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2006/12/29

解せない「死刑執行」への抗議

Sugiura死刑執行といっても、イラクのフセイン元大統領のことではありません。日本国内での話です。
死刑囚に対する死刑が執行されると、毎回必ず抗議行動が行われるのが、私にはどうも理解できません。
多くは「死刑制度廃止」を主張する方々だと思われますが、死刑廃止論は一つの見識として分かります。
しかし制度の廃止と、現行の法制度の執行を非難する事とは、全く別の問題であると思います。

現在の我が国の法制度について、私が容認できない法律は沢山あります。特にここ数年、様々な悪法が次々と通され、腹立たしい思いをしています。
しかしいかに意に沿わない法律であろうと、決まったことには従わなくてはならない。
もしある法律を、賛成の人だけは守るが、反対の人は守らなくても良いとなったら、民主主義は成り立ちません。

一例をあげます。
消費税が全て企業減税に相殺され、私たちの生活向上に全く寄与していないのは明らかです。これは消費税導入の時の公約に反する不当なものです。
しかし私が消費税を払わないと主張できるでしょうか、できません。
主張できるのは、そんな消費税なら廃止しろとか、消費税を社会保障の充実など国民の生活向上のために振り向けよと、主張できるだけです。

死刑は「刑法」に、その執行については「刑事訴訟法」に、具体的な執行方法は「監獄法」によりそれぞれ定められています。
死刑が確定すると、6ヶ月以内に法務大臣は死刑執行を命令する(再審など特別の事情を除き)ことが定められており、命令後5日以内に執行しなくてはなりません。
つまり死刑が確定してから、およそ185日以内に死刑は執行しなくてはならないと、法律で定められているのです。
死刑を確定するのは司法ですが、執行は行政の責任です。
もし司法で確定した刑を行政が執行しないのであれば、三権分立の否定です。
例えば通常の懲役刑について行政側が執行しなかったら、世間から非難ごうごうとなるのは必定です。

12月25日に法務省が死刑囚4名の刑を執行したことを発表しました。これは2005年9月以来、約1年3カ月ぶりになります。
なぜこうした間隔があいたのかというと、杉浦正健前法相が執行命令を出さなかったためです。杉浦前法相は、就任の記者会見で刑の執行命令を出さないと明言していましたので、これは確信犯です。
これは法相自らが法律を破るという行為であり、むしろ大臣を罷免に値する行為と言えるでしょう。
杉浦氏が死刑制度廃止を訴えるのは自由ですし、その主張は尊重されなければなりません。
それなら彼は法相を受任すべきではないのです。自らの良心に基づき、死刑執行の直接係わる役職に就かなければ良い。
今回の死刑執行に関して、現法相を非難するのは筋違いです。
行政は決められた事を忠実に実行するだけです。
もし死刑執行について抗議するなら、死刑を確定させた司法に対して抗議するのが筋です。

死刑制度の廃止は時代の流れとされています。
世界の国々で、死刑が行われている国は今や3分の1程度になっています。
国家の命令で人の命を奪うことは出来ない、そうなのかも知れません。
しかしそうした国々の中に、湾岸戦争やイラク戦争で出兵している国も少なくありません。
重大犯罪を犯した人間でも自国の国民の命は大事にするのに、他国では何の罪も無い一般市民を殺戮できるという精神構造を、私には理解できない。
それなら他国の人は殺さないが、自国では死刑制度が存在する日本の法制度の方が、よほど真っ当です。だから現憲法を守らなくてはいけない、そう考えます。

大切なことは死刑を無くすことよりも、死刑に結びつくような残虐な犯罪をいかに無くしていくかに注力すべきだと思います。

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