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2009/07/08

「京教大事件」記事への補足

京都教育大学集団準強姦事件についての前回掲載に記事にいくつかのコメントが寄せられ、改めて謝意を表します。
当ブログで最初にこの事件をとりあげたキッカケは、事件全体を通しての警察や検察の不審とも思える不自然な捜査過程に疑問を持ったからです。
コメントの多くは6人の容疑者に対する検察の処分内容によるもので、これが不起訴だったのか、それとも起訴猶予だったのかが問われていました。

先ず予備知識として、不起訴と起訴猶予についての用語を簡単にまとめてみます。
【起訴】裁判所に対し原告の請求について判決をするよう法定の手続に従って求めること。通常は検察官による公訴の提起を指して用いられることが多い。
【不起訴・起訴猶予】検察官の判断により、終局処分として公訴の提起(公判請求や略式命令請求)がされない処分をいう。
【不起訴】下記の場合不起訴となる。
・訴訟条件を欠く場合
・被疑事件が犯罪を構成しない場合
・犯罪の嫌疑がない場合
・嫌疑が不十分な場合
【嫌疑不十分】捜査を尽くした結果、犯罪の成立を認定すべき証拠が不十分な場合
【起訴猶予】情状が軽く訴追の必要がない場合。
より具体的には、証拠上被疑事実が明白であっても、被疑者の性格・年齢および境遇・犯罪の軽重および情状・犯罪後の状況により、訴追を必要としないと判断される場合
起訴猶予は前歴として記録に残される。
起訴猶予処分を受けた者が不起訴処分に変更するよう求めることはできない。

ややこしいのは、起訴猶予を含めて一般に不起訴と称されることが多いのです。被疑事実があったかなかったかは別として、法的利益としてはともに「起訴されない」という点では共通だからです。

以上の点を頭において、今回の事件の処分内容をみていきましょう。
先ずは当方のコメントでも補足したように、6月22日に容疑者6人が釈放された段階では、各報道機関は一斉に「釈放、起訴猶予処分へ」という見出しを打っていました。
各メディアが同一の報道をしたということは、恐らく京都地検の担当検事か誰かのリークだったのでしょう。検察側のアナウンスというところでしょうか。
では6月26日に出された検察の処分内容はどうかですが、報道は下記の通りバラバラで、肝心な点が「薮の中」なんです。
・不起訴処分としたもの
・起訴猶予処分としたもの
・不起訴処分として、「嫌疑不十分か起訴猶予かについて、『今後の6人に対する大学の指導に影響を与える』(プライバシーを配慮という記述もある)として、明らかにしていない。」と付記しているもの
京都教育大学に実際に電話で問い合わせもしましたが、電話に出た人の答えの要旨は次の通りです。
(1)処分の内容について検察からの連絡や説明はされていない。報道機関からの情報だけだ。
(2)不起訴か起訴猶予かとの問い合わせに対しては、大学としては「起訴猶予」と答えている。
(3)その理由についてたずねたが、回答は無かった。
以上の通りで、検察の処分内容についての正式な大学又は学長の見解は出されておらず、電話での応対だけでは検察の処分内容を正確に推し測ることはできないと判断されます。
様々な情報を勘案すれば何が事実か分からず、現時点では前回の記事に書いた内容をそのままにしておきます。
勿論、今後検察の処分内容が正式に公表されるならば、その段階で再考したいと思います。

起訴猶予と考えるべきという指摘もありますが、集団(準)強姦事件というような重罪が、被害者との示談の成立だけを理由として、かくも簡単に不起訴にしてよいのか、これも大いに疑問です。
こんなことが罷り通れば、どんな犯罪を起こしても、金を積んで示談にさえ持ち込めば罪が許されることになり、それこそ司法制度の崩壊につながりかねません。
従って、起訴猶予だったという断定も適切ではないように思えます。

今回、改めて事件の経緯を見直す中で、一つ気付いたことがあります。
それは容疑者6人が揃ってなぜ最後まで否認を続けたのか、逆にいえばなぜ警察や検察が拘留中の取り調べの中で「落さなかった」(罪を認めさせなかった)のかという疑問です。
一般に逮捕後の取り調べは苛酷で、やっていない人間までついつい「自白」してしまう程です。
ましてや相手は大学生、しかも逮捕時には一人は容疑を認め、三人は性行為を行ったと認めていたとされていたのが、なぜ取り調べ中に全員が否認に回ったのでしょうか。
取り調べ官の怠慢なのか、それとも警察と検察が故意に容疑者を「落さなかった」のか。
あるいは一般に公表できない、なんらかの事情があったのか。

もう一つ、取調べで頑強に否認すればするほど、通常は罪状が重くなります。
例えば電車内の痴漢事件でも、罪を認めれば執行猶予が付くか、軽い場合は罰金刑になりますが、これが否認を貫くと悪質で反省がないと判断され、実刑になるケースが多い。だからつい「やりました」と認めてしまうのです。
今回の事件こそ裁判にかけ、審理を通して事実を明らかにして欲しかったと思います。
しかし本件は、既に刑事事件としては決着しました。
最後まで釈然としない気持ちの残る事件でした。

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