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2006/12/30

「フセイン」「救う会」そして「夕張市」

Fusein2年末の30日、イラクのサダム・フセイン元大統領に対する死刑が執行されました。「人道に対する罪」だそうです。ブッシュ大統領閣下にたいし、心よりオヨロコビ申し上げます。
所詮、戦争は今も昔も「勝てば官軍」、敗軍の将は処刑される運命です。理由など後からどうにもなりますからね。
イラクが勝っていれば、今頃はブッシュが「イラク市民5万人の殺害を指揮した罪」で処刑されたでしょうから。

北朝鮮による拉致被害者や家族の支援団体「救う会」の佐藤勝巳会長と西岡力副会長が、業務上横領と証拠隠滅の罪で告発されていましたが、28日告発を受理していた東京地検特捜部は2人を嫌疑不十分で不起訴処分にしました。
佐藤会長らが、救う会への寄付金1000万円を着服したとして、同会の兵本達吉元幹事ら現・元職の幹事5人から告発されていたものです。
特捜部の調べで、北朝鮮元工作員の安明進氏が、佐藤会長らから「1000万円のうち970万円を受け取った」と供述したことから、不起訴にしたものです。
さて、そうなると1000万円近い大金が安明進氏に支払われていた理由は、一体何だったのでしょうか。
告発者が「救う会」幹事ですから、少なくとも役員会に諮られてはいないのでしょう。
何かとその証言に疑問が持たれている人物への資金提供だけに、気になるところです。

連日のように夕張市の財政破綻による市民生活の惨状が報道されていますが、あまりの酷さに言葉を失うほどです。
同じ日本国民であるのに、たまたま居住している自治体が財政破綻したからといって、憲法で保障されている最低生活でさえ維持できないような目に遭わせて良いのでしょうか。
政府の態度は、まるでミセシメにでもするような冷たい扱いです。
破綻の主な原因の一つは、無理な公共事業を押し付けた政府の政策にあります。
安倍さん、まさか美しくないものは全て切り捨て、「美しい国」を作るつもりじゃないでしょうね。

2006年、今年は楽しい記事が少なかったようですね。
この1年間、ご愛読有難うございます。
当ブログを見て下さった皆様だけ、ご多幸を心よりお祈り申し上げます。
では良いお年を!

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2006/12/29

解せない「死刑執行」への抗議

Sugiura死刑執行といっても、イラクのフセイン元大統領のことではありません。日本国内での話です。
死刑囚に対する死刑が執行されると、毎回必ず抗議行動が行われるのが、私にはどうも理解できません。
多くは「死刑制度廃止」を主張する方々だと思われますが、死刑廃止論は一つの見識として分かります。
しかし制度の廃止と、現行の法制度の執行を非難する事とは、全く別の問題であると思います。

現在の我が国の法制度について、私が容認できない法律は沢山あります。特にここ数年、様々な悪法が次々と通され、腹立たしい思いをしています。
しかしいかに意に沿わない法律であろうと、決まったことには従わなくてはならない。
もしある法律を、賛成の人だけは守るが、反対の人は守らなくても良いとなったら、民主主義は成り立ちません。

一例をあげます。
消費税が全て企業減税に相殺され、私たちの生活向上に全く寄与していないのは明らかです。これは消費税導入の時の公約に反する不当なものです。
しかし私が消費税を払わないと主張できるでしょうか、できません。
主張できるのは、そんな消費税なら廃止しろとか、消費税を社会保障の充実など国民の生活向上のために振り向けよと、主張できるだけです。

死刑は「刑法」に、その執行については「刑事訴訟法」に、具体的な執行方法は「監獄法」によりそれぞれ定められています。
死刑が確定すると、6ヶ月以内に法務大臣は死刑執行を命令する(再審など特別の事情を除き)ことが定められており、命令後5日以内に執行しなくてはなりません。
つまり死刑が確定してから、およそ185日以内に死刑は執行しなくてはならないと、法律で定められているのです。
死刑を確定するのは司法ですが、執行は行政の責任です。
もし司法で確定した刑を行政が執行しないのであれば、三権分立の否定です。
例えば通常の懲役刑について行政側が執行しなかったら、世間から非難ごうごうとなるのは必定です。

12月25日に法務省が死刑囚4名の刑を執行したことを発表しました。これは2005年9月以来、約1年3カ月ぶりになります。
なぜこうした間隔があいたのかというと、杉浦正健前法相が執行命令を出さなかったためです。杉浦前法相は、就任の記者会見で刑の執行命令を出さないと明言していましたので、これは確信犯です。
これは法相自らが法律を破るという行為であり、むしろ大臣を罷免に値する行為と言えるでしょう。
杉浦氏が死刑制度廃止を訴えるのは自由ですし、その主張は尊重されなければなりません。
それなら彼は法相を受任すべきではないのです。自らの良心に基づき、死刑執行の直接係わる役職に就かなければ良い。
今回の死刑執行に関して、現法相を非難するのは筋違いです。
行政は決められた事を忠実に実行するだけです。
もし死刑執行について抗議するなら、死刑を確定させた司法に対して抗議するのが筋です。

死刑制度の廃止は時代の流れとされています。
世界の国々で、死刑が行われている国は今や3分の1程度になっています。
国家の命令で人の命を奪うことは出来ない、そうなのかも知れません。
しかしそうした国々の中に、湾岸戦争やイラク戦争で出兵している国も少なくありません。
重大犯罪を犯した人間でも自国の国民の命は大事にするのに、他国では何の罪も無い一般市民を殺戮できるという精神構造を、私には理解できない。
それなら他国の人は殺さないが、自国では死刑制度が存在する日本の法制度の方が、よほど真っ当です。だから現憲法を守らなくてはいけない、そう考えます。

大切なことは死刑を無くすことよりも、死刑に結びつくような残虐な犯罪をいかに無くしていくかに注力すべきだと思います。

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2006/12/27

アメリカはイラクから撤退するな

Fusein2003年3月17日のアメリカによるイラク開戦の直前に、ボクはイランを旅行していた。
イラン人のいかにもインテリくさい現地ガイドは、米国製ミサイルで破壊されたイスラム教モスクを案内しながら、こう感想を述べていた。
「アメリカはイラン革命を影であやつり、イラン・イラク戦争ではフセイン大統領を支援して武器を供給し、今度はフセインを倒そうとしている。中東はアメリカの気まぐれな政策に振り回され、大きな被害を受けてきた。フセインはイランにとっては仇敵だが、今の彼の立場は気の毒に思う。」
まさに正論としか言いようがない。
アメリカの歴代政権は、これに対してどう答えられるのだろうか。

