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2011/04/30

世界選手権で安藤美姫が4年ぶり優勝

2011年フィギュアスケート世界選手権女子シングルで、安藤美姫がフリーで130・21点をマークし逆転、合計195・79点で4年ぶりの優勝を果たした。
SP首位の金妍児(キム・ヨナ 韓国)はジャンプのミスが響き合計194・50点で2位となった。
今大会はいずれにしろ安藤美姫と金妍児とのガチになると予測していたが、その通りとなり、シーズン通して安定した演技を見せていた安藤美姫が金メダルを獲得した。
日本で開催される予定だった本大会だったが、大震災の影響で急きょモスクワでの開催となり、安藤を始め日本代表選手としては優勝が悲願だった。
インタビューでも安藤選手は、今大会は自分のためではなく日本のためと意気込みを語っていた。
そういう意味では本当に良かったし、心から祝福したい。
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(クリックで画像は拡大)

連覇を狙った浅田真央は合計172・79点で6位、村上佳菜子は合計167・10点は8位にとどまった。
大会前には浅田選手の復活に注目が集まっていたようだが、それは違う。
3年後のソチを目指し、再生に向けて一歩一歩進んでいるのが、今の彼女の段階だと思う。
だから、もう少し長い目で見ていきたい。

男子はどうかって?
アレ、男子って、あったっけ。

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春風亭一之輔独演会・築地支店(2011/4/29)

GWの初日4月29日、築地ブディストホール(本願寺)で行われた「春風亭一之輔独演会・築地支店」へ。
この会場、昼間は古今亭右朝を偲ぶ落語会が行われていた。この日が右朝が亡くなって10年目の命日にあたる。ということは志ん朝が亡くなって10年になるということでもある。早いもので、もう10年か、という感慨に改めてひたる。
右朝は日大オチ研の顧問をしていた関係で、この日の一之輔を含め、多くの後輩の指導にあたってきた。健在なれば大看板と、その芸風と共に人柄が偲ばれているのはご存知のとおり。

一之輔に話は戻るが、独演会の回数とその中味でいえば、すでにトップクラスの仲間入りを果たしている。
若手の独演会では往々にしてベテランや人気者をゲストに招き、ゲストの助けを借りながら集客するケースが多いが、一之輔の独演会ではそうした大物ゲストを呼ばず自力で満員にしている。
リピーターが多いのも、会の内容が充実している証拠だろう。
TVの人気者でもなく古典一筋で芸風も地味。こうした噺家が人気が高いということは、落語ブームが本格的になってきた証拠だと思う。

<  番組  >
前座・立川こはる「真田小僧」
春風亭一之輔「五人廻し」
~仲入り~
古今亭志ん八「ニコチン」
春風亭一之輔「抜け雀」

「猛獣使い」こと・立川こはる、上手くなってきた。
立川流風のクスグリも板についてきて、このままでは「女流落語家は大成しない」という持論を改めねばならない日が来るかもしれない。
下手な落語家は、この人を前座に使わないほうが無難だろう。

古今亭志ん八は新作、以前に一之輔と二人会をやっていたという縁があるのだそうだ。
顔がいかにも噺家らしい、「むかご」みたいと紹介されていたが、その通りだった。顔で得してる、とも。
次に機会があったら古典を聴いてみたい。

一之輔の1席目の「五人廻し」、落語を聴くとき、もし自分が演じるならと想像するのだが、このネタは難しいと思う。
特に最初に登場する江戸っ子、ボヤキに後悔そして怒りの爆発、そこの切り替えを無理なく演るというのは、かなりの力量が求められる。
一之輔の高座は先ずこの部分で合格だ。吉原の故事来歴を言い立てる場面も颯爽としていて良かった。
後の侍、若旦那、田舎大尽それぞれに独自のクスグリを入れ込んで笑いを増幅させ、対照的に喜助のオロオロぶりが際立つ。
相撲取りを登場させた最後のオチも独自の工夫だが、成功したと思う。

2席目の「抜け雀」、このネタ現役で本寸法ならさん喬、戯画化したものなら喬太郎を推すのだが、この日の一之輔の出来はそれに拮抗するものだった。
人物像の演じ分けも鮮やかだったし、得に女将さんの「お光っちゃん」が光る。
クスグリも適度で抑制が効いており、終り間際に「千両」を「百両」と言い間違えたのは惜しまれるが、全体としては高水準の出来栄えだった。

もうそろそろ、一之輔をトリに起用する席亭が現れてもいいのではなかろうか。
異論も出まい。

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2011/04/27

国民の映画@KAAT(2011/4/26)

