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2006/06/30

「株主総会」初体験記

Soukai
今日で6月が終わり、つまり1年の半分が終わってしまうということです。年齢と時間の早さは、対数目盛りではないかと思えてきます。加齢するほど間隔が短くなるようです。
さて昨日29日は、株主総会の集中日でした。多くの企業は3月末決算ですが、決算が確定し株主総会が開けるのがちょうどこの時期になります。
それ以上に、企業の本音としてはあまり沢山の株主に出席して欲しくないわけで、この日に集中させれば出席者が分散できるというメリットがあります。そういうわけで昨日は、東証上場企業の55%にあたる1003社が、総会を開催したのだそうです。

以前は総会屋対策という大義名分がありましたが、全国で350人とも400人とも言われる絶滅寸前の総会屋ですから、現在ではそれ程神経を使うことは無い筈です。
それでも警視庁は、総会での不測の事態に備えるため、都内630社余りにおよそ1800人の捜査員を派遣したそうですから、なにか警察、気合が入っていますね。

その株主総会というものに、初めて出席してきました。
過去に自社の株主総会には出たことがありますが、社員株主として業務で出ていただけで、サクラでしたから、まともな総会は初体験ということです。
え、株なんか持ってるのかですって、失礼な(怒)。Y社の株をなんと10株も持っています。こう見えてもレッキトシタ株主であります。「ほめくファンド」の代表なのです。でも規模が小さく、経営参加もTOBも無理ですけど。

そのY社ですが、2000年のITバブル当時は、成長企業として人気を集め、公開直後は1株1890万円をつけました。その後30分割してますから、計算すると1株が63万円になります。
で現在はというと、株価は数千円から1万円の間をウロウロしてますので、実に60分の1以下に下落したわけです。
ライブドアの株主の皆様、あなたがたは未だ未だ幸せなのですよ。
私の場合はそれ程大きな損失にはなっていませんが、Y社の株主の大半は損している。

さてそのY社の株主総会ですが、出席者はおよそ200名程度、10時に開会し終了は12時10分なので130分間で、その内社長の報告と決議案の提案が20分ですから、質疑応答が110分掛ったということになります。
私が在籍していた企業は、Y社に比較すると20倍以上の規模でしたが、総会の出席者は毎回80名程度で、関係者以外の純粋な出席者は10名に満たない。発言はゼロで、開催時間は20分強というのが通例でしたから、その落差に驚きました。
関連企業の総会も似たような状況と聞いていましたので、世の株主総会というのはそういうものだと思い込んでいたわけです。

会社は5期連続の赤字が継続中、苦境が続いていますので、株主の質問は大変厳しいものでした。社長の責任を問う声、役員報酬の減額を求める声、取締役の新任を拒否する声が相次ぎました。
特に黒字転換の見通しが立たない状況にどう対処するのかに、質疑が集中しました。
IT企業の社長ということで、すっかりホリエモンのような人物を想像していましたが、T社長は実直な印象で、質問には丁寧に答えていました。時に自分の発言を取り消し陳謝したり、苦しい胸の内も吐露しました。
誠実な人柄だという印象を受けましたが、果たしてこの社長、生き馬の目を抜くIT業界の中で、大丈夫なのだろうかという不安もよぎります。

とにあれ、途中で質疑を打ち切ることもなく、質疑のある人には全員発言させていました。
当初は険悪であった会場の空気も次第になごみ、全議題が承認され、無事お開きとなったわけです。
印象的であったのは、株主側の質疑でも、会社側の回答でも、成る程と思う意見には会場から拍手が沸いていたことです。
翻って一部の企業の総会では、社長の報告にだけ社員株主から拍手が起こり、賛否を問えば一斉に「了解」が唱和され、一般株主が最初から発言できるような雰囲気がありません。

昨日の総会で感じましたが、最初の社長の報告は通り一遍で、内容を伴っていない。
むしろ質疑に答える中で重要なことが開示、説明され、出席者の大半は初めて中身を理解できたと思われます。
こうした新興企業の経営者が、積極的に対話をしていこうという姿勢を持っていることは、評価されます。
反面、古い企業が未だに総会屋対策の名の下に、依然として威圧的な総会を行っているのは、反省が必要でしょう。
いつもでもこうした総会の運営を続けていると、よほど経営者として自信が無いのか、それとも何かウシロメタイことでもあるのかと、勘繰られるだけです。

でも総会出席者のお土産が、紅茶のティバック1箱(10個入り)とは、赤字企業とはいえ、トホホでした。

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2006/06/28

覚せい剤を使用すると刑が軽くなる?

Kousai
刑法の抜粋。
(心神喪失及び心神耗弱)
第39条 心神喪失者の行為は、罰しない。
2 心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。

前回に引き続き刑法についてのエントリーですが、ガマンして読んでください。
6月27日にある事件で高裁判決が出されました。
1999年東京都荒川河川敷で、顔見知りの男性3人を次々殺害して、殺人死体遺棄の罪に問われていた男の控訴審で、一審の死刑判決を破棄し、無期懲役を言い渡しました。一審が認めた完全責任能力を否定し、3人を殺害した当時、被告が心神耗弱状態だったと判断したものです。

高裁での争点は、犯行前に覚せい剤を使用した被告の精神状態でした。
被告の「殺害を指示する幻聴があった」との供述について、犯行時の被告の精神状態が正常でなかったとする鑑定を重視し、心神耗弱だったと結論づけています。
それなら、もしこの男が覚せい剤を使用せずに連続殺人を犯したなら、死刑になっていたわけですから、覚せい剤使用という不法行為を重ねたことによって減刑されるという、実に不思議な判決になっています。

