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2006/01/29

11人の女性と同居の「ヒモ」男、これは「事件」なのか

shibuya
六本木ヒルズ族といえばIT長者の集まりで、若き経営者たちが女性タレントとの交際や結婚で、一時期華やかな噂をふりまきました。
あのホリエモンもそうでしたね。
売り出し前や、ピークを過ぎた女性タレントなら、一晩のデート代が数十万円だそうですから、金持ちの彼らから見れば大した出費ではありません。
中には予めデート場所を連絡しておいて、わざとカメラマンにフォーカスされる人もいるようです。
片や、次から次へと女性タレントと付き合っていると世間に思わせることで、自分のステータスが上がる。一方女性タレントの方は、IT社長との交際発覚というのは、決して損な話題ではない。お互いの利益が一致するわけです。
こういう事は金さえあれば誰でも出来ることで、特別の才能は必要ありません。

東京都東大和市で女性11人と共同生活をする、一夫多妻の57歳の男がいると聞いて、「まあ何とウラヤマシイ!」と羨望の目で報道を見ていたら、1月26日に逮捕されてしまいました。
当初「呪文を唱えたら、女性が一緒に住み着くようになった」と言ってたので、是非その呪文とやらを教えて貰いたいと思ってましたのに、とても残念ですね。
恐喝罪だそうですが、これって本当に「事件」なんでしょうかね。例によってTVのニュースショーは、連日朝から晩までこの話題を取上げて詳細を報道しているのですが、事件性を疑います。
過去こうした「事件」で逮捕段階では大騒ぎしても、結局不起訴になったり、裁判で無罪になったりした例が多いので、今回もこの類ではないんですかね。

この渋谷博仁という男は、同居している女性達がお金を稼いで、生活を支えているのだそうですから、いわゆる「ヒモ」ですね。
世の中「ヒモ」で生計を立てている男って、結構多いんです。処が女性の平均賃金は安いですから、自分一人で男を食わせるのは難しい。そうなると、「ヒモ」はどうしても複数の女性に貢がせなくてはならない。
甘い言葉と、脅し、すかし、夜のテクニックと、「ヒモ」はあらゆる手練手管で多数の女性を繋ぎ止めるため腐心します。
この男の場合、占い師だの夢の中の言葉だのと言っていたようですが、これも「ヒモ」トークの一つです。
それでも離れて行く女性は出ますので、常に新規開拓を怠らない。
報道で見る限りでは、この男の行動はごく普通の「ヒモ」生活としか思えません。
ただ特異なのは、女性たち全員と同居生活をしていただけです。
この男の行為が犯罪なら、世の中の「ヒモ」は全員刑務所に入らなくてはならないでしょう。

一方、女性の中には、こうした男性に惹かれる人たちがいます。
この種の女性は、通常の真っ当なサラリーマンや、常識的な考え方の男に魅力を感じないんですね。世間でいう「ダメ男」しか好きになれない。
定職に就かず遊び歩き、嘘つきで自分勝手、顔を見れば金をせびり、気に入らなければ暴力を振るう浮気男、こういう男にしか魅力を感じないんです。
別れても又別のそういう男と付き合う、クラタマの云う「だめんずウォーカー」、私は少し短く「ダメ専」と呼ぶことにします。

「ヒモ」は男なら誰でもなれるわけではありません。やはり特別の才能が必要です。
中でも重要なのは、沢山の女性の中から「ダメ専」女を見つけ出す才能です。継続的に貢がせるためには、女性心理の研究も大事です。
プレイボーイにはお金が、「ヒモ」には才能が要求されます。

今回の「事件」は、「ヒモ」男と「ダメ専」女の「家庭ゴッコ」であり、何でこんな問題で強制捜査したり、逮捕したり大騒ぎするのか、サッパリ理解出来ない。
日本の警察の検挙率は年々下がる一方で、未解決の凶悪事件も多いのはご存知の通りです。
こんな事で遊んでいないで、警察はもっと重大な事件の解決に真剣に取り組んで欲しい、私はそう思います。

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2006/01/28

最近の「名セリフ」

nishida
「時速60キロ制限の道を67~68キロで走ってもまあいいか」、1月27日の記者会見で語ったのは東横インの西田憲正社長の発言、こういうのを「引かれ者の小唄」というのか、「盗人にも三分の利」というのか、人間色々理屈はあるものです。
東横インは全国120のビジネスホテルを展開するホテルチェーンですが、現在までに判明しているだけで8府県16店で、
①身体障害者用の客室を会議室に改造
②障害者用誘導ブロックを撤去
③駐車場の撤去
④当初の設計図のほかに完成後に改造予定の設計図も作製
⑤図面に記載されている「1級建築士」が設計業務には関与していない
の不正が見つかっています。
これらの不正がいずれも西田社長がトップダウンで指示していた疑いが濃いと見て、国交省は120店全てを調査するようです。

