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2009/10/31

三遊亭圓楽の死去に想う

三遊亭圓楽(円楽)が29日に亡くなった。享年76歳だった。
最後に見た高座は昨年11月末で、「板つき」というよりは、洋服で机と椅子という恰好だった。
トークが中心で二、三小咄を披露したが、思ったより元気な姿を見せていた。
落語となると、脳梗塞で倒れる2005年11月の数ヶ月前の圓楽一門会で「中村仲蔵」を演じたのを観たのが最後となった。
この時は既に調子が悪かったらしく、しばしば手拭いで口元を拭いながらの高座だったが、1時間近くの長丁場をよどみなく演じ、感動させてくれた。

私が在職していた会社のオフィスが一時期江東区にあり、昼食に通っていたレストランがたまたま元の「若竹」だった。
以前寄席だったせいか、レストランとしては天井が高かったのが印象的だった。
ただあまり便利な場所とはいえず、寄席のロケーションとしてはどうだったのだろうか。

圓楽の高座を実際に見たというのは、落語フアンでもそう回数は多くないと思われる。
活躍の舞台はTVの“笑点”司会者が中心で、あれだけの大御所でありながら独演会は圧倒的に少ない。
つまり落語家というよりは、実際にはTVタレント中心に活躍した芸人だったと思う。

落語家としての圓楽の特長は、明解な語り口と大らかな芸風にあった。
よく師匠である六代目三遊亭圓生に似ているといわれたものだが、圓生が陰なら圓楽は陽だ。
だから、どんな人情噺をやらせても湿っぽくならない。
「唐茄子屋政談」という演目があるが、めったに演じられない後半はやや陰惨な展開となるのだが、圓楽が演じると暗くならず、後口も爽やかな印象となる。
「文七元結」では他の演者と比べて、長屋での夫婦喧嘩の場面に重点をおくので、全体がカラッと明るいものとなる。
芸に艶と品もあって、「短命」のような艶笑噺をやらても全くいやらしくならない。
絶品といわれた「浜野矩随」については、他の追従を許さない。
同世代の志ん朝や談志とはまた違った魅力のある噺家であり、それだけにもうちょっと本業で活躍して欲しかったと思うのは、私だけだろうか。

五代目圓楽は、2010年に予定されている楽太郎の六代目圓楽襲名を見ることなく亡くなり、さぞかし心残りだったろうと推察する。
合掌。

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2009/10/30

中年の女狂い

「男はね、若いとき遊んどかないと、中年になってから女に狂うんだよ。」とは、私の母の言葉だ。
「お前みたいな堅いのが危ないんだから、今のうち遊んでおきな。」とも。
20歳ごろまで女っ気がなかった私の行く末を、母は真剣に心配していた。
幸か不幸か、私は母が予測したようにはならずに済んだのだが、その後の人生の中で、中年や熟年になってから特定の女性に入れあげる男を実際に見ることがあった。
母親の言葉は一面の真実をついていたのだ。

結婚詐欺容疑で逮捕された無職の女(34)の周辺にいた男性4人が不審死していたとされる事件が、いま話題になっている。
この女が男性たちの連続不審死に関与していたのかどうかは、今後の捜査の進展を待つしかないのだが、世間の関心はもう一つの、女が男性らから総額1億円近くを貢がせていたことも関心をよんでいる。
なかには7400万円近くを女に渡していた例もあったという。
なぜそんな大金をと思われるだろうが、これがあるのだ。
会社の同僚だった男が50歳過ぎてからある女性に入れあげ、結婚してくれるなら貯金していた5000万円をそっくり上げると申し出た。
その男は既婚で妻子があったんだから、世のなか分からないねえ。
幸い相手の女性が「良心的」な人で、断わられたから事なきを得たものの、悪いのに引っ掛かったら大金を騙し取られた可能性もあったわけだ。
夢中になってしまうと、相手のことも周囲も全く見えなくなってしまう。
そこが恐いし、悪いのにつけ込まれるスキを与えてしまうことになる。

若い時だって失敗はあるし、騙されることだってある。しかしお金がないから被害は少なくて済むし、立ち直りも早い。
一度痛い目に遭ってあけば、中年になって誘惑されても対処ができる。
つまりインフルエンザのワクチンと理屈は一緒である。

巧妙な詐欺師から身を守るのは、とても難しい。
男性諸氏は中年になって悪い女に引っ掛からぬように、若い時にしっかりと遊んで「免疫」をつけておくことが必要かも知れない。

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2009/10/29

医師が患者をつくりだす(上)

いま介護に携わっている関係者の中で、密かに話題になっている薬品があるという。
その薬の名前は「リスパダール(一般名;リスペドリン)」という。
元々は「統合失調症」の治療薬なのだが、高齢者の認知症の治療薬として、抗うつ剤として、時には不眠症や精神安定剤としても処方される薬だ。
「リスパダール」を高齢者が服用すると、しばしば、
(1)手足が硬直し身体が動かなくなる
(2)唇の動きが悪くないヨダレが増える
(3)食欲が極端になくなり食べなくなる
(4)床に虫が這いまわるなどの幻覚を訴える場合もある
といったような副作用を呈するそうなのだ。
こうした副作用情報は公開されているのだが、処方している医師の知識不足が問題を引き起している。

症状が重くなってホームヘルパーが気付くケースや、家族が気付いて介護福祉士やケアマネージャーに相談が持ち込まれるケースとがある。
その副作用例は、ある一つの地域で数十例に達するというから穏やかでない。
前記の(1)から(4)の症状を訴えるので、「もしかしてリスパダールを飲んでいませんか」と訊くと、「そうです」という答えが返ってくることもあるという。
時には生命の危険性にさえ及ぶこともあるそうだから、深刻な問題なのだ。

なぜこのような事が起きるのだろうか。
ある症状を訴えて高齢者が医師を訪れる。
治療薬として「リスパダール」が処方され、患者は指示通り服用する。ここまでは良い。
処が、症状が改善されないと、あるいはもっと重くなったと訴えると、知識の乏しい医師の中には、単純に用量を増やしてしまう。
そうすると患者の副作用がさらに強くなり症状が悪化する。それに対して、医者はさらに薬剤の用法用量を増やす。
こうして悪循環におちいっていく。

どこかで歯止めがかかれば良いのだろうが、これがなかなか難しいという実情がある。
元々患者が持っていった症状と副作用が似ているため、原因が薬だと気付きにくいのだ。
まして高齢者の場合、本人が気が付くというのは先ず有り得ない。
もう一つ、これも大きな問題として、患者やその家族が、医師に治療法にモノ申すことはとても困難なのだ。
副作用ではないかなどと訴えると、能力の低い医師ほど治療法が非難されたと受け止め、露骨に嫌な顔をされたり、時には逆切れされることもある。
お世話になっている医者との間が気まずくなるのを避けるため、黙って治療に従って重症に陥っていくというパターンが多いのだ。

相談を受けたケアワーカーやケアマネージャーは、とりあえず家族を説得して、「リスパダール」の服用を止めさせる。
そうすると殆んどの患者の症状が改善し、通常の日常生活に復帰できるのだそうだ。
医師によってはこの薬品に対する知識がなく、「1日量は12mgをこえないこと」という注意書きがあるにも拘らず、その3倍も処方していたケースがあったという。
こういう医者が堂々と看板をだして営業しているのだから恐ろしい。

主に高齢者の副作用が問題となっているようだが、今の日本の医療制度では、上記のような民間の副作用情報がフィードバックできるシステムがないのだ。
例えばイギリスのように、患者や家族、介護者などの個々の副作用情報がフィードバックできるシステムになっていれば、情報の共用が可能になるのだが。
(続く)

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2009/10/28

「桂米朝」祝!文化勲章の受章

Photo「文化勲章に縁があるとは夢にも思わなんだ。えらいことをやってきたとは思えんのですが…でも、えらいことなんでしょうな」。
今年の文化勲章に桂米朝が、落語界で始めて受傷することが決まったが、その喜びの第一声でだが、いかにも米朝らしいモノ言いである。

噺家の経歴としては、珍しく落語の評論の世界から入ったせいか、この人によって沢山の古い廃れかけたネタを掘りおこされた。
米朝のCDの多くは演者自身が解説を書いているし、「桂米朝落語全集」シリーズでは、全ての演目に速記録が付録として収められている。
落語家であり落語研究家でもある、そうした米朝の特質が異例の受賞につながったのではなかろうか。
もちろん、消滅の危機にあった上方落語を復興させた功績も大きい。

