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2008年4月

2008/04/30

My「独演会の落語家」BEST10

「ホリイのずんずん調査」の向こうを張って(張れないか)、私が選んだ「独演会での落語家」のBEST10を選んで見た。
選考基準は次の通り。
(1)現役の噺家に限る。例えば三遊亭圓楽は現役を引退しているので、除外した。
(2)評価は満足度(実績/期待値)、つまり期待に応えるパフォーマンスを示しているかが判定基準となっている。この結果、例えば立川談志、柳家小三治や春風亭小朝は、期待値に対する満足度が低く、選外となった。
(3)同じ人の独演会を3回以上観ていることを条件とした。桂米朝などは高い評価になる筈だが、観る機会が少な過ぎて対象外となった。

1位の志の輔だが、期待を裏切られたことは一度も無い。芸人だって日によって体調が悪い時もあるだろうし、気分が乗らない時だってあるだろう。そういう悪い時には悪いなりに、サービス精神でカバーするのが志の輔の価値である。欠点はチケットが取れないこと。ネットの前売りだと、発売開始時間に30秒遅れても完売ということもある。
2位の三枝もやはりサービス精神が旺盛な噺家だ。芸に色気がある。上方の落語家としては喋りがゆっくりで口調が明快なので聴きやすい。自作のネタも粒揃いで、いつも観客席を沸かせてくれる。
3位は談春で、やや出来不出来のバラツキがあるものの、壷にはまると感動させられる。余計なゲストを入れず、一人だけの会であるのも魅力の一つだ。この人は典型的な独演会タイプの芸人で、複数の人が出演する落語会などでは、人が変わったように低調な高座になる。多分、性格が我がままなのだろう。
4位の喬太郎は、現役の中では最も多い回数を観たことになる。古典に限れば高い満足度になるが、新作にハズレが多い。盲人が主人公のネタでは、他者に抜きん出ている。
5位の文珍、サービス精神の塊りみたいな芸人で、古典、新作を問わず高いレベルの高座を見せる。欠点は女性に色気が無いことで、「包丁」のようなネタでは惨憺たる結果になる。
6位は志らくで、古典をスピーディーな展開で(談春の半分以下の時間で)聴かせてくれる。コンテンポラリーなマクラも毎回楽しみである。ただシネマ落語は今一つ感心できない。
7位の市馬は、常にコンスタントなレベルを保ち、ガッカリすることが無い。反面、唸るほどの名演にもお目にかかったことがなく、その点が不満である。
8位の権太楼は、常に安定した芸を見せてくれる。年齢的にはベテランの域に達しているが、芸が若々しいのも魅力だ。「居残り」は、現役ではこの人が一番ではないだろうか。
9位のたい平だが、同期に真打になった喬太郎と比べ、どうしても物足りなさを感じてしまう。期待値が高い分だけランクが低くなってしまった。
10位は迷ったが、進境著しい三三を入れた。若手の中では飛びぬけて上手い。古典落語の王道を歩んでおり、様子が良いのも得をしている。

この他、古今亭菊之丞が安定した高座を見せ、当代の金原亭馬生は客筋が良く、ようやく真打に昇進した立川生志の独演会も魅力がある。
回数を観ていないので対象から外したが、三遊亭遊雀、春風亭昇太、滝川鯉昇の独演会も充実していた。

こうして見ていくと、独演会で高いパフォーマンスを見せる年齢というのは、30代後半から50歳くらいまでがピークのようである。
さて、あなたが選ぶBEST10だったら、どうなるだろうか。

順位  
1  立川志の輔
2  桂三枝
3  立川談春
4  柳家喬太郎
5  桂文珍
6  立川志らく
7  柳亭市馬
8  柳家権太楼
9  林家たい平
10  柳家三三

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2008/04/28

カード社会は「国民監視社会」だ

自動販売機でたばこを購入するために必要となる成人識別ICカード「taspo(タスポ)」が、いよいよこの5月から順次全国的に稼働する。
taspoカードは下記のようなデザインになっていて、本人の写真も表示される。して見ると、やがて対面販売でもこのカードの提示が義務づけるつもりなのだろう。
Taspo_card

Taspo

なんとも窮屈な世の中になり始めたものだ。
日本がいつの間にか年間3万人という自殺大国になってしまったり、75歳以上の年寄りは早く死ねという制度を作ったり、そういう問題は放置しておきながら、こういう事だけは迅速なのだからイヤになる。

これで味をしめると、これから次々に成人(又は18歳以上)識別カードが制度化されるんだろうね。
アルコール:「nomeru」カード
映画:「modaeru」カード
AV&DVD:「nukeru」カード
パチンコ:「moukaru」カード
風俗:「mikosuri-han」カード
なんて色々なカードが氾濫し、外出する時は、常に何十種類ものカードを持ち歩かなくてはいけなくなるだろう。

「お飲み物、なんにいたしましょう?」
「そうだな、今日はやたら暑かったから、取り敢えずビールといこう。」
「それでは”nomeru”カードを拝見します。」
「なんだ、そりゃ?」
「お客様が成人かどうかの確認ですが。」
「バカ言え。オレは今年70だぞ。見りゃあ分るだろうが。」
「でも規則でございますから。どれどれ、あのー、写真とご本人とは似ていませんが。」
「写真は30年前のものだ。オレのものに間違いはないんだから、早く確認してこいよ。」
「ハイ、カードをお返しします。」
「あれ、ビールはどうした?」
「実はただ今、全国酒販組合のシステムトラブルで、お客様の確認ができません。取り敢えずウーロン茶かオレンジジュースならお出しできますが。」
「ダメだ、こりゃ。」

