2019/05/19

「兼好・萬橘 二人会」(2019/5/17)

兼好・萬橘 二人会「おかしなふたり」
日時:2019年5月17日
会場:深川江戸資料館 小劇場
<  番組  >
前座・三遊亭じゃんけん『寿限無』
前座・三遊亭まん坊『四人癖』
三遊亭兼好『犬の目』
三遊亭萬橘『風呂敷』
~仲入り~
三遊亭萬橘『ろくろ首』
三遊亭兼好『天災』

世の中、人手不足で外国人を労働力にする政策が進められているのに、人が集り過ぎて困っている業界がある。それは落語界だ。
どうやら近ごろの人にとっては、落語界が成長産業に映っているようだ。およそ芸人なんてもんは、世を拗ねた道楽者がやる商売と相場が決まっていたが、昨今の入門者は健康的だね。
前座が余ってるからと、この日は二人出た。

円楽一門の将来を担うであろうこの二人は共に爆笑派だが、方向性が異なる。
兼好はオリジナルはあまりいじらず、独自のクスグリを入れて面白くしている。
萬橘はオリジナルそのものに少し手を入れて、客の意表をついて笑いを取る。

兼好『犬の目』
お馴染みのネタだが、眼医者のシャボン先生が患者を診察しながら、何か目に関する面白いシャレを思いつくと手帳に書き込むのだが、そこで笑いが起きていた。

萬橘『風呂敷』
亭主が遅くなると言って出かけた夕方、たまたま家を訪れた新さんを座敷に上げお茶を飲んでいると、酔った亭主が帰ってきて・・・が通常の運びだが、この高座では女房が予め新さんを呼んで家に入れたという『紙入れ』風の設定にしていた。風呂敷を持った兄いが出かけよいうとすると、女房が「あたしなら、もっと上手くやるね」と呟き兄いを慌てさせる。酔っぱらった亭主はこれが日課だからと押し入れの前で洗濯物を畳んでいた。これが終わると縫物をしてお釜を洗い・・・と、だからなかなか寝られないのだと。変わった演じ方が受けていた。

萬橘『ろくろ首』
ろくろ首の女の下へ婿入りした男、初夜の夜にいつ女の首が伸びるのかと一晩中待っていたが、最後まで首は伸びなかった。「首を長くして待っていた」のは男の方だったでサゲ。逆転の発想。

兼好『天災』
特にクスグリ入れず真っ直ぐに演じていたが、それでも受けていたのは兼好の技量に因るものだろう。乱暴者の男もこの人が描くと可愛らしく見えてくる。

 

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2019/05/16

イラク戦争の情報操作を暴いた映画『記者たち』

今トランプ米国大統領が日々大量のフェイクニュースを流しているが、16 年前にアメリカ政府が自国民と世界中を欺く巨大な嘘をついていた。
それは「イラクが大量破壊兵器を保有している」というもので、これが2003 年におけるイラク戦争の主な開戦理由だった。のちに大量破壊兵器は見つからず、情報が捏造だと明らかになった。
しかし当時、ニューヨークタイムズやワシントンポストなど大手メディアは軒並みこのジョージ・W・ブッシュ政権の嘘に迎合し、権力の暴走を押しとどめる機能を果たせなかった。
これに対して、1社だけこの情報が捏造であることを暴いた新聞社があった。
本映画は、実在の新聞社「ナイト・リッダー」の記者たちの姿を、当時の映像を挟みながら描いたものだ。

『記者たち~衝撃と畏怖の真実~』
(2017年/アメリカ映画/本編91分)
監督:ロブ・ライナー
出演:ウディ・ハレルソン、ジェームズ・マースデン、ロブ・ライナー、ジェシカ・ビール、ミラ・ジョボビッチ、トミー・リー・ジョーンズ
なお、タイトルの「衝撃と畏怖」はブッシュ政権がイラク戦争に名付けた作戦名である。
「UPLINK渋谷」にて上映中。

【あらすじ】
2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロ事件への報復として、ブッシュ政権はアフガニスタンへ侵攻し、2002年には「大量破壊兵器保持」を理由に、イラク侵攻に踏み切ろうとしていた。
新聞社ナイト・リッダーのワシントン支局長ジョン・ウォルコット(ロブ・ライナー)は部下のジョナサン・ランデー(ウディ・ハレルソン)、ウォーレン・ストロベル(ジェームズ・マースデン)、そして元従軍記者でジャーナリストのジョー・ギャロウェイ(トミー・リー・ジョーンズ)に取材を指示。しかし破壊兵器の証拠は見つからず、やがて政府の捏造、情報操作である事を突き止めた。
つまり、初めに戦争ありきで、イラクの大量破壊兵器云々はその理由付けに使われていたのだ。
ナイト・リッダーの記者たちは、真実を伝えるために批判記事を世に送り出していくが、大手新聞社は政府の方針を追認してしまう。ナイト・リッダーはかつてないほど愛国心が高まった世間の潮流の中で孤立していく。
それでも記者たちは大儀なき戦争を止めようと、米兵、イラク市民、家族や恋人の命を危険にさらす政府の嘘を暴こうと奮闘するが・・・。

昨今、日本でも多くのメディアが政府の方針を無批判的に報道する傾向が強まる中で、イラク戦争における米国メディアの誤報は他山の石とせねばならない。意義のある映画と言える。

