2017/02/19

突然ですが、「ザ・桃月庵白酒 其の三」(2017/2/28)

大手町落語会「ザ・桃月庵白酒 其の三」
日時:2017年2月18日(土)13時
会場:よみうり大手町ホール
<  番組  >
桃月庵白酒『死神』
桃月庵白酒『青菜』*
~仲入り~
桃月庵白酒『甲府い』*
桃月庵白酒『うどん屋』
*)ネタ出し

当ブログは今月休載中だが、今日と他にもう一日に限りの臨時開店。
月の前半にパキスタンに行き、撮影した1000枚ほどの写真整理に追われている。現地ガイドの案内を右から左へと聞き流しながらカメラのシャッターを押していたので、写真がどこで何を撮ったものなのかを調べるのに時間がかかっている。
一段落したら「別館」で旅行記の掲載を開始するので、こちらのサイトは3月に入ってからの再開になる予定。

大手町落語会の「ザ・」シリーズは、さん喬・権太楼と白酒の三人が交互に演じている。一人4席というハードな会なので、持ちネタが多く集客力のある演者に限られることになる。そうなると若手ではやはり白酒が一番手だろう。
マクラで内輪話のいくつかを披露していたが、その中で寄席の難しさを語っていたのが印象に残った。寄席は個々の芸人が後ろ後ろへとつなぎ、最後のトリを引き立てるという構成になっていて、その流れの中で個々の役割を果さねばならない。その中で一人でも流れを壊す人が出てくると、全体がぶち壊しになるというケースが少なくない。だからと言って適当に演じると、観客から不満が出る。この兼ね合いが難しいのだと。
寄席の出番については1年先まで決まっていて、小三治の場合は2年先まで予定が入っているそうだ。
噺家として食っていけるかどうかが問われるのは40代、50代になってからで、気が付いた時にはどうにもならないとも。
フ~ン、成るほど。
高座は四季に因んだネタを各一席。

『死神』春
通常の死神と異なり、明るく健康的な死神という設定だ。死にたいと言う男に対し「一緒に頑張ろう」と激励する。
死神のアドバイスですっかり成功した男、ずに乗ってオークションで一番払いのよぃ患者を優先して診察する。
男が京大阪で女と散財する箇所はカットし、いくら稼いでも浪費癖でスッカラカラカン。
大金をあてこんで行った患者だが、死神が枕側に座っている。そこで店の奉公人を使って「カゴメカゴメ遊び」を始め、気が付いた時は死神が足の側に。
後は、通常通りに死神に無理やり連れられ蝋燭の洞窟に。今にも消えそうな蝋燭を無事に新しいのに移し替えたと思ったら、溶けた蠟が手元に垂れてきて、ついつい・・・・。
白酒は、オリジナルの暗さを消して、カラッと明るい一席にまとめた。

『青菜』夏
後半の植木屋夫婦の会話や、友達を家に引き込んでお屋敷の真似をする場面は白酒らしい爆笑の高座だったが、前半のお屋敷の場面では主人の風格を含めてもっと涼しさを感じる演じる方が望ましい。

『甲府い』秋
あまりに「善い人」ばかり出てくるのと、儒教色や宗教色が強いネタとして敬遠される傾向にあるが、白酒の高座ではそうした「色」を薄くして演じた。
豆腐屋の主人も単なる善人ではなく、それなりに計算した上での善意だった様にも思われリアリティを感じる。
この人の明解な語りが生きていた。

『うどん屋』冬
しつこい酔っぱらいの描写は良く出来ていたが、うどん屋が荷をかついで売り歩くときに肝心の真冬の寒さが感じられなかった。そのため、サゲがややぼけてしまった感がある。

若手真打では白酒が先頭を切っているが、直ぐ後ろを一之輔が追いかけて来ているので、うかうかしていられまい。

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2017/01/31

お知らせ

都合でしばらく休みます。
この間、コメントの公開やレスが遅れる場合もありますが、ご了承願います。
再開は2月末を予定しています。

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2017/01/29

トランプに期待する?

1月24日付朝日新聞に、永年にわたり政権批判を続けてきた映画監督オリバー・ストーンがインタビューで「トランプ大統領もあながち悪くない」と意外な評価をしていた。
その趣旨は次のとおり。
・米国が「米国による新世界秩序を欲し、そのためには他国の体制を変える」という政策から脱し、「米軍を撤退させて介入主義が弱まり、自国経済を機能させてインフラを改善させる」政策への転換が出来るなら素晴らしいこと。
・これまで米国は自国経済に対処せず、貧困層を増やし、自国経済を機能させてこなかった。トランプがかつてないほどの雇用を増やすというのは誇張かも知れないが、そこから良い部分を見つけねばならない。
・トランプはイラク戦争は膨大な資産の無駄だったと明快に断言している。こうしたプラスの変化は応援したい。
・ロシアがトランプを応援するためにサイバー攻撃をかけていたというCIAの見解については懐疑的だ。CIAはベトナム戦争やイラク戦争などで間違った情報を流し、他国の主権を認めたがらず、多くの国家を転覆させてきた。そんな情報機関をけなしているトランプに賛成する。
・ハリウッドのリベラルな人たちがトランプを批判している点について、彼らは真のリベラルではない。米国がテロとの戦いを宣告した2001年以降、米国に批判的な映画をつくるのが難しくなり、そうした映画がどんどん減っている。米軍が過剰に支持・称賛されたり、CIAがヒーローに仕立てられたりする映画やテレビシリーズが目立ち、非常に腹立たしい。