前年の11月にはイラクは国連の査察を受け入れ、1月には国連の査察監視団からイラクが国連決議に違反している事実は無いと報告していた。これで取り敢えずイラク戦争は回避できるかと期待されていたその直後に、アメリカのイラク侵攻が開始された。

アメリカがイラクに侵攻し、フセイン政権を倒す理由として、ブッシュ大統領は次の理由をあげていた。いうなればアメリカのイラク戦争の大義である。
①イラクが生物・化学兵器等、大量破壊兵器を保有し続けている。
②9・11事件の首謀者とされるアルカイダなどのテロリストをイラクが支援している。
③イラク国民をサダム・フセインの圧制から解放する。

結果はどうだったろうか。
①大量破壊兵器は存在が確認できなかった。
②イラクがアルカイダを支援していた事実はなく、イラク戦争によりテロは拡大し、世界的に拡散しつつある。
③フセイン政権は倒れたが、その後に米軍の占領政策の失敗から、イラク国内は内戦状態に陥り、多くの市民が犠牲になっている。
アメリカのイラク戦争には何の大義もなかった。
イラクはアメリカを一度も攻撃していないし、一発のミサイルも発射していない。
アメリカが一方的にイラクを攻撃し、多くの国民を殺戮しただけの、典型的な侵略戦争だった。

イラク開戦以来のイラクの一般市民の死者は5-6万人と推定されている。しかしこれは報道されたものをカウントしただけなので、実際に死者はその数倍に達しているとの指摘もある。
この他、イラク兵士数万人が死亡しており、これらに負傷者を加えれば、膨大な人数の死傷者が出ている。
一方米軍の死者はおよそ3000人近く、イラク戦争に使われたアメリカの戦費は約3500億ドルだが、最終的には5000億ドルに達すると見られている。

先般のアメリカでの中間選挙では民主党が躍進し、イラクからの米軍撤退の声が強まっている。しかしボクは、こうした米軍撤退論にある種の欺瞞を感じてしまう。
イラク開戦には民主党も賛成したし、多くの米国国民も開戦を支持していた。
なぜ自分達はイラク戦争を支持したのか、何が誤りだったのか、そうした検証抜きの撤退論にしか見えない。
むしろこうは考えられないだろうか。
フセインを処刑し、親米の傀儡政権は作り、石油利権は確保した。この先戦闘を続けても戦費はかさむし犠牲者も増えるだけで、その反面得られるものは少ない。
つまりソロバン勘定に合わない、コストパフォーマンスの悪い戦場からは、早目に手を引こうよという、そんな理屈にしか聞こえない。

イラクはもう早目に切り上げ、次の目標であるイランへの攻撃準備にかかろうよ。レバノンやシリアはイスラエルにやらせよう。
そっちに莫大な金が要るのだから、イラクの撤退を急がなくちゃ。
後は国際協力で何とかして貰おう。
これが本音ではなかろうか。

第二次大戦後におきた世界各地の戦争や紛争、内戦でアメリカが全く関与しなかったものは数少ない。その結果、国内の軍事産業は膨張し続け、彼らのビジネスのためには常に戦争をし続けなくては、生きていけない国になってしまった。
戦争はアメリカにとって公共事業になった。開戦の理由など、後からつければ良いじゃないか。
こうした現状にメスを入れ、米国の戦争政策を根本的に転換させることを抜きにしたイラク撤退論には、ボクは同調できない。

イラク全土が破壊され、産業は壊滅状態、治安は乱れ市民の犠牲者は日に日に増えている、そんな状態にしたのはアメリカさんだぜ。
これから金がいくらかかろうと、どれだけの犠牲がでようと、アメリカの責任で元へ戻せよ。
それまでは、絶対に手なんか引かせないぜ。

だからボクは、「アメリカはイラクから撤退するな」と強く主張したい。

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2006/12/25

「赤穂事件(忠臣蔵)」の謎と真実(下)

Ooishi元禄忠臣蔵の観劇記と並行して掲載してきた「赤穂事件(忠臣蔵)」の謎と真実も、今回が最終回です。
この事件の最大に謎は、吉良に対する浅野の刃傷事件が、最後まで原因が分からずに終わってしまったということです。
事件後の聴取で、浅野は「私的な遺恨」であることを繰り返し述べていますが、その具体的な内容は最後まで口をつぐんでいます。一方吉良は「恨みを受ける覚えがない」と主張しています。
加害者である浅野は処罰されるにしても、もし吉良により名誉を汚されたなどの事実があれば、吉良にも何らかの処罰が下された可能性があります。
従って、浅野内匠頭が一切口を閉ざした理由が、どうも理解し難いところです。
寛永4年の殿中刃傷事件では、口論(喧嘩)が原因とされて、被害者側もお家断絶の処分になっています。
浅野内匠頭の「一言の申し開きもない」という弁明が、この事件をややこしくしてしまいました。

内匠頭の血筋で一つ気になることがあります。
母方の伯父にあたる内藤忠勝という大名が、芝増上寺で行われた将軍家綱の法要の席で、大名永井信濃守を殺害する事件を起こしています。
この両事件には共通点が多いのです。
①幕府にとり重要な儀式の最中に起きている。
②加害者に強い殺意が認められる。
③被害者が立場上で上役にあたる。
④被害者が無抵抗であった。
⑤加害者は直ちに切腹となった。
まさか浅野内匠頭に、内藤忠勝のDNAが影響したというわけではないでしょうが。

大石内蔵助は討ち入りについて随分と迷いました。
最終的に決断したのは、浅野家の再興が不可能となったこと、浪士の中の脱落者が増えてきたことや経済上の理由などがありますが。私はもう一つ重要な要素に、幕府がこの仇討ちを認めるかどうかの判断があったのだと思います。
大石は当初から、自分達の行動が幕府に盾突くものではないことを強調してきました。しかし主君浅野内匠頭の仇として吉良を討てば、刃傷事件にあける幕府の裁定への抗議と受け取られかねない。
幕府がこの討ち入りを認めてくれるかどうか、そこを心配していたのでしょう。

