2018/02/21

小満ん夜会(2018/2/20)

「小満ん夜会」
日時:2018年2月20日(火)18:45
会場:日本橋社会教育会館ホール
<  番組  >
前座・春風亭一花『やかん』
柳家小満ん『うどん屋』
三笑亭茶楽『芝浜』
~仲入り~
柳家小満ん『雪とん』

ゲストに茶楽を迎えた2月20日の「小満ん夜会」、入りは4分程度。
前から3列目辺りの方々はお互いに知り合いが多いようで、開演まで楽しそうにおしゃべりしていた。
古典を受け継ぐとよく言われるが、どう受け継ぐかという答えは簡単ではない。
先人の演じ方をそのまま真似ているだけは進歩がなく、かと言って下手に手を加えると元のネタを壊しかねない。
そうした匙加減が演者の腕の見せ所だ。

小満ん『うどん屋』
マクラで一般の江戸っ子は蕎麦食いで、うどんはあまり好まなかったと言っていた。それでも寒い夜は江戸っ子も暖かいうどんを食べていたのだろう。
冒頭の「な~べや~きうどん~」の売り声が良い。ひと調子高く大声なのは、屋内にいる客が聞こえるように。
悪気はないが商売には何とも迷惑な客は、『蜘蛛駕籠』のそれと双璧だ。しかもこちらの客はうどんを食わないばかりか、雑煮を勧めるうどん屋に「バカヤロウ」と罵声を浴びせるだけ性質(たち)が悪い。
店の奉公人らしき客に対して、旨ければ他の奉公人からも注文があると期待の表情を浮かべうどんを煮るのだが、それが1杯だけになりうどん屋の落胆の表情。「うどん屋さ~ん」と呼び止められた時には期待を込めた明るい表情、「うどん屋さんも風邪ひいてるの?」で再び落胆の表情と、こうした目まぐるしい表情変化を小満んは見せ場にしていた。

茶楽『芝浜』
いつの頃からか『芝浜』は大ネタ扱いになってしまった。登場人物は魚屋夫婦二人で、ストーリーも大きな展開がない。落語としては小品なのだ。
昨日実際に経験したことを、翌日に「お前さん、あれは夢だったのよ」と言われて納得する人間なんていますか? いないでしょう。
それをあれこれ工夫をしてリアリティを持たせたり、さも大ネタの様にこねくり回して演じる最近の傾向は感心しない。
ここは3代目三木助ばり、茶楽の様に小品として演じるのが正解だ。
魚勝が早朝に魚河岸に行くのを嫌がると、女房から「お得意さんを他人に奪われて、それでも悔しくないのかい」と言われて思い直して出かけるのは説得力があった。
大晦日に女房が全てを打ち明け、それを魚勝は受け容れ感謝する場面は、こちらも聴いていてホッとした。
この人は上手い。

小満ん『雪とん』
マクラで「鏡代」という小咄を披露。ある男が町娘に恋煩い。見かねた人が反物を買って娘に仕立てを頼み、その時に付け文をするよう勧め、男はその通りにする。暫くして仕立てた着物が届らられるがぞんざいな仕上がり、でも袂に文が入っていた。男が開けてみると中は小銭に「鏡代」としてあった。
考えオチで、この金で鏡を買って己の顔を映してみなさいというナゾだ。
落語に出てくる男の恋煩いといのは大体が恋が叶うものが多いのだが、この演目の田舎の若旦那はすんでの所でお祭り佐七という男に、トンビに油揚げをさらわれてしまう。
間違って呼び込まれた佐七に娘は一目ぼれ、夜が遅くなったので泊まることになった佐七の寝間に、娘は夜着のまま現れお休みの挨拶に訪れる。これじゃ猫に鰹節、心得た佐七が親指を人差し指で娘の着物の裾をつまんで引くと、娘は「アレ~」と言いながら佐七の膝の上に崩れ落ちる。
なんだ、二人とも下心アリアリじゃん。
小満んの描く佐七の颯爽とした色男ぶりで、この展開も納得。

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2018/02/18

ひとの恋路を邪魔する奴は・・・

「ひとの恋路を邪魔する奴は犬に食われて死ねばいい」
まあ、いま話題の例のお二人の事だけどね。
別に、相思相愛だったら、それでいいんじゃない。
第一、オレに口を出す権利なんか無いし。

ネットの書きこみを見ると、男性側が袋叩きだね。
可哀そうに。
一体、あの人がどんな悪いことをしたのかね。
どんな罪があるのかな。
家庭がどうのこうの言われているけど、
どこの家だって探せばそれぞれに問題があるんじゃないのかな。
収入が少ない、身分が不安定、将来性に疑問がある、
そういう男は結婚する資格がないのかね。
そんなこと言ったら、オレなんぞ一生独身だった。

家柄が良いなんて、有り難がる時代じゃない。
相手にだって選ぶ権利がある。
あんまりウルサイこと言ってると、言葉が悪いが、
しまいにゃ政略結婚か人身御供しかなくなるぜ。

