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2005/11/30

「耐震データ偽造」の背景を考える

taishin
「耐震データ偽造」問題で29日行われた衆院国土交通委員会の参考人質疑は、予想通り相互の責任のなすりあいに終始し、実りある議論になりませんでした。しかし映像は正直で、多くの視聴者の方は、この不正の主役は誰か、誰が一番の悪者かを推察できたと思います。
そういう意味では、やることに意義はあったのでしょう。

私はサラリーマン時代、永年商品開発関係の仕事をしていたので、お陰で色々な業界の方と接することができました。その中で、建築業界とのお付き合いが最も深く、今回の不正についても色々考えさせられることが多いわけです。
私が仕事で関わった業界で、最も職業倫理観の薄いと感じたのは、建築と食品業界です。
ご存知の通り、その後食品業界は大きな不祥事が相次ぎ、やはりという思いで見ておりました。
どの業界でもオモテウラがあり、キレイ事でない部分がありますが、この2つの業界は特に顕著だと、そう感じました。

建築業界の場合、建設現場事務所に商品の売り込みに行きますと、公然とワイロを要求される場合があります。相手が業界トップクラスのスーパーゼネコンでもそうです。
これが例えばトヨタや松下を訪問して、相手先からワイロを要求されるなどということは、到底有り得ないでしょう。
ヒューザーの小嶋社長のような人物が、この業界では大手を振って通用している、ここにこの業界の病巣があります。

建築業界関係者の中に、どうせ他でも不正をしているんだからという意識がどこかにあります。
検査書類をごまかしたり、工事では特に見えない部分での手抜きを行う、その程度の事どこの現場でもやっている、こういう意識が強いのです。
今回の不正もかなり早い時期から関係者が把握していましたが、売主も設計者も工事業者も検査機関も、そして国交省の担当者でさえ問題の重要性に誰も気が付かなかった。
これは、こうした不正・手抜きが日常化していた何よりの証拠です。

もう一つには、不正がバレル事は先ずないし、バレても責任を負わされたり、刑事罰の対象になることは無い、そう信じている点にあります。
例えば、過去阪神大震災など大地震で沢山の建物が倒壊しましたが、あの中には今回のような不正で耐震基準に達していない建物も、相当存在した筈です。
でもそれは一切分らないし、責任を追及された例も無い。
市街地では建築基準法による防火規制により、法定の耐火・防火材料の使用が義務付けられています。しかしこの規則を守らず、規格外の製品を使うケースがあります。
では実際に火事になって、そうした不正が暴かれた例があったか、多分過去に1件も無い筈です。

無論そうした不正に一切手を染めず、真剣に取り組んでいる建築業界関係者も沢山居られます。
しかし今回の「耐震偽造」の件では、関係者は“俺たちは余程運が悪かったんだな。”と思っているでしょう。
そして、売主によってはサッサと会社を潰して責任を逃れ、ホトボリが冷めた頃に別の不動産販売会社を設立し、平気な顔で又商売を再開することでしょう。
残念ながら、建築業界ではこんな実例、ゴロゴロ転がっています。

不正を働いた者は厳しく処罰され、正直に法を遵守した者が報われる、そうしたシステムを作り上げる、これは正に政治の責任です。

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2005/11/27

「桂文珍独演会」

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昔から江戸落語、上方漫才と言われていますが、確かに漫才は今でも大阪が優勢です。落語はといえば、大御所の桂米朝を筆頭に芸達者がずらり顔を揃え、特に三枝、鶴瓶、文珍ら人気も実力もの噺家(枝雀の死は返す返すも残念)を集めており、東京落語もウカウカしていられないでしょう。
以前国立演芸場で米朝や三枝らが出演した上方落語会を聴きに行きましたが、そのサービス精神には感心させられました。一口で言えば、木戸銭の分は楽しませて帰そうという精神です。

2005年11月26日、メルパルクホールで行われた「桂文珍独演会」に出掛けました。人気者の文珍とあって、大きな会場は大入りでした。
文珍は、いずれもお得意のネタで、新作・古典の3本立てとなりました。