冒頭に掲げた刑法39条ですが、ここでいう心神喪失および心神耗弱の例としては、精神障害や覚せい剤の使用によるもの、酩酊などが挙げられます。
過去の判例では、アルコールや麻薬、覚せい剤の摂取により、故意に心神喪失に陥った場合は、刑法第39条1項「心神喪失者の行為は、罰しない。」は適用されないとされています。
これを飲酒運転での罰則と比較すれば、分かり易い。飲酒により泥酔したまま自動車を運転して事故を起こした場合、業務上過失致死傷ないし危険運転致死傷が成立します。
酔っ払っていて覚えていないという言い訳は、通用しませんね。仮に心神喪失(心神耗弱)状態であったとしても、完全な責任が問われます。

心神喪失(心神耗弱)状態であった者が、通常の殺傷事件を起こした場合は、無罪あるいは減刑となり、一方車で殺傷事故を起こせば、完全な責任が問われるというのは、どう考えても理屈に合いません。
飲酒して事故を起こせば罪が重くなると同様に、麻薬や覚せい剤を使用して犯罪を行った場合は、むしろ罪を重くすべきではないでしょうか。

裁判所が、覚せい剤使用者に有利になるような判決だけは、出して欲しくない。

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2006/06/26

「死刑制度」は必要です

Motomura
山口県光市で1999年に母子を殺害したとして、殺人や強姦致死罪などに問われた当時18歳の元少年(25)の上告審で、最高裁第3小法廷は20日、広島高裁の無期懲役判決を破棄し、審理を高裁に差し戻しました。判決は「無期懲役の量刑は甚だしく不当で、破棄しなければ著しく正義に反する」と述べた。最高裁が無期懲役判決を破棄・差し戻した3例目で、差し戻し後に死刑が言い渡される公算が大です。

この事件、母親と幼児まで殺したという残虐性と共に、犯人とされている被告の事件後の言動が問題となりました。
自分は未成年だから7年程度で出所できるとタカを括っていたばかりか、「被害者さん(遺族の本村洋さんのこと)はちょうしづいている。」「犬がある日かわいい犬と出会った。・・・・・そのまま『やっちゃったた』・・・・・これは罪でしょうか」という手紙を友人に出していました。
この点が最高裁から、更生の可能性について「罪の深刻さと向き合っていると認めることは困難」と判断されたと思われます。

被告は、最高裁での判決を直前にして、殺意を否認する旨を弁護士に伝えました。殺すつもりは無かったというわけです。又反省の言葉を口にするようになり、遺族への謝罪の手紙も書いたようです。

この事件で思い出されるのは、1988年に起きた名古屋アベック殺人事件です。この時の主犯だった被告も19歳、未成年でした。
やはり死刑にはならないと決め付けており、法廷で共犯者たちと目配せするなど反省の態度が無かった。
1989年名古屋地裁は予想に反して主犯に死刑判決を下し、その後被告は反省の態度を示したことから、1996年の高裁判決では無期懲役に減刑されました。

これらの被告は、国家が自らの生命を絶つという事態に直面して、初めて自らの罪と向き合ったと言えるでしょう。逆にいえば、死刑になる可能性がなければ、反省することも無かったし、一生自己が起こした犯罪と向き合う事は無かったと思われます。
ただしこうした態度が、本当に本人の意思によるのか、弁護人からの入れ知恵で態度を装っているのかは、本人しか分からない。
光市の母子殺人犯の場合は、マヤカシと見られたということでしょう。

「死刑廃止」につぃて、その一つに、死刑制度が犯罪の抑制になるかという議論があります。先に上げた事例を見ると、やはり一定の抑止力はあると考えて良さそうです。
勿論、大阪の池田小学校児童殺傷事件や奈良県での幼女誘拐殺人事件の被告のように、自らが早く死刑になることを望むようなケースがあり、こうした犯人たちには死刑制度は抑制にならない。
その反面これらの犯人たちは、出所後に再犯を繰り返す可能性が非常に高いわけで、現在に刑法では、死刑以外の選択はないでしょう。

「死刑廃止」論で度々目にするのに、死刑を執行する人(刑務官)の心情を考えよという意見があります。しかし実行する人が辛い思いをするから、大変だから、制度そのものを廃止するというのは、本末転倒の議論だと思います。
確かに刑務官(看守)の場合、長期に亘って受刑者との付き合い、時には心の交流があるでしょう。そうした人に、命令とはいえ首に縄を掛けるというのは、大変辛いことであるのは十分理解できます。
それをどうしても避けたいのなら、刑務官以外の職の人が執行することを検討するしかないでしょう。例えば死刑を求刑した検察官とか・・・、勿論冗談です。

先進国では死刑廃止が主流であり、死刑制度は遅れた国に多いという議論があります。
私は国別の死刑制度の有無を見て気が付いたのは、キリスト教徒が多数を占める国に死刑廃止国が多い(全部では無い)傾向があるということです。
あるキリスト教のHPに、死刑制度について次のように解説されていました。
「加害者もまた被害者であることに、われわれは気づいているであろうか。そして、加害者の死を求める被害者もまた、加害者になるということにも気づいているであろうか。」
「有名なカインとアベルの物語で、殺人者として罰を受け、追放されるカインに対して『主は、彼に出会うものが、誰も彼を殺すことのないように、カインに一つのしるしを下さった』(創世記4:15)と言われている。」
私は決してこうした考え方を否定しませんし、大多数の国民がそう信じて死刑制度を廃止することに異論はありません。
又罪を犯した人が、こうした考えに共鳴し悔い改めることは、当然望ましいことです。
しかし我が国では、こうした宗教上のイデオロギーを持つ人は、限られています。