ただ、この作品には不満も残る。それは、名だたるアメリカの大手メディアがなぜニセ情報を流し続けたのかという疑問に応えていないからだ。
映画では実際にあった話として、政府内でもイラクの大量破壊兵器保持について疑問を持っていた人たちがいたのだ。情報が捏造であることを証言していた人もいた。もしアメリカがイラク戦争を起こせば泥沼化し、長期にわたる内戦状態に陥ると(結果はその通りになった)予測した人もいた。
なぜ、大手メディアはそうした情報を黙殺したのか。それは政権に屈服したのか、政権に忖度したのか。あるいは当時の米国民の愛国感情に同調してしまったのか、その理由が分からない。その点を掘り下げていれば、本作品の価値はもっと高まったろう。そこが惜しまれる。

 

日本映画の黄金時代を代表する女優、京マチ子の訃報に接した。
親父が彼女のファンで、いつもは恐い顔をしている親父が「京マチ」の事になると相好を崩していた。
気品とコケティッシュを併せ持った、稀有な日本人女優だった京マチ子。
ご冥福を祈る。

 

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2019/05/13

「上方落語会」(2019/5/12)

第61回「上方落語会」 
日時:2019年5月12日(日)14時
会場:横浜にぎわい座 芸能ホール
<  番組  >
林家愛染『あみだ池』
林家花丸『平成無い物買い』
桂団朝『一文笛』
≪仲入り≫
桂花団治『昭和任侠伝』
笑福亭たま『令和の人』

横浜にぎわい座 「上方落語会」は改元特集ということで、明治、大正、昭和、平成、そして令和の時代に因んだネタが披露された。
上方落語にお馴染みのない方向けに、にぎわい座のHPから出演者のプロフィールを紹介する。なんて偉そうに書いているが、当方も花丸とたま以外は初見だ。

林家愛染(はやしや あいそめ)、上方落語界の自称「らぶりん」。
林家花丸(はやしや はなまる)、2014年文化庁芸術祭優秀賞・繁昌亭大賞・大阪文化祭賞奨励賞と一気に三冠受賞する。趣味は宝塚歌劇。
桂団朝(かつら だんちょう)、2012年繁昌亭奨励賞受賞。落語だけでなく、役者としても活躍。
桂花団治(かつら はなだんじ)、1988年MBS落語家新人コンクール優勝。大阪青山大学客員教授、放送芸術学院専門学校講師などで、教壇に立つことが多い。
笑福亭たま(しょうふくてい たま)、2017年国立演芸場花形演芸会大賞、2004年文化庁芸術祭新人賞など多数受賞。特技は落語界のマーケティングとコンクールの傾向分析。

愛染『あみだ池』
時代は大正。本来は、男が隠居宅を出てから町内の知人、次に隣町の知人を訪れるのだが、最初の知人の場面をカットしていた。開口一番で時間の関係もあったのかも知れないが、オリジナルで演じて欲しかった。

花丸『平成無い物買い』
時代は平成、ちょっと無理があるけど。古典落語の『無い物買い』を現代風にアレンジした改作。日本人とアメリカ人の二人が色々な店に入り、その店にはありそうも無い物を注文して困らせるというストーリー。寿司屋に入れば、ネタにサメやイルカを注文する。店主の方も負けていられず、「それならイルカに乗った少年はどうですか?」と、「なごり雪」のレコードの上に若い店員を乗せる。こんな感じのギャグ満載で、面白く聴かせていた。この人は上手い。

団朝『一文笛』
桂米朝作だが、時代は明治。良く出来た噺で、今では東京の噺家も高座にかけている。今は堅気となった兄貴分が、怒ってスリを改心させる場面は迫力十分。締まった高座を見せていた。

花団治『昭和任侠伝』
桂音也が1970年代初めに創作した新作落語。当時人気のあった、高倉健や鶴田浩二らが主演した東映任侠映画のパロディが散りばめられた噺。 こうした時代色の強い噺はズレがおおきくなるので、今のお客にどこまで通用しただろうか。

たま『令和の人』
上方落語四天王のエピソードをマクラに振って、出来立てホヤホヤの新作。
令和元年に生まれた娘が25年、つまり24歳になるまでの娘の両親の物語。生まれた時に易者が予言したことが、その通り当たるというストーリー。かなり強引なコジツケだが客席を沸かせていたのは、たまのセンスによるものだろう。
これにて、5つの時代をネタにした会は終了。
終演後、出演者全員による見送りがあった。

 

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2019/05/11

「露の新治 落語会」(2019/5/10)

「露の新治 落語会」
日時:2019年5月10日(金)18時30分
会場:深川江戸資料館 小劇場

露の新幸『東の旅~旅立ち』
<  番組  >
露の新治『西の旅~兵庫船』
露の新幸『時うどん』
露の新治『ちりとてちん』
柳家さん喬『笠碁』
~仲入り~
さん喬・新治『トークコーナー』
露の新治『大丸屋騒動』
(三味線:田村かよ)

本公演はNPO法人「東北笑生会」が主催したもの。同会は露の新治と共に、東北大震災の被災地を回り笑いを届けるボランティア活動を行っている団体で、2015年設立以来15回の公演を行っている。他に、東京や大阪での公演では、被災地の状況を伝えるトークコーナーを設けている。

ここ数年、上方落語を聴く機会が増えたが、中でも露の新治の高座が最も多い。噺が上手い面白いという他に、この人の人間性に魅かれるだ。高座からホッコリするものが伝わってくる。東京での公演も多くなり、新治ファンも拡がってきたようで、この日も一杯の客入りだった。

