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2009/12/29

蓮池透氏の講演をきく

去る11月13日に、蓮池透氏の講演をきいた。記事にしようと思いながら放ったらかしにしていたが、年末も迫ってきたので、思い出しなら書くことにする。
蓮池透(以下、敬称略)は北朝鮮による拉致被害者家族連絡会(家族会)元副代表であり、1978年に北朝鮮に拉致され2002年に帰国した蓮池薫の実兄だ。
一時期TVのワイドショーで顔を見ない日がなかったが、最近とんと目にする機会がなくなった。そう思っていたら、かつての対北朝鮮強硬路線から、最近は対話路線に転換したのだそうだ。
ネットで検索したら出るわ出るわ、いわく蓮池透は北朝鮮の工作員などという中傷が溢れている。
主に拉致被害者を支援していると称する「救う会」関係者の発言のようである。
他に、つい最近まで救う会の責任者だった人に対しても、まるで裏切り者扱いで攻撃しているのにはビックリだ。私のように気が小さい人間は、到底近寄りがたい。
この人たちは、自分たちの意見に同調しない人間に対しては、全て反日や親北のレッテルを貼りたがるクセがあるようだ。

登壇してきた蓮池透の第一印象だが、随分とやつれて見えた。いやショボクレて見えたというほうが正確かもしれない。
原因は、周囲からの批判や脅しを受ける日々にあるようだ。
つい最近もある右翼系新聞が、市民は蓮池一家を監視せよという記事を掲載したそうだ。北のスパイだというわけだ。
蓮池透はもちろん、両親や弟・薫とその家族も含めてだ。
自分のことは止むを得ないとしても、家族や親族に対するこうした攻撃は許せないと語っていた。
直接その新聞社に出向いて抗議したが、議論は平行線だった由。
一方で人権を主張しておきながら、「右向け右」と号令をかけたら国民全てが右をむくように仕向けているような集団は、どうも信用がおけない。
日本もなんだか恐ろしい国になりつつあるのだろうか。

さてその蓮池透の講演内容だが、既に書籍やネットなどで公開されているので、そちらをご覧願う。
講演を聞いた上での感想と意見を、以下に述べてみたい。
先ず、拉致問題を20数年間なにもせず放置してきた日本政府の責任は重大だ。
拉致された国によっては、直ちに政府代表を派遣して交渉し、被害者を取り返した例もある。
日本の場合、国会で明らかにされた後も、長期にわたり拉致被害者は放置されてきた。
歴代自民党政権の責任を明確にする必要があるだろう。

拉致被害者を救出するのは、大別して武力と交渉がある。武力行使が現実的でない以上、交渉によって取り戻すしかない。
交渉となれば、悔しいけれど相手の言い分にも耳を傾けねばならない。
悪いのはもちろん北朝鮮側だが、ただ悪い悪いと相手を非難するだけでは、交渉は進まない。日本政府は北朝鮮に劣らぬタフ・ネゴシエーターにならねばならない。
次に、我が国としては、核・ミサイル問題とは切りはなして、拉致問題を優先して独自に解決を図るべきだろう。
クリントン元大統領が北朝鮮に拘束されていた米国記者を連れ戻したのは、一つの成功例ではあるまいか。国境の外側で取材していた記者を強引に引きずって連行したのだから、あれだって拉致なのだ。
しかし元大統領を先方に派遣して謝罪し、それを北朝鮮側が受け容れて特赦で放免する形にした。
取り返せばこっちのものだ。名を捨てて実を取ったわけだ。

蓮池薫が拉致された生々しい状況や、北朝鮮での辛い厳しい生活が具体的に紹介され、胸を打たれた。
蓮池透は、自分たちの家族は帰国できたが、拉致被害者全員の帰国が実現できるまで運動を続けると決意を述べていた。
その日がくるまで、私たちもしっかりと支援せねばならない。

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2009/12/28

談春「小猿七之助」in年忘れ市馬落語集

12月27日は銀座ブロッサム会館で行われた「年忘れ市馬落語集」に出向く。
年末を市馬の高座でシメルというのは、ここ数年の吉例だ。今回は30周年企画として、フルバンド付き歌謡ショーのサービスもあり、定員900名の会場は前売り完売。
この会の企画は「ミックス寄席」だが、いつもながら気が利いている。

<番 組>
開口一番・柳亭市楽「悋気の独楽」
柳亭市馬「味噌蔵」
柳家花緑「天狗裁き」
立川談春「小猿七之助」
~仲入り~
大喜利「昭和歌謡大全集」

年末の市馬とくれば「掛取り」と相場が決まっているが、意外にも「味噌蔵」。
師匠の小さんが高座にかけた記憶がないが、兄弟子の小三治の型をそのまま踏襲した演出になっていた。
ケチな主人が留守の間に、奉公人たちが盛大な宴会をやるシーンが要だが、いかにも市馬らしい陽気な高座になっていた。

花緑の高座は当り外れと言いたいところだが、外れが多く当りが少ない宝くじみたいだ。
「天狗裁き」も好んで高座にかけているが、これがサッパリ面白くない。
ここ数年この人、進歩が止まっていると思うのだが、どうだろうか。

談春の「小猿七之助」は初見。
この演目の歴史をみると、乾坤坊(けんこんぼう)良斎の講談「網打七五郎」をもとに河竹黙阿弥(もくあみ)が歌舞伎に脚色し、「網模様灯籠菊桐(あみもようとうろのきくきり)」として安政4年(1857)初演されたとある。
物語は、七之助に犯され娼婦となった奥女中滝川と、本能のままに動く七之助の悪事を描いている。
この滝川という女、きっと苦労したんだろうね。滝川クローシテル。
この芝居をもとに落語にした経緯はよく分からないので、もしご存知の方があればご教示頂ければ幸いです。

【追記】
小言幸兵衛様より「小猿七之助」の落語化について、下記のコメントが寄せられましたのでご紹介します。
「『小猿七之助』は、五代目神田伯龍のレコードに惚れ込んだ立川談志が落語にした、という説があります。たぶん、正しいのではないでしょうか。」

落語の「小猿七之助」のストーリーは。
通称を小猿と呼ばれた七之助と、売れっ子芸者・お滝の二人が大川を船で浅草に向かう。
途中永代橋から身投げの男を助け船に上げる。
事情を聞くと、その男は酒問屋の手代で、集金の30両を渡し船の中の博打ですってしまい死のうとしたと言う。さらに話の続きを聞くとイカサマ博打で取られと分かり、七之助はそれなら俺が取り返してやると、そのイカサマ師の名前を訊くと、深川相川町の網打ちの「七蔵」だと言う。
途端に七之助の態度が変わり、今度は手代を大川に突き落とす。
その七蔵こそ、七之助の実の父親だったのだ。
一部始終を聞いていた芸者お滝に、匕首を持った七之助がお滝の命を奪おうと迫るが・・・。

談春は風邪気味だったのか鼻声で、こういうネタはどうかと思われたが、じっくりと聴かせてくれたのはさすがである。
談春は芝居噺を得意としていて、現在この分野では第一人者といって良い。
人物像では悪党が実に上手いし、造形は群を抜いている。反面、好人物は似合わない。「明烏」の若旦那など、殆んどギャグになってしまう。
語りのメリハリがしっかりとしているし、女形に色気があるのも強みだ。
今年聴いた談春の高座では、今回がベスト。

