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2006/10/31

加速化する中国国内の歪み

Littleemperor安倍総理の訪中から、ここの所「反中国ブログ」が今一つ元気がないご様子。やはり親分の姿勢が変わったことで、気勢がそがれているのでしょうか。

ご存知の通り、1970年代末から中国はいわゆる「一人っ子政策」(正確には「計画出産」という)を進めてきました。
1950-60年代にかけて毛沢東が、人口の多いことが兵力増強につながると、「生めよ殖やせよ」とばかり出産を奨励した結果(我が国でも同様の理由で1941年に「生めよ殖やせよ」が閣議決定された)、人口爆発を起こした反動として採用されたわけです。
人口抑制には有効だとしても、人間の生殖活動を法律で規制するということは土台ムチャな話しです。

当初は都市部では厳しく、農村部では大目に見ていたのですが、1990年代の後半からは農村部でも「一人っ子政策」が厳密に適用されるようになりました。
その結果、無理な堕胎が横行する一方、農村での労働力確保のために妊娠時に性別検査を行い、男子を優先出産するという弊害が生まれています。
一人っ子で甘やかされるために、自分勝手で我が儘な「小皇帝」(石原慎太郎の事ではないですよ)に育ってしまうという問題もあります。

更に悲惨なのは、出産したものの出生届が出せず、戸籍が無いいわゆる「闇っ子」(「黒孩子(ヘイハイズ)」と呼ばれる)にされてしまうという問題です。こういう子供たちは教育や医療などのサービスが一切受けらない。
それでなくても中国の義務教育とは名ばかりで有料なため、貧しい農村では学校に通えない子供が多いのです。
勿論まともな就職もできないので、都会に出て行ってストリートチルドレンやホームレスになるか、あるいは闇の世界に流れてゆきます。
更に周辺国に不法入国し、犯罪に手を染めることにもなります。
「一人っ子政策」は、推定で3000-4000万人という膨大な無国籍の人間を生んでしまいました。

余りに矛盾が大きくなったため、中国政府は少しずつ政策の手直しを迫られています。
先般、小さな子供を3人連れて若夫婦を見かけたので理由を聞いたところ、罰金を払えば済むのだそうです。二人目はおよそ100万円、三人目は1千万円近い金額だと云っておりました。どちらにしても、中国の所得水準からすれば、桁外れの大金です。
お金さえあれば複数の子供を持てるという、実に不公平な社会になっているわけです。

この10月に中国を訪問した時に初めて耳にしたのが、もう一つの手直し政策です。
現地ガイドは夫婦が博士同士との説明でしたが、ネットで調べると外資系や一流企業の社員や医者など若手エリート層の夫婦を対象に、二人目の出産を認めるようになったということです。
先の罰金制度と併せれば、優秀か又は金持ちの親は子供が二人でも三人でも持てるけど、そうじゃない親は子供が一人しか作れない、早く言えばこういう制度ですね。

これじゃあ、優秀な性質も持つ人間を選択的に殖やすとした、かの悪名高いナチスの優性思想と何ら変わりがありません。
中国政府は人口抑制の名の下に、極めて非人間的な行為をしていると言わざるを得ない。
こうした政策が永続きするとは思えません。

「新しい革袋に新しい酒を」とは、聖書のマタイ福音書の中の言葉です。
中国は1978年に鄧小平の指導の下で、経済を改革開放政策に大きく舵を切り替えました。
実態は経済成長第一主義の「原始資本主義」です。
その結果、都市と農村の収入格差は、実に30倍にも拡がってしまいました。
一方政治体制は古い革袋である旧制度をそのまま残したので、注がれてくる新しい酒に耐えられず、あちらこちらに綻びが目立ってきます。政府はその「ツギ当て」に追われているというのが現状です。

中国では言論の自由が無いとか、政府への批判が出来ないという意見をよく聞きますが、それは不正確です。
現地で中国人と話すと、官僚の不正・腐敗と経済格差の拡大(日本も似てますが)について、しばしば現政権に対する厳しい批判を耳にします。この点は救いですね。

中国の現状は、もはやこれ以上新しい酒を注ぐのを止めるのか、さもなくば新しい革袋と取り替えるか、そういう臨界が近づいているように思えます。

2006/10/29

風間杜夫の平成名人会@明治座+祝!安藤美姫初優勝

Andomiki50年ぶりぐらいで久々の日本橋浜町・明治座。
われ幼少のミギリに、尾上菊五郎劇団の歌舞伎や新国劇で何回か通った記憶があるが、立派な高層ビルに代っていた。
今回の会を企画した風間杜夫といえば、大の落語ファンとして知られ、この小屋でも落語をネタにした芝居を上演しており、本職に混じって一席伺う機会も多い。
10月28日は、林家一門+春風亭昇太という顔ぶれ。
何せ人気番組“笑点”の出演者が、3人も顔を揃えるとあって、客席は大入り満員。

開口一番は、林家たい平「七段目」。林家一門の最高の期待の星だ。
このネタ、真打披露公演以来数回聞く、たい平のオハコ中のオハコ。芝居噺の代表的作品で、たい平は団十郎や福助の声色入りをサービスとしている。
たい平は得意の演目をサラリと仕上げて、高座を下りた。

春風亭昇太「権助魚」。落語芸術協会の最高の期待の星だ。
愛知地球博と洗濯機のマクラ、毎度お馴染みだが何回聞いても可笑しい。
権助といえば、落語の中では田舎出の奉公人というキャラのスターの一人。このネタでは、浮気物のダンナのアリバイに協力し、隅田川で獲れたという魚を本妻に持参するのだが、これがホッケ、スケソウダラ、タコ、メザシ、おまけに蒲鉾ときては嘘がバレバレになる。
昇太は勢いに任せて一気に演じ、場内の爆笑を誘っていた。

ここまでは良かったが、後がイケナイ。

仲入り前は林家正蔵「読書の時間」。
相変わらずの海老名家のマクラで、このネタ、どう考えても中トリの演題ではない。
この人は正蔵襲名を前にして随分と上手くなったと思ったが、その後は伸び悩み。
そういつまでも世間の目は温かいとは限らない。心すべきだろう。