開演前に、新幸『東の旅~旅立ち』が演じられた。

新治『兵庫船』
上方落語には旅の噺が多い。このネタは西の旅、大阪から金毘羅詣りをしてその帰途に兵庫から船で大阪に戻る途中の物語りだ。
船上で乗客たちが謎かけで楽しんでいると、突然船が止まってしまう。船頭に言わせると、たちの悪いサメが客の誰かを目当てに寄ってきて船を止めた。客の持ち物を海面に投げ、沈んでしまった者が犠牲者になってサメに食われてしまえば船は助かると言う。乗客たちは次々に持ち物を海に投げるが、巡礼の母娘の娘のものだけが沈んでしまう。母娘が嘆き悲しんでいると、一人の男が船べりに乗り出してサメを挑発。怒ったサメが大きな口を開けて迫ってくると、男は持っていた煙管の中の灰を火玉ごとサメの口の中に放り込み、撃退する。
「あんた、何者?」と問われた男、「かまぼこ屋です」でサゲ。
東京では、他に『桑名船』や『五目講釈』といったタイトルで演じられ、上客の中に講釈師がいて、それが扇子で船べりを叩きながら滅茶苦茶な講釈を語ると、サメが逃げてゆく。理由を訊くと、サメが講釈師をかまぼこ屋と間違えたでサゲる。
上方版は初めて聴いたが、新治に高座は前半のノンビリした様子から、後半の緊張感への切り替えが上手く描かれていた。

新幸『時うどん』
自己紹介で、ロックミュージシャンから落語家になったそうだ。入門4年目だそうで、東京でいえば二つ目になりたてといった所。優れた師匠の下でしっかり修行をして欲しい。

新治『ちりとてちん』
元は東京落語『酢豆腐』で、これを初代柳家小はんが改作した物が「ちりとてちん」。これが上方に輸入され、更に東京に逆輸入された。今では東京でも『酢豆腐』より『ちん』の方が多く演じられている。
上方版でもバリエーションがあるようで、新治の高座では最初の客にはお茶と金平糖が出される。その後、酒とご馳走が出てくるがメインが寿司だった。出されたものは全て「生まれて初めて」と世辞を言う男に対し、裏に住む嫌味な男の話題になり、懲らしめのために酢豆腐を食わせようと相談がまとまる。ちりとてちんという名前は、男が三味線の音から連想したもので旦那も賛成する。酢豆腐に醤油をたらし、唐辛子をタップリ振りかけて混ぜ合わせ、折り詰めにして紙をかぶせ、筆で「長崎名物 ちりとてちん」として、更に「元祖」の字を斜めに書き加える所がミソ。招かれてきた嫌味な男、何か言う度にそっくり返る。この男が嫌味を言いながらご馳走を食べる所はなく、いきなり「ちりとてちん」を勧め始める。男は何度も躊躇するが、その度に旦那におだてられ、やがて一気に喉に入れ悶絶する。慌ててビールで流し込み(これも珍しい)、「どんな味がした?」「酢豆腐の様な味だった」でサゲ。

さん喬『笠碁』
結論から言えば、上出来の高座だった。
このネタに登場する二人の身分は説明はないが、大店の、それも店の主の座は譲り終えた隠居の身だと思われる。それが一目の碁のことで子どもじみた喧嘩をする。二人の人物にそうした雰囲気を醸しだせるかどうかが肝要で、さん喬の高座はそれに見事に応えていた。この人の語りのリズムや、表情や仕草の細かな変化が、このネタに良く合っていた。

さん喬・新治『トークコーナー』
主に東北大震災の被災地を訪問した時の思いや、感じた事が披露されていた。印象に残ったのは、さん喬が被災者のために何かやって上げるんじゃなくて、何が出来るかという視点を強調していたこと。
新治の話では、仮設住宅の中に熊本地震の募金箱が置かれ、そこに1000円札を入れていた老婦人がいた。自分の暮らしも大変なのにと訊いたら、「分かるんです」と答えたそうだ。自分が辛い思いをしたからこそ他人の辛さが分かるのだと、新治は語っていた。

新治『大丸屋騒動』
新治のこのネタは過去に2度聴いている。あらすじは下記の通り。
伏見大手町の商家大丸屋宗兵衛の弟・宗三郎は、祇園の舞妓おときと恋仲になったことが親戚の怒りを買い、3カ月の約束でそれぞれ、おときは祇園の富永町に、宗三郎は木屋町三條にそれぞれ別居する。
その際、兄の所持していた村正を請われて宗三郎に貸し与える。
兄としては、親類を説得させた上で、いずれは晴れて二人を夫婦にする算段なのだが、宗三郎には兄の思いが伝わらない。
番頭の監視下に置かれはや2ヶ月が過ぎたある夏の夜、おとき逢いたさに、宗三郎は、木屋町の家をぬけだして村正を腰に、富永町の家にやって来る。
そうした宗三郎の心情をうれしく思うおときだが、ここで宗三郎を入れたら二人が夫婦になる話が壊れてしまうと考え、訳を話して追い返そうとする。
しかし宗三郎は話が通じない。逆に愛想尽かしと勘違いし、怒って村正で鞘ごとおときの肩に食らわせると、鞘が割れ、誤っておときを切ってしまう。
狂った宗三郎、下女と様子を見に来た番頭をも切り殺し、祇園界隈で多くの人に切りつける。ついには二軒茶屋での踊りに乱入し暴れまわる。役人も手が付けられない。
知らせをきいて駆けつけてきた宗兵衛は、血刀をさげた弟を見て肝を潰し、役人に自分が召し取ると訴え、役人の許しを得て宗三郎を後から羽交い締めにする。
狂った宗三郎が刀を振り回すが、どういう訳か兄はかすり傷一つ負わない。
不思議に思った役人が「こりゃ。その方は何やつか」
「へい。私めは、切っても切れぬ伏見(不死身)の兄にございます」 でサゲ。