4月26日、横浜のKAAT(神奈川芸術劇場)ホールで行われた「国民の映画」を観劇。
少し早めに会場に着いたので、すぐ裏ってにある山下公園を久々に散策。潮風に吹かれながら「バンド」という言葉が懐かしく浮かんでくる。
これだからハマはイイねぇ。

作者の三谷幸喜はナチスを描いたこの作品について、次のように語っている。
「集団の怖さについて考えることも大事だけど、僕にはむしろ、それでも集団に流されなかった人がいたという事実が、心に迫るんです。」
「今の日本でも十分成立するような物語にしたつもりではいるんです。」
こうした作者の思いが観客に届いただろうか。

作・演出 三谷幸喜
<  キャスト  >
小日向文世/ヨゼフ・ゲッペルス 
段田安則/ハインリッヒ・ヒムラー 
白井晃 /ヘルマン・ゲーリング 
石田ゆり子/ゲッペルス夫人
シルビア・グラブ/ツァラ・レアンダー 
新妻聖子/レニ・リーフェンシュタール 
今井朋彦/エーリッヒ・ケストナー
小林隆 /フリッツ
平岳大 /グスタフ・フレーリッヒ
吉田羊 /エルザ・フェーゼンマイヤー 
小林勝也/グスタフ・グリュンドゲンス
風間杜夫/エミール・ヤニングス

あらすじは。
時は1941年秋、第二次世界大戦の真っ最中。
主人公のゲッペルスは、ナチスドイツのヒトラーの側近にして、ナチスのプロパガンダを担う宣伝大臣の要職にあった。
その彼の別荘に映画関係者を集めて、ホームパーティーが開かれた。
全ての芸術やメディアを掌握し監視するという絶大な権力者の招待とあって、ナチスにすり寄る監督や俳優らが多数集められる。
その中には権力に立ち向かい、執筆を禁じられている国民的作家もいた。
そこに招かざる客として、ヒトラー側近であるゲーリング元帥とヒムラー長官の姿も。彼らはいったい何を企んでいるのか。
ゲッペルスは招待客全員を集めて、最高のスタッフと俳優を使って、全ドイツ国民が誇りを持てるような「国民の映画」を制作したいと提案し、一同の賛成を得るが・・・。

この芝居の特長として第一にあげたいのは、12人の登場人物は一人を除く11人が実在の人物であること。
第二は、その12人が全て一同に会して舞台に登場し、それぞれが物語を持っていること。
第三は、特に欧米映画に見られるような、ナチスの幹部を特殊な人格の持ち主として描かずに、ごくフツーの人たちとして描いていること。
ゲッペルスにしても、「風と共に去りぬ」が最高だと考える映画好きの面白いオジサンだ。
夫人は大のケストナーファン。
ゲーリングは陽気なヤク中男。
ヒムラーは虫も殺せぬ男として設定されている。
これらはある程度リアリティがあって、実際にある強制収容所長はペット好きで、愛犬が雨に濡れたといって涙を流すような人物であったことが記録されている。
そうしたフツーの人たちが、あのような狂気に走ったわけで、だから余計に恐ろしいのだ。
第四は、舞台の3分の2位まではコメディタッチで進行するが、後半は一転してシリアスな展開となる。
当初はリベラルな感じを与えていたゲッペルス夫人が、終り頃のシーンでは「あの人、ユダヤ人の割にはいい人だったわよね。」と言うのだが、この一言に作者の思いが込められていると思う。
第五は、この芝居の表の主人公はゲッペルスだが、裏の主人公はその従僕・フリッツだ。
フリッツはこの舞台の狂言回しであると同時に、テーマの提出者でもある。
第六は、舞台には登場しないが、「あのお方」ヒトラーこそ、この物語に真の主人公である。

上演時間が3時間に及ぶ長編だが、間然とすることなく、笑いの中に緊張感が溢れる舞台だった。
三谷の脚本は「笑の大学」もそうだが、「ファシズムは笑顔でやってくる」を一つのテーマとしているかに見える。
今の商業演劇の世界に、こうしたテーマを持った芝居を上演する、三谷幸喜のその姿勢そのものに先ず敬意を表したい。

出演者はいずれも芸達者で、主演の小日向文世と冷酷な長官を演じた段田安則、いずれもハマリ役。
フリッツを演じた小林隆の抑制した演技が光り、そのため最終シーンでの怒りの爆発が効いている。
他に風間杜夫が軽妙な演技で沸かす。

公演は5月1日まで。

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海外はエジプト国内は京都

ブログネタ: 今まで行った中で一番好きな旅先は?参加数
海外ではエジプトが一番です。
4回の旅でほぼ全域をまわりましたが、行くたびに新たな感動があります。
4500年前の遺跡が原形をとどめているのは、奇跡といっても良い。
ほかにヨルダン、シリア、リビア、ペルー、カンボジアなどありますが、歴史の重みとスケールの大きさで、エジプトにかないません。
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国内では京都が一番です。
ひとつの地域にこれだけ豊富な文化遺産が集まっている所は、他にないでしょう。
しかも四季折々に楽しめる。
世界に誇れる、文化の宝庫です。