仲入り後は春風亭小朝「三味線演奏と小咄」。
てっきり三味線演奏は余興かと思ったら、これでオシマイって。エッ、エー。
顔づけを見たお客の中には、小朝のトリを期待した人も多かったろう。
小朝は器用だし何をやっても上手い。落語も一流。だけど何かが足りない。だから常連客の満足度は低い。いつも80%の力しか出さないからか。早く言えば芸の出し惜しみ。

風間杜夫が登場し「粗忽長屋」。
素人芸としては大したもの。恐らくプロの二つ目くらいの実力があるのだろう。

トリは林家木久蔵で、何か題はついていたが、要は漫談。
相変わらずの“笑点”の楽屋話に先代正蔵の物真似、北朝鮮のニュースに出てくる女性キャスターの話題のマクラ。いつ聞いても面白いですよ。だけどマクラでオシマイ。
木久蔵の高座は何回も見ているが、まともな落語を聞いたことがない。
本当は先代三木助や先代の正蔵に師事し、本格的な古典落語を演じる力があるのにですよ。

人気者の顔見世のお祭りと割り切れば、それまでかも知れないが、とかく人気先行で実力が伴わない、林家一門の限界を見た気がする、落語会であった。

話はガラリと変わりますが、フィギュアスケートのグランプリシリーズ開幕戦で、安藤美姫選手が自己べストを大幅に更新する192.59点をマークして、逆転で初優勝しました。
身体も絞られて、スッキリとした体型になりました。
今大会では、昨季の不振が嘘のような、華麗で力強い演技を見せてくれました。
一度は引退が囁かれた時期を乗り越え、ここまで這い上がってきた気力に拍手を送ります。
原点である得意のジャンプの技を磨いたのが、功を奏したものです。

美姫ちゃんの時代到来の予感です。
オメデトウ、嬉しい(涙)。

2006/10/28

安倍首相はヤッパリ「鷹」

Abe310月上旬に中国へ行きましたが、安倍晋三首相への評価は大変なものでした。現地の人は「今迄の小泉はおかしかったが、今度の安倍新総理は期待できる。」と手放しです。
安倍新総理が先ず中国を訪問し首脳会談を行ったことで、かの国の中華心情を大いに満足させたものと見えます。
つい先日まで、蛇蝎のごとくお嫌いであった国からこうも誉められては、「昨日の敵は今日の友」という所でしょうか。先ずはご同慶に堪えない。

中韓訪問に続き国内でも村山談話や河野談話を踏襲すると明言して、待ち受けていた反対勢力に肩透かしを食わせた格好で、予想していたより老獪な政治家であることを証明しました。
加えて、正に阿吽(あうん)の呼吸としか言いようのないタイミングで北が核実験を発表し、衆院補選にも圧勝、いよいよ「追風に帆かけてシュラシュシュシュシュ」。

新聞各紙の論評でも、「君主は豹変」といった見出しが目立ちました。
このことわざはの語源は「君子は豹変す。小人(しょうじん)は面を革(あらた)む。」で、君子は自分の考えや行動に過ちがあったなら、素直に反省して改めることに躊躇しない、という意味です。本来はとても良い意味ですね。
これに対して、小人が他人から過ちを指摘されても、表面だけは反省したように見せるだけで、本心は少しも悔い改めてはいないという意味になります。
さて安倍晋三さんは君主? それとも小人?

ライト打ち一辺倒を改めたかに見える安倍総理に成り代わって、ここのところ周辺の取り巻きのご連中が、首相の本音を語っています。
中川昭一政調会長や麻生太郎外相たちの核保有発言です。本人たちは論議が目的と言っておりますが、何かを決するために議するわけで、実際には日本も核武装すべきだというのが彼等の本音です。核武装してれば国が安全なら、何を恐れて米国は世界中に出かけて戦争をしているのでしょうかね。

教育基本法の改正が、今国会の日程に上っています。
改正論者の主張を読むと、早く言えば世の中が悪いのは教育が悪いせいだという前提があり、ここから教育→学校教育→義務教育→教育基本法という展開になっているようです。
仮に戦前の天皇への絶対服従、忠君愛国教育を今行ったところで、それで日本が良くなるとは到底思えませんけど。

もう一つ、改正論者の頭には、教育改革を思想教育と捉えている傾向が見受けられます。
例えば安倍総理の側近である下村博文官房副長官は、教育問題のシンポジウムで、「安倍政権が目指す教育」について次の様に発言しています。
「(文部科学省の)局長クラスは政治任用し、役人の思想信条はチェックする。」
「『自虐史観』は官邸のチェックで改めさせる。」
安倍首相および周辺が考えている教育とは、思想教育であることを窺わせます。

以下は、戦争末期に小学校上級を迎え、集団疎開に行っていたという男性から伺った話です。
毎日の食事に事欠く日々を送っていたら、あるとき米軍が飛行機から食糧とお菓子を詰めた袋を落下させたそうです。それまで戦争に負けたら日本人は全員殺されるという教育を受けていた子供たちの、「アメリカ憎し」だった精神がコロリと変わってしまった。
翌日から晴れ渡った空を見ると、子供たちは「あ、アメリカ晴れだ。」と言って喜んだそうです。
大人だってそうでしょう。「天皇陛下万歳」が数ヵ月後には、「マッカーサー元帥万歳」に一変したんですから。
思想教育とは、かくも儚いものなのです。
それともあれですかい、まさか北朝鮮のような徹底した教育を志しておられるのでは。
北のような「美しい国」になら、真っ平ゴメンでっせ。

安倍総理は君主でも小人でもありません。「鷹」です。
「能ある鷹は爪を隠す」で、世論の動向をにらみながら、ひそかに爪を研いでいるのでしょう。

2006/10/25

奈良市職員休暇不正問題の深層

Nara23日のマスコミは一斉に、奈良市環境清美部に勤める40代男性職員が、2001年からの5年9カ月余りで8日しか出勤しないにもかかわらず、給与が満額支給されていたことを報じました。
私はこの一報を聞いたときに、こうした不正が見逃されるのは、恐らくこの職員が同和団体の関係者だろうと、ピンときました。
その後の報道でこの職員は休暇中に、部落解放同盟奈良市支部協議会副議長として市との交渉や、親族が経営する企業の受注活動などで度々市を訪れていました。
やはり予想した通りです。