国際的な人権団体が、中国に対して死刑が多いという非難を行っているのをよく耳にします。確かに世界の死刑執行の90%以上が、中国で行われています。
しかし私は、こうした問題はその国の現状や国民の意識、その国の歴史的過程を考慮すべきであって、死刑の数だけで判断すべきではないと思います。
但し、中国の裁判の公正さには大いに問題有りで、この点で非難されるのは当然ですけど。

将来的に我が国で死刑制度をどうすべきか別にして、刑法を改正して無期刑を廃止し、終身刑を導入することは早期に行うべきだと考えます。
恐らくは、多くの国民の支持も得られるものと想定されます。
死刑制度を廃止するかどうかという議論に向かうのでは無く、どうしたら死刑になるような残虐な犯罪を無くすことが出来るかを、もっと議論すべきではないでしょうか。

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2006/06/22

小泉総理の迷惑な「置き土産」

Koizumi6_1
小泉政権の5年間を振り返って、実績として強く印象に残るのは、米国のイラク戦争支持と自衛隊派遣、それに郵政民営化でしょうか。郵政民営化も元々は米国政府からの要請に基づくものですから、米国寄りの政策が目立ちました。
戦後の政権が、米国とアジア諸国とのバランスに立っていたと言えるでしょうが、小泉首相の場合は旗幟を鮮明にして、米国一辺倒に舵を切った5年間でした。

小泉・自公政権は6月20日、安全保障会議でイラクのサマワに派兵している陸上自衛隊の撤退を正式に決定しました。
2003年7月のイラク特措法の成立を受けて、2004年1月に陸上自衛隊のサマワ派遣が始まり、以後延べ約5500人の隊員が現地に派遣されていました。
以前から自衛隊のイラク派遣については、自らの政権の間に撤収する意向を示唆していましたから、一種のケジメとも見られます。
しかしイラク戦争に関与した最高権力者としてのケジメとしては、2つ問題が残されていると思います。
一つはイラク開戦を支持した自らの言動であり、もう一つは航空自衛隊の活動継続です。

この間の小泉首相の国会や記者会見での発言がどう変わってきたか、見てみましょう。
「問題の核心は、イラクが自ら保有する大量破壊兵器、生物兵器、化学兵器を廃棄しようとしないこと」
「フセイン大統領が見つかっていないからイラクにフセイン大統領は存在しなかったということ言えますか、言えないでしょう。大量破壊兵器も私はいずれ見つかると思う」
「私も、あのころはいずれ見つかるんじゃないかと思っていた。しかし結果的にはないということ」
「思いと予想と見込みは外れる場合がある」

一方イラクのいわゆる「大量破壊兵器」情報が誤りであったことがはっきりした際に、ブッシュ米大統領は、イラク戦争の開戦理由とした大量破壊兵器保有の情報に「多くの誤り」があったことを認め、「攻撃を決断した責任がある」と表明しました。
もう一人の立役者だったコリン・パウエル前米国務長官は、イラクの大量破壊兵器開発・保有を「告発」してイラク・フセイン政権打倒の軍事攻撃を正当化した2003年2月の国連安全保障理事会での演説について、人生の「汚点」だと語りました。

ここでブッシュやパウエルの発言を賞賛するつもりはありません。
責任者が誤りを認め謝罪するのは当然のことであり、しかも戦争という重大な問題であれば尚更です。
これに対する小泉発言は、いかにも軽い。もっといえば三百代言、言葉のすり替え、言い逃れ、居直りと言って良いでしょう。
恐らく小泉総理の頭の中は、「自分はブッシュの指示通り動いただけであり、米国の判断の誤りに責任を感じる必要は無い」程度のとらえ方なのでしょう。
一体我が国のインテリジェンスは、どうなっているのでしょうね。
もう一つ、こうした小泉発言が、ライブドア事件の堀江被告、村上ファンド事件の村上容疑者から最近の日銀福井総裁の一連の居直り発言のまで、通じているような気がします。
責任者が責任逃れする社会、これは恐ろしい社会だと思います。

もう一つの陸自撤退後の航空自衛隊の活動継続ですが、これからむしろ拡大するのではと懸念しています。
今までは陸自への物資補給という大義名分がありましたが、今後は名実ともに米軍支援のための輸送活動に専念することになります。
戦闘行為に加わるわけではないという見解もあるようですが、輸送というのは軍隊では兵站・ロジスティクス(Logistic)とも呼ばれ、大変重要視されます。俗に「素人は戦術を語り、玄人は戦略を語り、プロは兵站を語る」とされているように、輸送は戦闘の帰趨を左右します。
大義なきイラク戦争への関与は、もういい加減にしましょうよ。

「たつ鳥あとをにごさず」です。
小泉さん、自らまいた種は、自ら刈り取って行ってくださいね。

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2006/06/19

「ものを言えぬ株主」総会の裏側

Murakami2
村上ファンドの村上世彰元代表は、一時期「ものを言う株主」として、もてはやされていたことはご存知の通りです。でも考えてみると、「ものを言う株主」というのは、昔からいました。世間では「総会屋」、あるいは「特種株主」と呼ばれている人たちです。
企業の株主総会に出席された方なら経験があると思いますが、総会で発言する人というのは、殆どが総会屋だけという時代が長く続いていました。

総会屋というのは明確な定義が無いのですが、「株主として株主総会に出席資格を有することを利用し、総会の議事進行に関し、会社が金をくれれば会社に協力し、会社が金をくれなければ会社を攻撃するという行動に出ることにより、会社から株主配当金以外の金員を収得している者」と言えるでしょう。
村上世彰の場合は、総会の場なので企業に株主価値の向上を要求し、株価をつりあげて高値で売るのが商売でしたから、現象から見れば「総会屋ファンド」とも言えるでしょう。