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2018/02/17

恵比寿まめかな寄席(2018/2/16夜)

「恵比寿まめかな寄席・夜の部」
日時:2018年2月16日(金)18時30分
会場:恵比寿・エコー劇場
<  番組  >
瀧川鯉八『おちよさん』
桃月庵白酒『新版三十石』
母心『漫才』
林家彦いち『掛声指南』
~仲入り~
おぼん・こぼん『漫才』
鏡味味千代『太神楽』
立川談春『かぼちゃ屋』

劇団テアトルエコーのホームグランドであるエコー劇場で行なわれた恵比寿まめかな寄席、その夜の部に出向く。
主催は「オフィスまめかな」で、当代三遊亭円楽のマネージャー植野佳奈によって設立とある。事務所名は円楽の大師匠にあたる6代目三遊亭圓生の義太夫時代の芸名「豊竹豆仮名太夫」と自らの名前をかけたもの。
HPの公演案内を見ると、圓楽の公演を中心に色々な落語会を企画しているようだ。
この会は昼夜公演で、その夜の部へ。

鯉八『おちよさん』
女が自殺しようとしているのを流しの板前が助けるという噺から、これが「人生いろいろ」の前説になっているという筋。
この人の高座は今回で3度目だと思うが、とにかくつまらない。笑ってる客もいたから、面白いと思う人もいるんだろうけどね。

白酒『新版三十石』
この日一番受けていた。
白酒は、浅い出番では寄席でもこのネタを掛ける事が多い。

母心『漫才』
以前に見た時はボケ役の嶋川武秀(妻が植野佳奈)がカツラをかぶって女装していたが、今はスで演じていた。
歌舞伎に凝っているというボケ役が歌舞伎のセリフ回しや所作を見せるのが特長。テンポも良く期待の若手漫才だ。

彦いち『掛声指南』
日本でボクシングのセコンド修業をしているタイ人が、他の仕事で覚えた掛声がセコンドにも活かされたという筋。
マクラもネタも直近の高座と同じだったが、この人は古典の方が魅力があると思うのだが。

おぼん・こぼん『漫才』
何年ぶりか分からないくらい久々だ。
コンビ結成53年目という大ベテランだが、若い。この日は得意のタップの披露はなかったが、しゃべくり漫才を面白く聴かせてくれた。

談春『かぼちゃ屋』
こういう比較的小さな会に出るのは珍しいのではなかろうか。
マクラで先代圓楽のエピソードをタップリ語っていたのは、この会の主催者を意識したものか。
先代圓楽が熊本での落語会に出演のため飛行機で向かったが、途中で熊本空港が天候不良のため急遽福岡空港に降りることになった。熊本での仕事が間に合わないと周囲のスタッフが青くなっていると、やおら圓楽は「スチュワーデスさん、パラシュートはないか?」と訊いたと言う。
落語の良い所は、周囲が与太郎をそのまま受け容れている点だといって、与太郎が主人公の本題へ。
いつもの様に流れる様なしゃべりで、与太郎とそのおじさん、カボチャを全部売りさばいてくれた長屋の親切な兄ぃ、それぞれの人物を鮮やかに演じていた。

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2018/02/16

「ムサシ」(2018/2/15)

「ムサシ」
日時:2018年2月15日(木)13時30分
会場:Bunkamuraシアターコクーン

脚本:井上ひさし
演出:蜷川幸雄
<  キャスト  >
宮本武蔵:藤原竜也
佐々木小次郎:溝端淳平
筆屋乙女:鈴木杏
沢庵宗彭:六平直政
柳生宗矩:吉田鋼太郎
木屋まい:白石加代子
平心:大石継太
忠助:塚本幸男
浅川甚兵衛:飯田邦博
浅川官兵衛:堀文明
只野有膳:井面猛志

2009年の初演以来、ロンドンやニューヨークなど海外を含めて何度も再演されてきたが、今まで観る機会がないままになっていた。
今回、蜷川幸雄三回忌追悼公演として2014年の出演メンバーが全員揃ったシアターコクーンの舞台を観劇。
幸いバルコニー席の最前列の舞台寄りという良席だった。