西田社長の感覚では、車の制限速度を数キロオーバーした程度のこととしか捕えていない。恐らくこの程度の不正はどこでもやっている、見つかったら運が悪かった、罰金を払えば良いさ、その程度の認識だったのでしょう。
それだけ建築に係わる不正は広範囲であり、日常化しているという事です。
速度制限をオーバーした車を時々捕まえるという行政では一向に問題は解決しない、速度をオーバーさせない仕組み作りを考えてゆかないと、いつまで経っても建設業界は「不正は続くよ どこまでも」から脱却できない、西田社長発言を無理やりそう解釈してみました。
もっともつい先程、西田社長自身からこの発言は不穏当であったとのお詫びがあったようですが、当然ですね。

「あのメディアの持ち上げ方は何ですか」、昨年の衆院選挙で自民党がライブドア堀江元社長を応援したことを指摘された小泉首相の一言、こちらは逆ギレとでも表現した方が良いのでしょう。
堀江氏の立候補宣言は自民党本部で行いましたし、選挙応援には武部幹事長、竹中大臣(金融担当大臣だったからシャレにならない)を始め大物が次々と駆けつけては「息子だ」「弟だ」と叫び、堀江氏自身も「比例区は公明党へ」と演説していて、実態は自民党候補でした。

小泉首相らのホリエモンに対する「熱烈的支持」の根底には、国民に対しホリエモンを「改革の成功者」のシンボルとする意図があったのだと思います。
「改革」により一握りの成功者と、大多数の不成功者が生まれるのですが、その成功者のイメージを植えつけるのには格好の人物だったわけです。
丁度宝くじを売るのに、当れば3億円と宣伝するようなものです。
メディアへの露出も、恐らく自民党側と電通などの広告代理店が組んで演出したものと思われます。
大半のマスコミはその戦略に踊らされ、連日「刺客」とホリエモンの映像をタレ流ししていました。
お陰で私たちは、「改革の成功者とその末路」を、実際に知ることが出来ました。

メディアは堀江容疑者タタキ、小泉首相への責任追求だけでなく、自らの罪状に対する反省が必要だろう、そう考えます。

「買い物に行って事故に遭う確率の方がよほど高い」、米国ベン農務次官が、米国産輸入牛肉に除去が義務づけられている脊柱が付いていた問題についてそう語りました。
一方ブッシュ大統領は、畜産業者の集会で「米国の牛肉が安全であることを日本に教える」と演説しています。
こちらは「盗人たけだけしい」とでも表現しましょうか。
彼等にとって、日本人の食の安全などということには全く関心が無いし、どうやら米国政府の辞書には「反省」という言葉が無いようですね。

たった一言の中に様々な真実が見えてくる、正に名セリフです。

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2006/01/24

国立演芸場「花形演芸会」

taihei
昨晩遂に堀江社長が逮捕されました。
昨夜から今朝にかけてマスコミ各社で、様々な人々がライブドアや堀江氏に対する批判を展開しています。
しかしつい先ごろまで、ホリエモンを時代の寵児として賛美し、持ち上げ利用してきた評論家、学者、政治屋の、この手の平を返した様な言動は、不愉快極まりない。
こういう連中には「自らの不明を恥じる」という感覚が無いのでしょうか。

話は変わって、1月22日の国立「花形演芸会」、人気者の柳家喬太郎と林家たい平の二人が登場です。前売りの発売日午後に電話したら、もう後ろから2番目の席しか空いていなかった。当日売りで入れた昔が懐かしい。
前座は鈴々舎馬るこ、最近の前座はレベルが高くなりました。マクラを振って小咄を入れて「初天神」。師匠の馬風ゆずりの少々アクが強い芸風、好き嫌いが出るでしょうね。
次いで二ツ目の金原亭小駒は「持参金」、初見ですが折り目正しく古典に取り組んでいる姿勢が宜しい。
替え歌のDice(ダイス)、何でこんな芸人を出演させたのか、国立演芸場の意図が分らない。3分の1くらいは昔からある替え歌のパクリ、聞いてる内に段々腹が立ってくる。
だるま食堂のコント、ライブで見るのは初めてでしたが、偉大なるマンネリが楽しい。何が面白いかと言われれば、とにかく一度見てみなさいと答えるしかありませんが、ハマルと中毒になりそうな芸です。

