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2010/04/30

とにかく楽しい「2人の夫とわたしの事情」@シアターコクーン

Photo渋谷Bunkamuraシアターコクーンで上演されているシス・カンパニー公演「2人の夫とわたしの事情」を、4月29日に観劇。
いちどナマの松たか子を見たいという実にミーハー的な発想からだった。いい歳してと言われそうだが、若さだけは失いたくないもの。
それと、ケラさんの芝居ならハズレがないという安心感がある。

原作:サマセット・モーム(ワオ!)
演出・上演台本:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
翻訳:徐 賀世子
< キ ャ ス ト >
松たか子/妻:ヴィクトリア
段田安則/前夫:ビル
渡辺徹 /夫:フレディ
新橋耐子/母親:シャトルワース夫人
皆戸麻衣/メイド:テイラー
西尾まり/ネイリスト:デニス
池谷のぶえ/コック:ポグスン夫人
皆川猿時/成金:レスター・ペイトン
猪岐英人/弁護士:ラーハム
水野あや/ミス・モンモラシー

原作が書かれたのは1919年っていうから、第一次大戦が終わって間もないころ。
男たちは兵役にとられて何かと人手不足、おまけに物資不足。
出征した男の中には戦功を立てて勲章を貰うのもいれば、戦死する者も出てくる。
そういう時期に軍の中でうまく立ち回って、私腹を肥やす人間も出てくる。
いつの時代でも、戦争をめぐる状況というのは変わらないもの。
そんな時代のイギリスでのお話・・・・・
・・・・・・・。
愛する夫を戦争で失った妻は、夫の親友と再婚。
幸せな暮らしをしているところへ、戦死したはずの前夫がひょっこりと生還してくる。
美しい妻をめぐって 二人の夫のどちらかが家を出てゆくことになるのだが、何だかお互いに譲り合っているような様相を呈す。
はて?
二人の夫の運命と、妻の選択やいかに。

男と女、結婚と離婚、いつの時代になっても永遠のテーマだ。
ジコチューで我がままでヒステリックだが、美しくセクシーで、男から見ると可愛くてたまらない。
そんな彼女に翻弄される周囲の人間の姿に、客席は終始笑いに包まれる。
私も芝居でこれほど笑ったことはない。
この劇はシチュエーションコメディというジャンルになるそうだが、際どいセリフや絡みも多く、西洋艶笑譚という趣も。

演技陣では、主演の松たか子の熱演が断然光る。
セクシーで可愛くてシタタカで突き抜けていて、それでいながら周囲の状況を察すると寂しそうな表情を浮かべる、その瞬間が実にいい。
結婚して上品な色気に一段と磨きがかかったようだ。
この役は松たか子以外の配役は思い浮かばない適役だし、芝居の上手さに脱帽。
前夫役で吹っ飛んだ演技を見せる段田安則、一見誠実そうで裏では派手な女遊びという夫役の渡辺徹(実生活もそうかな?)も好演だった。
母親役の新橋耐子が貫録を見せ、成金軍人役の皆川猿時と、代演で弁護士役をつとめた猪岐英人の怪演も印象に残った。
水野あやを始め脇の女優陣は、いずれも出番が短いにも拘らず、存在感を示した。
要は、出演者全員が素晴らしい出来だった。

セリフが良くこなれていたしテンポも良かったのは、やはりケラリーノ・サンドロヴィッチの腕前だ。

公演は5月16日まで。

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2010/04/28

小沢が無罪なら麻原だって無罪になっちまう

当ブログでは一貫して小沢一郎の不法行為を糾弾してきただけに、正に我が意を得たり。
昨27日、小沢一郎民主党幹事長の資金管理団体「陸山会」の土地取引をめぐる事件で、東京第五検察審査会は「関与を否定した供述は不自然で、元秘書との共犯の成立が強く推認される」として、審査員十一人全員一致で「起訴相当」と議決した。
小沢一郎は政治資金規正法違反(虚偽記入)容疑で告発されたが、不起訴処分となっていた。
検察は3ヵ月以内に処分を決めなくてはならないが、仮に不起訴とした場合でも再議決により強制起訴となる可能性が高い。
小沢一郎への起訴議決は、極めて妥当な判断だ。

検察関係者は、「証拠がない」とか「それなら推定有罪にしろというのか」などと反論しているようだが、これは居直りだ。
それなら訊くが、オウム真理教による地下鉄サリン事件で、教祖である麻原彰晃になぜ死刑判決が下されたのか。
麻原が自ら手を下したわけではないし、部下に対して具体的に犯行を指示したわけではない。
教団幹部が教祖の意を受けて行った組織犯罪だ。サリン事件全体が麻原の意志によって行われたと判断されたのだ。
麻原は最高権力者として裁かれ、死刑判決を受けた。
組織暴力団の犯罪でも同じような解釈で、組長ら幹部が罪に問われている。
少し事情が異なるが、JR西日本の事故で歴代社長が、花火事件で兵庫県警の明石署副署長が、それぞれ起訴されている。
小沢一郎の件でも、いうなれば秘書は実行犯であって、公共工事の受注をエサに建設業界から不法な資金の提供を受けたのは、小沢議員の指示あるいは意志であることは明白だ。
もし小沢が無罪だというなら、麻原だって無罪にしなくてはならないだろう。

証拠がなければ最高幹部は罪に問わないというのは、政治家の犯罪だけだ。
むしろ検察側がWスタンダードだったわけだ。

小沢起訴議決で、自民党議員らがやたらはしゃいでいるようだが、小沢一郎の資金集めの手口というのはついこの前まで自民党が行ってきた古典的手口だ。
もし自民党が真剣に小沢を批判したいのなら、過去の自らの誤りを総括して、これからは違法な資金集めを行わないことを宣言すべきではなかろうか。
「人の振り見て我が振り直せ」である。

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2010/04/27

井上ひさし作「夢の裂け目」(4/25)@新国立劇場

先日亡くなった作家・井上ひさし氏の劇作、東京裁判三部作のうち第一部「夢の裂け目」が新国立劇場・小劇場で上演されていて、4月25日に観劇。
井上氏の作品は、家族を通して戦中あるいは戦後の日本を描いたものが多いが、この芝居もそのひとつ。

作:井上ひさし
演出:栗山民也
<キャスト>
角野卓造/田中留吉(天声)
藤谷美紀/娘・道子
熊谷真実/妹・君子
木場勝己/義父・加藤末次郎(清風)
キムラ緑子/道子の元同僚芸者
高橋克実/復員兵
大鷹明良/元映写技師
石井一孝/闇屋のブローカー
土居裕子/民間検事局員・川口ミドリ

あらすじは、
東京・根津の紙芝居屋の元締め・田中留吉は、家族や、戦後に職をなくした周辺の人を集めて、手広く商売していた。ストーリーは自らが作り、絵は義父が描く。
ある日、GHQから東京裁判の検事側証人として証言台に立つよう要請される。戦時中に陸軍から紙芝居による宣伝工作を頼まれたことを証言しろというものだ。
家族や仲間が集まって、自宅で裁判のリハーサルを行うのだが、しだいに互いの戦争犯罪を裁くような様相を呈し始める。
その後、留吉は無事に東京裁判の法定で証言を済ませるのだが、やがてこの裁判に重大なカラクリが存在することを発見し・・・。

