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2007/04/28

ロストロポービチさんの死を悼む

Chero現代を代表するロシアのチェリストであり、偉大な指揮者でもあったムスティスラフ・ロストロポービチ氏が、4月27日モスクワの病院で死去しました。80歳でした。
昨年秋まで旺盛な音楽活動を行ってきましたが、今年に入って手術を受けるなど体調を崩し、心配されていました。

旧ソ連最後の巨匠といわれたロストロポービチ氏ですが、その活躍は音楽にとどまらず、ロシアの民主化を求める政治活動でも知られておりました。
旧ソ連時代には、芸術家への政治介入に反対したため、市民権を奪われていました。
また政府から迫害を受けていたノーベル賞作家ソルジェニーツィン氏を、永らく別荘で保護したことでも有名です。
1991年8月の旧ソ連クーデター未遂事件では、軍部隊に囲まれたロシア共和国庁舎に立て篭もり、軍部と対峙した闘士でもあります。

日本へも度々来日しており、特に阪神大震災の復興支援コンサートや、美智子皇后の70才誕生の祝賀コンサートでの演奏が知られています。

それでは、以前 amazon.com に投稿した、ロストロポービチ氏指揮、パリ管弦楽団演奏、R.コルサコフ作曲「シェヘラザード」のCDに対する批評を、以下にご紹介します。

多くのクラッシックファンは、自分の好きな曲を様々な演奏家、指揮者の異なったディスクを買い求めて聞き比べ、この中から自分の気に入ったディスクを見出していると思われます。
私も通常そうした方法で、my favorite を探索しているですが、中には他のディスクと比べるまでもなく、一聴思わず膝を打つ名演に出会うことがあります。
現代最高のチェリスト、ロストロポーヴィチがパリ管弦楽団を振った、このRコルサコフ”シェヘラザード”は、正しくそれです。
第一曲の冒頭から、ゆったりとした序奏部が聴く者を千夜一夜物語の世界に誘ってくれます。特に第2曲の演奏が実に見事です。各々の楽器のアドリブによるソロ演奏が次々と織り成され、極彩色の世界を紡ぎだして行きます。
第4曲まで全曲を通してルーベン・ヨルダノフのヴァイオリンソロが、甘く切ない音を響かせていますし、パリ管の音の明るさ、美しさが、この曲の魅力を十分に引き出しています。
少し大袈裟に言えば、何か生きている幸せをしみじみ味わせてくれる様な、そんな素晴らしい名盤です。

ご冥福をお祈り致します。

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近ごろの民族蔑視の風潮ってナンなんだろう

Syngman私が小学校5年生に時に、辛という名の朝鮮人(韓国籍)男子生徒がクラスに転入してきた。
父親の仕事の関係で転校してきたとのことで、年齢は1つ上だが、日本語の学力の関係で5年生に編入したと担任から紹介があった。
辛はもともと身体が大きい上に年も上なので、体格は私たちをふた回り位うわ回っていたが、いつもニコニコしていて性格の優しい少年で、すぐにクラスに溶け込んだ。
男子生徒の間で相撲が流行っていて、始業前と休み時間に校庭で、相撲を毎日のようにしていたが、辛はダントツに強く、私たちは全く歯が立たなかった。
相撲の時間になると、辛はヒーローだった。

当時は週に1度くらいホームルームがあり、クラスに起きた問題を話し合うことが常だった。
そこで同級生のNが、「辛クンは言葉使いが乱暴なので注意して欲しいと思います」と発言した。
辛は日本語が未だあまり上手くなく、朝鮮人独特のイントネーションがあるのを捉えたものだが、それによって誰かが傷付いたわけでもないし、明らかなイジメであった。
同級生の中でNに同調する者は僅かで、多数の生徒はNの発言に批判的で、Nもその場を引き下がった。
ところがその後もNは同じ発言を執拗に繰り返し、次第に他のクラスメイトから非難されるようになる。
それでもNは懲りなかった。

私たちがそうした議論をしている間中、いつも辛は大きな背中を丸めて、小さくなって俯いていた。
今でも、その時の辛の悲しそうな顔を忘れることができない。
結局、辛は小学校を卒業すると、中学は朝鮮人学校に進んでしまった。

当時の日本は、「李承晩ライン」(*註参照)の問題が生じていて、韓国との関係がちょうど今の北朝鮮との関係のように、トゲトゲしいものとなっていた。
大人たちの間では、近いうちに韓国が日本に攻めてくると、本気で心配している人もいた。日本の再軍備が叫ばれ始めたのもその時期であった。
それより何より、大人たちの間では、戦前の朝鮮やシナへの蔑視感情が根強かった。
しかし私たちの世代にはそうした影響は少なく、民族や人種による差別はいけないという意識の方が強かった。

*李承晩ライン問題―当時の韓国の李承晩(イ・スンマン、左上写真)政権が一方的に竹島を支配下におき、そのため近海で操業していた日本漁船が次々拿捕されていた。

人気ブログの多くがそうであるように、ネットの世界では「反中国」「反韓国(朝鮮)」の空気が強い。
私もそうした話題のサイトには目を通すことが多く、細かなことまで良く調査しているし、なかなか面白く読ませる工夫もしている。文章の歯切れが良いので、鬱憤がたまっている時に読むと、一種の爽快感さえあるのは事実だ。
しかし何でもかんでも悪いのはシナや朝鮮で、日々彼の国とその国民の悪口だけを書くという姿勢には、大いに疑問がある。
その執拗さは、小学校の時のNの態度を連想させられる。
私よりはずっと若いであろう執筆者たちの、激しい民族蔑視はどこから生じたものだろうか、考えさせられる。
文章の中身と共に、そうした人たちが今までどういう人生を送ってきたのだろうか、そちらに興味がひかれる。

当ブログでも度々、中国政府やアメリカ政府の方針を批判する記事を書いてきた。
だからといって、中国やアメリカを蔑視したり、その国民を侮辱したことは一度もない。それは別物だからだ。
どこの国だって、立派な人もいれば悪い奴もいる。それだけの話ではなかろうか。
国が違えば文化が違い、社会のルールや法制度も異なる。ある国では正しいことが、別の国へ行けば不法行為になることなどザラだ。
我が国だけを基準にして、他国を非難することは出来ない。

最近、満州からの引揚げ体験を持つ、あるお年寄りの話を聞く機会があった。
その方は戦争が終わるまでは、シナ人は人間ではないと思っていたと語っていた。人間として扱っていなかったそうである。
戦後60年以上が経過し、国際化の進行とそれに伴う人権意識の醸成が進んだはずの今日、こうした民族蔑視感情が新たに生まれていることに憂慮している。

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2007/04/27

「チョイスケ」オヤジになって“ほし~の”