あらすじ。
慶長十七年(1612年)陰暦四月十三日正午、豊前国小倉沖の舟島で行われたご存知、宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘は武蔵の勝利に終わる。
佐々木巌流の名前から、後に巌流島の決闘として世に伝わる。
倒れた小次郎を見ると未だ息があり、武蔵は検視役に手当を頼み立ち去る。
決闘から6年後の元和4年(1618年)の季節は夏。場所は鎌倉は佐助ヶ谷、源氏山宝蓮寺。
講堂と厨子、それを結ぶ渡り廊下しかない小さなこの寺で、いままさに寺開きの参籠禅が執り行われようとしていた。
大徳寺の長老沢庵宗彭を導師に迎え、将軍指南役で能狂いの柳生宗矩、寺の大檀那である木屋まいと筆屋乙女、そして寺の作事を務めた武蔵も参加している。
そこへ突然、佐々木小次郎が現れた。舟島でかろうじて一命をとりとめた小次郎は、武蔵憎しの一念で、6年間武蔵の行方を追いかけて、遂にここ宝蓮寺で宿敵をとらえたのだ。
先の決闘では武蔵の策によって敗れたと信じる小次郎にとり、今度こそは「五分と五分」で決着をつけようと、武蔵に「果し合い状」を突きつける。こうして、宮本武蔵と佐々木小次郎の命をかけた再対決が「三日後の朝」と約束される。
しかし、なぜか周囲の人たちは二人の決闘をやめさせようとする。
沢庵和尚は殺生はいかんと説くし、柳生宗矩は刀が物言う時代は終わったといい、筆屋乙女は父の仇討ちを通して復讐の連鎖はやめようと言い出し、木屋まいに至っては自分とやんごとなきお方とのご落胤こそが佐々木小次郎だと主張し出す始末。
こうした中で行われる武蔵と小次郎の最後の決闘の結末は・・・。

いかにも井上ひさしの戯曲らしい笑いの多い作品だ。剣術の訓練がいつのまにかタンゴののリズムになり、全員が踊りだす、そんな場面もある。
作品のテーマは、生への賛歌だ。生きることの素晴らしさ。
もう一つのテーマは能で、舞台装置である寺そのものが能の舞台の構造となっている。
演者たちの能の謡や舞に乗せた科白や所作が随所に披露される。

柳生宗矩が創作する新作能「カチカチ山の続編」が、本作のテーマを暗示している。
もっともオリジナルの「カチカチ山」を知らない方も多いだろうから、ここでwikiの記事を下に引用する
【昔ある所に畑を耕して生活している老夫婦がいた。
老夫婦の畑には毎日、性悪なタヌキがやってきて不作を望むような囃子歌を歌う上に、せっかくまいた種や芋をほじくり返して食べてしまっていた。業を煮やした翁(おきな)はやっとのことで罠でタヌキを捕まえる。
翁は、媼(おうな)に狸汁にするように言って畑仕事に向かった。タヌキは「もう悪さはしない、家事を手伝う」と言って媼を騙し、縄を解かせて自由になるとそのまま媼を杵で撲殺し、その上で媼の肉を鍋に入れて煮込み、「婆汁」(ばばぁ汁)を作る。そしてタヌキは媼に化けると、帰ってきた翁にタヌキ汁と称して婆汁を食べさせ、それを見届けると嘲り笑って山に帰った。翁は追いかけたがタヌキに逃げられてしまった。
翁は近くの山に住む仲良しのウサギに相談する。「仇をとりたいが、自分には、かないそうもない」と。事の顛末を聞いたウサギはタヌキ成敗に出かけた。
まず、ウサギは金儲けを口実にタヌキを柴刈りに誘う。その帰り道、ウサギはタヌキの後ろを歩き、タヌキの背負った柴に火打ち石で火を付ける。火打ち道具の打ち合わさる「かちかち」という音を不思議に思ったタヌキがウサギに尋ねると、ウサギは「ここはかちかち山だから、かちかち鳥が鳴いている」と答え、結果、タヌキは背中にやけどを負うこととなった。
後日、ウサギはタヌキに良く効く薬だと称してトウガラシ入りの味噌を渡す。これを塗ったタヌキはさらなる痛みに散々苦しむこととなった。
タヌキのやけどが治ると、最後にウサギはタヌキの食い意地を利用して漁に誘い出した。ウサギは木の船と一回り大きな泥の船を用意し、思っていた通り欲張りなタヌキが「たくさん魚が乗せられる」と泥の船を選ぶと、自身は木の船に乗った。沖へ出てしばらく立つと、泥の船は溶けて沈んでゆく。タヌキはウサギに助けを求めるが、逆にウサギに艪で沈められてしまう。タヌキは溺れて死に、こうしてウサギは見事媼の仇を討った。】
落語の「強情灸」に「これじゃまるでカチカチ山の狸だ」というセリフが出てくるし、「泥船に乗る」という表現もここから来ている。
本題に戻ると、柳生宗矩は続編として殺されたタヌキの子どもがウサギを敵討ちにするというストーリーを編み出すのだ。

出演者では断然、白石加代子の演技力と存在感が光る。彼女が出て来ると、舞台全体をさらってしまう。この役は白石加代子以外にはあり得ないと思えるほどだ。
他では、六平直政と吉田鋼太郎のユーモラスな演技が、井上芝居らしさを醸し出していた。

とにかく楽しい人間賛歌に溢れた芝居、公演は25日まで。

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2018/02/14

文楽「女殺油地獄」(2018/2/13)