ただこのインタビューでは、自国第一主義を各国が掲げることにより、経済衝突の激化による軍事的緊張関係が増大する可能性については言及されていない。
さらに、トランプ流が世界に蔓延した場合に起きる人権無視、人種差別、排外主義の横行の危険性にも触れていない。
こうした点にオリバーストーンがどう答えるのかは不明だ。

もう一つ、このインタビューで注目すべき発言がある。それは日本にかかわることだ。
オリバーストーン監督は、米政府による個人情報の大量監視を暴露したCIA元職員エドワード・スノーデン氏を描いた新作映画「スノーデン」を撮るにあたり、彼とは9回会って話を聞いている。その中で日本に関して次の様に述べていた。
・スノーデンが2009年に横田基地内で勤務していた頃、日本国民を監視したがった米国が、日本側に協力を断られたものの監視を実行した。
・スノーデンは又、日本が米国の利益に背いて同盟国でなくなった場合に備えて、日本のインフラに悪意のあるソフトウェアを仕込んだ。

ここからは私の見解になるが、現在の日米関係を考えるうえで、在日米軍が今なお日本を監視し、悪意のあるソフトをインフラに仕込むことまでやっているというスノーデンの証言は非常に重要だ。
米軍は日本に多くの基地を置き、それは日本を守るためと思われているが、決してそれだけではない。
太平洋戦争で日本は米国に一方的に敗れたというのが定説になっている様だが、実際には米国も大きな打撃を受けていた。
大戦中に米軍で司令官が戦死したのも、最高位(中将)の軍人が戦死したのも、沖縄戦だけだ。沖縄戦では兵士の3分の1が精神に異常をきたし本国へ送還されたとある。終戦前の武器も装備もない沖縄戦でも米軍はこれだけの犠牲を出していた。
もちろん、沖縄県民の被害は想像を絶するものだったことは言うまでもない。
今でも米国はアジア最強の国は日本だと見ている。だから日本を敵に回すような事は絶対に避けたいのだ。
米軍の日本駐留の目的は、こう考えるべきだろう。
1.日本が二度と米国に敵対することがないよう監視する。
2.中国を封じ込め、東アジア及び東南アジアの共産化を防ぐための橋頭堡にする。
3.太平洋の制海権の確保。
4.安保条約に基づく日本の防衛。
もし、トランプが以上の諸点に興味を失い、日本を単なるビジネスパートナーとするなら、米軍の日本駐留は意味がなくなる。
日本の防衛は日本自身でとか、守って貰いたかったら費用は全額負担せよというトランプの主張は、決して的外れとは言えまい。
戦後70年、日本はいま大きな岐路に立たされている。

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2017/01/27

「ザ・空気」(2017/1/26)

二兎社公演41「ザ・空気」
日時:2017年1月26日(木曜日)14時 上演時間1時間45分
会場:東京芸術劇場 シアターイースト
作・演出 永井愛
<  キャスト  >
田中哲司:今森俊一/編集長
若村麻由美:来宮楠子/キャスター
木場勝己:大雲要人/アンカー
江口のりこ:丹下百代/ディレクター
大窪人衛:花田路也/編集マン

劇評でこの芝居をホラーだと評していたのを見たが、言い得て妙だ。むしろホラー劇であって欲しいと思うのだが、これが現実に近いから始末に悪いのだ。

舞台はTV局のビル内の部屋、高層ビルらしく登場人物はエレベーターを使って部屋から部屋に移動する。
おりから、総務大臣による「放送内容が政治的公平性を欠く場合は、法に基づき電波停止を命じる」という発言を受け、ドイツにおける国家権力とメディアとの関係を取材した内容と対比させて、報道の自由についての特集番組を放送すべく準備が進んんでいる。
放送当日の昼頃とあって、全ての編集を終えて準備万端。
そこへ、編集内容について一部変更して欲しいという要望がくる。その一部だが、変更すると番組の趣旨が変えられてしまうため、編集長とキャスターは抵抗する。
しかし、番組を頭から偏向と決めつけ議会で問題にするぞという右翼団体からの脅し、子どもに扮した抗議電話、はてはキャスターとその家族の個人的な写真までが番組関係者のスマホに送られてくると、関係者に動揺が広がる。
政権やTV局の上層部の顔色をうかがいながら「空気」を読んで立ち回る人たちと、あくまで報道の自由を守るという立場の人たちとの論争、駆け引きが続き・・・。

日本のメディアが、なぜ政府寄りかという理由について、まとめてみる。
・TVやラジオの生殺与奪の権を握っているのが内閣の一員である総務大臣であること。資料を見る限りでは先進国で政府自身が電波の停止を命じる権限を持つのは、どうやら日本だけのようだ。ただ従来は、こうした伝家の宝刀をちらつかせるような事は歴代の内閣では避けていたが、安倍政権になって様相が変わってきた。
・放送の編集権が経営者にあると定められていること。劇中で、戦後新聞社の労働争議が多発した際にGHQが恐れをなしてこのような宣言をさせたのが、今も続いている。
・日本が近代化する過程で、政府とメディアが一体となって国民を善導していったという歴史的経緯があり、その伝統は今でも続いている。
・日本の記者クラブに代表されるように、報道がアクセスジャーナリズム、つまり権力に接近してネタを取ってくるというスタイルが主流である。
・メディアの経営者が首相とゴルフをしたり飲食をしたりするのが定例となっている。それは新聞の編集者やTVのアンカー、コメンテーターにまで及んでいる。
・右翼団体による抗議行動が活発になり、時には関係者の家族にまで危害を及ぼしかねない脅迫が行われ、報道の萎縮の一因となっている。