カード社会というのは実は「監視社会」でもあり、本当はこれが一番恐い。カードを使うたびに、アナタが何月何日何時何分何秒に、どこで、何を買ったかが全て記録されてしまう。ポイントを餌にして、スーパーやデパートが買い物カードを発行しているが、アナタの買い物の動向が全て把握されてしまう。クレジットカードも同じだ。
電車のプリペイドカードや航空機のマイレージカードにより、アナタの移動の軌跡は全て記録されてしまう。
駅や商店街、幹線道路などに付けられている監視カメラで、あなたの姿は日々記録されている。
個人情報保護などと言っておきながら、実は全ての個人情報が丸裸にされている社会でもある。カード社会によって、アナタの動きはリアルタイムで記録され続けているのだ。

私は、以前は銀行のカードしか持たないことにしていた。別に悪い事を企むつもりは毛頭ないが、どこかの誰かから、日々私の行動を記録されるのがイヤだったからだ。クレジットカードも作らない主義だったが、米国に旅行に行くときに、クレジットカードが無いとホテルの予約が取れないと言われ、やむなく取得した。その他のカードは今も一切作らない。
「国民総背番号制度」などというと、直ぐにプライバシーが持ち出されるが、そういう人々が各種カードを平気で使っているのが、不思議でならない。

安易なカードの導入は、やがて国民監視社会に道を開きかねない。何でもかんでも認証カードが要求される社会なんて、息苦しくてショウガナイ。

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2008/04/27

逮捕者の氏名は公表しないのか

聖火リレーの不快なお祭り騒ぎも昨日で終わったが、この報道で一つだけ気になったことがある。長野県警は聖火リレーで6名を逮捕したと発表しているが、新聞各紙を見る限りでは逮捕者の住所、氏名が一切公表されていない。これはどうした事だろう。警察が発表していないのか、マスコミが自主規制しているのか、いずれにしろ不可解だ(私が調べた範囲であり、もし氏名が公表されていたなら、ご教示願います)。
逮捕はいずれも現行犯であり、逮捕理由は暴行、威力業務妨害などで一部は映像でも公開されているのである。

逮捕者の氏名公表については議論のあるところで、容疑段階では公表すべきでないという主張も理解できる。現にそうした方針を貫いている報道機関もある。
普段ならデモなどで逮捕されれば直ちに氏名が公表されるし、集合住宅の郵便受けにビラを入れただけで、逮捕されれば氏名が発表される世の中なのだ。
草加市でプランターからパンジーを引き抜いた容疑者の氏名が公表されているのに、聖火リレーの事件では公表しないというなら、報道の公平を欠くのではなかろうか。
容疑者は犯行理由として「チベット問題の解決を訴えたかった」と言っているそうだが、本当なのだろうか。
早急に氏名を公表することを望みたい。

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2008/04/26

紅旗聖炎非吾事

Bougohukuオリンピック競技は種目によっては関心がありますが、専らTV観戦です。昔アジア大会の陸上競技を観に行ったことがありますが、今なんの競技をしていて、誰が何に出ているかサッパリ分らず、一度で懲りました。
聖火リレーとやらが毎回行われているようですが、全く興味がありません、聖火を持って走る人を見て、何が面白いんでしょうね。まあ、人間スキズキですから。

その聖火リレー、今回は特別に注目を浴びているようですが、TV各局のニュースで聖火が今羽田に到着したの、今車に乗って長野に向けっているだのを、上空から中継までしているのは正気の沙汰ではありません。もっと報道すべき重要なことが他にあるだろうと、ついついTVに向かって説教をしています。
「紅旗聖炎吾ガ事ニ非ズ」。

日本在住のチベット人などによる抗議のデモンストレーシンが行われるようですが、これは当然の事ですので、規制すべきではありません。
しかし騒ぎに便乗して目立とうという「にわかチベット屋」の妨害活動は、毅然として排除すれば良い。厳重な警備体制がしかれるようですが、この区別だけはしっかりとして欲しいところです。

長野市には、「硫化水素をまく」などとリレーの妨害を予告するメールが市に寄せられているそうですが、撒いて貰いましょうよ。本当に硫化水素を撒くのなら、それだけは見に行きたいものです。何しろ気体ですから、撒くのは難しいですよ。防護服でも着ていないと、撒いた本人が真っ先に死亡しますしね。
こんな口先だけの愉快犯の連中は、チベットの人からすれば迷惑でしかないでしょう。

その硫化水素による自殺が流行しているのは、困った問題です。何でも「楽に死ねる」ということで、ネットを通じて広まったようですが、軽い中毒を起こした経験から言わせてもらえば決して「楽」ではないので、絶対にやめて欲しい。周辺の人を巻き添えにするなど、他人に甚大な被害を与えることにもなります。
学生のころ実験で硫化水素を使ったことがあります。ガスを吸い込まないように、ドラフトチャンバーの中に手を入れて操作するのですが、どうしても微量のガス漏れがおこります。
わずかに吸っても、焼け付くような気道の痛みがおき、次いで頭痛、めまい、吐き気に襲われます。一緒に実験していた同級生は立っていられなくなって、しばらく横になったまま休んでいました。
私の方は軽くてそこまで行かなかったのですが、あのイヤな思いは二度としたくありません。
「楽」ではないことを分って貰えたら、必ず思いとどまってくださいね。