仲入り後はお楽しみの市馬歌謡ショー。
「船方さんよ」から「赤いランプの終列車」まで、昭和30年代のヒット曲を気持ち良さそうに熱唱。
企画の加藤さんが芸達者なのに感心した。あの踊りは舞台にかけられる。
最後は出演者全員が並んでフィナーレのおまけ付き。

久々に同行した連れも大喜びだった。

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2009/12/27

窮地の鳩山首相の本音と賭け

支持率が急落し窮地においこまれた鳩山首相から、二つの発言が飛び出した。
RFラジオ日本の収録で、次のように語っている。
(1)普天間基地移設問題について
「抑止力の観点からしてみて、グアムに普天間(の基地機能)をすべて移設させるということは無理があるんじゃないか」
発言がぶれたとの指摘にたいしては「多少サービスするかみたいな発想になってしまった」
(2)憲法改正について
「ベストな国のあり方のための憲法をつくりたい。必ずしも9条ということではなく、地方と国との関係を大逆転させたいなという気持ちがある」
「憲法順守規定がある首相が声高に主張すると、なかなかうまくいかない。安倍(晋三・元)首相が大上段から憲法改正を唱えた瞬間に、議論がストップした。党のなかでしっかり議論を頂きたい。しっかりとした指導力を発揮して、そこでまとめる」
総理在任中に改憲をする意向を示したのは、安倍元首相以来となる。

普天間移設問題ではいろいろ言ってきたが、あれはリップサービスみたいなもので、米軍の抑止力を重視すれば海外移転などという選択肢は、鳩山総理には最初からなかったわけだ。
米軍の抑止力を前提にするならば、国内の他の地域への移転も現実的でなくなる。
結論としては当初の日米合意どおり、名護市辺野古沿岸への移転しかない。
沖縄県民の多くは移転に反対だが、地元は利権ガラミで最終的には受け容れるだろうとタカを括っているのだろう。

憲法問題については、鳩山首相はかつて「憲法改正試案」を発表したこともある改憲論者だが、首相就任後は憲法改正に関する言及を避けてきた。
民主党もマニフェストで「慎重かつ積極的に検討」として、党憲法調査会も活動を休止していた。
ではなぜこの時期に鳩山首相は改憲を打ち出してきたのだろう。
理由は三つ考えられる。
一つは、祖父である鳩山一郎元総理の改憲の遺志を継ぐという使命感だ。
相続したのは財産だけではないわけだ。
二つ目は、先の普天間移設問題とあわせて、「社民切り」を明確にしたこと。
三つ目は、安全保障と憲法改正を軸にした自民党への切り崩しと、政界再編への動きだ。
基本政策は自民党と一緒だというメッセージを発することにより、民主党へのシンパシーを抱いている勢力を取り込もうというネライだと思われる。

鳩山由紀夫首相の本音なのか開き直りなのか分からないが、ここで旗幟を鮮明にし、舵を右に切る決意を固めたものと思われる。
お坊ちゃんがいよいよ危険な賭けに出てきた。

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2009/12/25

貰って困る「贈り物」

年の暮れから新年にかけては贈り物の季節でもある。
現役時代に比べれば数少なくが、それでもいくつかの贈答品が届く。ご近所から「良かったら使って」といわゆるお裾分けが増えるのもこの季節だ。
せっかく下さったものにケチをつけるようで恐縮なのだが、大半は不要な品物であり、もっといえば迷惑でしかない。

一つは住宅事情が関係している。
とてもコンパクトな居住空間で(早くいやぁ狭い家で)暮らしているので、なにか新しいものを受けいれるということは、同時に今あるものを捨てなければならない。これが悩ましい。
いま家にあるものを採るか、新たに贈られてきたものを採るか、ここでいつも悩むわけだ。
要らないとなれば、処分するしかない。

それなら食料品ならいいかというと、これもそうはいかない。
贈り物で届く食品は、冷蔵保存のものが多いのだが、我が家の冷蔵庫は小さく、入りきれない。正月用だったりすると、新年になるまで冷蔵庫内を占有することになるので、余計に困る。
毎年、新巻シャケを贈ってくださる方がいる。これが数年前までは2ヶ所から、多いときは3ヶ所から届いたことがあった。
狭い台所でさばくのが一苦労。おまけにさばいた切り身を冷蔵庫で保管するのだが、前記の事情でこれもまた困りモノだ。

余ったらお裾分けすればという向きもあるだろうが、自分が要らないから他人に分けるということに抵抗がある。なんだか迷惑を横パスするような気がするのだ。
先日ご近所の一人住まいの老婦人から、お歳暮で贈られてきたが食べられないからということで、ハムのセットを頂いた。大きなブロックが三つ入っていて、贈り主のセンスを疑ってしまう。断れないので貰ったのだが、正直こっちも扱いに窮している。
甘味が苦手で間食をしないので、菓子類も迷惑だ。
唯一大歓迎なのはアルコール類で、これだけは受け取ったその日に消費できる。

近所にあるスーパーは元日から営業するので、正月といえども何も不便は感じない。
それがいつまでも、正月三が日は商店を閉めていた時代と同じような感覚で、贈答品がつくられている。そこに問題がある。

贈ってくれた人の気持ちを・・・という意見もあるが、しかしどうだろう。
殆んどの人は、デパートかスーパーのお歳暮コーナーで値ごろの商品を選び、贈答しているのが現実ではあるまいか。そうであれば、あまり心がこもった贈り物というわけではなさそうだ。
温室効果ガスの削減だの省エネだのがさけばれている昨今、先ずはムダの多い贈答の習慣を見直したらどうだろうか。
生活の質を落さずに地球温暖化を防ぐためには、ムダを排除するのが肝要であると思う。

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2009/12/24

こんな能もあるんだ「船弁慶」

国立能楽堂の12月特別公演を23日に鑑賞。
いつもの通り、質素な暮らしをしているが資産は沢山もっていそうな、ハイソな感じの人が集まってくる。
時々通うようになってまだ数回、能については完全なビギナーで、実はよく分からないことが多い。
ではなぜ来る気になるかといえば、鼓の音が聴きたくて来ている。ピーンと張り詰めたような会場にポンポンスポポポポポンと響きわたる鼓の音、これに酔うのだ。

仕舞「綾鼓(あやのつづみ)」(宝生流)
近藤乾之助

狂言「咲嘩(さっか)」(和泉流)
シテ/太郎冠者:野村萬
アド/主:野村扇丞

能「船弁慶(ふなべんけい)」(観世流)
重前後之替・早装束(おもきぜんごのかえ・はやしょうぞく) 
前シテ/静御前   
後シテ/平知盛の霊:観世銕之丞
子方/源義経:伊藤嘉寿
ワキ/武蔵坊弁慶:高井松男
アイ/船頭:野村万蔵(狂言方和泉流)

「仕舞」というのは能の一場面を紋服で舞うもので、初見。
狂言の「咲嘩」は、粗忽者の太郎冠者(落語でいう熊さん八つぁん)が主(落語でいう大家さん)の言い付けで都に上がり、すっぱ者に騙されるという典型的なストーリー。
主に「身どもが言うよう、するようにせい」と命令された太郎冠者が、何でもかんでも真似をしてしまうというのが笑いのポイント。
これも落語や漫才、コントなどでお馴染みの手法で、日本人(世界共通かな)の笑いの源流。