加えて、メディアに連帯感がない。
朝日新聞が慰安婦問題で記事の訂正を謝罪を行った際に、安倍首相が国会で名指しで朝日を批判した。
いま、米国のトランプ大統領が特定のメディアに嘘つきなどと攻撃しているのが話題になっているが、安倍首相の方が遥かに先輩である。
この時、朝日叩きに走った新聞社がいくつかあった。例えば読売は朝日批判の特別紙をもって拡販に回ったし、産経が我が家に勧誘に来たのは30数年住んでいて初めてのことだった。
こうした事は、他の先進国では有り得ないようだ。

以上の様な状況の中で、メディアは「空気」を読んで自主規制してしまうのだ。
そしてメディアが「空気」に支配され続ければ、やがて日本はこの芝居のラストシーンの様な状況になって行くと、この作品は警鐘を鳴らしている。
是非、多くの人に観てもらうことを願っている。

出演者では木場勝己の演技が光る。この人は何をやらしても実に上手い。

公演は東京が2月12日まで、その後3月20日まで各地で。

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2017/01/25

彦六由縁落語会(2017/1/24)

八代目林家正蔵師没後三十五年「彦六由縁落語会」
日時:2017年1月24日(火)18:45
会場:日本橋社会教育会館
<  番組  >
前座・春風亭一花『やかん』
春風亭一之輔『啞の釣り』
橘家文蔵『天災』
桂藤兵衛『首提灯』
~仲入り~
八光亭春輔『松田加賀』
春風亭一朝『中村仲蔵』

8代目林家正蔵(彦六の正蔵)が亡くなって35年がたち、それを機に所縁の演目を一門の噺家が演じるという趣向の会。
一門と言ってもこの日の出演者でいえば直弟子は八光亭春輔と桂藤兵衛(彦六死後に先代文蔵門下に移籍)の二人で、一朝と文蔵は孫弟子。一之輔にいたっては曾孫弟子で彦六に会ったこともない。林家木久扇の物真似でしか知らないそうだ。
亭号がバラバラなのもこの一門の特長で、これは8代目が正蔵を襲名した際の複雑な事情に起因する。

前座の一花『やかん』
女流の前座としてはしっかりとした語りで、機転も利きそうだし楽しみな存在になりそうだ。

一之輔『啞の釣り』
何でも思いっきり出来ちゃう一之輔、持ちネタの豊富さも若手でトップだろう。
身障者を戯画化する様な内容だが、ここまであけっぴろげに演じられると却って清々しささえ覚えてしまう。

文蔵『天災』
八五郎が大家に離縁状を書いてと頼みに来るところから、「・・・天災だろ?」「なに、先妻の間違いだ」のサゲまでのフルバージョン。
強面の八五郎は文蔵とダブり、紅羅坊名丸の心学によって変心してゆく過程が描かれていた。
ただ冒頭部分は別のネタ『二十四孝』と重なるので、ここは5代目小さん流に八五郎が心学の先生を訪れる所から始めた方が良いのでは。

藤兵衛『首提灯』
マクラで『試し斬り』『胴斬り』を演じたあと、本題へ。
見所は、田舎侍に対する江戸っ子の啖呵(やり過ぎではあるが)と、首を斬られた男の首が次第に胴とずれてゆく動き。
藤兵衛は長い顔の利点を活かし、特に首が前にガクンと落ちる動きが見事。

春輔『松田加賀』
初見、ネタも初めて。
粗筋は。
江戸時代、盲人は大きく4階級に分かれ最高位は検校。違いは杖の頂部の形状で、もし街頭でぶつかり合った場合は互いに杖をさぐり、相手の身分を知ることができた。
本郷の雑踏で検校と小僧按摩がぶつかり、杖で相手が検校だと知った小僧按摩があまりに恐れ多くて言葉もでずぺこぺこと頭を下げるばかり。検校にはそれが見えないから、怒って杖でめった打ち。
周囲に野次馬が取り囲むが、何もできない。
そこへ通り合わせたのが、神道者で松田加賀という男。
自分が一つ口を聞いてやろうと丁重な言葉で仲裁に入る。
検校もこれで機嫌を直し、あなたのお名前を伺いたいという。
「これは失礼いたしました。私はこの本郷に住んでいる、松田加賀と申します」と返事をしたが、興奮が冷めない検校は本郷のマツダをマエダと聞き違えて、これはすぐ近くに上屋敷がある、加賀百万石の殿様と勘違い。杖を放り捨ててその場に平伏。
加賀も、もう引っ込みがつかないから殿様に成りきって検校を諭す。
検校がいつまでも這いつくばっているので、松田はお祓い向かうのでこの場を離れる。
そうとは知らない検校は、いつまでも平伏を続けている。
周囲の野次馬連中が喜んで一斉にわっと笑うと、検校は膝をたたき
「さすがは百万石のお大名だ、たいしたお供揃え」
でサゲ。
これだけの噺だが、春輔の声も語りの口調も彦六に似た唄い調子。実に良いのだ。
こうしたあまり演じ手のいない彦六のネタを継承していることに敬意を表す。
そして1席終えた後の「深川」の踊り、これがまた見事。さすが、藤間流の名取りだけのことがある。

