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2007/10/26

【金大中事件】あの頃の韓国

Kindaichu10月24日韓国政府は、「金大中(キム・デジュン)拉致事件」は、当時の朴正煕(パク・ジョンヒ)大統領が直接指示した可能性を排除できず、少なくとも暗黙的な承認はあった、という調査結果を発表しました。 またこの事件は当時中央情報部(KCIA)部長だった李厚洛(イ・フラク)氏の指示によって実行され、その後KCIAが組織的に真相を隠蔽したということです。
事件当時を知る者としては、感慨深いものがあります。

「金大中事件」とは、1973年8月8日に、韓国の政治家でのちに大統領となる金大中氏が、KCIAにより東京都千代田区のホテルグランドパレスから拉致されて、韓国ソウルで軟禁状態に置かれ、5日後ソウル市内の自宅前で発見されたという事件です。
この事件では、しかし事件を察知していたアメリカの通報を受けた自衛隊が拉致船を追跡し、照明弾を投下するなどして威嚇しました。そのため拉致犯は殺害を断念したと伝えられています。
この事実は、金大中自身も後日証言しています。

都心の一流ホテルから、白昼堂々と韓国政治家が拉致されたという事件は衝撃的で、それだけ当時のKCIAが日本で自由に活動していたという証拠です。
同時に日本側にも協力者がいたわけで(この点も北朝鮮による拉致事件と同じ)、「金大中事件」では山口組会系暴力団の名前が上がっていました。
当時、日本の警察も事件がKCIAらによって起こされたという事実はつかんでいましたが、最終的には不問に付すということで、日韓政府が政治決着をしています。

当時の韓国は朴正煕大統領の下、軍事独裁政権であり、民主化運動に対する苛烈な弾圧が行われていました。
私が勤めていた企業の顧問で、大学教授であり、ある学術団体の会長をしておられた方に、その当時次のような話を伺いました。

国際学会などで韓国の学者が来日すると、その人が日本にいる間に誰と接触し、どんな会話を交わしたか、全てKCIAが調べて韓国政府に報告していた。
もしその中に、少しでも政府や政権を批判するような内容が含まれていると、帰国後直ちに逮捕されて拷問を受けることになる。
ホテルやレストランなど、周囲に人がいる場所では、常に注意して会話しなければならなかった。
親しい韓国の学者と懇談する時は、必ずその会長の自宅に招いていた。
会長の自宅は敷地が広く、周囲が林になっているので、さすがに邸内まではKCIAも入って来られないから、遠慮なく会話ができた。
韓国というのは実にひどい国だったと、聞かされました。

その後韓国は民主化され、今では政府や政権を批判しても逮捕されたり、拷問を受けたりすることは無くなったでしょう。
その頃は、どちらかというと左翼系の人が韓国嫌いであり、右翼系の人が親韓国でした。
「金大中事件」の真相究明などは、左翼系のスローガンでした。
安倍前総理の祖父である岸信介元首相を先頭に、大物右翼の児玉誉士夫氏らが親韓グループ(今なら韓流ですか)の中心にいたからです。
それが最近では、右側の人に韓国嫌い(嫌韓)が多い。
右翼の人から見ると、昔の軍事独裁政権の方が親しみやすかったのでしょう。
当時を想うと、隔世の感があります。

「金大中」事件が、韓国政府の国家的犯罪であることが明白になった以上、この拉致事件は日本の主権を侵害したものであり、韓国政府からの正式な謝罪を求めることは当然のことです。

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