マクラで、最近の世相から、「姉歯建築士、あんなに不正で儲けているんだから、もう少し上等なカツラをかぶったらどうか。それとも意外に“儲けがない”(もう、毛がない)」。NHKの記者は、事件が無い時は、自分で火をつけて歩いてる。あ、これはここだけの話とか。
TV出演のウラ話で、拉致被害者家族会の地村さんのお爺ちゃんに出演して貰った時、お孫さんお様子を聞いたら、「みんなとても素直な子ばかりで、北朝鮮の教育のお陰です。」と答えられて、それは正しいかも知れないが、番組的には困った発言だったとか。

そんな話で場内を大爆笑に包んでから、十八番の「老婆の休日」。
文珍は、お婆さん、お爺さんたち年寄りの描写が上手い。病院待合室でのお婆さんたちの会話が、実に生き生きとしています。
この噺、今から10年以上前の作だと思いますが、当時は老人医療費はみなタダ同然でした。処がその後本人負担が増え続けてきて、今や年寄が暇つぶしに病院にたむろ出来る時代では無くなりつつあります。
この辺りが、新作落語の辛いところで、作品が完成した時点で最も旬であり、時代の経過と共に古臭くなっていく運命にあります。
この噺、もう2-3年もすると、高座にかけられなく成るかも知れません。

2席目は 古典の「包丁間男」。兄貴分の男が、弟分の男を使って女房とスンナリ別れるために一芝居打つが、結果はその女房と弟分の男がイイ仲になってしまうという、「お約束」の展開です。
文珍の欠点の一つは、色気に欠けることです。あれだけお婆さんでは精彩を放つのに、小唄の師匠となるとサッパリです。
女に色っぽさがないと、この手の噺は生きてきません。

お中入りを挟んで、最後は 「老楽風呂」。得意のⅠT関連の小噺から、本題に入ります。
慣れないⅠTの仕事に悩むサラリーマンが、銭湯で出会った老人に癒されるというストーリーです。
この演目も数年前の作だったと思いますが、今や50代のサラリーマンで、パソコンや携帯を使いこなせない人は、先ずいないでしょう。「窓際族」も、もう死語になりつつありますしね。
噺としては面白いのですが、生活実感とは微妙にズレテきてます。
文珍の新作は、時代の先端をネタにして、それに適応できない人とのズレが主要テーマですので、時代が進むとかえって話の方がズレテしまう、この辺りが悩みです。

お客さんは終始大爆笑で、殆どの方は満足してお帰りになったことでしょう。
しかし私は、文珍落語の将来に、ふと不安を感じてしまいました。
先ずはもう少し「色気」を身に付けることです。一流芸人には、色気が欠かせません。
もしかしたら文珍、性格が真面目すぎて、「女遊び」の修行が足りないのかも知れません。
これは余計なお世話ですね。

他に桂楽珍が手堅く「子ほめ」と、色物の内海英華が、これは色っぽく「女道楽」。

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2005/11/25

「鳥インフルエンザ」への対応は冷静に

chicken
鳥インフルエンザの話題が、連日新聞やTVを賑わしています。
国の予想では、最悪の場合全国で3200万人の患者が発生し、17-64万人の死者が出るというのですから穏やかじゃない。
行政機関の立場からすれば、最悪のケースを想定し、ワクチンの確保や医療施設の点検を行うことは、必要なのでしょう。

世界保健機構(WHO)は、1997年の香港での発生直後から、トリインフルエンザの監視体勢を強化しています。
又現在世界各地で流行しているト鳥インフルエンザが、いつ新型ヒトインフルエンザになって、世界的な大流行を起こしてもおかしくないと警告しています。ここでも最悪の場合、世界で750万人が犠牲になるとの推定も行われていますが、私は多少眉に唾つけて聞いています。
この話になると、1918-1919年に2500万人の死者を出したスペイン風邪が引き合いに出されますが、当時と今とでは医療設備、医療技術、予防・治療薬など比較になりません。「結核は死の病」の時代の話を持ち出されても、という感じで聞いています。