仲トリはお目当ての喬サマこと柳家喬太郎で、演目は「按摩の炬燵」。
昨年はどういう巡り合わせか、喬太郎の高座は全て新作でした。新作も悪くないですよ、でも喬太郎には古典が良く似合う。
今回のネタですが、按摩に酒を飲ませて炬燵の代わりにするという噺で、時間が長い割に笑いが少なく、下手をすると少々陰惨な空気になり兼ねない。第一テーマがテーマなので、現在では電波に乗せられない。要は損な噺です。
喬太郎の偉さは、人気のある内に敢えてこういう損なネタに挑戦し続けているところです。
按摩が酒を飲み次第に酔って身の上話に入るのですが、ここの描写が「面白うて、やがて哀しき」で、しかも明るさは失わない喬太郎の話芸に、ただただ舌を巻きました。

お仲入り後に、秋田弁マジックのブラボー中谷、曲芸の翁家勝丸を挟んで当日のトリ、林家たい平は「お見立て」。
たい平の良さは明るい芸風であり、当今では“笑点”の事実上のレギュラーとして知名度もすっかり全国区となりました。
この演目は、近年志ん朝の名演があり、これを超えた口演にはなかなか巡り合えない。
この噺の最も難しい箇所は、花魁が死んだとウソをついて田舎大尽を説得する吉原の若い者と、それに騙されて悔いの泪を流すお大尽二人のヤリトリが、次第に盛り上がってゆく所です。
たい平はここでクスグリを入れてますが、これは却って逆効果、折角の盛り上げを中断している。
それと時間が押していたのか、全体にやや先を急いていたような感じを受けました。
熱演でしたし、面白かったのですが、私としては不満が残りました。

2000年に真打に同時した喬太郎とたい平、人気の点は良い勝負ですが、実力は明らかに喬太郎がアタマ一つ抜け出したようです。

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2006/01/21

「改革なくしてホリエモンなし」

horie
T-シャツ1枚で過ごせたミャンマーから帰って間もない大雪で、老体が寒さにプルプル震えています。休館中に色々大きな出来事がありました。
ライブドアへの強制捜査、国会での小嶋社長喚問、宮崎勤の死刑確定、そして昨日の米国産輸入牛肉の背骨混入です。
昨夜の小泉首相の会見ですが、第一声の「輸入が再開したのに、残念ですね。」というコメント、これはどうもおかしい。残念なのは米国政府の側であって、何で日本の総理が残念なのか、どうもこの人のヴォキャブラリーは良く分りませんね。
昼間に行った総理の所信表明演説では、自民党1年生議員全員に対し、起立して30秒間拍手するよう指示が出ていたそうですが、やはり前回の記事で指摘したように総理周辺の”驕り”を感じます。
それと、輸入再開にあたって農水省と厚生労働省の担当者が米国の各施設を査察して安全確認をした筈ですが、あれはナンだったのでしょう。
米国の検査担当者が、「除去」という対日輸出の基本ルールすら知らなかった(産経新聞)と聞かされると、いつもの事ながら行政の怠慢を痛感します。
まあこれは「怠慢」というよりは、国民に顔を向けているのか、それとも米国に顔が向いているのかの問題でしょうが。

さてライブドアへの強制捜査ですが、当初は証券取引法違反の容疑で始まったのですが、その後2004年度のライブドア本体の決算に粉飾の疑いが出て、より問題が大きくなりました。株式市場は大混乱で、ついには東証始まって以来の取引停止が起きました。
ライブドアという会社はご存知の通り、IT企業というより、次々に企業を買収して資産を増やしてきたというのが企業実態です。

こうした企業買収の手段として「株式交換制度」を最大限に活用してきました。
この聞きなれない制度ですが、「規制緩和」の一環として1999年8月の商法改正により生まれた制度で、株式交換と株式移転とに分けられています。
株式交換ー自社の株式と他の会社の株式を交換することで他の会社を完全子会社化する制度。
株式移転ー自社の株式と新会社の株式を交換することで新たに親会社を設立する制度。
いずれにしろ端的にいえば、自社の発行する株券が現金と同じ役目をしてくれて、相手先の株式と交換できるという、とても便利な制度です。