ブログの記事に対するアクセス数は、普通はアップした日が最も多く、日にちが経つにつれて次第に減ってゆくという傾向になります。なかには
「米原万理さん、さようなら」
(http://home-9.cocolog-nifty.com/blog/2006/05/post_eecf.html)
のように、いつまでもアクセスが続き、ロングセラーになっています。

ところが、アップした直後は殆ど反応がなくて、時が経ってから却ってアクセスが増えてくるエントリーがあります。
それは
「亥亥年にして”ほし~の”に」
(http://home-9.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/post_cdda.html)
です。
アップして3ヶ月も経ったこの4月には、当ブログのアクセスランキング5位になりました。

管理人としては、こんなショーモナイ記事が注目されるのは、いささか忸怩たる思いがあります。
想像するに、記事よりも、”ほしのあき”の画像が目的になっているのではないでしょうか。
モニターの向こうで、あきちゃんの艶(アデ)乳を、ニヤニヤしながら眺めているオヤジたちの姿が、目に浮かんでくるようです。
そうしたオヤジたちのココロを少しでも慰めているのだとしたら、管理人としてこれに勝るヨロコビはありません。

家に帰っても奥さんからは相手にされず、さりとて若いオネエちゃんとのオフィスラブや、人妻とのアバンチュールをする気概も財力も体力もない。けれども女性は大好きというオトウサンたち。
仮に「チョイスケ」オヤジと名付けましょう。
痴漢だの援助交際だのという不法行為に走ったり、浮気で家庭を破壊したりする、「ドスケ」「ネスケ」「シンスケ」とは完全に一線を画した存在です。
「チョイスケ」オヤジたちこそ、人畜無害、品行方正、家族円満、イラク撤退(チョット違うか)を貫く、正に社会のカガミではないでしょうか。

「チョイワル」オヤジはもう古い。
これからは「チョイスケ」オヤジの時代です。
このブログでは、これからも「チョイスケ」オヤジたちへの応援歌になるような記事を書くつもりです。
そんなわけで今回も、ほしのあきチャンにひと肌脱いでもらいました。
Fishing0130_11

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2007/04/25

思い出の落語家④ 「笑い」と苦闘していた林家三平

Sanpei林家三平、日本芸能史の残る人気落語家であり、「昭和の爆笑王」としてその名が知られている伝説的芸人です。
最盛期は1960年代であり、1980年に亡くなっているので、ナマ三平を見た人は少ないのですが、先日旅行先で一緒だった中学生が三平の物真似をしていました。いまだに人気があるんですね。
本当は三代目だそうですが、ご本人も初代を認じており、三平といえばこの人しかいないと言って良いでしょう。
父親は7代目林家正蔵、長男が9代目正蔵を継いだことはご存知の通りです。

寄席で三平の高座を見たのは一度だけで、真打になって間もない人気絶頂期でした。
高座の“めくり”に「林家三平」と出ただけで、場内は爆笑の渦です。後にも先にも、名前だけで客を笑わせたのは三平だけでしょう。
すべるように高座に出てきて、お辞儀する時にいきなりマイクにオデコをぶつけて、そこで大爆笑。
「え~」と言いながら中腰で場内を見渡すと、また爆笑です。

噺というのは実に他愛のない、ストーリー性のないもので、ただただ小咄をつなげて行くという芸風です。
新作落語に分類されるでしょうが、例えば桂文珍の「老婆の休日」や春風亭柳昇の「結婚式風景」とは異なり、どちらかというと今なら綾小路きみまろが近い。
ただ一つ一つの小咄は、決して面白いものではありません。
その時の高座でも、余りにバカバカしいので今でも覚えていますが、こんな具合です。
「最近交通事故は増えてもう大変、この前も女の人がはねられて倒れていて、身元が分からないからもう大変。スカートがめくれちゃって、パンツが見えて。そしたら、お巡りさんが来て、お尻の脇にあったアザを押したら、いきない女の人がブーとおならをして、ああ、この人はアザブー(麻布)の人だ。」
ね、面白くも何ともないでしょう。

だけど皆んな笑うんですよ。
静まったと思うと、中腰になって拳を額に当てて「え~」、これで笑わせる。
小咄の間に挟むギャグ、「どうもすいません」「身体だけは大事にして下さい」「もう大変なんすから」「ゆうべ寝ないで考えたんすから」で笑わせるんです。
客席の右側が笑っていないと、そちらに体の向きを変えて「じゃあ、こちらを重点的にやりますから、こっちから向こう休め!」とやります。
客席に人が入ってくると、「どうもいらっしゃいませ」。トイレから客が戻ると、「どうもお帰りなさい」。

常に客の反応を気にして、いつでも笑わせていないと気が済まない、笑わないと気になって仕方がない。
客席の人の出入りを気にするのも、三平の神経質な一面なのでしょう。
笑いが少ないと見ると、高座でデングリ返しをしたり、時には高座からすべり落ちて、腰をさすりながら高座に戻る姿もありました。そこまでやるか、です。
そこには、爆笑王として常に笑いを期待され続け、苦闘していた芸人の姿を見ることができます。
いつ頃からか「笑いを取る」という表現が使われるようになりましたが、三平は文字通り笑いを取るために奮闘していました。

およそ人を笑わせるほど、難しいものはありません。
同じことをやっても、ある時は大笑いするが、ある時は全く反応しない。
ブームを起こしたお笑い芸人が、2、3年すると全く面白くなくなり、やがて消えて行く、そんな姿を見るのはザラですね。
お笑い芸人が、年齢を重ねると普通の俳優に転向するのは、良く理解できます。
森繁久彌がかつてお笑い芸人だったなんて知らない人が多いです。藤田まこともそうです。
しかし落語家は、そうはいきません。

歳をとってから、改めて古典落語に取り組むという選択肢もあったのでしょう。
人によっては、三平はその気になれば立派に古典が出来たと言う人がいますが、私はそう思わない。
三平の真打襲名披露がラジオで中継されたというのは、今でも語り草になっています。
その時のネタは、「湯屋番」でした。古典の中では、比較的易しい部類の演目です。
しかし出来は、真打の水準には程遠いものでした。
50歳を過ぎてから、本格的に古典に取り組み、一流の噺家を目指すのは、三平には無理があったと思われます。

三平の芸は、落語家というよりは、コメディアン、ボードビリアンに近い。
多くの物故した落語家のCDが発売されている中で、三平のものは「源平盛衰記」のDVDがあるくらいではないでしょうか。残らない芸なんです。
長年の「笑い」との戦いが、あるいは三平の健康を蝕んでいったのかも知れません。
1979年に脳溢血で倒れ、翌年に亡くなっています。享年54歳でした。
ご家族には申し訳ない言い方ですが、私は三平が若くして泉下に入られたのは、結果としてご本人には良かったのだと思います。
伝説となって、人々の記憶の中に永久に生き続けているのですから。