こう書くといかにもお堅い芸人という印象も持たれるかも知れないが、さにあらず。
米朝の高座は愛敬があって、品の中に艶を感じる佇まいだ。
想像だが、京都の祇園や先斗町辺りで、そうとう遊んだのだろう。そうでなければ、あの色気は出てこない。
落語には一家言をもっていても、絶対に「落語とは・・・」などと客に向かって野暮な説教はしない。そこが立川談志と違うところだ。
自らの哲学は、自らの芸を通して語る。
それこそが「上方風流(かみがたぶり)」なのだろう。
絶品と評価の高い「地獄八景亡者戯」、「三十石夢の通路」や「百年目」といった大ネタはもちろん、軽い滑稽噺をやらせても実に上手い。
この人に比肩しうる噺家は、現在の東京落語界にはいない。

桂米朝は俳号を「八十八(やそはち)」といい、「東京やなぎ句会」のメンバーの一人である。
下に、いくつかの俳句を紹介するが、これがいかにも米朝らしい洒脱な味わいがある。

うちの子でない子がいてる昼寝覚め
夏の夜に置きたいような女なり
ふうわりと一ひら散りし牡丹かな
繭煮つつ中のカイコを思いけり
稲妻の帰りたくない夜の酒

ここ数年は病気や怪我に見舞われ、体力の衰えは隠しようもないが、まだまだ活躍して欲しい人だ。

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2009/10/27

「核廃絶」についてチョット嬉しいニュース

嬉しいニュースが一つ。
日本が主導して、国連総会第1委員会(軍縮)に提出した核廃絶決議案の共同提案国数が、既に70カ国に達したもようで、過去最多になったことが明らかになった。
今までに最高だったのは昨年の58カ国で、今年は初めて米国が共同提案に加わったこともあり、関係者は「軍縮に向けた国際社会の機運はかつてなく高い」と期待を高めている。 
日本代表団は引き続き28日に行われる委員会採決での賛成票の上積みを目指し、各国への働き掛けを継続する方針だ。

もう一つは、広島と長崎の被爆者が世界の人たちに被爆体験を伝える様子を描いたドキュメンタリー映画「フラッシュ・オブ・ホープ」が、26日ニューヨークの国連本部の会議場で上映された。
コスタリカのエリカ・バニャレロ監督(28)の作品で、今回が初上映。
被爆者103人が非政府組織(NGO)「ピースボート」の主催で世界各地を巡った船旅を追い、被爆者の肉声を通じて核廃絶の重要性を訴える内容とのこと。

嬉しいじゃありませんか。
太平洋の反対側にある国コスタリカの、それも若い28歳の監督が、日本の被爆者をテーマにした映画を製作したんですよ。
国連での核廃絶決議も、年々少しずつだけど共同提案国が増えてきて、今年は核保有国のアメリカも加わるという、これも新しい動きですね。
20世紀に開発された悪魔の兵器「核」、21世紀には廃絶できるよう何とか知恵を絞りたいものです。
国連決議も即効性は期待できないものの、同じ主張を繰り返すことにより、核兵器の保有そのものが悪だという国際世論を形成していくことが大事なのでしょう。
「核核しかじか」と。

こんどは嫌なニュースを一つ。
新体制となる日本郵政の社外取締役として、作家の曽野綾子氏(78)が同社の社外取締役に就任する方向だそうですな。
なんでまた、悪名高いアノ曽野綾子なんですかね。
どうも民主党の考えていることはよく分からないねぇ。

こんなこと書いてると、また暴言・妄言ブログと批判されちゃうかも。

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2009/10/26

ハローワークで仕事はみつからない

失業率は高どまりに、求人倍率が過去最低水準を記録するなか、新聞やTVの報道番組で、ハローワークで就職先を探す人の姿をしばしば目にする。
なかなか適当な仕事先がみつからないという人が大半のようで気の毒に思うのだが、反面ハローワークで仕事が見つかるのだろうかという疑問がわいてくる。
5年ほど前にリタイアーするまで40年以上サラリーマン生活を送った経験からいうと、
・勤務先をはじめ、取引先、下請け、外注先の企業で
・友人、知人、親類の人たちで
ハローワークを通して従業員を採用したり、就職や転職をした例はごく稀だ。
ほとんど期待できないと言ったほうが正確だろう。

先ず、採用する側からすると、ハローワークに求人募集をかけても応募する人がいない。
たまに応募してきても、大半が雇用保険(失業保険)受給のための回数稼ぎであり、最初から就職の意志のない人なのだ。
手間がかかるだけなので、次からは求人をかけなくなる。
私自身の経験では、短期間の軽作業でハローワークから数名紹介を受けたことがある。ところが目を離すと直ぐにサボり始める人ばかりで、一度でコリゴリした。
地元のハローワークからは、「何とか求人募集をお願いしますよ」と頼まれても、事情を話して断ることになる。
企業の側からすれば、ハローワークはあてに出来ないのだ。

会社を定年退職してから、雇用保険を受給するために数ヶ月間ハローワークに通った。
求職のフリをするだけだし、また実際にこれといった特技のない高齢者の就職先などない。
ハローワークの職員も事情はわかっているので、職業紹介も形だけで済ませる。
同僚で新たな企業に就職した者もいたが、いずれもハローワーク以外で仕事先を見つけている。
ここ数年で劇的な変化がないとすれば、今もハローワークは職業紹介所としての役割は期待できないと思われる。

マスコミはそうしたハローワークの実態を隠して、失業や求職難の「絵」作りのために利用している、そんな気がしてならない。
それよりハローワークに職業紹介の機能を持たせるためにどうしたら良いかを、真剣に考えるべきではなかろうか。
ハローワークに行けばいい仕事先がみつかる、ハローワークに求人を出せば優秀な人材が確保できる、そういう役割が持てないなら存在意義が問われる。

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2009/10/25

よってたかって秋らくご(昼の部)@よみうりホール

「21世紀スペシャル寄席ONEDAY」という大仰なタイトルの落語会。「よってたかって秋らくご」は10月24日よみうりホールで行われた。
夜の部は前売り完売だが、昼の部は空席が目立ったのは顔づけのせいだろう。

本公演の企画は「夢空間」。毎度のことながらここが主催する公演は、入り口で他の公演の宣伝を馬に食わせるほど配るのに、肝心の当日の公演についてはビラ1枚出さない。最低でも番組だけでも書いたものを渡したらどうか。
それと「夢空間」が主催する落語会だが、ただ広い会場を用意し人気者を集めるという、何の工夫もない会が大半だ。
金儲けにはなるのだろうが、こんな企画会社が幅を利かすようでは、落語ブームも底の浅いものに終りかねない。

<番組>
前座・柳亭市也「金明竹」
若いのに滑舌があまり良くない。
・春風亭一之輔「茶の湯」
三軒長屋の引越し騒動はカットし、御点前の時の表情の変化で見せる、軽快なテンポの演出だった。
マクラのつかみかも堂に入ってきたし、もう実力は真打だ。
・川柳川柳「ガーコン」
酒癖が悪くなければ人間国宝にしたい位だが、惜しい。
声の調子が悪かったのだろうか、珍しく水を飲みながらの高座となった。

~仲入り~
・桃月庵白酒「替り目」
予てから実力は十分だったが、近ごろは人気も出てきた。
このネタでは、古今亭の伝統を受け継いでいる。それと白酒が演じるおかみさんには、色気がある。
珍しく最後のオチまで演じて、とても出来の良い「替り目」だった。
・柳亭市馬「掛取り」
一足早いが、年末恒例のネタ。
これから又何回か聴くことになるだろうが、最近では市馬の掛取りで歳末気分を味わうようになってしまった。
しかしいつ聴いても、いい声だねえ。

川柳のガーコン、いつ聴いても結構ですよ。
だけど、この顔ぶれにナゼ川柳なんだろう。
寄席(定席)じゃないんだから、落語会なんだから。

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安藤美姫、GPロシア杯で優勝!

