2018/01/14

予防接種したのにインフルエンザだって

「(検査結果をみながら)陽性ですね。インフルエンザです」
「でも先生、去年11月末に予防接種したばかりですが」
「ああ、それでもインフルエンザにかかることがあるんです」
「でも、それじゃ予防の意味ないですよね」
「その代り症状が軽く済みますから」
38-39℃の熱が3日も続いているというのに、軽く済んでるって?
医者のいう事は正しいようだが、それなら予防接種の前にその事を伝えるべきでは。

お陰で、落語会と演劇各1回がパーになってしまった。
ヤレヤレ!

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2018/01/09

「圧力」が「暴発」を生んだ戦前日本の教訓

米国トランプと北朝鮮金正恩との詰り合いはエスカレートする一方で、それも「お前のかあちゃん出べそ」級の低俗ぶりは世間の顰蹙をかっている。
それが言葉の応酬で済んでいるうちは良いのだが、なにせ二人とも核のボタンを握っているのだから、穏やかではない。

現在、世界の核保有国は北朝鮮とイスラエルを加えれば9ヶ国になる。
ただ、第二次世界大戦後に実際の戦闘で核兵器が使用されたことは一度もない。だから核兵器は使えない兵器とも言われてきた。
核兵器を使用した場合の被害に大きさもさることながら、使用した国は国際的な非難を浴びて孤立するのが避けられないからだ。
通常では使用できないとすれば、恐れるのは「暴発」だ。
追い詰められて自暴自棄になり「暴発」して核兵器を使用する、これが最も怖い。
米国と日本政府は相変わらず北への圧力を強化することの一辺倒だが、過去を振り返れば圧力が暴発を生んだ歴史がある。
他ならぬ、戦前の日本だ。

1941年
7月26日 日本の在米資産凍結
8月1日 石油・ガソリンの対日輸出全面禁止
9月6日 御前会議で天皇は「10月下旬を目途とし戦争準備を完整す」を裁可
10月16日 近衛内閣総辞職
直ちに東条英機を総理とする大命を下す
11月2日 天皇は東条に「戦争の大義名分」を考えるよう命令
11月5日 天皇は「米国との交渉は12月1日深夜をもって打ち切る」を裁可
11月27日 中国とインドシナからの完全撤退を求める「ハル・ノート」が到着
東条はこれを大本営政府連絡会議で米国からの「最後通牒」と報告
機動部隊が択捉からハワイへ向けて出発
天皇の裁可を受けて山本五十六連合艦隊司令長官は真珠湾作戦命令を発す
12月8日 対米開戦

日本はアメリカに勝つ見込みもないまま、戦争は始めても終結させる見通しのないまま、「暴発」 して対米戦争に突入した。
米国の北朝鮮分析サイト「38ノース」は、北との武力衝突が近隣諸国にどれだけの被害、惨事をもたらすかを分析し、北がソウルと東京を核攻撃した場合、最大で死者が210万人、負傷者が770万人に及ぶと見ている。
考えるだに身の毛のよだつような予測だが、こうした攻撃を確実に防ぐ方策はないのが現実だ。
米国と北朝鮮の無益な脅しあいをやめさせ、追い詰められた北朝鮮が「暴発」せぬよう知恵を絞るのが、我が国のとるべき道ではなかろうか。

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2018/01/07

昔の本を読み返す「神々は渇く」「ゴリオ爺さん」「脂肪の塊」など

10代の頃に読んで面白かったり、感動したりした本を読み返してみようと思い立った。
「チボー家の人々」や「戦争と平和」の様な長大なものは避けて、もうちょっと手軽なものをいくつか探し出して読み始めた。
なにせ半世紀以上前に読んだ本だから、筋は完全に忘れている。だから新鮮だ。そして、とにかく面白い。
ただ読み返してみて、10代の頃に何にそんなに感動したのか、そこは良く分からなかった。

アナトール・フランス「神々は渇く」(大塚幸男・訳 岩波文庫)
やはりこれは名著だ。
フランス革命の末期から寡頭政治に移行する2年間を描いたもので、革命に殉じた青年の悲劇がテーマになっている。
主人公と彼を取り巻く数名の人間以外は、全て実在の人物という歴史小説とも読める。
作者は背景となった2年間の日々の出来事や文書や発言、天候に至るまで丹念に調べ、作品の中に織り込んでいるので、記録文学としての価値もある。
主人公の純粋だが過激な思想や行動が、自ら処刑されてしまう結末を著者は冷徹な目で見ているが、それでも未来への希望は失っていない。
最後の数頁にいかにもフランスの作家らしい香辛料も効いていて、小説の醍醐味を味わうことが出来る。

