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2010/01/27

平野博文は官房長官として不適任

1月23日行われた名護市長選挙で普天間飛行場の市内への移転に反対していた稲嶺氏が当選したことで、一番困っているのは民主党政権ではあるまいか。
それが証拠に、自党が推薦した候補が当選したにもかかわらず、鳩山首相はじめ首脳が揃って「浮かぬ顔」をしていた。

果たせるかな26日午前には、平野官房長官は「そういう市長が誕生したという一つの民意としてあるのだろうが、そのことも斟酌してやらなければいけないという理由はない」と言い切った。
この発言に対して与野党から批判の声が上がったが、夕方にはさらに次のような発言を行い、確信犯であることを証明している。
「(地元自治体の)合意がなかったら物事が進まないのか。十分検証したいが、法律的にやれる場合もある」
「地元の合意が取れるというのは、いろいろなパターンがある。合意に拘束されないケースだってある」

平野官房長官が言いたいことは、こういうことだ。
(1)日本はアメリカ軍に守ってもらっているのだから、米国の意向には逆らえない。
(2)安全保障は国の問題であり、一地方の意向で左右されるものではない。
(3)もし自治体の同意が得られない場合は、 土地の強制収用や特別措置法などを活用して強行する。
(4)現行計画で移設先となっている名護市辺野古沿岸部の埋め立て権限は沖縄県知事が持っているので、移設に反対する名護市長より県知事の判断を優先させる。
早くいえば、自民党と似たような考えだ。
いや、もっと悪いかな。

普天間基地移設に関する日米合意については、当初から平野長官、岡田外相、北沢防衛相のいずれも、現行合意案に賛成の立場だった。
鳩山首相もおそらくその一人だろう。
ただ選挙前に県外国外移転を強調したあまり、引っ込みがつかなくなり、ゼロベースでの検討を口にしている。
しかし5月末までにアメリカの同意を得た上で新たな移設案をまとめるのは不可能に近く、結局のところ今の合意を承認するか、それとも普天間基地移転そのものをいったん白紙に戻すか、選択肢は限られている。
そういう意味で平野官房長官の一連の発言は、決着に向けての予防線とも見える。

ただどうも平野長官のいけないところは、非常に冷たい印象(特に目の表情)を受けるし、その態度が不誠実な人間を思わせることだ。
当ブログでは官房長官就任後の会見で、官房機密費についてウソをついたことに対して、当時こう書いている。
「ハッキリ言うが、あなたは信用できない。
ウソつきは信用しないことにしているからだ。」
この印象は、今もそのままだ。

国民の信頼を得られないような人物は、官房長官には相応しくないだろう。
いまだに与党気分が抜けず、何かというとそっくり返って発言するクセのある自民党大島理森幹事長とともに、「顔」としては不適任である。

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2010/01/24

#368花形演芸会(1/23)@国立演芸場

1月23日は国立演芸場の「第368回花形演芸会」へ。
交通規制がしかれ警官の数が目立つのは、特捜部による小沢幹事長への聴取が近くで行われていたのだろうか。

<番   組>
前座・柳亭市也「たらちね」
柳家さん弥「代脈」
瀧川鯉朝「松山鏡」
カンカラ「時代劇コント」
柳亭市馬「粗忽の釘」
―仲入り―
神田阿久鯉「赤垣源蔵徳利の別れ」
U字工事「漫才」
古今亭菊之丞「らくだ」

さん弥「代脈」、着実に上達しているのだろうが、この人、顔が恐いので損をしている。
瀧川鯉朝「松山鏡」、初見だが愛嬌があって良い。ネタも丁寧に演じていて好感が持てたが、仲裁に入ってくる人が尼さんだというのを言い忘れていた。
カンカラは出だしの拍手とかけ声の催促がくどい。ドリフじゃないんだから。
市馬「粗忽の釘」、とにかくマクラから最後のオチまで全くスキがない。それでいて観客には十分リラックスさせ楽しませる。
先輩として、芸とはこういうもんだという事を見せ付けた見事な高座。
後の席のご婦人方が、この噺こんなに面白かったかしらと感心していたが、同感。

仲入り後、神田阿久鯉「赤垣源蔵徳利の別れ」はご存知「赤穂義士銘々伝」の中の一席。
イヤー、講談で久々にシビレましたね。名調子だし、第一セリフの節回しが素晴らしい。
師匠・三代目神田松鯉仕込みなのだろう、本格派だし、未だ真打になって間もないのに、大したものだ。
講釈師だけは有望な女流が次々と出てくる。
U字工事、ナマの高座は久しぶりだったが、面白かった。テンポが良くなったし、両者の間合いも良い。もう漫才は大阪なんて言わせない。

