
そこへ小僧が来て、ちゃんと洒落になっていることを説明すると、主人は番頭に謝って、ほめるからもう一度洒落てくれと頼むと、番頭が
「だんなのようにそう早急におっしゃられても、洒落られません」
「うーん、これはうまい」でサゲ。
典型的な逃げ噺だが、一之輔らしく面白く聴かせていた。

夢丸『山崎屋』
意欲的な高座だったが、語りが単調だった。主要な登場人物である遊び人の若旦那。堅物でケチな大旦那、狡猾な番頭、それぞれの演じ分けも不十分だった。
課題は多いが、夢丸の明るい芸風にはよく合っているネタなので、磨き上げて欲しい。

| | コメント (0)

2019/01/08

新春国立名人会(2019/1/7)

新春国立名人会・千穐楽
日時:2019年1月7日(月)13時
会場:国立演芸場
<  番組  >
太神楽曲芸協会『寿獅子』
古今亭文菊『湯屋番』
宝井琴調『徂徠豆腐』
柳家小ゑん『ぐつぐつ』
伊藤夢葉『奇術」
桂文楽『六尺棒』
―仲入り―
春風亭一朝『芝居の喧嘩』
柳家小さん『親子酒』
林家正楽『紙切り」
柳家小三治『小言念仏』

2019年の正月の初席、何とか松の内ギリギリの7日の国立演芸場へ。まだ新年の華やいだ雰囲気が残る。

お馴染みのネタが並んでいるので寸評を割愛して、小三治のマクラの紹介だけする。

「小三治のマクラ」の要点
・楽屋のTVで自衛隊機への照射問題を報じていた。大した事じゃない。
・太平洋戦争の時も中国との小さな事件から始まって戦争になった。
・戦争だけは絶対ににしてはいけない。どんな理由があろうと戦争はしてはいけない。
・昭和14年生まれで、戦時中は宮城県の仙台に近い岩沼に1年間疎開していた。仙台への空襲の時は空が真っ赤に染まり、子どもだったので思わず「綺麗だ」と言ったら、傍にいた大人から頭を叩かれた。岩沼でも畑に機銃掃射があり、こんな所を攻撃してなんの意味があるんだろうと思った。
・戦争が終わって終戦と言ってたが、あれは敗戦だ。
・今の首相は戦争を知らないから。
・落語家になった一番の動機は、親を困らせるためだった。狙いは図に当たった。親は教育者で、いい学校を出ていい会社に入ればいい生活が出来るという考えだった。
・志ん朝は父親と全く芸風が異なっていた。入った時から凄いと思った。2年半で真打にしたが、あれは(当時、落語協会会長だった)志ん生の我がままが通ったのだ。
・談志が師匠の小さんに「小三治」の名前をくれと言う。なぜと訊いたら、「自分が小さんを継ぐからだ」と答えた。小さんは「お前みたいな根性の曲がった奴には、やれない」と断った。
・その小三治の名を小さんから貰った時は(談志の事は聞いていたので)複雑な気持ちだった。
・二つ目の時は「さん治」だったのに、真打に昇進したら上に「小」が付くのはおかしいと文句を言ったら、小さんはしばらく考えて「大三治(だいさんじ)じゃ変だろ」と答えた。小さんにはこういう面白い所があった。
・師匠の小さんからは、客を無理に笑わせようとするなと教えられた。噺に引き込んで自然に可笑しくなるようにしろと。
・夏目漱石が3代目小さんを褒めていたが、登場人物になり切って小さん本人が高座から消えていたと言う。同時代に活躍していた初代圓遊(ステテコの圓遊)は何をやっても後ろに本人がいた、そこが違うのだと言う。
・圓生は名人だが、時々変にクスグリを入れて笑わせようとする所があった。あの人は江戸っ子じゃないから。