では普通の株主はといえば、圧倒的に「ものを言わぬ株主」です。特に殆どの個人株主は、株価の値上がりと株式配当のみ関心があり、その会社の経営がどうのということには、全く関心を示しません。
しかし会社というのは、本来は株主が所有者であり、従ってその株主が集まる総会は、最高の意思決定機関となっています。
法律で定められている株主総会決議事項は、次の通りです。
・営業譲渡
・定款変更
・資本減少
・合併
・解散
・取締役・監査役の解任
・計算書類の承認
この他に会社の重要な事項については、総会で決議することができます。

しかし日本の多くの(全部と言っても良いでしょう)会社では、株主総会は形式的なもので、実際に審議や特別な決議が行われるのは、極めて稀です。
その最大の理由は、総会屋対策と称して、実質的に株主の発言を極力排除しているからです。
株主総会に何分掛かったかだけが問題とされ、長時間に及べば総務部長が責任を問われる、そうした実態が現在も続いています。
会社の中には、開かれた総会を行う例もあるようですが、全体の中では極めて少数派だろうと推測されます。

会社の株主総会というのは、実に入念な準備が行われます。
会社の規模にもよりますが、先ず数十名の社員株主が組織されます。次に経営者や社員株主全員による総会リハーサルが3-4回行われます。その中では、総会屋に扮した警察OBの従業員などが議事を妨害して、なかなか臨場感あふれるリハーサルとなります。社長の提案に、「了解」「異議なし」と声を揃える練習もします。
顧問弁護士によりダメだしや講評が行われ、修正が繰り返されます。
総会当日になると、開会2時間前には、社員株主が会場前列から10番目くらいまでの席を独占します。勿論通路も全て埋め尽くします。これとは別に、会場警備の社員も配置されます。
そのほかに関係会社や取引先、OB社員などにも協力を求め、出席してもらいます。
そして、私服警官が2名程度、会場の後方に配置されます。
だから総会出席者が100名近くいて、その中で一般株主は数名だったなどという例だって、決して珍しくありません。

銀行や機関投資家と呼ばれるような大口の株主に対しては、総会に先立ち別の説明会を開き、予め議事について了解を得ておくことは、言うまでもありません。

ではなぜこうした念入りな総会対策を必要とするのでしょうか。
どんな企業でも、外部に知られたくない情報は、必ずと言って良いほどあります。企業活動を進める上で、全く法律に触れないというのは困難です。
会社組織として触法というケースもあれば、いわゆる従業員の不祥事ということもあります。
更に経営者(主に社長)の不正、これが意外と多いのです。会社を私物化し、不正な利益を得るケースです。あるいは女性や暴力団との付き合い、これらも表沙汰にしたくない。

株主総会の決議は、普通の会議と同様に多数決(株数基準)で決まりますから、本来は総会屋などというのは、全く恐れる必要が無い。
処が、総会の席上で会社の暗部やスキャンダルを暴露されるのは絶対に避けたい。
だから全国にたかだか400名程度といわれる、絶滅寸前貴種となった総会屋におびえ、今も多くの企業で総会屋対策を行っているのです。

穿った見方をすれば、全国の大半の上場企業の株主総会が集中する6月下旬、それに先立って村上逮捕が行われたのも、意味があったのかも知れません。
これで村上世彰が経済界から退場し、これからはますます「ものを言う株主」がいなくなり、企業は安泰、あとは経営者の思い通りです。
でも、これで良いのでしょうかね。

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2006/06/15

見苦しい「日銀福井総裁」の言い逃れ

Fukui
日銀福井総裁という人は、頭が鈍いのか、厚かましいのか、どうも理解できません。6月15日の参院予算委員会で、「村上ファンド」に1000万円を拠出していた問題について、「今回、世間をお騒がせして、申し訳ありませんでした」と陳謝しました。
世間ウンヌンじゃあないでしょう、日銀総裁として、特定の私募ファンドに投資し、しかもアドバイザーまでつとめていたという責任が問われているのであって、この人は一体日銀総裁という職責をどう考えているのでしょうか。

村上ファンドへの解約申し入れ時期について、13日の委員会質疑ではぼやかしていましたが、15日には次のように述べています。
「最近にいたればいたるほど、村上氏の行動が、当初の志に沿ったものかどうか、必ずしも確信が持てない」として、「今年2月に解約を申し出た」。
この2月というのは、1月のライブドアへ強制捜査が行われ、次は村上ファンドだという情報が、金融当局に入ったと思われる時期です。
捜査情報を得た福井総裁が、解約を申し出たと考えるのが、自然というものでしょう。

ファンドへの拠出により福井総裁は、13日の委員会では「利益は出ているので、分離申告して納税している。巨額にもうかっている感じはない。」と答えていました。
日銀も、「ルールに基づき、適正に報告されている」との見解を発表していました。
しかし15日の審議では一転、「損得勘定は分からない」と答弁を変えています。
やましい事がないなら、なぜ答弁を変える必要があるのか、疑問が湧きます。

収益金の使い道について福井総裁は、「最終的に利益が残るのであれば、私自身の利益のために使うのではなく、国民がどのような角度から見ても、納得できる使い道に使いたい」と説明しました。
多分寄付金にでもするという意味なのでしょうが、これもおかしい。
正当な収益であれば、堂々と受け取れば良い。やましいお金であれば、寄付してもやましいことに変わりはない。

私は、福井総裁が村上ファンドに投資したことを問題にしているわけではありません。
日銀総裁には経済と金融に関する全ての情報が集まります。
そうした立場の人間は、ある特定の株式やファンドに投資してはいけないのです。
村上世彰は、自らのファンドに福井総裁が資金を出していたことをセールストークに活用し、顧客の信用を得るのに利用していたそうですが、ご本人の思惑とは別に、広告塔として利用される結果になっています。

