« 【地デジ】総務省はアナログTVへの嫌がらせをやめよ | トップページ | 「柳家喬太郎」三本立て(井戸茶・DJ・ネタおろし) »

2010/08/01

【2児遺棄事件】私たちに責任はないだろうか

この7月、多くの人々が最も心を痛めた事件は、大阪市西区でおきた二人の幼児が母親に自宅マンションに置き去りにされ放置され、遺体で発見された事件だろう。
亡くなった桜子ちゃん(3)と長男の楓ちゃん(1)のことを思うと胸が詰まるし、置き去りにした下村早苗容疑者(23)の行為には強い怒りを感じる。
しかし、下村早苗を「鬼母」とよんで非難するだけで済ませていいものだろうか。
子育てを経験した人なら、3才と1才二人の子どもの面倒を見ることの大変さはよく分かると思う。
ましてや周囲に頼りになる人が誰もおらず、一人で孤立しての子育てとなればなおさらだ。
この容疑者の、「子供の世話が嫌になり、いなければよかったと思い」という供述にも、私もそう思ったことがあるという人も少なくないではなかろうか。
思うことと実行することには大きな違いはあるが。

事件の根本には児童虐待という大きな社会問題が横たわっている。
全国の児童相談所が2009年度に対応した児童虐待は過去最多の4万4210件に上り、また2008年度の虐待による死亡事例は、前年度より増えて107件128人に達している。
08年度からは、児童相談所が強制的に立ち入り調査できるようになったが、実施されたのは1件にとどまった。全国でたったの1件だったのだ。
児童虐待を防ぐ体制も法的整備も、全て不足している実態が浮かび上がっている。

被害を受けた子どもたちを最終的に救済するのは児童養護施設ということになるが、こちらは施設不足、資金不足、人手不足が慢性化しているようで、要請に対応し切れていない姿がうかがえる。
それにもまして驚きは、児童養護施設を計画すると、近隣住民の反対で建設できなくなるケースがあるといのだ。
近ごろ保育園の建設を周辺住民が反対したり、子どもの声がうるさいと文句を言われ園児を表で遊ばせられない保育園もあると聞く。
小学校の運動会の音楽にさえ、近隣から抗議があるという世の中。
自分たちの周りに子どもの施設ができることを嫌う風潮。
こんな大人たちが、はたして事件を起こした母親を責められるだろうか。

「子どもは社会共通の宝」のはずだ。
少なくとも、足をひっぱるような真似はやめて欲しい。

|

« 【地デジ】総務省はアナログTVへの嫌がらせをやめよ | トップページ | 「柳家喬太郎」三本立て(井戸茶・DJ・ネタおろし) »

ニュース」カテゴリの記事

コメント

 この事件で問題なのは、普通の常識的な近所の人間がなすべき事はしているのに、警察を含めた行政がなにもしていないことです。この鬼畜にすべての罪がありますが、公僕としての責任を全く果たさない無責任を放置すべきでもありません。ただ、保育所のことを書かれていますが、利用者の親たちのモラルが低いと周辺の道路など違法駐車でとんでもないことになることも頭に入れておいてください。

投稿: タカ派の麻酔科医 | 2010/08/01 11:07

タカ派の麻酔科医様
私の二人の子ども、そして数十年後には二人の孫全てが保育園に通い、その送り迎いをしてきました。
延べでおよそ10年以上になりますが、保育園の周辺で違法駐車をしている所を見たことがないし、また近隣からそうした苦情があったことを聞いたことがありません。
仮にあれば直ちに通達がきます。
駐車違反を起こす親の可能性は否定しませんが、それをもって何を頭に入れておくべきなのでしょうか。

投稿: home-9(ほめく) | 2010/08/01 11:58

 私の住んでいる地域の保育園のひとつは、少し歩けばスーパーの駐車場もあるのに、両側にびっしりと迎えに来た親の車がならび、しかも、駐車時間が長い状況が発生します。周辺住民の苦情は保育園には届いても、親は無視ということです。
 保育園の設置に反対する人たちが、そのような状況を想定しての反対であれば、子供のためだからということだけでは説得力を欠きます。反対する人たちにも理由があるのだと言いたいのです。40年前に小学生でしたが、休み時間にこどもの遊ぶ声がうるさいということで、静かにあそびなさいと担任に言われたこともあり、今だけのことでもありません。担任は、夜働かなければいけない人もいるからねと教えてくれたものです。
 このような悲惨な事件の背景には、規律や道徳の無視、軽視ということの方が大きな役割を持っていると思います。個人として負うべき責任まで、社会に転嫁するのはおかしいと思います。

