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2006/11/27

「赤穂事件(忠臣蔵)」の謎と真実(中)

Matsunoroka「元禄忠臣蔵」11月公演が私の体調不良で観られなくなってしまい、予定が狂いました。
今月は観劇記なしで、この「赤穂事件(忠臣蔵)」の謎と真実(中)だけを掲載することになります。

「赤穂事件(忠臣蔵)」の最大の謎は、刃傷事件が起きた原因が分からないという点にあります。
芝居やドラマでは適当な理由をつけていますが、全て後の時代に推理したもので、事件発生後の取調べでは、加害者である浅野内匠頭が最後まで理由を語らないまま切腹していますので、結局分からずじまいで終わっています。
もう一つ大きな疑問として、内匠頭に上野介に対して殺意があったのか無かったのか、この点を検討してみたいと思います。
現代風にいえば、この事件が殺人未遂事件なのか、それとも傷害事件なのかという検証です。

松の廊下の事件現場には、加害者と被害者以外に一人至近距離からこの事件の全てを目撃していた人物がいます。
旗本の梶川与惣兵衛です。芝居では内匠頭の背後から羽交い絞めにしている人ですね。
彼は単に目撃しただけではなく、浅野内匠頭の犯行を途中で制止し取り押さえたのですから、この人の証言が最も信用おけるわけです。
以下は梶川与惣兵衛の日記からです。

梶川の当日の役目は、御台所(みだいどころ:将軍綱吉夫人)から勅使への贈り物の取り次ぎ係でした。
その日同役から勅使の時間が早まったようだと聞かされます。そうなると全体スケジュールに影響しますから、とにかく責任者である吉良上野介を探し、事実を確認しようとしたわけです。
途中で浅野内匠頭とばったり会い、互いに挨拶を交わしました。
その直後、松の廊下の中ほどで吉良と出会い二人で面対し、勅使の時間が早まったことを話し合っていた、その時でした。
吉良の背後から浅野が「この間の遺恨覚えたるか」と言いながら、吉良の背中を斬りつけます。
振り返った吉良の額を浅野が斬りつけ、逃げようと再び梶川の方へ向かった吉良を浅野は背後から更に斬りかかります。
その時、制止しようとした梶川の手が、浅野の持つ小刀の鍔にあたり、梶川はそのまま押し付けすくめました。
梶川は浅野の手を小刀もろとも離さず、駆けつけた他の者と共に浅野を別の部屋へ連行し、引き据えました。
以上が事件現場に立ち会った梶川の記録の概要です。

芝居や映画でお馴染のシーンでは、浅野内匠頭と吉良上野介が口論となり、内匠頭が逆上して斬りかかるという事になっていますが、事実は吉良と梶川が廊下で立ち話している最中に、吉良の背後から浅野が斬りつけています。

ここで問題です。
浅野が本当に吉良を殺すつもりであったなら、なぜ小刀で刺さなかったのか。小刀で斬ったって人は殺せない、こんな事は素人でも分かります。まして武芸の心得のある大名が、気がつかない筈はないでしょう。
1960年日比谷公会堂で行われた立会演説会で、壇上で演説中であった当時の社会党の浅沼委員長が、右翼の少年に短刀で刺殺されましたが、この模様の一部始終はTVカメラにおさめられ、ニュースで繰り返し放映されました。
少年は両脇を締めて短刀の柄を自分の脇腹にあてて、相手の身体に自分の身体をぶつけるようにして刺し、一撃で致命傷を与えていました。

事実、浅野は無防備の吉良を2回斬りつけたにも拘らず、吉良のダメージは額を6針、背中は3針縫って治療は終わっています。吉良はそのあと、湯漬けご飯を2杯食べて元気を取り戻したと医者が記録しています。
浅野が吉良を刺していたら、高齢の吉良は絶命していた可能性が高い。そうなれば、赤穂浪士の仇討ちは起きず、歴史は変わっていたわけです。

事件後の取調べで浅野内匠頭は、「上野介を討ち果たそうと刃傷におよんだ」と殺意があったことを認めています。
であれば、なぜ小刀で刺さずに袈裟がけに斬りつけたのか、この事件の出発点に大きな謎が残されています。

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コメント

いるんですよ。こういうバカ殿が。この時代のお侍さんは人殺しはモウできないでしょう。ましてやトノです。
自分もなんで腹を切らされるのかわかっていなかったでしょう。この人のおかげで社員一同失業です。

投稿: ヒキノオカビト | 2006/11/27 18:05

ヒキノオカビト様
コメント有難うございます。
赤穂事件以外に殿中での刃傷は3件ありますが、内2件は被害者が殺害され、残り1件は被害者が瀕死の重傷を負った上、お家断絶の処分となっています。
それに比べ、浅野内匠頭という人は中途半端なことをしてくれたものです。失業させただけでなく、討ち入りまでさせる羽目になり、参加者は全員切腹となったのですから、何が美談かと言いたいですね。
まあ、バカ殿のお陰で庶民が迷惑を被るのは、現在も変わらないですが。

投稿: home-9 | 2006/11/27 22:35

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