菊之丞「らくだ」、全体としてネタが未だ身に付いていないのか、言葉の間違い(例:屑屋を紙屑屋という)、同じセリフの繰り返し(「もう勘弁して下さいよ」を多用し過ぎ)、言い忘れ(例:八百屋に樽を貰いに行く時に、兄いが「いやだと言ったら死人にかんかんのうを躍らせると言え」の部分が抜けていた)が目立ち、聴いている方が集中できなかった。
屑屋の酔いっぷりはなかなか良かったし、これから仕上ってくれば菊之丞の持ちネタになる可能性は十分だと思った。
今後に期待したい。

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2010/01/22

柳家小三治が落語協会会長に「正常化」

Photo柳家小三治(70)が次の落語協会会長に就任することが内定した。
3月に行われる総会で正式決定し、6月から就任予定。名実ともに落語界の頂点に立つことになる。
一ファンとして心から祝意を表したいし、正直のところホッと安堵している。おそらくは同感して下さるファンの方も多いだろう。

「古典の落語協会」の名に恥じぬよう、代々の会長は文楽、志ん生、円生から近年の小さんに至るまで、名人上手の噺家が就任してきた。
会長はいわば看板であり、やはり誰から見てもこの道の第一人者がつとめていたのだ。
しかしここ二代続いて円歌と馬風という、いささか首を傾げざるを得ない人事になっていた。
特に馬風会長については、ギャグではないかと思ったほどだ。
高座で落語家が「当協会の最高顧問が三遊亭円歌、会長が鈴々舎馬風」というと、客席から失笑がもれるほどである。
内部からも批判や不満の声があったと聞く。

そういう意味では小三治の会長就任は「本寸法」、落語界の第一人者であり、誰もが納得する人事だと思う。
落語協会だけに、しかるべきところにオチついた。

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2010/01/20

JALの株主責任ってなんだい?

日本航空(JAL)は昨19日、会社更生法の適用を申請し、これからは企業再生支援機構が主導して再建の道を歩むことになる。
同社の株式は100%減資、上場廃止となり、株主は大きな損失を出したことになる。世間では「紙屑になった」といわれるが、今は株券は電子化されているので、その紙屑にもならない。
この処理に関連して、盛んに株主責任ということ言われていたが、今回のJALの事態に対し、株主たちはどういう責任が問われるのだろうか。
特に38万人ともいわれる個人株主に責任うんぬんというのは、あまりに酷ではなかろうか。

会社が潰れたのであれば未だ諦めがつくだろうが、今回はいうなれば政府による計画倒産だ。
第一、JALの経営悪化の最大の原因は、政治そのものだった。
利用者がいないような地方に勝手に空港を建設し(地元国会議員には多額の献金やら裏金やらが上納されただろう)、そして採算無視でムリヤリJALを就航させていた。
経営者は代々旧運輸省(現国交省)からの天下りで、こういう連中が放漫経営を行ったツケが回され、破綻に至ったのだ。
図式は、旧国鉄の膨大な赤字とよく似ている。
少なくとも、株主にはなんの責任も無い。

株式を保有するというのは、必ずしも個人の意志だけではない。
社員持株制度などで、従業員が半強制的に持たされるケースも多い。
JALの取引先ということで、やむなく株を購入させられたケースもあっただろう。
そうして持たされた株が一気に価値ゼロにされてしまうというのは、気の毒としか言い様がない。
責任を取るべきなのは、甘い汁を吸ってきた政治家たちだ。

これでJALが再生し再上場を果たせば、企業再生支援機構には莫大もない利益が転がりこむ。
その時になっても現在の株主たちは、ただ指をくわえて見ているしかない。
それで良いのだろうか。

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2010/01/18

【小沢疑惑】やっぱり政党交付金は廃止すべきだ

共同通信によれば2004年10月に、小沢一郎の関連政治団体「改革フォーラム21」の口座に約15億円が簿外で入金された疑いのあるとのこと。
この資金の原資は、小沢一郎が党首だった旧自由党(2003年解散)への政党交付金(助成金)であった可能性が高い。
旧自由党をめぐっては、2002年に政党交付金として約15億円が支給されており、予てからその用途が疑問視されてきた。
政党助成金制度を使えば、政党を創っては壊しを繰り返していると、その資金が特定の個人の懐に転がり込むことになる。
たまたま今回の小沢疑惑でこうした不正の一端が明らかになりつつあるが、他にも同様の流用は例があることは容易に想像できる。
つまり政党交付金(助成金)制度というものが、「政党ころがし」による蓄財という新たなビジネスを生んでしまったことになる。
以上が、制度の廃止を主張する理由の第一だ。

