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2007/07/06

立川流同期会@イイノホール

Bunto7月5日イイノホールでの、「立川流同期会-立川文都・談春・志らく」に行く。
この3人は20年ほど前に同時に二ツ目になった間柄だそうで、その当時は国立演芸場で一緒に例会をしていたのだそうだが、今回は久々の顔合わせとか。
前売りは即日完売だったようで満員の盛況。

本題に入る前に、この会の主催者である「夢空間」に一言。
今時の落語会で、当日のプログラム(出演者紹介)が配られないのは珍しい。プログラムに当日のネタや感想をメモする客も多いのだから、その程度のサービスは常識。
他の公演の案内やアンケートよりも、先ずは当日のプログラムが先だろう。

序に客に一言。
周囲の会話を聞いていると、いついつに誰それがどこで出るとか、そんな話題ばかりだ。
ここはオタクの集会か。
寄席だの落語なんていうものは、普段の生活の中で、フラットと行ってフラッと帰ってくる。今日は面白かったねとか、今ひとつだったねえとか、そんな空間じゃなかろうか。
お前だってブログに記事なんか書いてどうなのよと突っ込まれると、返す言葉がないけど。

談春がうつったのだろうか、初っ端から攻撃的な物言いになってしまった。

立川談春「棒鱈」
本当は「豊志賀」をやるつもりだったが、二人に止められてこのネタにとのこと。
開口一番でいきなり怪談も無いだろうから、確かに「棒鱈」の方が無難。
この噺は、時代設定が江戸末期、薩摩や長州の無粋な侍が、江戸の町で幅を利かせていたものを皮肉っている。
私が会社に入った昭和30年代、ちょうど職場にたまたま山口県出身者が多かったのだが、宴会になると彼らは手拍子でこのネタの武士のように高歌し、私たちをしらけさせていた思い出がある。
この演目は結構リアリティがあるのだ。
いつもこの噺を聴くたびに、その当時を思い出す。
談春の高座だが、酒癖の悪い江戸っ子、放歌高吟する無粋な田舎侍、共にイヤな性格が如実に描写されていた。談春の「地」ではなかろうか。
細部に談春らしい工夫が見られ良いデキだったが、芸者に色気が欠けていたのが惜しまれる。

立川志らく「玉屋」
シネマ落語で映画「天国からきたチャンピオン」の翻案である。
このネタに限らず志らくのシネマ落語は、テンポは良いのだが、ストーリーを追いかけて慌しく話が進んでしまうキライがある。
この「玉屋」にしても、背景となる花火時期の両国の情緒が描写されていれば、もっと奥行きの深い作品に仕上がっていたのではなかろうか。
それと楽しみにしていた志らくのマクラが、時間の関係か聴けなかったのは残念。

―仲入り
出演者3人の「鼎談」
話の中身と言うのは他愛ないものだが、興味を覚えたことが2点。
この会だが、興行的には「談春・志らく二人会」でもというよりは、そちらの方が遥かに良かっただろう。
恐らくは談春が音頭をとって、二人に比べ晴れがましい舞台に立てる機会が少ない文都にスポットを当てるという意味合いで、この会が企画されたのだと思う。
談春の男気の一端を感じた。
もう一つは、20年経てこの3人の立っている位置の違い、芸人の世界と言うのは残酷なものだということ。
常識的な人間では勤まらない世界であり、変な人間が変なことを言うからオモシロイのだということ。

立川文都「千両みかん」
冒頭で文都が、いつもやっている会は客が少ないのに、今日のような会は満員になると言っていたが、浪曲の世界でも同じような事を聞いた。
「立川流広小路寄席」という例会があるが、そちらには客がこないのだ。
浪曲も定席はガラガラだが、独演会になると客が集まると嘆いていた。
芸人から見ると、客の心理というのは不可解だと思うのだろう。
文都の喋りは平板で、平凡な「千両みかん」となった。

色々悪口を言ってきた割には、満足度の高い会であった。

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