井上ひさし作「夢の痂」@新国立小劇場
今年の4月から新国立小劇場で上演されてきた「東京裁判三部作」シリーズ、今月はその第三部「夢の痂(かさぶた)」。6月14日の回を観劇。
作品が上演中に作者である井上ひさし氏が亡くなるという不幸があり、追悼公演の形になったこのシリーズ、スタッフや出演者の特別の思いがあったようだ。
作:井上ひさし
演出:栗山民也
芸術監督:鵜山仁
< キ ャ ス ト >
角野卓造/元大本営参謀・三宅徳次
藤谷美紀/娘・友子
辻萬長/佐藤織物の当主・佐藤作兵衛
三田和代/長女・絹子
熊谷真実/次女・繭子
神野三鈴/その仲間・河野高子
福本伸一/工場主任・五十嵐武夫
石田圭祐/地元の警察署長・菊地次郎
小林隆/地方新聞の主筆・尾形明
ストーリーは。
昭和22年の東北地方のある町。
大地主にして老舗の織物企業の当主である作兵衛一家にも、インフレやら農地改革、労組結成といった戦後の波が押し寄せてくる。
二人の娘のうち長女は国文学の教師、次女は画家を志して上京するが才能は開かず三流画家の愛人になり貢がされ、今ではヌードモデルをしている始末。
当主は趣味の屏風の蒐集だけが生き甲斐で、今は美術館を完成すべく、自殺を試みるも死にきれず生き残った元大本営参謀・三宅徳次にその作業を手伝って貰っている。
そこへ徳次の娘が大連から引き揚げてくるやら、次女の仲間であるヌードモデルやら、長女のお見合い相手の地方紙主筆やらが集まってきて大混乱。
ある日地元の警察署長が、天皇がこの佐藤家に宿泊されるかも知れないという知らせを伝えにくる。
昭和21年2月から始まった昭和天皇の巡幸だが、22年の夏には東北地方を巡る予定であり、名家である佐藤家に泊まる可能性があるとのことなのだ。
佐藤家一同はパニックになるが、そこは参謀として御前会議で1,2度天皇の姿を見たことがある三宅徳次に指導を頼む。
徳次を天皇に模して予行演習を行うが、すっかり天皇に成りきってしまった徳次は・・・。
三部作の中で唯一、劇中に「東京裁判」が一度も出てこない作品だ。
今回は東京裁判の影の主役であった昭和天皇の戦争責任がテーマになっている。
私は東京裁判をリアルタイムでの記憶がないのだが、天皇の戦争責任についてはその後も大きな議論になっていたことは憶えている。
当時のアメリカ占領軍と日本政府の最大のテーマは、天皇への責任追及をいかに回避するかだったといっても過言ではない。
昭和21年1月1日の「新日本建設ニ関スル詔書」いわゆる天皇の「人間宣言」も、それに引き続く沖縄を除く全国46都道府県への行幸も、元はといえば米国側の発案だった。
余談だが、私が勤めていた会社の寮に、昭和22年12月に天皇皇后のお二人が宿泊している。
浴室やトイレを改装したり大変な騒ぎだったそうだ。
入浴後の残り湯を、従業員が飲んだとされる。
なにしろ一般国民が生身の天皇を見るのは始めてだったから、巡幸は大変な人気だったそうだ。
私の父親なぞは、ニュース映画で巡幸の場面が映し出されると最敬礼をしていたと近所で評判になっていたくらいだ。
その反面、自称天皇が全国に出現し話題になった。
特に「熊沢天皇」にいたっては、米軍MPの護衛つきで全国を巡幸したり、アメリカの雑誌に紹介されたり、「本物」に近い扱いを受けたとの記録が残っている。
物心ついた頃は、周囲の大人たちはしばしば天皇を「天ちゃん」と呼んでいたことを思い出す。
これらのエピソードは、当時の日本人の天皇に対する複雑な心境を物語っているようだ。
私見では、昭和天皇はなんらかの形で敗戦の責任を取るべきだった。
当時の日本国内に多少の混乱は起きたかも知れないが、その後の日本人の精神には良い影響を与えたものと推察される。
最高責任者(仮に形式的であったにせよ)が結果責任を取るという精神が保たれたのではなかろうか。
「夢の痂」はそんな深刻なテーマを、例によって生バンドの軽快な演奏にのせて、出演者全員が歌い踊るという実に楽しい音楽劇として展開する。
会場は終始笑いに包まれていた。
三部作に共通だが、下手な喜劇よりはよほど面白い。
井上ひさしが劇作の基本にしていた「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをゆかいに、ゆかいなことをまじめに書く」という姿勢がよく表れていた。
演技陣では、主役の角野卓造が好演。天皇の仕種の真似が堂に入っていた。この人は存在するだけで面白い。
井上芝居には欠かせない辻萬長とともに、舞台をシメル。
ワキでは小林隆の軽妙な演技が光る。愛嬌と色気があった。
三田和代は熱演だったが、32歳の役というのはムリがあったのではなかろうか。
藤谷美紀はシリーズの進行と共に、着実に演技が上達してきた。彼女の成長過程を見る思いだった。
三部作を通して4名の演奏者に、そして簡潔だが効果的な舞台をセットしたスタッフに拍手を送りたい。
公演は6月20日まで。
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