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2005/10/04

身近にあった「人身売買」(その2)

baby
これは人身売買とは云えないかも知れませんが、戦前によくあった「貰い子」の話しです。乳児を別の家族が引き取って育てるのですから、そこにある程度のお金のヤリトリがあったことは、想像に難くありません。

戦前、私の母は「貰い子」の仲介をしていました。相手は主に親類縁者と、私の両親が経営していたカフェ時代の女給さんたちです。元々世話好きの母が、完全なボランティアとして行っていたものです。
当時は、堕胎が自由にできない時代で、婚外で子供が出来て悩んでいる人が多かったようです。避妊方法が今ほど普及していなかったことも、原因です。
今だったら「デキコン」で目出度くゴールインとなるのですが、何せ戦前は親の許しがなければ結婚できなかった。それに不倫や浮気、こちらは当時も結構多かったんですね。

一方、これは現在でも深刻な問題ですが、子供が出来ずに悩んでいる方もいました。母はその間をつなぎ、望まずに生まれてしまった子供を、子供を欲しがっている家庭に仲介したわけです。
これだけなら現在でもある養子になるわけですが、違うのは実子として仲介した点です。
養子の場合、子供が成人してある時期、戸籍を調べれば、自分が本当の子ではないと分かるわけで、それが原因で親子関係が崩れたり、子供がグレル例も多かったそうです。

母は産院や産婆を抱きこんで、ニセの出生証明書を作らせ、譲り受けた赤ちゃんを最初からその家庭の実子として、役所に届けさせるのです。そうすれば生んだ方も何も痕跡が残らず、譲り受けた側も戸籍上は実子となりますので、万事が円く収まるという仕組みです。

母は「貰い子」を仲介するにあたり、鉄則を持っていました。
一つは、赤ちゃんを譲る側と貰う側、双方に会うのは母だけで、絶対に直接顔を会わさせないこと。
もう一つは、赤ちゃんを譲った側の人とは、母はその後一切接触しないこと。
それと、赤ちゃんを譲る側の身元が確かであることを条件にしていました。
例えば、慶応病院の医者が看護とデキテ子供が産まれてしまったというようなケースです。こういう場合は、出生証明書の偽造も、楽だったのでしょうね。
言葉は良くないですが、母には一種の「品質保証」の考え方があったのだと思います。
「実子」を永久に真実とするためには、生みの親との関係を完全に遮断しなければなりません。そのためには、極めて合理的な方策だと云えます。

子供を貰った方の家庭とは、母は親しくお付き合いをしていました。先方は頻繁に母のところを訪ねてきていましたし、母は時々先方に行って子供の様子を観察し、子供に問題が起これば相談に乗っていました。
母はよく私に、「ひとつだけ失敗しちゃったけど、他の子はみんな出来が良くて、上手くいってるよ。」と言っておりました。
そうしてその子供たちは、最初から最後まで実の子として育てられました。

母のこうした行為は、確かに違法です。
でも人間の幸せ、生まれてきた赤ちゃんたちの幸せ、と言う観点に立てば、決して悪いことではありません。

母は神奈川県多摩の農村の生まれですが、子供の頃は未だ乳児の「間引き」が行われていたそうです。
産婆さんが、生まれたばかりの赤ん坊の口に、水で濡らした障子紙を当て、あとは亡骸を山林に埋めておしまいです。
とても残酷な話しですが、当時の貧しい農家が生き抜いていくには、それ以外方法が無かったのでしょう。
それに比べれば、母が仲介した「貰い子」たちは、遥かに幸せだったと思います。

今の人たちの中に、開発途上国での色々な出来事をとりあげて非難する向きがありますが、たかだか数十年前の日本でも、こうしたことが日常的に行われていたことを、知っておく必要があります。
善悪の基準も、時代によって変わってきます。

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コメント

ほんの100年くらい前までは、特に不作の時などには文字通り喰うにも困る状態になりましたし、不作でなくても貧しさゆえに生まれてきた子供を全て喰わせることが困難で、いわゆる「間引き」が頻繁に行われていました。

ほんの4~50年前には、今のように「自分に合った仕事が見つからないから働かない」なんてことは許されず「喰う為に何でも良いから働く」が常識でした。

人類の長い歴史を振り返ると飢えとの戦いの歴史、労働の歴史だったと言っても過言でないと思います。

今のようにニート、引きこもりなんかでも無事に生きてゆける社会が良い社会なのか?優れた社会なのか?
少しでも安楽に暮らせる社会を作りたいと塗炭の苦しみに耐え抜いた祖先の苦労は何だったのか?