能「船弁慶」は、平家を平定した義経が兄頼朝に追われ、西国に落ち延びる途中、現在の尼崎市に投宿。
そこで義経を慕う静御前と別離になるというのが前半。
後半は、義経一行が船出すると嵐にであい、そこに平知盛の怨霊(静御前との二役)があらわれて、海に沈めようとする。間に割ってはいった弁慶が数珠を揉み、祈祷すると怨霊は消え去っていくというストーリー。
前半の静、後半の動との対比が見どころとなっている。
この作品は世阿弥に代表される夢幻能とは異なり、能としては動きの大きい、劇的な演出となっている。
怨霊が小走りで登場したり、義経との一騎打ちが行われたり、歌舞伎なみの早替りがあったりして、能がはじめての人でもかなり楽しめる様式になっている。
なかでも船の船頭役が狂言の役者で、大きな声で語り、嵐の場面では身体を前後左右に揺らし、劇的効果を盛り上げていた。
義経に子役を使うのも、能独特の約束ごとらしい。
そして何より舞台を盛り上げるのは、大鼓の亀井忠雄が響かせる見事な音色だ。この音に導かれ、夢と現の間を往き来した。

能は脳に通ず。

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2009/12/23

My演芸大賞2009

今年も吉例のワタシが選んだ演芸大賞の発表です。
聴いたときはそれぞれに感激するのですが、1年終わって振り返ると、やはり印象に残る高座というのは喬太郎、鯉昇あたりが中心になりました。
いつものとおり、独断と偏見で選んだ2009年の「My演芸大賞」は、次のとおりです。
演者、演目、月日、劇場の順に並べており、その下に寸評を載せています。

【大賞】該当者なし。

【優秀賞】7作品
・桂吉弥「くしゃみ講釈」2/4 横浜にぎわい座
カラクリの「八百屋お七」を一段語って、これだけで客席を沸かせていた。講釈もなかなかの名調子で、やはりこのネタは上方が本場だと実感させてくれた。

・三遊亭兼好「大工調べ」4/29 国立演芸場
古典をふまえながら随所に独自の演出を加え、最近では出色の「大工調べ」だった。
棟梁の胸のすくような啖呵で、場内は拍手喝采。

・柳家三三「高砂や」5/3 横浜にぎわい座
オリジナルに手を入れて、改作ともいうべき「高砂や」で、コクのある良い仕上がりだった。
ここの所の三三は、若手というより落語界の中心に座りつつあるといえる。

・瀧川鯉昇「船徳」5/25 中野ZEROホール
とにかく面白いのなんのといったら、鯉昇ワールド全開の爆笑版「船徳」。
50分間、笑い転げてしまった。

・柳家喬太郎「すみれ荘201号」6/7 よみうりホール
何をいまさらこのネタでと、お叱りを受けるかも知れないが、とにかくこの日の「すみれ荘」は出来が良かった。喬太郎の高座ではこの他に「心眼」や「按摩の炬燵」などいくつか心に残ったが、一つ選ぶとしたら断然これ。
談春との二人会で、格の違いを見せ付けた一席。

・桃月庵白酒「つる」9/21 鈴本演芸場
最も進境著しい噺家を一人上げるとしたら、この白酒になる。
「つる」のネタで場内を爆笑させる技は大したものだ。

・三遊亭金時「井戸の茶碗」10/17 有楽町朝日ホール
なんの衒いもない本寸法の芸。
品があって、暖かく包み込むような金時の芸風に、この「井戸茶」はピッタリだった。

【特別賞】1作品
・柳家喬太郎「?」3/6 牛込箪笥区民ホール
マクラに入ってからネタ選びにさんざん迷った末に、客席からリクエストを受けた喬太郎がそれらを全ておりこみ、
初天神―反対俥―粗忽長屋―黄金餅―らくだ―寝床、の「一人リレー落語」を即席で仕上げた。
これがけっこう面白く、客席は大受けだった。
喬太郎の才能を魅せつけた一席。

さて来年は又どんな名演に出会えるか、楽しみです。

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2009/12/22

阿久根市長発言は言論の自由を逸脱している

鹿児島県阿久根市の竹原信一市長が自身のブログで「高度医療のおかげで機能障害を持ったのを生き残らせている」と記述するなど、障害者に対する差別発言をくりかえしている。
その竹原信一市長が12月21日に「行われた講演会で、次の発言を行ったことが報じられている。
「植物を考えればわかる。葉っぱや花が散って土壌になる。私たちは葉っぱ、枝」。
「社会は木を育てるようにしないといけない。木の枝の先が腐れば切り落とす。全体として活力のある状態にする」。
「社会をつくることは命の部分に踏み込まないとダメ。表現として厳しいが、刈り込む作業をしないと全体が死ぬ。壊死(えし)した足は切り取らないと。情緒で社会をつくることはできない」。

ここで「腐った枝 」や「壊死した足」が障害者を指したものであることは、竹原市長の過去の言説からみて明白だ。
こうした人々を「切り落とす」「刈り込む」という主張は、比喩としても極めて不穏当であり、障害者への差別を助長するにとどまらず、攻撃あるいは襲撃を教唆、扇動するものと捉えかねないと考える。
少なくとも地方自治体の首長の発言としては、下記「障害者基本法」に抵触すると思われるが、司直の判断はどうなのだろうか。

【引用始め】
「障害者基本法」(抜粋)
第三条  すべて障害者は、個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい生活を保障される権利を有する。
2  すべて障害者は、社会を構成する一員として社会、経済、文化その他あらゆる分野の活動に参加する機会が与えられる。
3  何人も、障害者に対して、障害を理由として、差別することその他の権利利益を侵害する行為をしてはならない。
第四条  国及び地方公共団体は、障害者の権利の擁護及び障害者に対する差別の防止を図りつつ障害者の自立及び社会参加を支援すること等により、障害者の福祉を増進する責務を有する。
第五条  国及び地方公共団体は、国民が障害者について正しい理解を深めるよう必要な施策を講じなければならない。
【引用終り】

言論の自由には、常に責任もまた伴う。
私たちが書いているこうしたブログや掲示板へのカキコミでも、内容によっては逮捕、起訴され、罪に問われることが現実に起きている。
ことに市長という公職にある人間であれば、発言の影響力が格段に大きく、責任も厳しく問われる。
そのことを阿久根市の竹原信一市長は自覚すべきだろう。

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2009/12/20

喬太郎「小政の生い立ち」in #95朝日名人会(12/19)

<番 組>
前座・柳家花いち「狸の札」
金原亭馬治「強情灸」
古今亭志ん丸「穴どろ」
柳家小さん「茶の湯」
~仲入り~
柳家喬太郎「小政の生い立ち」
柳家さん喬「雪の瀬川(下)」