オノレ・ド・バルザック「ゴリオ爺さん」(博多かおる・訳 集英社文庫)
バルザックの生きた時代は、政治的にはフランス革命後の王政復古からナポレオン帝政時代にいたる。ブルジョワ階級の台頭と貴族社会の没落。初等教育の普及による識字率の向上があり、印刷技術の進歩により大量の出版物が世に出た時代だった。
こうした急激な社会変化の下での、人々の喜怒哀楽を描いた小説だ。
娘たちの幸せだけを願い、全財産を娘たちにつぎ込んで、自らは貧困の中で死んでゆくゴリオ爺さん。
人間の強欲さ、エゴイズム、時にはおぞましさをも深く描きながら、バルザックの底にあるのは人間賛歌だ。
情景や人間心理の細かな描写は、小説の手本といって良い。

ギィ・ド・モーパッサン「脂肪に塊」(太田浩一・訳 光文社文庫)
1870年にフランスとプロイセンとの戦争(普仏戦争)が勃発し、プロイセンが勝利して、ナポレオン三世による第二帝政が終わる。モーパッサン自身もこの戦争に従軍していて、大きな影響を受ける。
作品の背景はプロイセンの占領地域にあるフランスのある街から抜けだして、非占領地域に向かう乗合馬車の一行を描いたもの。
一行の顔ぶれは貴族や成金、大商人、修道女、民主主義運動家だが、そこに「脂肪の塊」の愛称で呼ばれたいた娼婦が同乗している。
他のメンバーは娼婦の存在に露骨に目を顰める。処が馬車はあいにくの天候不良や道路事情により遅々として進まず、戦争下で食料店は閉まっていて、一同は空腹に襲われる。
ひとり娼婦だけが食料を準備してしていて、同乗の人たちに分け与える。途端に周囲の娼婦に対する態度がガラリと変わる。
馬車の進行は大幅に遅れて、宿泊する場所もプロイセン占領地域になってしまう。占領軍の士官が娼婦に何事か言い寄るが、愛国者の娼婦は拒絶する。
そうすると士官は報復のために、馬車の出発を止めてしまう。一行は、娼婦のために馬車がいつまでも動けないと、娼婦にプロイセン士官に身を任せるよう迫り、娼婦は止むを得ず要求に応じる。
その結果、翌日に無事馬車は出発するが、今度は周囲の人たちはまるで汚い物でも見るような目で娼婦を蔑み、娼婦は耐えらえれず泣き続ける。
馬車を舞台に、当時の社会の縮図を描いた作品で、ブルジョワジーたちの冷酷さを見事に描いている。
この一作でモーパッサンが一躍人気作家になって世に出た記念碑的な作品でもある。
でも、高校生の当時に読んで面白さを感じた理由が、ちょっと謎だ。

こんな調子でこれからもシコシコ読み返しを続けるつもりでいる。

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2018/01/05

相撲協会はいっそ「公益法人」なんて返上したら

新年早々恐縮だが、税金のはなし。

2015年度 15万円
2016年度 15万円
2017年度 15万円(見込み)
(万円未満は四捨五入)
上の金額は、相撲協会が年間に納入した税金だ(月刊誌『選択』2018年No.1).。
一方、相撲協会の売上高は次の通り。
2015年度 115億円
2016年度 120億円
2017年度 110億円(予算)
(億円未満は四捨五入)

110億円以上の売り上げで、2016年度で7億円を上回る利益をを上げている法人が、なぜ実質無税に近い扱いで済んでいるのか、そのカラクリは相撲協会が公益法人であるからだ。
公益法人の場合、公益目的の事業は非課税だ。

では、なぜ相撲協会が公益法人なのかというと、
・太古より五穀豊穣を祈って執り行われる神事を起源とし
・我が国固有の国技であることを考慮し
・「大相撲」はこうした神事や伝統の「一般公開」であると位置づけ
・それ自体が「公益目的事業」とされる
というのが理由である。
ヘ~、知らなかったなぁ。