実際に鳥インフルエンザにより、近年どの程度の犠牲者が出たのか、1991-2004年の統計を見てみたいと思います。
<1991-2004年の鳥インフルエンザ死者数>
1991-1996年 0名
1997年      香港:6名(幼児)
1998-2002年 0名
2003年      オランダ:1名(獣医)
2004年      タイ:8名、ベトナム:15名(推定)
過去の数字だけ見れば危険性は殆ど無視できますし、オランダの獣医の例を除けば、死者は全て特定の東南アジア地域に限られています。

この中ではベトナムの死者が目立ちますが、これはメコン・デルタ地域での鳥インフルエンザの発生が顕著なためです。この地域は、家族単位で多数のニワトリやアヒルの放し飼いが一般的で、しかも人々が広範囲に移動するために鳥インフルエンザウイルスが伝染しやすく、更に衛生管理も出来ていないことが、大きな要因と思われます。
もう一つ犠牲者が多い国で私が感じるのは、いずれも生きているニワトリをそのまま食肉として売っている地域に限られているということです。
そうした地域でも、鶏肉以外の食肉は日本と同じようにカットして販売していますから、鶏肉も同等の流通に乗せることは不可能では無いと思うのですが。
養鶏での衛生管理と、ニワトリと人間の接触の機会を減らすことが肝要です。

過去の経験からすると、専門家の警告というのは額面通り受けて良いのか、要注意ですね。
9・11テロ直後に多くのテロ問題専門家と称する人たちが、明日にも日本でアルカイダがテロを起こすようなことを連日TVで喋っていましたが、その後どうだったのでしょうか。
以前の「ミレニアム騒動」とか、今回の鳥インフルエンザの件もそうですが、専門家というのは、往々にして何かの意図を持って発言することが多いという点も、私たちは認識しておくべきでしょう。

必要な手は打つ、しかし徒に恐れたりパニックに陥らず、冷静に対処する態度が要なのではないかと思います。

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2005/11/20

国交省の責任が問われる『耐震強度偽装』

aneha
以前このブログで、「天井落下事故は人災」「手抜き工事は続くよ、どこまでも」の2本の記事で、現在の建設業界が前近代的な産業形態にあり、今後も建築を巡る不正事件は後を絶たないだろうと書きましたが、今回又しても建築に関する不正が発覚しました。

「姉歯建築設計事務所」が、2003年2月~05年10月の間、ビルやマンションなど21棟の柱や梁(はり)の構造計算をする際、建物にかかる外力の数値を実際の約半分にして入力していたというものです。
建物によっては震度5程度の地震で倒壊する可能性もあり、既に入居している住民を中心に、不安が高まっているとの報道です。
現在都会に住む多くの人は集合住宅で暮らしており、私自身を含めて他人事ではありません。今回のような不正は、いつでもどこでも起こりうる問題なのです。

建築には施主(今回の場合は、デベロッパーと呼ばれる業者)、設計、施工、工事監理と多くの組織が係り、更に「建築確認」や「工事完了届け」を地方自治体に提出することが義務付けられています。
つまり本来は、これだけ相互のチェック体制が出来ているわけです。

今回の明るみに出た不正を見ると、「姉歯建築設計事務所」は個人事務所であり、仕事の多くは、元請である大きな設計事務所の下請けであったと見られます。不正に作成された構造計算書には、認定番号の印字も認定書も添付されていなかったということですから、先ず元請の設計事務所が気付かなくてはいけない。
更に、国交賞指定の検査機関により―今回不正のあった物件の大半は「イーホームズ」社が検査していますが―審査と建築確認を受けるのですが、中身はともかく、認定番号と認定書が揃っていないというのは、形式上の不備ですから、これも当然気が付くべきです。

私が最もいぶかるのは、施工会社=ゼネコンです。
建物の強度を半分に減らす為には、鉄筋の数を減らしたり、柱を細くしたり、壁を薄くしたりしたのでしょうから、ゼネコンは気が付くべきです。ゼネコン社内には、沢山の構造計算の専門家がいますし、それでなくとも従来の経験から、オヤッと思うが普通でしょう。
設計事務所が作成した設計書が、施工の実情と合わず、ゼネコンからの指摘で修正されることは、そう珍しくない筈です。
ゼネコンは気が付いてはいたが、見て見ぬ振りをしていた、私にはそうとしか見えません。