「不易硫化」だけは、絶対に避けねばなりません。

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2008/04/24

「喬太郎・白鳥」WAZAOGIろっく・おん

Hakucho4月23日は内幸町ホールの、“「柳家喬太郎・三遊亭白鳥」WAZAOGIろっく・おん”に出向く。「ミックス寄席」が行っている公開レコーディングであり、OKならCDとして発売される。普通は、寄席や独演会で録音し選択してCD化するのだが、こういう風な「今から録音しますよ」というやり方とどちらが良いかは、意見の別れるところだろう。私なら前者を採る。

今回、小屋に入り着席した時から何となく居心地が悪かった。客層がどうこうではないし、はっきりとした理由があるわけではない。
そのせいかどうか、喬太郎の一席目で、当初の「彫師マリリン」を途中で中断し、「派出所ビーナス」を最初から演じ直した、本人も言っていたが、とても珍しいことで、私は初めての経験である。喬太郎としては、どこかシックリこなかったのだろう。
二席目でも喬太郎は、最前列で身体を前後にゆすって笑う客がいたのが気になったらしく、「どうされました?気が違ったんですか?」と訊いていた。
居心地の悪さは、私だけでは無かったのかも知れない。

休憩を挟んで、喬太郎と白鳥が2席ずつ、いずれも新作である。

・三遊亭白鳥「ナースコール」
病院の看護婦と、老人の患者とのやりとりを描いたネタだが、私には面白さが理解できなかった。新作落語の場合、どこかにリアリティが必要であり、ウンウンそうだよなと思わせることが大事だと思う、白鳥のネタには、それが無い。そこが同じ病院を舞台にしても、文珍の「老婆の休日」とは雲泥の差があるのだ。
・柳家喬太郎「派出所ビーナス」
ネタを途中で変えたことについて、寄席で「宮戸川」上下の口演でエネルギーを使い果たしたとエクスキューズしていたが、確かにマクラがいつもの喬太郎のテンションと違うなという印象を受けた。
しかし本題に入るとさすがで、池袋駅前交番を舞台にして、旅館の女将や秋葉系の女の子が警官になるというストーリーを楽しく聴かせてくれた。

・柳家喬太郎「夜の慣用句」
得意のサラリーマンもので、課長と部下が飲み屋やキャバクラに行き、課長が行く先々で「キミの座右の銘は何かね?」と訊くというストーリーだ。
課長の喋りや仕草が、こういう男って確かにいるよなと思わせる所がさすがである。飲むと部下に威張り、説教し、やたら教訓を垂れるという、企業の管理職の悪いクセを良く衝いている。
・三遊亭白鳥「死神」
古典落語のネタを、白鳥がアレンジして演じたもの。病院の医師が医療ミスを理由に、医師免許を剥奪され悲観しているときに死神にとりつかれるという設定にしている。スジとしては工夫されていて、意表をつかれるのだが、白鳥は人物描写が下手だ。だから平板になってしまい、クスグリが少なくなると途端にダレテくる。もう少し話芸の基本を修行しないと、ネタの面白さが発揮できない。

居心地の悪さは終演まで続き、どうもスッキリしない会となった。

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2008/04/23

あまりに稚拙な弁護方針「光市母子裁判」

Bengodan4月22日行われた、今から9年前に会社員本村洋さんの妻(当時23歳)と娘(同生後11カ月)の2人が殺害され、当時18歳だった元少年が殺人や強姦(ごうかん)致死などの罪に問われた光市母子殺人事件の差し戻し控訴審で、広島高裁は原判決(無期懲役)を破棄し、被告の元少年に対して死刑を言い渡した。

この裁判は99%死刑判決が予想されていた中で、弁護団がどのような弁護活動をするかが、最大の焦点だった。
最高裁の差し戻し判決では、事件の事実認定をした上で、「被告人の罪責は誠に重大であって,特に酌量すべき事情がない限り,死刑の選択をするほかないものといわざるを得ない。」と結論づけている。
弁護団が死刑判決を回避しようとするならば、情状酌量を訴えるしか方法がなかった。つまり、被告自らが起こした罪と向き合い、真剣に反省し、更生する可能性を示唆しない限り、死刑判決は避けられなかった。

しかし弁護団の方針はこれとは異なったものとなった。被告の主張に沿って、犯行は計画性のない傷害致死事件であり、死刑にはあたらないと主張した。
その主張というのが、
・弥生さんに優しくしてもらいたいという甘えの気持ちから抱きついてしまった。
・騒ぐ弥生さんを黙らせようと口を押さえたつもりの右手がたまたま喉にいった。
・弥生さんに生き返ってほしいという思いから姦淫した。
・夕夏ちゃんを泣きやますために、首に紐で蝶々結びしようとしただけ。
という内容のものだった。
これらの主張は誰が考えても荒唐無稽であり、自己弁護の言い逃れと裁判所が受け止めたのは当然だ。

