« 2005年2月 | トップページ | 2005年4月 »

2005/03/30

気をつけよう、甘い言葉とSBI

kitaoフジサンケイVSライブドアの一騎打ちに、白馬にまたがった騎士が駆けつけました。北尾吉孝という人だそうです。新聞にSBIのCEOと紹介されてましたが、私の奥さんには全く意味不明です。ソフトバンクインベストメント社の最高経営責任者だよと説明しても、まだよく理解できない様子でした。
M&AがどうのこうのとTVで話ししていたら、“あら、あなたが前にいた会社じゃあない。”と言っておりました。会社はA&AMでしょうと突っ込んだのですが、キョトンとしていました。
こういう人は、置いてゆきましょう。

さて、その北尾氏、私には白馬の騎士というより、時代劇の悪代官ふうに見えるのですが、気のせいでしょうか。先日の記者会見での発言やしぐさは、いささか胡散臭い人物とお見受けしました。
①私はM&Aの日本での第一人者
本当に第一人者の人が、自分のことを第一人者だと言うのを聞いたことがありません。松下幸之助さんが、私は経営の神様ですと言ったら、変でしょう。こういうのは、他人が評価することで、自分で言っちゃあイケマセン。
②私は約束は必ず守る
私は絶対にウソをつきません、と同じ意味ですね。絶対に裏切りません、絶対に浮気をしません、必ず金は返します、これらも同類です。
それでは伺いますが、長期保有の約束で国から買った“あおぞら銀行”の株を、米国サーベラス社に倍の金額で売っ払ったのは、一体どこのどなたでしたっけ? まさか、あれはソンだ、と言うんじゃあないでしょうね。
③片手にソロバン、片手に論語
と云われているそうです。記者会見のときも確か、韓非子を引用されていました。和魂洋才なのですね。実にご立派です。でも、こういう事は自分の信条として心に留め置くことであり、余りTVカメラの前で、漢籍に堪能であることを披瀝することもないと思いますが、いかがでしょう、北尾さん。
④私のここにと、自分の頭を人差し指で指すポーズ
野村證券時代から、海外経験が豊富と伺っていますが、あのポーズは海外ではアリなのですか。
私など素人からすると、あんなポーズをアメリカ人の前でやると、銃で撃たれるんじゃあないかと心配しますが。少なくとも、日本人からは反感買いますから、お止めになった方が宜しいと思いますよ。

北尾氏は野村證券に入社し、田淵体制の下でバブル崩壊後の後始末、大口ユーザーへの違法な損失補てんを指揮した中心人物だったようです。海外法人の経営という話も、その当時日本を離れていなくてはいけない事情があったとの噂もあります。
その手腕が買われて孫社長からソフトバンクに誘われ、ITバブルを演出して多額の資金を集め、今日のソフトバンクグループの財政的基礎を築いた人物だそうです。
さあ、ITバブルで大損コイタあなた、わら人形に“北尾”と書いて、釘を打って下さいよ。
一方のホリエモンは、最近心なしか元気が無く、可愛そうに見えてきました。

バブルの後始末で損失補てんを演出し、ITバブルを演出した北尾氏、今度はフジサンケイグループと組んで共同出資のベンチャーを設立して、一体何を演出してくれるのでしょう。
日枝会長様、白馬のつもりが泥舟だったという事にならないよう、くれぐれもご用心を。
気をつけよう、甘い言葉とSBI。

| | コメント (3) | トラックバック (3)

2005/03/28

終末期医療―ある裁判から―

kawasaki何とも切ない事件で、何ともすっきりしない結末だなというのが、この裁判の印象です。今回は、少々深刻なテーマを採り上げます。
1998年に川崎共同病院に入院した気管支喘息の重症患者に、担当医師が患者への延命治療を中止し、筋弛緩剤を投与して死亡させたという事件の裁判です。医師と検察側、患者家族との見解は、真っ向から対立しました。医師は家族の要請と了解の下に行ったと主張し、検察側と家族は医師が勝手に判断して行ったと主張していました。
この事件が不可解なのは、患者が死亡して3年経って、しかも家族からではなく同僚医師の内部告発から、事件が表面化したことです。

この裁判は、回復の見込みの無い終末期医療と安楽死という重要なテーマをはらんでいます。
回復の見込みが無くて、激しい苦痛に絶え間なく襲われる患者に対しは、ある意味主治医と家族との間のあうんの呼吸で、延命措置が止められ、死を迎えるというのは、過去にはそれほど珍しい話ではありません。
入院が長期にわたれば、患者の苦しみ、付き添い家族の肉体的、経済的負担を全く無視は出来ません。患者の生命の尊厳と、どこで折り合いをつけるかという決断を迫られるのです。
そこに家族から、“先生お願いですから、楽にさせて上げて下さい。”と言われれば、医師としては、これは家族が死を覚悟していると判断するでしょう。しかし後になって、家族は了承していなかった、そんなつもりではなかったと証言されれば、法的には今回の裁判のように、殺人罪が適用されてしまう、これは医師の側からすれば、厳しい判決だと思います。