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2011/04/25

年年歳歳花相似(下)京阪の桜

4月15‐16日、別件のついでに大阪と京都の桜の名所を訪ねました。
15日は前日から大阪名物「造幣局の桜の通り抜け」が行われていたので、先ずはそちらへ。
平日の午後2時(5時には閉門)だし小雨模様だし、さほど混み合っていないだろうと予測していたんですが、どうしてどうして、天満橋駅から人で一杯でした。
造幣局の通り抜けは、南門(天満橋側)から北門(桜の宮側)にかけての一方通行で行われます。
写真は入り口付近ですが、この通りの混雑でした。
所々に警官が配備され、ハンドマイクで「写真撮影で立ち止まると後ろのお客様の妨げになりますから、立ち止まらないでください」と呼びかけますが、そんな声はなんのその。
ここの桜は色が鮮やかで花びらが大きいサトザクラの八重咲きが多く、開花の期間が長いのは特長です
左手奥にみえる黄色の花は、ウコンの桜です。
(画像はいずれもクリックで拡大)
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出口近くになってから雨が降り出し、見物客も急ぎ足。
雨に濡れた桜も、なかなか美しい。
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帰りは大川の堤の桜をゆっくりと見物しながら、再び天満橋へ。
所要時間は、およそ1時間半でした。
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16日は京都に移動し、山科の毘沙門堂門跡へ。
山科駅から上り坂をひたすら歩き、さらに石段を登り、ようやく着いたころは息が上がっていました。
かつては知る人ぞ知るという寺院でしたが、近ごろはすっかりメジャーになって、観光客も増えました。
街中に比べるとかなり気温が低いのですが、それでもソメイヨシノは散っていて、かろうじて枝垂桜が名残をとどめていました。
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宸殿の廊下に散った桜を、僧侶が掃いていました。
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帰りは琵琶湖疏水にそった遊歩道を散策し、満開の菜の花や、散った桜の花びらが、川面を小舟のように流れるさまを眺めてきました。
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少し時期が遅れてしまったようですが、京都の桜はいつみても風情があります。

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2011/04/24

#13三田落語会「さん喬・扇辰」(2011/4/23昼)

4月23日、仏教伝道センタービルで行われた第13回三田落語会昼の部へ。
さん喬と扇辰の二人会だった。
あいにくの「花に嵐」という天候ではあったが、会場は満席。
扇辰が「こんな満員のお客様の前で演じるのは久しぶり」と言っていたが、大震災以来、寄席は閑古鳥らしい。鈴本で11人という日があったそうで、かなり深刻のようだ。
GWあたりを機に、元に戻れればよいのだが。

前座・入船亭辰じん「道灌」
将来性を感じる。二ツ目が近そうだ。

柳家さん喬「浮世床」
後から出た扇辰が、入門する前から受けていた印象そのままの人と評していたが、この人ほど演者の性格が高座にそのまま現れるのは他にはいまい。
出だしの俯きかげんで枕に入る姿が、何ともいえない。
この日の「浮世床」は「本」の前半と、「夢」だった。
さん喬のこのネタは初見だったが、こういう軽い噺をさせてもやはり上手い。
女がセリフをいうときの、アゴの使い方が巧妙。
奥様方なら、自宅で試してみたら。

入船亭扇辰「ねずみ」
先の続きだが、入門以前には芸も人柄も憧れていたのに、実は「ひとでなし」の噺家もいると枕で語っていたが、そうなんだろうな。
芸は確かだがやや地味という印象を受けていたが、この日の2席で考えが変わった。
ご存知「甚五郎もの」の一つだが、卯兵衛・卯之吉の親子の人物像が鮮やかだった。
特に卯兵衛の、どん底に落とされながらも、かつての大店の主人らしい矜持を失っていない姿がよく出来ていた。
倅の卯之吉がひたすら健気で、泣かせる。
全体に品があり、最近きいたこのネタでは、この日の扇辰がベスト。

入船亭扇辰「千早ふる」
このネタ、鯉昇か文左衛門かと思っていたが、そこに扇辰が割り込みそうな、そんな高座だった。
隠居の知ったかぶりを軽妙に描き、その一方、千早太夫の花魁道中の描写を文語体で語るなど、随所に扇辰らしさが溢れていて、上出来。
一皮むけたような印象を受けたのは、私だけだったろうか。