政党交付金制度は、企業・団体からの献金を禁止する約束で作られて制度だ。
しかし、その提唱者である小沢一郎がやったことといえば、地元の公共事業の受注と引き換えに多額の献金をさせるという、実質的には受託収賄罪に相当する資金集めを行ってきた。
そのために資金の出所をオモテに出せず、マネーロンダリングという姑息な手段によって隠蔽しようとした、これが今の小沢疑惑の本質だ。
小沢一郎に限らず、企業・団体からの献金は依然として跡を絶たない。
法律を定めた国会議員らが約束を守らないし、これからも守る意志がない以上、国民としてはペナルティを与えねばならない。
これが制度の廃止を主張する理由の第二の点だ。

第三の理由は、仮に百歩譲って政党助成金がなければ、どうしても政党活動が出来ないというのであれば、ある程度致し方ない面もある。
しかしどうだろう。
この制度ができた1994年以前は、各政党は自力で資金を調達し活動を行ってきた。
そして、現在も交付金を受け取ることなく活動をしている政党がある。
つまり、工夫さえすれば本来は不要なのだ。

第四の理由は、これほど財政が逼迫している時に、そんな無駄な金に税金を使うことは許されない。
政党交付金制度こそ、まっ先に「仕分け」すべきだった。

税金で政党の活動費を賄うなどという法律は、世界の恥だ。
百害あって一利なし、即刻廃止するしかない。

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2010/01/17

よってたかって新春落語@よみうりホール

1月16日のダブルヘッダー後半は、有楽町よみうりホールで行われた「よってたかって新春落語 21世紀スペシャル寄席ONEDAY」に移動。同じ有楽町駅前だから楽チン。
主催は悪名高い「夢空間」。相変わらず当日のチラシ1枚作らず、他の公演の案内ビラばかり配布。反省しないんだよねぇ。

<番  組>
前座・瀧川鯉ちゃ「寿限無」
春風亭百榮「リアクション指南」
三遊亭白鳥「青春残酷物語」
~仲入り~
柳家三三「高砂や」
瀧川鯉昇「御神酒徳利」

鯉ちゃ「寿限無」、貫録のある前座で声が大きい。
百榮「リアクション指南」。新作には色々作り方があって、古典を下敷きにした新作というのがある。このネタは、「あくび指南」をベースにしたものだろう。
TVのバラエティ番組でリアクションだけの芸で出演しているタレントへの風刺も込められているようで、動きの面白さだけで見せていた。

白鳥「青春残酷物語」は、自伝的作品といったところか。
貧乏学生が3人集まってグチを言い合いながら呑むうちに、キャバクラで豪遊して食い逃げする計画を立てるというストーリー。
白鳥の作品としては分かり易い方だろうが、何せ全編ギャグ一色。従ってギャグに付いていけない客層には、あまり受けないだろう。
若い頃は小説家を目指した白鳥であるなら、もう少し学生たちの心理描写があって良いのでは。

仲入り後の三三「高砂や」、マクラでその白鳥の芸をサカナにしていた。舞台の上手と下手が分からなかったそうだが、白鳥ならそうかもと思ってしまう。
これもマクラで、新人のころ志ん朝から指導を受けていたと言っていたが、三三は志ん朝から芸人の美学を学んだのではないかと推測する。
落語家といえども客に観られる商売、やはりキレイにみせる努力は必要だ。
さて「高砂や」だが、オリジナルに相当手を入れて、三三ヴァージョンといっても良いほどだ。なにせ「間」がいいので、普通の二倍近く時間をかけて(30分)いるにも拘らず、飽きさせないのはさすがだ。

鯉昇「御神酒徳利」、三代目三木助の型に忠実で、あまり「らしさ」が無かったように思う。
そういう意味では、観客はやや期待外れだったのではなかろうか。
このネタはなかなか三木助や圓生を超える高座にお目にかかれない、難しい演目だ。

昼夜二公演を完走し、冷え込んだ夜道を辿って我が家に帰り、湯豆腐とクサヤの干物で熱燗。
ウーン、タマラナイねえ。

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#96朝日名人会(1/16)

1月16日は落語会の昼夜ダブルヘッダーになり、昼は有楽町朝日ホールでの第96回朝日名人会へ。

<番  組>
前座・古今亭志ん坊「手紙無筆」
立川志の吉「松竹梅」
桃月庵白酒「宿屋の冨」
五街道雲助「替り目」
~仲入り~
古今亭志ん輔「五人廻し」
柳家権太楼「猫の災難」