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2007/04/22

「幇間(タイコモチ)」評論家・記者どもへ

Seibu4/21付“Ohmynews”で、新聞書評のデタラメさが取り上げられている。
本の著者が評者を指名することさえあるそうで、「今の日本の新聞や雑誌の新刊書評の8割は、なんらかの「コネ」で発注されているのが現状」とも指摘されている。
要は、お互い仲間内でほめ合っているというのが実状のようだ。

以前に養老孟司という人が書いた「バカの壁」が、文字通りバカ売れした時があった。家族や周囲の友人の中にも、読んだ人が多かった。
大新聞の書評に、「この小さな面白い本が提起する問題はかぎりなく大きく、人類の未来を左右する。」なんて書かれりゃ、誰でも手に取って見たくなろうというもの。
この本が、人類の未来を左右するわけないじゃん。
読後感は散々で、ある知人は「こういうのを買って読む人間が『バカの壁』」と言っていた。
こんな書評を書くなら、文芸評論家という看板を下ろして、広告のコピーライターに転職した方が良い。

こうした甘い批評は、何も書籍にとどまらず、世の中のあらゆる分野にその傾向が見られる。
私は好きでよく寄席に行くが、どうもパッとしないと思っていたのに、新聞の批評欄ではベタホメだったりして、この人本当に見に行ったのかなと疑いたくなることがある。
歌舞伎もそうだ。
欠点には全て目をつぶり、良いことだけを書くとああいう記事になるのかなと、感心させられることがある。

会場で何回かそういうセンセーらしき人物の姿を見たことがあるが、公演関係者らが入れ替わり立ち替わり挨拶に訪れてきて、あれじゃあ悪口は書けないやと思った。
何も欠点だけを採り上げろと言ってるんじゃない。才能を認めて伸ばしていくと言う姿勢も、もちろん必要だ。
しかし専門家である以上は、間違ったこと、未熟な点は指摘せねばなるまい。

スポーツの世界でも同じことが言える。
最近、大相撲の八百長騒ぎがあったが、背景に力士の規律のユルミが指摘されている。仕度部屋に関係者以外の人間が出入りしていたなんて、その騒動で初めて知った。
なぜ相撲評論家やスポーツ記者は、今までそうした事を見逃していたのか。
かつて讀賣新聞の相撲欄に記事を書いていた、彦山光三という名物評論家がいたが、全盛の横綱だろうと人気絶頂の力士だろうと優勝をかけた大一番だろうと、怪しいと思えば翌日には「無気力相撲」とハッキリと記事で指摘していた。
今そんな人物は、どこにもいない。

プロ野球球団の不正資金もそうだ。
予てから新人のスカウトに多額の裏金が存在しているなどという事は、関係者の間では常識になっていた筈だ。
どこでもやっている、皆が知っている、だから不正を不正と思わなかったのは球団関係者だけではなくて、マスコミのスポーツ記者もそうだったのだろう。

政治のスキャンダルや企業の不祥事もまた同じ。
例えば先日、石原都知事が記者から、海外出張での乱脈な経費の使い方を質問されたとき、「あんた方だって一緒だったじゃないか」と切りかえされて、一言もなかった。
同行取材してたんだから知っていたんだろ、というわけだ。
石原知事を擁護するつもりはコレッポチもないが、黙認してきたマスコミの責任は大きい。

ネットやブログで、市井の人々が声をあげることも大事でしょう。
しかし何より、圧倒的な影響力を持つ新聞やTVの記者や評論家らが、澄んだ目でモノを見て、間違ったことや不正な行為を厳しく監視し、報道することが肝要です。

厳しい批評家の眼が、良い芸人を作る。

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2007/04/21

脇役の活躍が勝ちをよんだ 阪神vs.巨人4回戦

Hanshin_kano1塁ベースを回った背番号99が弾けていた。1対1の緊迫した投手戦が12回表、阪神のリーリーフ陣の不調とエラーで3点が入り、恐らくは大半の阪神ファンが今日はダメかと思っていただろう。二死満塁から、プロ入団7年目の狩野の一打は左翼線に飛び、阪神の今シーズン初のサヨナラ劇となった。

狩野の一打は正に値千金だったが、ここの至る道のりは決して平坦ではなかった。
矢野という攻守の要の選手が、長い間正捕手としてポジションを守っている。不動のレギュラーが定位置にいる時の控え選手は辛いものだ。
プロ野球の華やかな歴史の陰には、王や長島ら、スター選手の控えだった選手たちの悲しい物語がある。
昨年ウエスタンリーグ(2軍)の首位打者だった狩野も、これが今季の初打席だった。

前日まさかの逆転劇で中日に敗れた阪神にとって、20日の試合の最高殊勲選手は、狩野であるのは間違いない。
しかし私は、それ以上に先発した杉山のガンバリに拍手を送りたい。
相手が絶好調の内海投手の前にヒットすら打てない味方打線、しかも巨人に先取点が入る中で、7安打されながら7イニングをよく1点でしのいだ。
杉山のガンバリがなければ、昨日は最初からゲームにならなかったろう。

12回裏の阪神の反撃も、途中交代で出場していた藤本、林(リン)の連打がお膳立てしたものだ。
戦力が整っている中日、チームに芯が生まれた巨人、セントラルの今年のペナントレースを勝ち抜くには、脇役の活躍が欠かせない。
今季、阪神が最後に笑えるかどうかは、彼らの踏ん張りにかかっている。

パ・リーグでの楽天、セ・リーグでの横浜という意外なチームの健闘で、混戦が予想される今シーズンのプロ野球。
NHKも米大リーグだけを偏重せず、民放が中継を減らした時にこそ、日本のプロ野球の放送を増やして欲しい。
なにせ受信料を払っているのは、我々日本の人間なのだから。

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2007/04/19

長崎市長銃撃事件 小泉と安倍の姿勢について再論

Ikeda_hayato今回の長崎市長への銃撃事件は、言論を暴力で圧殺するという民主主義の根幹にかかわる事件であると同時に、選挙運動の真っ最中に候補者を殺害するという選挙民主主義への挑戦という、許しがたいテロ行為です。
無防備な相手を背後から銃撃するという城尾哲弥容疑者の犯行は、ヤクザの風上にもオケネエ卑劣な手口です。