この法律が作られた当初は、恐らく大多数の方々が自分の生活とは余り関係ないと思って、気にも留めなかったと思われます。
しかしそれまでは資金を準備しなくては企業買収が出来なかったのですが、この制度のお陰で株券、それも自分で発行した株券が現金代わりになるのですから、とても便利な制度なわけです。
正に現代の「錬金術」ですね。

例えば私が「ほめく株式会社」を設立して株式を発行します。額面は千円ですが、これを宣伝広告やマスコミを利用して10倍の価値があるかのように世間に思わせれば、1万円の資金に化けて他社の株式と交換できるわけです。そうして優良企業が子会社となれば、益々自社の資産価値が上がり、更に10倍の10万円の資金として別の企業買収が出来るようになります。
そうして得た金で「ほめくファンド」を設立して、「きっこのブログ」を買収します。するとこのブログのアクセス数がいきなり日に数万件に昇り、早速マスコミが取材にきますよぉ。そうしたらサングラス掛けて、インタビューに応じようかな~。
こんな事いいな♪出来たらいいな♪
誰もがそう考える。だからそれをホリエモンが実行した。それだけの実に分り易い話ですね。

昨年9月の衆院選挙でホリエモンは事実上の自民党推薦候補として出馬しました。
あの当時、小泉首相を始め武部幹事長、竹中大臣が堀江氏について、「自民党は堀江君の気持ちを温かく尊重してエールを送りたい。考え方は同じだ」「ホリエモンも小泉劇場の脇役だ」「今後、党運営でアイデアを提供していただきたい」などと手放しでベタ褒めしておりました(ZAKZAK)。
堀江社長こそ小泉改革の申し子であり、「改革なくしてホリエモンなし」であった訳です。

「株式市場なんて所詮は賭博場じゃないか」という意見もありますが、そうであればイカサマがし易い制度を作ってはいけません。

「金があれば何でもできる」風潮を批判する声が高いのですが、そうした風潮を作り出した国の制度改革に眼を向けた声は、少ないように思えます。

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2006/01/09

お知らせ

都合により少しの間休館します。
再開は1月20日頃を予定しています。

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2006/01/08

「驕り」が目立つ近頃の小泉発言

koizumi
日本海側を中心とする記録的な大雪は、甚大な被害をもたらしています。豪雪による死者は8日午後5時現在の集計で16道県計67人に上り、負傷者は30道府県計1127人(重傷は352人)に達する惨事となっています。被害は鉄道や道路からライフラインにまで影響が広がっており、野菜の高値が続いています。最近我が家の食卓に、葉物野菜の姿がすっかり消えてしまいました。
地方自治体によっては、除雪費用に充てる予算を既に使い切ってしまい、これから本格的な寒さに向かい深刻な事態に追い込まれています。
ところが被害の大きさに比べ、どうも政府の対応は鈍い。
一昨日の小泉総理の会見でも、この件でコメントを求められると「大雪の被害が出ないよう、しっかりとした対策が必要ですね。」などと、およそ他人事のような気の無い返事でした。
小泉という人は、自分に興味のある問題になると自説をとうとうと述べますが、自分に関心が無い問題になると途端に木で鼻をくくったような言い方になります。
目下の関心事は「ポスト小泉」、なるほど郵便局のカタがついたので次は「ポスト」ですか、モノは順に行ってますな。

今年の総理年頭記者会見での小泉首相の発言で、報道機関で余り大きく取上げなかったのですが、これは看過できないと思われる一言がありました。それは次の発言です。
「一国の首相が一国民として戦没者に哀悼の念をもって靖国参拝する。日本人からの批判は理解できない。精神の自由に、政治が関与することを嫌う知識人や言論人が批判することも理解できない。」
従来中韓など海外からの批判についての反論はありましたが、日本国内での反対論を「理解できない」と断じたのは、恐らく始めてではないでしょうか。

私は首相の靖国参拝には反対ですが、「戦没者の方々に心から哀悼の誠をささげたいという気持ち」は理解できますし、私自身もそうした心境から、靖国神社に参拝したことがあります。
現在小泉総理に問われているのは、そうした個人的心情ではなく、国の最高指導者の行動として適切か否かです。

