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2009/04/22

【毒カレー事件】最高裁の判断に異議あり

和歌山市で1998年7月25日、夏祭りのカレー鍋の中にヒ素を混入、4人が死亡し63人がヒ素中毒になった毒物カレー事件で殺人罪などに問われた林真須美被告(47)の上告審判決で、最高裁第3小法廷は4月21日、1,2審の死刑判決を支持し、被告の上告を棄却した。これで林被告の死刑が確定する。5人の裁判官全員一致の判決だった。

今回の判決を平たくいえばこういうことになる。
・物証も無いし動機も不明だが、
・被告は限りなく怪しいので犯人と断定し、死刑とする。
つまり今回の最高裁の判決というのは、刑事裁判の原則である「疑わしきは罰せず」(又は「疑わしきは被告人の利益に」)を投げ捨てて、「疑わしきは罰する」という考え方に立ったもので、今後の刑事裁判全体に与える影響が大きい。

私たちが日常生活を送る中で、過去の数々の冤罪事件や、先日の痴漢事件での逆転無罪判決に見られるように、ある日突然容疑者として捕まり裁判にかけられる可能性がある。
こうした際の唯一の拠り所は、裁判所は「疑わしい」だけで犯人と断定することは有り得ないということだ。それが違うとなれば、これはある意味、大変恐ろしい社会だといえる。

今回の判決で最終的に事実として認定された事件は、以下の通り。
①【毒物カレー事件】
②【ヒ素入りくず湯事件】
③【ヒ素入り牛丼事件】
④【ヒ素入りうどん事件】
⑤⑥⑦【保険金詐欺事件】3件
全部で7件ある事件のうち、最も重要な①の事件を除けば、いずれも保険金を詐取することを目的とした事件だ(これらの事件についても弁護側は異論があるが、それはさておき)。
うち4件にヒ素が使われたという共通項があるにせよ、①だけは犯罪の性格が全く異なる。
仮に②~⑦が全て林被告の犯行だったとしても、だからといって①も同じだと断定するのは乱暴すぎる。

先ず今回の判決で「犯行動機が解明されていないことは、被告が事件の犯人であるとの認定を左右するものではない。」と述べている点について。
一般論ではそうかも知れないが、今回の事件のように物証が無いなかで犯人を特定するような場合、やはり犯行動機は重要な鍵となる。
金銭や恨みが動機であれば、特定の人物を殺害しようとして、たまたま周辺の人が被害に巻き込まれたということになる。
もし動機が無いとなれば、これはむしろ通り魔事件のような、不特定多数の人間を殺害することを目的とした犯罪ということになる。
もし後者であれば、金銭目当ての詐欺事件を繰り返したとされる林真須美被告の犯行とは認め難いということになろう。
だから林被告を犯人と断定する上で、犯行動機の解明は不可欠だったのではなかろうか。

今回の判決で、「林被告が犯人であることは(これこれの理由から)合理的な疑いを差し挟む余地のない程度に証明されていると認められる。」と断じたその理由について個別に検討してみたい。

理由その①【カレーに混入されたものと組成上の特徴を同じくする亜ヒ酸が被告の自宅などから発見されている】
真須美被告の自宅から押収されたという「亜ヒ酸」だが、そのうちの一つはマジックで「白あり駆除剤」と書かれたプラスチック容器に入っていたもので、事件発生後およそ2ヶ月経ってから捜査員によって発見されている。
林被告の名前が上がってきて、ヒ素だシロアリ駆除だと騒がれだしたのは、事件後の約1ヶ月後になる。もし彼女が犯人だったら、なぜこんな重要証拠を処分しなかったのか疑問が残る。そういうことには、抜け目のないタイプの人物だったはずだ。
もう一つの缶入り「亜ヒ酸」は、事件3年前に林夫婦が売却した友人宅から発見されており、確かに林被告の所有物であったかこれも疑問がある。
また夫の健治は当時白アリ駆除業を営んでいて、押収された亜ヒ酸が駆除剤として広く使われていたものであれば、特別の成分だとは断定できないだろう。

理由その②【被告の頭髪からも高濃度のヒ素が検出され、その付着状況から被告が亜ヒ酸などを取り扱っていたと推認できる】
夫の健治が自宅で白アリ駆除業を営んでいたのだから、妻の真須美に髪に駆除剤が付着していたとしてもさほど不自然ではなかろう。
まして検察の主張するように、ヒ素を使って保険金詐欺事件を起こしていたならば、髪の毛に付着していたのはむしろ当然だといえる。

理由その③【夏祭り当日、カレーの鍋に亜ヒ酸をひそかに混入する機会があったのは被告のみ】
事件当日、自治会の主婦らが午前8時30分頃にカレーをつくり始めてから、被害者らが午後6時頃にカレーを食べ始めるまで9時間以上もあり、そのあいだ交代でカレーの調理や見張りを務めた10人以上の主婦に加え、多数の人々がカレー鍋の周りを行き来していた。
この間、真須美被告だけが周囲に気付かれずに混入できたと断定するのは無理がある。
後からの再現で、分単位の行動が証言されているが、関係者全員がそれほど厳密に時間を記憶していたのだろうか。私から見ると驚異的な印象を受けるのだが。

理由その④【被告が調理済みの鍋のふたを開けるなどの不審な行動をしていたことも目撃されている】
判決では触れられていないようだが、目撃者の証言では真須美被告がフタを開けていたカレー鍋とは、「事件現場に2つあったカレー鍋のうち、亜ヒ酸が混入されていなかったほうの鍋」を指している。これだと決定的な証拠とは言い難い。
もう一つ、この目撃者の証言では真須美被告は「白い」Tシャツを着ていたと主張しているが、他の証人はみな「黒い」「黒っぽい」Tシャツだと証言している。これだと目撃者が他の人物と見間違った可能性もあるわけだ。

以上を勘案するなら、今回の判決がいうような「合理的な疑いを差し挟む余地のない」という断定は、あきらかに行き過ぎではなかろうか。

今、刑事事件については世の中全体が厳罰化の方向に動いている。私も犯罪抑止のためには死刑制度は維持すべきだという主張であり、厳罰化の流れも止むを得ないと思っている。
だからこそ、万々一にも罪のない人間が誤った判決で収監されたり処刑されたりすることは、絶対に避けねばならない。
犯罪の被害者になるのはもちろんイヤだが、容疑者や犯人にされるのはもっと困るのだ。
そうした観点からすると、今回の最高裁の判断には、大いに疑問が残る。

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