今年最後の95回朝日名人会は12月19日、有楽町朝日ホールで開かれた。早々と前売りが完売したのは、もちろん喬太郎が目当て。
その喬太郎、静岡へ向かう東京駅でヤクザに出会ったエピソードから本題へ。
小政は、「清水湊は鬼よりこわい、大政小政の声がする」でお馴染みの清水次郎長の子分だが、大政がナンバーワンであったのに対し、小政については実力の程が良く分かっていない。
それほどの腕ではなかったが、大政小政というワンセットのフレーズで有名になったものらしい。
「大きい喧嘩は大政、小さい喧嘩は小政」ともいわれ、居合いの名手ということになっている。
いずれにしろ清水次郎長ものの大半はフィクションなので、子分のエピソードも後から付け加えられたものだ。
「小政の生い立ち」はオリジナルが講談で、ぼてふりの魚売りだった14才の小政が、浜松の路上で次郎長と森の石松(こちらもフィクションらしい)の二人に出会い、それがきっかけとなって次郎長の子分になるまでの物語。
ストーリー自身たいして面白い話ではないし、喬太郎がなぜこれを落語のネタに選んだのか理解できないが、これほどツマラナイ話をクスグリを挟みながら、ソコソコ楽しく聴かせたのも喬太郎の力量だといえよう。
いつもの喬太郎を期待した向きにはガッカリだったろうが、幅広いレパートリーに挑戦しながら芸域を拡げようという喬太郎の試みのひとつとして捉えたいと思う。

トリのさん喬の「雪の瀬川(下)」、前回の(上)に比べ数段に出来が良かった。
さん喬のメルヘンチックな語りが、このネタの詩情性にピッタリだ。
純白な世界に、男と女の切ない愛を見事に浮かび上がらせていた。
さん喬の独壇場。

小さんの「茶の湯」、相変わらず単調で退屈。

馬治の「強情灸」、このネタはテンポが命。ややモッタリとした印象だった。

志ん丸の「穴どろ」、まだまだ粗削りだが若手らしい勢いがあって好演。弱気な男が酒が入るにつれ、次第に大胆に変身してゆく過程がよく表現されていた。

今回はさん喬と喬太郎の親子会になっていたが、朝日名人会は毎回こうした趣向が隠されていて、これも楽しみのひとつ。

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2009/12/19

とかく男というものは・・・

佐賀県で、自転車で下校してくる女子高生のスカートがめくれないかと、坂の下でジッと待っていた男が警察から警告を受けたと、地方紙が伝えている。
通学路の下り坂に車を止めていたこの男は51歳の会社員で、「スカートが風でまくれ上がるのを待っていた」と話していたという。
盗撮でもつきまといでもないので、これ自体は犯罪ではないのだが、生徒からの通報で県警の「子ども・女性安全対策班」が調査し、男を特定したとのこと。
男の性(佐賀)だね。

51にもなる男が、スカートのめくれるのをひたすら待ち続けている姿を想像すると、哀れというかイジマシイというか。
どんな心境なのか、こういう人と一度じっくり話してみたい気分になる。
捕まれば大きな代償を払うことが分かっていながら、盗撮や痴漢をやめられない男がいる。それもある程度、社会的地位のある人間がだ。

嫌われても嫌われても女性につきまとうストーカー男もいる。サッサと気持ちを切りかえて、別の人を探せばいいのにと思うのだが、そうはいかないらしい。
「エエ、まさかあの人が」というケースも多いのが、このストーカーなのだ。
以前に、社員同士で問題になったことがあり、いちど当事者と話し合いをしたことがあるが、ストーカーをしている本人に全くその自覚がないので驚いたことがある。
相手の部下の女性に対し、あんなに親切にして上げているのにどうして、というのが本人の言い分だった。
解決不能。

その昔、通っていた中学のプールの裏側が民家の庭だった。
夏場、水泳の時間が始まると、その庭を手入れに年配の男性が現れる。定年を過ぎたとおぼしきそのオジサンは、女子生徒がプールサイドで準備体操を始めると、剪定鋏を片手にチラチラとその姿を眺めるのだ。終わると、そのオジサンも家に引っ込んでしまう。
真夏のカンカン照りにもめげず、プールのある日は必ず姿を見せていた。定年退職をしたあのオジサンにとって、きっと人生の唯一の楽しみだったのだろうな。
え、そんな奴はいないだろうだって?
いましたよ、だってボクは毎回ちゃんと見てたんだから。

「年はとっても浮気はやまぬ やまぬ筈だよ先がない」

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2009/12/18

「タイガー・ウッズ騒動」の核心

今年のスポーツ界10大ニュースの輝く第一位は、おそらく「タイガー・ウッズの愛人騒動」になるだろう。
最近はやや下火になったとはいえ、報道の洪水はすさまじいものがあった。
では、ウッズ選手はどんな悪いことをしたのだろうか。少なくとも違法行為や不法行為ではない。
既婚プロゴルファーに愛人がいた、つきつめればそれだけのことだ。
ウッズの夫婦間としては大きな問題だろうが、それ以外の人にとっては全く関係が無いことだ。
なぜこのニュースが人々をひき付けるかといえば、裕福で幸せに見えた家庭が崩壊していくことへの期待感と、リアルタイムで見られることによる快楽だ。
それにより、自分たちの小さな幸せを実感できるからだ。

スポーツ選手に限らず、お金と名声があれば―とりわけウッズのような若くてハンサムな男なら―女性は寄ってくるし、その中で男女関係が生まれても、さして不自然なことではない。
著名人に愛人がいるなどいう例など、星の数ほどあるだろう。
ではなぜタイガー・ウッズだけ大騒ぎになったのだろうか。
ウッズが紳士だと思われていたから?
そんな、周囲が勝手に判断しておいて裏切られてといわれても、それはウッズの責任ではない。
大騒ぎになった最大の要因は、「夫人がウッズの浮気を許さなかったから」だ。
つまりエリン夫人が夫のフリンに怒り、ゴルフクラブを振り上げて追いかけたりしなければ、こんな大騒動にはならなかったのだ。
騒動の原因はエリン夫人にある。

こんなコトをいうと、世の女性たちのお叱りを受けるかも知れないが、でもどうだろう。
クリントン元大統領
菅直人副総理
山崎拓元総理補佐官
細野豪志衆院議員
みな愛人スキャンダルを抱えていたが、それぞれの奥方が「しょうがいない人ね、まったくもう。」と、頭の一つも叩いて許し、一件落着させていた。
そのお陰で政治生命が絶たれることもなく(山拓はやや影響あり)、危機を乗り切っている。
要は、夫人が問題にしなければ、大きな騒動には発展しないのだ。

ウッズ夫妻が離婚に至った場合、エリン夫人が手にする慰謝料は一説には250億円にのぼるとされている。
ツアー出場を辞退し、CM契約を打ち切られたウッズとはエライ違いだ。
この騒動、最終的に誰が一番得をしたかで、仕掛け人が見えてくることになるだろう。

でも、やっぱり浮気はダメですよ。
私は、しません、絶対に。

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2009/12/17

「させて頂く」コトバを禁止!

