自衛隊航空幕僚長を更迭された田母神俊雄氏が、アチコチの講演会でひっぱりだこだそうで、ご同慶にたえません。選挙に出馬するとの観測もあるようで、ずいぶんと鼻息も荒いようです。
2月28日には北朝鮮による拉致問題をテーマに名古屋市内で講演し「自衛隊を動かしてでも、ぶん殴るぞという姿勢を(北朝鮮に)見せなければ拉致問題は解決しない」と述べています。
講演に先立つ記者会見でも同様の発言をし、記者から「『ぶん殴る』とは具体的には何か」と質問されると、「自衛隊を使って攻撃してでもやるぞという姿勢を出さないと、北朝鮮は動かない」と答えています。
田母神氏は、自衛隊を使って攻撃するぞという姿勢を見せれば、北朝鮮がひれ伏して「参りました。拉致した人は直ちに全員お返しします。」と謝ると、本気で考えているのでしょうか。そう信じているとしたら、これは誇大妄想ですね。
この程度では北朝鮮は頭を下げてきません。
なぜなら、自衛隊が北に先制攻撃をしかけてこないことが分かりきっているからです。だから「姿勢」だけ見せても驚かない。
北が反応しなかった場合、田母神氏はどうするつもりでしょうか。
振り上げた拳は、下ろすわけにはいかなくなりますよ。
ではこの先がどうなるか考えてみましょう。少し物騒な内容になりますが、カンベンしてください。
【北朝鮮への武力攻撃】
ネットの世界では以前から、北朝鮮へ武力を行使すべきだという勇ましい言論が飛び交っていました。
言葉に出すのは簡単ですが、本気で武力攻撃をしようというなら、それなりの準備と覚悟が要ります。
先ずこの場合の北朝鮮に対する武力行使というのが、どういう中味になるかです。
拉致被害者は北朝鮮の各地に分散して暮していると見られており、その全貌を掌握しているのは政権の中枢だけです。従って全員を安全に救出し日本へ帰還させるには、先ず金正日政権そのものを打倒、解体することが前提となります。
北の軍事施設を破壊し、抵抗する軍隊を撃退して、金正日ファミリーを始めとする政府要人と軍の幹部を拘束する。こうして一時的に北朝鮮全土を日本の支配下におく。
幹部からの供述により拉致被害者全員の居所を供述させて人々を救出して、日本へ送還する。
拉致を指示または実行した犯人を裁判にかけ、処刑あるいは服役させる。
ざっと、こういう手順になります。
つまりは「武力行使」=「対北朝鮮戦争」開戦ということです。
攻撃を受けた北朝鮮軍は、当然のことながら反撃をしてきます。北の領土内での戦闘はもちろん、日本本土への攻撃を行ってくるでしょう。これに対する防衛作を講じねばなりません。
仮に政権を倒して北朝鮮全土を制圧することに成功した場合、日本は引き続き新政府の樹立を助け、治安維持や経済回復のための援助を行うことになるでしょう。
イメージとしてはアメリカのイラクやアフガン戦争に似た形になるわけです。
ここで大切なことは、作戦は成功したが、その結果日本が世界中から非難を浴びて孤立してしまうという事態は、絶対に避けねばならないということです。
こうした前提にたって、北朝鮮への武力攻撃を行う上で、最低限クリアーすべき主な課題を列記してみたいと思います。
【外交】
先ず、米国の湾岸戦争やアフガニスタン戦争でも分かるように、武力攻撃を正当化するために、国連安保理による決議など、国際的な合意が必要になります。
武力行使ですが、本当は日本単独ではなく多国籍軍を編成し戦闘に入ることが望ましいのですが、これは実現できないと考えたほうが良い。
次に重要なのは対米関係です。
日米共同での武力行使を望みたいところでしょうが、現在の米国の状況から無理です。ブッシュ政権でさえやらなかったのに、オバマ政権が米軍を北朝鮮への攻撃に投入するとは考えられません。
従って、日本単独での軍事行動ということになります。
ただ北への武力行使にあたって、アメリカの事前承認を受けておくことは必須条件です。
もしアメリカが日本の武力行使に反対した場合は、北朝鮮への先制攻撃は断念するしかありません。
加えて大事なことは、6ヶ国協議のメンバーでもある周辺国、韓国と中国とロシアの承認を取り付けておかねばなりません。開戦にあたって、これらの国が少なくとも好意的中立を保って貰う必要があります。
万一にもこれらの周辺国との戦争へ拡大することだけは、絶対に避けねばならならない。
「戦争は外交の延長」とは良く言われている言葉ですが、その通りです。ここを失敗すると戦争の泥沼化や、果ては日本側が甚大な被害を受けるという最悪の結果を招きかねません。
【軍事】
一番大きな問題は、今の自衛隊は専守防衛が中心であり、他国への攻撃を想定していないということです。
北朝鮮への武力行使を実施するなら、装備も隊員教育も攻撃型に変えてゆかねばならないでしょう。相手国の施設を破壊し、相手の戦闘員を殺害するという組織にするという意味です。
これも言葉で言うのは簡単ですが、容易ではありません。
兵器の生産体制は、前線への武器弾薬食糧などの補給体制はと、課題は山積しています。
装備は金で解決できるとしても、訓練には時間がかかります。
兵員も増強せねばならない。平時の時ならともかく戦争の前線に派遣するのですから、果たして志願兵が必要なだけ集まるかという問題があります。そうなると徴兵制を敷かねばならないでしょう。
戦死者や遺族の国家補償をどうするのか、これも検討事項です。
「武力行使」というのは勇ましい言葉ですが、一体それを誰がやるのかというのが大きな問題です。
【財政】
戦争というのは金食い虫で、戦費の調達もまた重要課題です。
9・11以後にアメリカがイラク戦争に投入した戦費が、日本円換算でおよそ50兆円とされており、アフガニスタン戦争を含めて最終的にどれ位の費用がかかるのか、未だ分からない状況です。
北朝鮮との戦争では戦費がいくらかかるのか、その予算措置をどうするのか、そうした積算や資金計画が必要になります。
何せ、「金が無くては戦ができぬ」ですから。
【内政】
先ずは憲法9条を改定し、交戦権と軍備の保持を明記せねばなりません。改定にあったては国会議員の3分の2と国民の過半数の賛成が必要ですが、ここがクリアーできるかです。
次いで関連する国内法の改正や整備、これは想像もつかないほど膨大なものになります。法律の制定にはいずれも国会議員の過半数の賛成が必要であり、これも大きな壁です。
こうした外交、軍事、財政、法整備などの全ての課題を短期間に片付けようとするなら、民主主義的な手続きを踏んでいたら実現は無理です。
一人の権力者に決定権を集中させるような制度、はやくいえば独裁国家に変えていかねばならない。
結局は今の日本を軍事国家に改造していく、こういう道筋になるでしょう。
北朝鮮への武力行使を実現しようとすれば、大まかに上記のような結果になると思われます。
しかしこれが日本国民を幸せに導くのか、大いに疑問です。
「武力行使」という言葉を安易に口にすべきではない、わたしはそう思います。
田母神氏に言いたい。「北朝鮮をぶん殴る」とはどういう事で、どうしたらそれが実現できるのか、それがどこへ帰結していくのか、果たしてどれほど真剣に考えているのでしょうか。
どうも田母神発言は、戦前の帝国陸軍幹部が、シナなど一撃で降参するといった発想で戦火を拡大したことと、類似性を感じてしまいます。
戦争はゴッコ遊びではありません。
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