マスコミの報道に、いくつかタブーがあることは広く知られています。
主に皇室、右翼、電通、同和団体、宗教団体などが対象で、こうした関係の都合の悪い記事や、スキャンダルを報道することを避ける傾向は今も根強いようです。
マスコミ企業経営に差し障りがある、威力による抗議や暴力による脅し、恫喝が怖いなどの理由からです。
先日自民党加藤元幹事長の実家が放火されましたが、容疑者の右翼幹部が所属している組織名を、殆どのマスコミが報道しなかった。これが普通の企業や政党、団体であれば、必ず組織の名前は出した筈です。
こうした傾向は、何もマスコミに限ったことではありません。
今回の奈良市職員の不正行為の件でも、こうした不正が長期にわたり見逃されたのは、職員が解放同盟の幹部であったからでしょう。
行政側は見て見ぬふりをし、職員もまたそれをいいことに不正を続けてきたという構図は明らかです。

部落差別が存在しているのは確かですが、下記のような例は世の中に受け入れられるのでしょうか。
私が未だ現役当時、所属していた企業では「人権教育」が行われていました。この企業で、かつて社員の一人が部落差別を行ったということで、全社員が毎年2回人権教育を受けることになっていたからです。
その中で講師から次のような指摘がありました。
「ある有名作詞家が新聞のコラムに、『士農工商代理店』という見出で記事を書き、これが部落差別にあたり同和団体から差別の糾弾を受け謝罪した。記事そのものは広告代理店の社員の社会的立場が弱いという内容だったが、江戸時代に士農工商の下に被差別部落民が存在していたことから、こうした表現を使うことは明らかな部落差別だ。このように現在でも部落差別は厳然と続いている。」
牽強付会もいいところで、なぜこれが部落差別になるのか納得がいきません。
こうしたことまで差別として糾弾されるとしたら、周囲は過剰な規制を行うようになり、やがて見て見ぬふりになってゆくのです。
私の好きな歌手ちあきなおみのヒット曲「四つのお願い」が、同様の理由で永らく放送禁止にされていたことはご存知でしょう。

同和対策に投入されている公金が、利権を生み、腐敗、不正の温床になっているという指摘があります。関西を中心に、同和団体関係者の不正や犯罪が次々明るみになっている現状では、そうした批判が生まれるのは当然です。
また解放同盟の一部の幹部や支部員の中に、暴力団の組員である者もいるようですが、恐らくこうした人間が不正・腐敗・犯罪の中心になっていると思われます。

部落差別を含めて差別は絶対にしてはならない、これは当然のことです。
部落解放同盟が、戦前の全国水平社の時代から、部落差別と闘ってきたことに敬意を表するものです。又現在でも心無い人が部落に対する差別的な中傷を行っていることも承知しています。
差別と闘い人権を擁護するためには、その組織が先ず自ら身を浄めることが肝要です。「差別」をネタに利権を貪ったり、暴力団と関係を持っているような人物は排除すべきでしょう。
差別を無くすためには、周囲の支持と共感を得ることが大事であると思います。

今回の奈良市職員の不正事件のような構図は、おそらく他の地方自治体でもおきているでしょう。
部落差別と指弾されることを恐れ、当たらずさわらずで不正を見逃したり、特別扱いしたりすることは、逆に差別を助長します。
今回の事件を教訓に地方自治体は、住民誰しもが納得のいく公正な行政を進める必要があります。

パソコンの後ろから、「あんた、そんな記事書くの、止した方が良いわよ。」の声あり。
我が家でも自主規制が求められてしまいました。

2006/10/24

「赤穂事件(忠臣蔵)」の謎と真実(上)

Uchiiri今月から3ヶ月にわたり、国立劇場の「元禄忠臣蔵」を観劇する予定ですが、これに合わせていわゆる「赤穂事件」の謎と真実について、私見を述べてみたいと思います。
この事件は、一般に忠臣蔵と呼ばれるほど人口に膾炙され、それだけに事実と物語の世界がないまぜになり、フィクションがあたかも真実のように受け止められています。

史実としての赤穂事件とはどういうものだったのか確認して見ましょう。
【刃傷】
元禄14年(1701年)江戸城松の廊下において、赤穂藩主浅野内匠頭が高家肝煎吉良上野介に切りかかり負傷させた。
幕府は浅野内匠頭に対し切腹・御家断絶、吉良上野介に対しては「お構いなし」との裁定を行った。
内匠頭の弟で養子の浅野大学は閉門、赤穂藩の江戸藩邸と赤穂城は収公され、家臣は城下から退去となった。
【討ち入り】
翌年の元禄15年(1702年)12月14日、元家老職にあった大石内蔵助以下赤穂浪人46名が、江戸本所の吉良邸に討ち入り、上野介とその家臣多数を殺害、負傷させた。
今回の事件に対する幕府の裁定は、討ち入りに参加した赤穂浪人全員を切腹させ、遺児に遠島を命じた。
一方上野介の養子吉良左兵衛は知行地を召し上げられ、他家へお預けとなった。

以上が赤穂事件全体の概要であり、事実です。
何だかこうして事実だけ書くと、2つの事件ともに浅野家サイドが加害者、吉良家サイドは被害者であることが分かります。
しかも最初の刃傷事件は無抵抗の吉良を浅野が一方的に切りつけたものであり、後者は武装した旧浅野家家臣たちが、無防備の吉良家の主とその家臣たちを殺戮したものです。
処が、吉良家は前の事件ではお構いなしだったのに、後の事件では事実上のお取りつぶしにされたのですから、正にふんだりけったりで、被害者側から見ると不条理な裁きだったと思います。
赤穂事件は、「忠臣蔵」ではなく、「吉良家の災難」と呼ぶのが相応しいですね。

赤穂事件の最大の謎は、私は討ち入りにあると考えています。
江戸の市中は将軍のお膝元ですから警戒は厳重であり、街の治安も今より遥かに良かったでしょう。
では何故、完全武装した50人近くの集団が徒党を組み、大名屋敷に押し入るなどということが出来たのでしょうか。
夜中に押し入った後恐らく数時間は吉良邸内に留まり、かつ上野介の首級を掲げて、本所から高輪泉岳寺まで集団で行進できたというのは、いかにも不自然ではないでしょうか。江戸の治安部隊が出動しなかったのには、それなりの理由があったのでしょう。
赤穂浪人の討ち入りが、実は幕府首脳の暗黙の了解、黙認の下で行われたとしか、考えられない。