一方では、体中にチューブを巻かれて無理やり生きさせているといった、家族から病院の延命治療に対する苦情も良く聞かれます。医師が最善を尽くし、患者が一命をとりとめたが後遺症が残り、あの時死なせてくれたほうが良かったなどと、家族から嫌みを言われるケースもあるそうです。患者の延命について、家族や親戚間で、意見が対立することもあります。
家族側にも、建前と本音があるのです。

25日に出された横浜地裁の判決は、懲役3年執行猶予5年でした。終末医療での的確な診断と患者や家族との意思疎通を指摘した判決理由は、妥当なものでしょう。今後生命に係わることは、暗黙の了解やあうんの呼吸は認められないということになります。

高齢化社会を迎え、終末医療、病院の医療体制、尊厳死、安楽死の問題は、私たち一人一人が避けて通れない問題です。
今回の裁判は、こうした課題を社会全体につきつけたものとなりました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/03/25

丹下氏、そして都庁舎のこと

tocho以前読んだもので、有名人の追悼文を集めたものですが、印象に残っている本があります。追悼文というのは、著名な方が亡くなったときに新聞や雑誌に、故人の業績や故人の思い出を綴ったものですね。これが、明治とか大正時代の追悼文には、結構本人を批判したものが掲載されていたのです。
作品はともかく性格や生活に問題があったとの指摘や、中にはこの作家は現在売れているが、十年もすれば世間から完全に忘れ去られるだろうなどと、辛らつな追悼文もあります。又、ご本人とは特に親しくなかったので、特に申し上げることもありませんと云った、今なら完全にボツになるようなコメントも載っていて、なかなか面白かったと記憶しています。
追悼文が、故人をやたら褒め称えるようになったのは、割と最近なのですね。

22日に丹下健三氏の死去を伝える記事や追悼文(ネットを含め)を読んで、少々感じたことがあります。
丹下氏は日本を代表する世界的な建築家であり、文化勲章を始め数々の栄誉に輝く建築界の巨匠とされ、氏の設計になる建築物にも多大な賛辞で埋め尽くされています。
しかし、私の知る限りではかなりの毀誉褒貶のあった方とお見うけしていました。
建築に関して門外漢なので、間違っているかも知れませんが、すぐれた建築物とは、周辺の景観と調和を保ちつつ存在感を示し、そして何よりその建築物が優美で上品であることだと、私は思っています。この点からすると、後期の代表作とされる東京都庁舎やフジテレビ本社ビルのどこが良いのか、理解できないのです。
特に都庁舎は、バブルの塔と呼ばれている建築費用の無駄使い(不透明な金の話も一部ありました)、毎年かかる膨大な維持費、都民の一人である私にとって、ウラミの対象でしかありません。

話しは変わりますがソフトバンクという会社、プロ野球といい、フジテレビといい、高みの見物をしていて最後の一番美味しいところをサラって行く、漁夫の利ネライですね。
孫さん、名前はソンなのに、いつも得してばかりいて、ちょっと汚くありませんか。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2005/03/24

労組使ったヤラセ

hiedaフジサンケイグループ対ライブドアのバトルは、相変わらずTVニュースでトップ扱いが続いています。私は、この問題がそれほど報道価値のあることかと疑問に思っています。ただM&Aだ、時間外取引だ、ホワイトナイトだ、LBOだという様な金融・証券関係の用語を、一般国民に広めた功績は認めます。
まあどっちが勝とうと、アッシにゃあ係わりのねえことでゴザンスが。
しかし、連日報道されているフジサンケイ側の対応策は、いかにもセコイ。自分たちの地位に恋々とし、自己保身に汲々としているさまは、余りに見苦しい。”正論”は、どこに行ったのでしょう。
特にいけないのは、社員総会を開いて反対声明を出させるとか、果ては急遽労働組合を作らせ、ライブドアが乗り込んできた時はストまで構えさせるといった、末端社員を巻き込んでいることです。日枝会長や亀淵社長は、社員の総意などと仰ってますが、サラリーマン経験者なら誰だって、現経営者のヤラセであることは、お見通しです。