文楽2月公演第三部「女殺油地獄(おんなころしあぶらのじごく)」
日時:2018年2月13日(火)18時
会場:国立劇場 小劇場

近松門左衛門=作
徳庵堤の段
河内屋内の段
豊島屋油店の段
同   逮夜の段

出演者は下記の通り(クリックで拡大する)。
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<主な人形役割>
河内屋徳兵衛:吉田玉也
   女房・お沢:吉田勘彌
   息子・与兵衛:吉田玉男
豊島屋の女房・お吉:吉田和生

あらすじ。
大阪天満の油屋、河内屋の主人・徳兵衛は番頭あがりの婿入りで、それを良いことに義理の息子・与兵衛は増長し、店の有り金を持出しては放蕩三昧。
母親のお沢と徳兵衛は懲らしめのために与兵衛を勘当したものの、小遣い銭に事欠いては不憫であるとして、同じ町内の油屋、豊島屋の女房お吉を通じて密かに銭を与えていた。
それでも遊ぶ金に困った与兵衛は義父の偽判を用いて借金をする。返すあてなどない与兵衛は、日限に責められてお吉に無心をするが断られ、ついにお吉を惨殺し店の掛け金を奪って逃げる。
お吉の三十五日の供養に列席していた与兵衛だが、天井でネズミが暴れ、殺しの現場で与兵衛がお吉の血潮を拭った古証文を落とす。それには動かぬ証拠として与兵衛の署名があり、悪事が露見した与兵衛は召し取られる。

近松門左衛門の作ながら江戸期には再演されず、明治になってから作品が評価されるようになったようだ。
明治末に歌舞伎で上演され、人形浄瑠璃としては昭和37年が初演ということだから新しい演目といえる。
近年になって評価が高まったのは、この作品の持つ奥の深さだと思う。

劇中ではカットされているが、河内屋の前の主は若くして亡くなり、その時に長男は7歳、次男である与兵衛は4歳だった。後家となったお沢は番頭の徳兵衛を婿にするのだが、幼い与兵衛としては実父を失い母親が再婚するという現実を受け容れなかったのだろう、グレてしまうのだ。
お沢は与兵衛の不行状に怒りながら、一方で息子が不憫でならない。主人の徳兵衛は以前は奉公人だったという負い目があり、与兵衛には遠慮がちだ。

この時点の与兵衛は23歳、豊島屋のお吉は27歳。双方とも油屋で同業者であり、与兵衛にとってお吉は姉の様な存在だったろうし、甘えられる相手でもあった。あるいはほのかな恋心を抱いていたかも知れない。
そうした気配も感じたお吉の夫にとっては心穏やかではない。
そうした両者の関係も事件の背景となってゆく。

親の名前を勝手に使って金を借りた与兵衛、返せねば親に迷惑がかかる。さりとて返済のあてのないまま日限を迎えてしまい、お吉宅に赴く。
そこに両親が来ていて、与兵衛のための小遣いとしてお吉に金を渡すのを覗き見してしまう。
両親が帰ったあとで与兵衛は一人お吉に、今度こそ真人間になるのでこの度だけは借金を用立てて欲しいと頼み込む。この時、与兵衛は本心から出た言葉だろう。
しかし、お吉としては主人が留守の間に与兵衛に大金を貸すわけにはいかない。断るお吉に懇願し続ける与兵衛。
遂に与兵衛はお吉を脇差しで殺害し、金を奪ってしまう。

事件の起きる前に、お吉が娘たちのために蚊帳をつってあげる。旧暦の端午の節句の頃には蚊が出ていたのだ。
これは落語の「二十四孝」でもお馴染みの、呉猛の親孝行の逸話とかけたもの。
与兵衛の悪事が露見し捕まるのが、お吉の三十五日の忌日の前夜である「逮夜」。
季節の移ろいも晩春から初夏という趣向。
当時の社会体制を反映した、いかにも近松の作品らしい芝居だ。

最大の見せ場は、与兵衛がお吉を殺害する場面だ。
店先で油の壺から桶に小分けしているお吉の背後から、脇差を抜いた与兵衛が近づく。油に映る刃の光に驚くお吉が逃げようとするのを与兵衛が斬りかかる。一瞬の静寂の後に、油をまきながら逃げ惑うお吉に与兵衛は何度も斬り付ける。
油で滑りながらの殺しの場面は人形が激しく動き、観ていて手に汗を握る思い。
これほどの凄惨な殺しの場面は他にないだろう。
太夫の語りと三味線が、緊迫した舞台をいっそう盛り上げていた。

聴きごたえ見ごたえ十分。結構でした。

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2018/02/10

池袋演芸場2月上席・昼(2018/2/9)

池袋演芸場2月上席昼の部・9日目

前座・春風亭与いち『たらちね』
<  番組  >
春風亭朝之助『だくだく』
春風亭三朝『短命』
伊藤夢葉『奇術』
橘家蔵之助『相撲風景』
桂文雀『死ぬなら今』
青空一風・千風『漫才』
春風亭一之輔『普段の袴』
柳家さん生『お見立て』
鏡味仙三郎社中『太神楽』
柳家さん喬『棒鱈』
-お仲入りー
春風亭柳朝『武助馬』
柳家権太楼『宗論』
林家正楽『紙切り』
春風亭一朝『天災』

