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2008/09/30

阪神タイガースの優勝を信ず

Photo「いよいよ今日からプロ野球のセ・リーグが開幕する。今年の阪神タイガースだが、評論家などの下馬評では3位との予想が大勢を占めている。この予想は恐らく外れて、今年こそ優勝だろう。」
セ・リーグ開幕日に当ブログの記事で、こう今季の阪神の優勝を予測していた。そういうとお前はトラキチだからと思われるだろうが、シーズン前から優勝を断言したのは今年が始めてだ。それだけ確信があったからだ。

一番の理由は、金本、下柳、矢野の熟年トリオが、しっかりとチームの屋台骨を背負ってくれるだろうという期待からだった。裏返して言えば、彼らが揃ってフルシーズン活躍できる最後の年になるとの危惧でもある。
バッテリーと4番打者、それに抑えがしっかりしていることは、チームが優勝できる最大の要因だ。それに昨年のチーム力からマイナスになることは何も無く、FAで新井を獲得したことは明らかなプラス効果を生むと判断した。

大半の外国人選手が期待はずれだったことや、今岡や林といった中軸が、怪我や不振で一軍を外れたという読み違いもあったが、阪神はシーズン開始とともに快進撃を続け、一時はブッチ切りの首位を独走していた。
変調をきたしたのは北京オリンピックで、主力の藤川、新井、矢野がチームを抜けた時期からだ。投・打・守の要がいっぺんに抜けた穴は、チームにとってあまりに大きかった。勢いがそがれ、成績が急降下して、遂に調子を上げてきた巨人に追いつかれてしまった。
それでも競り合った試合に勝ち星を上げてきたのは大きい。抑えの藤川が8勝を上げていることが、それを如実に示している。

ここに来て新井が怪我から復帰し、今岡も戻ってきてようやく戦力が整ってきた。ジャイアンツとのデードヒートはシーズン最終盤まで続くだろうが、最後に笑うのはタイガースだ。
ここのところ出来過ぎだった巨人はこれから下降線をたどるだろうし、逆に調子が上がり始めた阪神がクライマックスシリーズも制し、久々の日本一に向かって前進してくれると確信している。

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2008/09/29

品格に欠ける麻生総理の所信表明

本日の衆院本会議で、麻生首相による初めての所信表明演説が行われた。一通り聞き終わった感想だが、一言でいえば極めて品格に欠ける、恐らく歴代内閣総理大臣の中でも最も品位の低い演説であったという印象を受けた。
国会での所信表明演説とは、行政の長である総理大臣が、立法府である国会に対して自己の信ずるところを述べるものだ。
今日の麻生総理の演説では、課題毎に民主党の見解をただしていたが、そういう姿勢は麻生氏の首相としての自信のなさを披瀝するものだ。
野党がどういう主張を持っていようと、どんな異見を唱えようと、自分が正しいと思ったことを述べればそれで良い。それを一つ一つ特定の野党にお伺いを立てるような態度では、行政の最高責任者として鼎の軽重を問われる。

もう一つ、麻生という人は世の中のルールを良く理解していないのではなかろうか。
総理大臣は国会の議決によって選ばれるもので、立法府に対しては基本的にニュートラルでなくてはならない。指名選挙で自分に投票しなかった個々の政党に対して、所信表明に中で一方的に非難を浴びせることは許されない筈だ。
どうも麻生総理は、所信表明と代表質問や質疑、審議と混同しているのではなかろうか。
壇上での彼の姿は、その貧相さと相俟って卑屈にさえ映っていた。

弱い犬ほどよく吠える、今日の演説を聞いてそんな感じを抱いた。
一国の総理たるもの、もっと威風堂々とした態度を見せて欲しいものだ。

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2008/09/28

中山発言と犯罪者心理

戦後NHKの人気ラジオ番組に「日曜娯楽版」というのがあり、こんなコントが放送されていた。
―男「大臣!また列車妨害です」。―大臣「共産党の仕業だな」。
―男「大臣!台風が来るんだそうです」。―大臣「う~ん、共産党め」。
昭和20年代、悪いことは全て共産党のせいにされたのを諷刺したものだ。
国土交通大臣(国交相)を辞任した中山成彬氏の発言を聞いて、ふと当時のコントを思い出した。

中山成彬氏によれば、親殺しや子殺しなど世の中の悪いことは全て日教組のせいであり、だから解体し、ぶっ壊すことに自分は火の玉となると発言している。
先日の「日教組の強いところは学力が低い」との発言に対しては、「撤回してない。調べてもらえば分かる。調べてもらいたい。」と答えている。
自分が断言しておいて、他人に調べて貰いたいはないだろう。公言した以上は、先ず中山氏本人に証明責任があるのだ。
何の根拠も示すことなく、とにかく日教組が悪いと呪文のように繰り返すなら、正常な神経とは言えまい。

凶悪犯罪をおこなった人間の犯行動機あるいは理由としてしばしば語られるのは、自分がこうなったのは全て「アイツのせい」であり、「アイツ」さえいなくなれば事態が好転すると思い込むという傾向だ。
その「アイツ」というのが時に家族だったり友人だったり仲間だったり、場合によっては世の中全体だったりする。
自分が置かれている状況やそこに至った原因への分析も無く、いきなり「アイツが悪いから」と妄想し、その「アイツ」を世の中から抹殺しようとする。思い込みと被害妄想の世界である。
なかなか常人には理解し難い心理ではある。

自分にとって不都合なもの、目障りなものを抹殺するという心理、これが個人のレベルであれば犯罪に結びつくのだが、権力者となるとそれにとどまらない。
ユダヤ人を抹殺したヒットラー、政敵を抹殺したスターリン、今ならさしずめ北朝鮮の金正日あたりが該当するのだろう。
この手の人物が国家権力を握るとどうなるか、想像すると恐ろしくなる。

「空があんなに青いのも 電信柱が高いのも 郵便ポストが赤いのも みんなあたしが悪いのよ」。
むしろ中山成彬氏には、こうした心境になって欲しいものだ。

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2008/09/27

【中山成彬国交相】「ガン」はアナタ

中山成彬国土交通相は27日午後に行われた自民党宮崎県連の会合で、「日教組を解体しないといかんと思っている。ぶっ壊す運動をしたい」と発言しました。小泉純一郎は「自民党をぶっ壊す」、小池百合子は「霞ヶ関をぶっ壊す」、そして中山成彬は「日教組をぶっ壊す」、近頃の自民党のセンセイ方は「ぶっ壊す」ことが大好きなんですかね。「破壊活動防止法」に違反しないのかしらん。

その後報道陣に対して次のように語っています。
辞任を求める声が与野党から出ていることについては、「国会審議に影響があれば、きゅうきゅうとしているわけではないが、教育改革、地方の高速道路とかをやりたいなという思いがある。しがみつくつもりはないが、見守りたい」。
発言に対する世論の反応については「わたしの失言というか、舌足らずというか、言葉狩りに合わないように気を付けんといかん」。
「日教組が強いところは学力が低い」との発言について「撤回はしない。わたしは日本の教育のガンは日教組だと思っている。ぶっ壊すために火の玉になる」。 

自らの発言についての批判に対しては、「言葉狩りにあった」と考えているようです。中山成彬の辞書には反省という言葉は無いんですね。謝罪は形だけで、本音は別だということです。
やりたい事に「教育改革」をあげているのもこの人らしいですが、「地方の高速道路」を真っ先にあげているのは、どうかと思います。国土交通省という役所、先にもっとやるべき課題が沢山あるんじゃないでしょうか。

日教組に関する発言については撤回しないと言ってますから、日教組の強い所では学力が低いという自説を検証するために全国学力テストを行ったというのは、中山大臣の真意です。
60億円以上の費用をかけ、何より実験道具に使われた全国の児童に対して、この人は何も感じないのでしょうか。
下の図に見られる通り、中山成彬の主張には根拠がありません。(“Asahi.com”より引用)。文科省の職員もそうした事実は確認されていないと答えています。そうなるともう、妄想でしかないわけです。
Photo

今時、企業の経営者で、自社の組合をガンだのぶっ壊すだのと公言する人はいない。
中山成彬という人、数々の妄言はともかく、その発想が近代国家の政治家として相応しくないと言わざるを得ません。

中山センセイ、日教組より前に、麻生政権をぶっ壊すことになりそうです。

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2008/09/26

【中山成彬国交相】アタマが悪いのはどっち?