前回の記事でも触れましたが、投資時期が民間人であったというのは通用しません。
たまたま日銀の副総裁と総裁就任の間にあった時期であり、純粋な民間人だったというのは強弁に過ぎない。

日銀が定めた「日本銀行員の心得」には、「過去の職歴や現在の職務上の立場等に照らし、世間からいささかかなりとも疑念を抱かれることが予想される場合、個人的利殖行為は慎まなければならない」とあります。
福井総裁は、組織の最高責任者としてこの行動規範に照らし、自らの進退を決する時期に来ていると思います。

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2006/06/14

「村上世彰」だけが悪いのか

Murakami
6月5日「村上ファンド」代表であった村上世彰が逮捕されて以来、連日新聞紙上やTVのニュースショーでこの問題がとり上げられています。何せ逮捕直前、当の本人が記者会見まで開いて、罪を認めるという異例の展開となりました。
これだけの大事件、その村上という男はどんな悪逆非道な犯罪を犯したのかというと、これが投資顧問会社だった「MACアセットマネジメント」の元役員らと共謀し、2004年11月8日にライブドアの堀江貴文らから、ニッポン放送の発行済み株式数の5%以上を買い集めるとの情報を入手した上で、翌日から2005年1月26日までに、同放送株約193万株を計約99億5000万円で買い付けた疑いです。
いわゆるインサイダー取引ですね。
フーン、何だ、その程度の事件なのかというのが、私の第一印象でした。

その後の調べで、保有していたニッポン放送株の値上がりを狙って、ライブドア側に共同して経営権を握ろうと株の購入をそそのかし、株価が高騰すると約束を破りさっさと持ち株を売り払い、巨額の利益を得たというものです。
何のことはない、ライブドアの堀江らが、村上にまんまと一杯食わされたというお話で、ここでは堀江が被害者、加害者が村上だったということです。悪賢さでは、やはり村上の方が上だったということです。
所詮マネーゲームの世界での、キツネとタヌキの化かし合いで、どっちが勝とうと負けようと、アッシラには係わりのないことでござんす。

いや善良なる一般投資家も被害を受けているという報道もありました。その一般投資家とは、一体どこのどなたなのでしょう。
先ず村上ファンドがある企業の株を買い集めると、村上銘柄ともてはやされ株価は上昇します。
従って、その企業の株を持っていた方々は利益が得ることになります。
村上世彰は、こうした株の購入をマスコミが報道し、その結果株価が上がるのを期待して、その企業経営者に色々な提案をします。そして思惑通り株価が上昇させ、ピーク付近で売却して巨額の利益を得る、簡単に言えばこうした手口です。
損失を出した人というのは、そうした村上銘柄に目をつけ、そのおこぼれに与ろうと提灯買いしたところ、その後株価が下落して損をした人でしょう。
こうした人とかけて、サッカーW杯で日本が負けた原因と解きます。そのココロは「ジーコ責任」。

ファンドというと最近になって名前を聞くように感じますが、昔から主に投資信託という名称で知られていました。こちらは公募ファンドと呼ばれ、ファンドを設定する以前と運用開始後にも、様々な書類提出が義務付けられています。又運用にあったても、リスクを回避するために色々な制約があります。
それに対して村上ファンドのような形態のものは私募ファンドと呼ばれ、規制緩和の一環として1998年に法律が改正され、認められるようになりました。つまりは、政府の規制緩和の申し子です。
ファンドを発行する段階で、有価証券通知書のみ提出が義務付けられ、運用開始後の書類提出は不要です。
又運用に対しては規制が無く、自由な運用が出来ます。

近頃よく耳にするヘッジファンドもこうした私募ファンドの一種です。
ファンドの運営方針も公募と私募とではまったく違います。
公募ファンドが相対的は収益で評価されるのに対して、私募ファンドは絶対的な収益をあげることが要求されます。
例えば、上場企業の平均株価が年間で20%下がったとします。公募ファンドの値下がりが10%であれば、そのファンドマネージャーは評価されます。
しかし私募ファンドの場合では、逆に5%の利益を上げたということにならないと、評価されないのです。
従って、カラ売りなどのあらゆる手段を使って、収益を上げる努力をします。

他人が損しているときに、自分だけ儲かる。他人の何倍もの利益を上げられる。
こうした事が実現するためには、情報獲得だけが有力な武器です。自分だけしか知らない情報をいち早く手に入れ利益を得る、そのために有効なのがインサイダー情報です。
その企業の経営者や一部の幹部しか知り得ない情報を手に入れる、これが大事です。
もちろん通常は合法的に入手しているのでしょうが、実はインサイダー取引というのは、明確な構成要件というのがありません。文書でも残されていれば、それははっきりしますが、一般的には「耳より」情報が多いので、証拠が掴みにくいのです。
運用成績を上げようとすればするほど、インサイダー取引のグレーゾーンに近づいてしまう、これはある意味、私募ファンド運用者の宿命かも知れません。