顔づけを見てお分かりのように、今月は前座を含めれば古今亭(金原亭)が4人揃った。それに雲助と白酒は師弟だ。こういう趣向も楽しみの一つ。
前座で上がった志ん坊、二ツ目が近いのだろうか、しっかりと「手紙無筆」。最近は国民の識字率が100%になったせいか、このネタや「ラブレター」が高座にかかることが少なくなった。
志の吉「松竹梅」、松つぁん、竹さん、梅さん3人の演じ分けが不明瞭で、平凡な出来。

白酒「宿屋の冨」は大きなミスがあった。泊り客に宿の主人が冨札を売りつける場面で、「もし当たったら半分やる」と約束する場面を飛ばしてしまった。
観客は気が付いているので、これをどう処理するのか固唾をのんで見守ることになった。
後半でなんとかカバーしていたが、演じ手も聴き手もお互い変な緊張感を抱えたまま過ぎてゆき、せっかくの熱演に水をさしてしまった。

師匠の雲助「替り目」、こちらは好演だった。
酔漢の小咄から本題に入り、俥引きやお上さんとの軽妙なやり取りを経て、珍しく最後のオチまで間然とするところがない。
独自の演出で「流し」を登場させ、都々逸からかっぽれの所作まで入れ込んでの大サービス。
この一席だけで元を取ったような気分になる。

志ん輔「五人廻し」、5人の客と若い衆の演じ分けがキッチリと出来ていて、聴きごたえがあった。
吉原の謂れ因縁をまくし立てる場面を颯爽と演じ、拍手喝采を浴びていた。

権太楼「猫の災難」、マクラで酔っ払いの小咄を雲助が全部やってしまったのでと、節分の話題。噺家の手拭いを貰うには、池袋演芸場が穴場だそうだ。
先代小さん譲りの軽妙な芸で、酒を呑んでしまった男が居眠りをするところは独自の演出。
何をやらせても水準をいく権太楼の力量には感心する。

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2010/01/15

【寄席な人々】落語家に「学歴」はイラナイ

落語家の高学歴化がいわれるようになってから久しい。
初めのころは国立大出が話題になっていたが、東大や京大出身者も現れるようになって驚かなくなってきた。きっと親御さんはガッカリだろうなと想像はするが。
こうした傾向とともに、落語家の経歴やプロフィールの中に、「学歴」を書く人が出てきた。というより、若手の落語家では「学歴」を書く人が多数を占める。
加えて、マクラなどで有名大学を出ていることを(自分あるいは同僚の)、それとなくアピールする噺家もいる。
意図が不明だし、意味が分からない。
「京都大学経済学部卒」などと書かれても、「だから?」と言うしかない。

噺家は芸で勝負するのであり、どこの大学を出ていようと出ていまいと全く関係ない。むしろある種のインテリ臭さは、芸の妨げになることはあっても、プラスになることはない。
有名大学を出ていることに希少価値があった時代なら、多少の自己PRにはなっていただろうが、それも今は無くなっている。

落語家の経歴といえば、かつては様々な職業を経験してから入門したり、いったん落語家になってから別の職種に就いてから、あるいは一度(時には何回も)破門されてから、再び落語家に戻るというような人が多かった。
幇間、踊りの師匠、講釈師、義太夫語り、音曲師などの職歴は本人の芸に中に反映されるので、それなりに意味があった。
しかし学歴は関係ない。
無意味であることにそろそろ気が付いてもいい頃だろう。

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2010/01/14

月例三三独演・新春(1/13)@国立演芸場

国立演芸場での柳家三三独演会、月例だが1月は2回公演となっていて、1月13日の会に出向く。
この会は人気が高く、平日にもかかわらず3月の会まで前売り完売となっている。
チラシに「将来の名人」と書かれていたが、その期待は高い。
ただ、若い時は凄かったのに・・・という噺家も少なくないのがこの世界。全ては今後の精進しだいだ。

<番  組>
柳家ろべえ「旅行日記」
柳家三三「錦の袈裟」
笑福亭たま「火焔太鼓」
~仲入り~
柳家三三「蜆売り」

柳家ろべえの名前の由来で、師匠が喜多八なので弟子は弥次郎兵衛、ただ半人前だから下半分をとって「ろべえ」との解説。
師匠譲りのトボケタ味が生きていて、「明るい喜多八」といった趣き。将来が楽しみだ。