井上ひさしは、極東国際軍事裁判(通称・東京裁判)で、検察側証人として日本紙芝居協会会長が証言していたという事実に着目したのだろう。法定で実際に紙芝居まで披露したとある。
もうひとつ、他の証人がいずれも数時間内で終わっていたにもかかわらず、開戦当時に陸軍省兵務局長という要職にあり、「闇の将軍」の異名を得ていた田中隆吉少将だけが数日間も証言台に立ち、東條英機被告を糾弾し続けたという事実にも着目した。
この二つを主なヒントとして、この芝居を書いたと思われる。

東京裁判は1948年12月に終了しているので、わたし自身はリアルタイムでの記憶はない。
今でこそやれ一方的だったとか国際法に違反するとか批判の声が喧しいが、当時は国民の間でそうした批判は殆んど聞かれなかったようだ。
当然だと受け止める向きが大多数だったと聞く。
成人してから東京裁判についての書籍をいくつか読んで、この裁判は天皇の戦争責任を回避し、全ての罪を東條英機らに押し付ける出来レースだったのではという疑問をずっと持ち続けてきた。
この点では、芝居の主人公である田中留吉の主張と重なるので、違和感がなかった。

こう書くと、定めしお堅い劇だと思われるかも知れないが、実際はスイングジャズの生演奏にのって、出演者全員が踊り歌う音楽劇仕立てになっている。
重いテーマにもかかわらず、およそ3時間の舞台は終始笑いに包まれていた。

演者では、好色で要領の良いオヤジという主人公役を演じた角野卓造が適役。軽さと重さが同居する男を見事に演じていた。
高橋克実と大鷹明良が軽妙な演技で盛り上げ、木場勝己が存在感を示す。
女優陣ではキムラ緑子のクサさと、土居裕子の歌唱力が光る。
藤谷美紀は可憐だが、演技が硬く歌が劣る。

上演は28日まで。
三部作の二部、三部はこれから順次上演される。

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追悼「柳家紫朝」

Photo音曲師の柳家紫朝が4月26日亡くなった。享年80歳。
寄席の色物のなかに音曲(俗曲、粋曲、三味線漫談、女道楽など呼び名は多い)というジャンルがあり、その分野の第一人者だった。
新内の四代目鶴賀喜代太夫でもある。

もう10年ほど前になるだろうか、当代の馬生独演会にゲスト出演していたのを見たのが最後だったと思う。
台に腰をおろしたままの高座だったが、その中で「新内流し~新内「蘭蝶」さわり」を披露してくれた。
場内は水を打ったように静まり返り、終わると盛大な拍手が鳴り響いた。
紫朝は「『蘭蝶』にこれほど拍手をしてくれる。今夜は良いお客さんです。」と応えたが、心なしか目が潤んで見えた。

若い頃は桂二三夫を名乗っていたが、とにかくウットリするほどの美声の持ち主だった。
都々逸、大津絵、さのさ、小唄端唄、何を演らせても一流だった。
三亀松亡き後は柳家紫朝というのが定評だったのだが、残念なことに50代初めのいちばん芸に脂が乗り切っていた時期に、くも膜下出血で倒れるという不幸に見舞われてしまった。
その後高座に復帰するが、身体を労わりながらの高座になった。

音楽評論化の松山晋也が、紫朝の芸の魅力について次のように書いている。
「艶と軽味、コクとキレ、渋い低音から色っぽい高音まで驚異的なレンジを自在に往き来する唄も、しなやかで安定した三味線も、ただひとつも無駄な音がなく、スーッと頬をなでる涼やかな川風のように通り過ぎ、ためらいもなく中空に消えてゆく、そのイナセな後姿がなんともいえずカッコいい。」
またボサノヴァの歌手でギタリストの中村善郎は、次のように語っている。
「自分がボサノヴァをやるようになって、紫朝さんの唄こそが、僕の目指しているものに近いと感じるようになりましてね。目指すものはここにあると。」

そう、柳家紫朝は私たちの目の前を川風のように透り過ぎて、中空に消えてしまったのだ。
ご冥福をお祈りする。

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2010/04/25

#7三田落語会・夜席(4/24)

三田にある仏教伝道センタービル8Fホールで定期的に行われている「三田落語会」、4月24日は第7回で、その夜席を観賞。
地域寄席としては未だ2年目ということだが、「本格・本寸法の落語を楽しく演じ、美しく聴く」というコンセプトが通じたのか、高い評価を得ているようだ。
会場も和気藹々としていて良い雰囲気だが、会議室のため床がフラットで、後方の席だと前の人の頭に隠れて高座がよく見えないという欠点がある。
それにしても朝の8時から会場つくりを始めているそうで、関係者のご苦労には頭が下がる。

<番   組>
前座・古今亭折輔「小咄」
春風亭一朝「片棒」
古今亭志ん輔「大工調べ」
~仲入り~
古今亭志ん輔「愛宕山」
春風亭一朝「薮入り」

「一朝・志ん輔二人会」という趣向だが、昭和44年に志ん朝と柳朝の二人が中心となって伝説的な「二朝会」という落語会を始めるのだが、今回の二人はその直弟子ということになる。
先ず二人がじっくりと時間をかけて2席ずつ演じるという企画が嬉しい。
近ごろ流行の、大ホールを借りて人気者二人を並べ、一人1席でお茶を濁すというような金儲け本位の落語会とは大違いだ。やっぱり、落語を愛する人が企画する落語会でなくてはダメだ。

一朝「片棒」、先の「二朝会」でのエピソードをマクラに。先代柳朝の霊感の話なんか、もう落語そのものだ。
このネタ、二人目の息子のアイディアをどう表現するかが演者の腕の見せ所だが、一朝は得意の祭り囃子の口真似で盛り上げていた。

志ん輔「大工調べ」、師匠・志ん朝の芸風をいちばん忠実に継承している噺家で、それだけにどうしても志ん朝と比較されてしまう。
この「大工調べ」については、棟梁の胸のすくような啖呵が鮮やかで、大家、与太郎、奉行の演じ分けもしっかり出来ていた。
ノーカット・フルバージョンだったのも嬉しい。

志ん輔「愛宕山」、先ずは大ネタを二つ並べた意気込みを買いたい。
こちらも志ん朝の演出を忠実になぞった(唄は違うが)もので、熱演だった。
このネタのカンドコロは、旦那と幇間との会話にある。
幇間がタメ口をきくので、ついつい対等の関係にように受け取られかねないのだが、二人の位置関係は歴然としている。
この関係をどう表現するかがポイントなのだ。
師匠に比べると、志ん輔の描き方は未だ未だという感じを受けてしまう。

一朝「薮入り」、2席目でようやくトレードマークの「一朝けんめい」が出る。
父と子の深い情愛がシミジミ感じられた、上出来の「薮入り」だった。
芸風が地味なせいか大衆的な人気に欠けるが、落語ファンの間で評価が高いのが良く分かる。

演者と観客が一体となった、とても気分の良い会だった。
次回は6月26日。

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「アンジェラ・ヒューイット」ピアノ演奏会@東京オペラシティ