大相撲が神事や伝統の一般公開とは笑わせる。
あれはどう見ても格闘技の一種で、他のプロスポーツと同様の単なる「興行」にすぎない。
名目と実態とがあまりに離れすぎている。
仮に「神事や伝統の一般公開」なら、なぜNHKから年間30億円もの放映権料をふんだくってるんだろう。その原資は私たちから強制徴収している受信料だ。
公益法人なら公共放送から金を取るのはおかしい。
公益法人なら、暴力団とは完全に縁を切るべきだ。

それがイヤなら、さっさと公益法人なんて返上して税金も納めることだ。
そうすりゃ、どこやらの家元のオバちゃんから、ガタガタ言われるなくても済むぜ。

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2017/12/30

「My演芸大賞2017」

2017年中に聴いた演芸の中から特に優れたものを選び、次のように各賞を決定した。
なお、今年は二ツ目を対象とした「奨励賞」と、他に「特別賞」を設けた。


【大賞】
該当なし

【優秀賞】
柳家小満ん『茶碗割』6/12人形町らくだ亭
春風亭一之輔『唐茄子屋政談』6/16鈴本㋅中席
笑福亭三喬『らくだ』10/7東西笑いの喬演
柳家喬太郎『双蝶々(通し)』 同上
五街道雲助『夜鷹そば屋』10/20国立10月中席

【奨励賞】
春風亭正太郎『厩火事』4/19春に船
柳亭小痴楽『磯の鮑』5/4芸協仲夏祭花形

【特別賞】
立花家橘之助『浮世節』12/19国立12月中席


<選評>
「大賞」が該当なしとなったが、例年に比べ決してレベルが低かったわけではない。傑出した高座がなかったのだ。
「優秀賞」5点もみな優れていたが、もう一つ決定打に欠けていた。

日頃から古典を愛すると言いながら、「優秀賞」のうち2点が新作になった。
小満ん『茶碗割』は、尾崎紅葉の短編小説を落語化したもの。
小満んは飄々とした語りでこの噺の面白さを引き出していて、やはり小満んの様な力量がないと、演ずることが難しいだろう。
雲助『夜鷹そば屋』は、有崎勉(柳家金語楼)作の『ラーメン屋』を演者自身が舞台を江戸の移し一席にしたもの。
オリジナルに比べて遥かにストーリーが自然で、聴いていてジーンと来るものがあった。
今年最も活躍が目立った落語家といえば、一之輔だ。もはや若手という範疇を大きく超えている。
『唐茄子屋政談』の様な長講を、寄席のトリで30分ほどに短縮していたが、内容に過不足なくまとめた手腕には驚かされる。叔父さんが若く感じられたというキズはあったが、他は申し分ない。
他に『鼠穴』『富久』でも、この手腕がいかんなく発揮されていた。
喬太郎『双蝶々(通し)』だが、落語会では専ら後半だけが演じられるケースが大半だが、この噺は前半で長吉を非道さが描かれないと面白さが伝わらない。
1時間に及ぶ長講を、間然とすることなく客席を引き込んだ喬太郎の芸の高さを示した一席だった。
三喬『らくだ』は、松喬襲名を翌日に控えた三喬としての最後の高座だった。
師匠の十八番のネタに挑んだ高座だったが、先代松喬が社会の最下層に生きる人たちを地べたを這うような語りで活写していたのに対し、三喬の高座は全体にスマートに仕上がっていた。
反面、屑屋がらくだの兄貴分に酒を飲みながら身の上話しをする場面では、周囲でも涙を流す客も多く見られ、師匠とは異なる『らくだ』の世界を作り上げていた。

「奨励賞」の二人は、いま最も注目している二ツ目だ。
正太郎『厩火事』では、髪結いの女房の心理変化を表情で巧みに表現していた。このネタに関しては既に真打クラスの実力を備えていると言ってよい。
小痴楽『磯の鮑』では、珍しいネタだったが、花魁に色気があった。与太郎とのチグハグな掛け合いもテンポが良かった。
他に「粗忽長屋」では、この噺のシュールな味を引き出していた。

「特別賞」は、今年二代立花家橘之助を襲名した、橘之助『浮世節』。
小圓歌の『三味線漫談』からの転換は、相当な苦労があったと察せられる。
高座で披露した『たぬき』では、久々に音曲で感動した。


さて、今年は本稿をもって終了とします。
ホ年も沢山の方々に拙ブログにお立ち寄り頂き、感謝いたします。
来年は1月10日前後に再開する予定です。

では皆さま、良いお年を!