Nakayama_nariaki人間というのは悲しい生き物で、嬉しい時や得意絶頂の時についつい言ってはいけない本音をもらしたりするものだ。指摘された後から、何であんなこと言っちゃったんだろうと反省するが、もう遅い。言葉というのは一度口の外へ出たら決して戻らないのだ。
誰しも一度や二度身に覚えがあるだろうが、夫婦間なら時に離婚の原因にもなるし、公人であれば命取りになる。

中山成彬国土交通相が9月25日、報道各社のインタビューで、やれ成田空港への反対はごね得だとか、日本は単一民族だとか、普段から思っていることをベラベラと喋ったとのこと。
よせば良いのに大分県教委の教員採用汚職事件にも触れて、「県の教育委員会の体たらくは日教組。日教組の子供は成績が悪くても先生になる。だから大分県の学力は低い」などと発言した。
アアそうなんですか、大分県人というのは頭が悪いんですか。でも宮崎県選出の中山成彬センセイ、そんなに隣の県の悪口を公の場で言って良いんですかね。
やっぱり普段から思ってるんだろうな。

私が最も問題だと思っているのは、次の発言です。
「私が学力テストを提唱したのは、日教組の強いところは学力が低いんじゃないかと思ったから。現にそうだ。だから、学力テストを実施する役目は終わった」と語りました。
この発言を整理すると、次のようになります。
①学力テストの目的は、日教組が強いと学力は低くなることを確かめるために行った。
②その結果、予想通りの結論が得られた。
③従って学力テストの役割は終った。

2004年の文部科学相であった中山成彬は、当時次のように学力テストの必要性を説いていました。
「子どものころから競い合い、お互いに切磋琢磨する意識を涵養する。全国学力テストを実施する」。
こう主張して、その後全国で学力テストが行われたのです。
あれは嘘だったんですね。
中山成彬は、自らの仮説を立証するために66億円もの税金を使って、全国の児童にテストをやらせていたわけだ。
教育の私物化であり、義務教育を冒涜するものです。

それで分かったことが一つあります。
学力テストの結果で、予算の配分を行うという議論が行われていますが、こういう事だったんですね。
①成績の悪い学校は日教組が強いからだ。
②だから予算を減らして嫌がらせをする。
文教族の考えることとは、この程度ですかね。

中山成彬国交相、今すぐに66億円を国庫に返してください。
あなたの趣味で税金を使ったことを「自供」したのだから、返金するのは当然です。
そして直ちに大臣を辞めなさい。

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研精会OB連昔若庵「さよなら稲葉さん公演」

Ichiba_2若手落語家の育成の場「研精会」を主宰して30年、その稲葉守治さんの生前葬の落語会が9月25日、なかのZERO小ホールで行われた。二ツ目の若手を育てるというのは実は大変なことで、30年もの間続けてこられたのには頭が下がる。現在の落語ブームもこういう方の努力が実ったものだ。
当日は現役2名、OB3名の実力派を揃えた。

・春風亭一之輔「初天神」
いま最も期待の高い二ツ目で、古典を新しい感覚で演じてくれる。独自のギャグを入れて面白く聴かせてくれた。チョットした工夫で古典が新鮮に感じられる。変に器用にならずに、大成して欲しいものだ。
・柳家三之助「片棒」
こちらは対照的に正攻法で演じる。私の好みとしては、若い内はあまり受けを狙わず、基本をしっかりと身に付けることが大事だと思っているので、こういう高座には好意的だ。
ただ三之助はトチリが多いのが気になった。多分10回以上トチッていたと思われるが、少々聞き苦しい。それとこのネタ、もう少し囃子の口真似を練習して欲しい。
・柳家喜多八「盃の殿様」
「盃の殿様」のストーリーは、吉原お花魁にすっかり入れあげた殿様が、参勤交代で国許に帰るが花魁が忘れられない。そこで俊足の足軽に命じて盃を運ばせ、国許~吉原の三千里の道を通して盃のやり取りをしようとするのだが・・・。
と、まあ実に他愛ない噺だが、途中国許(今回は九州)から江戸の吉原までの「道中づくし」が聞かせ所。喜多八の口調は歯切れ良くとはいかなかったが、言いたてをトントントンと披露して拍手を浴びていた。

~仲入り~
・柳家三三「加賀の千代」
「加賀の千代」のストーリーだが、歳の瀬になって金の算段がつかず、しっかり者の女房がうっかり者の亭主に、隠居の所へ行って金を借りてくるように命じる。その際に、加賀の千代の俳句「朝顔に釣瓶(つるべ)取られてもらい水」を亭主に教えるのだが・・・。
どうもこの加賀の千代のエピソードが唐突で、あまり良く出来たネタではない。そのためか、かつて三代目桂三木助が高座にかけていた程度で、最近では演じ手が少ない。
三三の演じる亭主のキャラが良く出来ていて、これは三木助より上ではなかろうか。軽いネタではあるが、三三の力量を示していた。
「かっぽれ」の踊りのサービスが付く。
・柳亭市馬「小言幸兵衛」
このネタは三遊亭圓生の極め付けであるため、誰が演じても圓生と比較されてしまう損な噺である。特に心中の芝居の場面が、舞台が眼に見えるように演じなければならない。それと浄瑠璃を一節唸るのだが、子どものころ義太夫語りだった圓生にはとても敵わない。
柳亭市馬の「小言幸兵衛」は圓生の演出を忠実になぞっていて、毎度楽しませてくれる。
ただこの日の市馬はやや集中力に欠け、大家が仕立て屋の息子の器量をたずねる所を飛ばしてしまった。市馬の高座としては、今ひとつだった。

生前葬を行うと長生きするそうで、稲葉さんの益々のご活躍を祈念します。

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2008/09/25

トン・コープマン「パイプオルガン・リサイタル」@東京オペラシティ

Koopman「トン・コープマン」といえば知る人ぞ知る、知らない人は知らない、古楽器演奏の「ドン」。オルガンやチェンバロの演奏家としても第一人者だが、クラシック音楽ファンにとっては、アムステルダム・バロック管絃楽団の設立者であり指揮者である方が、お馴染みだろう。
そのコープマンの「パイプオルガン・リサイタル」が、9月24日東京オペラシティコンサートホールで行われた。出かけた動機は、一度聴いて見たかったという単純なもの。パイプオルガンというのはよくコンサートホールや教会に据えられていて、1,2度演奏をチラリと聴いたことはあるが、本格的なコンサートは初体験だ。

当日の演奏プログラムを下に書いた。なに、知ってる曲が無いって? そうでしょう、私も知らないもの。ブクステフーデとかクープランという作曲家の名前、初めて目にした。バッハなら私でも知ってますよ。
[プログラム]
ブクステフーデ:前奏曲とシャコンヌ ハ長調
  “来たれ精霊、主なる神”
  パッサカリア ニ短調
   “ああ主よ、あわれなる罪人のわれを罰したもうな”
   “暁の星のいと美しきかな“
  前奏曲とフーガニ短調
  “わが魂よ、今ぞ主をたたえよ
クープラン:2つのミサ曲よりなるオルガン小品集
J.Sバッハ:幻想曲 ト長調
   “おお、愛する魂よ、汝を飾れ”
  “バビロンの川のほとりで”
  小フーガ ト短調
  パッサカリアとフーガ
[アンコール]
JSバッハ:“われ汝に呼ばわる、主イエスキリストよ”
スカルラッティ:ソナタ ト短調

会場入り口でパンフレットが配られ、当日のプログラムと演奏家と曲目の簡単な紹介が載っていた。これは大変良いことだ。他のコンサートや芝居でも是非見習って欲しい。
ただ中味の文章が、私らシロウトには難解なのが欠点だ。
例えば「受難のコラールによるコラール前奏曲。定旋律は、冒頭以外は変奏ないしは装飾して現れる。」という文章、ウーン、サッパリ分からん。こういうのが理解できない人は、こういうコンサートに来てはいけないのかも知れないが。
ブクステフーデという人はバッハより50年程前に活躍したドイツのオルガニストで、バッハに多大な影響を与えた人物だということだけは分かった。

演奏会の感想だが、先ずパイプオルガンという楽器は実に多彩な音色を出すんだなと感心した。金管楽器の音から角笛や竹笛に似た音まで、さすが楽器の女王とか王とか呼ばれるわけだ。
前半のブクステフーデやクープランの曲は全体に単調で、聴いていて正直退屈した。
しかし後半のバッハの曲になると俄然違ってくる。曲の中に物語性を感じる。演奏しているコープマンの背中が前後左右に激しく揺られ、聴いているこちらの脈拍も少し早くなってきた。音楽的にうまく説明ができないけど、バッハって偉大なんだなと再認識させられた。
コープマンの演奏は初めて聴いたわけだが、抑制的な部分と情熱的な部分のバランスが巧みだなという印象を受けた。
初心者としては、バッハの曲を主体にプログラムを組んで欲しかったと思う。

コープマンは来年3月、アムステルダム・バロック管弦楽団を率いて来日、演奏会を行う予定。

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2008/09/24

【福岡小1殺害】この子を殺したのは誰?

