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2006/09/11

「9.11」事件とは何だったのだろうか

Wsc2001年9月11日にアメリカで起きたいわゆる同時多発テロ事件から、今日で5年になります。
この事件は、私自身にも強い思い出があり、恐らく生涯忘れることは無いでしょう。

先ずこの年の5月に兄と共にニューヨークに旅行し、昼間自由の女神像があるリバティ島から(左上写真)、あるいは夜はブルックリン橋から、世界貿易センタービル(WTC)を何回も眺めました。崩壊の4ヶ月前です。
ですからWTCの崩壊も映像には、とても強い衝撃を受けました。

事件発生直後、メトロポリタン美術館の職員である知人にメールで連絡したのですが、夕方まで連絡がとれず随分と心配しました。その後ようやく返事が届き、市の中心にあるアパートは立ち入り禁止となって、その間友人の家に身を寄せていたとのことでした。家族ともども無事との知らせで、ホッとしたことを覚えています。

日本で暮らす私のような人間でさえ、それだけの衝撃を受けたのですから、アメリカ国民や在米の方々のショックは、計り知れないものがあっただろうと思います。
米国は今に至るまで、数々の戦争の当事国になりながら、独立戦争以降は本土が外敵から攻撃されたことがありませんから、

もう一つ忘れられないのが、反テロのための戦争を宣言した時のブッシュ大統領の表情です。この事件の直前までブッシュの支持率が低迷していて、映像を見ていても何となく元気がないように見えていました。
しかし事件後の大統領の表情は一変し、よく言えば決意が漲る、見方によれば俄然張り切った顔に一変していました。

米国民の世論も一気に変り、報復戦争を肯定する愛国的な世論が形成されました(どっかの国とチョイと似てます)。
特にTVが、事件とは無関係の、アラブ人たちが喜んでいる映像を繰り返し流し、彼らに対する憎悪をかきたてました。
この事件の首謀者は、2004年11月はじめ、オサマ・ビンラディンがビデオを通じて犯行を指揮したと証言し、公式的には彼等の犯行ということになっています。

しかし米国政府は、事件直後からオサマ・ビンラディンが首謀者と断定し、アフガニスタンのターリバーン政権に身柄の引渡しを要求、これが拒否されるや10月7日にはアフガニスタンへの侵攻を開始しました。
次いでイラク政府がオサマ・ビンラディンとつながっていること、フセイン政権がいわゆる大量破壊兵器を所有していることを口実に、2003年3月19日イラクへの侵攻を開始します。
両国とも現在まで米軍の武力攻撃は継続され、アフガニスタンの犠牲者は明らかになっておらず、イラクでは数万人の市民が(調査機関によれば10万人以上とも言われる)が殺害されました。

しかしその後の調査で、米上院情報特別委員会は、「フセイン政権がオサマ・ビンラディンと関係を築こうとした証拠はない」と断定し、大量破壊兵器計画についても、少なくとも1996年以降はイラクに存在しなかったと結論付けました。
これはブッシュが主張したイラク戦争の大儀は全く存在していなかったし、偽りの説明をしていたことになります。

ブッシュ政権は、反テロ戦争への支持と引き換えに、ロシアではチェチェンの、中国では新疆ウイグル自治区に対する過酷な弾圧を黙認しています。
米国国内では、市民の自由と民主主義が、反テロの口実のもとで何かと制限され、最近明らかになったように世界各地の収容所において、暴力や拷問が日常化しています。
米国は一方で中東の民主化をさけびながら、他方民主主義に逆行する政策をとっています。
残されたものは、世界的な国家、民族、宗教間の対立の激化と、社会的混乱です。

9・11事件以後、この事件が実はブッシュ大統領らが仕組んだ陰謀だったという説が流布されています。アメリカ国内でもそうした考えに共鳴する人がいるようです。
この事件により最も利益を受けたのは、ブッシュ大統領と軍需産業を中心におくコングロマリットでした。9.11事件がなければブッシュの再選はなかったでしょうし、過去のブッシュ・ファミリーとオサマ・ビンラディン一族との深い関係も、疑われる根拠になっています。
しかし私は、一連の事件を米国政府主脳が仕組んだとは思っていません。
ただ現在までに明らかになった情報から推測すれば、米国政府は9.11事件を未然に防ごうと真剣な努力はしていなかったこと、起きた事件を自らの政権基盤の強化のために積極的に利用しようとしたことだけは、先ず間違いないでしょう。

イラク開戦の根拠とされた大量破壊兵器などの間違った情報判断に関しては、ブッシュ大統領やパウエル国務長官(当時)、イギリスのブレア首相らは、誤りを認め一応の釈明をしました。
処が、イラク開戦を支持した我が国の小泉首相とその周辺からは一言の釈明も無いし、未だに誤りを認めようともしません。
こうした政治家としての倫理観に欠ける人物を国のトップに置いているということは、国民として大変不幸なことだと思います。

9・11事件は、事件そのものより、「反テロ」を錦の御旗としてそのためなら何をしても許されるという風潮を蔓延させてしまった、こちらの影響の方が深刻です。
我が国でも、反テロを口実として市民生活の自由を奪おうとする動きがあることは、十分注意する必要があります。
「他山の石もって玉をみがくべし」です。

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