一朝『中村仲蔵』
このネタ、色々な人が高座にかけるが、やはり8代目正蔵が最高だと思う。
一朝の高座はマクラで歌舞伎のエピソード(六代目中村歌右衛門のが特に面白かったが、勿体ないので教えてあげない)を披露し、ネタへ。
ほぼ正蔵の演出に沿ったものだが、一朝独特の柔らかい語りが、より世話物風の色を濃くしていた。
この会の締めに相応しい一朝の高座、結構でした。

こういう会に出会うと得をした気分になる。
来られなかった方は残念でした。

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2017/01/24

#6吉坊・一之輔二人会(2017/1/23)

第6回「吉坊・一之輔 二人会」
日時:2017年1月23日(月)18時45分
会場:日本橋公会堂
<  番組  >
前座・柳家小たけ『たらちね』
春風亭一之輔『黄金の大黒』
桂吉坊『けんげしゃ茶屋』
~仲入り~
桂吉坊『親子酒』
春風亭一之輔『三井の大黒』

数ある「二人会」の中でも最も内容が充実していると思うのがこの「吉坊・一之輔 二人会」だ。
東西の俊英がぶつかり合うという趣旨が生きているし、いずれこの二人は東西の落語界を背負うであろう(一之輔は既に背負ってるか)。
推測にすぎないが、この二人は特に仲が良いわけではない気がする。というのは、多くの二人会では相手の高座について一言感想を言ったり、時にはイジッタリするのだが、この会ではそうした光景は見られない。
例えば、吉坊が2席目の後で踊りを見せて拍手を浴びたが、次に登場した一之輔はこの事を全くスルー。
こういう何となく張り合ってるという雰囲気が好きだ。

桂吉坊、上方の落語家についてごく浅い知識しか持っていない者として僭越ではあるが、今まで見てきた中で最も桂米朝の芸を継いでいる人だと感じている。
もちろん芸に深さ、とりわけ高座での艶では大師匠に遠く及ばないものの、年齢を考慮すれば米朝の芸に近づくことは十分可能だと思う。
もっともアタシの歳では、それを見届ける事は不可能だが。
と、これだけ褒めときゃ、後でご祝儀が届くかも。
無いかな。

一之輔『黄金の大黒』
マクラで末広亭の小三治の代バネに呼ばれたと言っていた。そういう位置にきているということだ。
このネタ、中途で切るケースが多いが、サゲまで演じた。
長屋の住人同士の店賃をめぐる会話、羽織を回しっこして代わる代わる大家に口上を言う場面、ご馳走を前にして狂喜する長屋の面々の描写、大家の倅の悪戯を咎めて膝蹴りしたと言って大家を慌てさせる場面、いずれもポイント掴んで楽しませてくれた。
金ちゃんのお祝いの口上が特に傑作。

吉坊『けんげしゃ茶屋』
「けんげしゃ」というのは縁起担ぎを指すらしい。米朝の師匠の時代でさえ使われていなかった言葉だそうで、古い表現だ。
色街というのは縁起を担ぐのだが、この噺の主人公の旦那はわざわざ縁起の悪い言葉を使って相手をからかうのが趣味だ。
大晦日、居場所がなくて街をぶらつく旦那に、出入りの又兵衛が出会う。ミナミにと誘われた旦那は、ミナミに囲っている芸者の国鶴の所に悪戯を仕掛けることを思い付き、又兵衛に元日に十人ほどの人数を引き連れて葬礼姿で国鶴の茶屋に繰り出してもらいたいと頼む。
元旦に旦那は国鶴のいる茶屋に出向き、新年の挨拶に出て来た国鶴や女将にさんざん不吉なことを言って困らせる。
ここに又兵衛ら一行が葬礼姿で店に現れ、これ又縁起の悪い言葉を並べる。
茶屋の女子衆が悲鳴を上げると、これを聞きつけた幇間が座敷に上がってきて、陽気に騒ぎ出す。これでは趣向がぶち壊しと旦那が激怒し、幇間を𠮟りつける。
慌てた幇間は、今度は死に装束に位牌を手にして不吉な事を言って、旦那を喜ばす。
「これまで通り、贔屓にしてやる」
「ご機嫌が直りましたか? ああ、めでたい」
「また、しくじりよった!」
でサゲ。
ストーリーは他愛ないもので、茶屋遊びの雰囲気、特に色街の元旦風景が描かれているかが噺のポイントだ。
吉坊は歳が若いのに茶屋遊びの描写が上手く、元旦の華やかな模様が良く描かれていて、だからこそ旦那の縁起の悪い遊びが際立つ。
こうした茶屋遊びのネタに上方落語の本領があるのだと思う。