刃傷から討ち入りまでの1年数ヶ月の間に、恐らくは幕府上層部の方針に大きな変化があったのでしょう。
三権分立など無かった時代の政治事件への裁定は、100%トップの方針で左右された筈です。
この辺りは程度の差はありますが、現在も同じかも知れませんが。
吉良家サイドに過失があったとすれば、そうした幕府の動向に気付かず、藩邸のセキュリティを疎かにしたという点です。
時の最高権力はである柳沢吉保や、米沢上杉家との縁戚関係に頼り切って油断し過ぎたことが、吉良家の悲劇を生んだものと思われます。

地元では名君として慕われていたという上野介ですが、気の毒な最期を遂げたことになります。

2006/10/23

「元禄忠臣蔵」第一部

Kichiemon忠臣蔵ほど日本人に愛されている物語は他にないでしょう。歌舞伎や映画、落語、浪曲、講談からTVドラマ(NHK大河ドラマ、年末年始の長時間ドラマの定番)まで、あらゆるジャンルで採りあげられ、日本人の思想や精神にも多大な影響を与えてきました。
忠臣蔵というと通常は「仮名手本忠臣蔵」を指しますが、それに比べやや知名度は落ちるものの、他に「元禄忠臣蔵」という名作があります
作者である真山青果が昭和10年から16年にかけて書き上げたもので、戦前から度々舞台にかけられました。前進座が得意とし、歌舞伎界では2世市川左團次が当たり役でした。
執筆された時期は日中戦争の真っ只中、対米開戦の直前という時期ですから、物語の思想に当時の世相が反映されています。
何せ全10編と長大なもので、従来は部分上演が殆どでした。
今年国立劇場が開場40周年を記念し、10、11、12の3ヶ月に分けて全編を上演することになりましたが、これは初の試みだそうです。

「仮名手本」に比べ「元禄」は史実に近いストーリーになっており、唄や踊りが一切入らず、登場人物が長いセリフをしゃべるという、歌舞伎というより時代物の新劇と言ったほうが分かり易いでしょう。
この芝居の主人公の大石内蔵助は、主君の仇を討とうとすれば幕府に歯向かうことになる、二つの選択肢の間を揺れ動く人物として描かれています。
そして最終的に、「天下のご正道に反抗する気だ」として、主君の仇討ちをすることを決意します。
浅野家の断絶、城明け渡しという事態になっても、幕府中枢や天皇周辺の反応に気を配り、開城に向けて事務処理を粛々と進め、領民の生活の安定を第一にと考える官僚としての顔を覗かせます。

10月公演の第一部は、内匠頭の刃傷から赤穂城明け渡しまで。
忠臣蔵でありながら、幕が開くといきなり松の廊下の刃傷が終わったところから芝居が始まり、内匠頭の切腹の場面もありません。名場面がみんなカットされた忠臣蔵です。
周囲からは、「あっさりして物足らない」とか「歌舞伎らしくない」という、歌舞伎ファンからの戸惑いの声が聞こえてきました。
しかし第一部終幕で、赤穂城を明け渡し退出するに際し、それまで胸の内に秘めていた万感の思いを一挙に吐き出すがごとく、城に向かって泣き伏す内蔵助の姿に、共感を覚えた観客も多かったと思われます。

肝心の芝居の出来ですが、全般に云えることは、大作上演の割に役者の層が薄いということです。
というよりは、主役の中村吉右衛門の一人舞台といった方が分かり易い。吉右衛門が舞台に出ているときは締まり、いないときはダレる。声良し姿よし器量良しです。
圧倒的な存在感といってしまえばそれまでだが、他の出演者との格が違い過ぎます。
中村吉右衛門は、今や大石内蔵助役の第一人者と言って良いでしょう。
「元禄」の舞台の主役は、11月は坂田藤十郎、12月は松本幸四郎に替わりますが、さて出来映えはどうなるでしょうか。

他では、多門伝八郎役の中村歌昇が良い。内匠頭への幕府の裁定に激しく抗議する姿は、気迫に満ちていました。
内匠頭役の中村梅玉は淡白過ぎる。切腹を控えた場面で、無念さが伝わってこない。
井関徳兵衛役の中村富十郎は決して悪い出来ではないが、明らかなミスキャスト。死を覚悟してきた無骨な浪人というイメージに似合わない。
私は昔この幕を2世尾上松緑の大石、坂東彦三郎(後の17世市村羽左衛門)の井関で見ましたが、そちらの舞台はもっと緊張感が漂っていました。
倅の井関紋左衛門役の中村隼人は失格。泣き声になると声が割れ、客席から失笑を買っていました。配役を交代すべきです。

全体に脇役の層が薄いため、印象の浅い舞台となってしまったのが惜しまれます。
他の劇場との兼ね合いもあるのでしょうが、歴史に残る記念公演として、歌舞伎界がもう少しバックアップすべきでしょう。
(22日に鑑賞)

2006/10/21

「代理出産」の光と影

Mukaiaki前回の記事で採りあげた奈良県の町立大淀病院、今年3月の記事で採りあげた福島県立大野病院での妊婦の死亡事故は、共に産婦人科医師の医療ミスが原因でした。
昔に比べ妊産婦の死亡率は低下しているとはいえ、出産が生命の危険を伴うものであることに変わりはありません。
この他にも、妊娠中や出産後に体調を崩したり、場合によっては後遺症が残ることもあり、妊産婦には常にそうしたリスクがつきまといます。

タレントの向井亜紀が、2003年に米国での代理母出産により誕生した双子について、東京高裁が品川区に対し、出生届を受理するようにという判断を下したのは、記憶に新しいところです。
加えて10月15日には、長野県で50代の女性が娘の代理母として孫を出産したというニュースが飛び込んできました。
当事者である向井亜紀や国内の出産を公表した諏訪マタニティークリニックの根津八紘院長の下には多数のお祝いや、激励の声が寄せられていると報じられています。
有名人のことで話題性もあり、代理出産に関する論議が再び高まっており、世論調査の結果でも代理出産に賛成する人が多くなっています。

