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2007/06/04

「反捕鯨」という宗教

Hogeiロンドンで開かれた国際捕鯨委員会(IWC)の年次総会は、捕鯨国と反捕鯨国が多数派工作と非難の応酬に終始し、双方の対立だけが際立った会議となりました。
反捕鯨国の主張はますます先鋭化し、IWCへの復帰を果たしたアイスランドが、商業捕鯨の一時停止を留保したため、投票権のないオブザーバーに格下げされる事態になっています。
IWCは国際機関としての機能を失ったかのごとき迷走ぶりです。

海洋資源保護というIWCの役割はどこかに飛んでしまい、反捕鯨国の主張はもっぱら「クジラを殺すのはかわいそう」「クジラを食べるのは残酷」という点に重きがおかれていて、これでは妥協のしようがありません。
もともと捕鯨反対国の多くは、かつて灯火燃料や機械油の供給源として捕鯨をしていた欧米諸国が中心であり、これに対して日本など捕鯨を主張している国はクジラを食料としていた国々です。
資源保護という観点からすれば、反捕鯨国が油を採取した後のクジラを廃棄していたのに対し、日本などはクジラを殆ど捨てることがなく利用してきました。

反捕鯨国の多くがキリスト教国であり、クジラの保護もその宗教的信念に基くものだという指摘があります。
ヒトと同起源の哺乳類である事を挙げて、「知能が高い動物を食べるのは残酷である」と主張しているというものです。
世界には様々な宗教、文化、風習があり、それぞれに食のタブーがあります。それは尊重されるべきだし、非難すべきではありません。
同時にどこかの国が他国に対して、自分の食のタブーを押し付けるべきではありません。韓国や中国で犬を食べるのを非難するのも、不当です。
誰も他人の食卓を支配することはできない。

反捕鯨国の急先鋒であるオーストラリアでは、現在増えすぎたカンガルーの間引きが行われています。私たち日本人にとっては、そちらの方がよほど「残酷」に映りますが、でも決して「体当たり」することはありません。
ついでに言わせて貰えば、クジラが可哀想と涙を流すのに、イラクで何万人という人間が殺されても何も感じない、私はそちらの神経こそ疑ってしまう。
それとも神を信仰しない民族は知性が欠落しているから、獣同然に扱って良いということなのでしょうか。

今回のIWC総会で、日本代表が脱退を口にしました。
勿論そうした最悪の事態は避けなければなりません。
そのためには先ず、IWCを宗教戦争の場にすることなく、科学的論拠に基づく議論を進める場にして欲しいと思います。

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コメント

>イラクで何万人という人間が殺されても何も感じない、私はそちらの神経こそ疑ってしまう。

この部分には心から同意します。

アメリカに来て心からわかったのですが、欧米諸国の文化的背景はキリスト教を抜きには理解できないということです。彼らがいかなる宗教を信仰しようが私の知ったことではありませんが、キリストが世界の神、このようの創造主だいう観念を他国に押し付けたり、キリスト教の教義に照らし合わせて物の善悪を判断するのはやめてほしいです。

投稿: stayus | 2007/06/04 10:26

stayus様
コメント有難うございます。
今回の日本代表の提案は、特定地域の伝統的小規模捕鯨の承認と、その捕鯨の数量を従来から行っている調査捕鯨の数量から差し引くという内容であり、クジラの保護という点からすれば全く影響が出ない提案でした。
後は文化的、宗教的信念による反対だけになってしまいます。
イラク戦争は神の名において行われましたが、私にはキリストの教えに反するとしか思えません。僭越ながら、ブッシュ大統領は聖書の精神をも曲解しているのではないでしょうか。

投稿: home-9 | 2007/06/04 12:30

home9様。

こんにちは!

各宗教「いろんな立場」は当然のことだと思いますが「宗教上の事」を他国に押し付けるのは好かないですね。

だって鯨さん「おいしいんだもん!」

投稿: タク | 2007/06/04 13:17

タク様
コメント有難うございます。
私は小さいころからクジラのベーコンが大好物でした。ショウガ醤油に漬けてから焼いて食べるクジラステーキも美味しいです。
牛肉の好きな人に牛肉を食うななどとは絶対に言いませんから、私たちにクジラを食うなと指示しないで貰いたい、ただそれだけです。

投稿: home-9 | 2007/06/04 15:07

home-9さん
 IT関連をはじめとして目覚しい発展を遂げているインド
 インドがもう少し力をつけて神の使いである牛を食べるのは野蛮でけしからん、といったら、キリスト教国はどんな反論をするんでしょうね。
 G8の進めるグローバル化に反対するデモがドイツで行われたとの報道がありましたが、グローバル化っていうのは、キリスト教のグローバル化のように思います。

投稿: 柴田晴廣 | 2007/06/04 22:08

柴田晴廣さま
コメント有難うございます。
先日エクアドルの教会を見学しましたら、絵画「最後の晩餐」で全員ネズミを食べていました。
ヨーロッパの人が見たら引っくり返ると思いました。
食は文化ですから、食への支配は文化の支配です。

それにしてもサミットが開催されると、必ずと言って良いほど反対運動が紹介されますが、日本ではそうした動きが殆どありません。
日本人が洗脳されているのでしょうか。

投稿: home-9 | 2007/06/05 05:00

home-9さん

 食文化から外れますが、「ところ変われば品変わる」ということでひとつ
 小学校に建てられている二宮金次郎像、この像が粗油学校に建てられるようになったのは、私の住む東三河さらにいえば、旧宝飯郡からです。
 その中で最初に建てられたとされるのが、前芝小学校のもの
 ただし、ここの金次郎像、背中に柴を背負っておらず、右肩に魚篭をかけています。
 前芝は私の子供のころは潮干狩りと海水浴。
 当然、柴などより、アサリ。
 ということで子供たちにわかりやすいようにアサリの魚篭にしたそうです。
 詳細は、下記の前芝小学校のHPの「二宮金次郎」をクリックしてください。
 http://www.maeshiba-e.toyohashi.ed.jp/maeshiba-e/index3.htm

投稿: 柴田晴廣 | 2007/06/05 17:27

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IWCの総会が始まった。いつもどおり、激しいジャパンバッシングが展開されている。繰り返しになってしまうが、今年も書いておきたい。 私は、捕鯨に反対だ。 しかし、グリーンピースのように「クジラがかわいそう」とか「捕鯨は野蛮だから」という意味不... [続きを読む]

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