吉坊『親子酒』
一転して大酒飲みの滑稽噺。
東京でもしばしば演じられるが、上方のは先ず父親が泥酔して家に戻り、息子が帰って来ていないと聞くと怒り説教してやると息巻きながら寝てしまう。
一方、息子の方も泥酔して帰宅途中でうどん屋に寄り、うどんの上に山盛りの唐辛子をかけてしまい食べられず。自宅がどこにあるかも分からず、近所の玄関を片っ端から叩く始末。ようやく自宅に辿り着くが、寝ている父親につまずいて転んでしまう。
この後のサゲは東京と同じ。
見所は息子の嫁さん相手に父親が息子の飲酒癖を怒りながら寝入ってしまう場面と、息子がうどんに唐辛子を掛け過ぎ無理に食べる場面。
この噺を得意としていた桂枝雀ほど弾けてはいなかったが、親子の酔っぱらう姿を吉坊は楽しそうに演じ、客席を沸かしていた。
一席終わった所で、『合羽や』の踊りを披露。
これがコミカルながら、形がしっかりとしていて結構なもの。
『合羽や』
♪城の馬場で日和が良うて合羽やが合羽干す
にはかに天狗風合羽舞上がる
合羽や親爺がうろたえ騒いで堀えはまる
あげておくれつめたいわいなオオキにはばかりさん
一里二里ならてんまでかよう五里とへたづりやマァ風便り♪
(「上方座敷唄の研究」サイトより)

一之輔『三井の大黒』
こうしたネタも難なくこなしてしまう、この人の才能には驚く。
甚五郎、大工の政五郎、その女房、弟子たち、それぞれの人物の演じ分けも申し分なく、堂々たる『三井の大黒』だった。

4席、全て満足した。

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2017/01/23

三遊亭兼好独演会(2017/1/21)

「お宝三席・兼好独演会」
日時:2017年1月21日(土)19時30分
会場:なかの芸能小劇場
<  番組  >
三遊亭兼好『厄払い』
三遊亭じゃんけん『真田小僧』
三遊亭兼好『千早ふる』
~仲入り~
三遊亭兼好『うどん屋』

21日は久々に昼夜のダブルヘッダー。昼は可朝で夜兼好。
この会場では「らくご長屋」シリーズとして、定期的に落語家の独演会が行われている。
兼好もここで毎月独演会を行っているが、この日は「お宝三席・兼好独演会」と題しての特番の会だ。
さて、どんなお宝が演じられるのか。

兼好『厄払い』
開口一番で本人が登場し、年末から正月にかけての季節限定のネタを。
かつては黒門町の持ちネタであり、米朝や小三治など大物が高座にかけている。
仕事もせずブラブラと過ごす与太郎に、見かねた叔父が大晦日だからと厄払いを勧める。お礼に小銭と煎り豆が貰えるから母親に渡すようにと言われる。
厄払いの口上は、
「あーらめでたいなめでたいな、今晩今宵のご祝儀に、めでたきことにて払おうなら、まず一夜明ければ元朝の、門に松竹、注連飾り、床に橙鏡餅、蓬莱山に舞い遊ぶ、鶴は千年、亀は万年、東方朔は八千歳、浦島太郎は三千年、三浦の大助(おおすけ)百六ツ、この三長年が集まりて、酒盛りをいたす折からに、悪魔外道が飛んで出で、妨げなさんとするところ、この厄払いがかいつかみ、西の海へと思えども、蓬莱山のことなれば、須弥山(すみせん)の方へ、さらぁりさらり」
と長く、与太郎にはとても憶えられない。
口上を紙に書いてもらい、早速町へ出かける。
他の厄払いに一緒に行こうとお願いするが断れる。
もうヤケになって「出来立ての厄払い」と歩いていると、商家の主が面白そうだからと与太郎を呼び込み、厄払いを頼む。
お礼は前払いでと金を貰うが少ないと文句をいい、豆を貰えばその場でボリボリ食べだす。
肝心の口上は紙に書いたものを読み上げるが、それも間違いだらけ。
そのうち面倒くさくなって与太郎は逃げ出してしまう。
「あっ、だんな、厄払いが逃げていきます」
「逃げていく? そういや、いま逃亡(東方)と言ってた」
でサゲ。
兼好演じる与太郎のトボケタ味が活かされていた。
近ごろの様に歳末から正月の風景が昔と一変してしまったので、こういうネタもやり難い時代になった。

兼好『千早ふる』
マクラで、今の日韓関係のようにお互いが正しい主張をしているのに険悪になっているのに対し、落語の世界では双方が間違っているのに丸く収まると語って本題へ。
こちらも百人一首なので正月向きのネタだ。
正攻法の高座だったが、このネタを得意としている扇辰、文蔵、鯉昇らに比べややパワー不足の感あり。

兼好『うどん屋』
こちらも冬のネタで、どうやらこの日は季節感のある演目を選んだようだ。
最初に登場する婚礼帰りの男の演じ方に疑問が残った。男が婚礼の会場に着くと、花嫁になる娘が入り口で「おじさん、おじさん」と歓迎してくれたと言うのだが、それだと婚礼の席で花嫁が男に三つ指をついて「おじさん、さてこの度は・・・」という肝心のセリフが薄まってしまう。入り口での娘の挨拶は不要だと思う。
男が婚礼の様子を繰り返すとうどん屋がそれを混ぜっ返す場面では、いくつか過程がカットされていた。恐らくミスだろうと思う。
その後の、うどん屋が寒さの中を荷を担いで売り歩く姿や、うどんを注文した男が美味そうに食べる所や、うどん屋が落胆したり期待したりという表情の変化は良く表現されていた。