村上本人の弁でも、2000億円儲かったと言ってましたが、これほどの巨額な収益を得るためには、今回のニッポン放送だけのことではなく、日頃から有益な情報が村上にもたらされていたと、考えるべきでしょう。
例えば、村上ファンドの育ての親であり、有力な出資者でもあったオリックスの宮内義彦会長、彼の場合実に沢山の政府委員をしていますが、こうした筋から入ってくる情報は、極めて有効なものでしょう。
そして昨日国会で問題となった、日銀の福井俊彦総裁です。日銀総裁といえば、その存在自体がインサイダーみたいなものです。しかも村上ファンドへの出資だけではなく、アドバイザーもしていたそうですね、何をアドバイスしていたのでしょうね。
政府も本人も、民間人だった時期だから問題ないと言ってますが、日銀の副総裁と総裁の間の時期ですから、これはどう見ても、純粋な民間人と言い張るのは無理があります。
村上の周辺には、そうした有力な情報提供者がおり、それらの秘密情報が、巨大な利益を生み出してくれたと考えるのが、素直だと思います。

「額に汗している人に報いる」、これは最近良く聞く言葉です。
村上も堀江も、厳しい取調べを受けた時は、額に脂汗をかいていたことでしょう。
しかし宮内会長や福井総裁は、収益金を手にしただけで、汗はかいていない。

検事総長殿、これは問題ないのでしょうか。

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2006/06/10

第3回夕刊フジ平成特選寄席

Kyoutaro2
サッカーのW杯が始まりましたが、何とかならないかと思うことが一つあります。
どうして1ch から12ch までこのニュースになると、現地に「今そちら、盛り上がってますか?」と聞き、現地の方は「ハーイ、こちら次第に盛り上がってきてます。」と答えるのでしょうね。背景に国旗を持ったサポーターが、ピョンピヨンと飛び跳ねている映像が写されるのも、各局同じ。
あとあの「ゴ~~~~~~ル!」という絶叫、見てりゃ分かりますよ。
あの“ノリ”が嫌いで、今一つサッカーが好きになれませんね。

そういうわけで、6月9日は落語を聴きに赤坂区民センターホールへ。
処で、6月9日は何の記念日かご存知ですか?
ご存知なければ教えて上げましょう、“アイナメの日”です。
・・・理由の分からない人は置いといて、先へ進みましょう。

会場の赤坂区民センターホールですが、変わった作りになっています。客席の傾斜がきつく、まるで雛壇のようになっています。ですから観客が高座を見下ろし、噺家が客を見上げて喋ることになります。
あれじゃどっちが見られているのか、分かりませんね。
前の人の頭が邪魔にならずに、見易いですけど。

柳家三三は「だくだく」、この噺最近はやる人が減りました。三三は新真打ですが、とてもしっかりとした語り口です。「柳」派の正統を継いでいますね。端正な中に、どこかトボケタ所があり、実にいい感じです。
落語協会にはこうした優秀な若手が次々と誕生し、前途洋洋です。

立川志らくは「小言幸兵衛」、出だし「麹町」を「赤坂」と言い間違いたり、カンダり、ちょっとバタバタしましたが直ぐに立ち直り、得意のギャグをかましながら一気呵成の「小言幸兵衛」です。
最後は歌舞伎の心中の場面に持っていく辺りは、6代目三遊亭圓生の型でした。
志らくの良さは、常に期待を裏切りません。

仲入りを挟んで、古今亭菊之丞は十八番「棒鱈」。
女将が、着物の袖で風を送りながら笑うシーンは、いつ見ても絶品。歌舞伎の女形を見ているようです。

トリは人気絶頂の柳家喬太郎で「ぺたりこん」(だそうです)。
ここの所数々の演芸賞を総なめにしており、女性ファンの間では喬サマとも呼ばれているようです。
二ツ目時代から注目していましたが、これ程の人気落語家になるとは思ってませんでした。
しかし最近は売れ過ぎのせいか、少々お疲れ気味です。本当は少し仕事を絞って、次の段階に備えた方が良い時期なのでしょうけど。
この日のネタは、トリで演るには相応しくない。
逸材なのですから、小朝の二の舞にならないよう、精進して欲しいと思います。

ともかく最も旬な噺家を揃えたこの例会、ついつい次回のチケットも買ってしまいました。

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2006/06/09

ある女の物語(後編)

Hatakeyama2
娘と二人で暮らし始めたその女にとって、子供をいとおしいと思う反面、そこに分かれた元夫の面影を見ると、疎ましく感じることもある。
女手一つで親子が生きてゆかねばならないから、仕事を始めた。だがどうも長続きしない。女は他人との人間関係を持続するのが苦手だった。もしかすると夫や娘といった家族に対しても、人間関係が保てないのかも知れない、女は次第にそう思うようになった。結局短期間で、転職を繰り返すようになった。
外で仕事をすれば、家庭がおろそかになる。もともと料理が大の苦手だし、家事全般が嫌いだったので、娘との食事はコンビニ弁当か、近くの食堂で済ませた。

そうした女の行動に、周囲の目は段々厳しさを増してくる。女はそれを痛いほど感じると、何だか常に周りから疎外されていた学生時代に戻ったような気がしてきた。
女は寄る辺ない生活を紛らわせるために、パチンコにはまり、金に困ればサラ金、そして最後は自己破産とお定まりのコースを歩み、娘が小学校にあがるころには、生活保護を受けるようになった。

相変わらず男関係だけは派手だった。相手の男の家やラブホテル、そして時には女の自宅で、男達との性的関係を持った。
女は、男達が彼女の体だけを目的にしているのは、十分承知していた。しかし女にとってはそうした時しか、自己の存在感、アイデンティティーが感じられなくなっていた。なにがしかの金を手に得られることも、日々の生活に困っていた女にとっては有り難かった。