Tomiishi_kaoru福岡市西区の小戸(おど)公園で、市立内浜小1年、富石弘輝(こうき)君(6)が殺害された事件は、母親の会社員薫容疑者(35)が殺人容疑で逮捕されるという、実に後味の悪い結末をむかえた。
この事件、我が家でも当初から母親の犯行だろうと噂していたが、犯行動機が思い浮かばなかった。その時妻が、「男の子に障害があったんじゃないの」と言うので、私は「まさか」と応えていた。結果は妻の推定通りであり、女の勘の方が鋭かったということだ。

現在警察での取調べの最中であり、事件の全容は未だ明らかでないが、現在までの報道から判断すると起こるべくして起きた事件だと思われる。少なくともTVのワイドショーでコメンテーターが発言しているような、「実の我が子をなぜ」というような視点には立てない。
障害児も持っていても、立派に育てている親もいるではないか等と一般論を喋ったところで、何一つ解決されない。

先ず大きな不幸だったのは、母親に障害があったということだ。トイレの使用にも介護を要する程だったというから、特に活動の活発な男の子の世話はさぞかし大変だったと思う。
もう一つは、弘輝君に軽度の発達障害があったことだ。急に騒いだり走り出したりしたということから、恐らくは注意欠陥、多動性障害(ADHD)の傾向が認められたものと思われる。そのため小学校も特別支援学級に通っていた。
処が、特別支援学級が当初住んでいた地域の学校に無くて、内浜小に通わせるために転居せざるを得なかった。そうなると知らない土地で、悩みを打ち明ける人も近くにいなかったのだろう。

仕事を持つ親のために、放課後も子どもを見てくれる学童クラブという制度があるのだが、体調不良で休職中だとの理由から学童クラブには入れてくれなかったとの事。
しかし市の対応はあくまで口実で、本当は障害があって手が掛かるので、てい良く断られたのではないかと私は推定している。

なぜ夫にもっと相談しなかったのか等という声もあるが、これもそう簡単ではない。確かに障害児のために一生懸命手助けしてくれている父親もいる。しかし現実にはそうで無いケースだって、世の中には沢山あるのだ。
子どもに障害があるという理由で離婚する例だって多いのが現実だ。障害児が生まれたということで、夫の方の親族から冷たくされる例だって、現実には存在する。
父親としても休みの日は色々手助けできるだろうが、仕事が厳しい昨今、そう日常的に介助ができるわけではない。

出口の見えない八方ふさがりの中で、この母親が次第に追い詰められ悲観し、恐らくは精神的にも不安定な状態に陥り、犯行に及んだものだろう。
もちろん、何の罪も無い我が子を殺したというのは許されることではないし、それ自体は糾弾されて当然だ。
しかしどうだろう。こういう人たちこそ、こういう家庭にこそ社会の援助が必要であり、政治の力が必要なのではなかろうか。
福岡といえば、新首相に選出される麻生太郎を始め、錚々たる顔ぶれの政治家を出している地域である。彼らはこうした事件に直面して、自らを恥じることが無いのだろうか。

弘輝君は母親により殺害されたとしても、ここまで追い詰めたのは私たち社会では無かったのか。
こう考えると、気分が重くなるのだ。

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日本映画の秀作「おくりびと」

Motoki今年カナダで開かれたモントリオール世界映画祭でグランプリを授賞した話題の映画、「おくりびと」を観に行く。
ここ数年映画といえば年に1回くらい、それも日本映画しか観ていないのだが、その大半がその年の邦画ベスト・ワンに選ばれている。つまりハズレが無いわけだ。それならもっと沢山の映画に行けば良いのだろうが、どうも舞台や寄席のナマの魅力には勝てないのだ。

さて「おくりびと」だが、ストーリーはチェロ奏者の夢を絶たれた男(本木雅弘)が、妻(広末涼子)の美香を連れて故郷の山形に戻り、求人広告で見つけた仕事に就く。処が、その会社の仕事というのが遺体を棺に納める納棺師。社長(山崎努)の下でアシスタントとして日々納棺の作業を続ける破目になる。
友人からは蔑まれ、妻には去られ、何度か挫折しそうになるが、やがて納棺師の仕事が、誰しも避けて通れない死への旅立ちを「おくる」大事な仕事であることに気付き、人間的にも成長してゆく。

主役の本木雅弘の発案だそうだが、納棺師という聞きなれない職業にスポットを当てた着想が、先ず良い。
棺の蓋が閉って初めて人間の評価が定まると言われるが、確かに人生の最期をどう迎えるかは、その人の過去の総決算だと言えるだろう。
映画は、人の死生観が問われるような重いテーマを投げかけているにも拘らず、小山薫堂の脚本と滝田洋二郎監督の演出は、親子の情、夫婦の絆や友情などをちりばめ、泪と笑いを誘いながら、爽やかな感動を与えてくれる。
背景となる庄内平野(山形県酒田市)の自然の美しさと、久石譲の音楽がストーリーを盛り立てていた。

俳優では社長役の山崎努の演技が断然光る。亡き妻の遺影の前で食事をする時や、主人公の弾くチェロの演奏を聴くときの表情の上手さ、溜め息が出る。
本木雅弘も好演で、かなり練習を積んだのだろうが納棺の手捌きが実に鮮やか。私の時もこういう人に頼みたくなった。チェロ演奏の形も堂に入っていた。こうしたディテイルが映画の質を左右するのだ。
事務員役の余貴美子の存在感が光る。過去を持つ陰を背負った女を演じきった。
火葬場の職員を演じた笹野高史が、相変わらず渋いところを見せていた。
それと、冒頭シーンでの遺体の役を演じた白井小百合、あれだけ弄くり回されたのに微動だにしない。拍手。
広末涼子に色気が出てきたが、あの台詞回しがどうもねえ。

メッタに映画に行かない人間が言うのもナンだが、この作品も今年のベスト・ワンではなかろうか。

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2008/09/22

「太郎」さんの初ボヤキ

総裁当選おめでとうだと、ケッ、そんなもん最初から分かっとるわ。元々が、オレの相手になるような連中じゃないんだからな。病み上がりに軍事オタク、勘違い女にドラ息子じゃ、ハナから勝負にならねえ。こんな泡沫候補に勝ったって、嬉しくないっちゅうの。
一応、挙党体制だから、病み上がりとオタクは大臣にでもしてやるさ。ドラ息子は親父がヤカマシイから、適当なポストにつけてやろう。許せねえのはアノ勘違い女だ。小泉に肩入れされて舞い上がっちまって、入閣拒否だと! 誰も大臣になってくれなんて頼んでねえぞ。あんなバカだとは思わなかった。

計算違いだったのは、総裁選がサッパリ盛り上がらなかったことだな。なんだアノ汚染米騒動ってえのは。どうせ昔からやってるのに、なぜこの時期にばらすのかねぇ。ったく農水省っていうのはどうしょうもねえなあ。太田誠一がオレの時の大臣でなかったのが、せめてもの幸いか。
厚労省もそうだ。年金記録の改ざん問題なんて、選挙終わってからユックリやりゃいいじゃねぇか。こうなりゃあ、舛添に最後まで後始末させるしかないな。
ブッシュもどうしょうもねえなぁ。金融危機だって分かってるんだから、早く公的資金を注ぎ込めよ。お陰でこっちまでいい迷惑だぜ。

一番許せねえのは、福岡県警だな。何で、よりによって総裁選に日に母親を逮捕するかねえ。朝からニュースはあの報道ばっかりじゃねえか。こっちの方が霞んじまったよ、まったく。
どうしてこう揃いも揃って、気が利かないのかねえ。
これからの衆院選じゃこういう事の無いように、大島と細田に良く言っておかなくちゃあ。

なに? 今日は関東地方で大雨だって? あ、そう。
関東で良かったなぁ。
さあこれから、ユックリ漫画でも読むか。

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第315回国立名人会@国立演芸場

Shouza9月21日国立演芸場の名人会へ。
前座・春風亭昇々「雑俳」
初見だが爽やかな語り口で期待が持てる。昇太の弟子だが、大師匠・春風亭柳昇が得意としていた「雑俳」を面白く聴かせていた。近頃の新人落語家は、みな利口そうな顔つきをしている。
・三遊亭円馬「猿後家」
大店の主人だが顔が猿に似ている(麻生太郎さんみたい?)ので「猿後家」と呼ばれていて、本人の前では「さる」という言葉が禁句。近所に住む連中がおだてて小遣いをせしめようとして上手くいき、後家さんも「おまえさん本当に機転がきくわね」とご機嫌になるのだが・・・。
珍しいネタ「猿後家」を圓馬が折り目正しく演じる。いつ見ても圓馬の高座は好感が持てるのだが、面白味に欠けるのが難。
・三遊亭金時「唖の釣」
久々の金時、定席で見る機会が少なく気になっていた。語り口が明快で芸風が明るく、好きな芸人の一人だ。「唖の釣」は放送禁止用語が使われているため、近年は電波に乗らないネタとなってしまった。
とても面白かったのだが、苦言を一つ。トリで「三味線栗毛」をネタ出ししているので、障害者をテーマにしたネタがかぶさったのは感心しない。金時は別の演目を選択した方が良かったのでは。
・柳亭市馬「七段目」
こういうネタをやらせたら、いま市馬にかなう人はいないだろう。歌舞伎振りが形にはまっているし、何より口跡が良いのが一番だ。役者の物真似を織り込んで、大いに客席を湧かせていた。
歌手デビューも果たして、ますます絶好調だ。

