体験的「アスベスト」私論
今の時点でこのテーマで記事を書くことに、いささか躊躇いもありますが、一時期職務としてアスベストに携わった者として、書いておかねばという気持ちで記事にします。
私の場合、40年程前に数ヶ月間、アスベスト建材の開発に携わり、30年程前には、3年間アスベストに代わる材料開発に携わりました。
特にアスベストを取り扱っていた時期には、アスベストの粉塵がもうもうと舞い、先が霞んで見える中で、ろくにマスクも付けず作業していました。あれから40年、幸いなことに私自身も含め、当時の同僚達誰からも、健康被害を受けたという話は伝わってきません。
アスベストに代わる材料の開発を行った時の感想ですが、研究すればするほどアスベストの性能の素晴らしさを認識させられました
何せ天然の鉱物繊維ですから、強度は強い、熱にも強い、耐久性は抜群です。
アスベストに発癌性があることは、1970年代の初めには分かっていました。日本でも1971年に「特定化学物質障害予防規則」が制定され、アスベストの取り扱いが規制されます。
しかし、今問題となっている悪性中皮腫については、欧米では70~80%の症例において、アスベスト曝露の既往が報告されているようですが、日本では腹膜中皮腫の100例中5例で、アスベスト曝露歴があったとされており、我が国の調査が遅れているのは、事実です。
アスベストに関して、誰も好き好んで使ってはいなかった、これは断言できます。
1982年には米国のアスベスト企業最大手のジョンズ・マンビルが、健康被害訴訟で倒産します。日本の企業経営者達も、常にリスクには神経を払っていました。
従業員達は、これまた健康被害に気遣っていましたし、監督官庁は、できるだけ問題を起こしたくないので、誰もが止められるものなら止めたかったというのが、本音なのです。
では、なぜ止められなかったか。アスベスト抜きでは、製品が作れなかったためです。それに代わる材料が無かったためです。
例えで話を単純化しますが、アスベスト入りの建材の強度が100あったとします。アスベストを他の材料に代えると、これが80になります。では、強度が80の建材を使ってくれますか? 建物の安全基準が段々厳しくなっていく時代に、強度が下がることなど、誰も認めてくれません。
自動車のブレーキで、アスベストなら2mで止まるとします。これが他の材料では、4mに延びるとします。ユーザーは認めてくれますか? 答えは、NO!ですね。
確かに、アスベストの使用を即刻中止すれば、健康被害は防げたでしょう。しかし反面、交通事故の死者が増える、地震で建物が倒壊する、こうしたリスクに眼をつむることは許されないですね。
この約35年間で、次第に技術が進歩し、アスベストに代わる材料が出現しつつあります。それに従って、他の材料に切り替えが進んでいます。
しかし、過去に使われた製品はそのままですし、一部アスベスト製品が残る場合もあると思います。
健康被害の調査や補償、予防技術については、今後国も産業側も、真剣に取り組まねばならないのは当然ですが、同時に冷静な対応が求められると思います。
現在の新聞やTVなどの、やたら恐怖心を煽るような報道姿勢は、却って問題解決を遅らせると思います。
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» アスベスト問題に思う [雲國齊の無謀]
アスベストによる住民の健康被害の問題が表面化して以来。この問題が毎日のように世間 [続きを読む]
HOME9さんのアスベスト論を大変興味深く拝見致しました。
現場での体験を踏まえた貴重な意見だと思います。
後になってあぁーだ、こうだと言うのは簡単ですが、機能低下、性能低下、コストアップは許されないのが工業製品の常です。
本質的には何らの関係もないのかも知れませんが、HOME9さんのアスベスト論を読んでいるうちに、野菜の味に思いが行きました。
田舎で生活し農家の直売店で野菜を買っていると都会の野菜は食べられません。価格は田舎の3倍、新鮮さは比較になりません。
野菜を買うだけでなく農家の人と色々な話しをしました。
都会の人は新鮮さには関心がない、関心があるのは価格!
むしろ新鮮で青臭いトマトは嫌われます。レタスも苦味のある本物のレタスでは駄目です。だから我々は高い品質改良品の種を買ってくせのない野菜を育てています。
ピーマンも、胡瓜も、茄子も・・・。
勿論、野菜とアスベストを一緒にするつもりはありません。
でも、どのような機能が重要で、どのような欠点が許せないのか?
難しい課題です。
投稿: タケチャンマン | 2005/07/21 20:20
タケチャンマン様
私も一時期農家を回った事がありますが、農業生産者の思いと、消費者の好みとのギャップは、埋め難いと感じました。
農産物についても、生産者とユーザーとの直接対話が、必要と思われます。
投稿: home-9 | 2005/07/22 21:00
コメントありがとうございます。
こうした問題は往々にしてファナティックな主張がなされがちですが、冷静な議論が必要ではないかと思います。
投稿: 雲國 齊 | 2005/07/26 03:52