24日に行われたフィギュアスケートのグランプリ(GP)シリーズ第2戦ロシア杯で、SP3位の安藤美姫が自由で114.75点をマークしてトップとなり、合計171.93点で逆転優勝を果たした。
GPシリーズで安藤美姫は、2006年のアメリカ大会以来、3季ぶりの2勝目となった。
GPファイナルで表彰台に上がれれば、バンクーバー五輪の女子フィギュア代表の道が開かれるので、次のNHK杯での活躍に期待したい。

ネットの画像ランキングでは、相変わらず安藤美姫は断トツの人気を保っている。
男性フアンの根強い支持にささえられているのだろう。
人気の秘密は、男の目から見て安藤は「大人の女性」にうつる。
早くいえば、世の男どもの劣情をくすぐるのだ。
そして、あのモロゾフコーチの魔手から逃れられるよう、きっと心の中で祈っているのだろう。
ピュアだなぁ。

Gp2009

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2009/10/23

キエフ国立フィルハーモニー交響楽団&イヴリー・ギトリス

公演日 2009年10月22日(木) 19時
会場 東京文化会館大ホール
演奏 キエフ国立フィルハーモニー交響楽団
指揮 ニコライ・ジャジューラ
ヴァイオリン イヴリー・ギトリス
<プログラム>
チャイコフスキー:弦楽セレナーデ
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲
チャイコフスキー:交響曲第5番
(他にアンコール5曲)

いやー、来てみて良かったなあとシミジミ感じるクラシックコンサートというは、そう滅多にお目にかかれるものではない。
フアンには失礼かも知れないが、それほど期待していなかったのだが、これが実にいいのだ。
ただ、どこが?と訊かれても上手く説明できないかも知れない。
行けば分かるさ、というのが正解だと思う。そんなコンサートだった。

キエフ・フィルがあるウクライナだが、多くの芸術家を輩出している国として知られている。
今回の奏者、イヴリー・ギトリスもウクライナ系ユダヤ人の血が入っているが、ヴァイオリニストだけでもオイストラフ、ミルシュテイン、アイザック・スターンという20世紀を代表する巨匠がズラリと顔を揃えている。
作曲家チャイコフスキーも父方はウクライナ人だ。
だから今回の演奏者も楽曲も、みなウクライナつながりというわけだ。

イヴリー・ギトリス、おん年87歳の最高齢現役ヴァイオリニスト。
背中をまるめたご老人がユックリと舞台に登場する。
いきなり音出しをして、さあ演奏開始かと思ったら片手をあげて制し、譜面を指しながら指揮者に二言三言。ではいよいよと思ったら、今度はハンカチを出して顔を拭いたり、鼻を拭いたり。
このユーモラスな雰囲気に、会場から笑いが漏れる。
なんだかリハーサル風景を眺めているような、そんな気分になる。

ヴァイオリン協奏曲の演奏が始まり、ヴァイオリンの最初のパートがスタートした時は、正直いって大丈夫か?と思った。
手元にいくつかあるチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲のCDとは、全く音が違うのだ。
第一楽章の長いガデンツァに入ってもその違和感は消えない。
ちゃんと譜面の通りに演奏しているんだろうな、そんな疑問も湧いてくる。
だけど、だけど、何だか次第に演奏に引き込まれていく。

アンコールでも繰り返された第二楽章に入る頃は、もうウットリと聞きほれていた。
実はこのチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲、今まであまり好きな曲ではなかったのだが、初めていい曲だなあと思ってしまった。
一口でいうと、「良い子のみなさんは真似しないように」という演奏。
落語でいえば、古今亭志ん生のような。
何を言ってるのか分からないって? そうでしょう、言ってる本人も分からないのだから。
とにかく良かったということ。
アンコール2曲目は日本の「浜辺の歌」、このお爺さん、サービス精神旺盛、偉い!

キエフ国立フィルハーモニー交響楽団の演奏、細かなことでは色々あるんだろうが、じっと聴いていると未だ見ぬウクライナという国の風土や文化、そして大草原を渡ってくる風が感じられる。
とてもハートフルな演奏会だった。

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2009/10/22

ブログ(部録倶)の愉しさ

ブログを始めてかれこれ4年半が経とうとしている。
きっかけは会社をリタイアーして暇ができたことが第一。
第二は、人間いつかはこの世から消えてゆくのだが、何か自分の痕跡を残しておきたい。
第三は、リタイアーすると社会との接点というのが殆んど失われていく。ブログを通じてわずかでも社会と通じていたい。
そんな思いから、同居人の冷たい視線を背中に感じながら、日々キーをたたいている。
したがってブログを通じて世の中を良くしていこうとか、社会に貢献しようとか、そんな高邁な理想は一切なく、極めて個人的かつ利己的な動機で始めたものだ。

それでも沢山の方にアクセスして貰へるのは嬉しいことだ。
参考にはならなくても、時間つぶし位には役立っているのかも知れない。
どういう方々に読まれているのか見当もつかないが、記事の内容から察すれば、政治と芸能に関心がある、ちょいと助平な(チョイスケ)オニイさんたちという姿を頭に描いている。
当方も、一応そうした読者層を念頭において記事にしてはいる。
以前に「ブログは書くカラオケ」と書いたことがあるが、聴くことを強制しないだけ、下手なカラオケより被害は少ないだろう。

当ブログへキーワード検索でアクセスされる方々がいるが、これも嬉しいことだ。
どこまでご期待に応えられたかは分からないが、もしかすると参考にして貰えたかなという思いもある。
時にヤフーやグーグルなどの検察サイトで、特定のキーワードを入れると、トップに当ブログが表示される場合がある。
こういうのを見つけると、なんか運動会の徒競走で一等をとったような気分になる。

そんなショウもない心境で、今日もパソコンの前に座っている。

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2009/10/21

日本郵政の後任社長は「天下り」官僚

亀井静香郵政改革担当相は本日記者会見し、辞任表明した日本郵政の西川善文社長の後任の新社長に、元大蔵事務次官で東京金融取引所社長の斎藤次郎氏を充てる人事を発表した。
斎藤氏は1959年大蔵省(現財務省)に入り、主計局長、事務次官などを経て2005年5月から東京金融先物取引所社長を務めている。
細川連立政権時代に大蔵事務次官を務め、当時はカミソリ次郎として権勢を極めていた。
民主党の小沢一郎幹事長と極めて親しい関係にあることは夙に知られていて、退官後はメデタク金融機関に天下っていたわけだ。
斎藤次郎氏のように人物を日本郵政社長に据えるということと、民主党が主張している「脱官僚」「天下り禁止」というスローガンとの整合性はどうなるのだろうか。

自民党政権時代が官僚支配だっとことは明白な事実だ。
だがそれは高級官僚の方が、議員より優秀だったから彼らの言いなりにならざるを得なかったということ。
ジイさんやオヤジが議員だったというだけで七光りで当選してきた人間と、キャリア試験に合格して任官した人間とでは、しょせん勝負にならなかったのだ。
すでに鳩山内閣では、副大臣や政務官に財務省出身者が多く、既に「脱官僚・入財務」といわれている。
新任の各大臣たちも既に官僚集団に取り込まれつつあるわけで、やはり「勝負の世界」はキビシイ。
 

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「いい年して」って、いくつなの?

「いい年(歳)して」と言われたことのある人は多いだろう。特に男は。
ワタシの場合も、美しい女性の画像や映像をウットリ見ほれていたりすると、同居人から「いい年して、もぉー」の非難の声を浴びる。あれって、最後の「もぉー」はナンなんですかね。
だいたい女性に興味を失ったら、オトコ稼業はオシマイだよね。そう思いませんか、全国のお父さん!

その「いい年」て、いったい何歳を指すのだろうか。その定義が分かれば、「オレはまだ、いい年じゃないぞ」と反論ができるわけだ。
そんなことはどこにも書かれていない。
試しにgoogleで「いい年して」を英訳してみたら、”Have a good year.”と出てきた。違うんだよなぁ。
ネットで調べていたら、あるサイトでアンケート結果が出ていたので、参考までに下記に示す。

いい年      票数
15歳        1票
18歳        5票
20歳        1票
22歳        5票
25歳       32票
27歳        1票
30歳       34票
40歳        3票
対象者の年齢  9票
見た目が老けた人3票
―――――――――――
総投票数     94票

この結果からすれば、25-30歳あたりから「いい年」になるようだ。
ただしこのアンケートは、おそらく若い年齢層の人たちの声であって、あまり参考になりそうもない。
国民全体から無作為抽出で調査したら、もっと異なった答になっていただろう。まあ、そんなバカバカしいことをする人は、誰もいないだろうが。
若い人なら親から、中高年なら妻や友人から、熟年になれば子供から言われるだろうから、シチュエーションによって該当する年令も変化してくる。
上のアンケートの回答の中でも、「対象者」や「見た目」の回答が的を得ているような気がする。

「いい年して」というのは絶対的な年令ではなく、言動が実年令に相応しくないという意味になるだろう。
数式化すれば、こうなる。
「いい年」度=(実際の年令)―(思考や行動から類推される年令)
つまり「いい年」の度合いが大きいうことは、年令と言動のギャップが大きいということであり、歳のわりに言うことや、やる事が若いネということだ。
ここに至って、実は「いい年して」というにはホメ言葉だと確信できた。
ご同輩の諸君、いつまでも精神的な若さを保ち、「いい年して」と言われ続けようではないか。