こうしたテロ事件が起きたときには、最も大切なことは、国の最高責任者の毅然とした姿勢と、二度とこうした政治的テロ行為を許さないと言う決意を示すことにあります。

この点に関して、先日の記事にも書いたように、加藤紘一氏の実家を右翼が放火した事件で、当時の小泉総理は1週間近く何もコメントせず、記者から質問されると大騒ぎしたマスコミが悪いと言い放つ始末、正に何をかいわんや。
今回の安倍首相のコメントについても、いかにも木で鼻をくくったような内容でした。「厳正な捜査を求める」のは、アッタリマエの話で、これでは何も主張していないと同じことです。
翌日になって、あれは事件直後だったからなどと言い訳をしていますが、直後だから大事なのです。

1960年に社会党(当時)の浅沼委員長が、右翼に刺殺された事件がありましたが、浅沼稲次郎氏の死を悼んで、当時の池田勇人首相が国会で追悼演説を行っています。
ここには池田総理の、このテロ事件に対する激しい怒りと、最大の政敵であった浅沼委員長への深い思いやりに溢れています。
演説を聞いた野党席からも泣き声がもれたという演説内容を、少し長くなりますが引用します。

かつての自民党の指導者には、こうした立派な人物がいたということ、小泉前総理や安倍総理には、池田勇人氏の爪の垢でも煎じて欲しい。
昨年「国家の品格」という本がベストセラーになりましたが、今最も問われるべきは「総理の品格」ではないでしょうか。

日本社会党中央執行委員長、議員浅沼稲次郎君は、去る十二日、日比谷公会堂での演説のさなか、暴漢の凶刃に倒れられました。
私は、皆様の御同意を得て、議員一同を代表し、全国民の前に、つつしんで追悼の言葉を申し述べたいと存じます。(拍手)
ただいま、この壇上に立ちまして、皆様と相対するとき、私は、この議場の一つの空席をはっきりと認めるのであります。私が、心ひそかに、本会議のこの壇上で、その人を相手に政策の論争を行ない、また、来たるべき総選挙には、全国各地の街頭で、その人を相手に政策の論議を行なおうと誓った好敵手の席であります。
かつて、ここから発せられる一つの声を、私は、社会党の党大会に、また、あるときは大衆の先頭に聞いたのであります。今その人はなく、その声もやみました。私は、だれに向かって論争をいどめばよいのでありましょうか。しかし、心を澄まして耳を傾ければ、私には、そこから一つの叫び声があがるように思われてなりません。「わが身に起こったことを他の人に起こさせてはならない」「暴力は民主政治家にとって共通の敵である」と、この声は叫んでいるのであります。(拍手)
私は、目的のために手段を選ばぬ風潮を今後絶対に許さぬことを、皆さんとともに、はっきり誓いたいと存じます。(拍手) これこそ、故浅沼稲次郎君のみたまに供うる唯一の玉ぐしであることを信ずるからであります。(拍手)

―(中略)―

かくて、君は、戦前戦後の四十年間を通じ、一貫して社会主義政党の発展のために尽力され、君自身が社会党のシンボルとなるまでに成長されたのであります。浅沼君の名はわが国政治史上永久に特筆さるべきものと信じて疑いません。(拍手 )
君がかかる栄誉をになわれるのも、ひっきょう、その人となりに負うものと考えるのであります。
浅沼君は、性明朗にして開放的であり、上長に仕えて謙虚、下僚に接して細心でありました。かくてこそ、複雑な社会主義運動の渦中、よく書記長の重職を果たして委員長の地位につかれ得たものと思うのであります。(拍手)
君は、また、大衆のために奉仕することをその政治的信条としておられました。文字通り東奔西走、比類なき雄弁と情熱をもって直接国民大衆に訴え続けられたのであります。
  沼は演説百姓よ
  よごれた服にボロカバン
  きょうは本所の公会堂
  あすは京都の辻の寺
これは、大正末年、日労党結成当時、浅沼君の友人がうたったものであります。委員長となってからも、この演説百姓の精神はいささかも衰えを見せませんでした。全国各地で演説を行なう君の姿は、今なお、われわれの眼底に、ほうふつたるものがあります。(拍手)
「演説こそは大衆運動三十年の私の唯一の武器だ。これが私の党に尽くす道である。」と生前君が語られたのを思い、七(ママ)日前の日比谷のできごとを思うとき、君が素志のなみなみならぬを覚えて暗たんたる気持にならざるを得ません。(拍手)
君は、日ごろ清貧に甘んじ、三十年来、東京下町のアパートに質素な生活を続けられました。愛犬を連れて近所を散歩され、これを日常の楽しみとされたのであります。国民は、君が雄弁に耳を傾けると同時に、かかる君の庶民的な姿に限りない親しみを感じたのであります。(拍手) 君が凶手に倒れたとの報が伝わるや、全国の人々がひとしく驚きと悲しみの声を上げたのは、君に対する国民の信頼と親近感がいかに深かったかを物語るものと考えます。(拍子)
私どもは、この国会において、各党が互いにその政策を披瀝し、国民の批判を仰ぐ覚悟でありました。君もまたその決意であったと存じます。しかるに、暴力による君が不慮の死は、この機会を永久に奪ったのであります。ひとり社会党にとどまらず、国家国民にとって最大の不幸であり、惜しみてもなお余りあるものといわなければなりません。(拍手)
ここに、浅沼君の生前の功績をたたえ、その風格をしのび、かかる不祥事の再び起ることなきを相戒め、相誓い、もって哀悼の言葉にかえたいと存じます。(拍手)

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2007/04/18

長崎市・伊藤市長の死亡と気になる政府首脳の反応

17日夕方にJR長崎駅前で銃撃を受け重篤状態であった長崎市の伊藤一長市長(61)は、4月18日午前2時28分、大量出血のため搬送先の病院で死去されました。

現場で身柄を取り押さえられた指定暴力団山口組系水心会会長代行、城尾哲弥容疑者は、伊藤市長を銃撃したことを認めています。
事件前にTV朝日へ送った文書には、自らの交通事故の処理や、長崎市が発注した公共工事などへの不満から、伊藤市長に恨みを抱いていたことが書かれていた模様です。
犯行の動機や背後関係の解明は、今後の捜査を待つことになりますが、自分の主張や利害に反する者、特に政治家に対する暴力による圧殺は絶対に許すことは出来ません。

今回の事件発生直後から、与野党の幹部たちが強い憤りをこめた声明を発したのは当然のことです。
しかしこの中には、二、三気になる言動が含まれているので、指摘しておきたいと思います。

先ず安倍首相のコメントですが、時事通信の報道によると、「首相コメントは『厳正な捜査』と『真相究明』を求めたあっさりした型通りの文言だけで、政治に対する暴力への批判や伊藤市長の容体を気遣うような言及はなかった」としています。
官邸の事務方が作成したものかも知れませんが、それにしても総理大臣という国の最高責任者としての声明としては、危機意識が微塵も感じられません。
普段からテロ対策を口にしているが、安倍首相にとってはアメリカへのテロだけが心配なのだろうか。