投稿: タケチャンマン | 2005/10/05 10:40

タケチャンマン様
大袈裟に言うと、貧しさから豊かさに、人類史上これほど短期間に変化したのは、日本だけではないでしょうか。
それゆえの様々な歪みもまた生まれてきているのだと思います。
マクロに見れば、我々の世代が蓄積した資産で、次の世代までは何とか食っていける。
ニートだの引篭りだの自分探しだのが許される、経済的基盤が存在しています。
しかし次の次の世代は、自分達の力で生きてゆかなくてはならないでしょう。
そこまで行って、ようやく日本人も目が覚めるのではと、期待しているのですが。

投稿: home-9 | 2005/10/05 21:31

>次の次の世代は、自分達の力で生きてゆかなくてはならないでしょう。
>そこまで行って、ようやく日本人も目が覚めるのではと、期待しているのですが。

これらの点については私もまったく同感です。

しかし、次の次の世代が目が覚めて、いざ頑張ろうとした時に体力、寿命がついてくるのでしょうか?
次の次の世代やこれに近い若者の食生活、生活態度やこれらに起因する若年性生活習慣病の蔓延、持久力の衰え具合を見ると心配になります。
また多少の例外はあるものの、開発途上国に行った時に「我々も子供の時にはこんな環境下で生活していた」と感じ健康に過ごせるのは我々年寄り世代だけであり、抗菌グッズに囲まれ清潔過ぎる環境に慣れ親しみつつ成長した若い世代はすぐに健康を害します。

体力、健康の衰えは気力、精神力をも衰えさせるので心配です。

投稿: タケチャンマン | 2005/10/05 22:26

タケチャンマン様
やや話題が逸れますが、中国の将来について最も不安を感じるのは、今の子どもが成人する近未来です。
中国に行くと、一人っ子政策の影響でしょうか、小皇帝(慎太郎さんのことではなく)と呼ばれる彼らの我が儘ぶり、親達の甘やかせぶりが目に付きます。
彼らが大人になった時、特に沿岸部や都市部で、恐らく今の日本の若者と同じような現象が起きるのではないでしょうか。
元々日本と比べても、倫理観や道徳観に欠ける面がありますので、社会全体のモラルハザードはより顕著になるのではと、危惧しております。

投稿: home-9 | 2005/10/06 14:22

home-9さん

 親記事からは外れますが、そもそも「倫理観や道徳観」は、文化に影響されるものであり、わが国と中国と比べること自体ナンセンスだと思います。
 こうしたさまざまな文化の違いや価値観の違いを認めるのが宮沢俊義教授のいう価値相対主義であり、わが憲法の根底をなすものではないでしょうか。

投稿: 柴田晴廣 | 2005/10/06 17:28

柴田晴廣様
2年前仕事で中国に行き、色々な階層の人たちと話す機会がありました。その時に、今の中国政府や政治に対する不満を尋ねたところ、異口同音に官僚や特権階級の汚職・腐敗をあげていました。
中国は法治国家ではなく人治国家だとよく云われますが、その分役人のさじ加減で判断が左右されることが多いことも、一因のようです。
汚職・腐敗の一掃は、中国共産党の会議や全人代でも、毎回重要課題にあげられながら、権限を握る官僚の腐敗がますます深刻化しているのが現状です。
つい最近も、最高人民検察院(最高検)反腐敗汚職総局が明らかにしところによれば、中国で過去5年間に汚職などの犯罪で摘発された官僚が20万人を超し、違法に不法に持ち出された資金は約1兆円にのぼるということです。
日本から見てと言うことではなく、中国自身、倫理観の欠如が重要な問題となっていると考えます。