今回、この噺に関連する京都の地図が配られ、理解の助けになった。
宗三郎が蟄居した三条木屋町は鴨川の西側の川岸に近い場所で、今でも高瀬川沿いに料理屋や旅館が並ぶ閑静な場所だ。
反対に、おときが住んでいた富永町は鴨川の東側にあり、南座や祇園に近い賑やかな場所だったと記憶している。
この位置関係が大事で、夏の夜、宗三郎と番頭が東山の光景から南禅寺、知恩院、八坂神社と次第に近場に目が移り、八坂神社から祇園、そしておときが住む富永町に。ここで宗三郎の寝た子を起こす事になってしまう。
この光景変化や宗三郎の心理変化が、田村かよ(美声!)による三味線と唄「京の四季」に乗せて表現されてゆく。
新治の高座は、前半の宗三郎が扇子片手に浮き立ちながら祇園を歩く風景から、一転して後半の殺しの場面での様式美、はめものと呼吸の合った所作が披露され、今回も素晴らしい出来だった。

 

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2019/05/09

「芸協仲夏祭花形」(2019/5/8)

第30回大演芸まつり 「芸協仲夏祭花形」
日時:2019年5月8日(水)13時
会場:国立演芸場
<   番組   >
前座・神田桜子『ジャンヌダルク』
春風亭昇々『お面接』
桂文治『鈴ヶ森』
春風亭昇太『そば清』
~仲入り~
『口上』日本演芸家連合会長・三笑亭夢太朗を始め、出演者全員が並ぶ。
玉川太福(曲師 玉川みね子『石松代参・三十石』
ねづっち『漫談』
三遊亭遊雀『三枚起請』

2日前にこの会があるのを思い出し、ダメ元でチケット予約したらスンナリ取れた。こんな事もあるんだ。
地下鉄の永田町を降りて階段で地上に出ようとしたところ警官が立っていて、「天皇陛下が通るのでここで待って」と止められた。2分ほどで解除されたが、歩道も止められると初めて知った。

昇々『お面接』、文治に付きまとわれていると言った楽屋落ちから新作へ。お受験の面接のこの噺、どこが面白いんだ。

文治『鈴ヶ森』、この人独特のリズムと噺がよく合っていた。旅人が新米の泥棒に「お前、泥棒の二つ目だな」は面白かった。いつもの癖、受けを狙うような間を持たなかったのは良い。

昇太『そば清』、子どもの頃に自宅に電化製品が来た当時の思い出など長いマクラで、このまま終わるのかと思っていたら食い物の話からネタへ。そば清が身体の回りに置いてあるソバを片端から食べるという演じ方。ソバ賭けの相手の顔を伺いながらニヤリと笑顔を浮かべたり、完食の最後の1本をツルリと食べ、してやったりの表情を浮かべる所が良い。最後の方でそば清が食べた草が人間を溶かすものだったと説明してサゲたが、あれは予め仕込んでおいた方がサゲが効果的にだと思う。

『口上』で、芸協が次第に活気が生まれてきたと言っていた。松之丞が来年2月11日の真打昇進にともない、6代目神田伯山を襲名するなど、ここのとこ目出度いニュースが続いている。文治も言ってたが、中堅やベテランもそれに負けじと頑張って欲しい。

太福『三十石』、御存じ廣澤虎造の代表作、「江戸っ子だってねぇ」「神田の生まれよ」「食いねえ、食いねえ、寿司食いねえ」は、子供たちでさえ口ずさんでいた。外題付けから啖呵まで虎造と同じだが、張りのある声と独特の節回しで客席を盛り上げていた。

ねづっち『漫談』、ライブでは初めて。沖縄でお神籤を引くと凶ばかり。何故なら「もう吉(基地)はいらない」は秀逸。客席から題を貰ってその場で謎かけを披露する腕は大したものだ。客席から「安倍晋三」、即座に「マジシャン」と解く、そのココロは「トランプが気になります」。お見事。

遊雀『三枚起請』、先日、兼好で聴いたばかりだが、やはり遊雀の方が上手い。騙され三人男それぞれの人物像や、海千山千の花魁の描き方が巧みで、終盤の男たちと花魁との掛け合いがドラマチックになった。いずれ芸協は、この人が引っ張って行くことになるだろう。

 

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2019/05/05

名作落語の夕べ(2019/5/4)

第200回にぎわい座「名作落語の夕べ」
日時:2019年5月4日(土)18時
会場:横浜にぎわい座 芸能ホール
<  番組  >
前座・三遊亭遊七『たらちね』
三遊亭兼好『三枚起請』
入船亭扇遊『付き馬』
    《仲入り》
立川生志『木乃伊取り』
柳家さん喬『幾代餅』

出囃子にも使われている俗曲「梅が枝の手水鉢」の中にこんな文句がある。
♪お互いの胸と胸
合わせて子どもが出たときは
もしもその子がいい子なら
そのときゃお役者 そーれ頼む
もしもその子が変な子なら
そのときゃ落語家 そーれ頼む♪
つまり、器量のいい子なら役者、悪けりゃ落語家というわけだ。
近ごろは、特に女流は器量のいい子が多いね。噺家には勿体ない。
『明烏』のセリフじゃないが、「あんたがた、他にやるべきことが無いんですか!」。こんなこと書くと、また女性蔑視だのとお小言を頂戴するかな。近ごろはウルセエ奴が多いからね。