これは私の推理ですが、刃傷事件の起きた年の9月に、吉良家の屋敷が呉服橋門内から本所に移し替えになりましたが、これで討ち入りを幕府が容認するとの感触を得たのではないかと思っています。
というのは、呉服橋門内は武家屋敷に囲まれていて、何といっても江戸城のお膝元ですから、非常に警備が厳重でした。この地区に近付くのも容易はなかったでしょう。
赤穂の浪人たちが密かに討ち入りの計画を練っているという情報は、幕府の上層部に届いていたでしょうから、警備を考えれば呉服橋の方が遥かに安全でした。
一方本所ですが、当時は「本所無縁寺うしろ」という地名(本所松坂町というのは後年つけられた地名)に表れているように、かなり寂しい地域でした。当然警備も手薄になります。
吉良家の屋敷が元の呉服橋門内にあったなら、討ち入りを成功させるのは非常に難しかったでしょう。
そこで本所への移転を、大石は幕府のGOサインと読んだのではないか、これが私の推理です。

討ち入り後、浪士の中の2名が大目付仙石伯耆守の屋敷に出頭し、「浅野内匠頭家来口上書」を差し出しています。討ち入りの届出を行ったわけです。
ここで仙石伯耆守は浪士たちの行動を誉め、感心したことは注目に値します。
既に討ち入りを予想していた幕府の上層部の中には、赤穂浪士たちの行動を支持する動きがあったのでしょう。
大石内蔵助としては、亡き主君の仇討ちを成功させると同時に、幕府に自分達の行為を認めさせたということで、全面勝利であったわけです。

哀れをとどめたのは吉良家でした。
刃傷事件と、討ち入りという2度の被害にあい、前の主君義央は殺害され、現主君の左兵衛は重傷を負ってお家は断絶、本人も他家にお預けとなり罪人と同様の扱いを受けた末、21歳の若さで死んでゆきます。
大石以下浪士46名に切腹に申し渡しがあったその当日、幕府は吉良方に先の厳しい処分を下しました。
かつての殿中刃傷事件の裁定とは、正に雲泥の差です。
この間に将軍及び幕府上層部にどのような心境の変化があったのか、これも謎です。

赤穂事件は、その後これを題材にした芝居「仮名手本忠臣蔵」が余りに大当たりし、日本人の心情にまで深く影響した結果、事実とフィクションとの境目がアイマイにされてきたきらいがあります。
そのため特に吉良上野介が一方的な悪者とされてきたことは、大変気の毒なことです。
一種の「風評被害」とも言えるでしょう。

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2006/12/24

元禄忠臣蔵[第三部]@国立劇場

Koushiro今年10月から3ヶ月かけて上演された元禄忠臣蔵、今月で終演となります。
前に書いた通り元禄忠臣蔵の特徴として、松の廊下と吉良邸討ち入りの場面がありません。
それに加え、今月上演の第三部は討ち入りが終わってから、赤穂浪士たちの切腹の直前までという構成になっています。つまり通常の忠臣蔵が討ち入りで終わるのに対し、元禄忠臣蔵は全体の約3分の1が討ち入り後の物語に充てられているわけです。
では第三部を構成する4つの幕の見所を紹介します。

第一幕「吉良上野介屋敷裏門前」では、吉良の首級をあげた後の浪士たちの放心状態、大事を成し遂げた直後に襲われる虚脱感が描写されています。

第二幕「芝高輪泉岳寺浅野内匠頭墓所」では、墓前に討ち入りの報告を行った後に、心ならずも浪士の連判を抜けた高田郡兵衛が駆けつけてきます。
親友だった堀部安兵衛は高田に、「武士には3部の愚かさが必要」という言葉を投げて去って行きます。
あまりに目端が利きすぎる人より、どこか愚直な部分を持つ人の方が大事を成し遂げるということは、私たちサラリーマンの世界でも度々目にしてきました。

第三幕「仙石屋敷」では、大石らが大目付の仙石伯耆守に対し、討ち入りの詳細を説明します。
ここで仙石伯耆守は大石に、浅野を切腹は公儀の裁きであり、吉良を敵と狙うのは誤りではなかったのかと問います。これに対して大石は、天下の法に従って浪士となった者が、ただ亡き主君の一念をはらすために討ち入りを果たしたと主張します。

第四幕「大石最後の一日」では、浪士の一人である磯貝十郎左衛門と許婚のおみのとの悲劇をからませながら、切腹に向かう浪士たちの姿が描かれます。
最終シーンで大石は、万感の想いをこめて「初一念が届きました」と言い残し、花道を去ります。

この長大な戯曲を、作者の真山青果は、最後の幕である「大石最後の一日」から書き始めました。
今回の芝居を観て、この理由が分かりかけてきました。
作者が言いたいことは最終編に提示されており、そのメインテーマに沿って前半部分を書き進んだものと想定されます。
人間は聡明であることは必要です。しかしそこに3部の愚直さが備わらないと大望は成就できない。そして事に当たり最初に浮かんだ、損得抜きに最初に思い立ったこと、即ち「初一念」を貫くことが、人間にとり最も大事なことだと、作者は訴えているのでしょう。

芝居の出来栄えですが、残念ながら11月の第二部は見損なってしまい比較は出来ませんが、10月の第一部に比べると遥かに良く仕上がった舞台となっています。
先ず大石内蔵助役の松本幸四郎が断然良い。腹から絞り出すような声色が、観客の胸を打ちます。凛とした気品がありながら、役者としての華やかさがあります。
大石内蔵助役としては、幸四郎が現在最高の役者なのかも知れません。
今回は松本幸四郎の芝居だ言っても、過言では無いでしょう。

助演の仙石伯耆守役の坂東三津五郎が、さすが貫禄で舞台を締めていました。
この人は大河ドラマなどTV映像ではくすんで見えるのですが、舞台に立つと俄然引き立ちます。

堀内伝右衛門役の市川左團次、セリフを二度も咬んでいるようでは、心もとない。
この元禄忠臣蔵は、もとはといえば2世市川左團次のために書かれた芝居です。
左團次の名前が泣きます。