こうした被告の主張が、裁判官の心証を著しく悪くさせたのは想像に難くない。
弁護方針はあまりに稚拙であり、果たして弁護団が被告の死刑を真剣に回避しようとしていたのか、疑問を感じるほどである。
どうせ死刑になるのだから、最後に被告の言い分をそのまま言わせておこうという戦術だったのだろうか。
どうも弁護人たちの意図が良く分らない。

この裁判の弁護団に対して、厳しい批判が加えられたが、その中には被告の弁護を行うこと自体を問題視するかのような言動があったのは、極めて危険である。そうした主張は、我が国の司法制度を否定するものだ。
特に、橋下徹・現大阪府知事が、TVでこの事件の弁護人の懲戒処分の署名を扇動したのは悪質であり、彼が弁護士の資格を有するのかを疑わせる行為だったといえる。
こうした人々の一方的主張は、実はこの事件の被告人と心情的に共通しているではなかろうか。

今回の判決が、少年事件についての「永山基準」から一歩踏み出し、厳罰化の方向に向かったのは間違いない。
しかし、昨今の「死刑になりたくて人を殺す」事件が多発している状況下では、厳罰化が凶悪犯罪の抑制になりえないではないかと思われる。
被告の元少年は近い将来死刑が確定するであろうが、憂鬱な気分が晴れないのはそのためか。

【永山基準】
1968−69年の連続4人射殺事件の永山則夫元死刑囚(事件当時19歳、97年8月執行)第1次上告審判決(83年7月)で、最高裁が無期懲役の2審判決を破棄した際に示した死刑の適用基準。(1)犯罪の性質(2)動機(3)態様、特に殺害方法の執拗(しつよう)さや残虐さ(4)結果の重大さ、特に殺害被害者数(5)遺族の被害感情(6)社会的影響(7)犯人の年齢(8)前科(9)犯行後の情状−を考慮し、刑事責任が極めて重大で、罪と罰の均衡や犯罪予防の観点からやむを得ない場合には、死刑の選択も許されるとした。

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2008/04/22

思い出の落語家10「ご存知」柳家三亀松

Mikimatsuたまにはイロっぽい所をということで、今回は初代柳家三亀松を。ジャンルからいうと音曲師ということになるが、三味線漫談、粋曲、粋談と多彩な芸の分類に困って、しまいには「ご存知・柳家三亀松」とチラシに書かれた、伝説的な色物の芸人である。
1901年生まれの三亀松の全盛期は戦前になるらしいが、戦後も大看板として寄席に出ていて、色物の芸人には珍しく度々トリをとっていた。私は小学校3~4年にかけて信濃町に住んでいた関係から、親に連れられ新宿末広亭に通っていたので、三亀松の高座を数回観ている。

なにせお色気が過剰で、戦前の検閲で31枚のレコードが発禁になった人なので、芸が子ども向きとはいえない。ウットリするような良い声で都々逸を唄っているときは、子ども心にも思わず聴き惚れていたが、漫談になると途端に女の鼻声で「イヤァ~ン、バカァ~ン」や「うっふん、イジワルゥ」「ヤッッテ」(音声は想像してください)と始まるので、なかなか刺激的だった。
その都々逸も、
♪緋緬(ひぢりめん) 肩から滑って のぞいた乳房 にっこり笑って 消す灯り♪
というような文句なので、9歳の子どもがどこまで理解できたか、心許ない。
三亀松の方だって、最前列の中央にチョコンと子どもが座ってられたのでは、さぞかしやりにくかったろう。
なかには、
♪金も出来たし 着物も出来た そろそろあなたと 別れよう♪
なんて、素っ気無い文句もあった。
よくまあこんな芸を子どもに見せていた、我が母親の神経はどうなっていたんだろう。

一度、代表作である「新婚熱海(箱根だったかも)の一夜」の一部を聴く機会があったが、この中で「いけませんわ、さっきのお風呂の中の、あのおイタは。」というセリフだけは、身体に電流が走った。あの時、私は目覚めたのだ! 以来ずっと目覚めっぱなしで、今日に至る。

芸にムラのある人で、やる気のある時は都々逸から「さのさ」、新内と次々に良い喉を披露するが、やる気のない時はサッパリで唄は二つ三つ、後は当時の時代劇映画スターだった阪東妻三郎や大河内傳次郎のモノマネでお茶を濁していた。

結婚して妻が妊娠し5ヵ月だった時に、お腹の赤ちゃんへの胎教として、妻を伴って人形町末広に出かけた。この時に柳家三亀松が出ていたが、顔はどす黒く、身体はやせ、目ばかり大きく見えるという状態だった。それでも喉は衰えず、当日は気分が良かったのか次々と都々逸を披露していた。
その三亀松の高座を初めて目にした妻は、あまりの男の色気にブルブルっと震えたそうだ。何のことはない、時を隔てて、夫婦揃って三亀松によって目覚めさせられたのである。
それからおよそ半年後の1968年1月に、三亀松は胃がんで亡くなった。享年66歳であった。
その2年後には、落語の殿堂と言われた人形町末広も閉館している。

音曲師で声が良かった芸人に、春風亭枝雀がいた。細長い首を鶴のように伸ばして唄うのが特徴だった。この人は元々落語家だったので、語りも面白かった。
それから遅れて、柳家紫朝が出てくる。この人も良い声で、新内流しの「蘭蝶」を得意としている。病を得てから高座に上がる機会が減ってしまったのは残念だ。
女流の芸人も、かつ江、鯉香、人形・お鯉など達者な芸人が揃っていた。