もう一つ、こちらは大阪市の事例です。
ヤミ給与、ヤミ手当て、ヤミ年金、市の財政から毎年驚くほどの金額が、市職員に渡っていたことが発覚して、大きな問題となっています。
世論に押されて、一応「都市経営諮問会議」を設置し、不正支出を撤廃する方向で提言を出しましたが、市労組がこれに反発しているとの報道です。もちろんこれは陰で市当局が、労組が反対するよう仕向けているのでしょう。その後、関市長は「諮問会議」自体も解散すると発表しましたが、結局は棚上げ狙いですかね。
大阪市というのは、過去連続して5期、助役が市長に選ばれています。選挙といえば、毎回共産党を除く各党相乗りの無風選挙です。
大阪市では、市職員が選挙で応援した見返りに、当選した市長がヤミ金を市職員にバラマクという構図が固定化していました。市労組もお先棒を担いできたわけです。
この構図、大阪市だけでなく、日本全国どこにでもありそうですね。

労働組合もこんなことを続けていたら、自殺行為です。
労組本来の使命に立ちかえり、責任ある行動を示さないと、労働組合員の組織率はますます低下することになります。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2005/03/21

ジュンとヨネ

junyoneヨネ“ネエ、あんた、ウチのボスに、去年の10月に牛肉輸入を再開するって、約束したじゃない。もう半年も経ってんのに、どうしてくれるのさ。”
ジュン“まあ、そんなコワイ顔して怒らないでよ。こっちにも色々家庭の事情つうものがあるのよ。”
ヨネ“なによ、その事情って。どうせまた、食品安全委員会とかが、どうたらこうたらって話しじゃあないの?”
ジュン“そうなんだよ。オレさあ、最初はもっと簡単にいくと思ってたよ。だけど、ウザイヤツが多くてさあ。20ヶ月以下の牛の判定方法がどうとか、危険部位がどうとか、まあうるせえこと、うるせえこと。”
ヨネ“だって、あんたはボスでしょう。こうしろと命令すりゃあ、それで済むことじゃあないの。”
ジュン“あんたんとこのボスと違って、オレさあ、あんまり権限ないんだよな。ほら郵便局を民間に移すことだって、なかなか進まないんだから、分かってよ。”
ヨネ“アタシねえ、そんなしょうもないグチ聞きに、わざわざ遠くから出張ってきたんじゃあないんだよ。とにかく、いつからウチの牛肉入れてくれるのか、ここではっきりしてよ。”
ジュン“だから、安全が保証されたら、すぐやるよ。”
ヨネ“あんたねえ、安全安全っていうけど、こっちは3億人の国民が、毎日毎日ビーフステーキを食べてんのよ。それで、誰もBSEになんか感染していないんだよ。これ以上の安全保証は無いでしょう。あんたんとこみたいに、たまに牛丼食べてるような人種とは、わけが違うんだから。”
ジュン“分かってるって。早めに輸入するよ。そうおたくのボスに伝えてよ。”
ヨネ“あんた、軽く考えてるようだけど、ウチのボス、相当オカンムリよ。金正ミサイルが飛んできても、オレは知らねえぞって怒ってたわよ。”
ジュン“そりゃあ、困るよ。”
ヨネ“あんたたち、食の安全保証って騒いでるけど、命の安全保障ができなくなるわよ。”
ジュン“牛肉だけに、モー、勘弁してよ。”

| | コメント (6) | トラックバック (3)

2005/03/19

カフェの女給さん

jokyuu戦前に生家がカフェをしていた関係で、戦後も母と当時の女給さんたちとの交流がありました。父は水商売の自営業者らしからぬ人間嫌いで、家の外交は、姐さん肌の母の仕事でした。ですから元女給さんたちも、母を慕って家に出入りしていました。

女給さんになる人は色々な事情を抱えていて、地方から上京してきた身寄りの無い女性もいたし、中には女郎さんが歳をとったので卒業して女給になったという人もいて、結婚して子供もいましたが、見たところはごく普通の家庭の奥さんでした。
驚いたのは、相手の旦那、これも例外なくサラリーマンなどカタギの人たちでしたが、その女性の素性を知っていて結婚していたんです。
まあ考えて見れば、昔の娼婦は合法であったわけですから、彼女たちも一職業婦人だったのです。この辺りの感覚、特に娼婦に対する偏見と差別意識は、現在のほうがずっと強いですね。

戦後その内の一人が旅館を開いたというので、母が小学校1年生の私を連れて訪問したことがありました。その旅館というのが、当時でいう連れ込み旅館(今のラブホテル)だったようなのですが、女性従業員が沢山いた所を見ると、むしろ赤線に近かったんだと思います。
そのうち母が急に帰ろうと言い出して、早々に帰宅したのですが、後で聞いたら母がたまたま通りかかった部屋で、旅館の人が女性従業員へお仕置きしている現場を見てしまったんだそうです。