日時:2010年4月24日 2:00pm
会場:東京オペラシティ・コンサートホール
<演奏者>
アンジェラ・ヒューイット(pf)
<曲目>
ヘンデル:組曲 第2番 ヘ長調 HWV427
ハイドン:ピアノ・ソナタ 第52番 変ホ長調 Hob.XVI52
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第6番 ヘ長調 Op.10-2
―休憩―
ブラームス:ピアノ・ソナタ 第3番 ヘ短調 Op.5
(アンコール)
バッハ:”目覚めよ、と呼ぶ声あり”  BWV140
バッハ:”羊は安らかに草をはみぬ” BWV208

4月24日はクラシックと落語のハシゴで、この演奏会が終わって夕方の「三田落語会」に駆けつけるという寸法。ホントはこっちの演奏会を忘れていて、落語のチケットを取ってしまった結果ですけど。
経歴をみると、アンジェラ・ヒューイットはカナダ生まれで、9才のときに初のリサイタルを開いたって言うんだから、天才少女だったわけですな。
カナダ出身で、現在はロンドン在住。イタリアにも住まいがあり、ピアノの師はフランス人とか。
バッハの平均律クラヴィーア全曲演奏者として知られているがフランス音楽家の作品も得意とし、バロックからベートーヴェンまで幅広いレパートリーを持っているのだそうだ。
楽器はファツィオリ・ピアノを愛用していて、今回の演奏もこのピアノを使用している。

曲目が17世紀のヘンデルから19世紀のブラームスまでという、珍しい選曲になっている。
これを年代順に聴いていくと、同じピアノ曲でも時代によって随分と曲想が変わっていったんだなと実感することができる。
4曲の中では、とりわけハイドンのソナタが美しく、印象に残った。
後半のブラームスのソナタは20歳で作曲した作品とあるが、特に第一楽章では青年の情熱の迸りのようなものを強く感じて、感動的だった。

ヒューイットは長身で、CDの写真と比べるとややご年配に見えた。
バレーをやっていたせいか、歩き方や演奏の時の腕の動きがとても綺麗だった。ライブで見せる以上、こうした点も大事なことだと思う。
一口でいえば美しく澄んだ音というのが特徴的で、座席は2階の最前列だったが、目を閉じて聴くと直ぐ目の前で演奏しているような錯覚に陥る。
選曲も演奏も上質であり、優れたコンサートだった。
その割には会場は空席が目立ったことと、アンコールの最中に退場する人が多かったのが残念だった。

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2010/04/23

【舛添新党】カネ目当ての野合

舛添要一議員が中心となって「新党改革」が結成されることになった。
しかしそのプロセスでは、舛添要一と他の自民離党組がいったん改革クラブに入党し、その後に党名を変更するという、極めて不自然なものとなっている。
理由はただひとつ、この方法によって舛添要一らのフトコロに政党交付金(政党助成金)がころがり込むことになるからだ。
改革クラブ所属の議員からも批判が出ているのは当然だ。
改革クラブ幹事長の荒井広幸は小泉改革の柱であった郵政民営化反対の旗ふり役だったし、構造改革論者である舛添要一とは正反対の立場だ。
この両者を結びつけたのは、カネと思惑だけだ。

新党がつくられる度に「政党要件は現職の国会議員5名以上」と報じられるが、それは政党交付金が貰えるという条件なのだ。
今回の「新党改革」に限らず、以前に結成された「みんなの党」「たちあがれ日本」両党にしても、この条件をクリアするために寄せ集め集団になってしまった。
理念も政策も異なる、カネと思惑だけで結びついた烏合の衆がつくった政党なぞ、果たしてどっちに向こうとしているのか分かったものではない。

近ごろ評判の良い「みんなの党」にしても行政改革は良いが、その先をどうするかが不透明だ。
税金もムダ使いをなくすと言いながら、そのムダの最たるものである政党助成金制度には一切言及していない。
国会での投票行動をみても、大半は自民党と同一歩調をとっている。
つまり、行政改革を最大のスローガンにしている「小型自民党」というのが実態だ。

理念なき野合の先にあるものは、民主党や自民党の別働隊か、せいぜい頑張って連立政権のお飾りでしかない。
世論がいまひとつ盛り上がらないのは、各「新党」の底の浅さを国民の多くが感じ取っているからだろう。

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2010/04/21

草刈民代のヌード広告

Photo

昨日の朝の家庭での会話。
妻「なに、人の顔をジロジロみてんのよ。」
夫「(ため息をつきながら)いや、エライ違いだなと思ってさ。」
妻「なにがよ?」
夫「ほら、この広告の写真、草刈民代だぜ。」
妻「まあキレイだこと。バレリーナはスタイルが違うわね。」
夫「チキショー、毎晩これ見られるんだろ。周防監督がウラヤマシイ!」
妻「あんたね、彼女だって毎日こんな恰好をしてるわけじゃないわよ。なんならアタシ、今晩見せてあげようか?」
夫「それだけはカンベンして!」
ここで夫は再び妻を見て、「俺は長生きだ」とつぶやく(落語の「短命」)。

草刈民代さんのヌード写真、朝日新聞の全面広告でしたが、他紙には掲載されなかったそうですね。
そこで、お裾分けです。
ヌード広告っていえば、宮沢りえの「Santa Fe」のときも朝日だけでしたっけ。
読者にわたし同様、スキモノが多いんでしょうかね。

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【寄席な人々】眠れる落語家

一緒に暮らしはじめて40年以上、我が家に居座っている同居人がいる(向うもそう言ってる)。
寝つきが悪い彼女は、数年前から枕元にラジカセをおいて、毎晩落語のCDを聴きながら眠ることを習慣にしている。
つまり睡眠導入剤かわりに落語を聴いているわけで、本人によると他の音楽CDなどでは全く効果がないのだそうだ。
結果、私の手持ちの落語CDは全てきき終えている。
寄席に行ったのは数回という人間だが、すっかり落語については一家言を持つようになってしまった。

目的は眠ることだから、聴いているうちにいつの間にか眠りに落ちるという落語家が好まれる。
本人曰く、先ずは下手な落語家だと眠れないのだそうだ。例えば、当代の円蔵。
次に、突然高い声を上げる人も苦手で、名人・文楽はダメ。
テンションの高い落語家は眠りの妨げになるということで、志ん朝は不向き。
志ん生は言葉がハッキリしないので聴き入ってしまい、円生は説得力がありすぎてということで、やはり睡眠には向かないそうだ。

では、どんな落語家が睡眠に最適かというと、次の落語家がベストとか。
・三代目桂三木助
・八代目三笑亭可楽
・八代目林家正蔵(彦六)
・十代目金原亭馬生
共通しているのは語り口が静かで、リズム感がある人たちだ。

揃って故人であるのも共通点。
相方が気持ちよく眠ったままアチラに行ってしまうのではという、不安と期待をもって見守っている。
落語だけに、「オチ」ついて「落」に眠れるのだろう。