「錦の袈裟」は女形の出来次第で決まる。与太郎の女房、芸者たち、女郎の紫の性格付けと演じ分けがポイント.
三三の演出は与太郎の女房は良かったが、芸者と紫の造形が今ひとつ。
それとこの演目、あまりシモネタをふらない方が良いと思う。
三三にしては平凡な仕上がりだった。

ゲストの笑福亭たまは、三三と同じ歳だとか。
マクラで、最近スランプで心療内科に受診した話題に。医師の見たてでは鬱病ではなく、芸に行き詰りだと言われたとのこと。
大阪の落語家は、以前から鬱病になる人が多いらしい。
業界に詳しい人に聞いたら、すぐさま数名の落語家の名前が上がっていた。
その理由だが、笑福亭たまも言っていた通り、笑いどころで客が笑わないと落ち込んでしまう。
常に笑わせたいということが、一種の脅迫観念になるようだ。
もう、職業病ですね。
その点、東京の噺家はそれ程のプレッシャーが掛らないから、鬱になる人は少ないのではなかろうか。
上方版「火焔太鼓」は、やはりコッテリした味付けで、これはこれで楽しめた。

この日の三三の長講は「蜆(しじみ)売り」。
ストーリーは、
和泉屋の次郎吉親分、博打打ちは表の稼業、実は大泥棒・鼠小僧次郎吉。
雪降る晩、博打に負けて馴染みの船宿で船頭相手に一杯呑んでいると、そこに蜆売りの少年が透りかかる。
気の毒に思った次郎吉が売れ残りの蜆を全て買い取り、身の上話を聞いていくうちに、この少年の一家の不幸に、実は次郎吉自身が係っていたことが分かる。
思案に余った次郎吉は・・・。
長い話だが、登場人物は次郎吉と船頭、それに少年の3人だ。
次郎吉の貫録、船頭のオドケ、少年の健気さ、いずれの描写も申し分ない。
一つ注文をつけさせて貰えば、この少年は今でいう10才だ。こまっちゃくれた口はきくものの、幼さを残さなくてはいけない。
三三の描く少年は、いささか大人び過ぎている。その分、観客の感情移入が薄目になったように思う。
この点だけは、不満が残った。

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2010/01/13

「チェンジ」しなかったオバマ

アメリカの政権が共和党から民主党へ、大統領がブッシュからオバマに変わっても世界戦略は変化しないし、従って対日政策も変わらないと、米大統領選挙の当時から当ブログは一貫して主張してきた。
一方、大手マスコミの予測はどうだったろう。
アメリカで民主党政権が生まれたら大変なことになると「オオカミ少年」みたいに警告していた産経から、過大な期待をかけていた朝日まで、全て失格だ。
戦争を最大の公共事業としている米国経済の構造を改めない限り、これからも基本政策は変わらない。

オバマ大統領が唱えるイラクからの撤退についてだが、彼が主張している、
・反テロ活動及び米国民の維持のため、残留軍はイラクにとどまる
・残留軍はイラク治安部隊の訓練、支援を行う
という点が見逃されている。
そして、イラクから引きあげた部隊は、アフガニスタンに投入されるわけだから、トータルでは大きな変化はない。
むしろ、イランに対する軍事行動をいつ起こすのかが心配される。
では、中東政策はどうだろうか、
この点についてもオバマ大統領の姿勢は、「イスラエルを脅かす者は米国を脅かす者である」という発言に見られるように、ブッシュ政権と同じといってよい。
対外政策は、ブッシュ政権をそのまま引き継いでいる。

オバマ政権の性格を読み違えたのは、鳩山政権も同様ではなかろうか。
普天間基地移設問題について、オバマ政権が前政権との合意をこれほど強硬に主張するとは予測していなかったと思われる。
しかしイラクへの駐留を継続しながら、アフガンへの軍事行動を強化しようとするオバマ政権にとって、沖縄の米軍基地はますます重要性を高めている。
彼らにとっては日本の安全保障などどうでも良いのであって、要は米国の利益のためには沖縄の基地は手放せない。だからアメリカの理解など、最初から期待できなかったのだ。

米国の世界戦略に引き続き全面協力するべきかどうか、民主党政権はその選択を迫れている。
普天間問題は、その試金石となる。

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2010/01/12

「盗人猛々しい」舛添要一氏の主張

自民党の舛添前厚生労働大臣は、1月11日東京都内で開かれたシンポジウムで「「鳩山総理大臣と民主党の小沢幹事長が、ともに政治とカネをめぐる問題を抱えているのは国民にとって健全ではない。企業団体献金を禁止して、政党助成金を増額するなど、政治資金のあり方を考え直さなければいけない」と述べた。
具体的には、国民一人あたり250円を負担している政党助成金を、500円程度にしたいと主張したという。
これは、とんでもない話なのだ。

