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2007/07/11

柳家喬太郎「牡丹燈籠」前編@横浜にぎわい座

Kyoutaro2_1何という失態! 前から楽しみにしていた7月10日の柳家喬太郎「牡丹燈籠(ぼたんどうろう)」通し公演<前編>、桜木町の駅まで来て、チケットを忘れたことに気がついた。
やはり年のせいなのかしらん、それともいつも悪口ばかり書いているのでバチが当たったのかも。
とにかく秀吉もかくやの「大返し」で自宅を再度往復し、ナントカ仲入りに滑り込み、後半は間に合った。
普通なら諦めるところだが、この公演だけはそうはいかない。

今の落語界、柳家喬太郎抜きには語れないだろう。
そりゃビッグネームの人、人気のある人、芸の達者な人なら他にも大勢いる。次から次と企画を立て、落語ブームを演出することも大切だろう。
しかし最後は、時間と金をかけて寄席や落語会に足を運ぶ客をいかに満足させるか、そこに尽きる。
高い顧客満足度が得られるパフォーマンスが提供できなければ、いずれブームは去って行く。
そのためには、個々の噺家が日々芸を磨き、芸域を広げる努力が肝要だ。

二ツ目時代までの喬太郎は、どちらかというと新作で売っていた。
真打昇進の頃から古典に注力し始め、その努力は国立演芸場「花形演芸大賞」三連覇となって結実した。
特に、名人・文楽以後高座にかかる機会が少なくなった按摩、差別用語でいえばメクラが主人公の演目を復活させた功績は大きい。
そして今回は、2ヶ月にまたがる「牡丹燈籠」の通しである。
これは、聞かざぁなるめぇ。

恰好いいこと言いながら、冒頭の失態により、前半部分は聞き逃したので、お露と萩原新三郎の出会いから、死んだお露が幽霊となって新三郎と情を交わし、伴蔵夫婦の裏切りで新三郎が死ぬまでを聴いたことになる。
こう書くと、ナンダみんな聴いたんじゃんと思う向きもあるだろう。「牡丹燈籠」と言えば、普通はこのエピソードだけが有名で、「御札はがし」というタイトルでしばしば高座にかかる。
余談だがこの「御札はがし」、近年では春風亭小朝の録音が出色。

実はこの部分、三遊亭園朝の「牡丹燈籠」の中では、ごく一部に過ぎない。この話全体は、伴蔵夫婦を軸とした怪談話と、お露の父飯島平左衛門を軸とした仇討ち話が表・裏となって展開する因縁話である。
しかし全体を演じるとなると、余りにストーリーが複雑になり、長時間を要するため、通しでの公演は戦後は殆どされていないと聞いている。
それに喬太郎は今回挑戦したわけだ。

肝心の喬太郎の高座の印象だが。
前編だけで正味2時間を超える高座、途中緩むこともなく、最後まで緊張感を持続させた力量はさすがと言うしかない。
言い間違い、細かなミスは沢山あった、恐らく本人も満足はしていないだろう。
しかし、こうした事に果敢にチャレンジする心意気を先ず買う。
登場人物の性格描写、新三郎のいかにも若者らしい純真さ、お露の一途さ、女中お米の機転、お露の継母お国の悪賢こさ、中間(ちゅうげん)孝助の律儀さ、いずれも見事に演じ分けられている。
特に伴蔵とその女房お峰が百両の金に目がくらみ、新三郎を裏切り死に至らしめる場面は迫力があり、胸が詰まるようだった。
喬太郎の熱演に拍手を送りたい。

聴き手の方でさえ、目まぐるしく展開するストーリーに付いてゆくだけでも大変な超大作。
クライマックスを迎える、8月の後編の高座が待たれる。

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