先ず代理出産とはどういうものかですが、下記の図のように大きく分けて二つに分かれます。
現在公表されている国内の例は、いずれも右側の「ホストマザー」に限られており、このエントリーでもそちらを対象に議論を進めたいと思います。
Dairishussan

私はこの代理出産に関する議論が、事情があって子供を生むことが出来ない夫婦が、代理出産により赤ちゃん授かったという側面にのみ光が当てられ、代理に出産する女性の側の立場に立った議論が忘れられているように思えます。
私は男性ですから無論経験はありませんが、妊娠・出産というのは妊産婦には大変な負担であることは良く分かります。
妊娠したら翌日あたりにポンと生まれてくれれば、女性はどれほど助かるでしょう。
それでも自分の子が得られる喜び、愛するパートナーとの間の愛の証としての生命の誕生のために、辛い日々を耐えることが出来るのだと思います。
どこに、他人のために命にかかわるようなリスクを負い、苦労を積極的に買って出る人がいるでしょうか。

根津院長のHPを読むと、国内の代理出産の例では代理母は肉親であり、それは本人も了解したものであり、人間愛に基づくものだと書かれています。本当にそうなのでしょうか。
でもその肉親というのは妻の妹や母という、妻の側の肉親に限られています。
不妊の娘や姉・妹に代わって、いわば身代わりとなって代理母出産したというのが実状でしょう。
もし本当に人間愛であるなら、夫の側の肉親が生みの母を引き受ける例もあるはずです。
子供が出来ない妻の家族の側の、一方的なプレッシャーの結果としての行為と考えるべきで、これを人間愛などとキレイな言葉で飾らないで欲しい。

代理母を引き受けた本人はともかく、その家族はどうなのでしょうか。その夫や恋人は、果たして理解してくれるのでしょうか。
私の妻が代理母を引き受けると言い出したら、絶対に反対します。恐らく世間の大半の男性はそうすると思います。
代理出産の論議の中に、代理母となる女性や家族の側の問題がすっぽり抜けているのではないでしょうか。

肉親がダメなら、他人に報酬を渡して依頼するしかありません。
海外での代理母では1千万円単位のお金がかかるそうですから、これでは経済的に恵まれている人しか恩恵に浴すことが出来ません。
結局お金で自分の子供を買うという結果になりかねません。

根津院長のHPでは、更にこうしたことが述べられています。
『「危険な側面を持つ妊娠・出産を他人に課すことはまかりならん」という意見があります。ならば、何故愛する妻に男は子供を生ませるのでしょうか。妻を愛しているならば妻は床の間に置いて、愛人にでも子供を生ませるようにでもしなければならない』
私はこの言葉に、根津医師や代理出産進める側の論理が見てとれます。
自分の子を持つということは、危険な妊娠期間、出産を通しての夫婦の苦労、その後の長い子育てを共に体験することにより形作られるものであり、それを血縁やDNAや精子・卵子だけに注目している、そこに問題があるのではないでしょうか。

以前の記事に書いたように、私の母は周囲の数組の夫婦に養子縁組を斡旋しました。
私はいずれの家庭も知っていますが、とても円満で幸せな家庭を築き、普通の家庭以上に親密な親子関係が保たれていました。
血がつながっていなければ、本当の親子関係にはならないなどということはありません。

バイオテクノロジーの発達で、人間の生命までがコントロールされる時代になってきましたが、踏み越えてはならない一線というものがあると思います。
大切なのは血や精子・卵子でなく、人間の心です。

2006/10/18

奈良県の意識不明妊婦の死亡事故

Ooyodo_1本来大変おめでたい出産が、一転して不幸な事態を招いてしまった医療事故が明らかになりました。
奈良県の町立大淀病院で今年8月、出産中の妊婦が意識不明の重体に陥り、この女性(32)は脳内出血のため転院先の病院で8日後に死亡したというものです。

経過は次の通りです。
この女性は出産予定日の約1週間後の8月7日に大淀病院に入院。主治医は妊婦に分娩誘発剤を投与したところ、この女性は8日午前0時ごろ頭痛を訴え、約15分後に意識を失いました。
主治医は分娩中にけいれんを起こす「子癇(しかん)」発作と判断、けいれんを和らげる薬を投与する一方、同日午前1時50分ごろ、奈良県立医大付属病院などに受け入れを打診しましたが、19ヶ所の病院に「ベッドが満床」などと拒否されました。
最終的に妊婦は、約6時間後に約60キロ離れた大阪府吹田市の国立循環器病センターに搬送され、脳内出血と診断されて緊急手術で男児を出産しましたが、妊婦は8月16日に死亡したものです。

詳しい経緯が分かりませんので一般論になりますが、大淀病院の担当医の判断は確かに誤りであったと思われます。
しかし妊婦が頭痛を訴えけいれんを起こして意識を失えば、医師としては先ず子癇(しかん)発作を疑うというのは、ごく自然なことだと思われます。
妊婦が血圧が高いという症状があれば別ですが、陣痛の際に脳内出血を起こす例は稀であり、当初子癇発作を想定したことに大きな誤りはないと考えます。
問題は、その段階で検査をして確かめたかが問われますが、この場合大淀病院に深夜の検査体制があったかどうかが問題です。

そしてこの大淀病院には子癇発作を処置する設備が無かったのでしょう、他の病院へ転送を打診したわけです。
しかしこの処置が出来る病院となると、先ずは産婦人科があって、更に夜中の午前2時に緊急手術が行える医療機関というのは、極めて限定されます。
この事故をマスコミ各社は「18病院が転送を拒否」と報じ、とかく世間からも医療機関が冷たいという批判が生じますが、受け入れ態勢が不十分のまま処置を引き受ければ、そちらの方が余程無責任だし、罪が重い。病室が満床なら、拒否して当然なのです。万全の体制がとれる病院を見つけ出すのに時間がかかったのは、ある程度止むを得ないでしょう。

国立循環器病センターに移送されて始めて脳内出血という正確な診断が出来たのですが、既に陣痛が始まっていますから、先ず出産(恐らく帝王切開と思われますが)を先に行い、その後脳内出血の手術を試みたのでしょうが、しかし患者さんの命は救えなかった。
もし最初の病院で正しい診断が出来ていたら、この女性の命は助かった可能性はありますが、いずれにしろ陣痛開始後の脳内出血の発症は、極めて危険な状態であったと思われます。