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2017/01/22

月亭可朝独演会(2017/1/21)

第一回「可朝のハナシ」
日時:2017年1月21日(土)13時
会場:お江戸日本橋亭
<  番組  >
前座:笑福亭茶光『動物園』
岡田まい『囃子』
月亭可朝『世帯念仏』
~仲入り~
鏡味味千代『太神楽』
月亭可朝『色事根問』

月亭可朝、桂米朝の一番弟子(入門時は「桂小米朝」)、でも何故か惣領弟子として扱われていない。むしろ「月亭一門」の総帥の方が通りがいいか。
トレードマークはカンカン帽。
年配の方なら『嘆きのボイン』で大ヒットしたのをご存知だろう。大の博打好きで女好き、ここ数年は警察の御厄介になっていないと本人が語っていたが、そういう人だ。
国政にも2度チャレンジしているがいずれも落選。
師匠の米朝が、「アイツの事を話し出したら落語が終わってしまう」と言うほどエピソードにはこと欠かない。
近年になって大阪繁盛亭にも出演しているようだが、この日は東京での会の第一回目となる。
可朝の演目はいずれも最近では高座にかかる機会が少なく、忘れられない様にという事で選んだと言っていた。

岡田まい『囃子』
お囃子の人だが短い高座を務めた。「伊勢音頭」と「かっぽれ」の唄の間に出囃子を弾いていた。可朝にお尻を触られそうになったと言っていた。

可朝『世帯念仏』
出囃子に合わせて踊る様な恰好で高座に上がる。
マクラで広島の原爆投下の話題にふれ、いつかアメリカに仕返しをしてやろうと思っていたそうだ。原爆を持ってる国はいくつもあるが、実際に落としたのは米国だけ、恐ろしい国だと。
続いて世の中の陰陽についてと、宗旨にも陰陽があるとして本題へ。
ネタは、東京では『小言念仏』として知られている。
念仏に合間に家族に小言を言ったり、ドジョウ屋を呼んでドジョウを計らせたり、寝相の悪い娘を注意したりと。
短縮版で、米朝の高座に比べ低いトーンの語りだったが、静かに可笑しさを伝えるような一席だった。

味千代『太神楽』
こちらは可朝に胸を触られそうになり、「私は夫も子どもいるんです」と言ったら可朝は「その方がいい」と答えたとのこと。
寄席の太神楽は複数で演じる事が多いが、この人は一人で全部演る。曲芸の腕前も客のイジリ方もどうにいっており、感心した。

可朝『色事根問』
マクラは女性の話題。後1年で80歳になるのだが、こういう年になると女性に対してアクセルとブレーキを間違えてしまう事があるそうだ。自らの経験や、友人だった横山ノックのスキャンダルを例にあげて語っていた。
いくつになっても女性は欲しい。それも生理的な要求ではなく、自分の事を気にかけたり心配してくれる様な女性がいないと寂しいと。
それはアタシも分かる気がする。
演目は2代目桂小南や師匠の米朝の持ちネタだった。
ある男、隠居の元を訪ねて女に惚れられるコツをきく。
隠居が言うのには、
「女に惚れられるには、一見栄、二男、三金、四芸、五精、六未通(おぼこ)、七科白、八力、九胆、十評判という」
そこでかの男に当てはめてみると、これが全て失格。
芸はというと、男は体中に墨を塗り尻に蝋燭をさして「蛍踊り」が得意だと言って、隠居を呆れさせる。
最後の評判で、隠居が男に上等の下駄に履き替える癖を指摘し、評判が悪いと注意する。
男は、履き替えなんてしていないと否定し、裸足で行って帰りに上等の下駄を履いて来るのだと。
これでサゲ。
1席目と同様に淡々と語るスタイルだが、マクラを含めて味のある高座だった。
ネタに出た、女性にモテるための十則、今でも参考になるかも。

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2017/01/18

#70人形町らくだ亭(2017/1/17)

第70回「人形町らくだ亭」
日時:1月17日(火)18時50分
会場:日本橋公会堂
<  番組  >
前座・橘家かな文『松竹梅』
春風亭一之輔『味噌蔵』
柳家小満ん『羽衣』
五街道雲助『電話の遊び』
~仲入り~
柳家さん喬『夢金』

今年初めての人形町らくだ亭はレギュラーのさん喬、雲助、小満んにゲストの一之輔を加えての顔ぶれ。
演目では小満んや雲助が珍しいネタを選び、仲入り後はさん喬の長講という構成。
感想はレギュラー3人に絞り、他はアッサリと。

一之輔『味噌蔵』
注文が2点。
①奉公人たちが時々近くの居酒屋に行くと言っていたが、それなら日頃から自分たちの食べたいものを食べられる機会があったということになり、前後の話と矛盾する。
②奉公人たちの宴会の場面にもっと時間を割くべきでは。それがあるからこそ、主人が夜道を戻ってくる場面との対比が鮮やかになる。