施工監理は、設計通りに施工されているかを監理する機能があります。
本来この段階でもチェックが働くべきなのですが、以前の記事でも指摘したとおり、殆どの工事でゼネコンが施工監理会社を指定するため、ここが正しく機能しない。

そして施主のデベロッパーですが、ここも素人が持ち家を建てるわけではなく、プロ集団ですから、明らかな設計ミスには、気が付いてもおかしくない。
処が、デベロッパー自身が「姉歯建築設計事務所」を指定していたとの報道からすれば、不正に係っていたか黙認していたか、疑義が持たれます。

結論から言えば、今回の件は、全ての関係者が寄って集って不正を働く、あるいは意識的に見逃してきた結果と想定されます。
その背景に、建設業界の体質があります。
公共工事では談合し、民間工事ではコストを抑えるために手抜きや不正を行う、この体質を改めない限り、これからもこうした欠陥ビル、欠陥マンション、欠陥住宅は、絶対に無くなりません。
このことは、国土交通省が、一番分っている筈です。でも彼らは、決して改めようとはしない。
それは根底に「政・官・財・学」の相互癒着があるからです。

小泉首相が唱える「構造改革」は、こうした課題こそ真っ先に取り組むべきだと、私は思います。

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2005/11/18

ネットの「言論の自由」は守られるか

takebe 9月にこのブログの記事で、『不可解な「アマゾン・ドットコム」の対応』と題して、普通の書店で売られている「拒否できない日本」という書籍が、なぜかアマゾン・ドットコムのオンライン書店では、長期に亘り品切れになっていることを紹介しました。同趣旨の記事は、当時多くのブログが取上げていました。その後、アマゾンでも取り扱いが再開されたようで、こうしたネットでの批判は無視できないようです。

その時の記事へのコメントとして、“ぼくてき”様や“通りすがり”様から、niftyを含む検索エンジンで、特定のキーワードが検索不能になったり、特定の記事がヒットしなくなったりしており、ネットにおいて言論統制が行われているのではとのご指摘がありました。私も記事の検索中に、何度かオヤット思ったことはありますが、それが意図的なものなのか、それとも検索システムの不備に起因するのか、判断がつきかねています。

これだけネットの力が大きくなり、世論形成に影響を及ぼす存在になった以上、これを制限したり、誘導したり、取り込んだりしようとする勢力も、当然現れてくるでしょう。そして反対意見の排除あるいは制約の動きも。

その点から少々気になるのは、ライブドアの堀江社長の動向です。堀江は9月に行われた総選挙に、広島から無所属で立候補しましたが、経緯からすれば実質的に自民党公認と同等です。10月24日読売の渡辺会長が、堀江が広島カープを買収しようとしており、その背後に自民党の武部幹事長がいると暴露しました。堀江が落選したことのフォローと、次回の選挙再挑戦への布石を兼ねた動きと思われます。いずれにしろ堀江が国会議員になった際に、果たしてライブドアのサイトが、政治的に公正中立を保てるかどうか危惧しています。更に最近の、こうしたネット企業のメディア支配の動向も、大いに気になるところです。

過去の例から見ても、報道内容が、その言論機関の経営者の政治的主張にある程度左右されるのは、避けられないと思われます。

例えば、読売新聞の場合、育ての親である社主正力松太郎が自民党の国会議員であったこと、現在の渡辺会長が元々は中曽根元首相のブレーンであったことから、どうしても保守寄りの主張に傾かざるを得ない。

産経新聞の場合は、左翼的言論に対抗して当時の財界人が創立したという経緯が、現在の政治的立場に色濃く反映されています。かつて自民党が幹事長名で、全国の支部に産経新聞の拡販を訴えたことがありますが、やはりDNAは争えないものです。

もう一つの動きとして、ブログ“◆木偶の妄言◆”の記事で紹介された、自民党から送られてきた下記の案内状です。http://brotherjin.exblog.jp/m2005-08-01/#2197553