―仲入り―
・桂平治「親子酒」
十代目の師匠・桂文治の芸風も最も忠実に引き継いでいる平治。このネタも文治の高座をなぞっていたが、キャリアからいけばもう独自の演出があって良いのではなかろうか。
この人は芸が伸び悩みではなかろうか。
・林家今丸「紙切り」
客席から「彼岸花」とリクエストがあったのに、花は写真でと「藤娘」に変えて切っていたのは感心しない。難しい注文でも会場のリクエストに応えるのが芸の力ではなかろうか。
・三笑亭笑三「三味線栗毛」
笑三は、芸術協会の高座ではなくはならない芸人だ。80歳を越えてもまだまだ元気だし、実に若い。
マクラで若い頃、林家三平の小咄のネタ作りをしていたと言っていた。月に10本もレギュラーを持っていれば、やはり作者が必要なのだろう。
「三味線栗毛」をオーソドックスに演じたが、やや平板な印象だった。
笑三の持ち味からすると、軽いネタの方が良かったのではなかろうか。

前半は熱演が続き充実していたが、仲入り後はダレ気味になったのが惜しまれる。

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2008/09/20

【「売防法」施行50周年記念】「売春」って悪いこと?

「売春防止法」が施行されたのは1958年(昭和33年、法律の公布は1956年)で、今年はちょうど50周年にあたります。今のところ、政府主催で50周年式典を行うというような計画はありません。
処で、この法律が施行されてから今日までに売春は増えたのか減ったのか、正確な統計データが無いので、この法律は効果は良く分からないわけです。
はっきりしていることは、法律で禁止しているにも拘らず半ば公然と組織的売春は行われているし、警察当局も本気で取り締まる意志は無いということ。取り締りの対象は、専ら児童買春に重点が置かれています。第一、警察官自身が売春の客になっているのですから、成人の売買春については野放しに近い。
効果も判然とせず、違法状態が放置されているような法律、一体どういう意味があるのだろうかという、素朴な疑問が湧いてきます。

結論的にいえば「売春防止法」は、法律の中に本音と建て前が同居している、だから元々が「ザル法」なんですね。
では一体「売春防止法」とはどんな法律なのか、大事なポイントをいくつか拾って検討していきます。
なお事の性格上、性的な表現が多く含まれますが、ご容赦ください。決してワタシの好みではありませんから。

(1)「売春」の定義
【第二条 この法律で「売春」とは、対償を受け、又は受ける約束で、不特定の相手方と性交することをいう。】
・「性交」を辞書で見ると、“男女が性的交わりをすること。交接。交合。房事。セックス。”とあります。
・「対償」とはどういう事でしょうか。法律的には、売春をすることに対する反対給付としての「経済的利益」であり、「報酬」や「対価」と同意義です。
「対償」の具体的な内容は、
①現金
②物品
③金銭の貸付け、返済の猶予や免除
などが含まれるとされています。

(2)「性交」に限定
例えば「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律」では、次のようになっています。
【第二条 2 この法律において「児童買春」とは、次の各号に掲げる者に対し、対償を供与し、又はその供与の約束をして、当該児童に対し、性交等(性交若しくは性交類似行為をし、又は自己の性的好奇心を満たす目的で、児童の性器等(性器、肛門又は乳首をいう。以下同じ。)を触り、若しくは児童に自己の性器等を触らせることをいう。以下同じ。)をすることをいう。】
片方は成人を対象に、もう片方は児童を対象にしているとはいえ、同じ売春(買春)という行為に対して全く異なる定義を持ってきているというのは、どうも平仄が合いません。
「売防法」は性交だけを対象にしていて、その他なら何でも許されるとしてきたことが、性産業の氾濫を招いたのでしょうか。

(3)組み合わせは「男女」に限定
売春が行われる組み合わせというのは、3通りあります。
即ち、男:女、男:男、女:女です。
このうち、「児童ポルノ法」では同性同士でも対象となりますが、「売防法」では男女の組み合わせに限定されます。同じ売春行為でも、男娼(男色の)はこの法律には抵触しないことになります。

(4)相手は「不特定」
「売防法」では、相手が不特定の場合にのみ対象となります。つまり特定の相手の場合は、この法律には抵触しません。同じ行為をしても相手が特定なら対象にならない、これ自体実に変な法律です。
更に問題となるのは、相手が「特定」だが複数の時はどうなのかということです。
複数の旦那を持ったお妾さんというのは、相手が特定だから対価を受け取っても売春にならないのだろうか。常連しか相手にしない売春婦は、対象にならないのでしょうか。会員制の場合は「特定」になるのか。
どうもこの「不特定」という規定は曲者ですね。

(5)「対償」の範囲
「対償」は大半が現金です。物品の場合は稀でしょうし、貸し付けや借金の棒引きも、実態としては金銭の支払いと同じだと言えます。
しかし「対償」=「経済的利益の供与」であるとすれば、下記のケースも本来は「対償」に含まれる筈です。
①営業活動などで「契約」や「発注」を、物品などを購入を、新規顧客の紹介をしてもらう。
②事業や商売の拡大への援助をしてもらう。
③採用、昇進、配属、転職などで便宜を図ってもらう。
④水商売などで、来店の頻度を上げて(お得意さん)もらう。「指名」を約束させる。
⑤家賃や生活費、旅行費の一部又は全部を負担してもらう。
⑥TVや映画、舞台などへの出演又はディスクや書籍の発売に便宜を図ってもらう。
⑦有益な情報を提供してもらう。
などなど、利益供与という観点から見ればクロでしょう。なぜなら、いずれも最終的には金品の供与に結びつくからです。おや、貴方は今、一瞬ドキっとしましたね。
ただ法令ではどうなっているか分かりませんが、現状では「売防法」でいう「対償」には適用されないのではないかと思われます。

(6)「対償」供与の方法
大きく2つに分かれます。
①その度毎に供与する(支払う)。一番分かり易いのはキャッシュ・オン・デリバリーで、一般的にはこれが大半を占めているでしょう。
②定期又は不定期にまとめて供与する。
本当は供与(支払い)方法は問われないでしょうが、まとめて支払うというケースだと、相手は「特定」とみなされて、「売防法」の適用を免れるのではないでしょうか。
人から聞いた話ですが、こういうケースもあります。曜日限定の2号さんで、月曜日はAが旦那、火曜日はBがという風に、月~土(日曜は休みだそうです)に6人の特定の旦那が決められている。つまりシェアリングですね。今時、東京で2号さんを抱えると年間で最低でも数百万円の経費がかかるそうですから、余程の大金持ちでないと無理です。それに毎日じゃあ、旦那の身体がもたないしね。
年間契約で、謝礼は毎月支払うというシステムだそうで、これなど実態は完全な売春であるにも拘らず、「売防法」には抵触しなそうです。

(7)「売買春」は禁止
「売防法」の解説の中には、日本では売春は禁止されていないと書かれたものがありますが、それは事実ではありません。
【第三条 何人も、売春をし、又はその相手方となつてはならない。】
売春も買春も法律で明確に禁止されています。これに反すれば違法行為です。
処がこの法律の不思議なことには、これに違反しても罰則が無いんです。禁止はされていても罰則が無いとなると、車内での携帯電話の使用と同じですかね。
一種の精神条項みたいなもので、罪には問わないが心に留めておけということでしょうか。

(8)処罰の対象
それでは処罰の対象となる行為ですが、下記の通り定められています。
・公衆の目に触れるような方法による売春の勧誘や誘引(5条)
・売春の周旋(6条)
・欺き、困惑、脅迫、暴力、親族関係を利用した影響力により売春をさせる行為(7条)、
・上記による対償の収受(8条)
・売春をさせる目的による前貸しなどの利益供与(9条)
・人に売春をさせることを内容とする契約をする行為(10条)
・売春を行う場所の提供(11条)
・業として売春させる、いわゆる管理売春(12条)
・売春の場所を提供や管理売春業に対し、資金や土地、建物を提供する行為(13条)
つまり売春を行っても、上記の行為に抵触しなければ罪に問われない。他人の力を借りずに、個人として行う売春は処罰の対象にならないということになります。C2Cの直接取引きならOKなんですね。