もぅ一つ毎日新聞の報道ですが、久間章生防衛相はこの事件に関して「万一のことを考えると、今の法律の欠陥が如実に出る。本人が亡くなった場合は、補充(の立候補届出)はいつでもできるよう法律は手当てすべきだ」として、公職選挙法の見直しが必要だと述べています。
また、「投票日3日前を過ぎたら補充がきかず、共産党と一騎打ちだと共産党の候補者が当選することになる。法律はそういうことを想定していない」と語っています。
長崎選出の久間章生防衛相にとって、国の民主主義や治安よりも、選挙への影響でアタマが一杯なのでしょう。
毎日が、「配慮を欠いた発言との指摘も出そうだ」と指摘しているのは当然です。

安倍総理の声明や、久間防衛大臣の発言を見ていくと、本当にこの人たちは民主主義を守るためにたたかう姿勢と気概があるのか、疑問を感じざるを得ません。


下の写真は、2005年5月にニューヨークの国連本部で、原爆犠牲者の写真を掲げて演説する長崎市の伊藤一長市長の姿です。
心よりご冥福をお祈りいたします。

Ito_shicho

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2007/04/17

長崎市長への銃撃、小泉や石原らの姿勢の反映では

Nagasakicity本日4月17日午後7時50分ごろJR長崎駅前で、今回の市長選にも立候補している伊藤一長市長が銃撃を受け、心肺停止状態との報道がされています。
犯人は現場で取り押さえられ、本人は暴力団山口組水心会会長代行、城尾哲弥と名乗っています。
今のところ犯行の動機や背後関係は不明ですが、こうした政治家などへの暴力行為は絶対に許してはならないことです。

最近気になっていたことですが、一方では米国の反テロ対策への協力口にしながら、もう一方で国内のテロ行為に対して、政府や行政の長が毅然たる態度をとらない。どちらかといえばテロを容認するかのような発言を行う。こうした姿勢が暴力で言論を圧殺する風潮を助長しているのではないでしょうか。

例えば、加藤紘一元自民党幹事長の実家が放火され、加藤氏が小泉総理の靖国参拝を批判したことが犯行の動機と犯人が自供しましたが、この際に小泉純一郎総理(当時)は、マスコミが靖国参拝で大騒ぎしたせいだと記者会見で答えています。
ここには、言論を封殺する暴力とは断固闘うという、民主主義国家のトップとしての姿勢は、全く見当たりません。

又、田中外務審議官(当時)の自宅に爆発物が仕掛けられた時には、石原慎太郎都知事は、「この男(田中外務審議官)が爆弾仕掛けられて当然だ」と言いました。
どこの国の首長で、こうしたテロ行為を当然と言い放つ人物がいるでしょうか。
先進国の首都の長がこうした発言をする国、またその責任を問われない国は、日本だけでしょう。

自分と政治的見解が異なる人間なら、テロにあっても衝撃されても当然という風潮、そうした風潮を煽るような総理や都知事が存在する限りは、こうした事件がこれからも繰り返されると考えます。

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TOTOの便座から発火

熊「おい、聞いたか、TOTOの便座から火がでたそうじゃねぇか。」
八「なに、とーとーやったか。」
熊「シャレてる場合じゃないよ。火事にでもなったらオオゴトだぜ。」
八「便所の火事だけに、ヤケクソ。」
熊「何言ってるんでぇ。家が焼けちまうじゃねぇか。」
八「なあに便座のことだ、直ぐにチンカする。」

お尻、じゃなかった、お後が宜しいようで。

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2007/04/15

国立演芸場4月中席

Utamaru国立演芸場の運営について、一つ要望したい。
現在国立は、上席と中席だけで下席がない。
今月でいえば上席は落語協会、中席は落語芸術協会所属の芸人が主に出演しているが、これからは下席の公演も行うようにして、立川流と圓楽の一門の芸人を出演させたらどうだろうか。他の定席では難しいだろうが、国立なら可能だろう。
これで国立演芸場も都内5番目の定席となるし、現在定席に出演できない談志、圓楽一門の芸人の励みになると思うのだが、どうだろうか。検討願いたい。

今月は珍しく、先週の国立演芸場の上席に続き、4月14日の中席へ。
以前は寄席の記事を書くとき、ネタを調べるのが一仕事(特に新作)だったが、最近は他のブログを見るとすぐに演目が分かるから便利ですね。
・桂夏丸「青い鳥」 
前座だが、しっかりした高座だった。歌が入ると、曲が終わる度に客席から拍手を受けていた。
今日の客は(甘)いい客だ。
・桂花丸「アドバルーン」 
こちらも新作だが、アタシが子供の頃聴いた覚えがある、古典的な新作。昔は商店の宣伝に、よくアドバルーンを上げていたが、最近はとんとお目にかかれない。新作も世相とずれてくると、やたら古臭く感じる。
・宮田陽・昇「漫才」
このコンビは、着実に力をつけてきている。これからが楽しみな二人だ。
・桂平治「源平盛衰記」 
お目当ての三遊亭遊雀が休演だったのは残念。
代演の平治の源平は先週聴いたばかりだが、いつ聞いても面白いものは面白い。
・ケン正木「奇術」
この人は初見だが、珍しい「和妻」だ。
音楽にのせたテンポの良い芸で、彩りも華やか。いかにも寄席芸。
・仲トリは、桂歌春「鮑のし」。
陽気に「鮑のし」を。
ちょっと古今亭圓菊を思わせる芸風で、噺もしっかりとしていて楽しめた。

仲入り後
・桂歌蔵「片棒」
このネタの聴かせ所は、祭り(父親の葬儀)の囃子の口真似。ここが下手だと、噺がしまらない。
・柳家蝠丸「宮戸川」
何の変哲も無い「宮戸川」。それと理屈に合わない表現が2ヶ所あり、気になった。
①半七がお花に家に帰れと言っていたが、お花は自宅を締め出されているのだから、有り得ない。
②二人が2階に上がってしばらくして、「夜も次第に更けて・・・」と言っていたが、元々この二人が叔父さんの家に来たのが深夜なので、これもおかしい。
・ボンボンブラザーズ「曲芸」
大好きな芸人。
鼻の上に紙テープを立てての曲芸は、今やこの人たちだけの芸となった。
・トリは、桂歌丸「心のともしび」。 
原作は宇野信夫で、かつて新国劇で上演された由。
風邪とのことで、やや声がかすれ気味ではあったが、しっとりと聴かせてくれた。
歌丸の語り口が、人情噺や怪談噺向きなのだろう。