他におみの役の中村芝雀の可憐な美しさが、涙を誘っていました。

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2006/12/23

2006年My演芸大賞

年末恒例の私が選んだMy演芸大賞、2006年版を発表します。

【大 賞】
柳家喬太郎「按摩の炬燵」(1月22日、国立演芸場)
【優秀賞】
柳家花緑「紺屋高尾」(3月4日、国立演芸場)
立川談春「五貫裁き」(2月2日、横浜にぎわい座)
古今亭菊朗「三味線栗毛」(7月30日、お江戸日本橋亭)
柳亭市馬「お神酒徳利」(12月16日、国立演芸場)
【新人賞】
神田京子「大名花屋」(2月4日、国立演芸場)

【講評】
先ず大賞ですが、喬太郎と花緑、どちらかに迷いましたが、頭一つの差で喬太郎になりました。
「按摩の炬燵」という噺は、滅多に高座にかかりません。難しいのと、盲人を笑いにしている点が、昨今避けられる傾向にあるからです。
喬太郎は、この面白うてやがて哀しき噺を実に明るく、しかもじっくり聴かせました。

僅差で大賞を逃がした花緑ですが、「紺屋高尾」は実に良かった。紺屋職人の高尾太夫への一途な想いが、聴いている私たちに伝わってきました。
私は従来、花緑に点数が辛かったのですが、これですっかり見直しました。

談春はいくつか聴いた中で、「五貫裁き」が最も出来が良かった。この人は出来不出来の差が大きいのが欠点でもあり、魅力でもあります。

古今亭菊朗、今最も期待される若手落語家です。来年の真打昇進を控え、着実に力をつけてきました。
「三味線栗毛」以外にも「小言幸兵衛」「兵庫舟」などいずれも力演で、実力をいかんなく発揮していました

市馬は今最も安心して噺が聴ける芸人と言えるでしょう。安定感は抜群です。
同時に傑出した高座が少なく、決定打に欠けるうらみがありました。
今回は年末に聴いた「お神酒徳利」、これは今年の5本の指に入ります。

Kanda_kyoko新人賞は紅一点でしかも講談の神田京子です。
未だ芸が若いですが華があり、話の間が大変宜しい。
講談界、久々の期待の星です。


さて来年も良い高座に巡り合えるよう、演芸場に足を運びましょう。

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2006/12/20

小泉さん、18億円は流用では?

Koizumi6久々に小泉純一郎前総理の名前を聞きましたが、これがバッドニュースです。
小泉政権5年間の小泉メルマガや、小泉前首相のホームページの制作・運営費が、合計で約18億円にのぼることが判明しました。
え、あれって税金で作っていたの、知らなかった。
てっきりITオタクの世耕 弘成議員あたりが担当していたのだと思っていましたよ。

でもね、あのメルマガにしても、ホームページにしても、内容は必ずしも全てが政府広報だけではなく、小泉純一郎としての個人的な主張が掲載されていましたよね。
自分の主張を発表するのに18億円も使ったのだとしたら、それは公金の私的流用にならないのかなあ。
自慢じゃないけどこのブログ、税金を1銭も使っていませんぜ。

それとも他の議員達のHPやメルマガも、税金で運営しているんですか。
いずれにしろ、呆れた話です。

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2006/12/19

本間カイナ

Honma_1♪税調会長 愛人囲い
豪華官舎で ヤリ放題♪
・・・本間カイナそうカイナ。
ウラヤマシ・・じゃ無かった、実に腹立たしい。オジサンは怒ったぞ!
でも連日のように、自民党中川幹事長が本間氏を弁護しているのは、なかなか面白い光景です。
そりゃそうでしょう。「愛人はいかん!」などと発言したら、「それはお前のことじゃ」と切り返されますからね。
しかし愛人スキャンダルの大先輩として、アドバイスくらいしてあげたらどうかな。

記者会見で「今年を一文字にすると?」と訊かれた安倍総理の答え、「変化の年でした」。
記者から更に「一文字ですが?」と訊かれると、今度は「責任ですかね」。
もうバカですね。木久蔵以下です。安倍首相という人は、一と二の違いが分からないんです。
教育基本法を語る前に、もう一度小学校に再入学したほうがいいでしょう。

石原都知事の最近(12月14日)の発言。
「共産党はオリンピック反対と言うけど、この中にオリンピック反対の人がいたら、手挙げてもらいたい。そんなヤツはぶっ叩けばいいんだ」。
石原知事、いよいよ壊れましたか。
アタシもオリンピック開催に反対なので、これから都庁の知事室に出向いて、石原知事にぶっ叩いてもらいましょうかね。
日本でオリンピックを開催するなら、一度経験した東京以外の都市で行うべきと考えており、東京都民ですが福岡市での開催を支持していました。
自分に反対するヤツはみんなアカだ、ぶっ叩けといのはファシズムです。

それより石原知事、昨年9月14日夜、東京・銀座の高級料亭「吉兆」で行われた息子宏高氏の当選祝いの宴席で、近頃何かと話題の水谷建設水谷会長らが用意した2000万円のお祝い金を受け取ったとされる疑惑、ご本人は真っ向否定していました。
しかし、その水谷会長自身が週刊誌の取材に、
「その話は聞いた」
「(石原知事は)そりゃ、感謝してたわな」
「(宴席後は)みんな上機嫌だった」
と、疑惑をほぼ肯定するような証言をしています。
さあどうする、慎太郎!