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2009/10/20

「警官の下着窃盗事件」で気になること

兵庫県警の巡査が事件の目撃者宅を事情聴取のため訪れた際に、目撃者の中学2年の女子生徒(14)の部屋から下着を盗んだとして、窃盗容疑で逮捕される事件があった。
逮捕された県警網干署地域課の宮本祐貴巡査(26)は、17日午後1時50分ごろ、姫路市内で起きた公然わいせつ事件を目撃した女子生徒の自宅を事情聴取のため訪れ、すきを見て女子生徒の部屋に入り込み、たんすの中から下着類約25点を盗んだというものだ。
宮本祐貴巡査が女子中学生宅を訪れた際に、自宅には女子生徒と妹しかおらず、巡査が「署と携帯電話で連絡を取るが、通話内容を聞かれたくない」と言って、かばんを持って部屋に入っていた。
その後、女子中学生がたんすの引き出しを開けて被害に気付き、帰宅していた母親が警察に通報して、事件が判明したものである。
宮本巡査は容疑を認めている。

制服の警官が勤務中に家屋に入り込み下着を盗むという行為は、警察官としてあるまじきとんでもない行為であるが、それ以前の問題点もある。

先ず、女子児童二人しかいない自宅に、警官が事情聴取に訪れた行為である。
両親が不在で幼い姉妹しかいない状況であれば、自宅での事情聴取すること自体が不適切だった。保護者が立会いの上で事情を聞くべきだった。
女生徒が下半身を露出した公然わいせつの男を目撃したとして通報していたもので、それほどの緊急性はなかったと思われる。

次に、宮本容疑者が口実をもうけて室内に入り込んだという事実だ。
捜査令状なしに警官が家宅に入るのは違法行為だろう。
まして相手は目撃者であり、いかなる理由があろうと室内に入る権利はない。
この警官は、どうも最初から下着を盗む目的で、女生徒の自宅を訪問したのではなかろうか。

1978年1月10日、東京・世田谷区のアパートで、制服姿の警察官・松山純弘巡査(当時20歳)が、この部屋の女子大生(22歳)を暴行し殺害するという事件が起きた。
この事件で松山巡査は、女子大生の住むアパートに向い、部屋の両隣が留守なのを確認してから、ノックをし、「交番から巡回連絡に来ました」と声をかけている。
被害者は相手が制服の警官だったので、ドアを開けたものと思われる。
身元調査により予め被害者が一人住まいであることを確かめた上で、押し入ったものだ。
警察はこの事件を受けて、女性だけの家に警官が訪れることに厳しい規程を設けている筈だが。

下着窃盗事件全体から感じるのは、下着が盗まれる程度で済んだことは、むしろ幸いだったかも知れない。
もし家に被害者一人だけだったらと想像すると、ゾッとする事件である。

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2009/10/18

三遊亭遊雀勉強会・神無月会(10/17)@お江戸日本橋亭

朝日名人会が終わってそのままお江戸日本橋亭へ直行。
雨が降り出した中で開演前の長い行列、フアンというのは有り難いものだ。

<番組>
三遊亭遊雀「ご挨拶」
三笑亭朝夢「権助魚」
三遊亭遊雀「大工調べ」
~仲入り~
三遊亭遊雀「禁酒番屋」

冒頭に「ご挨拶」ということで遊雀が登場し、25日に行われる「芸協らくごまつり」の準備の苦労話が紹介された。
独演会でこういう風に本人の挨拶があるというのは、とても良い。下手な前座を出して盛り下がるよりは、ここで演者と観客の気持ちが一つになっていくからだ。
内容も、融通のきかない消防士「藤田くん」とのエピソードが立派な小咄になっており、しかもこれが後で演じる「大工調べ」のマクラにもなっているという趣向。こういう処がさすがである。

ゲストの三笑亭朝夢、雑誌の編集者だったという経歴だそうで、サラリーマン時代に二ツ目当時の遊雀との出会いが、落語家へ入門するきっかけだったとマクラで紹介があった。
落語家というより歌舞伎役者のような風貌で、女形を演じると古今亭菊之丞に似ている。
間のとり方と動きのムダをなくせば、もっと面白くなるだろう。

さて「大工調べ」だが、遊雀は努力が報われにくいネタだと言っていた。確かにこの噺の眼目は、家主の前で棟梁が啖呵を切る場面で、この出来が全てを決めてしまう。
演者は次第にテンションを上げていきながら、それでいて怒りが過ぎてもいけず、少なくてもいけず、その按配が難しいのだそうだ。そんなマクラを聴かされていると、啖呵のシーンでこっちも緊張してくる。「アー、上手くいった」ってな具合で拍手である。
因業な大家、気風の良い棟梁、それの与太郎の演じ分けも見事に、颯爽とした「大工調べ」だった。

後半の「禁酒番屋」は、酒飲みの落語家のエピソードをマクラに振って本題へ。
間近で見てつくづく感じたのは、遊雀の魅力は目だ。目の使い方が上手く、文字通り目にモノを言わせている。
酒屋の奉公人と番屋の侍とのヤリトリも、この目の動きが活きている。
それと高座での独特の愛敬は前の師匠である権太楼に似ている。やはり師弟はあらそえないものだ。

独演会というよりは、「遊雀ショー」という趣の楽しい会となった。

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#93朝日名人会(10/17)@朝日ホール

10月17日は有楽町朝日ホールで開かれた弟93回朝日名人会に出向く。
同じ落語会でも会場によって少し客層が異なるというのも面白い。
ここの会場の客ダネは、やや歌舞伎座に似ているような気がする。早くいえば懐具合が良さそうな人が多い。
って言ったって、別に狙っているわけじゃないから、ご安心を!
会場は補助席も出る満員御礼である。

<番組>
前座・柳家花いち「寿限無」
名前は「花いち」、出来は「今いち」。
・春風亭一之輔「代脈」
医者の弟子と駕篭カキとのヤリトリがカットされた短縮版。
近ごろは風格さえ漂う一之輔、あまり余計なクスグリを入れず正統派の演出。
だが私はどうもこのネタの面白さがよく分からない。
・三遊亭金時「井戸の茶碗」
金時の芸は折り目正しく品があるから、こうしたネタはピッタリだ。
浪人と若侍、屑やの演じ分けもしっかりとしていて、とても出来の良い「井戸茶」に仕上がっていた。
・桂文珍「そこつ長屋」
上方落語から東京に移したネタというのは多いが、その逆は少ない。有名なのは東の「酢豆腐」が、西へいくと「ちりとてちん」。
文珍は既に「星野屋」を上方に移した実績があるが、今回は東京の「粗忽長屋」を、大阪へ舞台を移しての「そこつ長屋」、この日がそのお披露目だったようだ。
文珍は「女」が上手くないので、「星野屋」は成功したとは言えないが、こちらのネタは良くできていた。
お囃子を入れて賑やかな演出にし、粗忽者をもう一人増やすことにより、面白さを引き立たせていた。「まとも」と「変」が入れ替わっていくのだ。
それと文珍の時事ネタのマクラは、いつ聴いても面白い。こうした点は、東京の落語家ももっと見習って欲しいところだ。

~仲入り~
・三遊亭小遊三「蜘蛛駕籠」
小遊三の明るい芸風が生かされてネタだった。
ただ大看板になった今、いつまでもこういう立場に留まっていて良いのか、チョット考えものではある。
・桂歌丸「真景累ヶ淵~豊志賀の死」
丁寧だし上手いのだが、いかんせん退屈なのだ。
こういう演目では、演者は押したり引いたりしながら喋らないと、観客は眠気に勝てなくなる。
意欲だけでは客は付いてこない。

後半、物足りなさが残る会だった。

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【野村解任】「楽天」の危機管理の甘さ

楽天イーグルスのパ・リーグCS第二ステージへの進出がきまった。リーグ戦では2位だったが、短期決戦に強い野村監督のことだから、事によれば事によるかも知れないという期待を抱かせる。
とにあれ、あれだけのオンボロ球団をここまで押し上げた野村監督の手腕はたいしたものだ。

さて、その野村監督だが、楽天球団との契約が今季で切れ、退陣することが決定している。
このことを巡ってシーズン終了時から、ノムさんの球団批判がボルテージを上げている。
楽天からしてみれば、3年契約をさらに1年に限り延長して、その契約が終了したのだから退団は当然だということになる。つまり理屈の上では楽天側になんら誤りはない。
しかし野村監督側からみれば、ここまで成績を上げたのだから、契約の再延長は当然だと受け止めていたのだろう。

ここのところのスポーツ紙は、毎日のように野村監督のボヤキ談話が掲載されている。最近は「ボヤキ」を通りこして、「恨み節」である。
CS第一戦試合前のミーティングで、ノムさんは珍しく選手たちの前で涙を流したそうだ。
「悔し涙だよ。一生懸命やって、良い結果出して、悔しくて、血も涙もない」と、楽天球団に対する批判を口にした。
この一言は新聞やTVニュースを通して、全国に伝わることになる。
企業が球団を保有するのは、偏に企業イメージを上げるのが目的であり、特に今季のようにチームの成績が上がったときは、その絶好のチャンスの筈だった。
しかしどうだろう。
連日こうした報道により、「楽天という会社は、なんて冷酷なんだろう」と受けとられかねない。
法的にはなんら落ち度が無いにも拘らず、いつのまにか楽天は悪者扱いされることになるのだ。
ここが恐い。

