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2007/03/03

思い出の落語家③「らくだ」の八代目三笑亭可楽

Karaku昨日の談春の記事で、可楽の「らくだ」が絶品だったと記しましたが、今回はその八代目三笑亭可楽の思い出を書きます。
先ずは、その可楽の「らくだ」の魅力について述べる前に、このネタの粗筋を紹介します。

ある長屋に、周囲誰からも嫌われていた“らくだ”と呼ばれた男が、ふぐにあたって死んでしまう。“らくだ”の兄弟分の男が、通りすがりの屑屋をつかまえて脅し、長屋を回らせて通夜の準備をさせる。
最初はどこへ行っても協力を拒まれるが、兄弟分の男の「『らくだの死体を担いでいって、かんかんのうを踊らせる。』 と、言え!!」という言葉を伝えると、長屋の連中は恐れをなして言う通りなり、支度が整う。
兄弟分の男が無理やり屑屋に酒を飲ませるが、屑屋の酔いがまわるに連れ気が大きくなり、今度は屑屋の方が、その兄弟分を脅し始める。

殆どの演者はここ迄で30分間を費やし、この場面で切ります。
実はこの噺、これから二人で“らくだ”の遺体を樽に詰め、火葬場に運ぶ場面に続くのですが、滅多にやらない。
可楽の「らくだ」は、最後まで演じて30分弱で終わります。つまり無駄な部分をそぎ落とし、凝縮した演出にしているのです。

例えば、可楽の「らくだ」の出だしは、次の通りです。
――ある長屋に本名を“馬”と申しまして、あだ名を“らくだ”といいますから、どっちみち大きな柄の男だったようで。
「おい、馬、起きねぇ。」
(しばらく間をおいて)
「野郎、めえってるな。」――
この冒頭部分だけで、“らくだ”がどういう男でどのような死に様だったか、兄貴分がどういう人物で又“らくだ”との人間関係がどうだったのか、観客に分かる仕掛けになっています。
可楽の演出は、余計な説明をカットすることにより、ストーリー全体の緊張感を持たせています。

そして、何より圧巻なのは、屑屋が次第に酒に酔って、兄弟分に絡むシーンです。
いつまでも酒を飲み続ける屑屋に兄弟分が、そろそろ稼ぎに行った方が良いと勧める場面で、屑屋が低い声で「ふざけんねぇ。ふざけんねぇ。」と、二度つぶやきます。
この短かなセリフの中に、屑屋が今までどれほど世間から蔑まれ、惨めな人生を送ってきたか、その口惜しさが込められています。
死んだ“らくだ”からはいつも非道い目にあってきて、しかもその葬儀を兄弟分の脅しで手伝わせられる、この屈辱感がこの後一気に爆発します。
同時に死んでいった“らくだ”を弔ってやりたいという優しさを、この屑屋は持っています。
社会の底辺にいたもの同士のある種の連帯感、これが屑屋の怒りの中に見ることができます。

可楽の「らくだ」は、人生の深い所を見ており、ここが他の演者との大きな違いです。

八代目三笑亭可楽は、落語家としては売れない長い不遇の時代が続きました。
恐らく生活も困窮していたのでしょう。
屑屋の怒りの中には、可楽自身の人生が反映しているのだと思います。

八代目可楽の高座というのは、顎を引きギョロッとした目を上目づかいに客席に向け、ボソボソと喋るのが特徴でした。後ろの席では、やや聞き取り難いほど、声が低かった。
良く言えば渋い、悪く言えば暗い感じで、あまり人気は高く無かった。
しかし独特の節回しでの喋りが、ミュージシャンには受けていて、特にジャズメンの贔屓が多かったと記憶しています。歌手のフランク永井は、可楽の大ファンでした。

初めて可楽のレコードを聞いた時、随分とナマの高座とは印象が違うなと思いました。
マイクを通すと、声が大きく明るくなり、聞き易くなっています。
可楽は、ラジオに出演するようになってから人気が高まったのは、そのせいかも知れません。

八代目三笑亭可楽は、昭和39年に66歳で亡くなりましたが、今でも可楽を愛するファンは多い。

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