「メルマガ/ブログ作者と党幹部との懇談会」のご案内

拝啓 酷暑の中、ご活躍のことと存じます。

さて、自由民主党では、下記日程にて「メルマガおよびブログ作者と自民党幹部との懇談会」を開催する運びとなりました。

ネット上で信頼性が高いと判断させていただいたメルマガ作者およびブログ作者を党本部にお招きし、私どもの考え方についてご説明させていただくとともに、幅広いテーマについて意見交換をさせていただくものです。

当懇談会は、自民党として初めての試みです。

お忙しいこととは存じますが、奮ってのご参加を期待しております。

                                    

                                    敬具

             自由民主党 広報本部長代理 世耕弘成

                   

■開催日 平成17年8月25日(木) 午後7時~8時

■場所 自由民主党本部 4階 総裁応接室

     〒100-8910 東京都千代田区永田町1-11-23 

     TEL ********

     地図 http://www.jimin.jp/jimin/main/touJ.html

     ※当日は、一階の専用受付までお越しください

      (事前登録が必要です)

■自由民主党 出席者

      幹事長     武部  勤

      幹事長代理    安倍 晋三 (遅れて参加させていただく予定です)

      広報本部長代理  世耕 弘成

■主な内容

    ・ 総選挙に臨む自民党の考え方とスタンス

    ・ 質疑応答

    ・ その他

■予約申込み方法

   ●メールに下記内容を明記し、

    事務局  ******** 宛てに送信してください。

    事務局より返信を差し上げます。

    ・ 氏名 ・住所 ・年齢 ・職業(所属の社名・団体名)

    ・ 貴方のメルマガまたはブログの名称

    ・ 発行部数または月間平均アクセス数

    ・ 懇談会で質問してみたいこと(簡単に)

■申込み締切

    8月24日(水)23:00必着

■問合せ・申込み

    「メルマガ・ブログ作者と党幹部との懇談会」事務局

    TEL.******** E-mail: *********

註)伏せ字にしたメールアドレスの@以下のところには、広告代理店のドメインが書いてある。又役職はいずれも開催当時のもの。

実際にこの懇談会に12のブログと17のメールマガジンから33人が集まり、参加者の中には『はてな』の近藤淳也社長の名前がありました。武部勤幹事長は「総選挙に向けた国民の声の勢いや力強さには圧倒されている。これからは『マスコミ』から『クチコミ』の時代、ブロガーやメールマガジンを運営する皆さんと連携しながら政治をわかりやすくしていきたい」と、参加者に語ったと報じられています。

我が国のネット社会は、概ね言論の自由は守られていると言って良いでしょう。

しかし今後は、ネットでの選挙運動自由化を機に、様々な制限や干渉が起きることを私は危惧しています。

(文中敬称略)

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2005/11/15

落語ブームの影で・・・

basyou
毎年恒例の行事というと、やはり芝居や歌舞伎、相撲など伝統的なものに拘りたい。ここ数年来、年末は鈴本演芸場の「金原亭馬生独演会」に行くことにしています。
今年も12月26日に開催ということで、先日鈴本に前売り(以前は当日で入れました)を買いに行きました。処が、今年から鈴本では扱いません、全て馬生の後援会扱いになったのでそちらに問い合わせしてくれとの返事でした。

帰宅してネットで検索して、「11代目金原亭馬生応援会」という会を捜して電話するとFAXが送られてきて、指定口座に振り込めば指定券を送るとあります。
このFAX文書には、独演会の日時も、場所も、当日のプログラムも、何も書かれていません。知っているから問い合わせするんだろうと思っているのでしょうが、いかにも不親切です。
馬生の年配のファンの中には、こうした面倒な手続きが煩わしくてついて行けず、もう独演会に行くのは止めたという方も現れるでしょう。
こうした長年のファンのことを、会の運営者はどう考えているのでしょうか。ここは一定枚数を鈴本でも販売し、従来の顧客も買えるようにすべきだと私は思います。