医療は結果が全てですから、大淀病院の担当医の診断ミスは責任が問われます。今後刑事事件に発展する可能性もあります。
しかし、この担当医のミスを責めるだけで、果たして今後こうした事故は防げるのでしょうか。
“医者タタキ”“病院タタキ”だけでは、何も問題は解決しません。

当ブログでは医療事故のテーマを幾度か採りあげてきましたが、この中では現在の医療制度の下で、特に地方の医療機関において、産婦人科や小児科が次々と廃止に追い込まれていること、残された医療機関の医師に、過重な負担がかかっている現状を指摘してきました。
その一方、そうした劣悪な条件により引き起された医療ミスに対して、殺人罪など重罪を科して担当医を逮捕・起訴するケースが目立ちます。
こうした事を続けていれば、一方でますます専門医の空洞化を招き、他方では緊急手術を要するような患者の受け入れに、医療機関がさらに慎重にならざるを得ない。
こうした医療制度を改革しなければ、これからも今回のような悲劇が繰り返されるのは必至です。

安心して子供を生み育てることが出来ない社会にしておいて、何が「美しい国」でしょうか。

2006/10/17

「柳家小せん」の逝去を悼む

Kosen留守中の訃報だったので最近知ったばかりですが、10月10日現役最高齢の落語家、柳家小せんが亡くなりました。83歳でした。
5代目柳家小さんの一番弟子として永らく活躍されていました。

若手のころ、当時人気のTV番組であった「お笑いタッグマッチ」(「笑点」のような番組)のレギュラーとして人気がありました。
「女房のケメ子」のギャグが大当たりし、ケメ子の唄が出来たほどです。
古典一筋の噺家でしたが、ちょっとアクの強いクセがある芸で、私は当時あまり好きになれなかった。

後年大病を患い、たまたま復帰間もない高座を見たのですが、小せんが出てくると客席からどよめきとも嘆息ともつかない空気が流れたことを覚えています。
理由はすっかり激ヤセして顔も小さくなってしまい、大袈裟にいうと割り箸のような体形になっていました。少しヨロヨロという感じで座布団に座りました。でも声の張りこそ衰えたものの、しっかりと一席を伺い場内の大きな拍手を受けていました。

私はどちらかといえば、寧ろ晩年の小せんのファンになりました。
若い頃のクセが無くなり、飄々とした枯れた芸風に変わっていたからです。
その後幾度となく高座を聴きに行っていました。
2004年まで現役最年長の落語家として、つまり81歳まで高座に上がっていたことになります。

先代小さんに入門した柳家小せんが、当代小さんの襲名を見届けるように亡くなったわけです。

ご冥福をお祈りします。

昔若庵(若手研精会OB連落語会)

Kitahachi10月16日国立演芸場で「昔若庵」という名称の落語会がありました。顔ぶれを見て直ぐに前売りを買いましたが、それほど今回の出演者は若手から中堅に掛けた実力派揃い、落語協会の最強メンバーといっても言い過ぎではないでしょう。
互いに競い合うような熱演が続き、期待通りの充実した会となりました。

開口一番は春風亭一之輔「牛ほめ」
今日の出演者中、ただ一人の二ツ目です。このネタは典型的な前座噺ですが、一之輔の高座はさすが前座とは格の違いを見せて、堂々とした「牛ほめ」になっていました。
容貌も芸も端正(当今女性ファンが増えてきて落語家といえどもルックスの時代になった)で、これから人気が出るかも知れません。

柳家三三「突き落とし」
落語としてはやや後味が悪いせいか、高座に掛かる機会が少ないネタです。
三三は決して悪い出来でなかったのですが、不満が残りました。
落語には廓噺というジャンルがあり、名作古典も多いのですが、何せ肝心の「吉原」が無くなって久しく、現役の落語家でも経験者がいなくなってしまいました。
そのせいか、どうもこの廓噺に雰囲気が伝わってこない。花魁や遣り手、妓夫(若い衆)にリアリティが無くなっています。時代の流れなので、ある程度止むを得ないことではありますが。
それだけに、「おあがんなりょー」という送り声一つとっても、先輩たちの録音が残っているわけですから、大事に演じて欲しいところです。

入船亭扇辰「紋三郎稲荷」
久々に見たのですが、髪が白くなりました。
扇辰は師匠扇橋ゆずりの古典一筋で、品が良い正統派という点でも、大師匠である先代三木助のDNAをしっかり受け継いでいます。
珍しいネタで、意気込みを感じましたが、稲荷をかたる紋三郎をもう少しそれらしく見せたらどうでしょうか。例えば歌舞伎の忠信のように、時々キツネの手つきをさせるとか、より説得力が増すと思いますが。

柳亭市馬「夢の酒」
以前はやや地味な感じがあったのですが、最近の市馬は華やかさが出てきました。喬太郎や花緑と並んで、次の落語協会を背負って立つ芸人になりつつあります。
このネタも良い出来でした。ヤキモチを焼くおかみさんに色気がありました。
欲を言えば、大旦那にもう少し貫禄が欲しいところです。

仲入り後は、桂ひな太郎「文違い」
由あって一時期落語界を離れての再入門ですので、古いファンなら古今亭志ん上の方が、名前が通るでしょう。
文違い、良い出来でした。元々実力もキャリアも十分な人ですから、同じ廓噺をさせても三三と比べると、遥かにリアリティがあります。
5人の登場人物の演じ分けも申し分ない。
欠点をあげれば、この人の芸がキレイ過ぎることでしょう。

トリは柳家喜多八「鈴ヶ森」
トリの喜多八、本来は30分の持ち時間なのに、前の出演者の時間が押して10分しかないと言いながら、この得意ネタに入りました。
確かにトリとしてはやや軽目でしたから、当初は別のネタを用意していたのかも知れません。
このネタは何回聴いても可笑しい。喜多八のとぼけたキャラが、主人公のマヌケな泥棒と実に良く合っています。
いつも目の下にクマを作っていますが、本当に身体が悪いんじゃないんでしょうね。