いつの頃からか、コトバの末尾に「させて頂く」「させて頂きます」という、もってまわった表現がくっ付くようになった。
最初は政治家(連発するようになったのは鳩山由紀夫あたりか)や芸能人だったのが、今時はフツーの人々までが濫用するようになってきた。
「させて頂く」というのは相手方や第三者の承認、あるいは許諾を得るという意味合いだが、コッチが認めたとも何ともいわないうちに、勝手に「させて頂」いちゃうんだから始末に悪い。

「婚約しました」で済むところを「婚約したことを報告させて頂きます」とくる。
するってぇとなにかい、お次は、
結婚させて頂き
床入りさせて頂き(これは順不同)
妊娠させて頂き
出産させて頂き
浮気させて頂き
(タイガー・ウッズならホール・インさせて頂き)
別居させて頂き
離婚させて頂く
ってぇワケかい。
そう訊かれたってコッチは、どうぞご自由に、と答えるしかない。

マニフェストを出させて頂き
仕分けさせて頂き
国債を増発させて頂き
公約実行が無理だと分かって頂く
そのついでに
政治資金規制法違反は見逃して頂く
ったって、そうか行くかい!

マニフェストを実行しようと思ったら予算が足りないのでやめる、これだけで済む話なのだ。
一見シタデに出ているようで、その実は一方的な押し付けなのがこの「させて頂く」言葉である。
こういうのを慇懃無礼という。
「表面は丁寧で礼儀正しいように見えるが、実は尊大で無礼な」な表現なのだ。
まわりくどい言い方で実態をアイマイにするような役割もある。

先ずは政治家から、「させて頂く」コトバを禁止させよう。
もっと真っ直ぐに国民に意志を伝えてもらおう。
そして、私たちもできるだけ受動態ではなく能動態で表現していこう。
せめてコトバだけでもアクティブに。

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2009/12/16

小沢一郎が推進する「脱官僚」の正体

「脱官僚」というスローガンは、とてもヒビキがよい。
官僚連中が自分たちの利益だけを求めてムダ使いをしたり、天下りを繰りかえして多額の報酬を得ているのをやめさせるというウタイ文句が、多くの国民の共感をよんでいる。
しかし物事というのは、大義名分どおりに受け容れるのはキケンだ。真のネライがどこにあるのかを常に見定める必要がある。
特に相手が、小沢一郎の場合は。

昨日、天皇と中国の習近平国家副主席とのいわゆる特例会見がおこなわれたが、この会見のあり方をめぐって、多くの批判がなされていた。
これに対して民主党の小沢一郎幹事長は、「天皇陛下の国事行為は内閣の助言と承認で行う。それが『政治利用』となったら、陛下は何もできない」と述べ、今回の会見設定が政治利用には当たらないとした上で、憲法をよく読めと主張した。
その上で、疑問を差し挟んだ宮内庁長官の辞任を求めた。
では、天皇の国事行為とはなんだろうか。日本国憲法では第7条で次のように定めている。

【引用始め】
第7条 天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。
1.憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
2.国会を召集すること。
3.衆議院を解散すること。
4.国会議員の総選挙の施行を公示すること。
5.国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。
6.大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。
7.栄典を授与すること。
8.批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。
9.外国の大使及び公使を接受すること。
10.儀式を行ふこと。
【引用終り】

つまり、外国の賓客との会見は天皇の国事行為にはあたらないのであって、小沢一郎の主張はまったくマトハズレなのだ。
オッカナイ顔で恫喝すれば世の中何でも通ると思っているだろうが、そうは問屋がおろさない。
今回の特例会見の経緯をみても分かるように、小沢一郎らが主張する「脱官僚」というのは、政府の方針に100%従わせることにあり、従わない者はやめさせるということがナライなのだ。
いろいろと問題はありながらも、官僚というのは時の政府の暴走に対するブレーキの役割も果たしてきた。
それは時の権力者にとって目障りだったに違いない。この障害を取っ払おうというのが小沢のホントのネライだ。

民主党は現在、「政治主導」を名目に国会での官僚の答弁を禁止する「国会改革」を進めようとしている。
「脱官僚」の一環としていかにもヒビキはよいのだが、ここにも小沢一郎の「仕掛け」が隠されている。それは、内閣法制局長官を国会で答弁させないようにするというコトだ。
現在の国会では、議員以外には「特別補佐人」が答弁できるようになっているのだが、この補佐人から法制局長を排除するというのだ。
内閣法制局はいままでも時の政権の圧力に抗して、憲法解釈の拡大には慎重な態度をとってきた。
例えば小沢一郎が自民党幹事長時代の1990年に、湾岸戦争に自衛隊を派遣しようとしたのに対し、法制局が憲法解釈の変更は認められないと答弁し、自衛隊の派兵が中止に追い込まれたことがあった。
このことは小沢のプライドを痛くキズつけたのだろう。この時以来ずっと、小沢一郎は国会から内閣法制局を排除することを主張し続けてきた。

このままいけば、小沢一郎「大統領」が右を向けと号令をかければ、議員も国会も官僚もみな揃って右を向くような世の中のなってしまう。

♪おいしいエサに いかれちゃって
あとで泣いても 知らないよ♪
(「黒猫のタンゴ」より)

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2009/12/14

雑食系爺さん


ブログネタ: ○○系男子・女子。あなたを例えるとしたら?参加数

食べ物はスキ・キライなく何でも食べ

女性は選り好みせず(できず)

趣味は多いがすべて中途ハンパ

だからアタシは「雑食系」爺さん。

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日曜なのにガラガラ「国立演芸場12月中席」(12/13)

<番組>
前座・柳家いっぽん「道灌」
桂才紫「たらちね」
三遊亭萬窓「蔵前駕篭」
花島世津子「奇術」
柳家小ゑん「ぐつぐつ」
三遊亭小金馬「替り目」
―仲入り―
大瀬 ゆめじ・うたじ「漫才」
ニューマリオネット「あやつり」
柳家小里ん「山崎屋」

12月12日は、落葉した銀杏が道路に絨毯のように敷かれた道を通り、国立演芸場12月中席へ。
日曜日の昼間なのに、客席は3分程度の入りで、ガラガラ。久々に空いた寄席にであった気分だ。
こんな事では、そのうち「仕分け」られるんじゃないかと心配になる。
この中席は前半と後半にわかれ、後半には4代目江戸家猫八の襲名公演になっていて、そちらの方はいずれの日も完売のようだ。前半は顔ぶれが地味なのだ。
前日の12日に電話予約を入れたら、「13日は代演が入っていますけど・・・」「知ってますよ」「あのー、圓窓と小さんの代演が小金馬と小ゑんで、主任が小里んですが・・・」「はい、結構です」というヤリトリがあった。
どうも電話窓口としてはあまりお奨めではなかったようだ。
前側の席と希望したら、前日なのにこれも1列目の中央の席。しかも両脇が空席という絶好の位置だった。

会場はガラガラだったが、番組はそれなりに充実していたと思う。
トリの小里んの「山崎屋」では大店の主人に風格、小金馬の「替り目」ではお上さんに色気、萬窓の「蔵前駕篭」の客はイナセぶりが、それぞれ際立つ。
私はこの3人の方々とは久々だったが、いずれも丁寧な演出と本寸法の高座で、じっくりと聴かせてもらった。
小ゑんの「ぐつぐつ」は、NHK教育TVの子ども番組のアニメとして放映されていた「おでんくん」に着想が似ていたが、こちらも楽しめた。
落語ブーム、寄席ブームといっても人気と集客力のある一握りに芸人に客が集中しているのが実状だ。
言っては悪いが、今回の出演者のように力量はあっても人気面ではイマ一つという噺家だと、なかなか客は集まらない。
そういう意味では、ブームの底が浅いといえる。