この小屋は、開演前にナントカ言うオジサンが出てきてネタの解説をするが、あれは余計だね。落語は想像する芸だから。

兼好『三枚起請』
マクラで鳥の物真似をして会場を沸かせネタに入る。こういう所はさすがだ。
ただ、起請文というのが分かりづらいので、説明をしておいた方が親切だったのでは。、正式な起請文は熊野三所権現発行の午王の宝印に書き付ける。宝印には熊野権現のお使いの烏をかたどった文字で呪文が記してあり、嘘をつくと熊野の烏が血を吐いて死ぬと言う。
これがサゲに使われている。
兼好が描く花魁は可愛らしくて、あれじゃ男は騙される。最後に居直って啖呵を切る所も良く出来ていた。

扇遊『付き馬』
扇遊のこのネタは今年に入って2度目だが、今回も素晴らしい出来だった。何より完成度が高く、一分の隙もない。
最初に、男が上から下までゾロリとした身なりをしていたことを述べるが、だから妓夫太郎はこの身なりで男を信用してしまう。
湯豆腐で一杯飲んだ代金が95銭という金額も妥当だ。3円とか4円とする演者もいるが、それでは揚げ代が26円50銭との辻褄が合わない。
後半の早桶屋の主人と妓夫太郎の珍妙な掛け合いも良い、妓夫太郎がようやく勘定を受け取れるワクワク感から燥ぐ姿が良く表現されている。
今や、このネタは扇遊がベストだ。

生志『木乃伊取り』
毎度思うのだが、この人のマクラはピリリと風刺も利いていて面白い。
だが、ネタに入るとマクラに比べテンションが下がる気がするのだ。
このネタの勘所は、飯炊きの清蔵が角海老に乗り込んで、若旦那に家に戻るよう説得する場面だ。懇願する清蔵に、若旦那は生意気な口をきくからと暇を出すと命じる。ここで清蔵は居直って、本気で怒りをぶつける。この気迫に若旦那も押され、帰宅すると言い出す。生志の高座では清蔵の気迫は足りないのだ。村相撲では大関だったと胸を叩いたりして見せるが、気迫とは別物にしか見えない。
ここが物足りないので、清蔵が花魁のかしくの手練手管に篭絡される最後の場面が生きない。

さん喬『幾代餅』
非の打ち所がない、と言いたい所だが、同じ事の繰り返しが多いと間延びした印象になってしまう。丁寧というより諄いのだ。
もっと簡潔に演じた方が、山場の清蔵が幾代に真実を打ち明ける場面で、客はより感情移入出来ると思うのだが。

 

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2019/05/02

「慰安婦問題」論争ドキュメンタリー映画『主戦場』(2019/5/2)

10連休に映画の1本も観ようかと思い立ち、5月2日に渋谷「シアター・イメージフォーラム」へ。最初の上映開始時間10時50分の回に入場したのだが、30分前にはこの日の4回の上映チケットは全て完売だった。
へえー、あっし同様の物好きが多いのかな。前日に予約しておいて良かった。

この映画の監督・脚本・撮影・編集・ナレーションを担当したミキ・デザキの経歴は以下の通り。
1983年、米フロリダ州生まれの日系米国人2世。ミネソタ大ツイン・シティーズ校で医大予科生として生理学専攻で学位を取得後、2007年に来日し、外国人英語等教育補助員として5年間、山梨県と沖縄県の中高等学校で教壇に立つ。同時期から、YouTuberとしてコメディー映像や日本、米国の差別問題をテーマにした映像作品を数多く公開。タイで仏教僧となるための修行の後、15年に再来日した。
本作が初映画監督作品。

ミキ・デザキがなぜ従軍慰安婦問題に関心を持ったかというと、日本の差別問題をとりあげた作品をこさえたとこ、そのスジから「日本には差別なんかない!」「そんなこと言う奴は中国人か朝鮮人だ!」といったお馴染みの非難、中傷、脅迫を浴びた。
デザキは、そのスジの人たちの主張に却って好奇心を掻き立てられ、敢えて従軍慰安婦をテーマにした映画に取り組んだようだ。

ミキ・デザキ監督は先ず、このテーマの日・韓・米の論客たちにインタビューした。27人の人はいずれも本作品の中に登場している。
トニー・マラーノ(a.k.a テキサス親父)、藤木俊一(テキサス親父のマネジャー)、山本優美子(なでしこアクション)、杉田水脈(衆議院議員・自由民主党)、藤岡信勝(新しい歴史教科書をつくる会)、ケント・ギルバート(カリフォルニア州の弁護士、日本のテレビタレント)、櫻井よしこ(ジャーナリスト)、吉見義明(歴史学者)、戸塚悦朗(弁護士)、ユン・ミヒャン(韓国挺身隊問題対策協議会)、イン・ミョンオク(ナヌムの家の看護師、元慰安婦の娘)、パク・ユハ(日本文学者)、フランク・クィンテロ(元グレンデール市長)、林博史(歴史学者)、渡辺美奈(アクティブ・ミュージアム 女たちの戦争と平和資料館)、エリック・マー(元サンフランシスコ市議)、中野晃一(政治学者)、イ・ナヨン(社会学者)、フィリス・キム(カリフォルニア州コリアン米国人会議)、キム・チャンロク(法学者)、阿部浩己(国際法学者)、俵義文(子どもと教科書全国ネット21)、植村隆(元朝日新聞記者)、中原道子(「戦争と女性への暴力」リサーチ・アクション・センター)、小林節(憲法学者)、松本栄好(元日本軍兵士)、加瀬英明(日本会議)