「大物」を切るというのは、実に厄介なことなのだ。
これは何もプロ野球に限ったことではない。ビジネスの世界でもしばしばあることで、切り方を誤ると後でとんだしっぺ返しを受けることになる。
退陣は既定路線だったとしても、球団側は野村監督に礼を尽くし、「顔を立てる」ことに努力すべきだった。
それをシーズン終了後に、とってつけたように「名誉監督」を持ち出しものだから、余計に本人の怒りを買ってしまった。
野村解任騒動が、楽天にとってダメージになるようであれば、これは企業の危機管理が甘かったといわれても仕方がない。
楽天は若い会社だけに、そうしたことに気配りできる企業風土も人材も欠けているのだろう。
「成り上がり」の弱点である。

昨日の落語会で桂文珍がこう言っていた。
「野村さんは野球が好きなんです。野球を続けたいんです。野球を辞めて家に帰ると、あの奥さんがいるんですよ。辛いですよぉー。」
その辺りが真相かも。

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2009/10/16

「エコエコ詐欺」にご注意を!

信条として「エコ」と名が付いた商品は買わないことにしている。
理由は簡単で、「エコ」にはニセモノが多く、保護するどころか環境を破壊する商品が多いのが実状だ。
花王の人気食用油「エコナ」が、国から特定保健用食品(特保)の表示許可を受けながら、発がん性が懸念される成分が検出されたのは記憶に新しい。
問題になったのは、エコナに含まれる成分「グリシドール脂肪酸エステル」が体内で分解されると、発がん性物質の「グリシドール」になる危険性があると指摘されたものだ。
これだけではない。
「エコナ」は2003年にも専門家から、主成分ジアシルグリセロール(DAG)にがんの進行を促進させる可能性があると指摘されていた。マウステストで、通常の油に比べ癌が増える傾向が出たためだ。
もう6年も前のことだった。
だいたい油なのに体に脂肪が付かないという効能に、そもそもムリがあったのだ。
「エコな」が聞いて呆れる。

現在進められている20年度予算編成において、「エコポイント制度」と「エコカー減税」の存続が議論されているが、この「エコ」も真っ赤なニセモノである。
本当に環境保護を考えるなら、できるだけ車に乗らないようにし、輸送手段としては電車やバスなどの公共交通機関を利用することが求められる。
エコカーなら環境に優しいだと、冗談言っちゃあいけねえ。
新車を生産したり、スクラップの車を処分するのにどれだけのエネルギーを使うと思ってるんだ。
これだけでも膨大な温室ガスを排出することになる。
電気で動くからCO2が出ないたって、その電気はどうやって作るんだい。
少し考えれば分かりそうなものだ。

エコポイント制度も又然り。
この制度の目的は、テレビの地デジ化を促進するために、政府がぶら下げたニンジンだ。
環境保護のためには、今使っている電化製品を一日でも長く大事に使うことが大切であり、ワケの分からないポイント制度で釣って早く新製品を買わせるというのは、環境破壊を促進するようなものだ。

景気を良くするためには、とにかく消費者は新しい製品をどんどん買ってくれというのなら、それはそれで話は分かる。
それを屁理屈をつけて「エコ」を標榜するなら、これは政府による「エコエコ詐欺」である。

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2009/10/15

【森田知事】大根役者の猿芝居

まるで「今泣いたカラスがもう笑うた」。
前の日は怒りを露わにした千葉県の森田健作知事だが、昨日の前原国交相との会談後は、一転して笑顔を見せていた。
しかし、当ブログの前記事で指摘した通り、
(1)羽田と成田空港は一体的に運用する。
(2)その中で羽田空港をハブ空港とする。
というが元々の考えだったので、両者の会談の前後で前原国交相の構想は何も変わっていないのだ。
例えていうなら、ソウルへの空の玄関口はキンポ(金浦)国際空港とインチョン(仁川)国際空港の2つあり、その中で大韓航空とアシアナ航空が仁川空港をハブ空港としているが、同じようなイメージととらえれば分かり易いだろう。

同じことに違った反応を見せた、森田知事のパフォーマンスである。
というよりは、大根役者の猿芝居。

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2009/10/14

羽田のハブ空港化と地域エゴ

前原国交相の羽田空港ハブ化構想に、予想されたとおり千葉県側からは猛反発の声が上がっている。
千葉県の森田知事は13日、記者会見で「本当、きのうね、頭にきて眠れませんでしたよ。・・・冗談じゃないって、そういう気持ちですよ」と怒りをぶちまけた。
「冗談じゃない」のはアンタの公選法と政治資金規正法違反疑惑のほうだろうと、ツッコミを入れたくなる。
成田空港がある成田市長も「(成田空港反対闘争で)血を流し、死んだ方もいる。そういった事実と歴史的経緯を忘れてもらっては困る」と述べていた。
主張がどうも感情的な方向に向かっていて、これでは何も解決できない。

先ずは成田と羽田両空港の概要を比較してみよう。
◇成田空港
1978年開港。A滑走路(4000m)のみの運用から2002年に2本目のB滑走路(2180m)が暫定的に供用をスタート。2009年10月に2500m化の工事が完了する。来春のダイヤ改正で本格運用が始まり、現在20万回の年間発着から22万回にアップする。
◇羽田空港
1931年開港。A滑走路(3000m)とB滑走路(2500m)、C滑走路(3000m)に続く4本目のD滑走路(2500m)が2010年10月の供用開始を目指して多摩川河口付近の海上に建設中。完成後は昼間の発着数が現在の30,3万回から40,7万回に引き上げられる。

この数字から何が見えてくるか。
第一に、成田に比べ羽田は規模が約二倍だということ。
第二に、旅客数を考えれば両空港を併用しなければまかなえないということ。
両者をあわせて、韓国のソウルや中国の上海の空港に太刀打ちできるようになる。
だから成田空港は今後も必要不可欠だし、縮小などいうことは有り得ないのだ。
これが前提。

次に「ハブ空港」とは。
これは北米と他の地域では定義が異なるらしいのだが、一応「航空路の基点となる空港の内、通常の空港よりも数多くの他空港への航空路が確保され、離着陸する航空機の機数や取り扱う旅客や貨物の量も非常に多い空港のこと。」と定義しておこう。
元々は当該空港から他の空港へと繋がる航空路の広がる様が、車輪のハブ(空港)とスポーク(航空路)のように見えることから、ハブ空港と呼ばれるようになったのが語源のようだ。
この他に、地域外から来た旅客を地域内の他の都市に送り届ける、又は地域内の旅客を集めて他地域に送り届けるゲートウェイ空港というのがある。
前原大臣の発言では、どちらを指しているのかハッキリしない部分もあるが、広い意味で「ハブ空港」としておく。

ハブ空港は航空会社が乗り継ぎ等の拠点として路線網を構築している空港のことを指す(例えば、アメリカン航空はダラス・フォートワース空港、大韓航空は仁川国際空港、など.)場合もあるが、アジアやヨーロッパ諸国では、主に国家戦略としてハブ空港の整備が行われている。
その理由としては、自国を代表する国際空港を国際路線における「ハブ空港」とすることにより、人の往来と貨物が集中して経済活動の要所となり、自国経済の発展の原動力の一つになりうるからだ。
日本はこの面では明らかに立ち遅れていて、このままでは空の輸送の面で地盤沈下の一方になりかねない。
そのハブ空港として、将来の拡張性を含めて羽田が最も適格だというのが前原国交相の見解だと思われる。

この構想が誤りだとするなら、千葉県や成田市側は正々堂々と反論すれば良い。
あるいはハブ空港として羽田の優位性を認めた上で、成田空港とどう共存させながら発展させてゆくか、そうした政策提案も必要だろう。
あまり地元にとって有利か不利かという議論だけに矮小化すると、「地域エゴ」と受け取られかねない。

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2009/10/13

「羽田のハブ空港化」構想を支持する

民主党も、たまには良いことを言う。というより歴代の自民党政権の航空行政がオソマツだったのだ。
なんの国家的戦略もなく、狭い国土に使いもしない空港だけをやたら建設し、ムリやりJALを就航させてきた。各地空港とJALの赤字の責任は自民党の悪政に起因する。
前原誠司国土交通相は10月12日、羽田空港を24時間運用の国際ハブ(拠点)空港として優先整備し、羽田が国内便、成田が国際便とすみ分けてきた首都圏空港の「内際分離」原則も撤廃する考えを表明した。
この考えは妥当である。