当方の「感想」は次の通り。
全体として小三治の自伝的な内容だったと思う。
冒頭に、自衛隊機の照射問題を持ってきたのは、第二次大戦の時の日中戦争が小さな小競り合いから始まり、次第に泥沼に陥り敗戦に至った経緯を示唆したものと思われる。
支那事変における大日本帝国陸軍のスローガンは暴支膺懲(ぼうしようちょう)で、「暴虐な支那(中国)を懲らしめよ」の意味。 最近の対韓国への世論扇動が、この時の空気と似ていると感じたのだろう。
だから、そのあと何度も「戦争は絶対にいけない」を繰り返したものと思われる。
落語家になった動機が、親への反抗だった。親が最も落胆する方法を選んだというのだ。小三治の反骨精神の原点かも。
真打に昇進するときに、自分としては二つ目の「さん治」のままで良いと思っていたそうだ。芸名なんてものは所詮は符丁にしか過ぎないと。
談志のエピソードは、いかにもという印象だった。この件が、その後の協会脱退へと繋がったのかなと、これは私見。
話の中で、師匠の小さんを尊敬している事がよく分かった。客を無理に笑わせようとするなという教えを今でも忠実に守っているのだ。
志ん生が我がままで、言うなればそのごり押しで志ん朝が2年半で真打になったという評価は興味深い。
圓生が余計なクスグリを入れる癖があるという指摘は、その通りだと思う。あれは噺の品を落としている。
そんな訳で、この日の小三治のマクラは面白かった。

余談になるが、小三治は他の噺家を呼び捨てか、さん付けにしていた。師匠の小さんに対しては勿論呼び捨てだ。これは正しい。
最近の噺家が、同業者を「師匠」や「兄さん」呼ばわりするのを予てから不快に思っていたからだ。
序に言うなら、最近の客が噺家(真打)に「師匠」呼ばわりするのも変だね。それなら色物の芸人には「先生」を付けねばなるまい。
以前に、呼び捨ては失礼だとコメントした方がいたが、逆である。
「圓朝師匠」なんて言ったら、よけいに失礼に当たるではないか。

今日はこの辺で。

| | コメント (6)

2018/12/31

「My演芸大賞 2018」の発表

「My演芸大賞 2018」

【大賞】
柳家喬太郎『仏壇叩き(「名人長二」より)』10/23鈴本演芸場

【優秀賞】
入船亭扇遊『明烏』2/24三田落語会
柳家権太楼『唐茄子屋政談』8/20鈴本演芸場
露の新治『雪の戸田川』8/21人形町らくだ亭
柳家さん喬『福禄寿』 同上
三笑亭茶楽『芝浜』11/16国立演芸場
五街道雲助『幇間腹』12/23雲助浅草ボロ市

【時別賞】
春風亭一朝『植木のお化け』6/9三田落語会大感謝祭

<講評>
大賞の喬太郎『仏壇叩き』は、鈴本演芸場10月下席で喬太郎がトリで、10日間にわたり三遊亭圓朝作品を日替わりで演じた企画ものの一つ。『名人長二』の発端部分にあたる。
他の優秀賞に比べ飛びぬけて優れているわけでないが、聴いていてゾクゾクする程の気迫の籠った高座だったことを評価した。こうした経験は滅多にできるものではないし、喬太郎の高座に限れば恐らくは10年ぶり位になるのではないだろうか。
素晴らしい出来だった。

優秀賞はいずれも定評のあるベテラン勢が顔を揃えた。

扇遊『明烏』、扇遊は元々実力者だったが、ここ最近になって高座に華やかさが増した感じがする。古典をきっちり演じながら惹き付けられる芸の確かさを実感した。

権太楼『唐茄子屋政談』、このネタは世間知らずだった若旦那が、自らの労働を通して成長してゆく物語だと思う。彼を導いたのは叔父さんで、酸いも甘いも噛分けた人物だ。権太楼が描く叔父さんは、そうした人物像がくっきりと描かれていた。

新治『雪の戸田川』、先代正蔵から教わった怪談噺『戸田の河原』を、露の五郎兵衛が上方落語に直したという珍しいネタで、所々に芝居仕立てが入る怪談噺。人間の業の深さを描いた見事な高座だった。

さん喬『福禄寿』 、長い割には暗くて儲からない噺なので、演じ手が少ない。さん喬の高座では最後の救いを持たせ、それが成功していた。
さん喬の語りが物語全体を引き締めていた。

茶楽『芝浜』、このネタを小品として演じた点に好感が持てた。小品だからこそ噺の隅々にまで神経が行き届けねばならない。最近聴いたこのネタではベストの出来だった。

雲助『幇間腹』、このネタの難しさは幇間の描き方だ。ここに出てくる幇間は例えば『鰻の幇間』の様な野ダイコではなく、見番に所属し客の依頼があれば座敷に上がって一座を取り仕切る立場になる。雲助が演じる幇間にはそうした片鱗を見せていて、若手にとって手本となるような高座だった。