映画は、慰安婦たちは「性奴隷」だったのか?「強制連行」は本当にあったのか? 元慰安婦たちの証言の信憑性は? 日本政府の謝罪と法的責任とは? といったテーマごとに肯定派と否定派それぞれの主張を紹介し、主張の元になった資料や映像が挟まれるドキュメンタリータッチ。
論点が浮き彫りになるにつれ、論争の背後にあるカラクリが次第に明らかになって行く。
タイトルの「主戦場」の意味も。
それは、見てのお楽しみ。

印象に残ったのは、否定派の面々の仕草や表情だ。
テキサス親父は、ブスとやる時は相手の頭に紙袋をかぶせるんだと言いながら、慰安婦像の頭から紙袋をかぶせていた。親父、大丈夫か?
資金の件を質問された櫻井よしこは、一瞬当惑の表情を浮かべてからニッコリと「お答えしません」。さすが、元キャスター。
杉田水脈を見て、かつてのオウム真理教の「ああ言えば上祐」を思いだした。薄っぺらい言葉を並べるとこがね。
そして、最後に登場した日本会議の代表委員であらせられる加瀬英明、トリに相応しい実にいい味を出していた。この男の表情を見、発言を聞くだけでもこの映画を観る価値があるかも。

 

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2019/04/30

【書評】「原節子の真実」

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石井妙子「原節子の真実」 (新潮文庫-2019/1/27刊)

日本映画史上、最も美しい女優は?と問われたら、ある年齢以上の人であれば大多数の人は「原節子」と答えるだろう。日本映画を代表する女優は?と問われても、やはり大多数の人は彼女の名前をあげるだろう。
日本国内だけではない。小津安二郎監督の作品が国際的評価を受ける中で、原節子の名も世界に拡がっている。
大スターだった原節子だけに噂やゴシップには事欠かない。それも映画関係者や作家などから流されたものも少なくない。大半はガセネタだが、原がそうした情報を肯定も否定もせず一切無視してきたため、未だに事実として罷り通っているものさえある。
とりわけ、銀幕から突如引退し、以後は世間と隔絶した生活を死去するまで送ってきた彼女の生活態度が、多くの憶測や誤情報を生んだ。
本書は、原の関係者やその家族を取材し、文字通り「原節子の真実」を明らかにしたものだ。

原節子(1920年6月17日生 - 2015年9月5日死去)が映画界入りしたのは1935年、15歳の時だ。幼い頃から成績が良く、本人も教師になることが夢だったが、家業が傾いた事や母親が精神を病んだりし、彼女が生活費を稼がねばならなくなった。
原より美人と言われていた次姉が映画界入りしていて、夫の監督の熊谷久虎の勧めに従って映画界に入ることになった。これ以後、原は終生、義兄の熊谷久虎から大きな影響を受け続ける。
映画界が無声映画からトーキーに移り、それまで男優が女形を演じていたのが女役は女性が演じる風になったので、女優への需要が一気に増えた。当初は芸者など花柳界から採用されていたが、次第に普通の子女を採用するようになっていた。
ただ、当時の女優の地位は低く、撮影所でも女中がわりに酒食の接待や、時には監督やスタッフの夜のお相手までさせられていた。原がずっと映画も女優も好きになれずにいたのは、こうした女優の状況への反発があったようだ。
彼女はこうした周囲に溶けこまず、撮影所の往き帰りは電車に揺られ駅からは徒歩で通い、昼食は自分で用意した弁当を一人で食べ、撮影の合間は読書に耽り、仕事が終われば真っ直ぐ家に帰る。宴席に出ることはなかった。接待や舞台挨拶、水着撮影は一切お断り。付け人は付けず、身の回りのことは全て自分でやった。このスタイルは後年大スターになっても崩すことは無かった。

原の女優としての運命を決定づけたのは、初の日独合作映画『新しき土』のヒロイン役に抜擢されたことだ。撮影中に見学にきたドイツのアーノルド・ファンク監督が、映画会社から推薦された女優たちを蹴って、無名の新人だった原を主役に選んだのだ。この映画はその後に締結される日独防共協定の下準備になる国策映画だった。ドイツに渡った原はゲッペルスと面会するなど大歓迎を受け、帰国するまでフランスやアメリカを巡る。
ここで原が気付いたのは、海外での女優の立場が日本と全く異なり、俳優として尊重されていたことである。
帰国後、一躍スターとなった原に次々と仕事が舞いこむ。だが時は日中戦争から太平洋戦争に至る時期で、戦意高揚映画に数多く出演することになる。原の清純な容姿が出征する兵士を励ましたり、銃後を健気に守る娘役にピッタリだったのだ。
この時期、義兄の熊谷は映画界から離れ、国粋主義思想団体「スメラ学塾」を作り、軍部と結んで本土決戦を叫び、また敗戦前には九州独立運動を起こす。原もまた、この義兄の思想に深く共鳴し、一時期運動を手助けすることもあった様だ。