落語芸術協会は、色物はなかなか充実しているが、噺家の中堅どころの層が薄く、毎度のことながら、今一つ満足感に欠ける。

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2007/04/13

次は進んで戦場に行く若者作りか

Kokumintohyo国民投票法案が4月12日、衆院憲法調査特別委員会で与党の賛成多数で可決されました。13日中の衆院通過が予定されています。
国会に憲法調査会ができて7年、任期中に憲法の改正を目指す安倍晋三総理にとって、改正への一里塚に一歩踏み出したことになります。

ここの所、新聞各社の世論調査でも、改憲に賛成する意見が減ってきており、安倍内閣としてはモタモタしているとますます反対意見が多くなるので、とにかく急ごうというわけです。
改憲の発議には、衆参両院の3分の2以上の賛成を得なくてはならないので、現在に与野党の議席比から見れば難しそうに見えますが、最大野党の民主党の主流派は改憲論者が多数を占めていることから、予断は許しません。

憲法改正論の中心は、9条の改正です。
自民党は結党以来、改憲を党是としてきましが、最大の目的は9条の改正であり、それ以外の条項改正はいわばツケタシみたいなものです。
当時はもうちょっとストレートに、日本の再軍備と言っておりました。

改憲論としてよく登場してくるのは、日本の憲法はアメリカから押し付けられたものだという主張です。
アメリカの押し付けだからケシカランというなら、戦後の民主主義も言論の自由も信教の自由も主権在民も、はては象徴天皇から婚姻の自由、農地解放に至るまで全てがケシカランなわけで、とりわけ憲法9条だけをとり上げるのは、バランスを欠くように思われます。
「押し付け憲法論」の行き着く先は、全てをご破算にして明治憲法に戻るしかないのでは。

現憲法がアメリカの押し付けなら、改憲と日本の再軍備もまたアメリカの押し付けです。
第二次大戦後間もなく、米ソの冷戦が激しくなるころから、アメリカからの憲法改正を求める声が強まります。
1947年に現憲法が制定されますが、翌々年の1949年には早くもアメリカの統合参謀本部が「日本の限定的再軍備」という方針書を作成します。ここで日本に憲法9条を持たせたことを後悔し、憲法を改正させなければならないという米国の方針が明らかになります。
これ以後アメリカは我が国に対し、一貫して9条の改正を求めてきます。

1950年の朝鮮戦争の開始を背景に、米国からの要請に応える形で日本の再軍備が唱えられ始めます。
同年に今の自衛隊の前身である警察予備隊の創設、翌年の日米安保条約の制定へと進み、この文脈の延長上に自民党の改憲の方針が決められていきます。
こうして見ていくと、9条改正は当初からアメリカからの要請により計画されたものであり、自主憲法ウンウンはいささか羊頭狗肉の観があります。

もう一つ9条改正を急ぐ背景に、産業界からの強い要請があります。
軍需産業というのは一般的に利益率が高く、定期的に設備更新してくれので、とてもオイシイ仕事だと言えます。
我が国の兵器産業各社に、自衛隊の幹部が多数天下っているのを見ても、それが分かります。
兵器を大量に消費してくれるのは何より戦争であり、軍需産業にあっては戦争こそが最大の公共事業です。
これは現在の米国の姿を見れば、はっきりしますね。

もっと米国と密接に軍事行動をとり、じゃんじゃん武器を使って欲しい。外国への武器輸出も出来るようにならないかしら。軍需産業の経営者なら誰でもそう考えるでしょう。
そうなるとどうも憲法9条がジャマだ、早く改正してくれ。
最近の財界首脳から、憲法改正への発言が強まっている背景は、単純な経済原則でしょう。

体制はできるかも。しかし今の若者が果たして進んで戦地に行ってくれるのか、この点が不安だね。
ちょっとイラクへ派遣されただけで、自殺しちゃうようなヤワナ自衛隊員みたいじゃ困るんだよね。
どうもニートだの引きこもりだの、近頃の若いもんは戦力になりそうもないねぇ。
これからは、国のために進んで命を投げ出してくれる若者を作らなくちゃあ。
そのためには、少々遠回りでも教育から変えないといけないね。
教育が大事だ!

かくして憲法9条改正へのロードマップは、着実に進行しつつあります。
さあ、若い方々はどうするんでしょう。

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2007/04/10

「扇遊・鯉昇・喜多八」三人会

Risho4月8日の日曜日は、散々でしたね。
近ごろ眼鏡が合わなくなったので、近所のめがね屋に行って検眼して貰ったら、老眼が入っていると言われてしまった。あちこちガタは来ていたが、老眼だけはなっていないのが唯一の自慢だったのに。
夜8時にTVをつけたら、いきなり石原慎太郎の当選確実のテロップが流れた。開票が始まる前に当確が出るなら、選挙など要らねえじゃん、などとブチブチ言いながら他のチャンネルに切り替えたら、今度は阪神タイガース今シーズン初の完封負けだと。
なんちゅうバッドニュースの続く日だと、早々に床についた次第。

それにしても、アタシが投票する候補者は、どうしてこう皆揃って落ちるのだろう。これじゃ「選挙」じゃなくて、「落挙」だね。いくら「落語」がスキだって、選挙までオチなくたっていいだろうよ。
次の時は、石原にいれよう。そうすりゃ、奴も落ちるだろう。

気を取り直して、4月9日は横浜にぎわい座へ、「扇遊・鯉昇・喜多八」三人会です。睦会というらしいが、この3人、気が合うのでしょうね。
開演の直前に雷雨があったせいか、7分の入り。

柳家喜多八「噺家の夢」
マクラの、和風旅館の煩わしさの話、客席からも共感を得ていた。
ノンビリしたくて旅館に来るんだから放っといてくれというのは、その通り。
他愛のない軽いネタだが、客席をワッと沸かせて、引っ込む。

入船亭扇遊「花見の仇討ち」
この時期になると、よく高座にかかる噺。
本格派の「花見の仇討ち」、良かったですよ。
同じネタでも、先日聴いた三遊亭遊雀も良かったが、あちらはいうなればスライダー。扇遊はストレート勝負といったところ。
登場人物の性格描写も申し分なし。何より噺の丁寧なのが良い。

仲入り後
瀧川鯉昇「茶の湯」
鯉昇(写真)は、今最も面白い落語家の一人だろう。
目が大きく愛嬌があり、高座も明るく華やか。
久々に面白い「茶の湯」を聴きましたね。古典の型を崩さず、しかも随所に鯉昇らしいクスグリを入れ、実に楽しい高座だった。
「茶の湯」といえば三代目三遊亭金馬と相場が決まってるが、鯉昇はそれに迫る。