日本のような先進国の首都の空港として備えるべき条件は、次の通りだろう。
(1)都心へのアクセスが便利なこと
(2)国内各地への乗り継ぎが容易なこと
(3)夜間の発着が可能なこと
現在の成田空港は全てが失格だ。

成田は不便な空港として、世界的にも首都の空港ではワーストに数えられてきた。
新東京国際空港とは名ばかりで、都心からは遥か彼方だ。
国内便への乗り継ぎで羽田に移動するのが、極めて不便だ。
夜間の発着ができないということで、実は周辺の国の空港にしわ寄せをしていた。
その一方、韓国や香港、バンコクなどでは大規模な空港が建設され、空の輸送の主役をそれらの空港に奪われつつある。
このまま放置すれば、本来東アジアの玄関口であるべき東京の空港は寂れる一方になる。
現に韓国の仁川空港が日本のハブ空港化しつつあることは、多くの関係者に知られている。

日本が反転攻勢をかけるには、羽田のハブ空港化が最も現実的だ。
国際線は羽田に集中させ、日本各地には羽田から乗り継ぎで行くようにする。
JALの再建もこれしか手が無いだろう。現在のようにとにかく人員を減らし、縮小均衡を図るという経営改革案では、将来の展望が持てない。
かといって、米国など海外の航空会社に身売りするのも避けたいところだ。
羽田のハブ空港化により、JALの再建にも展望がひらけてくる。

大阪の橋下知事から異論が出されているようだが、狭い日本の国土にハブ空港は二つも、三つも必要ない。
先ずは羽田空港を軸にして、他の空港の役割を考えるべきだろう。
将来展望のない成田空港にこだわり続けたのは、明らかに失敗なのだ。

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国立演芸場10月中席・昼(10/12)

以前に国立演芸場が、定席を全席指定で前売り有りというシステムにしたことに対して、寄席文化の精神に反すると批判してきたが、問題はもう一つある。
出演者の予定が前売り時点では明らかにされない。この中席でいえばトリのさん喬は2日休演があるが、これではさん喬目当てでチケットを購入した人は詐欺にあったようなものだ。
前売りをする以上は、最低でもトリと中トリの予定は事前に示すべきだろう。
どうも「お上」というのはロクなことをしない。
それはさておき、10月12日は中席昼の部へ。

<番組>
前座・柳家いっぽん「子ほめ」
・柳家さん若「饅頭こわい」
二ツ目にしては落ち着いた高座だと思ったら、40歳だそうだ。遅い入門でハンディだろうが、頑張ってほしい。
・ホンキートンク「漫才」
久々にみたが面白くなっている。ここのところ、東京の若手漫才に勢いがでてきた。
・橘家文左衛門「二人癖(のめる)」
毎度お馴染みのパターンで八つぁんがご隠居さんを訪れ、さて今日は?と思ったらこのネタだった。
近ごろはあまり頻繁に高座に掛らなくなったが、よく出来た噺なのだ。文左衛門のアクの強さが生きていた。
・ダーク広和「奇術」
アピールの仕方が控えめだが、この人の手品は見事だ。薀蓄系の奇術である。
・金原亭伯楽「宮戸川」
こういうオーソドックスな演出で聴かせるというのは、芸の力だ。

―仲入り―
・大空遊平・かほり「漫才」
数が少なくなってきた夫婦漫才の中で気を吐いている。相変わらず面白い。
・三遊亭吉窓「都々逸親子」
こういう他愛もない噺を聴くのも寄席だからこそ。今日は踊りのサービスは無し。
・ぺぺ桜井「ギター漫談」
好きだなあ、この人の芸。
・柳家さん喬「妾馬」
さん喬の魅力は心地よいリズムの語りと、あたたかく包み込むような人物描写にあると思う。落語というより民話を聴いているような心持にさせるのは、そのためだろう。
この人の手にかかると、八五郎も荒くれ男というよりは、妹思いの優しい兄になる。
殿の御前で八五郎が妹・お鶴の近くにいって声をかけるシーン、周囲の人々に妹を宜しくと頭を下げてまわるシーンにはジンときた。

冒頭に国立演芸場を批判してしまったが、今日の入場料1800円は安い。
今月の中席はお勧めです。

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2009/10/12

道具仕立て芝居ばなし(10/11夜の部)@江戸博1Fホール

10月11日夜は江戸東京博物館へ。1Fホールで行われた落語会は正式には、「東京発・伝統WA感動落語公演~道具立て芝居ばなし」という長いタイトル。
どうもお役所が企画すると、こういう物々しい題名になる。プログラムの見返しに石原都知事の写真入りメッセージが載っていたのが気に入らない。この顔を見ただけで気が滅入る。
昼夜公演だが、この夜の部は客の入りが悪く、権太楼は8分の入りといってたが、実際は6分位だった。顔付けに比して寂しい。
落語ブームも少し影ってきたのだろうか。

・三遊亭金兵衛「初天神」
この日のようなマイクを使う会場では、声の出しかたに注意したほうが良い。あまり大声で怒鳴られると耳がガンガンする。
飴と蜜のすする音が同じというのも不自然な気がした。
・桂平治「普段の袴」
落語芸術協会の芸人は肩身がせまいというのは、芸協の人たちに自虐ネタの定番になっているが、そんなこと言っていないでもっと奮起をして欲しい。入門した時は、同じ水準だった筈だ。
平治は器用な噺家で、何をやらせてもソコソコ上手い。このネタも楽しく聴かせてくれたが、欲をいえば武家の仕種はもっと悠然と演じて欲しい。
・三遊亭歌武蔵「無精床」
他のブログでも書かれていたが、そろそろマクラの「かぶぞう」「キャバクラ」は卒業したらどうか。
テンポの良い「無精床」で面白かった。着実に芸が上達している。
・柳家権太楼「芝浜」
この日の観客の半分以上は権太楼が目当てだったろう。
「芝浜」は三代目桂三木助の極め付であり、以降の噺家はいかに三木助を乗り越えるかで悪戦苦闘しているかに見える。
権太楼の演出は、
・魚屋の亭主が芝の浜に行く前日に、女房に酒をやめると約束していた。
・浜で顔を洗うときに手拭いを流してしまい、それを拾おうとして財布をみつける。
・3年後の大晦日に女房から夢ではなかったと告げられた時に、亭主が「あの時の俺がどんなに辛い思いをしたか分かるか」と怒る。
などの独自の工夫がされている。
女房が事実を打ち明け、亭主がそれを受け容れるシーンにたっぷり時間をさき、味の濃い「芝浜」となった。
やや過剰演出気味ではあったが、詩情性あふれる三木助とは対極に位置する演出で、どちらを採るかは好みの問題だろう。

~仲入り~
・林家正雀「鰍沢」(道具仕立て芝居ばなし)
最後のオチの所まで行っても未だ幕が閉っていて、一体どこが「芝居ばなし」になるのだろうと思っていたら、最後に幕があいて背景が現れ、見栄を切ってひとセリフ(それも聴き取りにくい)でおしまい。
呆気にとられた観客が多かったろう。
あれでは「芝居ばなし」にした必然性が理解できない。
落語の部分についても正雀のセリフが単調で、特に間のとり方が悪い。
例えば旅人が、お熊が吉原の花魁だったと言い当てるシーンで「おまはん、誰なの」と驚く場面があるが、その間がダメなのだ。
旅人と月の輪お熊のセリフが同じリズムになっているので、全体が平板になってしまった。

公演時間が休憩を含めて2時間だったのと、トリの出来がイマイチだったせいか、物足りない印象が残った。

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2009/10/10

【阪神4位確定】建て直しには時間がかかるかも

阪神タイガースは10月8日の対ヤクルト戦に連敗し、今年のセ・リーグの4位が確定した。
昨シーズン後半の失速をそのまま引きずるようなスタートでの出遅れが最後までひびいた恰好だ。
今シーズンは開幕前に優勝はムリと予測したが、残念ながら予想が当たってしまった。
敗因は色々あるが、最大の問題はチームの若返りが進まなかったことにある。この点は優勝した巨人とは対照的だった。
ここ数年、阪神は投攻守のカナメを金本、下柳、矢野のいわゆるアラフォー・トリオに頼ってきた。その3人がケガなどで衰えをみせた途端、成績が下降してしまった。ツケがまわってきたのだ。

タイガースの来季からのチーム建て直しには、多くの課題が残されているが、大きな項目だけでも次の通りだ。
・エースを誰にするのか。下柳や安藤にはもう頼れない。
・4番に誰をすえるか。金本の衰えは隠しようもない。
・若手の内野手、特に足のある選手の育成。
・補強体制の見直し。オフシーズンに獲得した外国人選手とドラ1に、ことごとく失敗している現実をどう解決するのか。