別の女性で芸者をしていた人がいたのですが、旅回りの役者に入れあげて金を貸し、返してもらえないと母に泣き付いてきたことがあります。この時も母はなぜか私を連れて、その大衆演劇の座長をしていた役者の家に取り立てに行きました。そうしたら、病気で寝ていた無精ひげの風采の上がらない男が出てきました。それが座長だったんです。
結局手持ち無いということで、そのまま帰ってきました。後で母が、なんであんな男に入れあげたんだろうと嘆いてました。

元女給さんたち一人一人の行く末は、まるでドラマを見ているような気がします。
私も母のお陰で、幼い頃から随分と社会勉強をしてきました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005/03/17

中国は汚職を無くせるか

kokintou中国の第10期全人代が、3月14日閉幕しました。
今回の大会は、胡錦濤が党・国家・軍の長となり全ての権力を掌握したこと、台湾の独立を阻止するための反国家分裂法を決議したことが、最大の注目点となりました。
この陰に隠れましたが、もう一つ大事なテーマとして、中国国内の汚職・腐敗の一掃がありました。
この件での決議には、3割近い反対・棄権票が出たのですが、これは中国の政治体制の中では異例のことです、それだけ、この問題が中国にとっていかにデリケートな問題かが、窺えます。

結論的に云えば現在の中国で、汚職・腐敗の一掃など出来ません。
2年前の中国旅行で、若い夫婦が幼い子供を3人連れて歩いているのを見かけました。不思議に思って連れの中国人に聞いて貰ったら、お金さえ払えば二人でも三人でも子供は生めるのだそうです。文字通り地獄の沙汰も金次第の社会なのです。この先にあるのは、金のためなら何でもする、拝金主義の社会でしょう。

その時、私は周りにいた中国人に、現在の一人っ子政策の法律はどうなっているかを尋ねたのですが、誰も知らないとの答えでした。頻繁に法律がかわるので分からないのだそうです。
不便じゃないかと聞くと、欧米や日本は法治国家だけど、中国は人治国家だからとの答えが返ってきました。つまり一応法律はあるが、その運営はかなり弾力的に、言い換えれば担当者のさじ加減によって柔軟に運用されているということですね。
中国に進出した日本企業で、この柔軟な税制(わけの分からない協賛金、寄付金などを含む)によって苦しんでいる例が多いのです。

人冶国家に拝金主義の風潮、中国の汚職も腐敗もこれからも増え続くてゆくと思われます。
本気で一掃しようと思うなら、国のシステムを根本的に変える以外ありません。しかしそれは、現政権を否定することになりますから、今の中国政府がやるはずがありません。しかし一方、汚職・腐敗が広がれば広がるほど、繁栄から取り残された農民など内陸に住む人々の不満が高まるのは必至です。
政治は社会主義志向、経済は資本主義に向かうという中国の危うい綱渡りは、案外この辺から崩れていく可能性があります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/03/15

”ならず者”はどの国か

israelかつて米国ブッシュ大統領は、イラク、イラン、リビア、北朝鮮を名指しで、ならず者国家と呼び非難しました。その後イラクは制圧し、リビアのガダフィを屈服させたので、残ったのはイランと北朝鮮ということになります。

しかし、最大のならず者国家は、なんといってもイスラエルでしょう。
パレスチナの人々を武力で追い払い、ここは我等の聖典に示された約束の地などと勝手に宣言して、建国してしまったのですから。
米国は、アラブ地域での親米政権の誕生を歓迎し、武器を送り資金援助をしました。
もちろん先住民のパレスチナ人は抵抗するのですが、片やミサイルに戦闘機に戦車で、もう一方は小銃と小石ですから、最初から勝負にならないのです。

こうしたイスラエルの行為は誰が考えても道理に合わず、本来は米国の正義と民主主義の理念にも反するのです。
ところが米国は、在米ユダヤ人の米政府と議会への活発なロビー活動が奏功して、依然としてこうしたイスラエルを資金と武器で後押ししています。
欧州各国は、先の大戦時のユダヤ人ホローコストが尾を引いていて、この紛争解決に腰が引けています。
絶望的になったパレスチナ人とそれを支援しているアラブの人々は、最後の手段として自爆テロに訴えます。イスラエルの武器の大半がアメリカ製ですから、米国の施設も狙われることになりました。
テロの根元は、アフガンでもイラクでもビンラディンでもフセインでもありません。
イスラエル対パレスチナの中東問題なのです。
アラファトの後任に穏健派のアッパス議長が就任し、中東和平交渉が前進しかけていますが、交渉の行方は予断は許しません。