小満ん『羽衣』
志ん生の持ちネタだったが、以後は演じ手が少なく、今では小満んの高座で知られている。別題は『羽衣の松』『三保の松原』。
マクラで羽衣と天女の蘊蓄が語られ、その中で遊女の着る「仕掛け(打ち掛け)」を屏風にかける形が、天女が松に羽衣を掛ける姿と重なるという諺が紹介される。
ストーリーは三保の松原での羽衣伝説を落語に仕立てたもの。
天女が三保の松原に降りてきて、あまりの景色の美しさに着ていた羽衣を松にかけ、素足で浅瀬に入り遊んでいた。
そこを通りかかったのが地元の漁師・伯梁(はくじょう)と言う男。酔っぱらっていたが、あまりに良い香りがするので松に近寄ると真っ白な布。これを質入れしてまた一杯呑めると上機嫌で立ち去ろうとすると、「のぅのぅ、それを持ち去られるは、天人の所持なす羽衣と申すものなり。みだりに下界の人の持つものにあらず。我に返したまえ」 と言って、金鈴を振るわすような声がした。
伯梁は拾ったものは俺のもの、グズグズ言うなら羽衣をひっちゃぶいちゃうと傍若無人な振る舞いに、呆然とたちすくす天女。
そこへ一陣の風が吹き、天女の裾が揺れて肌がチラリと見えた。
伯梁は、これが世にいう天女か、男として生まれたからには3日でもいい、俺と夫婦になれば羽衣は返してやると言い出す。
ここで天女の態度がガラリと変わり、「随分と濁った水も飲んできた。天の川じゃ心中のしそこないもしてきた」などと啖呵を切る。
お望み通り女房になってやると約束して、とにかく羽衣がないと動けないからと言って、伯梁に後ろから羽衣を掛けて貰う。
途端に天女の姿は空中高く舞い上がったから、驚いた伯梁が「おい、天人さん。今言った事は、どうしたんだい?」 。
天人が雲の間から顔を出して、「ありゃ、みんな、空言(そらごと)だよ」
でサゲ。
最初は優雅な言葉遣いだった天女が、いきなり開き直って蓮っ葉な遊女の口調になる所がミソ。マクラでの仕込みが効いている。
風で天女の裾が乱れる所では、マリリンモンローの『七年目の浮気』 のシーンが語られるなど、遊び心が溢れていた。
いかにも小満んらしい、洒落た高座。

雲助『電話の遊び』
元は上方落語の2代目桂文之助の新作『電話の散財』を2代目林家染丸が改作したものらしい。東京では5代目の俗称デブの圓生が演じていたという。
ベルが電話を発明した翌年には東京で設置されたそうだ。
私も一度しか使ったことがないが、昔の交換手を呼び出して相手につなげて貰うというタイプだ。話し中に混戦することも多く、その場合には「話し中」というと解消される、そんな時代の話。
若旦那が区議会議員選挙に立候補するというのに、父親は連日にように芸者幇間を引き連れての茶屋遊び。それでは扇橋に差し支えるというので、せめて選挙中だけでも遊びはやめるよう父親に約束させる。
それでも遊びに出かけようとする父親に番頭が、それでは贔屓の芸者に電話で唄ってもらい、父親はそれを電話口で聞きながら楽しんだらと提案し、さっそく電話を通した宴会が始まる。
「梅は咲いたか」「磯節」が唄われ父親は大喜び。途中で話し中になって中断されるが、その度に「話し中!」と言って続ける。
やがて若旦那が戻ってきて父親の姿に呆れ説教を始めると、父親は
「話し中!」でサゲ。
噺の中身より、お囃子の太田そのの唄に合わせて雲助が踊りまくり、それが途中で度々中断されまた再開される繰り返しの可笑しさが見所。
遊び人の父親と堅物の若旦那という落語には珍しい組み合わせの噺を、雲助が楽しそうに演じていた。
このネタは、他では雲助から教わった三遊亭遊雀が高座にかけている。

さん喬『夢金』
この人の高座では時々首をかしげる演出があるが、このネタもそうだった。
通常の高座では、夕刻に船宿を訪れた男女の姿が、次のように紹介される。
先ず、先に入ってきた侍が「雪は豊年の貢とは申せ、かよう過分に降られては」と言いながら、着物に付いた雪を手で払い落す。これで外は雪が降っていることが観客に分かる。
次いで、侍と娘の姿が語られる。
侍の方は、年の頃はは三十ばかり、黒羽二重が色あせた赤羽二重の黒紋の羽織、博多の帯のぼろぼろになったのを着ている。
娘の方は、年のころは十六、七、お召し縮緬の小袖に蝦夷錦の帯を締め、小紋の羽織に文金の高島田、お高祖頭巾をかぶっている。
明らかに不釣り合いの二人の姿が、この後の展開を予告している。
もう一つ、ここの描写は極めて絵画的なのだ。観客からはまるで芝居の一場面を見る様な思いになる。
従って、このネタを演じる際にはここの描写は欠かせない。
だが、さん喬は侍のセリフや雪を払う仕草をカットし、娘に至ってはどんな姿(下駄の鼻緒が切れたという設定だった)をしていたのか触れずじまいだった。
これは瑕疵なのか、それとも計算ずく?
そうした反面、侍と船宿の主との会話に余計な時間をかけ、娘を屋形船に案内する際に船頭が芝居の話題を振ったり、船への乗り込み方を説明したりする。
いずれも無駄だ。
大川へ出てからの船頭がセリフの合間に「エッヘッへ」という軽い笑いを挟むのも感心しない。これでは卑屈に見えてしまう。
後半の、娘を殺すのを手伝えと侍が船頭に迫る場面から、中州に侍を置いてきぼりにして娘を無事に実家に届ける所は申し分なかっただけに、前半の演じ方に疑問が残った。