新たなチーム作りには時間がかかるだろうし、阪神フアンも2-3年は早急な結果を求めないで辛抱することが必要かも知れない。
一方、主力選手が入れ替わってもAクラスを維持し続けている中日の落合監督や、あのオンボロチームを率いて2位にまで躍進させた野村監督をみるにつけ、やはり指揮官は大事だと認識させられる。
チーム作りに真弓監督がどこまでリーダーシップをとれるのか、そこは未知数だ。

いずれにしろ、下の写真のようなピチピチしたイキのいい選手が出現することが望まれる。
あれー? 画像を入れ間違ったかな。

Photo
 (クリックで画像が拡大)

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2009/10/09

【橋下知事メールバトル】非は職員の側にあり

大阪府の橋下徹知事への職員からの批判メールが問題となっているようだ。10月8日、橋下知事は女性職員のメールでの「物言い」に怒り、厳重注意処分を行ったというものだ。
そのメールの中味であるが、具体的には
「愚痴はブログ等で行って下さい」
「文も論理的ではなく、それなりの職についている人間の文章とも思えません」
「こんな感覚を持つ人が知事であることの方が私は恐ろしい」
と書かれていたとされる。
また橋下知事は、他の職員からのメールには「お前」呼ばわりするものが「100人ぐらいはいる」と指摘している。

私は橋下徹という人間が大嫌いだが、それとこれとは話が別。
知事のいう通りであるとすれば、職員の言葉づかいは明らかに社会常識にも、また職場のマナー(礼儀あるいは規律)にも反している。
橋下知事も大人げないという批判もあるようだが、非は一方的に問題となった職員の側にある。厳重注意処分は当然だろう。
役所だろうと法人だろうと組織には規律があり、職員間のマナーだって大事だ。
批判をするにしても表現には節度が必要で、まして上司に向かって「お前」呼ばわりなど以ての外であり、これらの職員は社会人としての資格を欠いている。

大阪府はこれを機会に、職員全体へのマナー教育を行ったらどうだろうか。
こいいう無礼な言葉づかいをする職員は、府民を相手にしても乱暴な態度をとる可能性があるからだ。

手紙やメールなど、相手の顔が見えない意志伝達では、特に礼儀を欠くことがないように留意せねばならない。
これはネットの世界でも言えることで、自分のサイト内は自宅と同じだから何を書こうと自由だが、相手のサイトの掲示板やコメント欄に書き込みをする場合は、最低限の礼儀を守ることが求められる。
こうしたルールが守れないような人は、どんな立派な意見を持っていようと人間として信用されない。

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2009/10/08

「小沢」賛歌(傘下)

鳩山、菅も 
小沢が頼り
君たちゃ自由に
させないからに

ポスト外せば 
あいつも煙
枝野、小宮山 
秋風そよぐ

煙たい仲間は
コワモテ脅し
早く行こうよ
一郎の下へ

静香、みずほは
本当にウザイ
多数とったら
捨てればいいさ

社民よ、さよなら
ご機嫌宜しゅう
国民新党
もう去っておくれ 

*************
原曲「雪山賛歌」

雪よ岩よ 
われ等が宿り
俺たちゃ 街には
住めないからに

シール外して 
パイプの煙
輝く尾根に
春風そよぐ

煙い小屋でも 
黄金の御殿
早く行こうよ
谷間の小屋へ

テントの中でも 
月見はできる
雨が降ったら 
濡れればいいさ

吹雪の日には 
本当に辛い
ピッケル握る
手が凍えるよ

(中略)

山よさよなら 
ご機嫌宜しゅう
また来る時にも
笑っておくれ

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「本屋が薦める」本ってナンダイ?

「本屋大賞」っていうのがあるそうだ。八百屋や魚屋の大将は近所にいるが、本屋のタイショウっていうのはあまり聞いたことがないけどねえ。
そういえば近ごろは書籍の宣伝に、「本屋が薦める」というキャッチコピーをよく目にする。
書店に行くと、やたらに「手書きPOP」というのが書棚に乱立していて、それによって売上げを伸ばすカリスマ店員や店長がいるのだそうだ。
アタシはあの押し付けがましい「手書きPOP」というのが大嫌いで、本屋に寄らなくなった。こっちとしては自分が好きな本を選びに行くのであって、あれこれ差し出がましいことはして欲しくないのだ。

本屋=本が好き=読書家という図式になっているなら、彼らが選んだ本を読む価値があるだろう。しかし書店員というのは果たしてみな読書家なのだろうか。
一昔前の本屋の主というのは、店の一番奥にある机の前にずっと座っていて、日長一日本を読んでいた人が多かった。今でも神保町界隈の古本屋に行くと、そうした書店主の姿を見ることができる。
こういう人なら書籍に詳しいだろうから、相談に乗ってもらったり意見をきいたりすれば参考になるだろう。
しかし最近の本屋の主(店長)や店員は、見ていると忙しそうに働いていて、店内で読書をしている姿など、ついぞ見たことがない。
通勤の行き帰りや自宅では読書をしているのかも知れないが、それならフツーの読書家となんら変わりがない。
で、あれば、「本屋が薦める」って、どういう意味があるのだろう。

「本屋大賞」を調べてみると、「全国書店員が選んだいちばん売りたい本」とある。多くの人に読んで欲しい本でもなんでもない。要するに本屋(書店)が売りたい本なのだ。
どんどん売りさばける回転率の良い本、端的にいえば単位売り場面積あたりの売上げが大きい商品であり、買い手側の利益を考慮したものではない。
そういえば、2009年本屋大賞の一位になった湊かなえ「告白」という本、家族が買ってきて読み終わり「ヒドイ本だから読んで見て」とすすめられて読んだが、確かにヒドイ代物だった。
ミステリーだが文章が稚拙で、プロの水準とはほど遠い。最後のドンデン返しがスゴイという触れ込みだったようだが、3分の2位のところで結末が予測できる。
長所といえるのは、軽くて直ぐに読めることだ。
こういう本なら書棚の回転率が上がって、書店としては喜ばしいのだろう。

昔から言うではないか、薬局がすすめる薬は買うなと。
それと同じだ。

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2009/10/06

石原知事は「ガキの使い」か

2016年夏季五輪開催都市に選ばれたリオデジャネイロは5日、国際オリンピック委員会(IOC)総会での選定について不適切な発言をしたとして、東京都の石原慎太郎知事を批判する声明を発表した。
声明では「(発言は)遺憾であることに加えてIOCのルールに反する」と指摘、「石原知事の失望させるような態度に驚いており、6日にIOCに正式に通知する」としている。

問題となっている発言内容には言及していないが、おそらく帰国直後の4日の記者会見での石原都知事の次の発言だろうと推測される。
「ブラジルの大統領が、聞くところ、アフリカの人にかなり思い切った約束をしたというようです。サルコジ大統領もフランスの戦闘機を買ってくれるなら、ブラジルを支持するとか」などと語っていた部分だ。

東京五輪に落選した石原知事だが、帰国してからの発言は上記のような言い訳と泣き言のオンパレードである。
IOCがやれ政治的だったとか、自民党の総裁選みたいだったとか、今ごろになってそんなゴタクを並べている。
IOC総会でのプレゼンテーションが東京が一番だったとも語っているが、そんなもの所詮はセレモニーであり、結論には影響しない。
オリンピックの世界は表面こそ華やかだが、一皮むけば魑魅魍魎の跋扈する汚い世界であることは夙に知られている。
IOC委員に対するすさまじい接待攻勢、そして最後は札束で頬っぺたを叩くというのが招致活動の基本だろう。
石原知事のリオに対する発言は多分その通りだろうが、それはお互い様で、他国のことをあれこれ批判するのは筋違いだ。

もし本気でそんなナマちょろいことを言っているとしたら、石原慎太郎は「ガキの使い」だったということだ。
これ以上晩節を汚さぬよう、知事を早く辞任すべきだろう。

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2009/10/05

【中川昭一氏の死去】鈴木宗男の涙の裏に・・・

Photo中川昭一氏の死亡を受けて、鈴木宗男・新党大地代表が会見で涙を流す姿を、複雑な気持ちで見たのは私だけではないだろう。
1983年に昭一の父、中川一郎氏が58歳で死亡したが、自殺であった。当初、死因は病死と発表されながらその後自殺と訂正されたこと、自殺にしては遺書がないなど不自然な点があったことから、他殺説も囁かれていた。
いずれにしろ中川一郎氏の死の原因と目されていたのは、他ならぬ鈴木宗男氏であったとされる。
鈴木は中川が最も信頼をおいていた秘書で、中川一郎氏の金庫番といわれた男だ。
当時の週刊誌などの報道によれば、その鈴木宗男氏が国会議員に立候補したいと言い出し、死の直前に中川一郎氏と激しく言い争いをしたと伝えられていた。
中川一郎氏はそのことを苦にして自殺に追い込まれたのではというのが、一部マスコミの観測だった。