池袋演芸場2月上席昼の部は落語協会の芝居で、師匠の一朝と門下の一番弟子から三番弟子までが顔を揃えた。これに権太楼とさん喬がスケという豪華版。
3連休を控えた平日の昼だったが、会場は満席だった。

与いち『たらちね』
一之輔の2番弟子で、前座になったばかり。近ごろの入門者は達者なのが多いが、これが上手くなるかどうかはまた別もの。

朝之助『だくだく』
所作の一つ一つが丁寧でキレイに見える。泥棒の手つきが宜しい。

三朝『短命』
このネタ、以前に聴いた時よりスッキリと演じていた。
一朝門下は人材が揃ってる。

蔵之助『相撲風景』
古典落語が続くので、ここは息抜きの高座。
蔵之助が落語と大相撲には共通点があると言っていたが、それは階級制だけではない。もっと基本的なことで、両方ともに「古典芸能」だ。
今どき、選手は全員がチョンマゲを結って、審判である行司は神主みたいな恰好で競技を行う。その行司たちも選手たちと同じ部屋に所属している。そんなものが純粋なスポーツであるわけがない。あれは半分がショーなのだ。
それを国技だの神事だの公益だのと言うからおかしくなる。
先日のTVで貴乃花親方のインタビューが放映されていたが、まるで喋りが新興宗教の教祖だね。どこまでが事実か分からないし、相撲協会や評議会なんてぇものはみんな嘘っぱちだらけだ。
だから、まともに相手にせず放っておくのが一番だ。

文雀『死ぬなら今』
ご存知、8代目正蔵の得意ネタ。
オリジナルでは父親の棺桶に息子がニセ小判を入れておいたので、父親は知らずに地獄で閻魔大王以下に小判を渡し、彼らが通貨偽造の罪で牢屋に入れられるという筋だ。
文雀は少し変えていて、小判は本物なので閻魔大王以下の地獄の幹部たちが収賄で極楽の特捜部に捕まり牢屋に入るというもの。
いずれも、だから「死ぬなら今」というサゲになる。
『地獄八景』のクスグリをとりいれて面白く聴かせていた。

一風・千風『漫才』
牛や豚の部位のネタだけでは苦しいかな。

一之輔『普段の袴』
手慣れたネタとはいえ、相変わらず上手いもんだ。

さん生『お見立て』
手持ちのCDで、権太楼がマクラでかつて池袋演芸場で客が一人の時があり、高座に上がった紙切りの先代正楽が苦労していたというエピソードを喋っていた。
さん生も今日の入りを見て、一昔前とは隔世の感があると言っていた。
このネタ、だいぶ端折っていたがそれでもこの時間で演じるのは無理があった。熱演だったのに、勿体なかった。

さん喬『棒鱈』
師匠譲りの高座で、江戸っ子と薩摩の田舎侍との対比が面白く描かれていた。
余談だが、アタシの子どもの頃に母親が、薩摩の男は男色が多いから気をつけると言っていた。どうも昔から、江戸っ子と薩長は相性が悪いらしい。

柳朝『武助馬』
歌舞伎役者の娘さんである師匠のお上さんのエピソードをマクラに、ネタへ。
羽織の脱ぎ方一つ見ても、動きがキレイだ。
語りにもう少し抑揚が欲しい所だが、どうだろうか。

権太楼『宗論』
咳き込んだりして体調が悪そうだったが、それでも客席を沸かせていたのは、さすが。途中から童謡に変わる讃美歌を気持ち良さそうに歌っていた。

正楽『紙切り』
お題は「パンダ」「雛あられ」「美女楽団」。美女楽団では、端に将軍様の顔が。

一朝『天災』
主人公の八五郎はやたら乱暴者の江戸っ子だが、どこか愛嬌があって憎めない人物だ。こういう人間を描かせたら、一朝は当代一だろう。
心学の先生にすっかり感化されて、長屋で騒動を起こした男の所でトンチンカンな説教をする所が実に可笑しい。
充実の番組を締めくくるに相応しいトリの高座だった。

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2018/02/07

人形町らくだ亭(2018/2/5)

第76回「人形町らくだ亭」
日時:2018年2月5日(月)18:50
会場:日本橋公会堂
<  番組  >
前座・橘家かな文『やかん』
桂宮治『つる』
柳家さん喬『初天神』
~仲入り~
古今亭菊之丞『景清』
古今亭志ん輔『お見立て』

落語家の高座と客の関係は一期一会、同じ噺家の同じネタでも時間と空間が変われば中身も変わってくる。
前に聴いた時は良かったのにという場合もあれば、今日は違うなと唸らせられることもある。
とりわけ「過去最高の出来」に出会えた時の感激は一入だ。それを求めてせっせと寄席や落語会に通い続ける。