売春を「性交等の対価として経済的利益を得ること」と定義すれば、世の中は犯罪者だらけになってしまう。だから二重三重の制約を設けた上で「売春」を狭く定義付け、かつ売春それ自体は処罰の対象としない。「売防法」とはこういう法律です。
売春が人としての尊厳を害し、性道徳に反し、社会の善良の風俗をみだすものであるというタテマエに立ちながら、あまり厳しく取り締ると国家が個人の生活や権利を過度に制限するので、程々に、というのが「売春防止法」の精神であるように見受けます。
従って取り締りは実質的に、不法滞在の外国人に対する入管法違反、人身売買や脅迫、監禁などの売春の強制、暴力団の資金源などに関連するような場合などを対象としているのでしょう。

日本には終戦直後までは公娼制度がありましたが、1947年に「婦女に売淫をさせた者等の処罰に関する勅令」が出され廃止となります。しかし「赤線」と称された地域での売春は半ば公然と続けられていました。
1958年に施行された「売防法」により「赤線」は一掃され、そこで働いていた女性は保護され、施設に収容されて更生させられました。
ある意味、この段階で法律の使命が終わったのかも知れません。

世界中、どこへ行っても売春の無い国は存在しないでしょう。俗に「飲む、打つ、買う」と言いますが、人間の「業」みたいなもので、分かっちゃいるけどやめられない。
全てを法律で禁止し、違反した人間はどんどん牢屋に放り込む、こうすればきっと清らかな社会にはなるでしょうが、それが果たして住み良い社会かどうかは大いに疑問ではあります。

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2008/09/18

自民・公明に政党の資格なし

与謝野馨経済財政担当相は9月17日、米証券大手リーマン・ブラザーズの経営破綻に関して「日本にももちろん影響はあるが、ハチが刺した程度。」と述べ、日本経済への影響は限定的との見方を示した。しかし、アメリカ政府の連邦準備理事会(FRB)が米保険最大手アメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)の救済に乗り出しにも拘らず、かえって金融不安への恐れから再び世界同時株安の状況が生まれている。
日本経済への影響も、それでなくとも景気後退の局面だったところへ、金融不安が追い打ちをかけることになる。
ハチはハチでもスズメバチに刺されたなら、直ぐに病院に行って応急措置をせねばなるまい。

三笠フーズに端を発した汚染米・事故米の流通は、のべ375社に及んでいることが判明し、遂には自殺者まで出るという悲劇を生んだ。
しかし、これは氷山の一角だろう。なぜなら先日太田誠一農水大臣が「人体には影響ない」とハッキリ言明したが、あれは農水省として確信を持っているからだ。過去、かなり長期にわたり汚染米を流通させてきたが、特に健康問題が起きていない。既に人体実験済みなので、だからあそこまで断言できた、私はそう見ている。
今は三笠フーズだけが悪者になっているが、事実は三笠と農水省の「あうんの呼吸」だったと思われる。農水省が業者名を公表することに抵抗したのは、理由があるのだ。
太田大臣は本日開かれた委員会で、「発言が誤解を与えたなら」という条件付きで先の発言を陳謝したが、太田誠一の発言は極めて論旨明快であり、誤解の生みようがないものだ。
どうせ次期政権では再任されないのだから、そろそろ本当のことを明らかにしたらどうだろうか。

金融不安への対処にしても、国民の健康を守る問題にしても、今こそ政治の出番である。国会が閉会中であってもそれぞれの委員会を開く。それが難しければ、9月末に召集される臨時国会において、新しい内閣の下で審議を進め、早急に対応策を講じねばならない。
ところが自民・公明の両党は、新総理の所信表明演説を待って直ちに解散、総選挙を行うとの方針を固めている。とにかくボロが出ないうちに、早くやってしまおう、これしか考えていない。このままいけば10月初めに解散、10月末~11月初旬に総選挙となる公算が高い。
福田総理の辞任により、既に政治空白が生まれているが、それに輪をかけて選挙で更に空白を拡げようというのだから、呆れてモノが言えない。
自民・公明両党は与党としての責任感もなければ、国民の生活などハナから目じゃなく、自分たちの利益しか頭にないのだ。

それでなくとも自民党は、総裁選という茶番を性懲りもなく、連日行っている。重要課題を放り投げたまま、「麻生太郎とその一座」五人の大根役者による、全国ドサ回り公演に明け暮れている。
国会議員としての義務を果たせない、また果たす意志もない議員や政党など私たちには不要であり、直ちに議員は辞めて政党を解散し、議員歳費と政党助成金を国庫に返還して欲しい。
サラリーマンだって仕事をしなけりゃ首になる。
働かない議員は、辞めさせるしかなかろう。

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2008/09/16

【金正日重病説】喜ぶにはまだ早い

Kimuoku北朝鮮・金正日総書記が重病に陥っているのではないかとの観測が流され、久々の明るいニュースとして受け止めた向きも多いだろう。報道が事実としても、これが我が国の外交にとって朗報となるかどうか、予断を許さない。
金正日が万一の時、かの国の後継者は一体どうなり、国の体制がどう変わるのか、全く読めないからだ。後継問題のカギを握るとされているのが軍部、側近、家族だと言われているが、その軍部にしても一枚岩ではない。金正日がいなくなれば、軍部の中の主導権争いも起きる可能性もある。
後継者について最も大きな発言力を持っているとされるのが金玉(キム・オク)だ。米国の情報機関の一部は、金正日の健康が悪化した場合、金正日の個人秘書であると同時に事実上の夫人として実権を行使している金玉が、自身が金正日の代理人になる可能性が高いと見ている。

下品な表現を許してもらえば、金正日は金玉(キム・オク)に金玉を握られているということだ。

金正日亡き後の後継者がどうなるかだが、今の所の予想としては、
①金正日ファミリーの誰か
②No.2の金泳南のショートリリーフ
③軍の幹部
だが、軍が権力を掌握した場合一気に軍事独裁政権に進むかもしれない。
それでもスムースな政権交代が行われれば、それは未だ良い方だろう。

もう一方、後継問題の混乱から内乱や内戦状態に陥ることだ。これが最悪のシナリオとなる。大量の難民が隣国の中国やロシアに押し寄せれば、両国は自衛を口実として内乱に介入してくることも予想される。
日本も例外ではない。海を渡って大量の北朝鮮難民が上陸を迫ってくることも考えられる。人道上、ある程度の難民は受け入れざるを得ない。そうした覚悟と準備が我が国にも求められるだろう。

金正日が重病と聞いて、「シメタ」と思った方もいるだろうが、どうやら問題はそう単純ではないらしい。
以前から拉致被害者家族会やその支援者の救う会の人々が、金正日政権の打倒無くして拉致問題の解決は無いと主張していたが、果たしてそうなのだろうか。
現在の金正日政権はともかくも拉致の事実を認め、一部の人々を帰国させた。
政権交代により、そうした事実さえも否定され、拉致問題が今より更に膠着化することも十分考えられる。

既存の政権を打倒すればすべてうまく行くのかといえば、アフガニスタンやイラクの現状を見れば分かるだろう。
他国、特に隣国の政変や内乱は、必ずしも日本にとってハッピーな結果になるとは限らないのだ。

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2008/09/15

「甘粕正彦」に見るリーダーの責任の取り方

Amakasu甘粕正彦といえば、大正時代に起きたいわゆる「甘粕事件」を思い起こす人が多いと思う。現代史に必ず登場する事件である。
少し詳しい人なら彼が後に中国に渡り、満州事変で謀略工作を行うなど、満州建国の陰の立役者になったことを知っているだろう。

先ず「甘粕事件」とは一体どんな事件だったか。私が教科書で習ったころに比べ、新たな証拠や関係者の証言により、新しい事実も判明しているので、簡単に振り返ってみたい。
1923年9月1日の関東大震災の被害と混乱の真っ最中の16日、陸軍の麹町憲兵分隊長だった甘粕正隊大尉らが、アナキスト大杉栄とその愛人伊藤野枝(妻と書かれている文献もあるが誤り)、大杉の甥・橘宗一(6歳)を連行し、その日のうちに3名とも殺害された。遺体は畳表で巻かれ、井戸に投げ捨てられた。
陸軍としては闇から闇へ葬るつもりだったのだろうが、殺された橘宗一少年が米国の市民権を持っていたため、米国大使館の抗議を受けて事件が発覚してしまった。今も昔も外圧に弱いのが我が国政府の常である。

関東大震災を巡っては、他にも多数の朝鮮人や左翼の人たちが虐殺されるのだが、この事件だけは6歳の子どもが殺されたとあって、がぜん世間から非難の的となる。
この事件で甘粕大尉は大杉と伊藤二人を殺害し、宗一少年の殺害を命じた罪で、軍法会議において懲役10年の罪に処せられた。

