海老蔵と「どんきゅう」
市川海老蔵のケガ騒動で思い出したが、「どんきゅう」という男の話。
戦前の中野でワタシの両親がカフェをやっていた時代だから、ワタシが生まれる前のことで、親から聞いたものだ。
「どんきゅう」の趣味は喧嘩で、背が小さかったがやたら喧嘩は強かった。仇名も相手を「どん」と突くと、一発で「きゅう」と参ってしまうところから付けられたものだ。
相手はケガをするが、当時の日本では若い男が喧嘩でケガをするなぞ普通のことで、誰も問題にしない。
素手で喧嘩をしている内は良かったが、やがて脇差(ドス)を振るうようにエスカレートしていく。
そうなると血の雨が降り、相手も重傷を負うことになれば、警察沙汰になってゆく。
ところが「どんきゅう」の父親というのが警察署長だったし、「どんきゅう」は一人息子だったので、親の力でいつも事件はもみ消しにされていた。
近所の人たちは、ああいう男こそ徴兵されればいいのにと言っていたが、何故か「どんきゅう」は兵役を免れていた。
昔も今も、抜け道っていうのは変わらないのだ。
その「どんきゅう」が、ワタシの両親がやっていたカフェの女給の一人に惚れてしまった。
名前を仮に志津としておこう。
とても気立ての良い娘で、「どんきゅう」は求婚するが、彼の行状を知っているから志津はウンと言わない。
とうとう父親の警察署長が我が家に来て、志津と結婚したら「どんきゅう」が心を入れ替えると言っているので、何とか嫁にくれないかと泣き付いてきた。
志津にこのことを話すと、私のために「どんきゅう」の行状が改まるならと、結婚を受け容れることになった。
「どんきゅう」は結婚してしばらくは大人しくしていたが、やがてある日のこと、喧嘩で相手に大ケガをさせてしまう。
責任を感じた志津は、ワタシの両親と「どんきゅう」の両親宛てに「私の力が足りず、『どんきゅう』さんに又間違いを起こさせてしまい、申し訳ありません。」という趣旨の遺書を残し、自害してしまう。
さすがに志津の自殺はこたえたらしく、ようやく「どんきゅう」の行状は改まった。
志津の新盆の日、「どんきゅう」は友人らと鎌倉に海水浴に行くのだが、そこで溺れて死んでしまう。
近所の人たちは、きっと志津ちゃんが足を引っ張ったんだよと噂したそうだ。
この話、すごく良い話でしょう。
いつか記事にしようと思っていましたが、たまたま海老蔵が負傷したニュースを見て、書いてみました。
もし海老蔵と新妻の小林真央がこの記事を読んだら、どのように感じるでしょうか。
【追記】
理念に無縁の梨園がリオンに殴られ残念無念
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