こまつ座「兄おとうと」@紀伊國屋サザンシアター(8/2)
現在こまつ座第八十八回公演「兄おとうと」が紀伊國屋サザンシアターで行われているが、8月2日の回を観劇。初演から数えて3度目の公演となるそうだ。
井上ひさし「兄おとうと」は吉野作造とその弟をテーマにしている。
吉野作造、若い方にはあまりお馴染みがないかも知れないが、明治の終りから昭和の初期にかけて活躍した言論人であり、民本主義の先駆者といわれる人だ。
東京帝国大学教授という学者だったのだが、広く国民本位の政治を説く一方、貧しい者や孤児のための病院、産院、孤児院を創って運営し、常に貧困にあえぐ人々の側に立って活動した人でもある。
これじゃあ立派過ぎて芝居にならないと考えた作者井上ひさしは、作造の弟・信次が岸信介や木戸幸一を部下にもつ高級官僚であり、大臣にまで登りつめた人物だったという事実に目を付けた。
更に、作造と信次兄弟の妻同士が姉妹だという事実に着目して、全く立場が正反対の兄弟の愛憎に、夫婦愛や姉妹同士の愛を重ねたドラマを作りあげた。
井上ひさし・作
鵜山仁・演出
<キャスト>
辻 萬長:吉野作造
剣 幸:妻、玉乃
大鷹 明良:作造の弟、信次
高橋 礼恵:妻で玉乃の実妹、君代
宮本 裕子:女中/女工/天津から来た娘/説教強盗/大連のママ(妹)
小嶋 尚樹:文部官僚/警察官/右翼/説教強盗/中小企業の社長(兄)
《ピアノ演奏》朴 勝哲
ストーリーは、
吉野家の兄弟、作造と信次は年の差が10才ながら揃って秀才、二人とも東京帝国大学に進み主席で卒業する。
学者の兄は国民あっての国家だと主張し、官僚の弟は国家あっての国民だと主張する。
兄は国民が主人公となる憲法を制定すべしと考え、弟は大日本帝国憲法こそが崇高であり、天皇の命に反するような兄の思想は反逆罪になると考える。
兄は国民の願いに応えるのが政治だと言い、弟は国家は国民を統制せねば破滅すると主張する。
全てに正反対の兄弟はやがて対立を深め、たまに会っては激論を闘わせたあげく、最後はケンカ別れになる始末。
しかし二人の妻同士である玉乃と君代は大の仲良し。それぞれが夫の生活を支えながら、兄弟二人と何とか仲直りさせようと図るが、なかなか上手くいかない。
ドラマは大正から昭和初期の世相を背景に、説教強盗やら大陸の出稼ぎやら右翼のテロやら貧富の差の拡大やら様々な問題が兄弟の周辺におこり・・・。
こう書いていくと、いかにも硬そうな印象を受けるだろうが、そこは井上ひさし作品、ピアノの生演奏にあわせて劇中の挿入歌が10曲。唄って踊って飛び跳ねて。
昔のMGMミュージカル映画並のやや安易な大団円には多少の抵抗はあったが、先ずは泣いて笑って楽しんでという趣向になっている。
劇中の作造のセリフ、「財閥の番犬に甘んじている政党に喝を入れろ。自分かわいさに志を失っている議員諸侯の尻を叩け。」は、今でも通ずる。
出演者では作造を演じた辻萬長がユーモラスな演技で会場を和ませ、妻の剣幸と弟の大鷹明良はハマリ役と見た。高橋礼恵は立ち振る舞いが美しい。
特筆すべきは五役を演じ分けた宮本裕子の芸達者ぶりで、どの役をやらせても実に堂に入っているし、支那娘のカンフー演技もお見事。
同じ五役を演じた小嶋尚樹の怪演と共に芝居を盛り上げた。
毎度のことながら、こまつ座はワキがしっかりしている。
公演は10月6日まで全国各地で。
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