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2010/04/19

「新党」に蠢く政治屋たち

あさ目がさめると、またどこやらで「新党」が出来ている、そんな季節がやってきたようだ。
ついこの前、賞味期限切れの議員が集まって「たちあがれない日本」とかいう党を創ったかと思ったら、昨日は三人ヒロシが中心となって「日本喪心(そうしん)党」を結成したとか。なんだか名前を聞いただけで、頭がボンヤリしてきそうな党名だ。
この分ではいずれ、「すわりこめ日本」だの「日本変心党」だのが出現するのは時間の問題だろう。

毎度、なぜ選挙前になると新党が生まれるのかといえば、マスメディアが大きくとりあげてくれて、関係者の名前が売れるからだ。
タダで名前を宣伝してくれる、候補者にとってこれほど有り難いことはない。
だから、政治理念もなにもあったもんじゃない。
ただ打算だけで集まった連中だ。
長い間やっているとボロが出るが、選挙までの短い間ならゴマカシが利くというわけだ。

さて、どんな人物が新党をこさえたり参加したりするかというと、いくつかの特徴がある。
その1、目立ちたがり屋。
その2 落選の可能性の高い人。
その3、既成政党からの公認もれ。
その4、次の就職先を探してる首長。
その5、孤立してる嫌われ者。
以上、5つのどれかの条件に当てはまる筈だ。
もっとも最後の特徴では、あまり嫌われていると舛添要一のように、「菜っ葉の肥やし」じゃないが「掛け声ばかり」で終わりかねないけど。

その昔、小池百合子ってぇ議員がいたが(今もいるっけ?)、この人は選挙のたびごとにいつも別の新党から立候補し、「政界の渡り鳥」という異名を頂戴していた。
「渡り鳥」が集まり「烏合の衆」ってぇ寸法か、こいつは理屈にあっている。
さて、新党に集まった政治屋たち、次はどこの「止まり木」にいるのやら。

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「たい平・喬太郎」二人会@蕨市民会館

今の落語ブーム・寄席ブームがいつから始まったのかというのは諸説あるようだが、ワタシ的には2000年(平成12年)からだと判断している。
この年に林家たい平と柳家喬太郎が同時に真打に昇進した。
鈴本での真打披露興行にでかけたところ、前方2列が20代から30代とおぼしき女性たちに占領されていた。
そして喬太郎(当時はアイドル風だった)が放つギャグへの反応が、明らかに従来の寄席ファンと異なり、どちらかというとコンサートの客席のような反応なのだ。
寄席が変わってきたなと、そのとき実感した。
そしてこの二人が、やがて落語界を背負って立つんだろうなとも思った。

その後の二人の活躍ぶりはご存知のとおり。
ただ歩み方は同じではない。
たい平は人気番組“笑点”のレギュラーになって全国に名前を売りながら、独演会で技を磨き古典一筋の道を歩んでいる。
対して喬太郎は古典と新作の二足の草鞋を履き続けながら、埋もれかけていた古典を掘り起こし、独自の境地を開いてきた。
共通しているのは古典をそのまま演じるのではなく、現代風にアレンジしながら新しい息吹を吹き込んでいる点だ。
ただ、実力で喬太郎が一歩も二歩もリードしているのは、衆目の一致するところだろう。

前置きが長くなってしまったが、その「林家たい平・柳家喬太郎 二人会」が4月18日、蕨市民会館コンクレレホールで行われた。
蕨駅に下車したのは始めてで、駅前からホールのある所までおよそ700mあるのだが、ずっと商店街が続いている。
呉服屋があったり、人形店があったり、古くからの店が軒を連ねていることがうかがえる。
市民会館の男子トイレの便器に、「一滴入魂」という標語が貼られていたが、意味不明。

<番       組>
春風亭昇々「たらちね」
柳家喬太郎「ハンバーグができるまで」
~仲 入 り~
林家たい平「長短」

出演者が二人とも落語協会なのに、前座が芸術協会というのは珍しい。
こうした協会の壁が取り払われていくのは大歓迎だ。
昇々だが、少々どころか、やたら早口で聞き取りにくい。この欠点は早く直したほうが良い。

さて、この日の二人会だが、各々一席ずつというのが先ず不満だ。
喬太郎が終わって場内が明るくなった時、おやっという空気が流れたのも、私を含めて多くの人が二席を期待していたのではなかろうか。
それも大ネタならともかく、「ハンバーグ」と「長短」ですよ。
マクラはタップリと取っていたし面白かったとはいえ、あまりに薄味。
もちろん演者の責任ではなく、主催者である「エイフル企画」の問題だけど。
人気者を揃えればとにかく客は入る。後は野となれナントヤラで、当日のチラシ1枚作らないこの会社の方針でしょうかねぇ。
と、ブツブツ言いながら帰途についたわけであります。

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2010/04/18

#98朝日名人会

前夜の季節はずれの雪がウソのように晴れ渡った4月17日、第98回朝日名人会に出向く。
座席が最前列、舞台に向かって上手端だったので、下手から高座に上がってくる噺家の姿がよく見えた。
ユックリ登場する人、急ぎ足で出てくる人、顔を上げている人、俯いたままで上がってくる人、それぞれ違っていてなかなか面白かった。

前座・古今亭志ん坊「小咄」
後から登場するひな太郎の前座名が「しん坊」だった。偶然なのか主催者の計らいなのか。
二ツ目が近そうだ。
・三笑亭可龍「締め込み」
以前のウケ狙いが影を潜めて、落ち着いた高座になっていた。
泥棒のマヌケぶりを表現するには、もう少しゆっくりセリフを喋ったほうが良い。
この5月に真打昇進となるが、芸協期待の新人だ。
・桂ひな太郎「湯屋番」
かつて志ん朝門下だったせいか、風貌に似て端正な芸風だ。反面、地味な印象で損をしている。
最後のオチはカットされていたが、珍しくフルバージョンに近い「湯屋番」だった。
・五街道雲助「文違い」
こうした廓噺は軽妙さが必要で、雲助の重厚な語り口で全体がやや重くなってしまった。
あい変らず人物描写は鮮やかだが、もう少し軽さとリズム感が欲しかったように思う。

~仲入り~

・柳家三三「三人無筆」
こういう軽い噺を軽く演じ、観客を沸かせるというのは大変な技術だ。それが出来る三三は大したもの。
それとこの人の高座の色気って、どこで身につけたんだろう。
よほど女性修行を積んできたのかしらん、ウラヤマシイ~!
・柳家さん喬「おせつ徳三郎」
この噺、前半の「花見小僧」(近ごろはあまり演らなくなってきた)と後半の「刀屋」とを、分けて演じられることが多い。
通しでの口演が少ないのは、時間が長くなることもあるだろうが、前半が滑稽噺、後半は人情噺となるので、演者に相当な力量が求められるせいだろう。
そういう意味では、さん喬にピッタリの演目だといえる。
おせつ、徳三郎、大旦那、番頭、貞吉、婆や、刀屋の主、頭(かしら)など多彩な人物を見事に演じ分けていたのは、さすがだ。とりわけ、刀屋の主の造形がクッキリとしている。
それと、この人ウブで一途な娘を演じさせると実に上手い。
このネタ、現役ではさん喬を超える噺家はいないだろう。