特別賞として一朝『植木のお化け』を採り上げたのは、寄席の演目の一つである「音曲噺」の担い手がいなくなってきている。このままでは絶滅しかなねい。音曲の達者な一朝だからこそ演じられるネタであり、是非後継者を育成して欲しい。


1年間拙ブログを笑覧下された方々に御礼申し上げます。
また来年も宜しければお越しください。
皆さま、良いお年をお迎えください。

なお、来春は8日より再開の予定です。

| | コメント (8)

2018/12/30

2018年下半期「演芸佳作選」(2018/12/30)

2018年6月~12月に聴いた高座の中で、特に優れたものを下記の通り選んだ。

五街道雲助『もう半分』雲一里(2018/7/4)
柳家権太楼『唐茄子屋政談』鈴本演芸場(2018/8/20)
露の新治『雪の戸田川』人形町らくだ亭(2018/8/21)
柳家さん喬『福禄寿』人形町らくだ亭(2018/8/21)
入船亭扇辰『江戸の夢』扇辰・喬太郎の会(2018/9/8)
桂かい枝『算段の平兵衛』西のかい枝・東の兼好(2018/9/10)
笑福亭たま『ちしゃ医者』ワザオギ落語会(2018/9/15)
春風亭一之輔『竹の水仙』鈴本演芸場(2018/9/26)
むかし家今松『質屋庫』国立名人会(2018/9/29)
柳家はん治『禁酒番屋』国立名人会(2018/9/29)
立川ぜん馬『夢金』ケチと強欲のはなしの会(2018/10/4)
桂春若『京の茶漬』ケチと強欲のはなしの会(2018/10/4)
隅田川馬石『稲荷堀(お富与三郎)』人形町らくだ亭(2018/10/5)
柳家喬太郎『仏壇叩き(名人長二)』鈴本演芸場(2018/10/23)
三遊亭萬橘『佐々木政談』圓楽一門会(2018/10/28)
柳家小平太『井戸の茶碗』国立演芸場(2018/11/5)
三笑亭茶楽『芝浜』国立演芸場(2018/11/16)
柳亭左龍『人形買い』三三・左龍の会(2018/12/10)
五街道雲助『幇間腹』雲助浅草ボロ市(2018/12/23)


【参考】2018年上半期「演芸佳作選」

古今亭志ん輔『お見立て』人形町らくだ亭(2018/2/5)
柳家小満ん『雪とん』小満ん夜会(2018/2/20)
入船亭扇遊『明烏』三田落語会(2018/2/24)
笑福亭たま『立ち切れ』花形演芸会(2018/3/3)
三遊亭兼好『一分茶番』白酒・兼好二人会(2018/3/6)
古今亭文菊『子は鎹』一之輔・文菊二人会(2018/4/12)
立川志の輔『小間物屋政談』朝日名人会(2018/4/21)
隅田川馬石『船徳』にぎわい座名作落語の夕べ(2018/5/5)
桂佐ん吉『火事場盗人』花形演芸会(2018/5/12)
三笑亭茶楽『品川心中』にぎわい座名作落語の夕べ(2018/6/2)
露の新治『お文さん』三田落語会大感謝祭(2018/6/9)
春風亭一朝『植木のお化け』三田落語会大感謝祭(2018/6/9)
隅田川馬石『井戸の茶碗』五街道雲助一門会(2018/6/12)
五街道雲助『つづら』人形町らくだ亭(2018/6/13)

上記の中から「My演芸大賞 2018」の大賞1点、優秀賞数点を選ぶことになる。

| | コメント (2)

2018/12/29

「白酒X兼好」(2018/12/28)

毒を盛って毒を制す「白酒X兼好」其の三
日時:2018年12月28日(金)19時
会場:博品館劇場
<  番組  >
『オープニング・トーク』白酒、兼好
桃月庵白酒『時そば』
三遊亭兼好『蛙茶番』
~仲入り~
三遊亭兼好『紙入れ』
桃月庵白酒『富久』

今年最後の落語会は「白酒X兼好」、ワッと笑って1年を納めようという趣向。

『オープニング・トーク』では、既に落語芸術協会が公表している新真打昇進、
2019年九月下席より、柳亭小痴楽
2020年二月中席より、神田松之丞
が夫々単独で昇進披露を行うことが話題になっていた。
松之丞に関しては異例ともいうべき香盤の上位者を飛び越えての抜擢で、芸協としても興行面から人気は無視できなかったと見える。
小痴楽についても同様の狙いがあるのだろう。