敗戦を迎え国民全部が茫然自失する中、家族を養うために原は自らが栄養失調になりながらも農村に買い出しに出かけ、2斗の米を背負って自宅に持ち帰る生活を送っていく。
実は、米軍占領下で映画会社からはGHQの幹部への接待や、米軍相手の舞台出演などの要請が原にあった。そうした要請に応じていれば、有り余るほどの食料が手に入れられたし、当時の人気スターたちの多くがその恩恵に与っていたのだが、原は一切拒否していた。
それに、敗戦になった途端に、戦中には上からの命令で止むを得ず戦争協力をしたとして、戦後は手のひらを反す様にGHQの指示に従う映画人たちに心から愛想が尽きていたのだ。
GHQから公職追放の指示が来ると、映画人が集まって戦争協力の犯人捜しを始め、映画監督としてはこれといった実績の無かった義兄の熊谷を指名して熊谷が映画界から追われた事も、原の反感を増幅した。
原にとって戦後の民主主義の良かった点は、女性への差別を否定し権利を認めていたことだ。これは戦前から原が望んでいたのだ。
また、戦後外国の映画が一斉に日本で公開されると、そこに描かれる自立した女性の姿に共鳴し、イングリット・バーグマンらの映像を見て自分もああした内面の美しさを表現できる女優を目指す決意を原は固める。

女性が自らの意志で運命を切り開いてゆく、そうした役を演じる女優になりたかった原にとって、最も尊敬できる監督は黒澤明だった。作風が、どこか義兄の熊谷久虎に似ている所も惹かれた。黒澤監督のもとで主演した作品『わが青春に悔なし』のヒロインは、原にとってこれこそ演じてみたかった役に巡り合えたのだ。
ところが、最後は米軍の戦車まで出てきた東宝映画の大争議の影響で、原は東宝を去り黒澤監督との縁も切れてしまい、以後は主に松竹映画に出演するようになる。
原は、1949年に初めて小津安二郎監督と組んだ作品『晩春』に出演し、以後1961年の『小早川家の秋』まで小津監督の6作品に出演を果たすことになる。特に1953年の『東京物語』は小津にとっても、原にとっても代表作となる。一連の小津作品によって、原は代表的スターになる。

しかし、小津作品はホームドラマであり、役どころはいずれも父親や夫に尽くす良妻賢母タイプのものだった。
つまり原に求められる役は、戦前戦後を通じて男性から見た理想的女性だった。
原が必死に求めた、自らの手で運命を切り開く女性像とはほど遠いものだった。そうした役を求めて、1951年に黒澤明監督の『白痴』や、義兄の熊谷監督のいくつかの作品に出演するが、皮肉な事にいずれも興行的には惨敗する。
原は、細川ガラシャを主人公にした映画を希望し続けたが、終生実現せずに映画人生を閉じてしまう。

40歳に近づくと、原は容姿の衰えという残酷な事実に向き合うことになる。先輩女優たちの姿を見てきて、自分には老け役になる気がない。映画の中身も変わってきて、次第に自分の居場所もなくなりつつあることに気付く。
戦後の栄養失調の影響もあって健康にすぐれず、何より長年の撮影で視力が衰えていた。
遂に1962年に引退を決意したが、その翌年には小津監督が60歳の誕生日の日に亡くなってしまう。
原は終生独身を通し、死去するまで人目を避け、ごく少数の人しか会わぬ隠遁生活に入ってしまう。

原節子は人間的にも優れた人だったようで、ある映画雑誌が新人女優に「最も尊敬できる俳優は?」というアンケートを取ったところ、全員が「原節子」と回答したため、企画が流れてしまった。
戦後、良家の子女が安心して映画界入り出来たのも、原節子の影響とのこと。
本書のあとがきで、原の映画を見たイタリアの若者が、彼女の印象を「聖母」や「女神」に例えていた事が紹介されているが、内面の美しさが表出した稀有な日本人女優だったと言える。

本書はタイトルの通り原節子の評伝であるが、日本映画の裏面史ともなっている。
多くの映画監督が戦時中徴兵され戦地に送られているが、黒澤明だけは免れている。軍部と繋がりの深かった東宝が、そのツテで有望な黒澤が戦地に行くのを防いだようだ。
反対に小津安二郎は中国戦線の、それも毒ガス部隊に送られた。村に毒ガス弾を撃ち込み、逃げ惑う住民を刺し殺すという任務だった。娘を強姦され抗議に来た母親を上官が斬り殺した現場も見ている。
小津は、戦前に戦争映画を見て、戦争なんてこんなもんじゃない、自分なら本当の戦争映画が描けるとずっと思っていたそうだ。
しかし、最後まで小津は戦争映画を撮ることはなかった。
ただ、1962年に撮った作品『小早川家の秋』は、小津の戦争体験と、中国で戦死した親しかった山中貞雄監督へのオマージュになっていたようだ。

 

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2019/04/28

第479回「花形演芸会」(2019/4/27)

第479回「花形演芸会」
日時:2019年4月27日(土)13時
会場:国立演芸場
<   番組   >
前座・春風亭朝七『桃太郎』
林家扇『宗論』
三遊亭歌太郎『ガマの油』
おちもり『漫才』
古今亭駒治『10時打ち』
―仲入り―
三遊亭歌奴『阿武松』
林家あずみ『三味線漫談』
台所おさん『大工調べ』

ブームかどうか分からないが、落語ファンが増えてきたのは間違いない。この会も満席だったが、この顔づけで以前なら考えられなかった。
よく言われているが、国立演芸場での「談志ひとり会」でも満員になることは滅多に無かったようだ。
志ん朝独演会でも大概は当日に入れた。
寄席だの落語会なんてもんは、本来はその日になってフラリと行くものなのだ。
落語ファンが多くなったことは業界では喜ばしいかも知れないが、私たち客にとっては迷惑でしかない。チケットは取りにくいは、入場料は上がるは、全くいい事なし。

この日は「待ってました!」の掛け声が多かった。二つ目の若手にも掛かっていたが、本人としては嬉しいだろう。

扇『宗論』 、初見。女流のこのネタは始めて聴いた。着物姿で金髪って、どうよ?