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2010/04/15

豪華な顔ぶれで「鈴本演芸場4月中席・昼(4/14)」

平日の昼間に寄席なんて何年ぶりだろうか。
リタイアーしたら24時間フリーなどと思ったら大間違い、それなりに時間は拘束されるのだ。
鈴本の4月中席昼の部は、旬の噺家が顔を揃えて登場する。14日のように喬太郎が昼夜2回出演するというのは、近ごろでは珍しい。
会場にはスーツでカバン姿の人もチラホラ、羨ましいお仕事ですね。

<番       組>
前座・古今亭きょう介「たらちね」
柳亭市楽「転失気」
林家二楽「紙切り」
金原亭馬の助「権兵衛狸」
林家正蔵「祇園会」
昭和のいる・こいる「漫才」
柳家喜多八「小言念仏」
桃月庵白酒「四段目」
ダーク広和「奇術」
入船亭扇遊「一目上り」
~お仲入り~
大空遊平・かほり「漫才」
柳家喬太郎「幇間腹」
宝井琴柳「野狐三次より木っ端売り」
三増紋之助「曲独楽」
柳亭市馬「堪忍袋」

きょう介「たらちね」、前座になってまだ半年に満たないにしては、ちゃんと落語になっていた。

市楽「転失気」、前座噺と軽く思われがちだが、ポイントは和尚と医者の演じ分けにある。市楽は全くできていない。この人ネットでは評判が良いようだが、どうも私は感心しない。

馬の助「権兵衛狸」、軽く流したと思ったら、余興に百面相をやってくれた。かつては五代目小さんなども得意としていたが、最近ではメッタにお目にかかれなくなった芸だ。
こういうバカバカしい芸も絶滅させるのは勿体なく、誰かが継承しなくてはならないのだろう。

正蔵「祇園会」、この位置でこのネタを演る意欲は買うが、肝心の祭り囃子が未熟だ。声が割れるのも、効果を半減している。
現役では今休んでいる正朝が上手い。早く高座に戻ってこないかな。
話は変わるが、鈴本の今年のGW昼の部は「見たい、聴きたい、林家正蔵」だが、前売りがサッパリな様子。
この日もモギリでチラシを渡してPRしていたが、これは鈴本の企画倒れだ。
3300円払って前売りチケットを買うほどの落語家じゃありませんよ。

喜多八「小言念仏」、軽く十八番で。でもこのネタ、登場人物が一人だけという珍しい噺で、意外と難しいのだ。

白酒「四段目」、いいですね。第一「四段目」を演ろうという了見がいいじゃありませんか。
旦那、小僧、番頭の演じ分けもしっかりとしていて、芝居の所作も良く仕上がっていた。
この人、どこまで上手くなって行くのだろう。

広和「奇術」、寄席に出る他の手品師と違って、毎回新しいネタを仕込んでくるのに感心する。

扇遊「一目上り」、いつ見てもこの人の芸は本寸法で気持ちがいい。やはり古典はこうでなくちゃ。

喬太郎「幇間腹」、落語家というのは、ある種の「狂気」が必要なのかも知れない。
喬太郎や遊雀の高座を観ていると、そう感じることがある。
狂気とマゾヒズムで、喬太郎に敵う人はいない。

市馬「堪忍袋」、もう持ちネタといって良いだろう。市馬の高座、いつ聴いても上手いなぁと感心するし、安定感は抜群だ。
ただ1年間振り返って心に残るというような高座には、お目にかかったことがない。
そこに物足りなさを感じてしまう。

漫才の二組が低調だったが、全体としてとても充実した内容だった。

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2010/04/13

井上ひさしさんのこと

作家で劇作家の井上ひさしさんが4月9日に亡くなった。
75歳は未だ若い。
お目にかかったことはないが、いちファンとしてとても悲しく残念だ。

山形県出身の井上ひさしさんは、戦前の左翼運動にかかわって投獄されその時の拷問が原因で死亡した父親と5才で死別。
戦後は養護施設で暮らした時期もあった。
だから反権力は身体に染み付いている。
戦後の悲惨な生活が、その後の平和運動につながってくる。
しかし井上さんの作品では、そうした怒りをストレートに出さずに、いったん「明るい自虐性」というオブラートに包んだうえで、笑いにかえて表現している所に最大の特長がある。
彼の作品の笑いの裏には常に怒りと悲しみがあるのは、そのためだ。

初期の小説には自伝的要素が多いのだが、貧しい子ども時代や地方出身であることの劣等感と、東京への屈折した憧れがない交ぜになっているかに見える。
直木賞を受賞した「手鎖心中」では自身の体験とは対極的な江戸の“粋”を描き、代表作である「吉里吉里人」では望郷と権力の象徴としての東京に対する反発がテーマになっているが、両者は表裏一体だ。

井上ひさしといえば、むしろ戯曲作者としての名声が高い。
私は芝居が好きで、こまつ座の舞台も何度も観ているが、いつも作品のレベルの高さに感心する。
特に「評伝」ものに偉才を放つ。
舞台の「放浪記」ではスッポリ抜けている林芙美子の戦争協力をテーマにした「太鼓たたいて笛ふいて」や、左翼運動にシンンパシーを持ちつつ自身の弱さに引きずられていく太宰治を描いた「人間合格」などの作品が、とりわけ印象に残っている。
コトバ遊びと音楽と笑い、その裏の哀しみ、井上作品は常にエンターテイメント性に溢れている。
執筆にあたっては膨大な資料を読み込み、考証を重ねつつ綿密な脚本を書いているのだが、そこには必ず作者・井上ひさしが顔をのぞかせている。
文学の中で一段低く見られがちだった劇作という分野の地位を高めた点でも、井上ひさしの功績は大きい。

この4月から、新国立劇場で井上ひさしの「東京裁判三部作」が上演されるが、大変な人気でチケットを取るのに苦労した。
井上さんは亡くなったが、作品はこれからも生き続ける。

心よりご冥福をお祈りする。

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2010/04/12

三遊亭円楽襲名披露公演(4/11)@国立演芸場

国立演芸場4月中席前半は、楽太郎改メ六代目三遊亭円楽襲名披露公演で、その初日に出向く。
家をでるとき家族から「なんで又?」という声があった。“笑点”を見ない人間が、ということらしい。
まあ、たんに襲名興行が好きなだけだ。
大入り満員で、立ち見の出る盛況。

圓楽一門は定席に出られないが、今回の襲名披露公演では落語芸術協会がバックアップする形で、芸協の高座に出演している。
この日も会長と副会長がサポートしての公演となった。
当代の圓楽は定席に出るのは30数年ぶりで、協会脱退のときは未だ二ツ目だった由。
トリを取るのは生まれて始めてだったと言っていた。
なお各地ホールでの公演は、落語協会所属の噺家もゲスト出演している。

<番     組>
前座・桂翔丸「新聞記事」
・瀧川鯉橋「粗忽の釘」
落ち着いた高座で、真打も近いのだろうか。
・三遊亭小圓楽「花筏」
昨日の昇太と比べ同じネタでこうまでつまらなくできるのか、妙に感心した。
マクラで小圓楽の「小」がなかなか取れないと言っていたが、ムベなるかな。
口上のシメで、襲名披露を真打披露と言い間違えるようでは、いかんともし難い。
・三遊亭小遊三「道灌」
【訂正】コメントで指摘があり、演目を「やかん」に訂正します。
軽い噺を前半で切ったが、この日一番客席を沸かせていた。
天性の明るさと華が持ち味で、毒舌を吐いても嫌みにならない。
・コントD51「コント」
ツマラナイのにクドイ。
だからツライ。
・桂歌丸「短命」
この人は語り口も表情も動きもすべて硬い。
人情噺や怪談だと良いのだが、こうした軽いネタはサッパリ面白くない。
クスグリで笑いが取れるのは、“笑点”ネタだけだ。