そもそも政党助成金制度というのは、かつて小沢一郎が主導して、企業団体からの献金を禁止するという名目で、強引に導入したものだ。
しかし、その後の結果はどうだろうか。
その小沢一郎本人が、
(1)公共工事の便宜をはからうことと引き換えにゼネコンなどから多額の献金を集めた
(2)政党助成金で得た資金を「政党転がし」することで自らの政治団体に横流しさせた
というのが、今回の一連の疑惑の構図である。
政党助成金が政治をクリーンにするどころか、ますます政治の腐敗を促進しているのは、明らかである。

鳩山首相と小沢幹事長のカネにまつわる事件をめぐっては、民主党の周辺にも政党への公的資金を増やすよう求める声が上がっている。
不正事件をネタにもっと金を寄こせと主張する、こういうのを「盗人猛々しい」と言う。
世の中には乏しい資金で選挙をたたかい、政治活動を続けている議員もいる。
それを頼みもしないのに勝手に金を使っておいて、「政治に金がかかる」とは笑止千万。
舛添要一の主張は問題の本質をすり替えて、むしろ小沢らの不正を曖昧にする結果となっている。

これ以上政党助成金を増やせば、それこそ「盗人に追い銭」だ。

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2010/01/11

【こんなものイラナイ】成人式

毎年この時期になると必ず報道されるのが、荒れる成人式の話題だ。
今年も、どこそこで新成人が暴れたというニュースが伝わっている。
成人になるというのは、個々の人間にとって人生のひとつの区切りであり、家族や親しい人たちから祝福されるのは嬉しいことに違いない。
しかしそれは個別のことがらであり、年度内に成人を迎える人たちを一同に集め、地方自治体が式典を行うことにどんな意味があるのだろうか。

私たちのころは成人式など無かったし、無くても誰も困らなかった。
20歳の誕生日には家族でお祝いをしてくれただろうが、実はよくおぼえていない。
しかし鮮明に記憶していることはある。
それは、会社の上司が20歳の誕生日にデコレーションケーキを買ってきて、休憩時間にみんなでお祝いをしてくれたことだ。
泪が出るほど嬉しかったし、その時の光景は今でもはっきりと思い出すことができる。

成人式を主催するほうからすれば、いくら相手が成人になったといっても、どこの誰だか分からない人に対して、本心から祝う気など起きようがない。
役目だから仕方なく祝辞を述べている。「せっかくの休日なのに・・・」と思いつつ来ているわけだ。
ここで名前を顔を売っておけば、来るべき首長選挙に投票してくれるかもという期待があるだけだ。
そんな空気を察するから、参加した新成人もシラケル。

同級生と会えるからということで参加する人も多いようだが、それは学校の同窓会やクラス会の役目だ。成人の祝いとはなんの関係もない。
成人には、式典もエライ人の祝辞もいらない。
家族や友人知人からの心のこもったお祝いがあれば、それで十分だ。

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2010/01/10

【こんなものイラナイ】NHKの番組宣伝

毎年3月,9月,12月の期末や年末になるとやたら目に付くのが、TV番組の中での番組宣伝(番宣)だ。
新番組や大型企画番組などの視聴率を上げるのが目的のようだが、ハイライトと目される一部のシーンを、繰りかえし繰りかえし見せ付けられるのは不快でしかない。
それが民放であれば、視聴率がTV局の経営そのものを左右するので、まだ理解できる。
問題はNHKだ。

NHKは現在半強制的に受信料を取り立てており、視聴率によって収益が左右されるわけではない。
それより何より、私たちが受信料を払わされている根拠は、NHKが公共放送であるという一点だけだ。
公共のために資するのであれば視聴率が1%以下でも放送しなくてはならないし、高い視聴率が期待できても公共のためにならないものであれば、なにもNHKで放送する必要はない。
NHKが番宣をやる必要性はどこにもない。

ところが実際は逆で、特に紅白や大河ドラマに対しては、これでもかこれでもかと番宣を繰りかえす。
それもニュースの合間のスポットで流すだけでなく、レギュラー番組の中で、あるいは番組宣伝番組というワケの分からない番組まで制作して宣伝している。
これらは、次の理由から視聴者に対する背信行為だ。
(1)貴重な放送時間を、番宣で費やしている。時間のムダ使い。
(2)番宣の制作費もまた、私たちの受信料が使われている。費用のムダ使い。