お笑いブーム、落語ブームが囁かれ、確かに最近はどこの小屋に行っても、前よりは入りは良くなって来ている。しかしこういう時こそ、「初心忘るべからず」です。
私が未だガキの頃、寄席に通い出した昭和20-30年代というのは、戦後落語の黄金時代でした。志ん生、文楽、圓生といった昭和の芸人たちが、揃って円熟期を迎えていました。
大ホールで行われる名人会は、どこも満員でした。
当時ラジオでも落語番組が人気があって、寄席に比べて圧倒的にギャラが高いものですから、人気落語家や実力者はなかなか寄席に出演しなくなった。
そのため、空前の落語ブームの中で、老舗の寄席が次々と廃業して行きました。しまいには寄席の歌舞伎座と言われたいた、人形町末広まで閉館しました。
ブームが去れば、残された数少ない寄席も、閑古鳥が鳴く有様です。
「驕る平家は久しからず」は、永遠の真理ですね。

業界関係者には、古いファンを大切にしながら、新規顧客を開拓するという姿勢が望まれます。
落語と寄席をこよなく愛するが故の苦言と、受け止めてください。

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2005/11/14

「古今亭菊之丞」独演会

kikunojo
古今亭菊之丞、恐らく普段寄席に行かれない方は、お馴染みがないでしょう。30代前半の若手落語家ですが、既に真打です。ここ2-3年で最も伸びた噺家として、ただいま注目しています。
志ん朝の死後、名門古今亭一門がやや精彩を欠いている感がある中で、一人気をはいています。
11/13は珍しい鈴本演芸場での独演会、開演ジャスト17時半に着いたら、意外にほぼ満席、ようやく座る席が確保できました。
芸風は正統派で端整、歌舞伎の女形のような色男です。いきおい女性ファンが多いのですが、昨夜は年配のそれも男性の姿が目立ちました。やはり会場が鈴本のせいでしょうか。
ゲストも客層に配慮してか、内海桂子に志ん駒と、懐かしい顔ぶれでした。

開口一番は前座の柳家緑太「初天神」。寄席は前座の出来が良いと、その日の高座が締まります。緑太はしっかりとした芸で、将来性を感じました。「栴檀は双葉より芳し」、上手い噺家は、前座の時から違うものです。後で内海桂子の口座に呼び出されますが、大先輩との掛け合いの息も良く、センスの良さを感じます。

今年9月に真打昇進の桃月庵白酒、明るい芸風を生かして「猫と金魚」。当代の橘家圓蔵の得意ネタのナンセンス落語。
現在の実力では、綺羅星の如き落語協会の中で、頭角を現すのは容易なことでは無いでしょう。

菊之丞最初の一席は、小学生向きの落語をマクラに振って「子別れ(上)」、又の名を「こわめしの女郎買い」。
この噺の眼目は、酒を飲んだらブレーキが利かなくなる大工の破天荒ぶりと、大工のオゴリで吉原にお供するが、商売の「紙屑屋」と連呼されると自尊心を傷つけられる男の屈折した心情との対比にあると思います。
菊之丞は、折り目正しく演じていましたが、人物の演じ分けが後一歩の感がありました。

志ん駒は、海上自衛隊員という変った経歴の持ち主で、落語より芝居や時代劇への出演が目立つ噺家です。久々に彼の高座を見ました。
久々といえば、内海桂子です。年下の相方を失い、年齢も83歳になったそうですが、唄も踊りも元気一杯、都々逸を観客に合唱させるあたりは、やはり大したもんです。

トリは菊之丞二席目「二番煎じ」。この噺は、8代目三笑亭可楽あるいは最近では志ん朝が得意としていました。
菊之丞は、志ん朝の演出を踏襲して、夜回りの最中に「火の用心」の喉を互いに競い合うという、この部分を音曲噺にしています。
従って、演じ手に小唄端唄の素養が要求されますが、菊之丞は若手落語家の中では俗曲に長じており、ここを見事に演じていました。
番小屋に戻ってからの、しし鍋をつつきながらの酒盛りの場面も、登場人物の演じ分けがキッチリ出来ており、役人の登場からサゲまで気持ち良く演じていました。
最近聞いた「二番煎じ」の中では、出色の出来であり、菊之丞の実力を再認識させてくれました。