―仲入り―
「襲名披露口上」
この日、これが一番面白かった。
・三遊亭圓橘「悋気の火の玉」
あい変らず、地味だが確かな芸。
・桧山うめ吉「俗曲」
見てくれは良いが、唄がイマイチ。
・楽太郎改メ
六代目三遊亭圓楽「ねずみ穴」
同門の鳳楽がコツコツと独演会を重ね芸を磨いてきたのに対し、楽太郎は“笑点”人気に乗っかって、芸が上滑りしている印象をずっと持っていた。
この日の高座を見る限りでは、随分と腰が据わってきたという感じを受けた。
最後のオチのところで、「帳面」を「提灯」と言い間違えそうになったのは残念。襲名興行の強行スケジュールで、お疲れ気味だったのか。

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2010/04/11

「休演と代演」の補足

先日の『「休演と代演」コメントに対する回答』の中で、落語芸術協会(芸協)の「本日の寄席」欄が、日々更新されていないと書いたところ、林与志侍さんより下記のコメントが寄せられましたので紹介します。

*********************
(前略)
ちゃんと更新されている事もたまにありますよ(苦笑)。但しその更新が遅い場合が多く、「10時過ぎはまだ定席顔付になっていて、夜席に行く直前の15時頃に見たらやっと更新されてた」何て事もありましたw。いずれにせよ、落協と比べると更新が遅く、しっかりされていないのが現状のようです。願わくば、末廣亭と国立演芸場のサイトに「本日の出演者」項目が欲しいところですネ。
*********************

芸協の「本日の寄席」欄の更新について、正確には上記のようです。
この件では、トシ坊さんからも再度ご指摘を頂いております。
ただ利用者の便を考えたら、当日の午前10時までには更新して欲しいですね。
それと、末広亭と国立演芸場のHPにも「本日の出演者」欄が欲しいとのご指摘は、大賛成です。
付け加えれば、国立演芸場上席・中席の顔付けが、前売りの前日になってようやく発表されるケースが多く、これもファンのために改善して欲しいところです。

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桂文珍国立演芸場10日間連続独演会(4/10)

4月10日は、桂文珍国立演芸場10日間連続独演会の中日に出向く。
大劇場での10日間連続での公演というのは、落語家としては初めてのようだ。
ただ日替わりで人気者をゲストに迎えていて、この日は春風亭昇太だった。
「途中入場はできません」「開演中席を離れると戻れなくなります」というようなアナウンスが繰り返され、携帯電話の注意では、場内アナウンスに加え、係員の呼びかけ、果てはプラカードまで出して会場を回っていた。
チョイと大仰な感じはする。

<番      組>
桂楽珍「蒟蒻問答」
桂文珍「池田の猪買い」
春風亭昇太「花筏」
~仲入り~
内海英華「女道楽」
桂文珍「御神酒徳利」

何度も同じことをいうが、こういう興行に前座を出すべきでない。
観客に失礼だ。
桂文珍、かつて上岡龍太郎が「丹波篠山出身であることのコンプレックス」を特徴に上げていたが、ある種のインテリ指向みたいな所があったのは、その反映だったのか。
今ひとつ「垢抜け」しない感があったが、いまや上方落語会を背負う存在になった。
演目も、古典+新作から古典中心に軸足を移しだしているかに見える。
「池田の猪買い」、いかにも上方落語らしいバカバカしさと楽しさ溢れたネタで、文珍は大阪から池田までの道中づけを織り込みながら、実に楽しそうに演じていた。
上方落語の多くが東京に移し変えられているが、このネタはムリだろうと思うが、それとも誰か演じているだろうか?

自虐ネタをマクラに昇太は「花筏」、このパターンはここ3回連続だ。
それぞれ完成度は高いし、客もよく笑っているのだが、このまま進んでいくのであれば、果たして昇太の将来はどうなるのだろうか。

英華「女道楽」、一般には聞きなれない言葉というよりは、世間では別の意味で使われることが多いのだが、寄席の世界では三味線や太鼓などを使う演芸のことをいう。
かつては東京の寄席でも千家松人形・お鯉(人形さん、美人でしたね)らがいたが、今は皆無。
大阪でも現在はこの内海英華ただ一人だ。
上方落語では下座が活躍するので、優れた囃方が生まれるのだろう。
文珍のいうとおり、人間国宝になるように頑張って欲しい。

文珍「御神酒徳利」、占いをするのは番頭でも八百屋でもなく、ここでは左官職人になっていた。
向かう先は安芸、途中の宿で紛失物を当てるのは尾道。
筋としては「占い八百屋」に近いのだが、かなりアレンジされているので、演題を「御神酒徳利」としたのだろうか。それともこの名前の方が東京のファンには通るせいか。
この型を聴いたのは始めてだったが、クスグリを含めて良く工夫されており、オリジナルの「占い八百屋」よりずっと面白く仕上がっていた。

客席は大入り満員だったが、それだけの理由はある。

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2010/04/09

「慎太郎党」やら「パナソニック党」

「佃育ちの白魚さえも、花に浮かれて隅田川」なんてぇ都々逸にもあるように、春というのは心がウキウキするようですな。
「啓蟄」ってぇのも春で、地面の中にいた虫も暖かさに誘われて這い出してくるってぇ寸法です。
春先の気候の変り目にゃあ変な人間も出てくるんで、お互い用心に超したことはないようです。
そんな季節のせいか、ここのところ新党ってぇのがポコポコ生まれてます。

例の評判の悪い「たちあがれ日本」、あれは石原慎太郎がつけた名前だそうですな。
これで日本がたちあがるかどうか分かりませんが、石原知事の道楽で始めた銀行のおかげで1000億円が紙屑になり、オリンピックの招致にかこつけて税金を浪費した。
こっちは「たちあがれない都民」ってぇわけです。
石原都知事、まさか次は国政に戻って、今度は国の税金を湯水のごとく使ってやろうってぇ魂胆ですかねぇ。
クワバラクワバラ。

「たちあがれ」っていやぁ、その昔「起て飢えたる者よ 今ぞ日は近し」なんてぇ歌がありましたっけ。
さしずめこの度の新党なら、「起て老いたる者よ 今ぞ死は近し」てなことになるんですかね。
アタシなんざぁ毎朝セガレに向って、「起て萎えたるモノよ」と叱咤激励してますが、サッパリです。

昨日ですか、山田宏と中田宏のWヒロシが、別の新党をつくるって話じゃないですか。
松下政経熟OBが集まるんですかねぇ。
そんなら「ナショナル党」、おっと今どきは「パナソニック党」ってぇとこですな。
でもあの松下政経熟の人間ってぇのは、アタシはなんとなく虫が好かないんですね。

