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2007/05/22

思い出の落語家⑥ 八代目桂文楽に見る「名人」の条件(中)

Bunraku_2文楽が名人とされていることに異論を唱える向きもある。
その代表格が立川談志だろう。他にもそう思っている噺家はいるだろうが、談志以外はなかなか口に出せない。談志の異論は、次の点に集約される。
①持ちネタの少なさ
②その中でも出来不出来の差が大き過ぎる

手元にある「桂文楽落語全集」に収められているネタは27席、CDで9枚、これが持ちネタの殆ど全てといって良いのだから、志ん生、圓生はもとより、並の落語家と比べても確かに少ない。
文楽といえば、噺の無駄な部分を削り落とし、細部に至るまで徹底して作り込んだと言われているが、同時に高座にかけるネタの数も絞り込んでいたわけだ。

今回は、八代目桂文楽が一席にどの位の時間、口演時間を費やしたかにに着目してみたい。
落語はライブなので、一つの音源だけでは判断が狂うこともあるが、八代目文楽に限っては通なら文楽の最初の一語を聞いただけでその日のネタが分かったとされているので、時間も変らないものとした。

文楽のネタで最も時間が長いのは「星野屋」(意外!)の28分58秒、最も短いのは「大仏餅」の11分25秒となっている。
つまりどんなに長くても30分未満に収めているという点が、志ん生や圓生らとは大きく異なる。

若い頃には文楽も色々なネタに取り組み、その中から取捨選択していた。その試行錯誤した録音の一部は現在も残っている。
だが、「文七元結」「子別れ」「三軒長屋」「居残り佐平治」などの長講の演目には、取り組んだ様子がない。
「怪談噺」に手をつけなかったのも、時間が長いから避けたのではなかろうか。
どうもハナからそうした長編は対象にしていなかったと思われる。文楽の「子別れ」、きっと良かったと思うのだが。

さて、その30分以内の持ちネタだが、最近の落語家はどの程度の時間をかけているのか、比較してみよう。
文楽の持ちネタの中で、ファンが選ぶとしたら恐らく下の5つがベスト5に入るだろう。
同じ演目で、文楽と古今亭志ん朝の口演時間を比較すると、次のようになる。
数字はいずれも〔分:秒〕。
       文楽   志ん朝
「船 徳」  20:40    32:27
「富 久」  26:16   51:22
「寝 床」  25:38   37:10
「明 烏」  26:22   35:40
「愛宕山」  20:05   40:03
志ん朝の口演時間は、文楽に比べ少ないものでも3割、多いものではおよそ2倍の時間がかかっている。
志ん朝は理論的で、噺の中味を丁寧に説明する傾向があるにしても、時間の差は歴然としている。

今度は短いネタで、他の演者と比較してみよう。
先ずは柳家小三治、マクラが長いので、本題に入ってからの時間だけをカウントした。
         文楽   小三治
「かんしゃく」  13:25    22:21

次は三遊亭圓楽。
            文楽   圓楽
「悋気の火の玉」  12:45   19:43
どちらの場合も、文楽に比べ6-7割がた時間が長くなっている。

最近の落語家の噺が長目になっている傾向も指摘されているとはいえ、あの「船徳」や「愛宕山」を20分そこそこで演じる文楽の構成力は驚異的である。
この辺りが、文楽の「ムダを省いて・・・」と評される所以なのだろう。

文楽が全てのネタが30分を切っている理由としては、次の事が考えられる。
一つは、文楽自身の意思が考えられる。「愛宕山」一席伺うと、回復に楽屋で1時間横になっていたと言われるほど、一つ一つの噺にエネルギーを使うため、30分以内に収めたのではなかろうか。
第一聞き手の観客だって、あまり長時間になればダレル。同じネタを短くやれるものなら、それに越したことはない。

もう一つは、ラジオ放送が頭にあったのではなかろうかという可能性。
戦前、寄席が危機に陥った際に、落語のラジオ放送が救ったというエピソードが残されている。
戦後の落語ブームも、1951年の民間放送開局による寄席番組が火をつけている。
大御所の文楽が、これに関心を持つのは当然だろう。
現に、戦前初めてラジオで落語が放送された際に、文楽は出演している。
又、戦後の民放開局に伴い、当時のラジオ東京と専属契約を結んだ中の一人が文楽だった。

ラジオ放送の寄席番組の大半は30分番組だった。文楽の主なネタは、CMを入れても30分で収まるし、短いネタなら他の芸人も出演できる。
文楽がラジオに出る時は、必ず当日にネタをおさらいし、弟子が何分何秒と時間を計って局に連絡、局が残りの時間を割り出して共演者に伝えたそうである。

統計データは無いが、私の記憶の範囲でいうと、ラジオ番組で最も頻繁に聴けたネタと、その時間は下記の通り。
「松山鏡」 13:30
「大仏餅」 11:25
文楽の持ちネタの中では駄作に近いと思われる「大仏餅」が頻繁にかけられたのは、ラジオの放送時間に都合良かったためだろう。

将来のラジオ放送をにらんで、口演時間をコントロールしていたとしたら、やはり文楽は「名人」だ。

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