昔の寄席と比べて今の寄席は、落語家は今の方が充実しているように思う、だって昔は文楽、志ん生という名人がいたじゃないかという向きもあろうが、その人たちは当時からメッタに定席には出ていなかった。実力者の多くは名人会やホール落語会が中心で、出演者が限られるのに寄席の数が多かったから、質が落ちていたのだ。
今の方が明らかに劣っているのは、音曲など色物の芸人だと思う。

♪吾妻橋とは 吾が妻橋よ そばに渡しが ついている♪

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2008/04/21

小泉純一郎にまた騙されるか

Koizumi_graceland最新の世論調査で、福田政権の支持率が更に下がってきている。急落の原因として関係者からは、後期高齢者医療保険制度の実施により、老人の福田離れが加速したとの観測がなされている。これは福田康夫の責任ではないが、このままでは「早死医療制度」が、福田政権の息の根を止めることになりかねない。
この法律は、小泉政権下で野党の反対を押し切り強行採決で成立させたもので、文句があるなら小泉純一郎に言わねばなるまい。
処が、世論調査では、次期の総理は誰が適任かと訊くと、決まって小泉純一郎が第一位となる。

安倍政権の命脈を最終的に絶ったのは、消えた年金だった。安倍晋三の罪は年金調査を1年以内に行うという、出来もしない約束をしたことにあるが、年金問題そのものには責任は無かった。
厚生族の有力議員として厚生大臣もつとめ、総理を5年間続けた小泉元首相は、当然年金制度の乱脈ぶりを誰よりも正確に把握していた筈だ。しかし彼は在任中、この課題に一切手を付けなかった。理由は、簡単に解決できないことが分っていたし、表沙汰になれば必ず責任を追及されるのが分っていたからだ。

そこで考え出したのが、郵政民営化だった。米国政府の要求にも応えられるし、「改革」っぽいイメージにも合っていて、何より口当たりが良い。
小泉政治の影の部分の目くらましには、ピッタリのスローガンだった。
負のイメージになるような事柄は極力隠蔽するか先送りし、光が当たる部分だけを際立たせることにより、小泉政権は人気を維持してきた。
ちょうど東京都の石原知事が、新銀行東京の失態から都民の目をそらせるために、東京オリンピックの開催を持ち出したのと、同一の手法である。

世間であれだけ騒ぎになっているのに、未だにオレオレ詐欺の被害は後を絶たない。周囲から見ると、なんで騙されるのか不思議なくらいだが、騙す方もプロなのだ。
以前、当ブログで近所に住んでいた詐欺師のことを書いたが、金を持っていた周辺の住民の大半がこの男の詐欺に引っ掛かっていた。突然姿を消すまでは、誰もがその男を疑っていなかった。光の部分の演出が実に巧みなのだ。
詐欺師というのは、こうして次から次とカモを見つけては金を詐取し、一生それで暮していくのである。この近所の詐欺師もそうだったが、こういう人間に限って誰からも好かれ、評判も良かったのだから困る。
世の中、騙す人間がいるから騙されるのか、騙される人間がいるから騙すのか、あるいは相互が依存しているのか、解釈が分かれるところである。

小泉純一郎や石原慎太郎を詐欺師呼ばわりする気は、毛頭ない。
ただ、現象的には似ているなと感じただけだ。
(文中敬称略)

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2008/04/20

【寄席な人々】噺家の出囃子

以前、「桂文楽に見る名人の条件」の中で書いたように、噺家にとって出囃子は大切な要素であり、これも芸のうちです。出囃子が鳴ると、お目当ての落語家が登場するのをワクワクして待つ瞬間、これも寄席の楽しみの一つです。
好みの問題と言われりゃそれまでですが、やはり「鳩ぽっぽ」や「ディビークロケット」じゃあ、雰囲気が出ませんやね。それに名人には絶対になれないですよ。
そこで(「どこだ」と探さないように)、今回は当ブログによく登場する噺家たちの出囃子を集めて見ました。(カッコ)の数字は何代目かを示しており、現役の人と一代限りの人は表示していません。
眺めているだけで、これはこれで楽しいものです。
もし誤りがあったら、是非ご指摘ください。

    芸    名   出  囃  子
 桂歌丸  大漁節
   三遊亭円歌(2)  踊り地
   三遊亭圓生(6)  正札付
   三遊亭圓楽  元禄花見踊り
 三笑亭可楽(8)  勧進帳
   古今亭菊之丞  元禄花見踊り
   柳家喜多八  梅の栄
   柳家喬太郎  まかしょ
   三遊亭金馬(3)  本調子カッコ
     春風亭小朝  さわぎ
   柳家小さん(5)  序の舞
   柳家小三治  二上りカッコ
   三遊亭小遊三  ボタンとリボン
   柳家権太楼  金毘羅船
 柳家さん喬  鞍馬獅子
   柳家三三  娘道成寺
   桂三枝  軒すだれ
   桂枝雀  昼まま
   立川志の輔  梅は咲いたか
   林家正蔵(8)  あやめ浴衣
   春風亭昇太  ディビークロケット
   立川志らく  鳩ぽっぽ
   古今亭志ん生(5)  一丁入り
   古今亭志ん朝(3)  老松
   入船亭扇橋  俄獅子
 立川談志  木賊刈り
   立川談春  鞍馬
 金原亭馬生(10)  鞍馬
   桂文珍  円馬ばやし
   桂文楽(8)  野崎
   桂米朝  三下りカッコ
 三遊亭遊雀  粟餅
 滝川鯉昇  鯉のぼり
   春風亭柳好(3)  梅は咲いたか
   春風亭柳朝(5)  さつまさ