今日の落語会、満員の観客も満足して帰られたでしょう。

2006/10/15

ちあきなおみ「戦後の光と影」を聴く

Chiakinaomi2歌手ちあきなおみのCDアルバム「戦後の光と影」(COCP-33177)は、1970年代にレコードとして発売されたアルバムの復刻盤です。最近のブームに乗って,ちあきなおみの当時のアルバムが何点か復刻されましたが、その中の1枚です。
副題に「ちあきなおみ、瓦礫の中から」とあるように、オリジナルのレコード発売時期はまちまちですが、“日本の戦後”をテーマにした曲を集めカヴァーしたものです。

戦後とは、社会的混乱の中で誰もが毎日を生きる事で必死であった時代、明日への不安と将来への希望を持って生きた時代です。大勢の若者が職を求めて地方から都会へ移ってきた時代で、故郷での家族や友人、恋人との別れ、都会での新たな出会いが生まれた時代でした。
生きるために夜の街に立つ女性も多くいましたし、パンパンやオンリーと呼ばれた米兵相手の女性が派手な格好で闊歩していた時代でもありました。

ちあきなおみという歌手は、歌が上手いのは論を俟たない。加えて演歌からジャズ、シャンソン、ラテン、ポルトガルのファドなど幅広いジャンルの曲を歌いこなす歌唱力を持った、稀有な歌手です。
従ってどのようなアレンジの曲でも対応できる、これがちあきの強みです。
このアルバムでも、どの曲を採りあげても実に上手い。恐らくは「フランチェスカの鐘」(オリジナル歌手名;二葉あき子、以下同)を除けば、歌唱力でいずれもオリジナルを上回っているでしょう。
しかしこうしたテーマのあるアルバムでは、歌唱力だけが求められるのではない、何より“戦後の空気”をいかに表現できるかが最も重要な要件です。
ちあきは戦後生まれですが、小さい時から米軍キャンプをまわっていた経験があるせいでしょうか、その“戦後の空気”を見事に表現しています。じっと聴いていると、こみ上げてくるような懐かしさを感じてきます。

もう一つちあきの特長をあげれば、男歌が上手いことです。
このアルバムでも、「泪の乾杯」(竹山逸郎)や「逢いたかったぜ」(岡晴夫)を、ちあきは自家薬篭中のものとしています。
「黒い情念」の世界を描くのが得意のちあきの、別の一面を見せてくれるアルバムです。

この当時の歌を聴いていると、歌詞に生活感、リアリティーが感じられます。
「あなたも私も買われた命 恋して見たとて一夜の火花」(カスバの女)、「飢えて今ごろ妹はどこに 一目逢いたいお母さん」(星の流れに)、「夢が欲しさに小雨の路地で 泣いたあの日が懐かしい」(逢いたかったぜ)などなどなどです。
例えばこの「カスバの女」は、アルジェリアに駐屯する外人部隊の兵士とカスバの娼婦との恋を題材にしていますが、当時の人々は遠くアジアの国々へ送られた日本の兵士と従軍慰安婦との関係を投影させ聴いていたものと思われます。

加えて歌詞の美しさです。「待つ人の音なく 刻む雨の雫」(君待てども)、「細く悲しい竹笛なれど こめし願いを君知るや」(悲しき竹笛)、やあ実にイイですね。
フランチェスカの鐘は、どうしても「チンカラカン」と鳴って貰わなければいけない。

私の好みを言わせてもらえば、一つはこのアルバムの選曲に多少不満があります。
戦後というテーマであれば、初代コロムビア・ローズの歌が3曲入っているのは、いささかバランスを欠いています。
代りに「夜のプラットホーム」(二葉あき子)を入れて欲しかった。服部良一メロディーを、ちあきがどう歌うのかを是非聴きたかった。
それに「かりそめの恋」(三条町子)、これも落とせない曲です。
もう一つ、「フランチェスカの鐘」で、オリジナルの音源にあったセリフ(セリフは高杉妙子)がカットされていますが、これは曲想を知る上で大切な部分なので、やはりちあきのセリフ入りノーカットで聴きたかった。

欲を言うとキリがありませんが、とにあれこのちあきなおみのアルバムは、戦後の日本を再現させた記念碑的作品となると思われます。
(文中の歌手名はアイマイな記憶で書いていますので、間違っていたらゴメンナサイ。)

2006/10/04

鉄砲が生んだ政権

Abe1「プレスリーのところに行っている時にテポドンを撃たれたら格好が悪かった。おれはついている」。今年7月に行われた北朝鮮のミサイル発射実験についての小泉前首相の弁です。
国民が深刻な思いをしていた割には、指導者というものは意外に呑気なもんですね。
それはともかく政治家にとってやはり「運」は大事です。サラリーマンもそうですけど。
9・11テロ事件の発生が、ブッシュ大統領の再選を後押しました。恐らくブッシュは、ビン・ラディンに足を向けて寝られません。
同様に北朝鮮の拉致問題が無ければ、安倍政権は誕生しなかった。
先のミサイル発射で安倍支持率が一気にあがり、福田元官房長官は出馬を断念し、あれで総裁選の勝負がつきました。
安倍さんもやはり、「北」の金正日に足を向けて寝られないのでしょうか。

新政権が誕生して早くも、週刊誌などは来年の参院選で自民党が敗北し、安倍政権は短命に終わるという予想を出ています。
私は逆に来年の選挙は自民党が議席を伸ばし、安部首相は意外な長期政権になるのではと危惧(又はイヤな予感)していました。
恐らくその時期に合わせて、北朝鮮がミサイルを再発射するか、あるいは核実験を発表する可能性が高いと見ていたからです。別段根拠はありません、単なるカンです。
そうなれば自民党の圧勝間違いなしです。

そうしていたら3日に、北朝鮮外務省が「科学研究部門で今後、安全性を徹底して担保された核実験をすることになる」という声明を出しました。今のところ、実験の具体的な日時などについては一切言及していませんし、単なる脅しに過ぎない可能性も高い。
恐らく安倍首相の支持率が上がるのは確実でしょうし、何より今週末予定の日中・日韓首脳会談への絶妙なタイミングとなりました。
私のイヤな予感が、当たりつつあります。