投稿: home-9 | 2005/10/08 18:53

 私はあまり海外に出かけたことはありませんが、愛知大学の三河民俗談話会で、中国や韓国の留学生の方たちと話す機会には恵まれています。
 彼らの規範(儒教)からすれば、日本の倫理観・道徳観などというのは、とんでもないものです。
 金正日の後継者が今日発表されるとの噂がありますが、儒教の規範からすると、正日の息子に正男、正哲、正雲という「正」の字をつけるというのも日本では当たり前ですが、彼らからは首を傾げるものです。さらにいえば、正日が父・日成の「日」の字を下につけるというのは、仮に日成が本名でないとしても非常に奇異なことです。逆に権力の世襲のカラクリは、この命名法にあるように思います。

投稿: 柴田晴廣 | 2005/10/10 08:00

柴田晴廣様
中国について言えば、建前と本音の落差が大きいと思います。
性道徳を例にあげれば、中国では夫婦でない男女は同じ部屋に泊まれません。ですからラブホテルには営業許可が下りない。勿論売春は犯罪ですし、見つかれば重い刑が科せられます。
その一方高級ホテルに泊まり、部屋に戻って数分後に、必ず女性からお誘いの電話がかかります。私の時は毎晩でしたので、ホテルのフロントと結託しているとしか思えません。
それか、私が余程スキモノに見えたのかも知れませんが(半分アタリですが)。
飛躍するようですが、中国の建前(政治)は社会主義、実態(経済)は自由主義的市場経済という、本質的な矛盾に原因しているのではないかと、私は推定しております。

投稿: home-9 | 2005/10/10 11:25

home-9さん

 中国という国は、非常に面白い国だと思います。
 あれだけの国土で、一つの中国というのも非常に不思議なものです。
 社会主義云々については、ここ半世紀のことですが、律令制なんていうのも公地公民が前提ですからある種の原始社会主義といえるのではないかと思います。
 また、律令制については、徴兵制というのもありましたから、西欧が近代にこの制度を取り入れたのと比べても面白い国です。
 上述の律令制などは、いわゆる華北で生まれたものです。中国といっても北と南ではゲオポリティクスからみても北は、大陸国家、南は海洋国家と一つにまとまっていること自体が非常に不思議な国です。
 これは、南京などの華南に首都がおかれると貿易立国、北京などの華北に首都がおかれると軍事立国となるあたりがそれをあらわしています。
 今は北京が首都だから建前上、社会主義だけれど、やはり、南の上海あたりは、海洋国家だから、社会主義という大陸国家の採り得る体制とはなじまないということではないかと思います。
 話は少しずれますが、確か中国(台湾を含めて)は、あれだけ東西に長い領土を持ちながら時差っていうのがなかったと記憶しています。
 時間は、皇帝が支配するという元号の感覚が未だに生きている。
 だから、あれを社会主義と捉えていいのかには、疑問がありますし、ネオ律令国家とでもいうのが正確ではないかと思います。

投稿: 柴田晴廣 | 2005/10/10 12:39

柴田晴廣 様
中国のこれからは、南北問題でしょうか。
昔は東風が西風を圧すると言ってましたが、どうやら南風が北風を圧することになりそうですね。

投稿: home-9 | 2005/10/11 19:23

TBいただいた関係で訪れ長居しています(笑い)。
私より一回りぐらい上の方かなとお見受けします。中国の今の小皇帝達が国の構成メンバーの多くを占めるようになるとガラッと様変わりでしょうね。豊かさがやさしさを生んでくれればいいのですが・・・。
今ニートがあるのは、ニートを抱えることができるほどこの国は豊かになったと(幸せとは別問題)いう発想、同感です。鳥瞰図を見るように、近いところの歴史を振り返るコメントの数々楽しく読ませていただきました。

投稿: 街中の案山子 | 2006/02/05 10:48

街中の案山子様
コメント有難うございます。
拙ブログは記事より、寄せられたコメントの方が参考になるという特徴があるようです。
これからも、お暇な時はご来館下さい。

投稿: home-9 | 2006/02/05 21:06

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