ニューマリオネットが男性だけだったのが気になった。
前座のいっぽん、メクリの名前を間違えて出すようでは、未だ高座に上げるには早い。

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2009/12/13

やはりネットの言論は偏っている

内閣府が12月12日に発表した「外交に関する世論調査」によると、対アメリカ、韓国、中国ともに「親しみを感じる」という割合が増え、「親しみを感じない」と答えた割合が減るという傾向を示した。
韓国に親しみを感じる人では、女性より男性の方が多いというのも面白い傾向だ。
特にアメリカと韓国については、1978年の調査開始以来、「親しみを感じる」人の割合が最高となった。
数値は下記の通りで、単位は%、()内は対前年比。

好感度 親しみ感じる 親しみ感じない
米国    78.9(+5.6)  19.1(-5.7)
韓国     63.1(+6.0)  34.2(-6.7)
中国    38.5(+6.7)   58.5(-8.1)

普段ネットで繰り広げられている主張や意見に接している人にとっては、意外な結果だろう。ネットの世界では相変わらず反中国、反韓国の言論が花盛りであり、むしろボルテージは上がっているかに見える。
政治問題を扱うサイトでは、中国や韓国で起きた犯罪やスキャンダルを、日々こと細かにこれでもかこれでもかと書きたて、中国人や韓国人はバカだチョンだと指弾しているものが多い。
こうした意見に批判的だと、とたんに反日、親北だと烙印を押してくる。もう、殆んど病気。
また、そうしたサイトに人気が集まっているという傾向も確かに存在する。
今年行われた衆院選前の調査でも、ネットでは圧倒的に自民党支持が多かったし、どうもネットの言論は世間からかけ離れているようだ。

世界各国に行ってみてつくづく感じるのは、どこの国にも良い面と悪い面があり、良いとこばかりの国もなければ、悪い所だらけの国もない。
どこの国にも良い人がいれば悪い人がおり、賢い人もいれば愚かな人もいる。これは当たり前のことだけど。
良いなと感じたら見習えばいいし、悪い点があれば「人の振り見て我が振り直せ」で、自らの参考にすればいいことだ。
ワタシ自身は自分でナショナリズムの傾向が強いと思っているし、中国も韓国も、米国もロシアも嫌いだ。
しかし、嫌いだからといって相手の国を侮辱したり、その国民を差別したり馬鹿にすることはしない。そんな事をすれば、かえって自らを貶めることになる。
嫌いだが、敬意は払っている。

小学5年生のとき、クラスに在日韓国人の男子生徒が転入してきた。
一部の同級生はひどい差別とイジメを毎日のようにしていたが、扇動していた生徒はなべて性格の悪い、程度の低い連中だった。
想像するに、ネットで侮辱や差別を煽っている人たちも、そういうレベルにあるのだろう。

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2009/12/12

【思い出の落語家16】八代目春風亭柳枝

Photo今でもそうだが、いわゆる名人級や人気者は名人会やホール落語会が中心となり、寄席(定席)に出る回数が少なかった。
だから、普段の寄席を支えていたのは中堅クラスの人たちが中心だった。
もちろんお客を呼べるには実力とある程度の知名度が必要で、昭和20-30年代にかけて活躍した八代目春風亭柳枝は、そうした落語家の一人だ。
高座というのは生身なので、芸人の性格が現れてくる。
八代目柳枝はいかにも温厚そうな人柄で物腰が柔らかく、「でございます」「あそばします」「おぼし召す」など、他の落語家ではお目にかかれない丁寧な言葉使いをする人だった。
仲間内では「お結構の勝ちゃん(本名が勝巳)」という仇名がつけられていたそうである。
こうした高座姿は、客席をジロっと眺めて「良く来たなぁ」と切り出す四代目鈴々舎馬風と対照的だった。刑務所に慰問に行き、開口一番「満場の悪漢諸君!」とやった馬風の芸風も、それはそれで貴重ではあったが。

ネタの数は多かったが、長講や大ネタを演じることは無く、軽い噺が得意だったと記憶している。それも軽くサッと一席演じてから踊りをサービスした。
この人の「王子の狐」と「花筏」は、現在も柳枝を超える人がいない。
前者の狐を騙す男や後者の提灯屋は、柳枝本人の人柄が映し出されている。
地味だが確かな芸の持ち主で、53歳での死は惜しまれる。
なお、春風亭柳枝は落語家の名跡なのに、50年間誰も名を継ぐ者がいないというのは、いかにも寂しい。
伝統的に柳枝は小柳枝を前名にしているが、現在柳枝の名は落語協会に帰属していて、小柳枝は芸術協会に所属しているというネジレが原因とのことだが、勿体ない話だ。

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2009/12/10

ファンは赤星選手を忘れない

阪神の赤星憲広外野手(33)が昨9日、今季限りでの現役引退を表明した。
突然のことで驚いたが、脊髄損傷と診断されたとあっては、残念ながら致し方ない。
2001年タイガースに入団し以来9年間、通算成績は1127試合で1276安打、打率2割9分5厘、381盗塁という成績は、あの小さな体でまさに金字塔といえる。
2003、2005年のリーグ優勝は、赤星選手の活躍がなかったら実現できなかった。
阪神の選手といえば、ダイナマイト打線(古いね!)に代表されるように重量級のイメージが強かった。一時期は、太れない相撲取りは親方から「阪神へ行ってこい」と言われたというエピソードがあるくらいだ。
そのタイガースの中で、「足」で魅せてスター選手になったのは赤星選手だけだ。

赤星選手といえばもう一つ、自分の盗塁数に応じて全国の病院や福祉施設にサイン入りの車いすを寄付し続けてきたことでも知られている。
2003年から贈り続けた車いすは7年で計301台になったという。
昨日、その贈呈が甲子園球場で行われ、今季分の31台に最後のサインが入れられた。
赤星さん、長い間ありがとう、そしてお疲れさま。
私たちファンはあなたのことを決して忘れません。

Photo

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2009/12/09

ウッズも人の子

Photo_2タイガー・ウッズの愛人問題は連日マスコミをにぎわしているが、昨日はエリン夫人の母親が腹痛を訴え、救急車で運ばれたことまで全世界に発信されていた。
ここのところ暗いニュースが続き、人々は久々に明るい話題に接したというわけだ。
これを「タイガー・ドラマ」という。
夫人の名前が「エリン」で、亭主は「フリン」。

愛人の数も日を追って増え、11人だという報道もある。
「愛人1号のだれそれ」などとナンバーでよばれる始末。
昔から愛人は「2号」と相場が決まっているだろうに。
そのうち「愛人7号」でラッキーナンバーと喜んだり、最強の「愛人28号」が出現したりして。

オモシロイと思ったのは、米国のメディアがウッズのように次々と愛人をむかえるのを、「回転扉みたい」と表現していたことだ。
しかし日本人にはシックリこない。
日本ではこういうのを「ズボンをはく暇がなかった」という。
こっちの方が適確だ。
反対に浮気など一切せず、女房一筋、つまりアタシみたいな男は「蛇の目ミシン」という。
語源は・・・、ご想像にお任せする。

「ウッズは寄ってくる女性を追い払う人ではなかった」という証言もある。
来る者は拒まずというウッズの性格が、膨大な愛人の数につながったというわけだ。
これぞ「友愛」の精神。

