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2007/11/27

劇団大阪「円生と志ん生」

Enshochirashi1_jpg大阪のアマチュア劇団「劇団大阪」が、井上ひさし作の「円生と志ん生」を谷町劇場で上演、11月25日の千秋楽の舞台を観劇。
以前当ブログで紹介した天才落語少年であった斎藤誠が、親の反対で果たせなかった落語家の夢をおよそ50年ぶりに、しかもファンだった志ん生役を演ずるということで、これは是非観に行かねばならぬと思い立った。

円生とは六代目三遊亭圓生、志ん生とは五代目古今亭志ん生のことで、共に昭和の名人として今でも落語ファンに根強い人気がある噺家である。
昭和20年5月、連日の空襲で寄席どころの騒ぎではない東京の落語家・志ん生と圓生の二人が、飯と酒と女に不自由しないという言葉につられて、2ヶ月の約束で軍の慰問で満州に渡る。
時は戦争末期、帰国どころか終戦間際にソ連軍が侵入してきて、頼りにしていた関東軍はあっという間に潰走。残された満州開拓団などの民間人は、役に立ちそうな男は捕まって皆シベリア送り、女・子供はソ連軍の殺戮、略奪、暴行にさらされる。
地獄のような生活を味わいながらの二人の珍道中を、虚実ないまぜに涙と笑いで描いた芝居である。
しかし二人は、悲惨さえも笑いにして、最後は昭和22年に無事日本への帰国を果たす。

現実には、志ん生が余りの辛さに、ウオッカのボトルを6本空け自殺を図るが、昔からの大酒飲みであったため、奇跡的に一命を取りとめたというエピソードが残されていることから、どれだけ悲惨な体験だったか分かろうというもの。
実際の二人は帰国後直ぐに高座に復帰し、大陸での経験で以前より一回り芸の幅を広げて人気も高まり、昭和の落語界を背負っていくことになる。

この芝居は、劇中に落語の小咄を演ずる場面あり、歌と踊りにミュージカルシーンあり、おまけに女優たちは一人4役5役を演じることが要求されるなど、極めて難易度が高い芝居である。
それだけに個々の役者の歌や踊りを含めた技術、演技力、ポテンシャルを要求される芝居でもある。余程の芸達者を揃えないと、観客に十分満足して貰えないのではなかろうか。
それにどちらかと言えば大きな舞台を必要とするので、今回のような小さな小屋(劇団の稽古場)に相応しい演目であったかどうか、疑問がある。
観客も少ない小さな舞台は、やはり小劇場向けの作品を選ぶべきではなかったと思う。

そうしたハンディがありながら、それなりに楽しめたのは、この劇団大阪のアンサンブルの力だろう。
和田幸子の演出は小劇場向けに上手く工夫されており、シンプルな舞台装置と相俟って舞台の転換が手際良かった。
劇中で使われる曲を作曲した仙波宏文のピアノ生演奏が、演出効果を高めていた。
出演者では、円生を演じた上田啓輔の演技力が抜きん出ていた。私は円生の高座や俳優としての円生を観ているが、容姿を含めて本人を彷彿とさせていたのは特筆される。ただ江戸弁の喋りと座布団の座り方は、志ん生役の斎藤誠に一日の長があった。
女優陣は揃って熱演で、難役に果敢に挑戦していた。
細かい点をあげれば、寄席の太鼓の音が良くなかった(太鼓自身の問題とか)、めくりの「中入り」は「仲入り」だろうし、飲み物を持つ時のカップの扱いなど、もう少し注意が必要だろう。

アマチュア劇団は、団員全員それぞれが仕事を持っているので、稽古の時間を確保するのも大変だと思う。しかも限られて人数で出演しながら裏方の仕事もしなくてはならない。
そうしたハンディを乗り越えて、敢えて今回のような大ネタに挑んだ姿勢には、頭が下がる。

なお「円生と志ん生」は、本家・こまつ座が現在上演中。
(文中敬称略)

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