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2010/07/03

志の輔らくご“ビギン・ザ・ビギン”

立川志の輔の独演会には単発で開かれるケースと、1週間あるいは1ヶ月単位で行われるケースとがある。
7月に入ってル・テアトル銀座で開かれているのが、“ビギン・ザ・ビギン”というタイトルの独演会。
ご本人は、独演会のタイトルに特別の意味はないとのことだったが、私はてっきり「美銀座ビギン」に引っ掛けているのではないかと思っていた。
同じ演目を毎日続けるというのもどうかと思うが、それでもチケットが売れているのはそれだけ志の輔の人気が高い証拠だ。
7月2日のこの日も、平日の午後3時からというのに一杯の入り。
前座もゲストもなしで、文字通りの独演会。

立川志の輔「こぶとり爺さん」
マクラで、午後3時という開演時間について中途半端な時間と言っていたが、終演時間が5時過ぎ、つまり客が帰りに食事やショッピングがし易い時間帯を選らんだのではなかろうか。
何しろ場所がギンザですから。
昔話には必ず教訓的なものが含まれているのだが、この「こぶとり爺さん」にはそういうものがない。
爺さんでも婆さんでも二人出てくると、大概は後から登場してくる方が悪い人物という法則があるのだが、それならコブを付けられてしまった爺さんは、一体どんな悪い事をしたのだろうか・・・。
意表をつかれた着想の面白さ、この日のネタではこれがベストだった。

立川志の輔「新釈猫忠」
松山の「とべ動物園」で人工哺育されて育てられたホッキョクグマ「ピース」の話題から、動物園というのは人間が動物を見ているのか、動物が人間を見ているのかという問題提起から本題へ。
いつもながらマクラからネタに入る入り方が志の輔は実に巧みだ。
「猫忠」を大幅に改作したので「新釈」としたのだろう。
志の輔らしいクスグリを沢山散りばめて楽しませてくれたが、その分オリジナルのオドロオドロシサが薄められていた。
ネタのタイトルも、元々は歌舞伎の義経千本桜の狐忠信から来ているのだが、この部分が全てカットされていて、オリジナルの持つ芝居の香りが抜けてしまったような気がする。

~仲入り~
立川志の輔「しかばねの行方」
マクラで作家の東野圭吾論を語り、その著作「怪笑小説」の中の短編「しかばね台分譲住宅」を基にした新作という解説から本題へ。
講談の釈台を前に置いて、ハリセンで釈台を叩きながら講談調で語ったり、服装に面白い仕掛けをしたり工夫が施されていたが、中味は退屈だった。
ネタ下ろしだろうか、未だ十分コナレテいない部分もあって、後半の大ネタにしては役不足。
不満の残る高座だった。

ハードスケジュールでお疲れ気味のせいか、全体としてパワーが不足。
終演後の挨拶で、今日のお客は普段と反応が違うと語っていたが、それはご本人の側に原因があるのかも知れない。
年初のPARCO独演会(又もや「中村仲蔵」だった)といい、志の輔は曲がり角に来ているのだろうか。

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