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2017/12/28

「2017年演芸佳作選」の発表

今年の1月から12月末までに聴いた演芸のうち、優れたものを選んだ結果は下記の通り。
意識したわけではないが全体を通して見ると、東京と上方、そして東京も4派からなべて選出されている。
顔ぶれを見ても二ツ目の若手から中堅、ベテランと年代も広い。
演目はどうしても長講や大ネタ、珍しいネタ、トリネタに偏ってしまうが、軽いネタの中にもいくつか佳品があった。
演目の大半が古典なのは、管理人の好みによる。

この中から「My演芸大賞」の大賞1点と、優秀賞数点を選ばねばならないので、今年も頭が痛い。

記載は、演者・演目・開催日・会の名称 の順となっている。

桂吉弥『質屋芝居』1/15三三・吉弥二人会
三遊亭兼好『厄払い』1/21三遊亭兼好独演会
春風亭一之輔『三井の大黒』1/23吉坊・一之輔二人会
桂吉坊『けんげしゃ茶屋』   同上
八光亭春輔『松田加賀』1/24彦六由縁落語会
春風亭一朝『中村仲蔵』   同上
桃月庵白酒『甲府い』2/18ザ・桃月庵白酒
柳亭小痴楽『粗忽長屋』3/2三越きらめき寄席
五街道雲助『おせつ徳三郎(通し)』3/18雲助蔵出し
入船亭扇遊『花見の仇討ち』4/1名作落語の夕べ
春風亭正太郎『厩火事』4/19春に船
桂佐ん吉『佐野山』4/22花形演芸会
露の新治『人権落語(仮題)』4/23露の新治落語会
立川志の輔『宿屋の富』4/24立川志の輔独演会
柳亭小痴楽『磯の鮑』5/4芸協仲夏祭花形
笑福亭たま『ちしゃ医者』6/2花形演芸会 
柳家さん喬『雪の瀬川』6/5柳家さん喬大人の落語
五街道雲助『付き馬』6/12人形町らくだ亭
柳家小満ん『茶碗割』   同上
三笑亭茶楽『三方一両損』6/14国立㋅中席
春風亭一之輔『唐茄子屋政談』6/16鈴本㋅中席
柳亭左龍『名刀捨丸』6/29三三・左龍の会
桂米左『骨釣り』8/11名作落語の夕べ
月亭可朝『算段の平兵衛』8/19月亭可朝独演会
柳家権太楼『居残り佐平次』9/2ザ・柳家権太楼
柳家権太楼『幽霊の辻』   同上
古今亭志ん五『子は鎹』鈴本9月下席(2017/9/26)
林家正雀『真景累ヶ淵「水門前の場」』9/30国立名人会
笑福亭三喬『らくだ』10/7東西笑いの喬演
柳家喬太郎『双蝶々(通し)』 同上
桃月庵白酒『氏子中』10/13白酒・文菊二人会
五街道雲助『夜鷹そば屋』10/20国立10月中席
桂吉坊『そってん芝居』10/28三田落語会
柳家小里ん『一人酒盛』11/26国立名人会
柳家小満ん『三井の大黒』12/6小満ん夜会
三遊亭遊雀『文七元結』12/8神田松之丞の会
立花家橘之助『浮世節』12/19国立12月中席
五街道雲助『二番煎じ』12/23雲助蔵出し
柳家小満ん『富久』12/23師走四景

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2017/12/27

「田茂神家の一族」(2017/12/26)

東京ヴォードヴィルショー第71回公演『田茂神家の一族』【東京凱旋公演】
日時:2017年12月26日(火)14時
会場:紀伊國屋ホール
【作】三谷幸喜
【演出】山田和也 
【音楽・演奏】園田容子
【    主なキャスト    】
田茂神嘉右衛門(前村長)   /石倉三郎
  たか子(嘉右衛門の長男の妻)/あめくみちこ
    健二(嘉右衛門の次男)/佐渡稔
    三太(嘉右衛門の三男)/佐藤B作
    四郎(嘉右衛門の四男)/市川勇
    常吉(嘉右衛門の弟)  /石井愃一
    茂(嘉右衛門の弟の娘婿)/角野卓造
井口(三太の選挙コンサルタント)/まいど豊
【その他の出演】
たかはし等・山本ふじこ・瀬戸陽一朗・中田浄
市瀬理都子・京極圭・玉垣光彦
村田一晃・大迫右典・石川琴絵
小沼和・喜多村千尋・平田美穂子