トリは再び柳家喜多八で「二階ぞめき」
この噺も最近高座にかかる機会が減った。原因は吉原を経験した人が段々いなくなり、演じる方も聴く方も、ピンと来なくなってしまったからだろう。
喜多八も年恰好からいえば、吉原は知らない筈だ。
それにしては、見世を「ひやかし」て歩いた当時の遊び人の雰囲気を、実によく醸し出している。客と花魁、客と遣り手との丁々発止が鮮やかであった。
時間の関係か、前半で切れたのが残念。

喜多八がワキにまわり、鯉昇と扇遊を盛り立てた感のある充実した会であった。

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2007/04/08

国立演芸場4月上席

Utaji扇辰、市馬、歌司と実力派が揃う国立演芸場4月上席へ。

三遊亭司「看板のピン」
もう少し壷振りの稽古をして下さい。
神田織音「青葉の笛」
女に向かない古典芸能の世界でも、講釈師と浪曲師は別。
しっかりした口調で好感が持てるが、人物によりセリフ回しが変わらず、平板な印象。
入船亭扇辰「野晒し」
入船亭扇橋一門は、師匠の影響か上手い噺家が多い。ただ上品過ぎるキライがある。
品が悪くちゃいけないが、噺家なんだからあんまり品が良すぎてもイケナイ。
扇辰は出だしがやや固かったが、途中から快調になり、最後は三代目春風亭柳好ばりに明るく賑やかに。
この「野晒し」は、この日一番の出来だった。
東京二・たかし「漫才」
相方を失った漫才師というのは、実に辛いものだ。見ていて、こちらまで辛くなる。
柳亭市馬「真田小僧」
前座噺で、中トリにしては軽目のネタかと思わせたが、さすが市馬はキッチリと演じた。
若手のお手本になる芸です。

仲入り後
桃川忠「紙切り」
初見だったが、ご本人の芸より、お土産が二人と現金が二人、客席から高座に手渡されたのに驚いた。
ご祝儀を贈るなら、楽屋に届けるのが礼儀だろう。
寄席の雰囲気を壊すので、是非止めて欲しい。
話は変わるが、最前列で両足を投げ出して終始熟睡していたオバサンがいたけど、この人、この前もずっと同じ恰好で寝ていた。
寝るのは勝手だが、熟睡をしにくるなら最前列は避けて欲しい。
本を読んだり、携帯メールをする人も、やはり最前列は避けてくれと言いたい。
桂南喬「肥甕」(または「家見舞い」)
この日一番客席を笑わせたのが、この人。明るい芸風が良いですね。
柳家紫文「俗曲」
音曲の芸人で、声が悪いのは致命的。
聴くに堪えない。
トリは、三遊亭歌司「百川」
一口で言えば、噺にメリハリがなく、退屈な高座。
言い間違いが目立ち、期待はずれの出来だった。

仲入り後が全体にパッとせず、不満の残る定席だった。

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2007/04/06

意味不明な空港での保安検査

Hoankensa海外に出かける方で、空港での保安検査(セキュリティチェック)で不便、あるいは不快な思いをした方も多いと思われます。
帽子も靴も上着もベルトも時計も全て外し、ポケットの中の携帯電話や小銭や鍵や筆記用具まで取り出して、それでも警報が鳴ってボディチェックを受けることがあります。
ある男性は、女性検査官にパンツの中まで手を入れられ、局部を触られたと言ってました。こんな検査なら、私としては大歓迎ですけど。

液体も持ち込み禁止、これも困った問題です。飲料水から化粧品、歯磨き粉までが対象とされるというバカバカしさです。

最近は、手荷物のバッグの中味まで調べられるケースが増えてきました。
預け入れのスーツケースの中に異常な反応があると、本人立会いのもとで検査を受けることになります。
先日の南米からの帰国便で、ツアー客のお土産のコーヒーに麻薬犬が反応し、大騒ぎになりました。こんな犬は直ちにクビです。
「煩わしいけど、安全のためなら仕方ない」という声もありますが、私は異議を唱えたい。

先ず、有効な検査を行っているのかという疑問です。
これも先日のツァーの参加者ですが、ポケットにセラミック製のはさみを入れて搭乗していました。いつも持ち歩いていて、過去に保安検査で1回も引っ掛かった事が無いと言ってました。勿論、凶器にもなり得る大きさのものです。
爪切りでさえ機内持ち込みが禁止されているのにも拘らずです。
こうした大きな盲点があるような検査を、いくら繰り返しても意味がありません。

国内の地方空港ですと、稀に保安検査の係員が誰もおらず、フリーパスで搭乗できる場合があります。乗客に負担を掛ける以前に、自らの“抜け”を無くす努力が必要です。

これも最近の傾向ですが、海外の国内便でもパスポートをチェックする空港が増えました。
本人確認は必要なのでしょうが、パスポートの中味を1枚ずつめくって見ている係員がいます。あれは一体何をチェックしてるんでしょうね。全く無意味だし、時間の無駄です。
5人乗りの遊覧飛行機に乗るのに、なぜパスポートの中味のチェックが必要なんですか、ワケワカラン。

もう一つ近頃の流行りは、飛行機を降りてからの手荷物検査です。
預け入れスーツケースのⅩ線検査をやって、何がどうなるんでしょう。
見たことがないものだと、「これは何だ?」「どうやって使うんだ?」などと、興味津々です。
彼らの時間つぶしにつき合わされのは、真っ平です。

こうした無駄な検査は、セキュリティを名目にした失業対策事業ではないかと推量します。
質の良くない人間が、小さな権力を握ると、ロクなことはない。

トランジット(乗り継ぎ)で、いったん乗客を降ろして、保安検査を行ってから再び同じ飛行機に乗せるという例が増えています。
以前から米国では、トランジットの場合でも必ず入国審査を行います。他国から来て他国へ出て行く人間を、なぜわざわざ入国させるのでしょうか。
旅行者の指紋を採取し、顔を写真撮影し、過去の海外渡航歴を記録する、どうも個人情報の収集が目的かと思われます。
渡航歴の中に反米国家が含まれていると、トランジットの場合でも入国審査官から事情聴取される場合があります。
ただ通過するだけの人間が、どこの国へ行こうと大きなお世話であり、干渉する権利はない筈です。

ヒューストン空港で、トランジットの保安検査が1ヶ所だったため渋滞し、2時間以上並んだまま待たされてことがあります。
その間トイレにも行かせないという横暴さで、さすがに乗客が怒り出して、保安要員と激しくやり合う場面がありました。
テロ対策を口実にした、アメリカの人権侵害は目に余る。

これだけ全世界で毎日保安検査を行っていますが、それでテロリストが捕まったとか、テロが未然に防げたという話を、あまり聞きませんね。
効果は上がってるんでしょうかね。