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2005/11/07

昔一人の歌手がいて「ちあきなおみ」賛歌

chiakinaomi
「昔」などというと、熱烈なファンに叱られるでしょうが、ちあきなおみが一切の芸能活動を退いてから、はや13年が経ちました。現在でも彼女の多くのアルバムはロングセラーになっていて、相変わらず根強い人気を博しています。
戦後日本の歌謡曲(演歌という言葉が嫌いなので、敢えて)の歌手の中で唄の上手い人といえば、先ず美空ひばり、そして次はちあきなおみでしょう。

私より年齢が3歳若いちあきなおみは、当初セクシーアイドルで売り出しました。
デビュー間が無い頃、当時人気TV番組であった「裏番組をぶっ飛ばせ」で、コント55号と野球拳をして負け続け、着ていたものを1枚ずつ脱ぎ、最後はビキニ姿になって評判になりました。
着ていた物はその場でオークションにかけられ、売り上げは福祉施設に寄付されるというトンデモ番組でした。
後に「喝采」でレコ大を受賞した彼女の活躍からは、その姿は想像つかないと思います。

作曲家の船村徹が彼女を評して「音符の裏を読んで歌う歌手」と言っていますが、言葉を代えれば彼女の唄が、しばしば作詞家や作曲家の意図を超えてしまうことを意味しています。
私の想像ですが、ちあきが歌う「歳月河」や「紅とんぼ」を聞いて、作曲した船村徹自身が、恐らくそう感じたのではないでしょうか。
例えて云うなら、メンデルスゾーンの交響曲「スコットランド」を、名指揮者クレンペラーが振ると、余りにスケールの大きい恰幅の良い曲になってしまうように。
彼女のカバー曲である「黄昏のビギン」を作曲した中村八大や、「粋な別れ」を作曲した浜口庫之助も、同じ思いではないでしょうか。

“唄は3分間のドラマ”という使い古された言葉がありますが、では本当に“3分間のドラマ”として表現できている日本の歌手が一体何人いるか、些か心許ない。感情移入の過剰な人は沢山いる、思い入れタップリに歌える人もいる、しかし肝心の歌唱力が付いていけなくては、聞く人の心を動かすことは出来ません。
芝居の舞台で演技を磨いたちあきの唄には、この両面が備わっていました。

例を挙げましょう。ちあきなおみのレコードとしては当時ヒットしなかった「矢切の渡し」を、同じ曲で大ヒットし、レコ大までとった細川たかしの歌唱を比べると一目瞭然。冒頭の「つれて逃げてよ・・・」「ついておいでよ・・・」の部分では、ちあきの唄では女性の語尾「よ」をすがるように、男性の語尾「よ」は包み込むように歌っています。そして何よりの違いは、余韻の「・・・」がちあきの唄には在り、細川の唄には表現されていません。その結果、この曲の一番肝心な男女の情念が、ちあきなおみの唄に籠められています。
梅沢富美男の踊りに使う曲が、ちあきの曲であるのも、この辺りの理由なのでしょう。
彼女が唄う「かもめの街」や「片情」を聞けば、この“3分のドラマ”が実感できます。

歌手ちあきなおみのを最も特長づけるのは、外国の曲での優れた歌唱力です。
この点は、美空ひばりも共通ですね。ひばりはジャズもシャンソンも上手かったし、ラテンの曲など絶品でした。
ちあきの唄では、ジャズの「朝日楼」(原題;朝日のあたる家)やシャンソンの「それぞれのテーブル」、「すり切れたレコード」も実に結構です。
しかし何といっても、ちあきはファドです。是非一度聴いて見て下さい。
「悲恋」、「酔いどれ船」(かもめ)、「霧笛」(難船)、ポルトガルのファド独特の哀愁と、ちあきの情念が合体し、独特の世界を創り出しました。
真に上手な歌手というのは、どんなジャンルの歌でも聴かせるものです。

