「笑いのかたち」(11/7 13時)@国立小劇場
11月7日は「伝統芸能の技・笑いのかたち」を観に国立の小劇場へ。
目的は喬太郎の「時そば」を聴きたかったからだ。考えてみればゼイタクな話ではある。
2回公演の13時の回を観賞。
<番組>
民俗芸能「高千穂神楽」
三田井浅ヶ部神楽保存会(宮崎県西臼杵郡高千穂町)
・鈿女
・住吉
・御神体
・手力雄
神楽というのは近所の神社でみたことはあるが、本格的なものは始めてだ。
今回の公演「高千穂の夜神楽」は、主に神話(古事記などの)を題材にした仮面劇で、国の重要無形民俗文化財に指定されている伝統的な芸能。
実際の上演には丸一日かかるのだそうだが、今回のそのごく「さわり」だけ。
この中の「御神体」は、古事記のイザナギノミコトとイザナミノミコトの国造りを描いたもの。
二人が舞を踊った後にドブロクを酌み交わし、二人酔ってくると抱き合ってなにやらアヤシイ動きをするというエロチックなもの。
現地では子どもが寝静まった深夜に行われるというのも分かる。
神様というよりは農家の夫婦の営みといった風情だ。
男が持つ杵は男根を、女が持つ桶やザルは女陰を、それぞれ象徴している。
古代の日本人の性の扱いが大らかだったということを示しているのだろうか。
邦楽・新内節「不心底闇鮑(ぶしんていやみのあわび)不心中」
浄瑠璃 富士松魯遊
三味線 新内勝史郎
上調子 新内勝志壽
新内の「笑い」というのは意外な感じがするのだが、心中ものに対する一種のパロディである「不心中(心中しない)」がテーマ。
落語の世界では「品川心中」や「星野屋」といった不心中を扱った名作があるが、いずれも女の方が騙すというもの。
この作品ではその反対で、遊女が本気になり客の男が逃げ出すというストーリーはなかなか面白かった。
ただ新内といえばウットリするほどの美声というイメージからすると、語りの富士松魯遊、この道の重鎮だそうだが、声が引っ掛かるのだ。
場内から「名調子」と掛け声に、隣席の女性が「名調子かしら」とつぶやいていたが、私も同感だった。
落語「時そば」
柳家喬太郎
この会に最も相応しくない芸人という自己紹介から入って、マクラは立ち食い蕎麦の話から。
B級グルメ好きの喬太郎らしいウンチクが披露され、場内は一気に落語の世界に。4時からの会に出演する白鳥の芸をいじりながら本題へと、全く淀みがない。
蕎麦をすする所を見せ場にして、オーソドックスな演出の「時そば」だ。
二人目の男の、不味い蕎麦を食べるシーンをたっぷり演じて、予定時間を延長しての熱演だった。
客層からすると喬太郎を始めて見た人もいただろうが、場内はけっこう喜んでいた。
もしかすると、私同様に喬太郎目当ての客が多かったのかも知れない。
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