しかしその後に発見された死因鑑定書によれば、甘粕の裁判での証言とは大きく食い違っており、また3名を殺害した実行犯に対して、甘粕が指揮命令できる立場でなかったことが明らかになった。
陸軍上層部の意向によって、甘粕一人が全ての罪を負ったというのが真相らしい。ではなぜ彼は一人で罪を被ったのだろうか。それは甘粕が、当時の国や軍の体制に従わざるを得なかったとものと推測される。
そのためか懲役10年どころか僅か3年で釈放され、その後渡仏して2年間フランスで生活するのである。勿論、資金は陸軍から支給された。テイの良い口止めだ。
以上が「甘粕事件」の概要とその結末である。

甘粕は1927年満州に渡り、翌年の満州事変で謀略工作に参加。満州国建国の際、陰の立て役者の一人と目されるようになる。満州建国後は、初代民生部警務司長、満州協和会総務部長、大東協会会長を歴任。満州の昼は関東軍が支配し、夜は甘粕が支配したと言われるほど、満州の闇の世界に君臨する。
1939年には、経営が傾いていた国策会社、満州映画協会(満映)の理事長に就任して経営を立て直し、終戦を迎える。
この間のいきさつは、最近出版された佐野眞一「甘粕正彦 乱心の曠野」に詳しい。

ここまでが前書きで、私がこのエントリーで書きたかったことはこのあとの、終戦直後の甘粕の最期の姿だ。1945年8月20日、甘粕は満映の理事長室で青酸カリをあおって自決する。
やや長くなるが、その時の甘粕の言動を同書より引用し、紹介したい。
敗戦が決まった翌日、甘粕は全従業員を講堂に集め、次のように挨拶する。
「私は元軍人でしたから武士らしく切腹すべきですが、不忠不尽の者ですから日本刀で死ぬには値しないのです。別の方法で死ぬことにしました。人間は弱いものですから死ぬ決心をしても、なかなか死ねませんが、ここで申し上げた以上必ず死にます。
今後、この会社が中国共産党のものになるにせよ、国民党のものになるにせよ、これまでここで働いていた中国人社員が中心となるべきです。そのためにも機材を大切に保管してください。皆さんのなかには前途春秋に富む方が大勢います。永く祖国のために働いていただきたい。今日まで皆さんにお世話になったことを深く厚く御礼申し上げます。」

甘粕は従業員全員に退職金が渡るように、満州興業銀行から預金600万円を引き出す手続きをとる。
関東軍と交渉して、社員とその家族が新京から脱出するための列車を確保した。
「大ばくち 身ぐるみぬいで すってんてん」。甘粕が理事長室の黒板に書いた戯れ歌であり、辞世の句でもあった。言うまでもなく、満州建国とその失敗を指している。

甘粕は自死にあたって数通の遺書を書いている。うち1通は宛名が無かった。
【理事長としての任略終われるを感じ自ら去る。民族の再起に努力せざるの卑怯を慙づるも感情の死を延すを許さざるものありて決す、然れども極めて冷静なりき、不忠不尽の者日本刀にちぬるを愧ぢ自らをやく】

経理部長に宛てた遺書は、生前全職員の退職金を銀行から引き出すのに、銀行側が渋っていたことから、こう書かれていた。
【二百万円貸してください。貸さないと化けて出ます】
経理部長に、この遺書を持って銀行総裁と掛け合うように指示している。ユーモアの中に、残されて従業員の生活を思いやる心情がこめられている。

そして最後の遺書は、青酸カリをあおってから絶命寸前に書かれたもので、走り書きでこう書かれていた。
【みなんしつかりやつてくれ 左様なら】

甘粕の陸士同期に澄田睞四郎中将がいる。澄田は終戦後も部下に武装解除命令を出さず、国民党と密約してその後3年半もの間共産党軍と戦わせ、おびただしい戦死者を出した。澄田は部下を戦場に棄民したたまま自分だけ帰国し、89歳の大往生を遂げている。
満州参スケとして満州支配に辣腕をふるった岸信介は、戦後A級戦犯として逮捕されるが、米国に取り入って起訴を免れ、その後総理になったのはご存知の通り。
その澄田睞四郎の長男・智は日銀総裁になり、岸信介の孫・安倍晋三は首相についた。
要領良く立ち回った者やそのDNAを受け継ぐ者が、戦後の日本を支配していく。

甘粕正彦の行動について決して賞賛できないし、私はむしろ批判的だ。しかし自らの責任を放り出すがごとき為政者が続く昨今、指導者の責任の取り方については考えさせられる。
一方、「悪い奴ほどよく眠る」という現実が我が国に存在するのは事実である。

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2008/09/14

青年劇場「藪の中から龍之介」@紀伊国屋サザンシアター

ボクは10-30代の頃、「閃輝暗点(せんきあんてん)」という病を持っていた。どういう症状の病気かというと、芥川龍之介の遺稿「歯車」が、次のように詳しく描写している。
「僕の視野のうちに妙なものを見つけ出した。妙なものを?——と云ふのは絶えずまはつてゐる半透明の歯車だつた。僕はかう云ふ経験を前にも何度か持ち合せてゐた。歯車は次第に数を殖(ふ)やし、半ば僕の視野を塞(ふさ)いでしまふ、が、それも長いことではない、暫らくの後には消え失(う)せる代りに今度は頭痛を感じはじめる、——それはいつも同じことだつた。」
龍之介はこの病の病名を知らず、幻聴だと思い込んで悩んでいた。自殺の動機の一つと言われている。
ボクは同病相憐れむで何となく芥川龍之介に親近感を持ち、中学生の頃には主な作品は全て読んでしまった。

9月13日、「青年劇場」の「藪の中から龍之介」という芝居に行く気になったのは、やはり龍之介がテーマであったからだ。
作=篠原久美子
上演台本・演出=原田一樹
<キャスト>
葛西和雄=武藤刑事(鬼の酋長)
北直樹=芥川龍之介(レエン・コオト君)
大月ひろ美=妻・文(ろおれんぞ)
吉村直=養父・道章(杜子春の父)
千田京子=養母・トモ(婦人)
藤井美恵子=伯母・フキ(お釈迦様)
伊藤めぐみ=森田幸子(小女房)
矢野貴大=石田平六(下人)
大木章=中田編集長(騎兵)
菅原修子=秀しげ子(沙金)
広戸聡=久板卯之助(猿)
(カッコ)内は龍之介の作品のなかの登場人物で、この名前から小説のタイトルが当てられれば、アナタは龍之介通です。

ストーリーは、1927年7月24日芥川龍之介は服毒により死亡するが、ここに彼の作品の登場人物が集まり、彼らが実在の人物に扮し、もう一度龍之介が生きてきた道を辿ろうということに決まる。
龍之介の現実の生活と、登場人物の世界が交差する中で、次第に見えてくるものはなにか・・・。

とても面白い着想だが、脚本は成功したとは言えない。主人公・芥川龍之介について、従来にない新しい解釈がなされたかというと、そういう訳でもない。
それならエンターテイメントに徹すれば良いのだろうが、そちらも中途半端な印象だ。石田平六と森田幸子の恋愛模様は余計だったし、彼らの絶叫口調はこの芝居の雰囲気を壊す。
石原敬の舞台美術は良く工夫されていた。

出演者では、葛西和雄の落ち着いた演技が光る。登場してくると舞台が締まる。
妻・文を演じた大月ひろ美に品があり、ひたむきさが伝わってきた。
主人公を演じた北直樹は、龍之介の雰囲気を醸し出していたが、着物の着付けがいつもだらしなく、あれは意図してやったものだろうか。ダンディな龍之介のことだから、来客の時はもう少し服装がきちんとしていたのではなかろうか。
矢野貴大はどう見ても農村の青年には見えない。あれでは都会の労働者だ。
龍之介に社会主義思想を教えた久板卯之助役の広戸聡には、もっと凛とした風格が欲しい。
吉村直のヒョウヒョウとした演技が、笑いを誘っていた。

公演は9月25日まで都内各地で。

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2008/09/13

「太田農相」発言は自民の本音

Ota_seiichi太田誠一農相の12日に行ったTV番組収録での汚染米に関する発言要旨は次の通りです。少々長くなりますが、ガマンして読んでください。

「中国ギョーザから連想されるわけですけれども、問題になっている(汚染米)は、農薬が基準値を超えているコメと、積み上げているうちにカビが生えた分の2つです。それに対する有毒性というものを検証しているけど、そもそも焼酎というのは蒸留をする過程で有害なものが分かれていくから、ほとんどないと。最初からそういうふうに聞いている。有毒性がほとんどないと。しかも今分かっているところでは、中国ギョーザの場合の濃度に比べて60万分の1。低濃度であると。だからですね、人体に影響はないということは自信をもって申し上げられるわけです。だから、あんまりじたばた騒いでないわけ。だけどそのことを私が言うと、逆に何か、あれだろうと。いいかげんに問題を扱っているんだろうと言われそうだから、あんまり安全だ安全だと言わない。言わないんだけど安全なんですよね。60万分の1なんだから。だから公表するのが遅いとか、何とか言うんだけども、よく考えてもらいたいのは、もし公表をしてですよ、中途半端な、あるいは不確かな時に公表をしてですね、それによって会社がつぶれちゃったという時にですね、じゃあ誰が責任取るのかと。訴訟が起きますよね、その風評被害で自分はつぶされちゃったと。原因は農林水産省だということで訴訟が起きますから。消費者にも権利があるけども、事業活動をやってる経営者にも権利があるんですよ。消費者の権利だけで動いているわけじゃないから、そこは両方見ながら公平にですね、判断をしていきたいと思っています。」

