美人「すぎる」ってナンダイ?
近ごろよく耳にする言葉に「美人すぎる」というのがある。美人は分かるのだが、後ろの「すぎる」というのが良く分からない。
一般化したのはどうやら、八戸市議である藤川優理(ゆり)に対して、ネットでもてはやして使われるようになったのがキッカケのようだ。
だいたい「すぎる」とつけると誉め言葉ではなくなり、どちらかというと批判的な、否定的な言い方になる。
例えば
「頭が良すぎる」
「人が良すぎる」
「話が上手(うま)すぎる」
などなどだ。
奥さんに「あなたは早すぎる」と言われたら、これはもう完全な侮辱だし。
六十有余年の人生で、美人だと思う人には2人しか会わなかったもので(女房には君を入れて3人とウソをついている)、美人すぎるという藤川ゆりという人の画像を検索してみたら、下の写真が出てきた。
感想としては、美人「すぎない」というのが私の見立てだ。
議員と名の付く人は国と地方を合わせれば、およそ6万人に達する。その中には色々な人がいるだろう。
過去にも美人議員ともてはやされて、週刊誌のグラビアなどに紹介されていた人がいた。
そういう人ほど、容姿で選挙に受かったと思われるのを嫌い、美人であることを売り物にしてこなかった気がする。
藤川優理の場合、恐らく美人であることを広く宣伝する仕掛け人がいて、マスメディアへの露出を増やし、人気を煽ったのだろう。
写真集やらDVDやら、市議としていささか矜持に欠けると思われるが、どうだろうか。
そう考えると「美人すぎる」という表現に、なにやら彼女を侮蔑する意味合いが込められているのかも知れない。
過ぎたるは猶及ばざるが如し。
やはり「すぎる」のは良くないのだ。
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