2015年初演の三谷幸喜書き下ろし作品『田茂神家の一族』の再演。
舞台はある地方の人口わずか105人の村。
24年間村長をつとめた田茂神嘉右衛門が事故で重傷を負ったため村長選に出馬できず、後継者と見られた長男も事故死。
そこで急遽、嘉右衛門の息子たちや弟、長男の未亡人らが立候補することになった。そこに東京で学者をしていた嘉右衛門の弟の娘婿も候補に加わり乱戦となる。
誰が当選しても田茂神家だが、結果はこの一族の主導権にも拘わるので、みな必死だ。
この日は村民お相手に合同演説会とあって激しい論戦が展開されると思いきや、訴えるべき政策もないので、自然と相手候補のスキャンダルを暴き合うネガティブキャンペーン合戦の様相を呈する。
票読みでは次男と三男が拮抗していたが、そこに重傷だった筈の嘉右衛門が現れ、村長選に立つという。こうなると村内の企業との強いパイプを持つ前村長が圧倒的に優勢だ。
これに対抗するために、息子たちは連合し候補者調整を行って父親に対抗しようとする。
ここまで選挙の圏外と見られたいた学者の茂が、自らが開発したヒューマン・ヴァイマス・エネルギーを使った発電所をこの村に建設し、村おこしすると宣言する。
これで形成は一変し、茂が次期村長に決まりかかるが・・・。

政策より人的なつながりや利害で動きがちな地方選挙への揶揄や、戯曲が書かれた時期を考えれば民主党政権の誕生と、その後の自民党による政権奪取も織り込まれているようだ。
スキャンダル暴露合戦を通じて、一人一人の生活実体を浮かび上がらせるという手法は巧みだし、会場は大受けだった。

しかし、カーテンコールで佐藤B作語ったのは、福島出身の佐藤が三谷に福島を舞台にした作品を依頼したし、出来たのがこの「田茂神家の一族」だと。
そうなると、茂が村に持ち込もうとしたエネルギー政策とは原発だったことになり、茂は中央政府そのもだったことになる。
ドタバタ劇のように見えて、作者の深い意図が窺える芝居だ。

公演は28日まで。

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2017/12/25

師走四景(2017/12/23)

「師走四景」
日時:2017年12月23日(土)17時
会場:浅草見番
<  番組  >
柳家小里ん『提灯屋』
柳家小のぶ『芝浜』
~仲入り~
柳家小はん『二番煎じ』
柳家小満ん『富久』

「雲助蔵出し~さよなら公演~」に引き続き、「師走四景」へ。
前の会が終わったのが15時で、この会の開場が16時30分。ということは1時間半ほど時間を潰さねばならなかったのだが、これがいけない。
酒でも飲んでつなごうかと近所を歩いていたらラーメン屋があいていたのえ店内へ。餃子と野菜炒めを肴に燗酒を飲み始めたが、何せ一人だもんだから黙々と飲むしかないのだ。
会場に戻ると運よくソファ席があいていたので座ったまでは良かったが、途端に猛烈な眠気に襲われてしまった。
気が付けば前方の出番は終わっていて、小里んが上がる所で眼が覚めた。次に小のぶが登場したのだが、声が小さくて聞こえない。一所懸命耳を傾けている内に又もや寝てしまった。
そんな訳で3席だけの短い感想を。

小里ん『提灯屋』
先代小さんの独壇場だったが、その後何人かの高座を聴いたがなかなか満足のいくものに巡り合えなかった。
この日の小里んの高座は、小さんそのものだったと言って良い。
字の読めない連中が広告のチラシをお互いにおっつけっこしながら、どういう店かを連想し合うセリフに間がいい。
連中が提灯屋に謎かけの様な妙な家紋を注文し、書けないと提灯をタダで持って帰るのだが、提灯屋が次第に怒りをため込んで行く表情の変化が巧みだ。
小さん生き写しの様な風格を見せた小里んの高座だった。

