「斎藤幸子」@ル・テアトル銀座
2,3ヶ月前に前売りを買ったりすると、はて何でこの公演を選んだのかしらと首を傾げることがある。
ル・テアトル銀座で行われている演劇「斉藤幸子」もそうで、出かける直前になって、ああそうだ、柳家喬太郎が初めて役者として舞台に立つというのでチケットを取ったのだと、ようやく思い出した。
客席は若い女性が目立ち、私のような爺さんは少数派である。
作 鈴木聡
演出 河原雅彦
<キャスト>
斉藤由貴/斉藤幸子
弘中麻紀/姉・悦子
きたろう/父・洋介
千葉雅子/叔母・吉田勝江
松村武/隣家の主・富山和夫
小林健一/息子・健一郎
明星真由美/近所のソープ嬢、占い師・矢口美奈子
粟根まこと/高校の担任・沢渡桂一
伊藤正之/同 教頭・村木茂
中山祐一朗/同級生・坂本卓也
鬼頭真也/同級生・田中由紀夫
柳家喬太郎/ビジネスパートナー・山崎正光
舞台は東京の下町・月島、もんじゃやき屋が軒を並べる。
もんじゃやき屋「さいとう」は、妻に先立たれた主人斉藤洋介が姉・悦子、妹・幸子の二人を男手一つで育て上げた。
隣も同業で「冨ちゃん」、こちらの父子とはもう数十年の付き合いで、幸子を自分の子どものように可愛がっている。
斉藤幸子という名前は、姓名判断によれば波乱万丈ということだが、幸子は周囲から可愛がられ、平凡な高校生活を送っていた。
ある日、幸子が師匠と慕う近所のソープ嬢から貰った毒カエルに噛まれて卒倒してから、幸子は「人生とは?幸せとは?」を真剣に考え出し、その時から幸子の境遇は大きく変転する。
幸子と同級生との恋模様あり、担任教師との駆け落ちあり、ビジネスパートナーの出現ありと、幸子の運命は正に「禍福はあざなえる縄のごとし」(Bad luck often brings good luck.)。
果たして斉藤幸子は、人生の幸せをつかむことができるのか・・・。
とにかくオモシロかった。前半は笑いが絶えず、後半はシンミリと笑いのミックス。3時間の公演は間然とするところがなく、そういう意味では上出来のコメディだといえる。
作者の鈴木聡はこの芝居を書くにあたり、要旨次のように述べている。
【初演は2001年で、その頃から日本が大きく変化しているのを感じた。日本中がアメリカ型の合理主義能力主義になって、ギスギスした社会になっていた。
それまでの会社というのは花見に行ったり飲みに行ったり、そういう雰囲気が次第に失われていきつつあった。
日本の共同体、近所づきあいとか家族関係とか、そういうものは先ず自分たちの足元にあるのではないかという世界観。
ちょっと不自然な日本へのアンチテーゼのようなものかも知れない。】
そういう意味ではこの芝居のモチーフは、映画の寅さんシリーズと似ている。あっちが葛飾柴又なら、こっちは月島だ。
斉藤家の居間は、寅さんの「とらや」とソックリだ。
しかしこの芝居が観客に受け入れられる理由は、それだけではない。
この芝居のストーリーが、全世界共通の物語のパターンを踏襲しているのだ。それは
step 1 セパレーション:主人公の旅立ち
step 2 イニシエーション:主人公が艱難辛苦に立ち向かい克服する
step 3 リターン:帰郷
から構成されていて、桃太郎も浦島太郎もシンデレラも白雪姫も皆このパターンだ。
多くの人がこの芝居を安心して見ていられるのも、ストーリーが基本型を踏んでいるからだ。
エンディングがご都合主義のキライはあるが、エンターテイメントとして優れている。
出演者では、ソープ嬢兼占い師を演じた明星真由美の演技が群を抜いていた。言動が、ヤクザの愛人をしていた私の従姉を彷彿とさせていて、何かとても懐かしい気分になった。
特に、父親が亡くなった時にサッパリとしたと笑っていながら、突然号泣するシーンは秀逸。
担任教師を演じた粟根まことの怪演も見応えがあった。黙って立っているだけでこの人は笑いを誘う。
俳優として初舞台の柳家喬太郎は、先ずは無難な演技というところ。一人で演じる噺家という世界と、大勢のスタッフや出演者とのアンサンブルで作り上げてゆく演劇とは、勝手が違って戸惑っただろう。
それより休憩が終わった直後の舞台で、犬の着グルミ姿で、もんじゃやきの説明をしながら後半のイントロダクションを行ったシーン、これはさすがである。
主役を熱演した斉藤由貴をはじめ、その他出演者が揃って芸達者で、芝居を盛り立てていた。
公演は30日まで。
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