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2008/04/19

不可解な善光寺の対応

Zenkouji北京五輪聖火リレーの国内唯一の開催地、長野市で26日に行われる聖火リレーで、善光寺が出発地の返上を聖火リレー市実行委員会に申し入れた。
会見の席上、若麻績(わかおみ)信昭・寺務総長は「私たちは北京五輪開催を支持しないわけではない。五輪は開いてほしい」と語った。
善光寺が北京オリンピックに反対なので、聖火リレーに協力しないというなら、筋は通る。しかし支持はするが出発地を返上するというのは、理屈が通らないではないのか。

善光寺側は今回の措置について、チベットの人権問題をあげているが、これもおかしい。中国政府によるチベット弾圧は半世紀以上に及んでいる。私がこの事実を知って、あまりの酷さに衝撃を受けたのは、1950年代だ。
もし善光寺が、同じ仏教徒として黙って見過ごせないというなら、なぜもっと早く声を上げなかったのか。
そもそも最初から聖火リレーの出発地など、引き受けねば良かったのだ。

理由の一つとして、抗議行動により国宝や参拝者の安全が脅かされるというのも妙な話だ。これではまるで、チベット人やその支援者を暴徒扱いしているようなものだ。
チベットの弾圧に対して抗議するデモンストレーションを行うことは、当然の権利だ。
しかしチベット支援を口実にして、聖火ランナーに襲いかかり、火を消そうとする人間の多くはいわゆるプロで、派手なパフォーマンスによる売名行為が目的である。こいう連中は断固排除するしかない。
それとも、日本の警備力を信頼できないのだろうか。

東京都の石原知事は、この件で善光寺の対応を評価していたが、その一方今年1月の都議会では、「友好都市である北京の五輪成功を祈る」と、北京五輪を支持する発言をしていた。
相も変らぬ「口先だけ男」ぶりである。

話は変わるが。
東京墨田区のコンビニ「セブンイレブン」の店長が、万引き犯の顔を殴り、持っていた現金を取ったとして、強盗致傷の疑いで逮捕されたが、実に気の毒だ。
悪事をとめようとすれば、相手に多少実力を行使せざるを得ない。本当は「民間逮捕」で表彰しても良いのではなかろうか。少なくとも「強盗」という罪名はひどい。
こういう事をしているから、誰もが「見て見ぬふり」になってしまう。

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2008/04/18

祝!三遊亭遊雀「花形演芸大賞」受賞!

この程、平成19年度(2007年度)国立演芸場・花形演芸大賞の発表があり、授賞者は次の通り。

[大賞]三遊亭遊雀(落語)
[金賞]古今亭菊之丞(落語)
   カンカラ(コント)
   林家たい平(落語)
[銀賞]桃月庵白酒(落語)
   翁家和助(曲芸)
   春風亭一之輔(落語)

Yuujaku先ずは、三遊亭遊雀の大賞受賞に祝意を送りたい。
私が一番思い出に残っているのは、平成17年度の表彰式で、大賞を柳家喬太郎にさらわれ、実に口惜しそうな表情を浮かべていたことだ。本人は相当に自信があったと見えるし、この人は見かけより負けず嫌いな人だなと思った。
その後間もなく、当時の師匠・柳家権太楼と行き違いがあって破門。およそ1年のブランクの後、落語芸術協会に移籍し、三遊亭小遊三門下となり、平成18年に最下位の真打としてカムバックを果たした。ブランクが無ければ、とっくに大賞を得ていたと思われる。
近頃、高座に上がるなりいきなりハイテンションで喋り出す噺家が多い中で、古典一筋の落ちついた高座を見せる本格派である。少し顔を斜っかいにして見上げる目に愛嬌がある。
最近の高座では、国立で演じた「お神酒徳利」が印象に残っている。

金賞の古今亭菊之丞も順当な受賞だろう。高座が華やかで、女形に色気がある。
カンカラは、チャンバラ・トリオ風の芸風を定着させて、成功したのではなかろうか。
林家たい平は、林家一門で最も期待される落語家だ。平成12年に喬太郎と同時に真打に昇進、披露公演を観たときはこの二人が将来の落語界を背負っていくのだなと感じた。しかしその後の足取りは、喬太郎に比べやや足踏み状態だと感じている。
今回の授賞を機に、一段の飛躍を期待したい。

銀賞の桃月庵白酒、真打披露公演の感想で、将来生き残っていくのは大変だろうなどと、失礼なことを書いてしまったが、今では自分の位置を確保しつつある。
春風亭一之輔は受賞者の中で唯一の二ツ目、こちらも古典一筋の本格派だ。