柳家さん喬「心眼」
マクラでいわゆる言葉狩りにより、こうしたネタが電波に乗せられない昨今を批判し、言葉でなくて心が大事と言っていたが、同感だ。
古典芸能の中の言葉をカットするような愚作は、やめて欲しい。
私事だが、一時期このネタにあるような、色男の盲人と不器量な奥さん夫婦が隣人だったことがあり、この噺は結構リアルに受け止めている。
そういえば、あの盲人も好色で、近所の二号さんが襲われそうになったと言ってたっけ。
そんな事はどうでもいいけど。
さん喬の演出は手堅くいい出来でジックリと聴かせてくれたが、どうしてもこのネタを得意としていた名人・文楽と比べてしまう。
梅喜の惨めな思いと、目明きになった時の弾けるような喜び。
そして幸せになった途端、糟糠の妻から美しい春木屋の小春に気持ちが移るという、男心の嫌らしさ。
だから夢がさめると、自己嫌悪に陥りお参りをやめてしまう梅喜。
そうした細かな心理描写では、やはり文楽にかなわない。
さん喬の人柄が、むしろ邪魔しているのかも知れない。

実力者二人のぶつかり合い、見ごたえのあった会だった。

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2011/04/23

自民党歴代総理は避難所をまわれ

昨日、東電の清水社長が福島第一原発周辺の避難所をめぐり謝罪を行った。
当然のことであり、むしろ遅きに失した感さえある。
しかし避難所の住民に対し、謝罪すべきなのは東電の社長だけでよいのだろうか。
今回の原発事故について、事故の発生とその後の対応に分けて考えるべきではないか。
事故後の対応について、東電首脳部の責任は免れないとしても、原発事故そのものの責任の大半は政治にある。
とりわけ原発を推進してきた自民党歴代政権は、その責任を問われる。

中曽根政権いらい、自民党はエネルギー政策の中心に原発をすえるという基本方針でのぞんできた。
原発推進を党是とするために、原発が他のエネルギーに比べ安価であらねばならない。
原発はランニングコストは安いが、設備投資に金がかかる。
コスト低減のためには、極力、設備投資を抑えねばならない。
そのためには設備の安全対策は、低く抑える。
御用学者や官僚を集めて、原発は安全だ安全だと宣伝するための「原子力安全委員会」や「保安院」といった組織をつくりあげる。
地震予知という名目のもとに研究費を援助し、政府御用達の地震研究家に地震や津波の発生を低めに予測させる。
原発建設の地元には金をバラマキ、反対派を抑え込む(沖縄の米軍基地と同じ手法)。
かくして、安全で低コストという「原発神話」を生み出してきた。
原発事業そのものは電力会社にやらせるので、事故が起きても電力会社に責任を押し付けられる。
ウマイ仕組みをつくったもんだ。
さすがは自民党、アタマいい。

電力会社は公益企業であり、100%政府の方針に従っている。
その代わり、コストと売価の関係が一般企業とは大きく異なる。
電力会社の電力料金は、発電や送電に要したコストに一定の利益を上乗せして電気料金が決まる「総括原価方式」が採用されている。
だから、あらゆるコストを上乗せできるのだ。
今回の原発事故にかかわる代替の発電所の費用や、賠償金も廃炉費用もコストに組み込まれると思われ、東電が震災に伴う損失を利用者に転嫁することも可能なわけだ。
東電が電力量を値上げするとの報道があったのは、このためだ。
賠償金が莫大なものになるだろうから、その時は税金から補てんすることになる。
いずれにしろ、事故が起きても責任はウヤムヤにして、最終的には国民自身が帳尻を合わせるという仕組みもつくりあげてきた。
やはり自民党、アタマいい。

だから歴代自民党政権の首相には法的責任はないのだろう。
しかし、ことここに至った政治家として、あるいは人間としての道義的責任はある筈だ。
もし彼らに良心というものがあるならば、歴代政府を代表して避難所をまわり謝罪して欲しいし、又そうすべきだろう。
今後の政治と国民との信頼関係のためにも、決断を促したい。

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2011/04/22

年年歳歳花相似(上)濃尾の城と桜

気がついたら花が咲いていた、というのが今年の桜の実感です。
数日前に、福島の三春滝桜が例年どおり開花したとのニュースが報じられていました。
有名な漢詩の一節、
年年歳歳花相似
歳歳年年人不同
が思い起こされます。

4月9‐10日にかけて、愛知と岐阜の桜の名所を訪ねるバスツアーに参加してきました。
旅行会社によると3月はどこのツアーも成立せず、4月に入ってからボチボチと出だしているとのこと。
この日のツアーは久々の満席だったようで、添乗員もドライバーもとても嬉しそうでした。
ソメイヨシノが満開を迎えた週末だったのですが、どこも例年に比べると人が少なかったようで、大震災の影響はここ中部地方にも及んでいるようです。
(いずれの画像もクリックで拡大)