歌太郎『ガマの油』、客席を見回し、若手らしからぬふてぶてしさでマクラを振る。ガマの油売りの口上で拍手が沸いていた。来年の真打披露公演、楽しみにしている。

おちもり『漫才』、初見。ボケ役がかつての「ボヤキ漫才」の様にネタを振ると。ツッコミ役がこれを冷静にツッコミ返す。関西弁と東京弁、陰と陽といった対比を活かしていて面白かった。

駒治『10時打ち』、JRの人気列車の指定席を取る時は早くから並ばねばならない。希望の席が取れるかどうかは、係の駅員が10時丁度に(秒単位を争うそうだ)指でうてるかどうかで決まる。これを「10時打ち」と言うらしい。落語ファンに置き換えれば、「扇辰・喬太郎 二人会」を発売日の10時丁度にキーを押せるかどうか、そう考えれば理解し易い。黄金の指を持つ駅員を東京駅と上野駅が争奪しあうというストーリー。『明烏』をクスグリに挟んで面白く聴かせた。
駒治の高座は何度か観ているが、古典は演らないのだろうか。古典を磨いた方が新作にも活きると思うのだが。大きなお世話かな。

歌奴『阿武松』、美声と大きな体を活かした、毎度お馴染みの相撲ネタ。この人が高座に上がってくるだけで会場が明るくなる、貴重な存在。

あずみ『三味線漫談』、この日は「長崎ぶらぶら節」と「なすかぼ」を披露。いつもの寄席より気合が入っていた。

おさん『大工調べ』 、少し訛りが感じられるのとボソボソ喋る印象から、このネタをどう演じるのか興味があった。結論から言えば、棟梁の胸のすくような啖呵は良く出来ていた。因業大家の嫌味を棟梁が我慢しながら辛抱していたが、堪忍袋の緒が切れてという件も巧みに表現されていたし、棟梁の真似をする与太郎のたどたどしさも上手かった。
ちょいと見直しました。

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2019/04/26

笑福亭たま深川独演会(2019/4/25)

「笑福亭たま深川独演会」
日時:4月25日(木)19時
会場:深川江戸資料館 小劇場
<   番組   >
瀧川鯉丸『かぼちゃ屋』
笑福亭たま『いらちの愛宕詣り』*
桂塩鯛『試し酒』
笑福亭たま『口入屋』*
~仲入り~
笑福亭たま『落語と私』
(*ネタ出し)

上方落語の俊英(勝手に名付けたが)・笑福亭たまの深川独演会、番組が面白そうだったのと、ゲストの桂塩鯛が久々だったので出向く。

鯉丸『かぼちゃ屋』、鯉昇の弟子で芸協の二ツ目、素直な印象の高座で好感が持てる。

たま『いらちの愛宕詣り』
東京では『堀の内』というタイトルでお馴染みのネタだが、通常の演じ方とだいぶ中身を変えていた。
①いらちの男が翌朝顔を洗いに行くと、釣瓶井戸に落ちてずぶぬれになるのを3回繰り返す。
②着物を着てから褌をしめて女房に叱られる。
③男は西へ向かわねばならないのに東に向かったので北野天満宮に着き、また自宅に戻るのを2回繰り返す。
④弁当と間違えて枕を腰巻に包んでいたという所はカット。
⑤隣の奥さんに叱って、自分の女房に謝るサゲはカット。
⑥代わりに、いらちが治らないので愛宕神社に文句を言いに行くと、そこが北野天満宮だっというサゲにしていた。
他の演者に比べハイテンションでスピーディに展開させていて、大受けだった。

塩鯛『試し酒』
上方の噺家は型破りの人が多いので、マクラの種に困らない様だ。
このネタは古典の様に扱われているが、昭和初期の新作落語。5代目柳家小さんが絶品で、今も小さんの型で演じられている。
塩鯛の高座は細部に至るまで東京と同じ演じ方だったが、5升目の飲み方だけはかなりきつそうに飲んで見せた。
上方の噺家が東京で演じる場合、東京でも馴染みのあるネタを選ぶ傾向がある気がするのだが、こちらとしては寧ろコテコテの上方落語を聴いてみたい。

たま『口入屋』
1席目と異なりこちらのネタは改変は無く、以下の部分をカット又は短縮して演じた。
①丁稚が口入屋に行って器量の良い女中を店に連れ帰るまで
②番頭の命令で早寝させられた奉公人たちが、女中を狙ってお互いに牽制しあいながら寝付くまで
省略した部分は大筋には影響せず面白さは損なわず、却ってストーリーとしてはすっきりとしたものになっていた。
たまのこうした工夫が観客に受けている。

たま『落語と私』
新作のタイトルは桂米朝の著作。ある男が落語の『たちぎれ線香』を聴いて、中に出てくる「こ糸」に恋してしまう。相談を受けた友人が、それなら落語の世界に入って会いに行こうと誘い、『こぶ弁慶』の名人・浮世又平の子孫に頼み、米朝の著作に二人の名前を書いて貰うと、本当に落語の世界に入ってしまうという噺。中身は、お馴染みの噺を次々と繋いだ「五目落語」(又は「落語ちゃんちゃかちゃん」)ともいうべき代物。『弥次郎』から始まって『天狗裁き』でサゲるまで、十数個のネタが全て分かれば、あなたも落語通です。

 

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