投稿: タカ派の麻酔科医 | 2010/08/01 12:41

タカ派の麻酔科医様
「事件の背景には、規律や道徳の無視、軽視ということの方が大きな役割を持っていると」「個人として負うべき責任まで、社会に転嫁するのはおかしい」というご意見はその通りです。
反面、親の虐待で年間100人以上の子どもが犠牲になっている事態を、個人の責任だけにして放置するわけにはいかない。
どうしたら少しでも防ぐことが出来るだろうかというのが、本論の真意です。
保育所建設の問題は、議論が平行線を辿っているようですね。

投稿: home-9(ほめく) | 2010/08/01 13:08

 愛知県で仕事をしていた時は、仕事先に託児所があったようですね。それが、なぜ託児所もない風俗で仕事をするために大阪に移動したのでしょうか?どうも、犯人の父親もネグレクトしていたという話です。子は親の鏡ということなんでしょうね。

投稿: タカ派の麻酔科医 | 2010/08/02 15:18

タカ派の麻酔科医様
私にはこの女の転落の軌跡が目に見えるようです。
過去に重大犯罪を犯した人間の生育歴をみると、親から虐待を受けていた例が多い。
統計データに表れているのは氷山の一角で、世間では人格識見に優れ尊敬されているような人物が、家庭内では子ども虐待をしているケースもあります。
虐待を受けた子どもが、次は自分の子どもを虐待するという負の連鎖。
やはりどこかで、社会的に救済するセイフティネットが求められのではないでしょうか。

投稿: home-9(ほめく) | 2010/08/02 17:52

はじめまして。こんばんわ。ご意見、大変興味深く読ませて頂きました。
『虐待を受けた子は、次は自分の子を虐待する』この一文が少し気になりました。子供を持ったことのない若輩者の意見です。お気に障ったのなら、捨て置いて下さい。
確かに、虐待の連鎖は連綿と続きます。ですが、逆に『だからこそ、私は子供には絶対に手を上げない。』とその連鎖を必死に断ち切ろうとしている方もいらっしゃいます。実際に断ち切った方もたくさんいらっしゃるでしょう。
下村容疑者の親が育児放棄したから、だから彼女も…という発想は安易過ぎると思います。現に彼女は、離婚するまでは子育てを一生懸命頑張っていたのですから。
私も片親で、親戚中を転々として育ちました。子供の頃〜高校卒業まで、家での楽しい思い出は全くありません。温かい食事風景などテレビの中だけでしか知りません。
けれど、一番辛かったのは、母子家庭に対する世間の心ない中傷と偏見。
小学1年の時、学級会で担任から「お父さんがいなくなった理由をみんなに教えてあげて下さい」と言われ、前に立たされ発表させられました。母子家庭の子は絵の具や習字道具など無料で配布されましたが、それもクラスみんなが見守る中で手渡されました。
今でこそこのようなことはないと思います(そう信じたいです)が、それでも、母子家庭に対する風当たりは相当なものだと思います。区役所で、生活保護を申請したシングルマザーに「そんな好き勝手に子供を産んでおいて…」と言った窓口の女性、「後先考えず離婚する奴らが増えたから、税金や保険料がどんどん上がる」とインタビューで怒鳴っていた初老の男性。他にも住居の賃貸契約を結べない、就職差別を受けるなど、その差別は計り知れないと思います。
下村容疑者も、「私が頑張れば何とかなる。子供は絶対に育ててみせる。」と思っていたのに、頑張って働いてもどうにもならない現実と、母子家庭になって初めて知る世間の冷ややかな対応に疲れ果て、それで大阪に新天地を求めたものの…と転がり落ちたのではないでしょうか。
だからと言って、彼女を弁護しようとは思いません。私は彼女を絶対に許しません。
けれど、このような経緯を想像した時(あくまでも想像です。真実はいずれわかります)、確かに私たちにできることがあったのではないだろうか、と考えるのも事実です。
今回、近所の住民は虐待についての知り得る限りの情報を行政に流したのに、その対応は後手後手にまわり、非常に手ぬるいものであったと感じました。
乱暴かもしれませんが、虐待の疑いが濃厚なら、鍵をこじ開けてでもドアを蹴破ってでも、家の中に踏み込んでよい、という法律ができればいいのにと思います。
ですが、まずは、子供の虐待ホットラインや無料カウンセリングなど、誰もが利用できるような環境を整えて欲しいです。
そして、それらを利用しているからといって白い目で見るような、そんな偏見を無くして欲しいです。