NHKは何の意味もない番組宣伝をやめて、そのぶん有益な番組を提供するか、受信料を引き下げるかすべきだ。

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桂三枝の爆笑特選落語会(1/9昼)@有楽町朝日ホール

初春恒例の桂三枝落語会は、有楽町朝日ホールにて1/9-11昼夜公演で行われるが、1月9日13時開演の部に出向く。
補助席も出て満員の入り。

<番  組>
桂三段「How to プレイボーイ」
桂三枝「アメリカ人が家にやってきた」
~仲入り~
桂三象「お忘れもの承り所」
桂三枝「背なで老いてる唐獅子牡丹」

4席全てが三枝による創作落語だった。
しかしその面白さは、三枝と弟子たちとは比べものにならない。
近ごろは東京の落語家でも三枝の創作を高座にかける人がいるが、やはり面白味に欠ける。
桂三枝の芸は、上方のお笑い独特の「ボケとツッコミ」が絶妙の「間」でヤリトリされることにある。
この「間」が、余人には容易に真似できない。そこが三枝の芸に凄さだ。
基本は「トーク芸」であり、若い頃からのバラエティ番組中心のタレント活動の中で身につけた芸なのだろう。
三枝が古典を演じないのも、その「トーク芸」が、古典落語の中では十分生きてこないためだと思われる。

創作落語の辛いところは、時代とのズレが少しずつ拡がっていくことだ。
今回のネタも、最後の「・・・唐獅子牡丹」以外はやはりズレを感じたが、さすがに三枝だけは芸で補っていた。
三象は語尾がはっきりせず、聞き苦しい。50歳代半ばと言っていたが、そのキャリアの割には芸が物足りない。
三枝の落語会でいつも感じるのだが、弟子たちの出来が今ひとつだ。

チラシには「東京初披露の創作ネタを初春にお届け」と書かれていたが、はて?
ラインナップは、全て既存の作品ばかりだった筈だが。

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2010/01/08

「国会改革」は小沢一郎の独裁を招く

現在、民主党小沢一郎幹事長主導のもとに「国会改革」が進められようとしていて、与党も通常国会での成立を目指している。
この中味をみると、政治主導という美名のもとで、議会も行政もすべて民主党に思いのままにしようという、企みが垣間見えてくる。

先ず、改革の目玉ともいうべき政府参考人制度の廃止について見てみよう。
関係する法律として、以下に衆院規則の抜粋をしめす。

【引用始め】
衆議院規則
(昭和二十二年六月二十八日議決)
(最近の改正 平成十三年三月十五日施行)

第四十五条の二 委員会が審査又は調査を行うときは、政府に対する委員の質疑は、国務大臣又は内閣官房副長官、副大臣(法律で国務大臣をもってその長に充てることと定められている各庁の副長官を含む。以下同じ。)若しくは大臣政務官(長官政務官を含む。以下同じ。)に対して行う。

第四十五条の三 委員会は、前条の規定にかかわらず、行政に関する細目的又は技術的事項について審査又は調査を行う場合において、必要があると認めるときは、政府参考人の出頭を求め、その説明を聴く。
註)政府参考人とは、政府特別補佐人以外の政府職員その他の政府関係機関の役員又は職員等をいう。(委先57)
【引用終り】

議員が政府に質問する場合は、上記のように大臣や政務官など政治家に対して行うのが原則だ。
そして必要と認めた場合に限り、政府委員などが説明できることになっている。
与党案では、この第四十五条の三を廃止し、政治家だけで議論するというものだ。
しかしどうだろう。
専門的なことや細かなことまで大臣らが全て把握するというのは現実的でない。
一方、法案審議には細かな点に立ち入る必要がある。往々にして「真理は細部に宿る」のだ。
従って原則は政治家に限るのだが、必要な場合は官僚の説明を聞くことができるという、現行法が正しい。

官僚の答弁を禁止することは「脱官僚」だと評価する向きもあるが、それは違う。
国民が行政を監視するためには、国会の場でかれらに答弁させることも重要なのだ。

ではなぜ小沢一郎らが強引にこの改正を図っているのだろうか。
一口にいえば、官僚への口封じと行政を100%支配しようという狙いからだ。
自分たちの考えが全てあり、異論は一切認めないというのが小沢一郎の思想だ。
国会で多数をとり、官僚を完全に支配できれば、小沢一郎に盾突く者は誰もいなくなる。
これはもう独裁政治といって良いだろう。

小沢一郎らは「政府参考人の廃止」を皮切りに、今後は、
・議員定数の削減、特に比例区を減らし少数政党を排除する
・各種委員会の整理と定員の削減
を打ち出して、要は国会を法律通過マシンにするというのが彼らの狙いだ。
議会制民主主義を守ることは国の根幹にかかわることであり、野党各党は危機感を持ってこれに対抗して欲しい。

