「検察審査会」無謬論も困る
小沢一郎・元民主党代表の資金管理団体「陸山会」の土地取引事件で、東京第五検察審査会は10月4日、小沢氏を2004、05年分の政治資金規正法違反(虚偽記載)の罪で強制的に起訴すべきだとする「起訴議決」を公表した。
この結論は適切であり、この件で検察審査会としての役割は十分果たしたといえる。
そのことと、議決の要旨に書かれた検審の主張が全て正しいかどうかは全く別問題だ。
例えば「国民は裁判所によってほんとうに無罪なのか有罪なのかを判断してもらう権利がある」という記載があるが、そうお気楽に言ってもらっては困るのだ。
刑事事件の被告になるということは、経済的にも精神的にも大変な負担になる。
数年かかって裁判で無罪が確定しても、民間企業ならその間に職を失い、場合によっては家族さえ失ってしまうことさえある。
「無罪」という権利を勝ち取ったところで、失われたものは取り戻せない。
もし有罪の可能性があるなら起訴すべきだという基準が出来てしまったら、これから沢山の不幸が生まれることは間違いないだろう。
今回の東京第五検察審査会の審査員は、刑事事件の裁判の現実についてどこまで正確に把握しているのだろうか。
今回の審査会メンバーの11名の平均年齢が30.9歳というのも気になる。
審査員の選定については、検察審査会法で次のように定められている。
【第4条 検察審査会は、当該検察審査会の管轄区域内の衆議院議員の選挙権を有する者の中からくじで選定した11人の検察審査員を以てこれを組織する。】
第5条以下に、懲役または禁固1年以上を受けた者は除くというような除外事項はあるものの、基本的には有権者から無作為抽出により選ばれることになっている。
どのような経過で11人が絞られたか明らかでないが、現在の有権者の年齢構成からして、平均が30.9歳というのはあまりに不自然ではなかろうか。
検察ファッショも困るが、検察審査会を絶対視するがごとき無謬論も困るのだ。
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