石原都知事殿、都知事選の前に一度病院で「脳」の検査をして、異常がないかどうか確かめた方が宜しいのでは。
「脳(ノー)と言える日本人」なんて診断されたりして。

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2006/12/18

客をナメチャいけません-「六代目柳家小さん襲名披露公演」@国立演芸場

Kosan6連日の国立演芸場通いで、12月17日は昼の中席で「六代目柳家小さん襲名披露公演」。9月から始まった襲名興行の最後を飾る公演ということで、当日は立ち見も出る大入り満員だったが、中身はさて。

先ずこの日の顔づけから紹介したい。
*鈴々舎 馬るこ
松旭斎 美智・美登
*柳家 小ゑん
*柳家 小袁治
*林家 木久蔵
―仲入り―
襲名披露口上
鏡味 仙三郎社中
*鈴々舎 馬風
柳家 小菊
*柳家三語楼改メ 六代目柳家小さん
(*印は落語)

小さんといえば柳家一門の大名跡であり、しかも先代小さんのお弟子さんが現在キラ星のごとくいるというのに、落語協会会長の馬風を除けば、一門の出演者は小ゑんと小袁治だけ、これは一体どういうことなのか。
出演者が日替わりとはいえ、柳家一門から先代の一番弟子である小三治、身内の花緑、実力者の扇橋、権太楼、さん喬、人気者の喬太郎、市馬といったメンバーが出演しなければ、小さん襲名興行が泣きますよ。
それとも今回の小さん襲名に何かシコリでもあったのかと、勘繰られても仕方がない。

当日小さんを別にして5人の噺家が出たが、まともに落語らしきものを演ったのは小ゑんと小袁治だけ、後は漫談に毛が生えた程度の代物。
まあ木久蔵や馬風の漫談は、芸として完成してるから面白いですよ。でも二人揃って演ることはない。
それに古典落語の本家である落語協会会長が、圓歌と馬風二代続けてまともな落語ができない噺家が就任したのは、いかがなものでしょうかねぇ。

それで肝心の六代目柳家小さんだが、これがイケナイ。
トリなのだから、当日の顔づけとネタを見て、ここは持ち時間一杯に使った本格的な落語が聴かせるところだろう。
ダラダラと退屈なマクラで半分近い時間を費やした後(隣席の愛妻はここで熟睡)、「壷算」。
決して悪いネタではない。しかしこの日のお客さんを満足させるには、大ネタかあるいは柳家の伝統芸である例えば「禁酒番屋」あたりを選ぶべきではなかったか。
芸が未熟なのは仕方がない。それなら一生懸命演じる姿を見せないと、お客はついてゆかない。

終演後の帰途、周囲からも不満の声が聞こえた。
期待が大きければ、失望も大きい。
落語ブーム寄席ブームに乗っかり、安易な襲名公演を行っていると、やがてファンからしっぺ反しがきますよ。

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2006/12/17

「柳亭市馬vs立川談春」@国立演芸場

Ichiba12月16日国立演芸場で「柳亭市馬vs立川談春」の会、落語協会と立川流の最も旬な噺家の直接対決の趣となった。もっとも本人同士は、以前から二人会を続けており、いたって和気藹々のテイ。
この二人会というのは、独演会とは異なる難しさがあるようだ。全くのマイペースという具合にはいかず、相手とのライバル関係としての緊張感を保ちながら、共演者を立ててゆくという姿勢が要求される。

この二人、同じ古典落語一筋であるけど芸風は大きく異なる。
例えていえば、市馬が真ん丸な芸であるのに対し、談春は楕円の芸だ。直球と変化球の違いとも言えるだろう。
市馬の高座はいつも安心して聴けるし、一方談春はハマるとスゴイが、外れるとサッパリとなる。

二人が二席ずつで、先ずは談春が「寄合酒」。
マクラでいきなり、「今日は市馬の会」発言が飛び出す。談春、本日は手抜きかと予感させられる。
他愛ないマクラであったが、三遊亭遊雀(旧名:柳家三太楼)が芸術協会から温かく迎えられていることが紹介され、安心した。遊雀が芸術協会のリーダー的存在になる日も近いだろう。
本題の「寄合酒」だが、入り口のところであっと言う間に終了。やけに薄味の高座であった。

市馬は「御神酒徳利」
独演会でもないのに、ここで50分の大ネタを持ってきたのに驚かされる。この辺りに近頃の市馬の自信が表れている。
演者である市馬と主人公の善六の人柄がダブり、爽やかな高座となった。
このネタは6代目三遊亭圓生がお手本となるが、市馬の演出はあっさりとしており、圓生と比較するとややコクに欠ける。
とはいえ、ここ最近聴いた「御神酒徳利」の中では出色の出来で、満足のいく高座であった。

仲入り後に、市馬は「掛取」
本来は「掛取万歳」だが、最近は万歳の部分を省略してこの「掛取」の題でやるケースが多い。
市馬のは唄入り「掛取」で、得意の喉を披露してお客さんを喜ばせる演出となっている。
いつもより短めに切り上げながら、決して手抜きにしてないところが、市馬の芸の力である。

トリは談春で「蒟蒻問答」
談春は、独演会とは違う客の反応に戸惑いがあったのか、少々やりにくそうな印象を受けた。
その影響だろうか、「引導」を「問答」と言い間違えるなど、集中力を欠いていた。
談春独特のクスグリも、当日は市馬ファンが多かったのか、客席の反応も今一つで、やや空回りの高座であった。

直ぐ後ろの席のご婦人はこの二人を初めて見たようだが、隣の席の人に「やっぱり年上の人(市馬のこと)は上手だわ。」と感心していた。
この感想が全てを物語っていて、市馬の芸と貫禄が、談春を圧倒した二人会であった。
もし次回この会が催されるなら、是非とも談春のリベンジを期待したい。

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2006/12/16

「モテる男」になるために

Ando政府はタウンミーティングでヤラセ放題
税調の本間会長は愛人を官舎に囲ってヤリ放題
法人減税で企業は優遇サレ放題
庶民は増税でシボラレ放題
こんな「美しくない国」に安倍がした
・・・とお嘆きの皆さま、いかがお過ごしでしょうか。

以前の記事で女性から見た「ダメ男」の条件を書きましたが、それだけでは夢が無いので今回は「モテる男」をテーマにしたいと思います。
“nikkei bp net”に酒井冬雪という方が、このテーマでコラムを掲載しています。
記事によれば、「男性が100人いたとしたら、その中でモテる男性というのは5人くらい、残りの95人は『どうして、オレはモテないんだろう? ああ、モテてみたい』と思っているのではないでしょうか。」と書かれていました。
モテる男は20人に1人ですか、まあ妥当な線でしょうね。この辺りは男性心理をついています。
ここまでの前フリはナットクです。