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2010/01/05

東京月光魔曲@シアターコクーン

1月4日は「東京月光魔曲」の舞台を観にシアターコクーンへ。
BnkaMura20周年企画と題されたこの演劇は、いま最も脂がのっている劇作家ケラリーノ・サンドロヴィッチの書き下ろし作品。
年末年始をはさんで上演されるのも珍しい。

<主なスタッフとキャスト>
作・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
瑛太:針生薫/兵士
松雪泰子:針生澄子
橋本さとし:一之蔵始(探偵)/兵士
大倉孝二:夜口航路(作家)/倉本/兵士
犬山イヌコ:針生由利子/小町安子/女給
大鷹明良;大曽根初彦(爬虫類研究者)/カフェの客
長谷川朝晴:八木次郎/カフェのボーイ/兵士
西原亜希:タチエ/おみつ/ダンサー
林和義:郷田善之助(レビューとカフェのオーナー)/動物園の調餌主任
伊藤蘭:大曽根千とせ/女給
山崎一:相馬竹三&相馬賢三(双子兄弟)/カフェの客
ユースケ・サンタマリア:八木次郎/カフェの客

芝居の舞台は昭和4年に設定されているが、この理由として作者ケラリーノ・サンドロヴィッチは以下の点をあげている。
・戦争に向かう時代と人の変化の過程に惹かれた
・日本の喜劇のルーツともいうべきエノケン、ロッパらの浅草軽演劇が全盛だった
・雑誌「新青年」に代表される冒険活劇と探偵小説がはな咲いた時代

昭和4年といえば関東大震災で壊滅的な打撃を受けた東京が奇跡の復興をとげ、
♪帝都復興エーゾエーゾ♪
と人々が復興景気で浮かれていた時代。
エロ・グロ・ナンセンスがはやされ、モガやモボが町を闊歩していた時代。
そして大正デモクラシーから、その後に十五年戦争と呼ばれる日本が軍国主義に向かう入り口となった時代でもある。
そういう混沌とした時代を、作者がどう表現してゆくのかに興味が持たれた。

ストーリーは。
父親が日露戦争中に事故で味方の兵士により射殺され、母は関東大震災で死亡した針生澄子・薫の姉弟。お互い肉親以上の感情を持ち、支えあいながら、姉は複数の男性のなかに父親を求め、弟は父の敵を求めて暮す姿を縦糸に物語が展開する。
そこに爬虫類研究者と秘密めいたその妻、
うだつのあがらぬ探偵とその助手、
売れない探偵作家、
地方から上京して必死に都会で生きていこうとする兄弟、
レビュー一座のオーナーとその出来の悪い息子、
奇妙な双子兄弟、
カフェの女給とレビューのダンサーたち。
これらの人々の生活が横糸としてからみ、万華鏡のごとき世界を紡ぎ出してゆく。
やがて全てが悲劇的方向に向かいながら・・・。

台本の完成度が高く、間然とするところがない。
退廃的でエロチックで猟奇的な世界を描きながら、決して後味が悪くなっていないのもそのためだろう。
作者は三部作としてゆきたいと抱負を述べているが、続く二作がどのように展開してゆくのか楽しみだ。

出演者では弟役の瑛太が舞台二作目とは思えない落ちついた演技を見せ、不思議な雰囲気を漂わせる姉の役を松雪泰子が好演。
橋本さとしが軽妙な演技をみせ、伊藤蘭の狂気、犬山イヌコと大鷹明良の存在感と共に舞台に華をそえた。
他に、山崎一の双子兄弟の演じ分けが見事。

公演は1月10日まで。

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2010/01/03

2010年「さあ胸をはって」

新年明けましたおめでとうございます。
年頭にあたり、当サイトご愛読の皆様のご健勝とご多幸をお祈り申しあげます。
正月早々から恐縮ですが、今年はあまり良い年になるとはいえません。
景気は二番底といわれているように、日本経済はなかなか上昇に転じられない。今は苦しくとも、明日は明るい未来が約束されているわけでもありません。
不況の長いトンネルを抜け出すには、今しばらく時間がかかると思われます。
景気づけのためには、月並みですが寅年にちなみ阪神タイガースに優勝してもらって、気持ちだけでも明るく過ごしたいところです。
落ち込んでいようと明るく暮らそうと、結果は一緒なら、ここは「胸をはって」明るくいきましょう。
女子プロゴルファーの新井麻衣さんのように。

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