靖国神社は単なる戦没者慰霊の宗教施設ではない、これは恐らく多くの方が実感していると思われます。
戦前は神道を事実上の国教とする国家神道の頂点に立つ宗教施設であり、他の神社と異なり軍部の管轄下で軍事的役割を果たしていました。
戦後は一宗教法人となりましたが、現在、
・大東亜戦争(太平洋戦争、日中戦争)は日本の自衛のため、そして欧米の植民地であった東アジアに自由と平等を実現するために行われた正当なものであった。
・東京裁判などの戦争裁判は戦勝国が国際法を無視して行なった不法な裁判であり、所謂「戦争犯罪」はすべて冤罪である。
と主張しており、これらは日本政府の公式見解とは異なります。
特に遊就館の展示を見て、宗教施設というよりはプロパガンダ施設という印象を受けた方も多いと思います。
戦前の靖国神社が果たした役割に対して反省どころか、正当化して強弁する姿勢が目立ち、私自身は強い違和感を持ちました。

そうした靖国神社の特異な性格から、戦後の歴代総理が参拝に慎重な態度をとり、新聞各社の論評も反対論が根強い。
総理の足下の自民党内でさえ反対論があるし、過去の世論調査でも賛成反対が拮抗しています。
無論このことは、総理は百も承知の筈です。
反対論に耳を傾けるというのは民主主義の基本ですし、様々な意見を聞いた上で総合的に判断して結論を下すのが、民主主義国家の指導者の在るべき姿です。
それを気に入らない意見は「理解できない」と、問答無用に切り捨てるなら、独裁国家ならいざ知らず、我が国の指導者として資格が問われます。

最近の小泉首相の言動は、権力者の、勝者の驕りを感じますし、もっと云えば些か”図に乗っている”としか思えません。

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2006/01/04

「落語マイブーム」の今後を占う

danshun2
正月だけは歌番組とお笑い・バラエティ番組を見て、今流行っているタレントの顔を認識することにしています。
昨年の流行語に選ばれた何とかHGというタレントの「フォー」を初めて見ましたが、ただ気色悪いだけで、面白さは理解できなかった。「エロかわいい」と言われている倖田來未ですが、こちらも初見でしたが、エロチックでも無いし可愛くも無いので、少々ガッカリしました。
そういえば、一昨年は貧相な芸人が出てきて「ゲッツ」とやっていたし、昨年はギターを持った着流しの芸人が「〇〇斬り、残念」とやっていましたが、ツマラナイ芸だなあと思ってましたら、いつの間にか見かけなくなりました。要は芸の底が浅い。
お笑いというのは、当時何が面白かったのか、それがなぜつまらなくなったのか、誰も説明がつかない、そこが又この世界の難しさです。

今、「お笑いブーム」だそうですね。
それから「落語マイブーム」だそうです。
戦後7回目のお笑いブームという説もあります。この中で1955年前後のブームの時だけ、主役は落語でした。当時ラジオ番組の花形は、落語などの寄席番組でした。
昭和の名人言われた文楽、志ん生、圓生が健在でしたし、多少人気のある落語家の大半がラジオ局と専属契約をして、競って出演していました。
そのあおりで寄席は閑古鳥で、間も無くTVの普及に伴い、動きの大きいコント系の芸人に主役を奪われ、寄席は長い低迷期を迎えます。
現在も人気落語家がどんどんTVに出演するわけでもなく、世間の大きな評判になるわけでもないので、落語ファンだけのマイブームに留まっているわけです。

私が落語ファンの変化を始めて実感したのが2000年です。この年に林家たい平と柳家喬太郎が真打に同時昇進しましたが、その披露公演で前方3列が若い女性で占められていて驚きました。
年寄りだらけ、しかも圧倒的に男性が多い寄席にとっては、明らかな異変でした。
処が最近では、寄席で女性ファンが多いのは当たり前の光景で、時には私のような年配の人間が却って気恥ずかしくなる場合もあります。
現在の「落語マイブーム」を支えているのは女性、それも(お見掛けしたところ)30-40代前後の女性が主力です。

さてこの「落語マイブーム」、これからもしばらく続くのか、それとも一時的に終わるのかですが、私はこれからも続くと見ています。
確かに現在は名人と言われる咄家は誰もいませんが、その代わり40-50代の中堅どころに実力者が揃っています。そして昔のように少し人気が出ると寄席をおろそかにぜず、寄席を大事にし、独演会や勉強会で互いに切磋琢磨して腕を磨いています。
私は1955年当時の落語ブームの寄席を知っていますが、当時と比べると今の方が遥かにレベルが高い。
寄席と芝居は、日本が世界に誇る文化です。
是非皆さんも、寄席や落語会、独演会に足を運んでください。でもあんまりこれ言うと、チケットがますます入手し難くなるので、考え物ですね。