「英雄色を好む」という諺がある。
英雄といわれる人は、すべてに精力的であるために女色を好む傾向も強いという意味だ。
ウッズもヒーローだから色を好むのも当然だと考えれば、世間並みということか。
石川遼クンは、もって「他山の石」とすべし。

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2009/12/08

押尾学逮捕、で、「モリ」さんは

Photo昨日、押尾学容疑者ら3人が、麻薬取締法違反などの疑いで逮捕されました。
いよいよ、港区・六本木ヒルズのマンションの部屋で8月2日に死亡した飲食店従業員田中香織さんの事件の核心に迫るもので、その解明が期待されます。
この事件、警察がようやく重い腰を上げたのには、それなりの事情があったのでしょうか。例えば、政権交代したとか。
久々に顔を見せた押尾学ですが、すっかり相貌が変わっていて驚きました。住所不定、無職という肩書きも、諸行無常の響きですね。

ところで話はガラリと変わりますが、森祐喜さんという方がおられます。
あの森喜朗元総理のご長男で、現在は石川県議会議員をされています。
どんな人物かと調べてみたら、ウィキペディアで削除されていたので、ご本人のHPにアクセスしました。
1964年の生まれですから、45歳のまさに「オトコ盛り」といったところです。
東海大学を優秀な成績で中退され、2年後に米国ジョージタウン大学の英会話クラスで勉学に励み、こちらも途中で帰国されているようです。
自民党議員のご子息というのは、なぜか揃ってアメリカで勉強するんですね。日本にいると、具合が悪いことでもあるのかしらん。
その後、お父上の森喜朗議員の秘書を経て、現職というわけです。
「モリモリ勇気」がキャッチコピーのようで、きっと元気「モリモリ」なのでしょう。
下に写真を紹介しますが、お父様にソックリですね。もしかしたら、オンナ好きなところも?
Photo_2

オモシロかったのは、森祐喜さんのプロフィールにこう書かれていたことです。
「星座 てんびん型」
てんびん型の星座って、どんな風でしょうかね。
それから、
「好きな言葉 一期一会」
一期一会ですか、時節柄、意味深長な言葉ではあります。

【追記】
その森祐喜だが、2010年8月7日酒気帯び運転で事故を起こし、逮捕された。
もしかして押尾学が手記を発表し全てをバラスと言い出したので、ヤケ酒でもあおったかしらん。

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2009/12/06

「十二人の怒れる男」@シアターコクーン

Bunkamura20周年記念企画として、シアターコクーンで「十二人の怒れる男」を上演中だが、12月5日19時の回を観劇。
この作品(12 Angry Men)のオリジナルは、1954年に製作されたアメリカのテレビドラマを、1957年俳優のヘンリー・フォンダがプロデュース、主演し、映画化した作品。
「十二人の怒れる男」は映画史上に残る不朽の名作として、また巨匠シドニー・ルメットのデビュー作としても知られている。
今回これを蜷川幸雄演出で舞台化したものだ。
日本の裁判員制度がスタートしたことも、もちろん考慮されての企画だろう。

<スタッフ、キャスト>
作 レジナルド・ローズ
訳 額田やえ子
演出 蜷川幸雄

中井貴一:陪審員八号
筒井道隆:五号
辻 萬長:四号
田中要次:十二号
斎藤洋介:十一号
大石継太:七号
柳 憂怜:二号
岡田 正:六号
大門伍朗:十号
品川 徹:九号
西岡德馬:三号
石井愃一:陪審員長
新川將人:守衛

ストーリーは、
アメリカのある町で起きた、父親殺しの罪に問われた少年の裁判が行われ、12人の陪審員が評決に達するまで一室で議論することとなる。
法廷での証拠や証言は被告の少年に圧倒的に不利なものであり、全陪審員一致で有罪(死刑)になると思われたところ、ただ一人、陪審員八号だけが疑問を差し挟み少年の無罪を主張する。
彼は他の陪審員たちに、証拠の疑わしい点を一つ一つ再検証することを主張し、激しい議論がぶつかり合う。
やがてその中から、当初は少年の有罪を信じきっていた陪審員たちの心にも徐々にある変化が訪れるが・・・。

一般に「十二人の怒れる男」は、「法廷もの」に分類されるサスペンスドラマとされている。
しかし今回の舞台を見て、この作品は法廷あるいは陪審制度というものを通して描かれている「人間ドラマ」だと感じた。
激論の中から浮かんでくる陪審員たちの人間性、生い立ちや人となり、家族や友人関係、現在おかれている状況、そうした一人一人のことがあぶり出されていく。
裁かれているのは果たして被告の少年なのか、それとも陪審員自身なのか。

会議室で中央に置かれた机を12人が椅子に座って囲む、それだけの舞台だ。全てはこの一室の中の議論だけである。
背景には洗面所があり、手洗いの鏡が正面に向いている。
シンプルなだけに、演出は凝っている。
クライマックスシーンで、陪審員三号が絞り出すような声で「無罪」と叫ぶのだが、暗い背景の中で彼の白い後姿だけがこの鏡に映し出される(これは正面席しか見えなかったと思われる)。これが実に効果的だ。
客席が舞台を取り囲むように配置され、臨場感が出ていた。
犯罪が行われて部屋の間取りを説明する場面では、透明なアクリル板に見取り図が描かれ、客席のどこからも見られるよう工夫されていた。
ディスカッションドラマなのでセリフが特に重要だが、今回の上演にあたりオリジナルの英文を新たに翻訳したとあるが、そのせいか日本語として良くこなれていた。時にアメリカ社会が舞台となっていることを忘れてしまう程だった。

出演者は全員がベテランの演技派で固め、各人が持ち味を発揮して、終始舞台に緊張感が保たれていた。
特に陪審員三号を演じた西岡徳馬の熱演が光る。激しいボディアクションと感情の起伏、これと主演の中井貴一の冷静な演技の対比が、この舞台の中心だ。
二人のぶつかり合いと、その果てに生まれた友情が泣かせる。
他に、石井愃一が陪審員長役を好演し、辻萬長の抑制した演技、岡田正の存在感、品川徹の渋さ、大門伍朗の怪演が印象に残った。
難をいえば、筒井道隆の演技が見劣りしていていたこと。元不良少年というキャラも合わず、ミスキャストではなかろうか。
とはいえ手に汗握る熱演の連続で、総じてとても充実した舞台となっていた。

余談だが、ボクは昔からなぜこの作品のタイトルが「十二人の怒れる男」だったのか、ずっと疑問に思っていた。だって、怒ってる人もいるが、冷静な人もいるわけで、全員が「怒れる」じゃないだろうと。
そこでオリジナルのドラマが1954年制作であり、映画化はヘンリー・フォンダだという事から類推するに、1950-1954年に全米で荒れ狂ったマッカーシズム(赤狩り旋風)と関連があるのではないかと思ったのだ。
多くの映画人が共産主義の手先として告発され、ハリウッドを追われた人もいた。
この作品にはこのマッカーシズムに対する批判が背景としてあり、だから十二人の「怒れる」男だったのではなかろうかと。
そんなことも頭をかすめた。

