ある女の物語(前編)
その女はどちらかといえば無口で引っ込み思案な性格だったため、幼い頃から親しい友人が作れなかった。学業もはかばかしくなく、学校に行っても楽しいことなど何も無かった。
最初の転機は小学5年生の時に訪れた。担任の教師がしつけと称して、給食で食べ残したものを手のひらに乗せてまま立たされた。それは教育方針というより、教師から生徒へのイジメとも思えた。
もともと好き嫌いの多かった女は、度々そうした体罰の対象にされた。それを避けるために、給食に出た嫌いなものを自分の机に隠してしまうことにした。時間が経つと机の中の食べ残しは、強烈な臭いを発することになる。「臭い」「汚い」と罵声を浴びるようになり、やがてクラス全体からイジメを受けることになる。
自分の身の回りのことがきちんと整理できない性格もあって、身なりも決して清潔とはいえず、こうした事もイジメの口実となった。
女はますます心を閉ざすようになると、今度は「心霊写真」というあだ名がつき、ますます周囲から疎外された存在となった。
中学、高校と進むが、なにせ狭い地域の中であり、小学生の時の人間関係がそのまま尾を引き、その後も級友からは無視あるいはイジメを受け続けた。
やがて高校を卒業する頃になると、就職を転機に今までの自分を捨てて、新しく生まれ変わろうと決意した。
就職先は県内有数の温泉場にある大きなホテルだった。女はそこで仲居として働いた。
初めて地元のシガラミから抜け出せ、同僚とも新しい人間関係を作ることができた。
女は長身で色白の美形だったから、宴席で度々男の客から声が掛かるようになる。相手の中には性的関係を持つこともあった。バブルという時代背景もあって、小遣いにも不自由をしなくなった。
そうなると女に、人生初めて自信のようなものが生まれてきた。花に吸い寄せられる蝶のように、女の身体を求めて寄ってくる沢山の男達を見ながら、何か自分が生まれ変わったような気分になった。初めて人生の大輪を咲かせたような、弾んだ気持ちに浸れた。
最初は夢中で励んだ仕事だが、ホテルの仲居というのは長時間、重労働で、休みも自由には取れない。遊びたい盛りの年頃の女にとっては、次第に嫌気がさしてきて、結局1年過ぎた頃にホテルを退職した。
嫌な思い出ばかりの故郷だが、女には帰るところはそこしかない。
実家に戻った女は、接客業には馴れていたので、夜は地元のスナックで働くようになった。ルックスも良いし、客あしらいの良かった女に早速馴染みの男性客がついて、間も無くその中の一人と結婚した。新居は実家からも近い新興の県営住宅だった。
そして程なく長女が生まれ、親子3人の家庭ができた。
しかし生来の家事嫌いで、料理も掃除も何もせず、食事は外食かコンビニ弁当という生活に、今度は亭主の方が音を上げた。
やがて協議離婚が成立し、女は娘と二人暮らしの生活を再スタートさせた。
(つづく・・・)
<お断り>この物語はフィクションであり、実在の人物とは関係ありません。
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