最初に訪れたのは、民謡「岡崎五万石」で、
♪五万石でも 岡崎さまは  お城下(しろした)まで 船が着く♪
と唄われた愛知の岡崎城です。
石高は少なくても、家康が生まれた城ということで、家格の高い大名によって受け継がれてきた城です。
城の周辺は公園になっていて、写真は池の辺の風景です。
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戦国から抜け出た信長、秀吉、家康のいずれも尾張周辺の出身ですから、日本の首都が名古屋になっていてもおかしくなかった。
その時は、名古屋城が皇居になっていたかも。
その名古屋城も桜がたくさん植えられていて、ソメイヨシノから枝垂桜まで満開でした。
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日本の三大桜のひとつ、岐阜県本巣市にある根尾の淡墨桜(うすずみざくら)です。
時期が開花直後だったので花がピンク色になっていますが、これが散り際になると淡い墨色に変わるところからこの名があります。
樹齢およそ1500年といいますから、ほぼ日本の歴史と共に歩んだことになります。
幾多の自然災害や戦乱を乗り越えて生きてきたのだと思うと、畏敬の念を生じます。
満開のときは、きっと素晴らしい花をつけるのでしょう。
Photo_3

愛知に戻って犬山城、日本に四つある国宝の城のひとつで、最も古い年代の城です。
北側を流れる木曽川岸辺の断崖上に建てられた堅固な造りで、周囲には濠をめぐらし、城門までは急な石段、城内の階段はまるでハシゴのように急角度になっており、二重三重の防御をほどこしています。
前庭の桜も満開でした。
「富士には月見草がよく似合う」とは太宰治の言葉ですが、城には桜がよく似合います。
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桜の最盛期と、強雨のあとの晴れ間という天候にも恵まれ、美しい花を愛でることができました。

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2011/04/20

各党は「政党交付金」を返納せよ

総務省は4月1日、政党助成法に基づき、2011年分の政党交付金額を決めた。
受給を申請していない共産党を除く9政党への交付総額は319億4100万円。
各党への交付額は次の通りとなっている。
民主党 168億2500万円
自民党 101億1400万円
公明党 22億7500万円
みんなの党 11億1600万円
社民党 7億6200万円
国民新党 3億9500万円
たちあがれ日本 1億9600万円
新党改革 1億1900万円
新党日本 1億3500万円

東日本大震災は天災だが、福島第一原発の重大事故は明らかに人災だ。(人災-人間の不注意や怠慢が原因で起こる災害。水害・地震などで、十分な対策を講じておかなかったためにこうむる災害をいう。【大辞泉】)
それも永年にわたる自民党政権時代の失政の結果である。
原発の安全性についての、多くの専門家によるアドバイスや提言を無視し続け、不十分な対策でお茶を濁してきたツケが、今日の深刻な事態を招いたことは明白だ。
そういう意味では9割は政治の責任といえる。

その自民党だが、当時の国会議員の一部が今は民主党、みんなの党、国民新党、たちあがれ日本、新党改革などの諸政党に分散しているが、所詮は一蓮托生。
その責任は免れない。
もしこれらの政党や議員らに一片の良心があるならば、恥ずかしくてとても交付金なぞ受け取れない筈だ。

せめて政治家としての良心の証として、今年度の政党交付金(政党助成金)は全額返納し、被災者への支援や復興資金に回すべきだ。
それが出来ない政党は解散させ、国会議員にはバッジを外してもらおう。

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2011/04/17

劇団大阪「かあちゃんたちの明日」(2011/4/15雪)

劇団大阪が創立40周年を記念して、昨年から「劇団大阪シニア演劇大学」を開講した。
メンバーは50-80歳代で平均が60ン歳という構成。
演劇は初めてという人から超ベテランまでの22名が、その1年間の訓練の成果を第1回公演として「かあちゃんたちの明日」を選び、公演の運びとなった由。
会場は谷町劇場。
劇団員も助っ人として加わり賑々しく開幕。
チケットが飛ぶように売れ、当初の6回に加え2回の追加公演を設定とのこと、先ずはご同慶に堪えない。
シニアパワーの底力だ。
当方はその初日に出向いたが、Wキャストの「雪組」の部を観劇。

作  寺島アキ子
演出 熊本一
<  キャスト  >
工藤りつこ/中山伸枝
井川真澄/息子・和夫
松久慶子/母・タツ
森祥子 /川辺サヨ
神津晴朗/夫・雄一
高尾顕 /舅・常造
山田優 /娘・マリ子
桑原絵里子/町田綾子
安達洋義/元夫・岡部謙介
梶本悠 /娘・道子
梶本楓 /息子・健太
山田美智/上野勝代
畑中英夫/夫・精蔵
山根徹 /息子・一郎
綱本暢子/村上磯乃
斉藤誠 /夫・定冶
野々村礼子/北田久江
徳田昭男/夫・直作
寺下定信/平助