宗教的信念と世俗的利害が結びつくと、時に最悪な事態をもたらします。
現在の日本でも、決して他人事ではありません。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005/03/13

中西”一悪”代議士

nakanishi中西一善という自民党議員が、3月10日強制ワイセツで現行犯逮捕されました。何でも現職国会議員の強制ワイセツ逮捕は、憲政史上初めてとのことで、歴史にその名を残すことになりました。
この人は、私の住んでいる選挙区の代議士です。こういう人物を選出したことを全国の有権者の皆さんにお詫び申し上げます。と云ったって、私はもちろん投票してませんよ。

この地域はかつて中選挙区の頃、石原慎太郎が圧倒的な強さを誇っていました。例の石原軍団を引き連れての派手な選挙で、常にトップ当選だったような気がします。
ある時、同じ党派から新井将敬が立候補したのですが、投票日直前に、その選挙ポスターに“北朝鮮より帰化”というシールが一斉に貼られるという選挙妨害がありました。その後これは石原陣営がやったことが分かり、告訴にまでなりました。
慎太郎はん、ゴッツウえげつないこと、してはりまんなあ。
新井将敬は、その後国会議員に当選したのですが、証券スキャンダル事件の渦中に、自殺してしまいました。ただ死因には不審な点もあり、未だに他殺説も根強く残っています。
ここは、何かと話題の多い選挙区です。

ところで中西一善は、日ごろ”一日一善”をスローガンにしていたそうですな。それが”一夜一悪”で御用となったのは皮肉なことです。
この言葉で思い出したのですが、むかし競艇の元締めをしていて、「一日一善。お父さんお母さんを大事にしよう。」と、T Vコマーシャルで叫んでいた方がいらっしゃいましたね。あの方も陰じゃあ、相当あくどいことをされていた記憶があります。

どうも、一日一善だの親孝行だのを売り物にしている人物というのは、概してウサン臭い人が多い気がします。

| | コメント (0) | トラックバック (3)

2005/03/11

”ほめく”開館1ヶ月

毎度当館をご利用いただき、有難うございます。
お蔭様でオープンして1ヶ月が経ちました。
当館の記事について多くのメールを頂き、又トラックバックやコメントを寄せて頂いた方々に、この場を借りて御礼申し上げます。
管理人の実感としましては、予想以上の反響に少々驚いている反面、プレッシャーも感じてきております。
毎回の記事作成にあたって考慮していること、blogを始めて感じたことを、二,三述べて見たいと思います。

記事を書くにあたって、やはり不特定多数の方に公開することが前提ですので、内容の正確を期する必要があります。テーマに取り上げる人物や事柄は、出来るだけ事前に下調べを行っています。
コラムなので、いちいち出典や参考資料を明記していませんが、いい加減なことは書いていないつもりです。

原則として、1日置きに新記事をアップしています。記事の作成に要する時間は、下調べを含めると1本2時間以上かかっています。
ご存知の方もおられるでしょうが、別館も運営しています。一応公開にはしていますが、向こうは自分自身のための記録として書いてますので、1本30分ほどで仕上げていますが、あちらも一日置きなので、両方あわせて結局毎日1本記事を書いていることになります。日によっては負担を感じることもありますね。
毎回テーマに即した画像を選択するのも、一仕事です。

1回の記事の長さは、2-3分でさっと眼を通して頂けるように、1000字以下にまとめています。あまり厳密ではありませんが、長過ぎないよう心がけています。

シモネタを書く時も、政治経済をテーマにする時でも出来るだけ同じ文体で書くように気をつけています。
それと最後の2-3行に、ちょっとしたオチをつけることも、共通のスタイルとしています。

しばらくはこのペースで当館を続けるつもりですので、引き続きご愛顧頂くようお願い申し上げます。

管理人敬白

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2005/03/09

東京大空襲

kuushuu今年は東京大空襲60周年にあたりますので、今回はシリアスな話題です。
1945年3月9日深夜から10日未明にかけて、米軍は東京の下町を中心に大規模な爆撃を行いました。被害が広い範囲に及び、戦時下ということもあって、正確な死者の数は今もって分かりません。色々な統計資料から、8万人とも10万人以上とも推定されています。

第一次世界大戦までの戦争というのは、主に兵士同士の戦闘でした。
これが最初に破られたのは、1937年のナチスによるスペインの小さな村ゲルニカへの爆撃だといわれています。この爆撃は、当初から非戦闘員である村人の殺戮だけを目的にしたもので、これ以後の戦争の形態に大きな影響を与えました。
つまり早く戦争に勝利するために、一般市民を殺傷することを目的とした爆撃が次第にエスカレートしてゆきます。この延長上に東京大空襲がありました。