参院選も終り、秋風が立つ頃には、きっと新党も消えてると思いますよ。
どうしてかっていうと昔から、「新党滅却すれば 火もまた涼し」ってぇますから。
ご退屈さま。

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2010/04/08

「休演と代演」コメントに対する回答

前回の記事『【寄席な人々】休演と代演』について、トシ坊さんより以下のコメントが寄せられましたが、レスが長くなりますので当エントリーの中で回答します。
**********************
いつも拝見しております。
寄席の2度上がりですが、ここ数年でもありました。
入れ替えなしの末広亭で金馬師匠や川柳師匠、小袁治師匠が昼夜ともに出たことがありました。
また、芸術協会もHPに「本日の寄席」という欄ができていて、出演者を確認できるようになっています。(携帯電話からは無理なようですが。)
「トシ坊」
**********************

先ず「二度上がり」ですが、同じ落語家が昼席と夜席の両方に出演するというのは、ご指摘の通りよくあることです。
わたしが前回書いたのは、昼席あるいは夜席の中で、同一の芸人が二度高座に上がったケースについて述べたもので、今は先ずないだろうと推測しています。

次に、落語芸術協会のHPに、「本日の寄席」という欄があるのは知っています。
しかしこの内容は、同じ欄に表示されている「定席スケジュール一覧」、すなわち10日間の予定と全く同一内容になっています。
過去に何度もチェックしましたし、本日ただ今もそうです。
実際に寄席に行ってみて、出演者が「本日の寄席」と異なっていたことは何回も経験しています。
一方落語協会の「本日の寄席」は、その日の出演予定者が表示されており(それでも変更のケースはある)、芸協との違いを指摘したものです。

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2010/04/07

【寄席な人々】休演と代演

予定されていた芸人が出演できなくなるのが「休演」で、代わりの芸人が出演するのが「代演」。
寄席の主任(トリ)が代演の時は、「代バネ」ともいわれる。
いわゆる「落語会」では稀で、「独演会」となると代演は有り得ないが(例外はある)、寄席(定席)では頻繁におきている。
休演の理由というのは多くは別に営業がある場合で、病気や事故というのもある。
寄席は10日間興行なので、その間に他の仕事が入っているケースが多い。

かつての寄席では人数が揃わず、同じ芸人が2回高座に上がるというケースもあったが、今はまず無いだろう。
池袋演芸場で出番の人が電車事故で到着が遅れて、短い時間を前座がつないだことがあったが、他の寄席では経験がない。

当日の定席の出演者は、落語協会については毎日HPで公開されていて、鈴本演芸場と池袋演芸場のHPでも表示されている。
一方、落語芸術協会(芸協)では公開されていないので、当日その寄席に行ってみなければ分からない。
いずれにしろ、ネットを使っていない方は事前のチェックのしようがない。
お目当ての人があってせっかく足を運んだのに、代演でガッカリされた経験のある人は多いだろうが、寄席という空間はそれだけ「ユルイ」もので、お客も予想外の芸人の高座が見られたという位の余裕がいるのかも知れない。

不満が出るのは、代演で出てきた噺家のなかで、明らかに手抜きする者がいることだ。
「OOは、今日は別の割のいい仕事に行っておりまして」などと言い訳を始めて、漫談かなにかでお茶を濁されると、騙されたような気分になる。
他の人の代りに出るのだから、気分が乗らないのは分からないでもないが、客には関係のないこと。
やはり出演した以上は、真面目にやって欲しいと思う。
もう一つ注文をするなら、なるべく本来の出演者に近い人に代演して欲しい。
特にトリや仲入り前に出る中トリの代演では、そうした配慮が必要だと思う。

それに比して落語会や独演会は一日だけの興行なので、休演が少ない。とりわけ独演会では急病でもなければ休演はないし、その場合は公演そのものが中止になってしまう。
最近の落語会では、三遊亭白鳥の代演で柳家喬太郎というのがあったが、これだと何だか儲かったような気分になった。

手元のCDでは、昭和39年10月31日の東宝演芸場で、急病の三代目三遊亭金馬に代わり古今亭志ん生が高座をつとめているのがある。
随分とまた豪華な代演だったわけだ。
しかも志ん生は昭和36年に脳出血で倒れていて、口が不自由な状態での高座だったにもかかわらず、34分かけて「わら人形」を演じている。
こういう代演なら、さぞかし観客は感激したことだろう。
独演会での代演では、「包丁」のネタが上手く仕上がらなかった立川談志が、急遽六代目三遊亭圓生に代演してもらったという有名なエピソードがあるが、詳しくは「赤めだか」に載っていたように思う。

今日は休演と代演の一席、お粗末さまでした。

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2010/04/06

【ツアーな人々】外国の法律には要注意!

中国で麻薬密輸罪で死刑判決を受けていた赤野光信死刑囚と他3名に対する死刑執行が近く行われるということで、連日話題になっています。
日本政府はこの件で中国に懸念を表明し、福島消費者行政担当相は執行をやめるよう強く求めています。
福島瑞穂氏は、その理由を次のように述べています。
・日本では麻薬で死刑になることはない
・日本人だから中国の法律を知らなかったかもしれない
しかし冤罪なら別ですが、犯行が事実ならこれらは理由になりません。

裁判権は相手国にあるわけで、ここで日本の法律を持ち出しても意味がありません。
捕まった日本人はいずれも大量の覚せい剤を密輸しようとしたもので、麻薬ビジネスにかかわる組織的犯罪と見られます。
それなら中国での麻薬や覚せい剤の密輸は、最高刑が死刑であることは当然知っていたでしょう。
麻薬にかんする犯罪は中国だけでなく、他の東南アジア諸国でも厳罰にしている国が多いのです。
むしろ、日本の刑罰が軽すぎるともいえます。

海外に行くさいには、ビジネスでは勿論のこと観光旅行で行くときも、相手国が法律で禁止している事項などについて、最低限の知識は持っていたほうが良いと思います。
外務省のHPや旅行ガイドブックを見れば、大まかなことは書かれています。
わたし自身が始めての海外旅行のエジプトで、知らずに政府高官の自宅をカメラで撮っていて、軍に半日拘束されたという苦い経験があります。
スパイの疑いですね。
現地ガイドが付いていた日本人観光客ということで直ぐに疑いが晴れましたが、二度とああいう目には遭いたくないですね。

途上国では一般に、空港・港湾・軍事施設の撮影が禁止されています。
旅行者の中には、空港で自分が乗ってきた飛行機を平気で記念撮影している人がいますが、ゾッとします。
法律で全面禁煙を定めている国でタバコを吸って、警官にパスポートを取り上げられたツアー客もいました。
人気のあるドバイなどアラブ首長国で、豊かな経済発展に目をうばわれて民主主義国家と勘違いし痛い目に遭う人もいるそうですから、注意が肝心です。

月並みですが「郷に入ったら郷に従う」で、外国にいる間はその国の法律の下で行動するしかありません。
リスクを回避するためには、ある程度の「予習」が必要です。
それが嫌なら、中国へなど行かないことです。