宮治『つる』
安物の天ぷらを食い過ぎたような胃のもたれを感じる高座、苦手だね。

さん喬『初天神』
父親から初天神に連れていかぬと言われた息子が、向かいの職人の所に行って家庭の秘密をばらそうとする。慌てた父親が息子を連れて行くことにするという設定、必要なのかな。
こういう余計な改変は、時に噺の風味を壊しかねない。
縁日に着いてからの父子の描写は微笑ましい。

菊之丞『景清』
器用な人で何を演じてもそこそこのレベルだが、心を打たれることが無いというのが今までの菊之丞評だった。
しかし、この日は違った。
同じ盲人でも『心眼』の梅喜とは異なり、『景清』の定は元は腕のいい木彫師だが、酒と女に溺れた挙げ句に中年から目が不自由になった男。
歩くにも杖を肩に担いで鼻歌を唄う。
目が開くようにと願掛けした寺では、お題目をあげながら隣で拝んでいた女性にちょっかいを掛ける始末。
その反面、何とか木彫りを試みるが盲目の悲しさ、鑿で手が傷だらけになってしまう。
もう一度木彫りの仕事に戻りたいし、息子の身を案じる母親への孝行の為にも目を治したい。その一念で、定は石田の旦那の勧めもあって上野の清水の観音様に百日の願掛けをする。
しかし満願の日を迎えても目が開かない。定は怒りにまかせて観音様に悪態をつく。母親がこの日のために繕ってくれた縞模様の着物の柄が見えないと慨嘆するのだ。
この後の不忍池付近で落雷にあい、定の目が開いて歓喜する。
伝法な男でありながら、仕事への一途な思いや息子を思う母親への優しさといった定の姿を、菊之丞は明解に描いていた。
気持ちの入った良い高座だった。

志ん輔『お見立て』
このネタは志ん朝の高座が絶品で、恐らくこれを超えるのは難しいだろう。
弟子の志ん輔としては、一方では師匠を見倣いながら、もう一方では師匠とは違った演じ方を模索しているのだろう。
志ん朝の高座では、「お見立て」「見立てる」という言葉をマクラで解説しているが、志ん輔の高座ではネタの中の喜助のセリフに含めていた。
志ん朝のでは、喜助が吉原の若い衆「妓夫(ぎゅう)」の中でも貸し座敷の2階専門で通称を「なかどん」と呼ばれ、花魁と客の間を取り持つ役割だったと、これもマクラで説明している。だから喜助は花魁と客の間の板挟みで苦労するのだ。
こうした背景は少し解説しておいた方が親切だろう。
志ん朝では、喜瀬川花魁が杢兵衛大尽を嫌う理由を喜助に並べるのだが、志ん輔はここはあっさりと演じていた。
花魁が入院だというと見舞いに行くと言い出す杢兵衛を止めるのに、志ん朝は「吉原の法」で禁じられているとしているが、志ん輔は病気が伝染するからとしていた。
志ん輔の高座では杢兵衛が一層戯画化されていて、リアクションがオーバーに表現されていた。これが高座のメリハリにつながっていた様に思える。
喜助と杢兵衛二人が谷中で墓参りする場面は良く出来ており、師匠の高座に迫るものだった。

仲入り後の2席は結構でした。

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2018/02/03

国立演芸場2月上席(2018/2/2)

国立演芸場2月上席・2日目

前座・春雨や晴太『つる』
<  番組  >
三遊亭遊里『饅頭こわい』
ナイツ『漫才』
三遊亭遊馬『佐野山』
山上兄弟『奇術』
柳家蝠丸『昭和任侠伝』
~仲入り~
三遊亭遊喜『熊の皮』
桂小文治『長屋の花見』
鏡味味千代『太神楽曲芸』
三遊亭小遊三『蒟蒻問答』

東京に二度目の雪をもたらした2月2日、朝方晴れる予報だったが昼過ぎまで雪はちらついていた。もっとも霙まじりだったせいか、地表の積雪はなかった。
国立の2月上席は芸協の芝居。
悪天候の平日にかかわらず、客の入りは良かった。

ナイツ『漫才』
先日見たばかりで、ネタもかぶっていた。
最後にBeatlesの”Hello, Goodbye”をツッコミ役が歌い、ボケ役が合の手を入れるというギャグは大して面白くなかった。

遊馬『佐野山』
芸協期待の若手真打の一人、重低音の声質は落語家より歌手に向いていると思われるほど。
落協では歌奴が十八番としていて頻繁に高座に掛けているが、あちらの演じ方はカラッとした滑稽噺仕立て。対する遊馬はオリジナルの講談『谷風の人情相撲』に近い人情噺風に仕立てていて、対照的な演じ方だ。
内容に説得力があるのは、芸の確かさだろう。

山上兄弟『奇術』
あの小さな坊やたちもすっかり青年に成長。昨年からは芸協の高座にも上がっている。
カードマジックからイリュージョンまで、多彩な奇術で楽しまてくれた。