なお、表彰式と公演は6月21日(土)13時より、国立演芸場で行われる。

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2008/04/17

「児童ポルノ改正案」には反対だ

自民と公明両党は4月9日、児童ポルノ禁止法の改正案を検討する与党プロジェクトチーム(PT)を新設する方針を決めた。予てから両党が主張してきた、児童ポルノの単純所持を禁止する内容をおりこんだ、児童ポルノ法改正案の国会提出をにらんだ動きだ。

児童ポルノを規制するという一見誰もが反対できない主旨の法案だが、中味はとても危険な内容を含んでいる。
現在の児童ポルノ法はどうなっているかだが、主な処罰に該当する行為は次の通り。
・児童(18歳未満)を買春すること
・児童買春を周旋・勧誘すること(業として行うことを含む)
・児童ポルノを頒布、販売、製造等すること
・児童買春等の目的で児童を売買すること

今回の改正案では、「単純所持」、つまり児童ポルノをただ持っているだけでも、処罰の対象にしようという法案だ。
持っている人間が悪いのだから、処罰してもいいんじゃないかとお考えの向きもあるだろうが、事はそう簡単ではない。
所持には
・自発的所持(自分の意思で持っている)
・受動的所持(意思に関係なく結果として持っている)
の二つがあるが、改正案ではいずれも場合も処罰されることになる。

「自発的所持」と一口に言っても、児童ポルノの画像や映像を購入したという場合ならともかく、例えば自分の子供が赤ん坊の時に撮った裸の写真を持っている家庭も多いが、これも立派な犯罪になる。自分の赤ん坊の時の写真でも、裸で写っていれば、これも違法。そんなバカなと言うなかれ。この法律が既に存在しているアメリカでは、自分の子供が入浴した時の写真を現像に出しただけで、逮捕されるという事件も起きている。

「受動的所持」はもっと問題が大きい。パソコンでネットサーフィンしていて、たまたま児童ポルノがある画面に行き当たったりすれば、キャッシュや履歴としてハードディスクに残ってしまう。これも所持になる。
送られてきたメールに児童ポルノの画像が添付されていれば、受信した瞬間に「所持」ということになる。郵便物も同様で、自宅のポストに配られた段階で、これも処罰の対象となる。
誰かが悪意をもって、あなたのバッグの中に児童ポルノを入れとしても、これも「所持」。

民間団体で児童ポルノ規制を推進している日本ユニセフ協会は、児童ポルノに関する写真、動画、漫画、アニメーションなどを製造、譲渡、貸与、広告宣伝する行為を全て規制するよう求めている。驚くことに、アノ統一教会も、同じような主張をしている。
漫画やCGなどでは、実在の被写体が存在しないのだから、18歳未満だか以上だかは見る人の主観の問題になる。ルパン3世のフジコはセーフだが、キューティーハニーはアウトかというような議論になる。
それにしても、反社会的行為を繰り返している統一教会が、法制化を求めるなんざあ不届き千万、市中引き回しの上・・・、と言いたくなる。

今回の改正案が法制化されれば、日本人全員がいつでも処罰の対象になりかねない。
いや、法律の主旨からいってそこまではしないだろうと思ったら、大違い。法律は一度成立すれば、条文が一人歩きする。
「一利」はあるにしても「百害」の危険性が極めて高い改正案、今から反対の声を上げる必要があるだろう。

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2008/04/16

アスベスト被害と自動車産業

アスベストによる中皮腫や肺がんの発生について、主に石綿を原料としていた建材企業やその周辺、家屋の解体作業に伴う石綿の飛散などが発生源として採りあげられている。兵庫県尼崎市のクボタの旧神崎工場の元従業員の妻が、夫の作業服に付着したアスベストの吸引が原因で、肺がんで死亡したと認定されたのは、記憶に新しい。これが事実なら、石綿関連工場で仕事をしていた従業員の家族全てが、アスベスト被害にあう可能性が高いということになる。

アスベストによる健康被害について、なぜかあまり注目を浴びていない産業に自動車産業がある。自動車では、つい最近までブレーキパッドやライニングに石綿を使用してきた。現に大手ブレーキメーカーの曙ブレーキ工業で、アスベスト疾患による死亡者が公表されている。
自動車のブレーキでは、耐熱性樹脂とアスベストの複合体が使われていた。ブレーキを踏むごとに、この複合体の粉塵が撒き散らされていたわけで、空気中を浮遊したアスベストを含む粉塵を、大多数の国民は日常的に吸引していたわけだ。
東京都大田区内の環境測定で、幹線道路の周辺で石綿の粉塵濃度が高いと報告されているのは、このためだ。

しかし、自動車による不特定多数の人へのアスベスト被害は、殆んど問題とされていない。
その理由として、次の点があげられている。
①ブレーキでは、アスベストの周辺を耐熱樹脂がとりまいているため、アスベストが露出しない。
②中皮腫や肺がんが発生するのは、アスベストが繊維状であるからで、ブレーキから出る粉塵は粉状なので、健康被害の発生原因とならない。

本当にそうだろうか。ブレーキをかけた時に材料にせん断力が働き、材料が破壊する。複合体では、最も弱い部分が、優先的に破壊を受けることになる。
石綿/耐熱樹脂の複合体を考えると、一番弱いのは石綿単体であり、次に石綿と樹脂の界面、最後に樹脂単体の順で、恐らくその順位で破壊が起きると想定される。
そうなると、浮遊粉塵の表面の大部分は石綿が露出しているであろうし、超微粉であれば容易に人間の肺に吸い込まれる。
繊維状だから有害、粉状なら無害というのは、なぜアスベストが中皮腫や肺がんを引き起すのか、決定的なメカニズムの解明がなされていない以上、根拠が無い。

