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2006/08/22

「われら愛す」を知っていますか?

Saji 先日岐阜の飛騨高山と白川郷に旅行した際、中央自動車道をバスで行ったのですが、途中長野県に入って、やっぱり信濃の国は良いなあとしみじみと感じました。諏訪湖から松本にかけての景色は実に美しいものです。

中学時代の親友の実家が信州で、夏休みに2週間彼の実家に泊めて貰ったことがありました。

私としては初めての東京を離れた生活だったのですが、それ以来長野の魅力にとりつかれました。

長野県は湖や沼が多く、そのことから「みすずかる」が信濃にかかる枕詞になっています。本来は「みこもかる」が正しく「みすずかる」は誤読だそうですが、「みすずかる信濃」の方が遥かに語感が宜しい。

恐らくは現在60歳以上の方ならメロディに聞き覚えがあり、それより若い方なら知っている人は少ないだろうと思われる歌があります。

それは「われら愛す」という歌です。

曲は次のサイトにアクセスすると聞きことができます。

http://bunbun.boo.jp/okera/mawa/warera_aisu.htm

どこか甲子園に流れる高校の校歌のようなメロディで、親しみが感じられると思います。

歌詞を下に書きましたが、「アア、アレか」と気が付かれた年配の方もいるでしょう。

われら愛す(新国民歌)
        作詞=芳賀秀次郎
        作曲=西崎嘉太郎
        編曲=高浪 晋一
一、われら愛す
   胸せまる あつきおもいに
   この国を われら愛す
    しらぬ火 筑紫のうみべ
    みすずかる 信濃のやまべ
   われら愛す 涙あふれて
    この国の 空の青さよ
    この国の 水の青さよ
二、われら歌う
   かなしみの ふかければこそ
   この国の とおき青春
   詩(うた)ありき 雲白かりき
    愛ありき ひと直かりき
   われら歌う おさなごのごと
    この国の たかきロマンを
    この国の ひとのまことを
三、われら進む
   かがやける 明日を信じて
   たじろがず われら進む
    空にみつ 平和の祈り
    地にひびく 自由の誓い
   われら進む かたくうでくみ
    日本(ひのもと)の きよき未来よ
    かぐわしき 夜明けの風よ

1953(昭和28)年、洋酒の壽屋(現在の「サントリー」)社長佐治敬三氏が、新しい憲法のもと、国民自身の手で新生日本にふさわしい国歌をつくろうと、「国民の誰もが愛唱し、勇気づけられる歌を」と新聞広告で「新国民歌」を全国に公募したもので、当時実に作詞に約5万点、作曲に約3千点の応募があったそうです。

審査員の顔ぶれが、これまた豪華でした。
《作詞》 堀内敬三・土岐善麿・大木惇夫・西条八十・サトウハチロー・佐藤春夫・三好達治
《作曲》 堀内敬三・山田耕筰・増沢健美・古関裕而・サトウハチロー・諸井三郎

そして審査の結果選ばれたのが、この「われら愛す」という曲でした。

1953年といえば、終戦から8年後、米軍占領下から日本が独立した翌年です。

未だ戦争の爪跡が残されていて、国民の大半は自分達が生きることに精一杯の時代でした。

その時代に国を愛し、平和を祈り、自由を誓うといった希望に溢れたこの歌は、多くの人々に新鮮に受け止められたと思われます。

全国各地で発表会や演奏会が行われ、ラジオからは毎日のようにこの歌が流れていました。

サントリー美術館やサントリーホール設立など、日本の文化芸術活動に貢献した佐治氏としては、国民自身が愛唱する歌を、戦前の「君が代」に変わる新しい国歌としたいという意図があったと思われます。

それは審査員の顔ぶれからも窺えます。

作詞家:西条八十、作曲家:古関裕而といえば、共に軍歌を最も沢山作った人物です。

しかも、その中にはこんな曲もありました。

比島決戦の歌(1944年3月)

(西條八十作詞・古関裕而作曲)

決戦かがやく アジアの曙 

生命(いのち)惜しまぬ若櫻

いま咲き競う フイリッピン

 いざ来いニミッツ、マッカーサー

 出てくりや地獄へさか落とし

そうしたら本当にニミッツとマッカーサーが出てきて、日本がさか落としになってしまいました。

そのマッカーサーは占領軍総司令官として、戦後6年間日本に君臨したのですから、西条と古関の両氏は周囲から「戦犯」と騒がれ、本人達も生きた心地がしなかったようです。

こうした人たちを審査員にしておけば、後で国歌として選定する際に、保守政治家や国粋主義者の反対も起きないだろうと踏んでいたのかも知れません。

私も当時、いずれこの歌が新しい国歌になるのだと、そう考えていました。

その後政府と文部省が、「君が代」を国歌とする方針を固めたため、この新国民国歌構想は立ち消えになってゆきました。

佐治敬三氏も1999年に死去し、今ではこの歌の存在自体も忘れ去られようとしています。

「君が代」の斉唱が強制されるという報道に接するたびに、私はこの「われら愛す」を思い出します。

そして今でも長野を訪れるたびに、“♪みすずかる信濃のやまべ・・・♪”を口ずさんでしまいます。

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