蝠丸『昭和任侠伝』
今日は古典ばかり続くのでと断って新作落語を。
上方の桂音也が創作したもので、1970年代に人気があった東映の高倉健、鶴田浩二、藤純子らが主演した任侠映画のパロディ。
任侠映画の主人公に憧れて真似をしようとするが、次々と失敗する男の話。
上方では2代目桂春蝶が得意ネタとしていたが、蝠丸とは同じ痩せ型という共通点がある。
もっとも蝠丸は、山田洋次監督の御指名で「栄養失調の男」役で映画出演したことがあるそうだから、正札付きである。

遊喜『熊の皮』
明るく陽気な高座スタイル。
気弱でお人好しの甚兵衛さんの造形が良かった。

小文治『長屋の花見』
昨日思ったのだが、風貌が先代にちょっと似てる気がする。
季節を先取りしたネタだったが、本格古典の味わい、結構でした。

小遊三『蒟蒻問答』
小遊三が入門した頃までの噺家というのは末っ子が多かったそうだ。親の跡取りの必要性がなく、親の方でもあまり期待しなかったからだ。
小遊三も落語家になると言ったら、家族の団欒の中に入りづらくて、家を出たとのこと。
それが今では、長男なぞが平気で入門してくる。それだけ時代が変わったと。
相撲協会も落語の協会も、一門の連合体という共通点があるという。だから役員とても協会全体の事より、自分たちの一門のことを優先する。
芸協副会長がそう言うんだから間違いないだろう。
以上が相撲協会理事選の結果についての感想だった。
ネタの演じ方は、マクラを含めて志ん生流で、小遊三の明るい芸風とよく合ったいた。

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2018/01/31

八代目正蔵三十七回忌追善落語会(2018/1/29)

「八代目正蔵三十七回忌追善落語会」
日時:2018年1月29日(月)18:45
会場:日本橋社会教育会館ホール
<  番組  >
春風亭正朝「蔵前駕籠」
桂藤兵衛「竹の水仙」
~仲入り~
八光亭春輔「一眼国」
春風亭一朝「明烏」

1月29日は8代目林家正蔵(彦六)の37回目の祥月命日にあたる。一朝はこの日、正蔵の墓参りを済ませてから会場入りしたとのこと。
4人の出演者のうち、春輔と藤兵衛は正蔵の直弟子だが、一朝と正朝は先代柳朝の弟子だから孫弟子ということになる。
林家の亭号を名乗る人のいない一門会だ。

正朝「蔵前駕籠」
持ち時間が25分ということで、マクラ以外にもネタに入ってからいくつかのエピソードを織り込みながらの高座だったが、ダレ気味だった。
このネタはマクラを入れても15分程度のもので、無駄に時間を延ばすと流れに水をさす。
こうした落語会の出演者には持ち時間が与えられている様だが、客が欲しいのは時間ではなく中身だ。
この日の公演時間は約2時間40分だったが、もっと短縮して良かったのではなかろうか。
主催者に一考を望みたい。

藤兵衛「竹の水仙」
5代目小さんの十八番で、現役の人も小さんの型で演じるケースが多いが、藤兵衛の「竹の水仙」はいくつか違いがあった。
宿の主人が元は奉公人で、8年前に婿に入ったという設定だ。主になってからの
営業成績が悪いらしく、女房から叱られてばかりいる。この事を泊り客(左甚五郎)が再三揶揄する。ちょいと嫌味な甚五郎だ。
細川の殿様が買い上げた竹の水仙の値は500両。それまで甚五郎にボロ呼ばわりしていた主に対し、女房がノミで刺されるかも知れないと脅す。主の腰ひもの先に長い紐を結わえて、亭主が危なくなったら拍手し、それを合図に紐を引くという約束にする。
主から500両を受け取った甚五郎は、怒るどころか500両をそっくり主に渡す。喜んだ主は思わず手を打ってしまったので、女房が紐を引いて主は階段を転げ落ちるで、サゲ。
藤兵衛の堅実な語りが、可笑しさの中にこんも噺に風格を与えていた。

春輔「一眼国」
マクラで正蔵と夫人のマキさんとも馴れ初めが紹介された。マキさんの母親というのが厳しい人で、二ツ目分際に嫁にはやれぬ、真打になったら結婚を許すという。それで一念発起して、三遊亭圓楽で真打昇進して目出度くマキさんを娶った。「でも、それほどの女じゃなかったよ」と正蔵は言っていたそうだが、これはきっと照れだったんだろうと、
さて本題にはいると、マクラの向こう両国の見世物小屋風景からネタに。
噺のリズム、声の強弱から息遣いまで、正蔵を彷彿とさせる高座だった。
改めて思ったのは、この噺は正蔵独特の唄い調子がピタリと嵌る。これを忠実に再現できるのは春輔だけかも知れない。
サービスで、これも正蔵が得意としていた「ステテコ踊り」を披露したが、これがまた実に結構。