次いで彼女によれば、モテる男は次のような共通点を持っているのだそうです。
○何が根拠なのかは分からないが、自信満々である。
○同性である男よりも、女性の信頼を得ることを大切にしている。
○相性のよくない女性に冷たくされたり、意地悪くされてもあまり懲りない(気にしない)ようだ。
○守備範囲が広い(どんな女の子でもOKらしい)、もしくは限りなく狭い範囲の守備しかしていない(近寄るタイプの女の子が限定されている)。
○「やさしいんだね」「○○○(海辺のリゾート地)にいっしょに行きたいよ」などと、誰にでも平気で言ったり、今どきキザっぽいところがある。
○体育会系で実はスポーツ万能であっても、外見はきわめて中性的である。また、足音がしない、ドアの開け閉めが静かなど、物音をあまり立てずに行動する。
○平気で女の子を怒ったりすることがある。
○「かわいいね」「髪、切ったの?」とフツウに口にしている。女の子には誰にでもチェックをいれているらしい。
○女の子の好きなキャラクターやマンガ、コンビニの限定お菓子などにやけに詳しかったりする。
○女の子のアタマをガシガシとなでたり、ガバッと肩に手をまわしたり、さわるときはガツンとさわっている。

ここまでくると、どうもインチキくさくなります。
「ナルホド、こうすりゃあモテるのようになるのか」などと単純に考えて、手近にいる女性に「今度リゾートに一緒に行こうよ」と誘ったり、いきなり頭をガシガシ撫でたりしたら、ぶん殴られるか、引っ掻かれるか、「セクハラ」で訴えられるか、いずれにしろ痛い目にあうこと請け合いです。
モテる男の真似をしても、モテる筈がありません。
「小説の書き方」という本を何十冊読んだって、小説家にはなれないと同じで、ここがこうしたHOW TO物のいい加減さです。
よく銀座のママだの京都の料亭の若女将だのが、「モテる男」「出世する男」「金持ちになる男」をテーマにした本を出していますが、おそらく内容は似たりよったりでしょう。
この手の話は全く役に立ちません。

ある女優さんのパーティで、ホストクラブの売れっ子ホストという人に会ったことがあります。
決して美男子では無く、母性愛本能をくすぐるようなヤサ男でしたが、会場にいたオバサマたちがキャーキャー言って集まって大騒ぎしていました。
もう一人やはり売れっ子ホストだった人が、外注工場で働いていたことがありました。男性的な筋肉質タイプで、どちらかというと無口なほうでしたが、やはり工場のオバサンたちに大人気でした。
こうした男を見て感じたことは、モテる男というのは女性を惹きつけるフェロモンを放散する天賦の才能を持っているということです。
才能がないと分かったら、高望みは禁物ですぞ(と自分にも言い聞かす)。

そう言い切ってしまうと夢も希望もない、ミもフタもない話になりますから、ここで一つだけ参考になりそうな教訓をご紹介しましょう。
伝説のヤクザの親分、安藤組組長・安藤昇の言葉です。女性遍歴を本に書いたほどの性豪でもありました。
「いい女と見ると、とりあえず声をかけてみるのがナンパのコツで、気取ってて女が引っかかるほど、世のなか甘くない。」
こちらはなかなか実践的で、参考になりそうです。

そういえば万年東一さんも女性に人気がありましたから、一流のヤクザは女性にモテることが要件なのかもしれませんね。

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2006/12/15

犬の災難

Inu久々にタイへ出掛けてきましたが、観光客の態度が一変したことがあります。それは、現地の犬に誰も手を出さなくなったことです。例の狂犬病騒ぎの影響ですね。
日本人は犬が好きな人が多いのか、海外の観光地でも犬を見つけると撫ぜたりさすったり、エサを与える光景をよく目にしたのですが、今回は犬をいると皆さん避けて歩いていました。心なしか犬たちも寂し気で、所在無さそうにしていました。
犬にとってみれば、つい先日までチヤホヤされていたのが、急に掌を反したように冷たくされるので、戸惑っているようです。

何事も注意するに越したことはありませんが、過剰反応するのは考え物です。
鳥インフルエンザが流行ると、急に鶏肉を食べなくなる人が増えてきます。鶏肉でインフルエンザが伝染することは有り得ないのにです。
ニワトリから人間への感染にしても、生きたままのニワトリと接触する職業の人を除けば、全世界的に見て感染例は極めて稀です。
日本人が感染する可能性など、10億円の宝くじに当たるより確率は低いでしょう。
狂犬病や鳥インフルエンザに注意することは必要ですが、過剰に恐れることはない。
それより人間のインフルエンザに罹って死亡する確率の方が遥かに高いし、交通事故に出遭う危険性に注意を払うべきです。

可能性という時には、常に確率を考慮する必要があります。
例えば隕石に当たって死ぬ可能性は、いつでも誰にでもありますし、避ける方法はありません。それでも隕石の落下を心配して、出歩かないという人はいないでしょう。確率が低いからです。
確率を無視し、可能性のみ誇大に強調すると、かえって判断を誤ります。
これは政治、外交、防衛問題などにも言えることですね。

犬の話題に戻りますが、ひところ北京オリンピックの関係で欧米人が、中国で犬を食う習慣があることを嫌悪しているとの報道がありました。中国当局もこれに応えて、現在犬を食べないように指導しているようです。
しかしこんな事は、本来大きなお世話です。食文化というのは国によって大きく異なるのであって、他国の人が何を食べようと、あれこれ指図する権利は誰にもありません。
クジラを食うのはけしからんと、多数決で決められのは実に理不尽です。
それなら将来インドが天下を取り、仮に牛肉を食うことを禁止すると言い出したら、欧米人は素直に従うのでしょうか。
そう考えれば、自分達の言い分がいかに横暴か分かるというものです。

日本人もかつては犬を食べた時期がありました。終戦後、近所の大人たちが犬を殴り殺しているのを見たことがあります。「美味そうな赤犬だ」と言ってましたから、食べたのでしょう。
猫も肉は食べなかったようですが、スープの出汁にはしていたようです。ラーメンや中華料理に使われていたというのは、親父から聞かされました。
食べ物の無い時代には、食材を選んでいられなかったのです。
最近の日本での「崖っぷち犬」の大騒ぎや、「ネコ殺し」の新聞コラムへの抗議ぶりを見るにつけ、隔世の感があります。