白酒『時そば』
通常の演じ方だと、最初の旨いソバ屋は不景気だと言い、翌晩の不味いソバ屋は景気が良いと言うのだが、ここは不自然ではある。白酒は、前者は好景気、後者は全くお客が来ない貧乏ったらしいソバ屋という設定に変えていた。自殺でもしそうなソバ屋のソバを、我慢しながら不味そうに食べる男の姿で客席を沸かしていた。

兼好『蛙茶番』
オープニング・トークでも触れていたが、兼好にとって今年は飛躍の年となった。能や歌舞伎を研究し、高座にも積極的に採り入れてきた努力が実ったものだろう。
このネタにしても、通常はカットされることの多い序盤の「天竺徳兵衛」の「忍術ゆずり場」の所作を演じて見せた。こうした所を丁寧に演じることにより、噺の奥行くが生まれる。
半ちゃんが赤い褌を締めていると、湯屋の主が「倅は還暦?」というクスグリは秀逸。

兼好『紙入れ』
マクラで、片山さつき大臣のことを話題にしていたが、鉄面皮とはこの人にピッタリだ。きっと何重にも厚塗りしてるんだろう。
以前の兼好の弱点として、女形の色っぽさに欠ける所があったのだが、この点も最近は上達してきた。
布団に寝かした新吉に、お上さんが手燭を片手に迫る目つきが気持ち悪いくらい色っぽかった。あれじゃ新吉も金縛りだね。

白酒『富久』
8代目文楽の名演で知られるネタだが、白酒は志ん生の演じ方に近い。旦那の家の火事見舞いに行き出入りを許された久蔵が、番頭と一緒に見舞い客の帳付けをする。そのうち本家から届いた酒を旦那の許しを得て飲み始める。始めの頃は多少遠慮しがちだったが、飲むにつけ酔うにつけ次第に大胆になり、帳付けなど放り出し番頭にも絡むようになる。元はと言えば酒で旦那をしくじったのだが、やはり地が出てしまうのだ。こぅした太々しく人間臭い久蔵の姿が描かれていた。
自宅が焼けて旦那の家に居候した久蔵だが、自立したくてもがいていた。それだけに千両富が当たった時の喜びの爆発に共感が出来る。
先ずは目出度くお開き。

なお、30日に2018年下半期の佳作選を、31日に「My演芸大賞 2018」を発表します。

| | コメント (2)

2018/12/28

【演劇部門】2018年、この1作

『赤道の下のマクベス』
観劇日:2018年3月13日
会場:新国立劇場 小劇場 THE PIT
脚本:鄭義信
演出:鄭義信
<  主なキャスト  >
池内博之:朴南星(清本南星)
浅野雅博:山形武雄
尾上寛之:李文平(清原文平)
丸山厚人:金春吉(金田春吉)
平田満:黒田直次郎
木津誠之:小西正蔵

【講評】
アジア・太平洋戦争について、私たちが知らないことが沢山ある。
例えば、戦争終結後に軍事裁判によって死刑判決を受けた人数だ。
A級戦犯    7名
BC級戦犯  934名
命令を下した者より、命令に従った者の処刑者の数の方が圧倒的に多いのだ。
さらに、BC級戦犯の死刑のうち11%は捕虜収容所の関係者で、捕虜に対する虐待や暴力が処刑の理由となっていて、捕虜収容所の監視員らがその対象とされていた。
戦犯で処刑されたのは日本人だけでなく、朝鮮人も含まれている。
この舞台は、1947年のシンガポール、チャンギ刑務所で、BC級戦犯として収容されていた日本人と元日本人だった朝鮮人の物語だ。
判決から処刑までおよそ3ヶ月という期限に日々怯えながら、過酷な環境の中で精神的にも肉体的にも追い詰められるていく。
朝鮮人死刑囚が日本人死刑囚に対して「あんたたちは、それでも名誉が残るからまだいい。俺たちは何も残らない」という言葉は重い。国に残された家族たちも、息子が日本軍の協力者だったということで迫害を受ける。彼らには全く救いがなかった。
明るく振舞っていた死刑囚の一人が、執行を前にして「生きたい、もっと生きていたい」と嘆く場面は胸を打つ。
舞台はいかにも鄭義信の作品らしく賑やかな場面もあるが、それが反面の熾烈さを印象づけていた。
出演者は全員が熱演で舞台を盛り上げていた。

| | コメント (0)

«雲助浅草ボロ市「雲助・白酒」(2018/12/23)