この作品は寺島アキ子が1976年に『したたかに生きた女たち』シリーズ3部作の第2作として書かれたもので、昨年末死去された寺島さんの追悼公演になった。
舞台となっているのは秋田県の鳥海山に連なる出羽山地の村。
斉藤誠によれば、初演した30数年前には、劇団員たちが現地に赴き取材をしたとのこと。
アマチュア劇団でも、上演にあたってはそこまで調査するのかと感心した。

昭和51年当時の日本の農家は、今もそうだが貧しく、出稼ぎしなければ生活が維持できなかった。
家族揃って暮らせるのは農繁期だけ、それも1年間で通算して1ヶ月ほどにしかならない。
舞台は村で一軒の雑貨屋を営む中山伸枝一家が中心となる。
伸枝自身も出稼ぎに出ていた夫を労災で亡くし、その僅かな補償金で店を開いて母と息子を養う日々だ。
店はバスの終点にあり、店内はまるで乗降客の待合所のようになっている。
年の瀬をむかえ、正月を故郷で過ごすべく東京から村に戻ってくる人たち、それを迎える人たちで店も華やぐ。
しかし家族が顔を揃えることによって、かえって様々な問題が噴出し、やがて大きな悲劇が起きてしまう・・・。
そして正月が明け、村に残る人、再び東京に出稼ぎに出る人たちを作者はあたたかい目で描く。
主人公・伸枝の最後のセリフ、「雪だって、いつかは溶ける。なんぼ降ったって、積もったって、いつかは春がくるだ。」は、いま東北大震災の被害と闘っている方々へのメッセージとして、胸に響いた。

出演者では、主役を演じた工藤りつこの演技が断然光る。
シニアの人だそうだが、かなりのキャリアを積んでいるのだろう。
この舞台の成功の半分は、彼女の力だとみた。
森祥子と桑原絵里子が熱演で舞台を締め、梶本悠らの子役が泣かせる。
寺下貞信が飄々とした風情をみせ、斉藤誠が本場の「秋田おばこ」を披露していた。
全体に演技のバラツキが大きいのと、出演者の年齢がお互いに接近していて、祖母と母と娘が同じように見えてしまうこともあった。
これらの点は、これから第2回、第3回と回を重ねる中で克服されることを期待したい。

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2011/04/05

民主・自民の「ダーティー連合」

「原発に口を拭って野党づら」
とは、某紙に載っていた川柳だが、実にウマイ!
ズバリ、今の自民党を的確に表している。
今回の原発事故の根本原因は、いうまでもなく自民党政権の原子力政策、すなわち原発推進のためには安全性を犠牲にしていたという政策にある。
かつて仕事で一度、福島第一原発を訪れたことがあるが、地元のタクシーの運転手さんと、
「ずいぶん立派なサッカー場があるね。」
「これはサブグランドですよ、競技場はその向こうにあります。」
「すごい、豪華だな。」
「そりゃー、原発から金が出てますからね。」
という会話を交わした憶えがある。
地元からの批判や不満は金で解決という、伝統的手法である。
戦後、数十年にわたり政権の座にあった責任政党として、本来こういう時こそ自民党は国のエネルギー政策について提言すべきなのに、沈黙しているのはそのためだ。
原発事故に対して、世間の非難は東電に集中しているのをこれ幸いに、死んだふりだ。

今回の事故について天災だとか想定外だとかと言い訳をしているが、専門家からは以前から具体的に危険性が指摘されていた。
過去に国会においても数回にわたって津波に対する安全性の欠陥が指摘されていた。
例えば日本共産党の吉井英勝議員は、2006年国会質問で原発の津波対策の不備を指摘している。
5メートルの津波で、国内の約8割の原発で、冷却水が海から取水できなくなることを明らかにした。
因みに福島第一原発では、津波の引き波が3.6m以上で取水不能になることを認めていた。
吉井氏が質問した時の首相は小泉純一郎氏で、当時の二階俊博経産相は事態を重く受け止め、吉井議員に対策を約束したとされるが、結局は何もしないまま今日の事態を招いてしまった。
この度の原発事故が「人災」とされる所以である。