小はん『二番煎じ』
前の会で雲助が演じたばかりのネタ。
客の大半は前からの居続けであることを考慮すれば、ネタの重複は避けねばならなかったのでは。
あるいは聞き比べという趣向だったのか。
雲助と異なり小はんの高座では火の回りを二班に分けるなど、通常の演じ方だった。拍子木や金棒などの鳴り物を省略していたのは、この人の型だろうか。
番小屋での宴会では、燗酒が待てず冷で飲みだす人が出てくるのは珍しい演じ方だ。
雲助の高座の残影が強すぎて、印象が薄くなってしまったきらいがある。

小満ん『富久』
前の師匠の十八番でありお馴染みのネタだが、小満んらしい工夫がいくつか見られた。
富籤を買った久蔵が千両当たったらと、妄想する場面を加えていた。幇間の足を洗って金物屋の店を開く。そうなうと女房を持たなくてはいけないので、どんな女がいいかなと。この場面を付け加えることにより、久蔵の千両富に対する思いが伝わってくる。
久蔵が旦那の家に駆け付け、出入りを許された後で、見舞客にその事を伝える時の嬉しそうな顔。本家から見舞いに届いた酒を飲みながら帳付けする久蔵の幸せそうな顔。こういう細かな点が表現できるかがこのネタの重要なポイントだ。
久蔵が長屋が火事だと浅草に戻る場面では、火事で避難してくる人たちと交差しながら進む情景が描かれる。
旦那が久蔵の仕事が再開できるようにと奉加帳を作り、それを持って歩いている内に富籤の会場である湯島天神に着くというのも、独自の解釈だろう。
ここから千両富が当たった喜び、富籤を焼失したと知った時の落胆、そして大神宮の神棚から千両富が出て来た時の爆発的な歓喜。禍福あざなえる縄のごとしを経て、大団円を迎える久蔵の悲喜を表現した見事な高座。
今年最後の落語に相応しい一席だった。

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「雲助蔵出し~さよなら公演~」(2017/12/23)

「雲助蔵出し ぞろぞろ~さよなら公演~」
日時:2017年12月23日(土)13時
会場:浅草見番

前座・柳家小多け『真田小僧』
柳家小はぜ『厄払い』
五街道雲助『二番煎じ』
~仲入り~
五街道雲助『鰍沢』

永らく続いた「雲助蔵出し」もこの日が最終公演とあって、会場は一杯の入り。
雲助本人の説明によれば、一度に長講2席に軽いネタ1席の3席を演じるのは体力的にきつくなったとのことで、主催者に内容の変更を申し出たとのこと。
来年からは他の人を仲入りに入れて、雲助は2席という構成の落語会に模様変えする。
会の名称は「雲助浅草ボロ市」となる。
どんな掘り出し物が出て来るかお楽しみというところ。

小はぜ『厄払い』、年末に相応しいネタで、グッドチョイス。師匠の仕込みが良いせいか、堅実な高座。

雲助『二番煎じ』
通常の演じ方とは大きく異なるのは、火の回りを二組に分けない。宗助だけを番小屋に残して火の番をさえ、他は揃って火の回りに出る。
関西弁の人を入れているのも特徴的だ。
「火の用心」という言葉は全員が発し、人によってはそれが謡になり、浪曲になり、新内になりと、正に芸競べの様相となる。
吉原で火の回りをしていたという辰つあんは当時の思い出を語りだし、火の回りの最中に昔の馴染みと再会する経緯を話し始める。
この女との後日談が番小屋に戻ってから続きで語れらえるのも、雲助独特の演出だと思う。
「火の用心、さっしゃりやしょう~」の掛け声も、向かい風の時と追い風の時では声の出し方が変わるという芸の細かさだ。
火の回りの際の表の寒さと、番小屋に戻って酒と猪鍋を囲む暖かさが鮮やかに対比されていた。
番小屋での宴会も、いかにも町内の旦那衆の寄り合いという雰囲気が醸し出されていた。これを若手が演じると、こうはいかない。
『二番煎じ』という噺の面白さ、魅力を再認識させられた見事な高座だった。

