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2006/06/09

ある女の物語(後編)

Hatakeyama2
娘と二人で暮らし始めたその女にとって、子供をいとおしいと思う反面、そこに分かれた元夫の面影を見ると、疎ましく感じることもある。
女手一つで親子が生きてゆかねばならないから、仕事を始めた。だがどうも長続きしない。女は他人との人間関係を持続するのが苦手だった。もしかすると夫や娘といった家族に対しても、人間関係が保てないのかも知れない、女は次第にそう思うようになった。結局短期間で、転職を繰り返すようになった。
外で仕事をすれば、家庭がおろそかになる。もともと料理が大の苦手だし、家事全般が嫌いだったので、娘との食事はコンビニ弁当か、近くの食堂で済ませた。

そうした女の行動に、周囲の目は段々厳しさを増してくる。女はそれを痛いほど感じると、何だか常に周りから疎外されていた学生時代に戻ったような気がしてきた。
女は寄る辺ない生活を紛らわせるために、パチンコにはまり、金に困ればサラ金、そして最後は自己破産とお定まりのコースを歩み、娘が小学校にあがるころには、生活保護を受けるようになった。

相変わらず男関係だけは派手だった。相手の男の家やラブホテル、そして時には女の自宅で、男達との性的関係を持った。
女は、男達が彼女の体だけを目的にしているのは、十分承知していた。しかし女にとってはそうした時しか、自己の存在感、アイデンティティーが感じられなくなっていた。なにがしかの金を手に得られることも、日々の生活に困っていた女にとっては有り難かった。

男との情事の間は、娘は一人になる。女の自宅が提供される時は、娘はその間家の外に出されることになる。かわいそうとは思ったが、そうするしか方法が無かった。
一軒置いた隣の家に、娘の二つ下の男の子がいて、良く二人で遊んでいた。娘が表に出されている間、家の中に入れてくれて、時にはおやつや食事も与えてくれた。その事には、女は感謝した。
しかしその家の両親から、時には「もう少し娘さんの面倒を見てあげなさいよ。」と忠告を受ける時もあった。周囲の人々も皆同じ思いだったが、本人に直接言ってきたのは、その隣家の親だけだった。
女は言われても仕方ないと思う反面、自分の生活に口出しされると思うと、腹が立った。娘の面倒もこちらから頼んだわけではないし、他人の生活は放っておいてくれ、そうした反発心も抱いた。

ある日娘が下校時間を過ぎても、自宅に戻ってこなかった。夕方になっても姿を見せず、女はその一軒置いた隣家を訪ねた。両親が男の子に尋ねると、下校後しばらく一緒に遊んでいたが、その後男の子だけが自宅に戻ったという答えだった。
深夜になっても戻らず、翌日近くに流れている川の下流で、娘の遺体が発見された。
警察は事故と事件の両面から捜査したが、結局誤って川に転落して水死したとの結論となった。

娘の葬儀に参列した近所の人々の目は、娘を亡くした憐れな母親に対する目ではなかった。男との情事のために、娘を放置してきたこの女に対する深い怒りがそこにあった。
「娘さんは、あんたに殺されたも同然。」という表情が読み取れた。中には露骨にそうしたことを仄めかす者もいた。
「娘の死は事件であって欲しい」と女は真剣に願うようになった。他人の手にかかって殺されたのであれば、周囲の目は一気に同情に変わってくれるだろう、そう思ったからだ。

警察には再捜査するよう、度々要請に訪れた。一向に重い腰をあげようとしない警察に文句を言ったら、「あんたにとっては、事件より事故のほうが気楽なんじゃないの。」と警察官から言われた。警察まで自分を疎外している、その時女はそう感じた。
仕方がないので、娘の目撃情報を得るために手製のビラを作って近所に持っていったが、反応は概して冷淡だった。
娘の水死で警察が捜査に動いた影響から、あれ以来男達もすっかり寄り付かなくなった。
残されたのは、一人ぼっちになった女と、周囲の冷たい目だけだった。

そんな時隣家の親が、生前の娘が写っているビデオテープを持ってきてくれた、再生してみると、娘と隣家の男の子が楽しそうに遊んでいる姿が映し出された。
女は娘の姿に、涙が止まらなかった。何もして上げられなかったことを今更のように思い出し、声を上げて泣いた。
そうしている内に、学校時代からのイジメや疎外感、離婚、転職、サラ金からの督促、自己破産、生活保護に至る辛い思い出が蘇ってきた。
娘を失った今も同情されるどころか、近隣の人たちから警察までみんなが自分を責めている、そう感じた。
そうした数々の思いが、次第にオリのように、女の胸の底に沈殿してきた。

そうして又ビデオを見返していると、普段なら一緒に遊んでくれていた隣家の男の子が、あの日なぜか娘を残して自宅に帰ってしまったことを、ふと思いついた。
何故なんだろうと考えているうちに、隣家の家族に対する憎しみが湧き上がってきた。
今の女の不幸が、まるで隣家に全て原因があるようにさえ、思いつめ始めた。

気が付くと、娘が行方不明になったと思われる時間帯になっていた。
カーテンの開いた窓から、隣家の男の子が一人で歩いて来るのが見えた。周囲には誰もいない。
女は、急いで玄関先に出ると、その男の子に「ねえ・・・」と声を掛けた。

(完)

以上の物語は、もちろん私の完全な創作です。
なぜこの物語を書いたかといえば、秋田の小学校1年生、米山豪憲君殺害事件で、現在畠山鈴香容疑者が逮捕、取調べを受けています。
大変痛ましいこの事件は、まだ全貌が明らかではないのですが、私は特別な人格を持った人間の特殊の犯罪ではないと考えています。むしろ日本中どこでも起こりうる、普遍的な犯罪ではないだろうかとさえ思っています。
親が、あるいは他人の大人が、子供を殺す事件が後を絶ちません。
社会全体が、こうした不幸な事件を少しでも減らすために、何ができるだろうか。この物語を書きながら、その事を考え続けました。

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コメント

鎌田慧は彩香ちゃんは過失だったとしています。
痛ましい事件ですが、死刑にせよの合唱には賛同できません。
メデイアの邪悪を感じます。

投稿: 佐平次 | 2015/11/23 10:39

佐平次様
私も彩香ちゃんは事故死だという立場です。類似の事件が後を絶たない所を見ても、この事件の普遍性を感じます。
死刑を避けた判決は正当だと思います。

投稿: ほめ・く | 2015/11/23 11:57

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