私は少々アタマにきて、3月の旅行では数ヶ所の空港で、海水パンツにT-シャツ1枚でビーチサンダルという格好で、保安検査を受けました。
もし警報が鳴ったら、全裸になってやろうと思ったんですが、さすがに鳴りませんね。
キン属探知機も、私のキンには反応しなかったということです。

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2007/04/05

第2回若手研精会OB連落語会「昔若庵」

Shinkyo「昔若庵」(じゃくじゃくあん)という名前の落語会ですが、月一の若手研精会を卒業した落語家が出演する会で、今回が2回目です。
4月4日に国立演芸場で行われた会ですが、完売のわりに空席が目立ったのは、直前に降り出した季節外れのみぞれのせいでしょうか。
常連が多いのか、客席のあちこちで挨拶する姿があり、なかなか和やかな雰囲気の会です。

開口一番は、現役の春風亭一之輔「代脈」。
続いては桂平治「源平盛衰記」。
落語協会のイジメ(平治は芸術協会)にあっていると、ひとくさり。後から出てくる喜多八をアヘン中毒者みたいだと言ってましたが、ピッタリの表現です。
「源平」は地噺(ぢばなしー会話よりナレーションが主体の噺)の代表的作品ですが、平治自身が言っていたように、最近高座にかかる機会が減りました。
骨が折れるわりには、笑いが取りにくいのが原因なのでしょう。
平治は十代目桂文治の弟子ですが、芸風が師匠そっくりです。独特のトボケタ味がよろしい。
随所に挟み込んだギャグも面白く、楽しめました。

柳亭市馬「雛鍔」(ひなつば)。
いつ聴いても市馬は上手い。安定感がバツグンです。
このネタは、植木職人の家庭を舞台にしながら、噺全体に品がなくてはいけない、この辺りのアンバイが実に良く仕上がっています。

入船亭扇遊「お見立て」。
どうもこのネタは、志ん朝の名演が耳に残っているせいか、誰の噺を聴いても不満が残ります。
扇遊の高座も悪いわけではないんですが、物足りない。
この噺の眼目は、花魁の喜瀬川に頼まれて若い衆の喜肋がウソを重ねるのですが、次第に田舎のお大尽・杢兵衛の粘りに、心理的に追い詰められていく所です。
扇遊はここが足らないので、最後のオチが利いてこない。

仲入り後、
柳家喜多八「あくび指南」
面白い「あくび指南」でした。
名人志ん生の十八番でしたが、現役では当代の金原亭馬生が最高と思っておりました。
喜多八は独特の「間」の可笑しさで、志ん生に迫ります。
こういう短い滑稽噺を聴かせるのかどうかで、最も落語家の実力が試されるのです。

トリは古今亭志ん橋「風呂敷」
このネタは滑稽噺というより、むしろ艶笑譚に属するものです。
志ん橋はヘッドスキンで、落語家としてはやや強面、ドスの利いた声と喋り方は講釈師に近い。
酔っ払いの亭主、町内の頭共に性格描写が良くできていました。
欲を言うと、おかみさんにもう少し色気が欲しいところですが、全体としては出来の良い「風呂敷」に仕上がっていました。

実力派の熱演が続き、外の寒さを吹き飛ばしてくれた落語会でした。

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2007/04/02

石原慎太郎の争点ぼかし戦術

20日ぶりにエントリーを再開して、またもや石原慎太郎ネタというのは若干気が引けますが、どうもこの人には一言いっておかねばならない気持ちを抑え切れません。
都知事選が1週間後に迫っていますが、どうも今回の選挙は盛り上がっていない。かつての選挙の“首都燃ゆ”とは程遠い状況です。
選挙が盛り上がらないという事は、必然的に現職有利と言うことになり、事実世論調査の結果でも石原氏優勢が伝えられています。

この大きな要因としては、石原氏の争点ぼかしの戦術が奏功しています。
早く言えば、死んだフリ。
石原氏の公約ビラ(マニフェスト)の一面は、「少しは反省してよね だけどやっぱり石原さん」のスローガンが掲げられています。先ずは反省という所を見せているのでしょう。
しかし石原慎太郎の辞書には、元々「反省」という言葉は無いんですね。
会見やインタビューでも、税金の浪費や都政の私物化に対しては、都民への説明が足りなかったという事しか言っておりません。これからは一切ヤメルとは、言っていない。
こうしてオモテ・ウラを、巧妙に使い分けています。

もっと驚くのは、石原氏が福祉の充実を言い始めたことです。
従来の「何が贅沢かといえば、まず福祉」という主張は、どこへ行ったんでしょうね。
公約に「中学生までの医療費無料化」を掲げているようですが、こんな事その気になれば、過去の知事時代にいくらでも実現出来た筈でしょう。
盲導犬のエサ代補助まで削って、都の福祉・保健予算を400億円以上削減してきた張本人の「変身」ぶりには、眉に唾をつけて見る必要がありそうです。

戦後、国民の大半がマトモな食事にありつけなかった時代に、湘南でヨット遊びしていた人物ですから、石原氏が庶民の生活や福祉に関心を持たないのは、ある意味当然なのでしょう。
それなら選挙目当てに、福祉の充実などと言わないことです。

選挙戦が盛り上がらないもう一つの要因としては、有力な対抗馬と目されている浅野史郎氏が、石原氏に対して明確な対立軸を打ち出してこなかった事があげられます。
都知事選の大きな争点の一つである東京オリンピック招致について、浅野氏はつい最近まで「立ち止まって考える」という見解でした。
「オリンピック開催準備基金」に毎年1千億円も積み上げていくという石原都政の方針に対して、これでは何も考えを持たないということに等しい。

肝心の福祉政策についても、宮城県知事時代の施策を見ると、寝たきり老人への介護手当の打ち切り、特養老人ホームへの補助の打ち切り、民間保育所への助成金廃止など、福祉を重視してきたとはいい難い。
結局、過去の石原都政を引き継ぐのか、これを転換させるのか、浅野氏の旗幟は未だ不鮮明です。
ここが実に歯がゆい、じれったい。
石原vs.浅野の対決が、コップの中の嵐にとどまっていることが、都知事選がもうひとつ盛り上がらない原因なのでしょう。

今回の都知事選候補者の中で、唯一石原氏と全面対決の姿勢を示していると思われのは、吉田万三氏です。
しかし、いかんせん当選ラインに程遠く、現状では吉田氏が得票を伸ばせば、結果として石原氏に有利に働くという、なんとも皮肉な状況です。

このままでは、石原慎太郎の高笑いに終わりそうな、イヤな予感がする都知事選となりました。
(時節柄、画像は省略です)

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