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2009/12/03

自民党の「党名変更」に提案

自由民主党 谷垣禎一総裁殿
聞くところによれば現在、貴党は党名の変更をご検討中とのこと、心よりお喜び申し上げます。
「自民党」と名乗っただけで嫌われるのだそうで、実にお気の毒なことです。先ずは名前を変えて生まれかわろうと、いいアイディアじゃありませんか。
ただ候補にあがっている「自由新党」や「和魂党」などの党名は、いかにも冴えません。
そこでいくつか適切と思われる党名を徹夜で考え下に列記いたしましたので、是非ご参考にしてください。
なお正式に採用の際は、当方の了解を得るようお願い申しあげます。
“ほめ・く”拝

<自民党の改名候補>
悪戦苦党:死にものぐるいで戦ってるが
一族郎党:なにしろ世襲議員が多いので
一味徒党:保守本流を結集し
狂瀾怒党:狂おしく荒々しい姿に変身して
孤軍奮党:これからは公明党とも縁を切り
七転八党:「七転び八起き」の精神で
疾風怒党:一気呵成に政権奪取
主客転党:今は政権から転落してても
春風駘党:いつかは我が世の春も来る
前人未党:さあこれから頑張るぞ
普遍妥党:我らこそスタンダードなり
不偏不党:という訳にはいかないけど
平身低党:全ては不徳のいたすところ
捧腹絶党:笑う門にはラッキーカムカム
本末転党:いずれ民主党と入れ替わるべく
用意周党:着々と準備を進める所存
解党:それでもダメなりゃ出直しだ

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2009/12/02

また五輪 味をしめたか 慎太郎

東京都の石原慎太郎知事は、12月1日の都議会本会議の所信表明演説で、2020年夏季五輪招致に挑戦することを正式表明した。
先に2016年五輪招致に失敗したばかりだが、懲りないねえ、この人は。
始めから可能性が低かった2016年五輪に、落選すれば責任を取ると明言して強引に立候補し、予想透り失敗。それでも知事に居座っているこの神経が分からない。
その招致活動に150億円使ったそうだが、オリンピックを東京で開きたいというだけでなぜ150億円もの金が要るんだろう。
一体どこでどうバラマイテきたのか、訊いてみたいものだ。
まあ使う方は気持ちがいいだろうよ、他人の金だから。
こちとら出す方は堪ったもんじゃない。

ムダ使いの一端は明らかになっている。
招致活動のさいに、スポーツ選手があちこちのイベントで、「東京オリンピックを実現しましょう」などと呼びかけていた光景は、ご覧になった方も多いだろう。
アタシはてっきり、スポーツをやる人はやはりオリンピックを国内でと思うんだろうなと想像していたのだが、これが違う。
実は全て謝礼が払われていたのだ。その額は平均で34万円、最高では100万円も払っていたのだ。
要するにギャラを払って、PRさせてたってわけだ。知らなかったなあ。
そりゃ100万円も貰えば協力しますよ、誰だって。
これだけで2億4200万円も使ったというわけだ。あとは推して知るべし。

オリンピックの招致活動にかこつけて、札束で人の頬を叩きながら海外を飛びまわっていりゃあ、さぞかし気分はいいだろうさ。
五輪招致 三日やったら やめられぬ。

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2009/12/01

ミュージカル「グレイ・ガーデンズ」@シアター・クリエ

Ootakeシアター・クリエで上演中の「グレイ・ガーデンズ」、11月28日17時30分の回を観賞。
満席であり、それも女性が大半。くたびれた爺さんは些か場違いの感も。
本作はアメリカ合衆国大統領ケネディの妻・ジャクリーンのエキセントリックな叔母とその娘の実話に基づいている異色のミュージカル。
元々は本場ブロードウェイで上演され、2007年トニー賞3部門(主演女優賞・助演女優賞・衣裳デザイン賞)を受賞している。
日本版演出を手がけるのは宮本亜門とくれば、これはもうヒット間違いなしではあるが・・・。

<主なスタッフ、キャスト>
台本: ダグ・ライト
音楽: スコット・フランケル
演出: 宮本亜門
音楽監督: 八幡茂

大竹しのぶ/イーディス・ブーヴィエ・ビール(1幕)
リトル・イディ・ビール(2幕)
草笛光子/イーディス・ブーヴィエ・ビール(2幕)
彩乃かなみ/リトル・イディ・ビール(1幕)
川久保拓司/ジョセフ・P・ケネディ・Jr.(1幕)
ジェリー(2幕)
デイビット矢野/ブルックス・シニア(1幕)
ブルックス・ジュニア(2幕)

さて物語りの第1幕(1941年)は。
ニューヨーク州ロングアイランド。セレブの集う、華やかなグレイ・ガーデンズ邸。
栄華をきわめるブーヴィエ家の美しき母イーディスは、歌手に憧れている。
おりしもブーヴィエ家の娘イディと、ケネディ家の長男(つまりJFKの兄)ジョセフの婚約パーティが開かれている。
この幕はいわばプロローグであり、ストーリーがどうのというよりは、ブーヴィエ家がセレブであり、その家の母は少々変わり者であり、ケネディ家とつながりができるらしいと分かればよい。

そして第2幕(1973年)は、一転してキャットフードの空き缶に埋もれ、荒廃したグレイ・ガーデンズ邸が舞台となる。
ここにすっかり年老いたイーディスと、婚期を逃したリトル・イディが二人だけで暮らしている。無数の猫に囲まれながら。
それでも二人はかつてのプライドだけは保っている。
唯一の娯楽であるラジオに耳をすませ、奇抜なファッションで時に踊り、歌い。
こんな生活と絶え間ない母娘喧嘩にウンザリしながらも、リトル・イディはグレイ・ガーデンズを出ていこうとしない。
演劇としては、いっそ第1幕をカットし、少し内容を膨らませてこの第2幕だけで仕立てた方が、スッキリして良かったのではなかろうかと思わせる。

かつて良家の子女というのは、芸能界だのショウビジネスだのに近付くことはご法度だった。これは日本でも同じだった。
だからリトル・イディの生き方というのは、当時としては極めて異色だったわけだ。しかもその生き方は母親からの影響でもある。
他人が何を言おうが、自分の生きたいように生きる。おそらくはこの姿勢が多くの人の共感を呼んだのだろう。
貧であっても卑ではない。

さて舞台だが、これはもう大竹しのぶの一人舞台といってよい。
いつもながら演技の確かに感心する。一般にミュージカルは大まかな演技になり勝ちだが、細部にわたって神経が行き届いている。ダンスには難点があるが、歌はお手のものだ。
云う事なしの筈だが、しかし・・・・、である。

この主人公リトル・イディは大金持ちのピカピカのお嬢さんでありながら、モデルやショウビジネスの世界に入り、数々のハイソな男性たちと浮名を流した美貌の女性という設定になっている。
リトル・イディの一見奇抜なファッションが似合うようなキャラが求められるのだ。
これは大竹しのぶのキャラとは明らかに違う。彼女はどちらかといえば、庶民的で芯のしっかりとした自立女性が似合う。
だからミスキャストだともいえる。
しかしこの役を演じられる女優が他にいるかと問われれば、頭に浮かんでこない。だったら適役?
結局は、こういうミュージカルの主役を演じられる役者の層の薄さに帰結することになる。

母親役の草笛光子は、ゴージャスな雰囲気と貫禄の演技で、こちらは文字透りの適役だ。
脇ではデイビッド矢野が存在感を示す。

公演は12月6日まで。

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