東京大空襲が、なぜこれほどの被害になったのかは、その後の調査や当時の記録、体験談の掘り起こしの中で、次第に明らかになっています。
米軍の方にはかなり詳細な記録が残されており、爆撃に加わったB29は325機、投下した焼夷弾は361855発となっています。これは毎秒45発の焼夷弾を2時間15分間落とし続けた計算になります。
先ず、目標とした下町の外周に石油を撒き、その上に焼夷弾を落とします。すると周りが全て火の海となり、逃げ道がふさがれてしまいます。その後に住宅密集地を狙って膨大な焼夷弾を投下したため、逃げ場を失った多くの市民が命を失いました。
いくら戦争とはいえ、ずい分ひどい事をしたものです。

子供たちの犠牲も多かったのですが、実は東京の子供たちの多くは学童疎開で、既に地方に移っていたのですが、なぜかこの年の初め頃から東京に戻されていました。小6だった私の兄も大空襲の直前に東京に戻っていました。なぜこんな危険な時期に、敢えて学童を東京に戻したのか、真相は不明なようです。

この大空襲を指揮し、さらに広島、長崎の原爆投下にも深く関わっていたのが、米軍爆撃隊司令であったカーチス・E・ルメイ将軍です。彼は前任者が市街地爆撃に消極的だったことを批判し、この作戦の責任者に抜擢されました。
ところが1964年に日本政府は、ルメイ将軍に対して勲一等旭日大綬章を贈っています。こんなことをしたのは、世界中探しても日本だけでしょう。

人間は悲しいかな、成功体験に引きずられるものです。恐らく米軍は現在イラクで、同じ様な事をしてるんでしょうね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/03/07

懐かしの銭湯

sentou昭和30年代の前半の頃までは、東京ではうち風呂を持っている家は少なかった。
だから大抵の人は、銭湯に行ってました。
私は母親と一緒に風呂に行ってたので、小4くらいまで女湯に入ってました(スミマセン!)。

今の方ご存知ないでしょうが、その頃はまだ和服で風呂に来る女性がいました。
下着は腰巻なのですが、紐を解くときタオルを口にくわえてまして、腰巻を下に落とす瞬間、口のタオルがストンと下に落ちてきて、それを身体の中央部あたりで片手で受け止めるんです。それはもう目にも留まらぬ早さでした。昔の日本女性は、実に慎み深かったのです。

当時女性が髪を洗う時は別料金でして、金を払うと木の札と楕円形の桶が渡され、それで髪を洗えるんです。男は洗髪がタダなのですから、おかしな話しでしたね。
”流し”という制度がありました。
お金を払うと木の札が渡され、頃合を見計らって、サンスケと呼ばれる男の人が来てくれます。それで背中を流して、肩をマッサージしてくれるんです。肩に手ぬぐいを掛けて、その上からパーンパーンといい音を出して、叩いてました。
サンスケは勿論女湯にも入って来ます。格好は白い海水パンツのようなビチッとした下着1枚でした。そんな格好の男が、女湯の中を歩き回っているのですから、妙な光景でした。
当たり前ですが、周囲は全員が全裸の女性ですから、噂によると余り敏感な男は、この職業には向かなかったそうです。
女湯では、やはり若くて色白で、男前のサンスケに人気がありました。今で云うと、多少ホストみたいな要素があったのかも知れません。

男湯と女湯の間は仕切りがあるのですが、上の方が少し空いていました。
家族で風呂に来ている場合は、”もう出るぞー”と相手方の風呂場に声を掛け合っていました。
たまには、“オーイ、せっけん貸してくれー”などという声も掛かります。
”赤ちゃん頼むわよー”と母親が女湯から声をかけると、父親とおぼしき男の人が風呂場から脱衣場に向かいます。しばらくすると、風呂屋の女中さんが、女湯からバスタオルに包まれた赤ちゃんを男の所に運んできます。母親の方は、それから自分の身体を洗うのです。

中学に入ったころ、銭湯の開店時間に合わせて、一番風呂に入りました。これには訳があって、普通では人が入れない位熱い湯に、一人で平気な顔で入っています。すると後から大人の人がきて、何気なく入ろうとすると、これが熱くて入れない。水でうめようにも、目の前に子供が入っているので、湯船の前でマゴマゴする、その格好を見るのが楽しかったんですね。

風呂屋の中に中庭があり、周囲に縁側がありました、夏などはそこに扇風機が置かれてました。
涼みながら世間話に花が咲きます。銭湯は一緒のサロンであったわけです。
 銭湯で 上野の花の 噂かな