投稿: シャケ弁当 | 2010/08/03 00:10

 シャケ弁当様の意見を否定するものではありません。ただ、虐待ホットラインは、近所の第3者の善意で機能する可能性がありますが、引きこもってしまって、その結果というケースの場合は、カウンセリングが無料でも機能しないと思います。嫁が関与している子育てサークルが無料で維持できていたので、子供を連れて気楽に参加することが出来たひきこもりの母親は、うまく乗り越えることができましたが、閉じこもった母子は、そもそも存在すら把握できません。昔の様に、警察官が居住者を確認するようなことができるようにしたほうがいいかもしれません。法的な支援を含めて。

投稿: タカ派の麻酔科医 | 2010/08/03 10:01

シャケ弁当様
タカ派の麻酔科医様
朝からPCの調子が悪く、レスが遅くなってしまいました。PCも夏バテみたいです。
虐待から子どもを守るというテーマですが、被害を完全に阻止するのは極めて難しい。現状の2分の1、3分の1に減らせないかというアプローチになるでしょう。
一つは自治体の児童相談所の職員のあり方だと思います。
多くの自治体では通常のジョブローテーションとして職員が配置されているとききます。3年位で配置換えになるなら、あまりややこしい事に係わりたくないでしょう。
専門職の人を育て、責任ある仕事をして貰うようにすべきだと思います。
もう一つは、今の法律では臨検(強制立ち入り)に入れる条件があまりに厳しく、実際に機能していません。
もっと条件を緩和し、行政と警察の立会いの元で迅速に臨検できるよう法整備を進める必要があると思います。
シャケ弁当様の提起された母子家庭の問題ですが、こちらも深刻な課題を含んでいますが、本論とは別の機会に記事にしたいと思います。
その際は、コメントの一部を引用させて頂くかも知れませんが、ご了承ください。

投稿: home-9(ほめく) | 2010/08/03 15:53

この様な方を裁く法律を強化するべきだと私は思います。児童相談所だけを強化してばかりでは、根拠を減らす事は出来ないと思います。虐待や放置を減らす様にするためにも、そのまま子供に彼等がした事をした後に、かなりもがき苦しむような公開処刑をすべきだと思います。何の罪もない小さな子供達の命がどれだけ亡くなっているか、どれだけ苦しみや悲しみを味あわせたら、この世の中良くなるのでしょうか?事件があってからでは遅いのです。死刑は必要大です!法律改正を願いたいです。

投稿: 匿名希望 | 2010/08/04 04:01

匿名希望様
凶悪な犯罪が起こるたびに、公開処刑の話がでますが、現実的に考えれば時計の針を中世に戻すことは無理でしょう。
ただ一般に子ども親殺しに比べ、親の子殺しの方が刑が軽くなる傾向にはあります。
一つは、かつて法律で定められていた尊属殺人が、今でも量刑の判断には残されているのではないでしょうか。
もう一つは、子どもは親の所有物という考え方が根強い。
「無理心中」などという表現が未だに使われているのは、その証拠でしょう。
この母親も、恐らく死刑にはならないと思われます。
もう一つ、最近では死刑になりたくて人を殺す人間まで現れ、厳罰化が凶悪犯罪の抑制に効果を発揮していない傾向が生まれているのも、頭の痛い問題です。

投稿: home-9(ほめく) | 2010/08/04 09:24

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/82117/49026111

この記事へのトラックバック一覧です: 【2児遺棄事件】私たちに責任はないだろうか:

« 【地デジ】総務省はアナログTVへの嫌がらせをやめよ | トップページ | 「柳家喬太郎」三本立て(井戸茶・DJ・ネタおろし) »