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2009/04/28

国立・花形演芸会三十年「受賞者の集い」(4/26)

3回通しの今回が最終回。今週はもう一度国立演芸場に来るので、最寄り駅から永田町までの回数券が欲しい。
今ふと思ったのだが、国立の寄席をつくるときに、なぜこの場所にしたのだろう。
せっかくだから、日本橋とか人形町辺りにすれば良かったと思うのだが。別に国立劇場に隣接する必要性もないし。

【26日(日)13:00開演】
前座・柳家緑君「出来心」
「ろっくん」と読む。未だ10代の前座だが、こういう席で「出来心」を掛ける心意気を買う。良い根性をしている。
・金原亭馬生「百川」
かつて大賞を受賞した際と同じ演目でと「百川」へ。
このネタの眼目は、百川の主人や鴨地先生、客である江戸っ子の河岸の若い衆、田舎者の百兵衛という三つのタイプの人物の演じ分けにある。馬生はここを丁寧に演じて、ここ最近では最高の「百川」が聴けた。このネタに限れば、先代より当代の馬生のほうが上だ。
・カンカラ「時代劇コント」
いま現在、寄席の世界ではチャンバラ・コントのジャンルに席がひとつ空いている。カンカラはそこを上手く埋めて、人気が上がってきている。
国立の高座に出始めのころはどうなるかと思っていたが、辛抱の甲斐があったということになる。
・桂文我「三十石夢の通い路」
この演目は元々「伊勢参宮神乃賑(いせさんぐうかみのにぎわい)」、通称「東の旅」の一部で、その一番最終部分にあたる。この三十石だけでも通してやれば1時間以上かかるという、上方落語屈指の大ネタである。文我は船宿から出岸、船頭の舟歌までという演出。
この演目は、近年では上方の米朝や枝雀、東京の圓生(舟歌ならこの人が一番)といった名演があり、どうしてもそれらとの比較になってしまう。
文我の高座への注文が二つある。
一つは、せかせかと忙しい。当時の旅はノンビリとしたものだったのだから、もっとユッタリと演じて欲しい。
二つ目は、船下りの場面の叙情性だ。旅の終わりで船上で一晩眠れば明日は故郷へ着く。演出がそういう雰囲気を醸し出すに至っていない。
点数が辛いかも知れないが、不満の残る高座だった。
―仲入り―
・宝井琴柳「徂徠豆腐」
30年前の第一回目の大賞受賞者。今回出演の喬太郎や花緑の30年後って、どんな感じになっているだろうかとついつい想像してしまった。
この日も忠臣蔵より、講釈師は忠臣蔵が好きなんですね。でも赤穂浪士にとっては、荻生徂徠は味方だったのかどうか、はきりしないけど。
・ポカスカジャン「ボーイズ」
芸達者で、ネタも良く研究されているのは感心するが、いつもビミューに不快感が残る。
この日についていえば、監獄ロックを韓国ロックとしてパロディで演奏したが、途中朝鮮人が犬を食うシーンを入れていた。食文化というのは様々で、海外に行くと驚くような食材が沢山ある。日本人だってクジラを食べるとして非難されるケースがあるが、大きなお世話なのだ。
だから外国の食材について、それを蔑み笑いの材料にするというのは感心しない。このグループの持つある種のイデオロギー色が、どうもシックリこない。
・柳家花緑「笠碁」
NHK流にいうならば、花緑は今回の記念公演の大トリということになる。
順当な人選なんだろうが、私の経験ではどうも花緑の高座に「当たり」が少ない。
それと、この人は滑稽落語から人情もの、大ネタに至るまで何でもこなせるが、決定的な持ちネタがない。「花緑asNo.1」という演目が見当たらないのだ。
「笠碁」も決して悪くなかったが、中の出来。

3日目は少々批判的な内容になってしまったが、全体的には結構満足している。
不満の多いのは、性格が野村監督に似ているせいだ。

今回の記念公演を通してのMy大賞は、やはり柳家喬太郎の「心眼」で決まり。

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