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2006/12/04

「ライブドア」「村上ファンド」両事件の主犯は宮内亮二か

Miyauchi従業員が会社の金を横領したなどという事は、恐らく全国で多くの企業が経験していると思われます。通常は本人や家族、場合によっては上司や同僚が協力して穴埋めを行い、本人を社内で処分するという形で決着させています。
会社も該当部署も、あまり世間に表ざたにしたくないですからね。
非常に悪質であったり、金額が莫大であったりすると、会社が本人を告訴し刑事事件になることもありますが、全体から見れば氷山の一角です。

横領した当人は、バレるまではウソをつき通して、業務上横領の事実をごまかします。
そして横領がバレた時の当人の言い分は決まっています。「一時的に借りたもので必ず返すつもりでいた」、これが常套句です。時には「会社も上司も承知だった筈だ」などと居直るのだから、始末が悪い。
背任横領するような人間の言うことは信用できない、これは永年サラリーマンをしていた私の経験則です。

さて前記の決まり文句ですが、最近どこかで聞かれた記憶があるでしょう。
そう、ライブドア裁判で、取締役であった宮内被告の証言ですね。
彼の横領の疑惑にかかわる事実関係について、整理すると次のようになります。
①人材派遣会社トライン買収に関連し発生した投資事業組合の利益の内、2億6000万円がライブドアの元取締役野口英昭(死亡)が香港に設立した会社Aに送金されている。
②会社Aから、1億5300万円が宮内亮二、中村長也被告らが香港に設立した会社Bに送金されている。
③宮内亮二、中村長也の両被告は送金された金のうち、4000万円を私的に流用していた。

宮内被告らはこうした事実を公判で認めた上で、送金も私的流用も亡くなった野口氏の了解(死人に口なし)の下で行ったこと、一時的に借用したもので返すつもりであることを証言しています。正に背任横領した人間の常套句を、公判で喋っています。
宮内、中村両名の業務上横領の犯罪事実は明らかです。
不思議なことに、検察側はこうした事実を完全に黙殺しています。横領罪で彼らを訴追する気配は全くありません。

さて村上ファンド事件の裁判が、12月1日に始まりました。
ライブドア裁判と同様に、こちらの事件でも検察側証人として宮内亮二が出廷しました。
つまり双方の事件とも、堀江、村上両被告を有罪にする切り札は、宮内証言が握っているわけです。
その宮内証言ですが、2004年11月8日の会議で村上被告に、ライブドア社は「200億円の借り入れは大丈夫」「(ニッポン放送株の)3分の1を取る」などと具体的に伝えたと証言しました。この会議では、経営権を取得した場合のフジサンケイグループを2社でどう分けるかも話し合われたとのことです。
キツネとタヌキの化かしあい、それとも捕らぬタヌキの皮算用。

この証言で見えてきたのは、宮内亮二がニッポン放送の買収を共同でやろうと、村上世彰をけしかけたという構図です。それに乗っかって村上被告がニッポン放送株の買い付けを行ったのではないか。宮内がそそのかし、それに村上が乗ったという構図です。
この点は、逮捕直前での村上世彰の記者会見で、「宮内さんが『そらいけ、やれいけ、ニッポン放送だ』というのを聞いちゃった」と発言したこととも符合(宮内は否定しているが)しています。
村上ファンド事件の発端は、実は宮内被告が仕掛けたとは考えられないでしょうか。

そう考えていくとライブドア事件についても、粉飾決算による株価操作という不法行為の主導者が宮内であったと考えると分かりやすい。
株価を上げて投資組合を通じて高値で売り、その利益の一部を自分の口座に還流させ横領着服するという構図を作り上げたのは宮内被告であって、堀江貴文は単なる広告塔・狂言回しに利用されたに過ぎないのではないか。むろん利用されてしまったという罪はありますが。

沖縄で急死した野口英昭氏の死因については、依然多くの謎が残されており、他殺説もくすぶっています。
もし他殺であるとすれば、彼の死で最も利益を得た人物を疑うのが、捜査の常識でしょう。
宮内亮二らの背任行為(業務上横領)を見逃す代わりに、検察側に有利な証言をさせている疑いは濃厚です。堀江被告の弁護人が公訴権の乱用であるとして、捜査にあたった大鶴基成特捜部長らの証人尋問を要求しているのは、当然であると考えます。

現在公判では、堀江及び村上の証言と、宮内の証言と真っ向から対立しています。そのどちらが真実なのかは分かりません。あるいは双方共にウソをついているかも知れない。
いずれにしろ宮内らが検察に弱みを握られ、無理やり証言させられているのは明らかでしょう。
背任横領を行うような人物の証言は絶対に信用できない、これだけは断言できます。

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2006/12/03

消費税はどこに消えたか(補遺)

前回の記事に寄せられたコメントにお答えするため、少々補足したいと思います。
消費税導入とその後の税率アップに際して、政府は国民に対し、これからの少子高齢化の時代に向けて、従来の社会福祉のレベルを保つために止むを得ない措置と説明してきました。
しかし結果を見れば、これらの説明はウソでした。
その後の推移からすれば明らかなように、税金のムダ使いは一向に改善されることなく、その一方消費税は全て企業減税に消えてしまったわけです。
その結果、財政赤字は解消されず、社会保障は年々切り下げられてきた、これが実態です。

私は、消費税=悪法とは考えていません。
高齢化社会で所得税を負担する国民の割合が減る中で、一定の社会福祉レベルを維持するためには、消費税が選択の一つであると考えています。
問題は税金の使い道です。

その後も産業界からは、更に企業減税を進めるよう強い要望が出されています。
それでも小泉政権は、財政再建に比重をおいていたので、そうした要望を先送りしてきました。
安倍総理になって様相はガラリと変り、財界からの減税要望を積極的に受け入れる方向に舵を切ってきました。
先ず政府税調のメンバーを、会長を先頭に企業優遇論者に入れ替え、とりあえず減価償却方法の見直しという口実で5000(7000とも云われている)億円の企業減税を先行し、来年度以後に法人税の引き下げによる4兆円の企業減税をする予定です。
そのために国民からの所得税を増税し、その後消費税を今より2-5%アップしようという魂胆なわけです。