男との情事の間は、娘は一人になる。女の自宅が提供される時は、娘はその間家の外に出されることになる。かわいそうとは思ったが、そうするしか方法が無かった。
一軒置いた隣の家に、娘の二つ下の男の子がいて、良く二人で遊んでいた。娘が表に出されている間、家の中に入れてくれて、時にはおやつや食事も与えてくれた。その事には、女は感謝した。
しかしその家の両親から、時には「もう少し娘さんの面倒を見てあげなさいよ。」と忠告を受ける時もあった。周囲の人々も皆同じ思いだったが、本人に直接言ってきたのは、その隣家の親だけだった。
女は言われても仕方ないと思う反面、自分の生活に口出しされると思うと、腹が立った。娘の面倒もこちらから頼んだわけではないし、他人の生活は放っておいてくれ、そうした反発心も抱いた。

ある日娘が下校時間を過ぎても、自宅に戻ってこなかった。夕方になっても姿を見せず、女はその一軒置いた隣家を訪ねた。両親が男の子に尋ねると、下校後しばらく一緒に遊んでいたが、その後男の子だけが自宅に戻ったという答えだった。
深夜になっても戻らず、翌日近くに流れている川の下流で、娘の遺体が発見された。
警察は事故と事件の両面から捜査したが、結局誤って川に転落して水死したとの結論となった。

娘の葬儀に参列した近所の人々の目は、娘を亡くした憐れな母親に対する目ではなかった。男との情事のために、娘を放置してきたこの女に対する深い怒りがそこにあった。
「娘さんは、あんたに殺されたも同然。」という表情が読み取れた。中には露骨にそうしたことを仄めかす者もいた。
「娘の死は事件であって欲しい」と女は真剣に願うようになった。他人の手にかかって殺されたのであれば、周囲の目は一気に同情に変わってくれるだろう、そう思ったからだ。

警察には再捜査するよう、度々要請に訪れた。一向に重い腰をあげようとしない警察に文句を言ったら、「あんたにとっては、事件より事故のほうが気楽なんじゃないの。」と警察官から言われた。警察まで自分を疎外している、その時女はそう感じた。
仕方がないので、娘の目撃情報を得るために手製のビラを作って近所に持っていったが、反応は概して冷淡だった。
娘の水死で警察が捜査に動いた影響から、あれ以来男達もすっかり寄り付かなくなった。
残されたのは、一人ぼっちになった女と、周囲の冷たい目だけだった。

そんな時隣家の親が、生前の娘が写っているビデオテープを持ってきてくれた、再生してみると、娘と隣家の男の子が楽しそうに遊んでいる姿が映し出された。
女は娘の姿に、涙が止まらなかった。何もして上げられなかったことを今更のように思い出し、声を上げて泣いた。
そうしている内に、学校時代からのイジメや疎外感、離婚、転職、サラ金からの督促、自己破産、生活保護に至る辛い思い出が蘇ってきた。
娘を失った今も同情されるどころか、近隣の人たちから警察までみんなが自分を責めている、そう感じた。
そうした数々の思いが、次第にオリのように、女の胸の底に沈殿してきた。

そうして又ビデオを見返していると、普段なら一緒に遊んでくれていた隣家の男の子が、あの日なぜか娘を残して自宅に帰ってしまったことを、ふと思いついた。
何故なんだろうと考えているうちに、隣家の家族に対する憎しみが湧き上がってきた。
今の女の不幸が、まるで隣家に全て原因があるようにさえ、思いつめ始めた。

気が付くと、娘が行方不明になったと思われる時間帯になっていた。
カーテンの開いた窓から、隣家の男の子が一人で歩いて来るのが見えた。周囲には誰もいない。
女は、急いで玄関先に出ると、その男の子に「ねえ・・・」と声を掛けた。

(完)

以上の物語は、もちろん私の完全な創作です。
なぜこの物語を書いたかといえば、秋田の小学校1年生、米山豪憲君殺害事件で、現在畠山鈴香容疑者が逮捕、取調べを受けています。
大変痛ましいこの事件は、まだ全貌が明らかではないのですが、私は特別な人格を持った人間の特殊の犯罪ではないと考えています。むしろ日本中どこでも起こりうる、普遍的な犯罪ではないだろうかとさえ思っています。
親が、あるいは他人の大人が、子供を殺す事件が後を絶ちません。
社会全体が、こうした不幸な事件を少しでも減らすために、何ができるだろうか。この物語を書きながら、その事を考え続けました。

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2006/06/07

ある女の物語(前編)

Hatakeyama
その女はどちらかといえば無口で引っ込み思案な性格だったため、幼い頃から親しい友人が作れなかった。学業もはかばかしくなく、学校に行っても楽しいことなど何も無かった。
最初の転機は小学5年生の時に訪れた。担任の教師がしつけと称して、給食で食べ残したものを手のひらに乗せてまま立たされた。それは教育方針というより、教師から生徒へのイジメとも思えた。

もともと好き嫌いの多かった女は、度々そうした体罰の対象にされた。それを避けるために、給食に出た嫌いなものを自分の机に隠してしまうことにした。時間が経つと机の中の食べ残しは、強烈な臭いを発することになる。「臭い」「汚い」と罵声を浴びるようになり、やがてクラス全体からイジメを受けることになる。
自分の身の回りのことがきちんと整理できない性格もあって、身なりも決して清潔とはいえず、こうした事もイジメの口実となった。
女はますます心を閉ざすようになると、今度は「心霊写真」というあだ名がつき、ますます周囲から疎外された存在となった。

中学、高校と進むが、なにせ狭い地域の中であり、小学生の時の人間関係がそのまま尾を引き、その後も級友からは無視あるいはイジメを受け続けた。
やがて高校を卒業する頃になると、就職を転機に今までの自分を捨てて、新しく生まれ変わろうと決意した。
就職先は県内有数の温泉場にある大きなホテルだった。女はそこで仲居として働いた。
初めて地元のシガラミから抜け出せ、同僚とも新しい人間関係を作ることができた。