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005/03/05

今度は武井一族

takeiあんまり腹がたったので、予定を差し替えて武富士の話しです。
武井保雄前会長が、長男武井俊樹に1600億円(単位、間違えてないですよ)の贈与をし、1300億円の税金のがれをしていたことが発覚したとのこと。納税が実現すれば過去最高、しかもダントツの個人納税額となります。
どうせこれでも、武井一族の資産のごく一部なのでしょうから、全財産というのは見当もつきません。
それにしても武井前会長、盗聴の後は脱税ですか。
武井といい、堤といい、富豪一族というのは、どうしてこうやる事がセコイのでしょう。
あー、やだやだ、だからオレは金持ちが嫌いなんだ。

もっとも今回の脱税の件は、当時の税法で”海外の資産を、海外に居住する人間に贈与する場合は、非課税”という規定があったのだそうで、法律上不備があったのも確かです。
武井一族は、この条文のスキを上手くついたつもりだったのでしょう。
最終的には裁判で争うことになるのでしょうが、庶民の私としては、法律の文言解釈ではなく、実態として脱税であったという司法の判断を待ちたいと思います。

武井保雄は高利貸しから身を起こし、一代で現在の日本一の消費者金融(早く言えば、サラ金)に育てた立志伝中の人物です。
彼の創業当時のエピソードを読んだことがありますが、貸し出し先は女性をターゲットにしていたそうです。
うん、なんか分かる気がする。
貸し出し限度額は、美人ほど高く設定し、そうでない女性はそれなりの限度額に抑えるという、実に合理的な運用をしていたようです。その理由は、美人だと借金を男が払ってくれるからだそうです。
へえー、そうなもんすか、ちっとも知らなかった。
後は、相手先の家の玄関先から庭先まで入って行って、家の掃除や洗濯物の取り込みがきちんとされているか調査し、家事をちゃんとやる主婦には、やはり貸し出し限度額を高くしたそうです。
どうですか、そこの奥さん、そうあなた、参考になりましたか。

武井という人は、確かにお金儲けには、特別の嗅覚と才能があったのでしょう。
創業当時は、法の網をかいくぐって必死で会社を大きくしてきたのでしょう。
しかし大企業に成長すれば、企業の社会的責任が生じてきますし、その経営者もコンプライアンスが要求されます。
それをいつまでも、若い時と同じやり方で違法スレスレの行動を続ければ、やがては社会から糾弾され、法的な処罰を受けるのは避けられません。
  手に取るな やはり野に置け れんげ草

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005/03/04

相撲界、期待の大器

hakuho大相撲春場所が近づきました。
私が小学校の時代は、相撲はポピュラーな遊びでした。
校庭に、沢山の円(つまり土俵)が書かれ、子供達はあちこちで相撲をとっていました。今では絶対に見られない光景です。でも一説によると、子供が相撲をしなくなってから、日本人に腰痛になる人が増えたんだそうです。
私は栃錦の時代からの相撲ファンで、今でも本場所が始まるのを毎回楽しみにしています。

しばらく朝青龍一人勝ちの時代が続いていましたが、最近になってようやくライバルとなりそうな力士が現れました。白鵬です。
先ず身体つきが素晴らしい。あの体型の力士は大横綱になる可能性を秘めています。
今年1月初場所の初日に国技館で観戦したのですが、朝青龍との結びの一番の場内の歓声がすごかった。例えて云うなら、悪人が支配する街に、正義の保安官が乗り込んできた場面での、映画の観客の反応に似ていました。白鵬が踏み越しで負けた時のため息の合唱は、今の相撲ファンがいかにニューヒーロー出現を渇望しているかの現れでしょう。もちろん強すぎる朝青龍に罪は無いんですが。

3/1の朝日新聞夕刊に白鵬のインタービュー記事が載っていたのですが、この中でつらくてモンゴルに帰りたくなった時はないかとの質問に対し、
―なかったですね。稽古もつらくて大変でしたけど、お父さんがモンゴル相撲の横綱だったので、息子が日本の相撲をやめて、逃げて帰ってきたと言われたくなかった。お父さんに恥をかかせたくなかったですしね。
土俵に上がった時に、どんなことを考えるかという質問に対しては、
―目をつぶります。そうするとモンゴルの草原が浮かんでくるんです。そして、両親や苦しい稽古のこと、親方の言ったことを思い出す。その後は相手に集中します。
いい言葉ですね。この辺が彼らの強さの秘密なのでししょう。

最近、相撲界は外国力士の活躍ばかり目立ち、中には又もやモンゴルか、などと落胆する向きもあります。なあに、毎場所世界選手権をやっていると思えば良いんです。
だから私は、千秋楽の表彰式のときは、優勝力士の国の国歌を演奏した方が良いと思っています。第一、毎場所モンゴル国歌を聞かされれば、イヤでも日本人力士が奮起するようになりますよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/03/02

