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2010/04/13

井上ひさしさんのこと

作家で劇作家の井上ひさしさんが4月9日に亡くなった。
75歳は未だ若い。
お目にかかったことはないが、いちファンとしてとても悲しく残念だ。

山形県出身の井上ひさしさんは、戦前の左翼運動にかかわって投獄されその時の拷問が原因で死亡した父親と5才で死別。
戦後は養護施設で暮らした時期もあった。
だから反権力は身体に染み付いている。
戦後の悲惨な生活が、その後の平和運動につながってくる。
しかし井上さんの作品では、そうした怒りをストレートに出さずに、いったん「明るい自虐性」というオブラートに包んだうえで、笑いにかえて表現している所に最大の特長がある。
彼の作品の笑いの裏には常に怒りと悲しみがあるのは、そのためだ。

初期の小説には自伝的要素が多いのだが、貧しい子ども時代や地方出身であることの劣等感と、東京への屈折した憧れがない交ぜになっているかに見える。
直木賞を受賞した「手鎖心中」では自身の体験とは対極的な江戸の“粋”を描き、代表作である「吉里吉里人」では望郷と権力の象徴としての東京に対する反発がテーマになっているが、両者は表裏一体だ。

井上ひさしといえば、むしろ戯曲作者としての名声が高い。
私は芝居が好きで、こまつ座の舞台も何度も観ているが、いつも作品のレベルの高さに感心する。
特に「評伝」ものに偉才を放つ。
舞台の「放浪記」ではスッポリ抜けている林芙美子の戦争協力をテーマにした「太鼓たたいて笛ふいて」や、左翼運動にシンンパシーを持ちつつ自身の弱さに引きずられていく太宰治を描いた「人間合格」などの作品が、とりわけ印象に残っている。
コトバ遊びと音楽と笑い、その裏の哀しみ、井上作品は常にエンターテイメント性に溢れている。
執筆にあたっては膨大な資料を読み込み、考証を重ねつつ綿密な脚本を書いているのだが、そこには必ず作者・井上ひさしが顔をのぞかせている。
文学の中で一段低く見られがちだった劇作という分野の地位を高めた点でも、井上ひさしの功績は大きい。

この4月から、新国立劇場で井上ひさしの「東京裁判三部作」が上演されるが、大変な人気でチケットを取るのに苦労した。
井上さんは亡くなったが、作品はこれからも生き続ける。

心よりご冥福をお祈りする。

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