一部のサイトでは、安倍晋三→統一教会→北朝鮮の関係から、北朝鮮が意図的にこうした動きをしているとの指摘がなされています。
確かに安倍晋三一族は、祖父、父と3代に亘って韓国統一教会とは深い関係にありますし、統一教会が北朝鮮へ多額の資金援助を行っているのは事実のようです。
しかしこの事で、「北」が安倍氏と裏で手を結んでいるとの推理は、いかにも穿ち過ぎです。
結果として北朝鮮の打つ手が全て、安倍首相にとって有利に働いていると考えるべきでしょう。
小泉前総理と同様に、「ついている」わけです。

現在北朝鮮に関する軍事情報は、殆どアメリカに依存しています。
一方米国が進めようとしている米軍再編に、我が国政府の協力は不可欠です。米国が自国の利益のために、「北朝鮮カード」を我が国に対し切ってくることは十分予測できるところです。
イラク戦争開戦の経緯から分かるように、もともと軍事情報というものは恣意的なものが多く、誤った情報に幻惑されぬよう私達も注意が必要です。
何せ、今日これだけ世界各国に沢山の核兵器が所有されていますが、実際に使用したのは米国だけですから。

「政権は鉄砲から生まれることを知らねばならぬ」とは毛沢東の有名な言葉ですが、中国とは逆の意味で安倍政権は、鉄砲が生んだ政権といえるでしょう。
「美しい国」の名の下、この政権の向かう先は、十分注視する必要があります。

2006/10/01

「少子化」高市早苗大臣へ

Takaitisanae安倍総理の所信表明演説で、カタカナ語が多くて分り難いという批判があるが、見当違いも甚だしい。理解できない人間は知的レベルが低いのだ。
畏れ多くも安倍晋三センセイは、アメリカ南かるふぉるにや大学で政治学を専攻され(あれ、最近のHPの経歴欄からは削除されているなぁ)、知識豊富、語学堪能、憲法改正、先制攻撃。
本来なら全て英語で演説したいところを、それでは国民が理解できないだろうから、敢えて日本語で演説をして下さったのだ。
多少カタカナ語が多いからといって、ガタガタ言うな!

さて前回の記事で、ここ4ヵ月の当ブログアクセスランキングを発表したが、実はロングセラーの記事が1本ある。
昨年5月8日のエントリー「オモシロ広告」がそれで、1年4ヵ月経った今も毎日のようにアクセスがあり、本ブログの人気No.1である。
この記事は、デュレックス社という世界一のコンドーム会社が実施した「グローバルセックスサーヴェイ」の結果を記事にしたもの。
アンタも好きネ。

この調査は毎年のように行っているのが、2003年だけはローカル調査ということで、我が国の調査に絞っている。
その理由をデュレックス社は次にように述べている。

『日本人のセックス回数は年平均42回で、世界の平均127回と比べると非常に低く、これはグローバル セックス サーベイに参加した34ヵ国と比べても最下位の極めて低い数字となっています。近年の傾向としては、過半数の人がセックス回数が減少していると回答しています。
さらに日本人の57%が現在のセックスライフに満足していると回答していますが、これも世界の平均満足度73%を大きく下回り最下位となっている。』

何せ自社製品の売上を増やすには、回数を増やして貰わなくてはならないわけで、敢えて日本に絞って調査したのだろう。
翻って我が国の現状を見るに、少子化を克服し出生率を上げることが重要なテーマとなっている。私は、これこそ国をあげて取り組むべき最重要課題であると確信している。
子供を沢山作るには、先ずはセックスをして貰わなければ話にならない。
なにせ、タマは撃たなきゃ当たらない。
こうして見ると日本政府とデュレックス社とは、問題意識を共有しているといえる。
この調査、「少子化」担当高市早苗大臣殿にも是非参考にして頂きたい。

早速その調査結果を見てみよう。
先ずセックスの回数、2003年では平均で年43回、勿論ダントツの世界最低だ。
年代別では20代が61回でトップ、これはまあ順当だが、問題は2位が40代の41回で、30代はナント50代並みの36回だ。月間じゃないですよ、年間ですよ。
最近の結婚適齢期は男女とも30歳前後と思われが、いきなり50代と同じでは、こりゃ子供は出来ませんぜ。

日本人の性生活においてより深刻なのは、元々少ないセックスの回数が更に減ってきているという事実だ。
調査結果でも、変わらないが40%であるのに対し、減ったのが50%、増えたのは11%しかいない。
これも年代別の減少率に見ると、40代と50代でそれぞれ5~6%であるのに対し、20代と30代が13%と顕著であり、熟年者が頑張っている反面、肝心の若い人がセックスをしなくなっているという傾向が出ている。

なぜ回数が減ったのかという質問だが、1位は「性欲が減退した」で平均44%なのはともかく、30代で43%とはどうしたことか。「真っ盛り」で減退されたんじゃ困りまっせ。
以下、「体力が衰えた」「多忙になった」と続く。
要するに現在の日本人は、忙しくなり体力も落ちてきた結果、ソノ気が更に無くなってきたというのが実情のようだ。

次に満足度だが平均で57%。女が63%に対し男は50%と低く、日本の男どもが萎えてきているのが良く分かる。

「セックスをより楽しむために」何をするかという設問だが、「ひとつもない」と答えた人が45%で1位とは実に情けない。
何か工夫しようという気は無いのか(怒)。
「手錠・ボンテージ」と回答した人が4%いて、結構SM愛好者が多いのだと感心した。

「経験したことのあるセックスは?」という設問で最も多かった答は、「一夜限り」の41%。
この他男の約3分の1が買春したことがあると答えている。
女の1割が上司とのセックスと答えているが、コッチには1度も回ってこなかったぞ、一体どうなってるんだ(怒)。
同姓が相手というのが男女とも3%だったが、出生率の向上には寄与しないからなぁ。

この調査結果から見た日本人の平均的性生活は、仕事に疲れてソノ気にならず、ついついご無沙汰してしまい、しかしこれといった有効な手立てもなく、たまに一夜のアバンチュールで紛らしているというところか。
子作りの基本であるセックスの回数を、現在の43回をせめて国際平均並みの127回に上げることが出生率向上の前提である。
政府はシッカリとした数値目標を立て、シッカリと努力し、シッカリと達成して欲しい。

聞けば少子化担当ダイジンである高市早苗センセイは、一昨年メデタクご結婚の由、祝着至極。
先ずは率先垂範して出産することが、当面の責務だろう。
ご健闘を衷心よりお祈り申し上げる。

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