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2017/01/16

吉弥『質屋芝居』・三三『元犬』ほか(2017/1/15)

「柳家三三・桂吉弥 ふたり会」
日時:2017年1月15日(日)14時
会場:紀伊国屋サザンシアター
<  番組  >
開口一番・桂そうば『手水回し』
桂吉弥『質屋芝居』
柳家三三『二番煎じ』
~仲入り~
柳家三三『元犬』
桂吉弥『一文笛』

年に一度の三三・吉弥ふたり会。東西の人気と実力を備えた二人の会とあって会場は満席だったようだ。
5席演じられたが、注目の2席を先ずとりあげたい。

吉弥『質屋芝居』
歌舞伎でお馴染みの『仮名手本忠臣蔵』、落語の演目の中でも数多くとりあげられている。
各段の構成は以下の通り。
大序:兜改め
二段目:桃井若狭介屋敷
三段目:進物場、刃傷場(喧嘩場)
四段目:判官切腹
道行旅路花婿
五段目:鉄砲渡し、二つ玉
六段目:勘平切腹
七段目:祇園一力茶屋
八段目:道行旅路嫁入
九段目:山科閑居
十段目:天河屋義兵衛宅
十一段目:討ち入り

今年、桂文我が東京で「忠臣蔵通し公演」というタイトルで行った演目は以下のようにネタ出しされていた(未見)。
大序:『田舎芝居』
二段目:『芝居風呂』
三段目;『質屋芝居』
四段目:『蔵丁稚』
五段目:『五段目』
六段目:『片袖』
七段目:『七段目』
九段目:『九段目』
十段目:『天野屋利兵衛』
十一段目:『三村次郎左衛門』

東京の高座にかかるネタは、次の通り。
四段目:『淀五郎』『四段目(蔵丁稚)』
五段目:『中村仲蔵』
七段目:『七段目』

こうして見るとやはり上方落語の方がネタは豊富だ。
この日、吉弥が演じたのは『質屋芝居』、忠臣蔵の三段目にあたる。
あらすじは。
ある質屋、主人から番頭、丁稚にいたるまで家内中が芝居好き。
そこへ客が来て、急に葬礼の送りに必要になったので質入れしていた葬式の裃(かみしも)を出して欲しいと、質札と現金を持ってきた。
主人の命令で定吉が蔵に行って裃を探していると、隣りの稽古屋から、三味線の音が聞こえる。その音につられて定吉は裃を身につけると、忠臣蔵の三段目“喧嘩場”を一人で演じはじめる。
店にはもう一人客が来て、先日質入れした布団が貸し布団で、蒲団屋から返せと迫られているので、直ぐに請け出して欲しいと質札と現金を持ってきた。
今度は番頭が蔵に行くと、定吉が目をむいて喧嘩場を演じている。そこで布団を塀の書割に見立て、三段目の内”裏門・塀外の場面”の場を二人で演じ始める。
客がいつまでも品物が戻ってこないと文句を言うと、今度は主人が蔵へ行くと番頭と定吉が大立ち回りの真っ最中。そこで主人は木戸番に扮してしまう。
二人の客がもう待てないと蔵へ乗り込んでくると、裃も布団も芝居に使われてメチャクチャ。怒って中へ入ろうとすると、木戸番の主人に止められる。
「中へ入んねやったら、札は?」
「札は表で、渡してます。」
でサゲ。
芝居の木戸銭の札と、質札の札を掛けたものだ。
質入れを経験したことが無い人が今では大半だろう。三段目の”裏門・塀外の場面”の場もお馴染みでないので分かり難いかも知れない。
吉弥は得意の芝居仕立てで三段目の見せ場をタップリと演じ好演。上方落語らしい華やかな新春の高座だった。

三三『元犬』
しばしば前座が演じるネタだが、三三クラスが演ると面白くなる。犬の動きも研究しているようだ。
通常と大きな違いはサゲ。隠居が「ほら、お湯がチンチンいってるから」と言うとシロがチンチンの真似をする所までは一緒だが、使いから戻ってきた”おもと”まで同じようにチンチンの真似をする。
そこでシロが”おもと”を見て、「あ、おっかさん」でサゲ。
一足先に人間になっていた母親とシロが、ここで再会できたというわけだ。
古典を主に演じている三三だが、以前から新作落語にも挑戦している。その影響からか古典をプチ改作する手法も目立つ。
このネタでも、隠居から聞かれてシロが身の上話をする際にサゲを仕込んでいて、よく考えられている。成功例だと思う。

その他は駆け足で。
そうば『手水回し』、雀々を思わせる高座で、特に長頭(ちょうず)を回す場面が良く出来ていた。

三三『二番煎じ』、番小屋から外へ出た時の寒さがあまり感じられなかった。寒暖の差の表現はこの噺の大きなポイントなので、惜しまれる。

吉弥『一文笛』、マクラでとりあげたNHK連続TV小説の話は面白かった。ネタは想定内の出来。

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