太田農水相の発言は極めて論旨明快です。
①汚染米は有毒性が殆んど無いから人体に影響ない。
②だから騒ぐ必要はない。
③消費者にも権利はあるが、経営者(三笠フーズ)にも権利がある。
太田誠一という人はある意味ブレないんです。国民の食の安全や健康と、発がん性のあるカビ毒や残留農薬に汚染された工業用の「事故米」を食用と偽り転売していた経営者、この両方を守ることこそが公平だと主張しているわけです。
8月10日のTV番組で、「消費者がやかましいから徹底する」と発言して問題になりましたが、今回の発言でこれが信念であることが明白となりました。

ここで考える必要があるのは、太田農相の発言は決して一個人の見解ではないということ。自民党を代表して大臣に任命され、数々の問題発言を繰り返しながら罷免されることもなく大臣の職にとどまっているということは、彼の発言内容が自民党の理念そのものであるということです。
国民の利益だの消費者目線だの、選挙を目前にすると常に口当たりの良いことを吹いてきましたが、実際には自民党にそんな気はテンから無いわけです。

現在自民党の総裁選挙が行われ、「お笑い五人組」が笑顔をふりまきながら、心にもない政策を喋っていますが、所詮は絵空事。
太田発言こそが自民党の本音であり、この時期に敢えてこうした信念を吐露する太田誠一と言う人は、もしかして国民に警鐘を鳴らしてくれている、貴重な存在なのかも知れません。

今の自民党、小池百合子じゃないけれど、厚化粧の下から「素」がのぞいています。

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2008/09/10

環境ファシズム「禁煙条例」

初めにお断りしておくが、私はタバコを吸ったことがないし、吸おうと思ったこともない。元々気管支が弱いので紫煙が苦手なのだ。列車では禁煙車、店では禁煙席を選ぶ。
しかし法律や条令で、他人の嗜好を制限したいとは思わないし、現状なにも不自由も感じていない。

神奈川県の松沢成文知事は9月9日、「公共的施設における受動喫煙防止条例(仮称)」の骨子案を発表した。これまでは「公共的施設における禁煙条例」という名称だったが、規制を緩やかにするとともに名前を変えた。
それなら施設の運営者や喫煙者の良識やマナーに拠る現状で十分ではないのか。
条例が施行されれば、違反した人間は処罰されることになる。

私はタバコは吸わないが酒は大好きだ。飲酒も考えてみれば、酒を飲まない人にとってはとても迷惑だろう。列車の中などで、酔っ払いのアルコールだか、それが分解されたアセトアルデヒドだかの含まれた息を吹きかけられて、不快な思いをした方も多い筈だ。
「禁煙法」の次は「禁酒法」ができるのではないかと、ヒヤヒヤしている。決して冗談ではない。アメリカでかつて禁酒法があったのは衆知の通りであり、飲酒を禁止している国だって現にある。

だけど考えて見て欲しい。人間というものは、お互いにチョットずつ迷惑をかけ合って生きているのではなかろうか。自分は絶対に他人に迷惑をかけたことがないという方があれば、教えて欲しい。
私は香水の臭いが苦手で頭が痛くなる。これだってリッパな健康被害だ。しかし「香水禁止法」を作りたいとは望まない。環境ファシストにはなりたくないのだ。
迷惑になることは全て法律で禁止するとなれば、清く正しく美しい社会にはなるだろうが、実に住みづらい、味気ない世の中になってしまう。

人間だってそうだ。「沈香も焚かず屁もひらず」、世の中そんな人ばかりになったら、きっとツマラナイゼ。

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2008/09/09

納得できない「大分の教員汚職事件」の幕引き

教育界をゆるがした大分の教員汚職事件に関連して、大分県教育委員会は2007年採用試験の点数改ざんで不正合格した21人のうち6人の採用取り消しを決め、14人の自主退職を認めた。
一部に本人が知らない不正での免職は気の毒という論調もあるが、いわゆる裏口入学の場合、受験生本人が知らなくとも入学は取り消されるので、今回の処分は当然の措置といえよう。
これでこの事件は、教員採用試験でわいろの授受があったとして、大分県教育委員会の元教育審議監二宮政人被告(61)ら2人が収賄罪で、元義務教育課参事矢野哲郎被告(52)と元小学校校長ら3人が贈賄罪で起訴され、教員の昇任試験でも不正があったとして贈賄容疑で元教頭2人が在宅起訴されて、幕引きとなる模様だ。
これでは事件の根本解決には程遠い。

大分県では小中学校の教員採用試験では事前に採用枠が決められており、縁故のある受験者が優先的に採用されていた。県会議員や教育委員会、労組などがそれぞれ枠を持っていて、その枠内で採用されるように試験点数の改ざんが行われていた。
つまり構造的な不正事件である。
今回はいうなれば教育委員会の実務者だけが罪に問われてもので、彼らに命令あるいは指示を出した者は一切責任を問われていない。つまり巨悪は逃げ切り、下っ端だけが裁かれるのだ。

教員採用試験の不正についても、なぜ2007年だけが対象とされたのだろうか。
報道によれば、2006年以前の採点用紙が処分され、点数の改ざんも証拠が残っていないとされているが、そんなバカなことは無い。事件の発覚と同時に、慌てて書類を破棄又は焼却し、データは消去した、これが真相だろう。それも全国各地で行われていたものと推定される。
なぜこう断言するかというと、過去に同じような事件があったからだ。

それは2004-2005年にかけて起きた北海道道警などの警察による不正支出(裏金)事件である。
その際には、全国の警察で大量の会計文書が「誤って廃棄」され、しかもその廃棄された文書というのは、捜査費証拠書類、旅行命令簿、物品取得書などの裏金作りに関係ある証拠文書ばかりだった。
誰がどう見ても証拠隠滅を図ったことは明らかだが、この時も事件そのものがウヤムヤにされた。
大分の教育委員会は、これを「学習」したのだろう。
当ブログでは以前のエントリーで、「今頃は全国で、教員採用に関する書類の破棄が行われ、証拠隠滅を図っているものと推測される。」と書いたが、正に図星だったではなかろうか。

今回の事件が公教育の場で起きただけに、全てに事実を明らかにし、係わった人物全員に厳しい処罰を下すべきだった。
悪い事をすれば厳しく罰せられるということを子どもたちに教える絶好の機会を逃し、悪いことをしてもバレなければ済むという最悪の見本を教育界に残してしまった。

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2008/09/07

落語教育委員会@中野ZERO小ホール

Kitahachi定期的に行われている喜多八、歌武蔵、喬太郎の三人会「落語教育委員会」、9月6日は「なかのZERO小ホール」での公演、寄席とホールの中間くらいの規模の劇場である。
このホールがある「もみじ山文化センター」はかつての中野公会堂の跡地だ。児童劇「森は生きている」を初めて観たのも、中学の卒業式も、そして中野区の中学校弁論大会で堂々第二位に入賞したのも(もっとも参加者4名だったが)、この場所だ。

当時の中学の卒業式は、卒業生と担任の教師とは、式の当日顔を合わせないようにしていた。教師が殴られるからで、日頃受けた暴力の仕返しを生徒がするのだ。会場には警官も来ていた。だから学校を使わず、こうしたホールで卒業式をして、そのまま解散した。
荒れる学校なんて言ったって、昔の方がずっと凄かった。恐喝や障害は日常的だった。今の方が遥かに大人しい。
私たちの「教育・イインカイ」の話でした。

この会は恒例で、冒頭に出演者のコント風の掛け合いがある。歌武蔵と喬太郎がオリンピックなどを話題にしていたが、二人ともパソコンをやらないとは意外だった(少なくとも喬太郎は)。ネットでの落語評も話題にのぼったが、会が終了して間もなく、記事がアップされているケースがある。帰宅の電車の中で入力して、そのまま送信するのだろう。それが結構まとまっていて、スゴイ才能だと感心させられる。
当方はと言えば、ボチボチと。