してみると、自動車産業が外されているのは、政治的発言力が強いからではなかろうか。

もう一つ、大きな問題がある。
アスベストが使われ始めたのは1879年である。しかしアスベストの健康被害がこれほどまでに明らかになったのは、およそ100年経ってからだ。
現在、石綿に替わる材料が開発され実用化されているが、これらの代替品が健康被害を引き起さないという何の保証もない。
石綿と同じ性能を持つ材料であるからには、同じような被害を及ぼす危険性は常にあるわけで、今後この点についても注視しなければならない。

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2008/04/15

「入学式に出席できず」は親の責任

千葉県立八千代西高校が、入学金を納めなかった新入生2人を、入学式に出席させなかったことが問題となっていて、各マスメディアもこれをニュースとして伝えている。
入学金を納めなければ入学手続きができず、従って入学式に出席できなのは当たり前のことであり、何でこれが問題視されるのか理解に苦しむ。
事前に行った入学説明会でも、同校は入学金5650円や授業料、教材費などで合計9万円を入学時に納めるよう求めたが、同時に、
・持参するお金は一部でもいい
・分納もできる
・経済的な心配があれば事前に相談してほしい
と保護者に伝えている。
それを事前に相談もなく期日に支払っていないとすれば、責任は保護者側にある。結局、式の終了後に保護者から支払いがあり、2人の生徒は入学を許可され、全ては丸く収まった。いずれにしろ、学校側には落ち度がない。
マスコミがこの件を報道する意図が分らない

話は変わるが。
最近とみに病院の医療費、学校の教材費や給食費などを支払わず、あるいは踏み倒す不心得者が跡を絶たないのは、実に嘆かわしい風潮である。
その言い訳として使われているのが、「払えない」という理由だ。
勿論、様々な事情で経済的に困窮し払えない方もおられることは承知している。そういう方々に対しては、種々の減免措置が講じられている。
しかし実際には、「払えない」のではなく「払わない」というのが大半ではなかろうか。

「払えない」という人に訊いてみたい。スーパーで買い物をして、「いま金が無い」と言って店を出るのだろうか。食堂で飯を食った後に、「今日は払えない」と言い張るのだろうか。言わないでしょうね。
そんな事をすれば、直ちに警察に突き出される。だから払う。
税金は滞納すれば、最終的には差し押さえされる。だから払う。
医療費や教育費を踏み倒しても、警察に突き出されることも、差し押さえされることも無い。だから「払わない」。
私には、相手の弱みに付け込んだ卑劣な行為としか見えない。

救急で担ぎ込まれて、治療が終わると姿を消す患者。入院していて回復する頃を見計らってドロンする患者。このような人間が実はとても多い。この結果、病院が経営難に陥ったり、止むを得ず救急指定を返上したりする事態も生じている。
日本の医療制度を守るためには、こうした不心得な人間を出さぬような知恵が必要かも知れない。

こうした問題を永く放置しておくと、社会全体がモラルハザードを引き起しかねない。
当ブログでは常々、政府による弱者切捨て、貧富の格差拡大政策を批判してきた。
それと、社会的費用を支払わない事とは、全く別の問題だ。
私の周囲を見ても、貧乏人ほど律儀であり、金持ちほど金に汚い。世の中、そういうものだ。

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2008/04/14

やっぱり「早死医療制度」だ

自宅近くに良心的な診療を行っている病院があり、そこの院長をしていた方が「高齢者にこそ最高の医療を提供すべきというのが私の信念です」と言っておられて、感激したことがあります。しかし今回の後期高齢者医療制度が導入されてからは、二度とこういう医師は現れないでしょうし、もしそんな信念を持っていたら病院は直ちに潰れます。
新しい制度では75歳以上の人に限って、従来とは異なったシステムを導入しています。
一つは診療報酬の「包括払い」
二つ目は「主病ルール」
です。

先ず「包括払い」あるいは「包括医療」とは、どういうものなのでしょうか。簡単にいえば、診療に要する費用を一定額に定めるというシステムです。
定額制度になるとどうなるでしょうか。診療報酬は一定金額に抑えられるため、病院としては何をやっても収入は一緒ということになります。先の院長のように、親切な医療を行おうとすれば赤字になり、沢山の慢性疾患を抱えた患者は病院から敬遠されるようになるでしょう。
新制度では、「検査」「画像診断」「処置」「医学監理など」の合計が月額で6000円と定められています。今回だけを見ればそう大きな影響は受けないと思われるかもしれませんが、いったんこうした制度が作られると、範囲や金額はいつでも変えられます。

では、定額を超えてもなお医療が必要となると、患者はどうするでしょうか。止むを得ず「自費」で支払うようにするしかありません。これこそが厚労省の最大の狙いなのです。
最低の医療は健保で診るが、あるレベル以上の医療は患者が自分の金で診て貰えという、いわゆる「混合診療」制度に道を開くものです。
この結果、お金の有無で健康や生命が左右されるようなことになり、日本の医療制度の根本が崩壊につながる危険性があります。

もう一つの「主病ルール」とはどんな制度でしょうか。複数疾患の中から一つだけの