歌手ちあきなおみのカムバックを求める声は根強いのですが、私は一ファンとして、敢えてこのままで良いと考えています。
以前から不思議に思っていたことなのですが、なぜ歌謡曲の大半の歌手は、声が落ちると同時に歌唱力が落ちるのでしょうか。
海外の歌手でも声は落ちる、これは止むを得ないことです。しかし歌唱力は全盛期を保っている人が多いように見受けられます。
以前アメリカの歌手ペリー・コモが、80歳を越えて日本公演を行いましたが、もちろん声は往年とは比較にならない。しかし何と唄の上手いこと、惚れ惚れしましたね。日本の歌手では先ず有り得ない話です。

このままそっとしておきたい、これがちあきなおみを愛する一ファンとしての心境です。

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2005/11/02

「イスラエル紀行」連載を終えて

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別館で22回にわたり連載してきた「イスラエル紀行」の連載が終わりました。当初は10回を予定していましたので大幅なオーバーです。理由は、連載が進むと共にアクセスが次第に増え、管理人がいい気になったことです。「おだてりゃ、木に登る」の例え通りですね。
それにイスラエル旅行記では、聖書の引用が欠かせません。四苦八苦しながら聖書を読み原稿を書いてましたので、これに予想以上の時間とページを取られました。

イスラエルという国、国民の行動様式を理解する上で、私は二つのキーワード「キブツ」と「マサダ」が重要だと思いました。
「キブツ」というのは、集団農業共同体とでもいうのでしょうか、かつて旧ソ連や中国で導入しいずれも失敗した集団農業ですが、イスラエルで成功しました。
イスラエル建国の過程で、各国から集まったユダヤ人が特定の集団単位で入植し、集落を作り、共同で農作業を行いました。この集落内では貨幣は廃止され,すべての物が共有とされ,活動も集団的管理のもとに行われています。労働の成果は平等に分配されます。
一種の共産主義的な生産方式です。
こうした制度が成功するためには、余程内部の結束が固くないと無理でしょう。構成員のエゴが出てくれば、ソ連や中国のように解体するしかないわけです。
ここから、共通の意思、思想(宗教)で固く結ばれた国家という姿が、浮かんできます。

もう一つの「マサダ」、以前このブログの記事で紹介しましたが、キリストの死後数十年してから、ローマ帝国によってユダヤ国家は滅亡します。この最後に、マサダの砦に立てこもったユダヤ人が集団自決をする、これがマサダの戦いです。
この「マサダ」を教訓にして、イスラエルの人々は、 再び国を失い民族が離散させられるぐらいなら、死ぬまで進んで戦うという精神を作り上げました。
そして敵の攻撃に任せていては、結局マサダの悲劇をまた繰り返す。もし攻撃される恐れがあるならば、先に相手を倒すことでしか身を守ることが出来ない、という先制攻撃論に到達してゆきます。
この「マサダコンプレックス」が、イスラエル国家の政策、行動様式を理解する上での、重要なキーワードだと私は思います。

私がここで言う「理解」は、「支持」あるいは「共鳴」とは全く異なるものであるということは、ご「理解」下さい。

イスラエルという国の、最大の魅力は「物語性」だと思います。
たくさんの宗教施設、遺跡、聖跡を巡り、聖書に書かれている世界を目で見、手で触れて実感できる、これが大きな魅力です。
その結果、例えばイエスが等身大の生身の人間として見えてきます。イエスが辿った道を歩いてくると、当時のユダヤ国で生まれ育ち、宗教家を目指して生き、死んでいった一人の若者の姿が、そこに現れます。
イエスが説いた人類愛、平和への希求、平等の精神、こういったものはキリスト教を信じるか否かに拘らず、大切にしなければならないでしょう。

その一方で、西に神のお告げで戦争を始めた大統領があれば、東に神の名において自爆テロで無辜の民を殺す若者ありです。
一体この人たちにとって、神とはナンなんでしょうか。
今回のツアーでご一緒した一人の女性が、教会でお祈りをした後にふとつぶやいた、「何でこう、宗教の名の下に、戦争が起き、人が殺されていくのかしらね。」という言葉、世界中の多くの人の疑問でもあります。
今イスラエルで、パレスチナで、イラクで、この答が求められています。

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