・三遊亭窓輝「洒落番頭」
喋りがソックリだと思ったら、圓窓の息子さんだとか。会場が盛り下がるような退屈なマクラを振って、これは珍しい「洒落番頭」。若手が果敢にこういうネタを掛けるのは良い事だ。
師匠・圓窓の作品解説によると、こうなっている。
《原話は小咄の[庭蟹]であるが、古い速記本にそれを膨らませて[洒落番頭]と題した作品があったので、それを脚色したのが、この[洒落番頭]。
主人の洒落のわからなさぶりは、演者の呼吸、聞き手のセンスで受けたり受けなかったりする難しい話でもある。
狂言に〔秀句傘〕という曲(作品)があるが、これがまさに[洒落番頭]。》
この日の客のセンスはどうだったか分からないが、窓輝は丁寧な演出でまとめていた。スジは良さそうだが、もう少し愛嬌が欲しい。

・柳家喬太郎「頓馬の使者」
監督の山田洋次が書いた新作で、五代目柳家小さんの録音がある。熊の女房お菊が急死したことを、友人の八五郎が別居中の熊に知らせに行く、それだけのストーリーで、専ら演者の力量だけで聞かせる噺である。
喬太郎の演出は、なかなか用件を切り出せない八のうろたえ振りと、気の弱い熊の動揺を対比させ、観客を惹きつけた。さすがである。
調べたわけでは無いが、現役では喬太郎ぐらいしか演じ手がいないのではなかろうか。

仲入り
・三遊亭歌武蔵「馬のす」
枝豆を食いながら、相撲界の大麻事件だとか、オープニングのコントの内輪話をアンコに挟んで、軽く演じる。

・柳家喜多八「千両みかん」
志ん生の録音を聴くと、このネタについて「損な噺」と言っている。演じ手にとっては難しいにも拘らず、客に受け難いというのだ。みかんを食べたくて死ぬほどの患いをするということ、みかん一つが千両(今の金に換算すれば1億円くらいだろうか)というのが、いかにもリアリティに欠ける。そこを聴き手に納得させねばならないから難しいのだ。
喜多八の演出は、番頭が主人に主殺しで磔にすると脅かされ、次第にエクセントリックになっていく過程を中心に描いた。
若旦那が余命あと数日という割には、元気が良過ぎた。サゲの部分で、番頭のあと一言いわせた方が(志ん生なら「ままよ。」)、聴き手が納得するのではなかろうか。やや唐突な終わり方という印象だった。

全体に薄味だったが、珍しいネタを二本聴けたのでマアマアか。

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2008/09/06

石原銀行の不正融資に対する捜査を急げ

Isiharatochiji先日、新銀行東京(石原銀行)の今年度第一四半期(4-6月)の決算が発表され、39億円の赤字だった。通期の赤字は126億円を予想しており、これはより増額される可能性がある。
黒字化できるという石原慎太郎の大ボラに騙され、1400億円もの都民の税金を投入して、未だにこのテイタラクだ。更に追加融資という声も出ているそうで、一体この男のために、私たちはいくらの金をドブに捨てることになるのだろう。

新銀行東京の資産食い潰しは、いわゆる石原ファミリーが大きく係わっていた。
同行の融資を紹介する「口利き」では石原知事の三男・宏高衆院議員を初めとして、浜渦武生元副知事、新銀行の大塚俊郎会長、兵藤茂と高井英樹の両都知事特別秘書ら、ズラリと石原ファミリーの名前がリストに上がっている。
どうやら我々都民は、このドラ息子らの活動資金をせっせと負担させられていたらしい。
やがてファミリーから総理も誕生かって、冗談じゃないぜ。

もう一つ、今秋発売の「週刊朝日」によると、石原銀行の「口利き案件」に公明党が深く関与しているとの指摘がなされている。それによると紹介案件の3分の1は公明党関係者であり、その融資先の実に25%の企業が既に廃業、破産、休業、もしくは経営者が行方不明になっているというから驚きだ。
なかには、融資が行われた時点で既に実態が無かった幽霊会社もあったと、この記事では具体例をあげて紹介している。事実であれば明らかな詐欺であり、紹介議員の責任は免れぬ。
早くいえば、こうした連中が寄って集って都民の資産を食い物にしてきたということだ。

こう並べていくと、新銀行東京の設立目的が、最初から石原都知事の息子たちの選挙支援と、公明党などへの都議会対策ではなかったのだろうかと推察される。つまり新手の公共工事だったということ。
現在東京都あげてオリンピックの招致活動を行っているが、実現すれば莫大な金が動き、又もや石原ファミリーだの、どこぞの宗教団体が潤うことになるのだろう。

新銀行東京の融資にかかわる不正の疑惑、一日も速く司直の手による捜査が行われることを期待したい。

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2008/09/04

【寄席な人々】数字の付く落語のネタ

一、二、三という様な数字がアタマに付くネタ(演目)を集めてみました。古典落語で、一度は聞いたことのある演目に限定しています。
さすがに一から十まではみな揃っていて、中でも一と三の付くネタの数が多いようです。
他にもこんな噺が、というのがあれば教えて下さい。

一目上がり
一つ穴
一眼国
一文惜しみ
一分茶番
一人酒盛り
二番煎じ
二階ぞめき
二人癖
三人旅
三年目
三方一両損
三枚起請
三軒長屋
三井の大黒
三人無筆
三味線栗毛
四段目
五貫裁き
五目講釈
五人廻し
六尺棒
七段目
七度狐
八五郎坊主
八五郎出世(妾馬)
九段目
十徳
二十四孝
三十石
百年目
百川
千両みかん
万病圓
萬金丹

毎日毎日ニュースは自民党の総裁選に誰が出るだの出ないだの、それとアメリカの共和党大会の報道ばかりです。いずれにしろ、あっしにゃぁ係わりの無いことでござんして、もうウンザリです。
こういう時は、小ネタで残暑見舞いということで。

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2008/09/02

辞任党ダメダ総理のトタバタ劇ver.2

昨夜、ダメダ首相は緊急記者会見を開き、総理辞任の意向を明らかにした。昨年のアレ前総理に引き続き、「さあこれからだ」と思わせておいて辞めるのだから、実にニクイ。
永田町の消息筋によれば、疑惑が洋服を着ている太田ノー(タ)リン大臣と、混迷党の太田代表のW太田から引導を渡された形のようだ。ダメダ総理はきっとオータオータしたのだろう。ミョウホウレンゲキョウ、ナムミョウホウレンゲキョウ。

辞任党は直ちに後継者選びにはいるが、現在アホウ幹事長を軸に調整が進められる模様。対抗馬としてヨサヌ経済財政相や、女スキ川元幹事長が担ぐ女性議員の百合ゾク元防衛相、ワル垣国交相、不純イチロー元首相、野田イ子消費者行政担当相などの名前が上がっている。
今の所アホウ幹事長の優勢は動かないと見られるが、政界引退後も隠然たる影響力を持っている藪野中元幹事長が「あのアホウだけは許せない」と執念を燃やしているので、勝敗の行方は分からない。

いずれにせよ次期総理は誰に、そして又いつ辞任するのか、それだけが楽しみだ。

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2008/09/01

チョット変だぜ「国立演芸場」

国立演芸場の寄席、上席と中席(下席は無い)の前売りは、前月の1日午前10時からとなっている。10月の寄席は今日9月1日が発売日だ。
処が、本日11時30分現在の公演案内を見ると、こうなっている。
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劇場 国立演芸場
ジャンル 演芸
公演名 10月中席
公演期間 2008年10月11日(土)~2008年10月20日(月)
演目・主な出演者  《未定》
前売開始日 電話予約・インターネット・窓口販売開始
=2008年9月1日(月)
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出演者が未定なのだ。誰が出るのか分からず前売りだけは決まっているというのだから、ベラボウな話である。白紙手形でチケットを売るというなら、これは一種の詐欺ではないか。
今までも、前日の深夜になってようやく出演者が掲示されるなどの不手際はあったが、遂にここまできたか。お上の驕りである。

国立演芸場の寄席は現在、全席指定となっていて、常に前売りを行っている。
正月やお盆の特別興行なら混雑を避けるために前売りも止むを得ないが、通常の寄席でも座席指定で前売りはヒドイ。
寄席(ここでは定席を指し、独演会やホール落語は別)は伝統文化であり、興行の仕方もその文化を尊重する必要がある。花見のついでに、会食や買い物の帰りに、夕涼み代りにフラリと寄る所だ。いついっか何時に、00番の座席を予約してなどというのは、寄席文化に反するのだ。

もう一つ、寄席の出演者というのは、必ず休演や代演があるものだ。当日小屋の前に当日の番組が張り出されるが、前売りの場合お目当ての芸人が休演となっても、払い戻しはない。
時にはトリでさえ代演が立つのが寄席だ。
だからどこの小屋でも、当日売り自由席になっている。

国立の施設が率先してこうした伝統を壊すのは、許されることではない。

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