雲助『鰍沢』
マクラで、こmのネタは圓朝の三題噺として紹介されてきたが、どうやら黙阿弥作が有力だと言っていた。確かにストーリーが世話物風である。また黙阿弥作による後日談の様な『晦日の月の輪』という作品もあるようだから、やはり黙阿弥作と考えるのが順当だろう。
そうした解釈からか、雲助の演じ方は芝居の世話物風だった。
旅人にとってはかつて好きだった女との再会で心弾むところがあったが、一方のお熊はこの男を殺して大金をせしめようとする。
その両者の心理の交差が、この噺のテーマだ。
最後は、先代正蔵の芝居噺仕立てのセリフで締めた。

さよなら公演に相応しい、雲助渾身の二席だった。

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2017/12/23

喬太郎『掛取り』ほかin鈴本(2017/12/22)

鈴本演芸場年末特別企画興行「暮れの鈴本掛取り三昧」

前座・橘家門朗『元犬』
<  番組  >
柳家やなぎ『つる』
翁家社中『太神楽曲芸』  
柳亭こみち『熊の皮』
蜃気楼龍玉『強情灸』
ロケット団『漫才』
柳家小ゑん『長い夜』
春風亭一朝『片棒』
~仲入り~
林家楽一『紙切り』
橘家文蔵『時そば』
桃月庵白酒『新三十石』
立花家橘之助『浮世節』
柳家喬太郎『掛取り』

鈴本演芸場12月の特別企画として、様々な演者が交代で『掛取り』に挑むという趣向。
22日は喬太郎とあって、立ち見の出る盛況だった。
会場は程よい熱気に包まれいい雰囲気だった。

門朗『元犬』、ここ最近は前座というとこの人だ。あちこちで使われていると言う事は、上手いからか。いくら前座でもあまりに下手だと、雰囲気を壊してしまうからね。先日も「今朝ほど犬になりました」でサゲた酷いのがいた。

こみち『熊の皮』、もちろん改訂版で、オリジナルは女流ではやりにくいだろう。この人はあまり女性を感じさせない所が良い。

龍玉『強情灸』、古今亭の本寸法で演じた。この日はよkぅ受けていた。

ロケット団『漫才』、時事ネタも多く挟み、勢いのある舞台だった。一時、元気がないかなと心配していたのだが、すっかり脱した様だ。

小ゑん『長い夜』、空と大地の神様が人間社会を観察するというストーリーで、だいぶ前に創作したが、時々に風俗を織り込んで新しくしているようだ。ラップを披露したり、難しい芸術論を戦わせたりと、面白く聴かせていた。

一朝『片棒』、短縮版だったが、得意の囃子の口ぶりを聴かせ所にして、前半を締めた。

楽一『紙切り』、この日のお題は、シャンシャン、戌年、曲芸。最後のお題は小さな女の子からだった。

文蔵『時そば』、時間を間違えて楽屋入りが遅れていたようで、後から他の演者からイジラレテいた。二人目の男が蕎麦を不味そうに食う所が見せ場。

白酒『新三十石』、寄席で毎度お馴染みだが、初めてのお客も多かったようで、珍妙な浪曲が大受けだった。

橘之助『浮世節』、襲名披露が終わったばかりだが、すっかり橘之助が板に付いてきた。風格さえ感じる。

喬太郎『掛取り』、、本人によれば10年以上前に一度か二度、このネタを掛けた記憶がある程度で、この日は演者が楽しくお客は楽しめないという風に演ると宣言してネタに。
内容は、小ゑんが「喬太郎の掛取りなんて、どうせまともじゃないよ」と言っていた通り。
出だしは通常通りだったが、掛取りに来る人たちの趣味が異なる。
一人目は人情噺が好きという事で、相手が「たまりたまった掛を今日は払って貰うよ」と言うと、亭主が女形になって「お前さん、夢でも見たのかい」と切り返すと、ここから落語の『芝浜』のやり取りが始まる。お終いは相手が、「じゃ、行ってくらあ」と天秤を担いで出て行ってしまう。
こんな調子で二人目は、つかこうへい作『熱海殺人事件』の舞台の再現で追い返す。
三人目は寄席好きで、馬風、円丈、雲助の形態と声帯模写を。
四人目は、ウルトラセブン50周年を記念し、TV放送の最終回を再現して宇宙の彼方に飛んで行くで、終り。
いかにも喬太郎の趣味の世界で他愛ないと言えば他愛ないのだが、喬太郎ファンが多数の客席は大喜び。
ザッツ・エンターテイメントで、年末らしく賑々しく終幕。

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