その後の事態をみていくと、この推測があながち的外れではなかったと思われる。
父・中川一郎の死去に伴い、後継者として長男・中川昭一氏が立候補したのだが、その同じ選挙区から鈴木宗男氏が対立候補として立ち、まさに骨肉の争いを繰り広げたのだ。
今回の衆院選では鈴木宗男代表は民主党と連携して、北海道の自民党候補追い落としを図り、そうしたアオリもあって中川昭一氏が落選する結果となった。
昭一氏の死因は病死のようだが、落選による精神的な打撃が要因の一つにあげられるとすれば、鈴木代表の政治行動とも全く無縁とはいえまい。
涙の裏に、そんな事情も見え隠れする。

「因果はめぐる尾車の」である。

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2009/10/04

二つのオメデトウ

Photo_2先ずは2016年夏季オリンピックの開催が決まったリオネジャネイロにオメデトウを言いたい。
同じ地球に住んでいながらオリンピックが南半球で開かれる機会は極めて少なく、南米大陸では初めてだ。
G7からG20へ、あるいはBRICsという言葉に代表されるように、ここのところ新興国の発展は著しいし、それに伴って発言力も増してきている。
オリンピックが開催できるということは、新興国にとっては国際的に認知されたという自信につながる。
それに比べ今さら東京で五輪をやったからといって、何が変わるわけではない。
そういう意味で、リオに決まったのはとても喜ばしいことだと思う。
どうせ大多数の人々は、オリンピック競技はTV観戦になるのだから、どこで開催されようと同じだ。
リオネジャネイロは治安が悪く、市内は排気ガスモウモウという環境ではあるが、これも五輪開催を機に改善されていくことだろう。

次のオメデトウは、楽天イーグルスのCS進出が決まったことだ。
5年前は、こんなオンボロ球団、一体どうなるのかと思っていたが。
昭和25年にプロ野球のリーグが分裂してセ・パ両リーグができたとき、急造の新チームの中にはひどい弱小球団があった。そうしたチームの大半は数年を待たずに消えていった。
楽天もその轍を踏むのかと危惧していたが、いやいや立派なものだ。
最近、選手交代を告げるときに名前を間違いないようにコーチが付いてくるようになった野村監督だが、色んな意味でこの人がいなかったら楽天がここまで成長することは出来なかったろう。

ここまできたら是非パ・リーグを制してくれ。
オレたち阪神タイガースが、甲子園で待っているぞ!

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2009/10/03

定期的に寄付をしています


ブログネタ: 寄付をしたことありますか?参加数

大きな災害が起きたときは、国内外にかかわらず寄付をするようにしています。 有効に使われているかどうか気にはなりますが、全く無駄になることはないでしょう。 定期的な寄付は、今は「国境なき医師団」という団体にしています。おもに紛争地域の医療活動をしている組織ですが、日本人も大きな役割を果たしています。 数年前までは「日本ユニセフ協会」に寄付をしていたのですが、活動内容に疑問を感じて上記の団体にかえました。 ボランティアに行くだけの体力も気力もありませんので、せめてもの償いだと思っています。

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「五輪落選」石原式ギャンブルの結末

石原慎太郎知事は、かつて東京都の瑞穂町議会で五輪招致賛同決議案が否決されたことに対して、「頭がどうかしているんじゃないのか、あとでほえ面かくな」と発言したが、今ごろそのご本人が「ほえ面」をかいていることだろう。
2016年夏季五輪開催を争った国際オリンピック委員会(IOC)総会で東京が落選した。

推定で1200億円の税金を紙くずにした新銀行東京(石原銀行)を初めとして、外形標準課税、お台場カジノ、三宅島オートレースなど線香花火のように次々と構想を打ち上げては失敗を繰り返してきた石原知事。
目玉の臨海副都心構想では都が主導した第三セクター3社は、合計でおよそ3700億円の負債をかかえて財政破綻。
今また、築地市場移転でも暗礁に乗り上げている。
その石原知事が2007年の都知事選を前に、急にオリンピック東京招致をいい出した。
まるでギャンブルですった金を取り返すように、新たなギャンブルに乗り出したわけだ。
目的は三選を果たすために、失政への目くらまし。
五輪招致の世論が最後まで盛り上がらなかったのも、世間はウスウスそうした石原慎太郎の意図を感づいていたからだろう。

北京オリンピックの後に開かれる今回のIOC総会で、同じアジア地域である東京が選ばれる可能性は、元々なかった。
2回目というハンデもあった。
経済的にも新興国が影響力をもってきた今、南米初のオリンピックを訴えたブラジル・リオデジャネイロが支持を集めたのは、当然の結果だろう。
東京は環境問題を前面に訴えたようだが、五輪はしょせんお祭りである。
お祭りにはリオが良く似合う。

東京都は今回の五輪招致には湯水のごとく金を使った。
都の幹部は「招致活動費は公表している150億円どころじゃない。招致本部以外の局にも関連イベントをやらせている。総額いくらになるのか。住民監査請求が相次ぐのでは」と指摘している。
実態はこれから明らかになるだろう。
「何が贅沢かといえば、まず福祉」とばかり福祉予算を削ってきた石原知事だが、こういうのこそ「無駄使い」という。

今回の五輪落選で、石原知事は責任をとって辞任することになるだろうが、その前にギャンブルですったツケを払ってから辞めてくれ。

【追記】
石原知事はかねてからオリンピック開催地にに東京が選ばれない場合、「責任をとらなきゃいかんでしょうね」と言明していた。
処が本日早朝の記者会見では、辞任を否定した。
相も変らぬ口先男め。

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2009/10/02

【街角で出会った美女】オーストリア編(4)

当ブログではいくつかのシリーズものを掲載していますが、なかでもこの「街角で出合った美女」シリーズはアクセスが多く、人気の高さがうかがえます。
時には「看板に偽りあり」と思われる向きもあるでしょうが、海外の街を歩いていても、映画のスクリーンから飛び出したような美女がそうゾロゾロ歩いているわけではないですし。
さらにカメラに収められるのは、その一部です。
したがって1枚も撮れなかったという国も少なくなく、なかなか思うようにはいきません。

行き先が観光地が中心になりますが、そうすると外国からの観光客も来ています。そういう人は対象から除外しなくてはなりません。オーストリアに行ってアメリカ人を撮っても仕方がないですから。
馴れてくると、その国の人かどうかは、服装や態度でおよそ見当がつきます。
何を言いたいのかというと、まあこれでそれなりに苦心して(大した苦心じゃないけど)撮った画像だということを理解してください。

美しい金髪をポニーテールになびかせていたこの少女は、小学生ぐらいの妹二人の手を引いてメルク修道院を見学していました。たぶん中学生でしょう。
目をつぶっているのは、日差しが眩しかったせいでしょうか。
ノーブルな横顔です。

Photo
 (クリックで画像が拡大)

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2009/10/01

「浜辺でヌード撮影会」被害者はだれ?

警官A「署長、強盗にあったと通報がありました。」
署長「君、現場に行ってくれ。」
警官B「署長、空き巣に入られたと通報がありました。」
署長「君、現場に行ってくれ。」
警官C「署長、浜辺でヌード撮影会をしていると通報がありました。」
署長「ワシが行く。」

9月26日、宮城県名取市の浜辺でヌード撮影会を開いていたとして、カメラマンとモデルが公然わいせつ罪で逮捕された事件があったが、こういう事件の被害者って誰なんでしょうね。
撮影会に参加していたのは、会費2万円を払って仙台、秋田、一関、水戸市など遠く各地から集まった人たちで、「有名だった先生から指導が受けられると思った」などと話しているというから、ゲージュツ的意欲に燃えた人たちだったことには、全く疑う余地がない。
モデルの女性も合意だったし、人目につかなければ、そう目くじらを立てるほどのことではない気がする。
たまたま現場近くにいた釣り人が通報したというのだが、この人はなにか迷惑を被ったのかしらん。
私なら黙って傍に近寄っていって、芸術鑑賞しますけどねえ。

それより、はやく森田健作千葉県知事を逮捕してくれ!
公選法と政治資金規正法違反は明らかで、特に後者についてはあの小沢一郎の秘書事件より悪質なのだ。
昨日、千葉地検は嫌疑不十分として森田知事を不起訴処分にしたことを明らかにしたが、この男が無罪なら世の中、悪人がいなくなってしまう。
「検察は悪い奴ほど眠らせる」では困るのだ。

いちおう「浜辺つながり」ということで、大サービス。

Photo
  (クリックで画像が拡大)

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