一朝「明烏」
一朝には珍しく雑な印象の高座だった。
セリフを飛ばしたり言い間違えたりとミスが目立ち、この日ばかりはあまり「一朝懸命」とは行かなかったようだ。

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2018/01/27

新宿末廣亭1月下席・昼(2018/1/26)

新宿末廣亭1月下席昼の部・6日目

前座・三遊亭馬ん長『雑排』
<  番組  >
三遊亭遊かり『寄合酒』
チャーリーカンパニー『コント』
春風亭小柳『新聞記事』
三遊亭遊雀『動物園』
桧山うめ吉『俗曲』
三遊亭圓馬『高砂や』
三遊亭遊之介『河豚鍋』
ぴろき『ウクレレ漫談』
桂歌春『桃太郎』
立川談之助『?』
ナイツ『漫才』
神田松鯉『荒木又右衛門』
~仲入り~
三遊亭遊喜『宗論』
東京太・ゆめ子『漫才』
三遊亭遊吉『芋俵』
立川談幸『短命(長命)』
翁家喜楽・喜乃『太神楽曲芸』
三遊亭遊三『火焔太鼓』

プログラムにこんな数字が載っていたので紹介する。
60年前と現在との、落協と芸協の寄席芸人合計数の比較だ。立川流や圓楽一門はこの中に含まれていないので、東京全体では落語家だけでも550人近くになるだろう。

        落語  色物  お囃子
1958年    107   67   14
2018年    446  130  24

60年間を比較すると落語家は4倍以上に増えていて、色物は約2倍、お囃子は10名しか増えていない。落語家の人数増加が目立つ。
一方、寄席の件数は60年前と比べれば半数以下になっているだろうから、寄席に出られる確率は大幅に下がっている。
反面、定席以外の様々な落語会や地域寄席は現在の方が活発になっているが、今ある4軒の寄席がこれからも増える見通しはなく、寄席文化の未来は決して明るくない。

末廣亭の1月下席は芸協の芝居で、金曜日の昼にも拘わらず場内は一杯の入り。

遊かり『寄合酒』
前座当時以来で久々。ヅカみたいな短髪姿で、気風の良い喋りだ。サラの役割を果たしていた。

チャーリーカンパニー『コント』
議事堂の警備員と、バカにつける薬を議員に渡そうとする労務者風のオヤジという組み合わせのコント。「コント・レオナルド」を思い出す様な昔懐かしのスタイル。

小柳『新聞記事』
初見。テンポ良く。

遊雀『動物園』
前座ネタが続く。この人が演じるライオンは愛嬌がある。

うめ吉『俗曲』
地毛で日本髪を結っている寄席芸人は、今ではこの人だけだろう。寄席の音曲師としては声が細いのが欠点だが、年齢を感じさせない可憐さは大したものだ。
踊りも結構。

圓馬『高砂や』
この日最も上手さを感じさせたのはこの人の高座。先代の様な華やかさはないが、着実に進歩している。

遊之介『河豚鍋』
もうちょっと二人で鍋をつつく場面での風情が欲しい。時間の関係からか急ぎすぎの感。

ぴろき『ウクレレ漫談』
この日も、明るく陽気に行きましょう、で笑いを振りまいていた。

歌春『桃太郎』
ネタは3分ぐらいで、ほとんどはマクラで沸かしていた。

談之助『?』
立川流からのゲスト出演。
談志のエピソードを中心としたマクラから、TV番組のヒーローを早変わり(と言っても衣装を段々に脱いでゆくのだが)を演じて見せる珍芸。
落語というより色物に近い。

ナイツ『漫才』
最も拍手が多かったのは人気者の証明。
ボケ役の「沖縄のおみくじは『凶』ばかり、なぜならこれ以上『吉(基地)』は要らない」で客席から拍手。もっとも「これ、ねずっちのネタ」と言って、ツッコミ役から「他人のネタをやるな」と言われていた。

松鯉『荒木又右衛門』
講釈師はいま47人で、ここ数年変わっていないとか、一人入門すると一人亡くなるから。今度新人が入ってきたら、自分が死ぬ番だと言っていたが、どうして矍鑠としてますよ。

遊喜『宗論』
初見。滑舌の悪さが気になった。

京太・ゆめ子『漫才』
ボケ役の京太が本物の呆け風を演じ、それを相方がフォローするという典型的な夫婦漫才のスタイル。可笑しいというより微笑ましい高座。

遊吉『芋俵』
テンポ良く。

談幸『短命(長命)』
このネタを10分強で演じるには無理があるのでは。
端折り過ぎてこのネタの面白味が薄れてしまった。

喜楽・喜乃『太神楽曲芸』
珍しい父娘コンビの太神楽。

遊三『火焔太鼓』
本年80歳ながら、ますます元気。いかにも江戸っ子の威勢のいい高座で、志ん生流の『火焔太鼓』で楽しませてくれた。

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