今後の消費税増税については、さすがに前回までのウソは通じないと見てか、企業減税→企業の増益→賃金のアップという構図により、家計が潤うというロジックを組み立ててきました。
しかしここ数年来、規制緩和の名の下に勤労者の権利にかかわる法律が改定され、企業が利益を上げても、従業員の賃金が上がらない仕組みが作られてきました。
この点は、多くの方が日々実感されていることでしょう。

今までも、そしてこれからも、消費税は全て企業減税の原資にまわり、社会保障の拡充に充てられるはない。
これからは国民にとって、ますます低福祉高負担が求められる時代になる。
こうした安倍政権の経済政策をこのまま受け入れるなら、「企業栄えて民滅ぶ」になることは明らかだと思います。

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2006/12/02

消費税はどこに消えたか

Honma以前からどうにも腑に落ちないことがありました。所得税が増税される一方、健保や介護、年金など社会保障は切り下げが続いています。
1989年に消費税が導入され、その後税率が3→5%に引き上げられましたが、その時の歌い文句としては、社会保障の充実のための財源確保とされていた筈です。
一体あの消費税はどこに消えたのか、最近になって分かりました。

1989年から1999年に掛けて、法人税が40→30%に引き下げられた結果、8兆円の企業減税となりました。
他方、消費税1%あたりの税収は2.2兆円なので、消費税はほぼそっくりと企業減税分に埋め合わせされていたわけです。
元々、消費税で社会保障充実はウソだったということです。
それなら最初から、企業の減税のために消費税を導入したいと説明すれば良い。
こうした政府の国民を騙す手口は、一番アタマに来ますね。

12月1日政府税制調査会が、07年度税制改正の答申を安倍首相に提出しました。
答申の骨子は、減価償却制度の見直しなど各種の企業減税を盛り込んだほか、法人税率については今後引き下げを検討するとしています。
来年度税制の最終的な改正内容は、与党が今月中旬の税制改正大綱で決めますが、政府与党も今回の答申に沿って企業減税路線を受け入れる見通しです。

今回答申に盛り込まれた減価償却制度の見直しにより、5000億円規模の企業減税が想定されています。その財源は、07年からの所得税の定率減税の全廃による約1.2兆円の増税で賄われます。
更に財界の要望通り、法人税の実効税率を今より10%引き下げようとすれば、4兆円の企業減税となります。
これを消費税2%アップすることで埋め合わせするというのが、政府税調の構想です。
ただ来年は参院選を控えているので、とりあえず今年の答申からは見送りました。参院選で自民党が勝てば、予定通り消費税増税が実施されるでしょう。

企業優遇税制を進める理由について、答申は「企業部門の活性化は、付加価値の分配を通じて家計部門に波及し、プラス効果をもたらす」と強調しています。
しかし現在のいざなぎを越える空前の好景気が、専ら企業の収益向上にのみ影響し、家計には全くプラスしていないということは、大多数の国民の実感ではないでしょうか。
こんな取って付けたような屁理屈を言わず、「自民党の最大のスポンサーである財界の言い分通りに企業減税する。その分国民からの所得税と消費税の増税で賄うので、皆さんヨロシクネ。」と正直に言って貰う方が、まだ分かりやすい。

安倍総理になって以後、政府税調の中の財界代表の委員が倍増され、会長も財政再建重視の石弘光氏から、企業優遇論者の本間正明会長にバトンタッチされました。
本間正明阪大教授も、最近はすっかり自民党と財界の走狗になり果てましたね。
このまま放置しておけば、安倍政権による財界優遇、庶民生活切捨ての経済運営が一層鮮明になってくるでしょう。

♪おいしいえさに いかれちゃって
 あとで泣いても 知らないよ・・・♪
(「黒ネコのタンゴ」より)
とならぬよう、税制改定に対する監視の目を強化する必要があります。

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2006/12/01

「にっかん飛切落語会」第308夜

Shinosuke2久々の外出、そして久々の落語会は11月29日イイノホールで行われた「にっかん飛切落語会」。
この会は、レギュラーの二ツ目の若手に、人気落語家が加わるというメンバー構成の落語会だ。

先ずはレギュラーの古今亭志ん太「きゃいのう」。
最近高座にかかることが少ない珍しいネタだ。大部屋の役者の悲哀をテーマにした芝居噺で、登場人物が多いが笑いが取れない難しいネタといえる。
間違いが多く未だネタが見についていないが、一生懸命演じていて好感が持てる。
何よりこういう難しいネタに挑戦する姿勢を評価したい。

林家たい平「二番煎じ」。
寒くなると高座にかかる噺である。
たい平は古典を真っ直ぐに演じ、いつ聴いても明るく爽やかな高座が心地良い。
この演題で注文が二つ。一つは番小屋から夜回りに出るところで、もっと凍て付くような寒さを表現して欲しい。登場人物が寒そうに見えない。
二つ目は、番小屋に戻って飲み食いする場面が、少々あっさりし過ぎている。未だ酔いが回らない内に役人が現れてきた。ここはもっと宴席を盛り上げた方が良い。

中トリは桂歌丸「井戸の茶碗」。
歌丸は人気番組の“笑点”旧メンバーで、唯一人落語の修業をしっかりと積んできた成果が、ここ数年現れている。
浪人の千代田ト斎に、もう少し風格が欲しいところだ。

仲入り後、レギュラーの桂快治「笠碁」。
レギュラー陣の最年長らしく、落ち着いた雰囲気の高座だった。師匠であった文治とは随分と芸風が違う。
碁敵の、二人の大店の旦那に貫禄が出てくれば、申し分ない。

トリは立川志の輔「ディアファミリー」
枕から客席を志の輔の世界に引き込む芸の力は、さすがである。古典、新作、この人は何をやらしても上手い。サラリーマンの経験が生きていて、新作の登場人物にリアリティがある。
実は独演会以外で志の輔を見たのは初めてであるが、他の出演者を圧する存在感で、格の違いすら感じた。
志の輔が志ん朝亡き後の、落語界の第一人者であることを実感させられた高座であった。

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