その自民党と民主党との間で連立の話が進んでいる。
多分そういう方向になるだろうし、非常時だ国難だということで、概ね世論も支持に傾いている。
一見もっともな連立話だが、両党の狙いは全く別のところにあると思われる。
もし近く選挙が行われるようになれば、原発問題が焦点になる。
そうなると数々の不手際で批判を浴びている民主党はもちろん、事故の根本原因をつくった自民党も火の粉をかぶることになる。
ここは互いの利益のために手を取り合おうという、いうなれば「原発事故隠し」のための連合である。
連立というよりは、「野合」といった方がピッタリだ。
両党が連立すれば国会の議席の大半は民主と自民が占めることになり、議会の翼賛化が一気に進み、後はやりたい放題ということになろう。
「政治の安定」などという甘い言葉には騙されまい。

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2011/04/04

だから私は無宗教

アフガニスタン北部の都市マザリシャリフで4月1日、大規模なデモが発生。
暴徒化したデモ隊が国連事務所を襲撃し、7名を殺害するという悲惨な事件があった。
死亡した7人の国連関係者のうち3人はノルウェー、スウェーデン、ルーマニアからの職員で、4人はネパール人の警備員だという
今回のデモのきっかけは、米フロリダ州のテリー・ジョーンズ牧師がイスラム教の聖典コーランを焼いたと公言したことによる。
ジョーンズ牧師は昨年、911事件の9周年記念日にコーランを焼却すると発表したが、国内外から激しい非難を浴び、一度は計画を中止した。
しかし、先月になって教会のウェブサイト上に「殺人や性犯罪、テロの元凶となり有罪だと判断されれば、コーランは処刑の対象になる」と掲示、その後「コーランを施設内で燃やした」と書いていた。

キリスト教の牧師が、911の報復としてコーランを燃やし、その報復としてイスラム教徒が無関係の国連職員を殺害する。
これはもう、狂気としか言いようがない。

今でこそ宗教戦争といえば、キリスト教とイスラム教との争いを指すが、かつてはカトリックとプロテスタントとの戦争を意味していた。
その戦争による犠牲者の数は、想像を絶する。
例えば17世紀に起きた「ドイツ30年戦争」で、当時のドイツの人口が1800万人から700万人に激減している。
フランスでは1598年にアンリ4世がナントの勅令を発布し、これによりプロテスタント(ユグノー)などの新教徒とカトリック教徒とが和解し、フランスの宗教戦争「ユグノー戦争」が終結するのだが、この戦争でパリ市民の半数が犠牲になったとされている。
1096-1270年にかけて行われた十字軍の遠征では、どれだけの犠牲が出たか想像もつかない。
その傷跡は、現在もキリスト教、ユダヤ教とイスラム教との対立に引き継がれている。
イスラム教と一口にいっても、スンナ(スンニ)派とシーア派、ハワーリジュ派、ワッハーブ派などに分かれていて、抗争を繰り返している。

宗教というのは、人類を幸福にするために存在しているのではないのか。
宗教のために幸せになった人と、不幸になった人とで、後者の方が多ければ、宗教は人類にとって有害な存在でしかない。
私は、形式的には日蓮宗の檀徒ということになってはいるが、実際は宗教を一切信じていない無宗教である。
それで良かったと、しみじみ思う。

昭和天皇の直宮であった秩父宮は1953年に亡くなるが、その遺書にこうある。
「僕は神――此の字で表現することの適否は別として宇宙に人間の説明し能はない力の存在を認めないわけにはいかぬ――を否定しない。然して現代の宗教に就いて一としてこれと云ふものはない。現在の宗教は何れも平和をもたらすものとは云えない。相互に排他的であり、勢力拡張のためには手段を選ばない傾向さえある。」
現在の日本においてもエセ宗教が跋扈している現実を見るとき、秩父宮の遺した言葉は重い。

神仏がいると信じている方に伺いたい。
この度の大震災の被災者に対し、神はなぜあのような罰を与えたのかと。

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2011/04/03

「原発事故」もう一つの戦犯

福島第一原発の重大事故について、東電に対する批判が集中しているが、事故の背景には長年にわたる原子力行政が横たわっている。
この政策を長期にわたり推し進めてきたのは自民党政権であるが、今は下野しているのを幸いに一切口をつぐんでいるせいか、あまり表に出てきていない。
原発を推進するという政策のもとに、原子力安全委員会ならぬ「原子力不安全委員会」や、原子力保安院ならぬ「原子力不安院」などが活動をしてきたわけだ。

その学問的裏付けを提供してきたのは、いわゆる原子力「御用学者」たちだ。
大阪芸術大学芸術学部の純丘曜彰教授が、ビジネスコミュニティ「INSIGT NOW!」に、「東電のカネに汚染した東大に騙されるな!」との記事を掲載している。
同記事で純丘教授は、「なんと5億円! 寄付講座だけでも、これほどの大金が、東京電力から東京大学大学院の工学研究科にジャブジャブと流し込まれている。」「東工大や慶応義塾大学など、全国のあちこちの大学の大学院に、東京電力は現ナマをばらまいている」と指摘している。
電力会社や原子力プラントメーカーなどの「原子力ビジネスマネー」が、大学の原子力研究者たちを「御用化」しているのだ。
だから彼らのTV解説には、あまり公正・中立を期待しない方が良い。