女は長身で色白の美形だったから、宴席で度々男の客から声が掛かるようになる。相手の中には性的関係を持つこともあった。バブルという時代背景もあって、小遣いにも不自由をしなくなった。
そうなると女に、人生初めて自信のようなものが生まれてきた。花に吸い寄せられる蝶のように、女の身体を求めて寄ってくる沢山の男達を見ながら、何か自分が生まれ変わったような気分になった。初めて人生の大輪を咲かせたような、弾んだ気持ちに浸れた。
最初は夢中で励んだ仕事だが、ホテルの仲居というのは長時間、重労働で、休みも自由には取れない。遊びたい盛りの年頃の女にとっては、次第に嫌気がさしてきて、結局1年過ぎた頃にホテルを退職した。

嫌な思い出ばかりの故郷だが、女には帰るところはそこしかない。
実家に戻った女は、接客業には馴れていたので、夜は地元のスナックで働くようになった。ルックスも良いし、客あしらいの良かった女に早速馴染みの男性客がついて、間も無くその中の一人と結婚した。新居は実家からも近い新興の県営住宅だった。
そして程なく長女が生まれ、親子3人の家庭ができた。
しかし生来の家事嫌いで、料理も掃除も何もせず、食事は外食かコンビニ弁当という生活に、今度は亭主の方が音を上げた。
やがて協議離婚が成立し、女は娘と二人暮らしの生活を再スタートさせた。

(つづく・・・)
<お断り>この物語はフィクションであり、実在の人物とは関係ありません。

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2006/06/05

日本の文化水準が問われる絵画「盗作疑惑」

Wada
洋画家和田義彦氏のいわゆる「盗作疑惑」ですが、既に多くのブログで取り上げています。
ご本人は「専門家なら違いが分かる」と言っているようですが、私など素人から見ると、あれは単なる「模写」としか思えません。同一画家の絵をひたすら模写したとしたら、余程そのイタリア人画家アルベルト・スギ氏の絵がお好きだったのでしょうね。
海外の美術館に行くと、しばしば有名な絵画の隣にキャンバスを立てて、熱心に模写している姿を見ますが、あの手の絵ですね。
そうした模写を自分で楽しんでいる分には趣味の世界ですから、どうと言うことは無かった。
しかしこれらの模写を、自分のオリジナル作品として世間に公表し、個展を開き、数々の権威ある賞を受賞したとなると、話は穏やかではない。

ある高名な作家のエッセーにこんな事が書かれていました。
小説家に対しても熱烈なファンがいて、この中には、どうしても私が書いたものを読んで欲しいという依頼も多いのだそうです。大概はお断りするそうですが、ある時中年のご婦人が自宅に押しかけてきて、「あなたの小説は、私の作品を盗用している」と主張し始めました。
その作家氏くだんの原稿を見ると、氏の代表的な作品の一言一句たがわず、原稿用紙に書き写したものだったそうです。その事を指摘すると、「いや、これは私の作品だ、あなたが私の真似をしたんだ」と言い張るので、とにかく丁重にお引取り願ったそうです。
ファンであるという心情が昂じて、いつしか好きな作家の作品が自分のものと思い込んでしまったわけです。
今回の和田義彦氏の主張を聞いて、このエピソードを思い出しました。

私は今回の騒動を取り上げた一連のマスコミ報道を見ていて、違和感があります。
確かに盗作した和田義彦にも罪はある。しかし、そうした作品を持ち上げ、賞まで与えた周囲の責任はもっと重いでしょう。
和田氏は過去に東郷青児美術館大賞、河北倫明賞、更には芸術選奨の文部科学大臣賞をも受賞しています。
最後の文部科学大臣賞は、2005年4月から各地で開催した個展、「ドラマとポエジーの画家 和田義彦展」に対して与えられたものです。今となってはこのタイトル、悪い冗談としか思えませんけど。
実はこの個展開催中の昨年12月に、既に和田氏の作品が盗用である旨の投書が、美術館宛に送られていました。
しかし、「スギ氏へのオマージュ(敬意)としての作品」とする和田氏の説明を受け、黙殺してしまった。その結果、輝かしい賞が与えられてしまったわけです。

勲章や褒章の受章にかかわったことがある方なら、お分かりだと思いますが、こうした権威ある賞は、実は「受賞」や「授賞」ではなく、「穫賞」が実態です。賞を獲るために、本人あるいは周囲が、賞の選考会に運動や働きかけを行うのが通例です。ある日あなたに、いきなり「あなたに勲章を授与します」などという通知は来ませんので、ご心配なく。
受賞を働きかけた周囲、賞の選考委員、こういう人々が寄って集って和田氏の権威を作り上げた、寧ろその点にこそ大きな罪があると言わざるを得ないでしょう。

海外の画家の作品だからと弁明していた美術関係者がいましたが、スギ氏はイタリア現代美術展の協会長も務め、同国内では著名な画家です。
模倣が1-2枚ならともかく、20枚とも30枚とも言われている「盗作疑惑」に、賞の選考委員や関係者が、誰一人気が付かなかったとしたら、不明を恥じるべきです。少なくとも、昨年12月に「盗作」の指摘があった時に、本人の弁明だけに済ませていなかったら、避けえたことです。

以前、考古学の発掘で不正が発覚したことがありましたが、あの場合も本人は悪いのは当然としても、名だたる考古学者たちが、揃ってこの発掘者を褒め称え権威を与えてきた、ここに最大の問題があったと思います。そうした責任は、結局ウヤムヤに終わっています。

ここに至れば賞の選考審査会は、過去の面子に拘ることなく潔く誤りを認め、授賞の取り消しを行うべきでしょう。
このままでは、我が国の文化水準が疑われます。

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