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2010/04/04

「与謝野与謝野と 風が吹く」か

ついに自民党に離党届を出した与謝野馨元財務相と無所属の平沼赳夫元経済産業相が、新党を結成するそうですね。
与謝野氏の盟友の園田博之前自民党幹事長代理と、平沼氏に近い同党参院議員の藤井孝男元運輸相も加わる見通しで、今後は既に自民党を離党している鳩山邦夫元総務相らの参加が焦点となる。
しかし理念や政策が一致しそうにない烏合の衆となりそうだし、同調者も増えない模様。政界再編の起爆剤には、今のところなりそうもない。
早くも自民党内から「第二自民党」だという声も上がっており、しょせんは自民党の別働隊という役割を負うのだろう。
ただ参院選を前にして有力議員が次々と離れていく状況は、谷垣執行部にとって大きな痛手となった。

例によって、ショウもない戯れ歌で。

「苦節流れ旅」
破れかぶれに 自民を去れば
与謝野与謝野と 風が吹く
泣きの谷垣 短い任期
息を吐き吐き 耐えてきた
あ、痛ぁ あ、痛ぁ
園田 平沼 邦夫はどうか
*************
「風雪流れ旅」
破れ単衣に 三味線だけば
よされよされと 雪が降る
泣きの十六 短い指に
息をふきかけ 越えて釆た
アイヤー アイヤー
津軽 八戸 大湊.

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鈴本演芸場4月上席・夜(4/3)

「銭湯で上野の桜(はな)の噂かな」
ようやく東京の桜も満開。
ならばと、上野の山で桜を見てから、鈴本演芸場の4月上席・夜の部に足を運ぶ。
清水さんの舞台からの桜の眺めは、絶景でした。
トリが雲助の「花見の仇討」とくれば、まさにピッタリ。

<番      組>
前座・柳家花いち「一目上がり」
金原亭小駒「鷺捕り」
林家正楽「紙切り」
古今亭菊志ん「宮戸川」
古今亭菊之丞「幇間腹」
太田家元九郎「津軽三味線」
柳亭左龍「短命」
金原亭馬生「しびん」
~お仲入り~
大空遊平・かほり「漫才」
アサダ二世「奇術」
【特別企画公演 「雲助圓生噺十席」】
五街道雲助「花見の仇討」
           
入り口で係の人が「今日は代演が6本はいってます。出演者を確かめて入場ください。」と案内をしていた。
こちらは事前にチェックして行ったのだが、当初の顔ぶれをあてに来た人はガッカリだったかも知れない。
この日はトリと前座を除けば番組は9本なので、じつに3分の2が代演ということだ。ここまでくると、誰が誰の代演かも分からなくなる。         
落語家が6人中5人が古今亭(金原亭)一門というのも珍しい。

小駒「鷺捕り」、華やかだが落ち着いた高座で、真打も近いのだろうか。
ただネタは短縮版のせいか、薄味。
菊志ん「宮戸川」、二ツ目時代から注目していたが、ここのところ伸び悩み。
二人会で芸を競っていた柳家三三に、すっかり水をあけられてしまった。あの変なインテリ臭を先ず抜くことだ。
菊之丞「幇間腹」、同じネタを何回か聴いているが、中味を少しずつ変えているのは、さすがだ。
マクラで、エイプリルフールのジョークで古今亭志ん生を襲名すると言ったそうだが、もしかすると半分本気か。
左龍「短命」、この人にはどうも艶笑噺は似合わないような気がする。
馬生「しびん」、あい変らず品の良い高座だ。だからこうしたネタを演じても、下品にならない。
花を生ける場面も丁寧に演じていたが、こんなこと一つでこの噺に奥行きができる。
隣家のお婆さんを登場させて、オチの部分に上手く使っていたのも説得力あり。

さてお目当ての雲助「花見の仇討」、冒頭で「圓生噺」というタイトルには特に意味がないと語るあたり、いかにもこの人らしい。
マクラから一気に江戸時代のお花見の世界に客席を導き、本題に入ってから何の衒いもなく一直線の本寸法。
それでいて、本物の武士が助太刀に現れるクライマックスシーンに至る盛り上げ方が、実に上手い。
ベストの「花見の仇討」だった。

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2010/04/02

若林元農相「替え玉投票」で辞職

隣席の議員の投票ボタンを押すという、憲政史上例のない不祥事の責任を取って、自民党の若林正俊元農相が議員辞職した。
若林氏は3月31日の参院本会議で行われた2010年度NHK予算承認案採決の際、隣席の青木幹雄議員が議場から外に出ている間に、ボタン投票を代行したものだ。
若林氏本人は、「魔が差したとしか言いようがない」と述べ、身代わり投票については「青木氏が席に戻ると思ってボタンを押してしまった。青木氏から依頼は受けていない」と説明している。
しかし、これをマトモに取る人は少ないだろう。

魔が差したというわりには、偽装投票は10回に及んでいる。確信犯といわれても仕方がない。
それに代行した相手が、ここの所やや衰えが見えているとはいえ参院のドン・青木幹雄氏だ。参議院が「ミキオハウス」と呼ばれていたほどの、権勢を振るっていたのはご存知のとおり。
さらに若林氏は今期で参議院議員を引退することが決まっており、しかも長男が自民党公認で立候補することになっている。
それやこれやで、ついつい「ドン」にサービスしてしまったのではなかろうか。
いずれにしろ反転攻勢に打って出ようとしていた自民党には、大きな痛手となった。

唐獅子牡丹ならぬ、とんだ「空(から)押しボタン」のオソマツ。

「空押しボタン」
義理と規則を 秤(はかり)にかけりゃ
義理が重たい 議員の世界
お世話かけたる ドンの幹雄にゃ
俺の心は お見通し
世間 沸いてる
空押しボタン
****************
「唐獅子牡丹」
義理と人情を 秤にかけりゃ
義理が重たい 男の世界
幼なじみの 観音様にゃ
俺の心は お見通し
背中(せな)で 吠えてる
唐獅子牡丹

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【「みんなの党」躍進】明日ありと思う心の仇桜

近ごろメディアの世論調査で、「みんなの党」の支持率が上がってきてますね。
3月28日に投票が行われた逗子市議選では、ついに得票率が民主党を上回りました。先ずはご同慶に堪えなません。参院選でも「台風の目」になるのでしょう。
まあ過去を振り返ると、政治不信が高まった時期には、必ずこうした政党が名乗りをあげ、ブームを起こしておりましたなあ。
でもブームが去るといつの間にか、大半の議員は本家・自民党に戻ってしまったのは、ご承知のとおり。
自由党、保守党、日本新党、さきがけ、新進党、新生党、福祉党、甘党、辛党、それに民主党と、おっとこちらは未だ残ってましたっけ。
まるで波間に漂う「うたかた(泡沫)」みたいな政党でした。
既成政党の公認を得られないか、あるいは選挙の見通しが厳しいとみた候補者が、一時的に「風」に乗って集まっているだけですから、要はソロバン勘定。
目的を果たせば散らばってしまうのは目に見えております。

ここ数日の暖かい気候に誘われて、近所の桜も一気に満開になりましたが、この風雨で散ってゆくのでしょうか。

明日ありと思う心のあだ桜 
世半に嵐の吹かぬものかは
(親鸞)

ハナニアラシノタトエモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ
(井伏鱒二)

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。
チーン。

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