暴発

akaho2月27日中津川市で起きた一家5人殺人事件は、小さな赤ちゃんまで犠牲になる大変痛ましい事件でした。
未だ全容は明らかになっていませんが、今のところ父親である介護施設の事務長が、自分の血族である家族を皆殺しにし、自殺を図ったと見られています。しかも飼い犬まで殺すという徹底ぶりです。
この男性は、普段は温厚な性格で、警察犬の訓練士もしていて、人望を集めていたようです。
確かに写真や、以前撮影されたビデオで見ても、その人柄が偲ばれます。
動機の解明はこれからですが、一種の暴発であることは先ず間違いないでしょう。
暴発による事件は、少年や若者だけではなさそうです。

少し前に起きた寝屋川市の17歳少年による小学校教師殺傷事件も不可解なものでした。
小学校時代の担任教師2人を殺し、自殺するつもりだったと供述しているようですが、なぜそう思ったかは分からないと言っているようです。
恐らく、この容疑者二人とも犯行に及んだ動機が、自分でも説明がつかないと思われます。

話は飛びますが、元禄14年江戸城中で、赤穂藩主である浅野内匠頭が吉良上野介に刃傷に及んだ事件が起こりました。世に云う『赤穂浪士』あるいは『忠臣蔵』の発端ですね。
この事件も私は一種の暴発と見ています。
先ず、浅野が吉良の下で勅使接待役を勤めたのは2回目であったことです。しかもこの2回目のときは、吉良自身が浅野を指名したもので、むしろもう一人の初めて接待役を勤める大名に対する指導役を期待していたのです。
又、刃傷事件は勅使接待の最終日のしかも午後で、もう間も無く終了のベルがなる直前ですから、なぜあのタイミングで切りかかったのか、理解に苦しみます。
ですから事件後の幕府の取調べでも、浅野内匠頭は犯行の動機を説明していないのです。
これも暴発としか考えられません。

ただこの事件の場合、気の毒なのは吉良上野介です。
当時、将軍綱吉からの信頼も厚く、又地元領民からは名君として慕われていた人物です。
一方的に切り付けられ、しかも本来は加害者である浅野側の家来たちにより、これ又一方的に押し入られたうえ殺害され、さらに抵抗が不十分であったとの理由でお家も取り潰しにあい、正に踏んだり蹴ったりです。
挙句のはて、現在に至るまで悪人扱いされているのですから、吉良上野介は、一人の思慮を欠いた大名が起こした暴発事件の、最大の被害者と言って良いでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/03/01

学力低下

gakuryoku日本の子供たちの学力低下が、今大きな問題として取り上げられています。
本当に学力が低下しているのかという議論はあるのですが、国際比較でも、ほぼ全教科通じて低下傾向にありますので、政府や教育関係者が危機感を強めているのは、一応肯けます。
しかし、ここで考えておかなくてはならないのが、例のゆとり教育の影響です。
生徒に教えるべき内容を簡素化し、授業時間を減らす事を主な内容とするもので、昨年春から完全実施となりました。
それでなくとも学校の授業時間は、徐々に減らされてきました。
私が通学していた昭和30年の小学校6年生の授業時間と比べると、平成10年では年間で約100時間も少なくなっています。それを更に少なくしようと言うわけです。
教科書も私の頃と比べると、各段に薄くなっています。以前、子どもの教科書を見て、あの薄さで本当に子供達は授業が理解できるのかと、疑問を持ちました。

学校教育の現場では、不登校、いじめ、荒れる学校など問題は山積みです。
しかし、こうした問題がゆとり教育によって解決されるとは思えません。
むしろ授業時間を増やして、遅れている生徒向けに補習授業を行うことの方が、より効果的なのではないでしょうか。

日本は教育立国の国です。
これといった資源の無い我が国が、これまで発展してこれたのは、偏に教育制度のお陰と言って良いでしょう。
昔からどんな貧しい家庭でも、生活費を削って、食費を削ってでも子供を学校に行かせる風土がありました。
21世紀の日本においても。教育の重要性に変わりはありません。

教える内容を減らし、授業時間を減らせば、学力が低下するのは小学生が考えても分かる話しです。ゆとり教育を決めた政府も、文部官僚も、今日の事態は当然覚悟していた筈です。
それなのに担当大臣は、早速ゆとり教育の見直しを言い出しました。
こういうのを日本語で、朝令暮改というのです。
教育は百年の計と言われています。それだけに一貫性に欠ける教育行政は国を誤るし、第一子供達が可愛そうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2005年2月 | トップページ | 2005年4月 »