では2005年のMy演芸大賞の発表です。
【大賞】  立川談春「文七元結」
【優秀賞】 柳家三太楼「宗論」
      三遊亭金時「青菜」
      柳亭市馬「堪忍袋」
      立川志の輔「千両みかん」
      古今亭菊之丞「二番煎じ」
賞品はありません、名誉だけです。  

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2006/01/01

年頭妄言

nenga 新年明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願い致します、と誰に言っているのか自分でも良く分りませんが。

以前から、なぜ「明けまして」なのか疑問に思っていましたが、最近になってその理由が分りました.今のように深夜零時になると日付が変るのは明治以降なのだそうですね。江戸時代は「明け六つ」の鐘が鳴って初めて日付が変る、つまり1月1日の東京であれば午前6時50分頃に夜が明けてお正月を迎えるので、「明けましておめでとう」になるんですね。
赤穂浪士の吉良亭討ち入りも、今で言えば12月15日の早朝ですが、江戸時代の暦から言えば夜明け前ですから12月14日となるわけ
です。
元旦が、1月1日の朝という意味であることを知らない人が多いようで、新聞記事でも間違えて使っています。
そういえば”松の内”よいう言葉も死語になりつつあるようですね。門松を1月7日(関東地方では)に片付けるから、1日から7日まで
が”松の内”です。「松が取れたらお伺いします。」と言えば、1月8日以後に訪問することを意味していた。
こういう大事な事は学校では教えてくれない、みんな寄席で習いました。

私は子どもの頃、年末年始がキライでした。何がイヤかというと、クリスマスプレゼントとかお年玉を貰うのがイヤでイヤで、堪らなかったんですね。例え家族からでも、とにかく他人からモノを貰うことがとても屈辱的で嫌いでした。
お祝いされることも嫌いで、従って誕生祝いなどやって貰ったことが無い。今でもそうです。これは成人してから困った事がありまして、他人へ贈り物をすることに気が付かないんですね、自分がイヤだから。日本は何かと贈り物社
会的な雰囲気がありますから、社会人になって結構ハンデでした。
それと子供時代からお祭りが大嫌いでした。だから町内の祭りに行ったことがありません。

それで何が好きかと聞かれれば、寄席と芝居(歌舞伎)と答えました。芝居は7歳、寄席は8歳の時に初めて見に行きました。これが面白かったんですねえ。「7つ8つからイロハを覚え、ハの字忘れて イロばかり」な子供が出来上がっていたわけです。
実に厭なガキですな。
後に犯罪でもやっていたら、「子供時代から心の生育に問題がありました」なんて心理分析されるとこでしたよ、まったく。

当時の寄席に、音曲師で柳家三亀松という有名な芸人がおりまして、これが実に色っぽい都々逸をやるんです。
♪明けの鐘 ゴンと鳴る頃 三日月形の 櫛が落ちてる 四畳半♪ 
♪緋縮緬 肩からすべって 覗いた乳房 にっこり笑って 消す灯り♪ 
なんて都々逸を聴いて、小学校3、4年生でしたが、何となく意味が分りました。
子供なんてえのは、恐ろしいもんです。
「あなた、いけませんわ、さっきのお風呂の中の、あんなおイタ」なんてセリフを聴くと、脳天が痺れました。
あれ以来痺れっぱなしで、未だに頭がハッキリしません。

それでもマトモに成長して、世間様に迷惑を掛けるような事をしなくて済んだのは、時代が良かったんでしょうね。
引きこもりをする場所も無く、自分探しをする暇も無く、とにかく働いて親に楽をさせよう、女房子供を養って一人前の人間になろう、そ
れしかアタマになかったですからね。
選択肢が無いということは、余計な事を考えずに済みますので、幸せだったのかも知れません。
貧しくとも目標があった時代でした。
最近昭和レトロブームと言われていますが、私の高校のクラスの3分の1が母子家庭でしたよ。
皆父親が戦死の人ばかりです。昭和の時代にはそういう現実もあったということは、忘れてはいけない。
それが近頃、又憲法を変えて軍隊を持とうなどと云う声が高くなってきました。
60年経つと忘れてしまう、人間の業ですかね。

昨年12月の天皇誕生日での記者会見で、次の発言がありました。
「日本は、昭和の初めから昭和20年の終戦までほとんど平和な時がありませんでした。この過去の歴史をその後の時代とともに、正しく
理解しようと努めることは日本人自身にとって、また、日本人が世界の人々と交わっていくうえにも、極めて大切なことと思います。」
天皇のお言葉とするより、あの時代を生きてきた一人の人間の感慨として、私は受け止めましたけど。

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