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2007/05/06

2児「拉致事件」と金大中事件

Photo_21973年に日本に在住していた朝鮮国籍の高敬美ちゃん(6=当時)と高剛ちゃん(3=当時)が、母親渡辺秀子さん(32=当時)と共に失踪していた事件で、関係者らの証言で1974年に子供二人が北朝鮮に連れ去られ、その際母親の渡辺秀子さんが殺害された疑いが濃厚となりました。
なお父親の高大基(79)は北朝鮮の工作員で日本でスパイ活動をしていて、現在は北朝鮮にいると見られています。

この事件で主犯格と見られる木下陽子容疑者(59)の逮捕状をとり国際手配して、居住していると見られる北朝鮮に身柄の引渡しを要求しています。
また警視庁は、父親や木下容疑者らが関係していた団体や朝鮮問題研究所、容疑者や実行犯の自宅などを家宅捜索しました。
失踪が明らかになってから、34年の歳月が流れています。
我が国の警察は、この間一体何をしていたのでしょう。

現在までの調べでは、木下容疑者は1974年6月、埼玉県上福岡市(現ふじみ野市)に居住していた2児を福井県小浜市まで運び、潜入していた北の工作員に引き渡し、工作船で北朝鮮へ連れ去った疑いが持たれています。
それに先立つ3月に、母親の渡辺秀子さんは木下容疑者らに殺害されたと推定されています。
木下容疑者は1979年に北朝鮮へ出国したため、公訴時効は成立していません。
実行犯の女(55)は、工作船に同乗し2児を北朝鮮へ送り届けた後日本へ帰国したため、時効が成立しています。

今回の事件の経緯を見て気がつくことは、この当時日本への密入国や密出国はそんなに自由だったのだろうかという疑問です。
我が国の警察の捜査能力がよほどお粗末だったのか、それとも何らかの理由で見逃してきたのか、理由はそのいずれかでしょう。
私は後者の疑いが濃厚だと思っています。警察は100%政府の方針で動くからです。
こうした状況が、多数の拉致被害者を生んだ原因であり、またつい最近まで日本政府が、拉致被害者の家族に冷たい対応をしてきた原因ではなかろうか、そう考えます。

1973年といえば、もう一つ我が国を舞台に、重大な拉致事件が起きていました。
それは、金大中(キム・デジュン)事件で、韓国の政治家であり後に大統領となる金大中氏が、韓国中央情報部(KCIA)により、東京都千代田区のホテル・グランドパレスから拉致されて、ソウルで軟禁状態に置かれ、5日後ソウル市内の自宅前で発見された事件です。

朝鮮戦争が終わって、韓国は長いあいだ軍事独裁政権が続きますが、1971年になってようやく朴正煕大統領(当時)の対立候補として民主化を掲げた金大中氏が現れました。
選挙結果は97万票の僅差で朴正煕大統領が勝利するのですが、危機感を持った大統領側は、金大中氏の暗殺を策し、そのため股関節の障害を負わせることになります。
生命の危機を感じた金大中氏は日本に亡命し、民主化を訴えていました。
当時の日本国内の雰囲気としては、韓国の独裁政治を嫌悪し、民主化を求める金氏に好意的でした。

余りに有名な事件なので詳細は省きますが、午後1時過ぎに千代田区のホテルから拉致された金大中氏は、車で神戸に運ばれ、その後工作船に乗せられて韓国の釜山に運ばれます。その際足に錘をつけられたので、海に投げ込まれ殺されると覚悟したと本人は語っています。
処が、自衛隊の航空機が工作船を追跡し、威嚇のために照明弾を投下したため、犯人側が殺害を断念したとされています。

大物政治家が白昼拉致され、乗用車で東京から神戸まで運ばれていたのに気付かなかったのに、なぜ海上で工作船が追跡でき、かつ被害者の殺害計画を察知して威嚇まで行えたのか、どうもここが腑に落ちない。
米軍からの通報ということになっていますが、それでは米軍はどの段階でこの拉致の実行を察知したのでしょうか。
日本国内で起きた事件でも、日本の警察より米軍の方が詳しい情報を握っているんだって、そんなバカな。
最初から警察は拉致を察知しており、韓国への送還は折り込み済みだったのではないかと、私は推定しています。
しかし殺害計画を知った段階で、これだけは阻止しようという方針になり、自衛隊の手を借りたのではないでしょうか。
当初からの犯人の行動をフォローしていなければ、海上でいきなり小さな船を発見・追跡するのは不可能でしょう。

私は1980年代、ある学術団体の学会長と面談する機会がありました。その時に会長から次のようなエピソードが紹介されました。
以前は、国際会議で韓国の学者が来日すると、必ずKCIAの連中がついてきて行動を逐一監視していた。
いつ、どこで、誰と、どんな会話をしたかまで全て記録し、本国へ報告する。もし会話の中に少しでも政府批判が含まれていれば、帰国後逮捕されることがある。
だからプライベートに会う時は、必ず相手を会長の自宅に招くことにしていた。その自宅の敷地内は大きな林に囲まれており、さすがにここまではスパイは入り込めない、だから安心して話ができた。韓国はひどい国だ、そういうお話でした。

つまり当時の我が国は、KCIAなどのスパイがウヨウヨいて、自由に諜報活動を行っていたということです。
まさか優秀な日本の警察がこれを知らないわけがない。きっと黙認していたのでしょう。

韓国のスパイたちが我がもの顔で、日本国内を跳梁跋扈できたのはなぜでしょうか。
この謎を解く鍵は、現在の安倍晋三首相の祖父にあたる岸信介ら当時のコリアン・ロビーの暗躍があったと思われます。
岸信介は総理退任後も永らく隠然たる力を誇示していましたが、岸は戦前「満州国の統治者」と呼ばれていた男です。
一方韓国の独裁者朴正煕大統領は、その当時満州国将校として腕を振るっていた間柄でした。
そうした人脈にプラスして、経済協力の名の下に莫大な利権が日韓双方に生まれていました。
こうした背景が、KCIAら韓国人の密入国、密出国をお目こぼしてきたのではないかと、考えます。
そこに北朝鮮の工作船や工作員も紛れて入り込んできた、そう考えれば拉致事件と金大中事件もあながち無関係とは言えないでしょう。

もう一つ、2児拉致事件の当事者である父親の高大基ですが、北朝鮮の工作員として日常的に自衛隊幹部に金品を渡し、国防の秘密情報を受け取っていたことは関係者の証言ではっきりしています。
ならば日本政府は、なぜこの点を捜査しないのでしょうか。
私は2児拉致事件よりも、こちらの方がより重大な問題だと思います。
この問題で沈黙しているマスコミの対応も解せない。

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