今回の原発事故に関して、世間の矢面に立たされていないが、実はもう一つ戦犯がある。
それは地震予知の関係する団体とその研究者たちだ。
私など、あれだけ観測網が敷かれている天気予報でさえ当たらないのに、地震が予知できる筈がないと思っている。
これがどうも常識らしいのだ。
一時期は予知に対する幻想が広まっていたようだが、阪神淡路大震災で決定的に破たんし、今では地震予知ができるなどと本気で信じている学者は皆無だそうだ。
「地震予知連絡会」という組織があるのはご存知だろうが、そのHPを見ても今回の大震災についてなんのメッセージも出していない。
良心の呵責など存在しないのだろうか。
それどころか大震災後の5月20日に予定されている「190回地震予知連絡会」議題としてあげられているのは、
「1..地殻活動モニタリングに関する検討
◦地殻活動の概況
◦プレート境界の固着状態とその変化
◦その他の地殻活動等
2.重点検討課題の検討
◦プレート境界の固着と滑り -わかっていること、まだわからないこと-
3.次回の重点検討課題に関する趣旨説明
地殻変動モニタリング(仮題)
4.その他」
となっている。
この時期に、何だそりゃという内容でビックリしてしまう。
予知連として、今回の事態を予測できなかった不明を恥じるという姿勢がまったく見られない。

地震調査研究には、毎年100億円近くの予算がつぎ込まれている。
もちろん、我々の税金からだ。
予知ができないことを知りながら、できるフリをして予算を取っているとしたら、それは詐欺に等しい。
彼らの罪はそれだけではない。
原発を建設する際のプラントの構造計算には、震度(と津波)の想定が欠かせない。
現に東電のHPでは、原発の安全性についてこう書いている。
「地震学的に想定される最大級の津波を数値シミュレーションにより評価し、重要施設の安全性を確認している。」
その安全性へのお墨付きを与えていたのは、他ならぬ地震予知「御用学者」たちなのだ。
むろん、彼らにも原子力マネーが流れているであろうことは容易に想像がつく。
もしかしたら、彼らこそ本当のA級戦犯なのかも知れない。

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2011/04/02

【寄席な人々】今の落語界は層が薄いって?

“落語CDムック 立川談志3(竹書房)”に川戸貞吉という人がこう書いている。
「我々が育った戦後の落語界に比べると、随分層も薄くなっています。それから立川流、圓楽党が、一緒に協会の人たちと寄席に出なくなる。(中略)まあ一つの落語の危機が、密かに続いていると考えても良いかもしれません。」
このシリーズでは毎号、家元・談志と川戸貞吉との対談が掲載されているのだが、どうも旦那とタイコモチとの会話を連想してしまうのは、私だけだろうか。
それはともかく、川戸貞吉といえば、「貞やんを(落語界で)知らぬ者はいない。知らない奴は馬鹿かモグリだ」と談志から評される業界名物人間だそうだ。
そんなエライ人が、昔に比べると今の落語界は層が薄いなどというと、そのまま信じてしまう人がいるかも知れないので、ここで一言反論を。

先ず寄席の数だが、昭和23年の記録によれば都内に9軒で、全て落語の定席だった由。
それに対して落語家が何人いたのかは分からないが、桂小金治が戦後に入門した時の落語家の数を200名と言っている。
その場合は寄席1軒あたりの落語家の数は22名となる。
現在の寄席の数は4軒、それに対する落語家の数は両協会(立川流、圓楽一門を除く)で約420名。
寄席1軒あたりの落語家の数は105名、戦後のおよそ5倍である。
寄席に出演できる芸人の数は限りがあるので、落語家の人数からいえば現在の方が遥かに層が厚い。

そう言うと、いや昔は人数こそ少なかったが、名人上手が綺羅星のごとくいたという異論があるかも知れない。
ところがドッコイ、何せ一方に戦争が終わって娯楽に飢えていた国民がいて、片方でラジオの民放局が次々と開局する。
いきおいコンテンツは手っ取り早く落語を中心とした芸能番組になる。
戦後の第一次寄席ブームの到来である。
各ラジオ局は人気落語家たちを自局につなぎとどめておくために、こぞって専属契約を結んでいた。
因みに昭和27年当時、専属契約していた顔ぶれはというと。
NHK:柳橋、三木助
ラジオ東京:文楽、圓生、正蔵、小勝、小さん、円遊、小柳枝、桃太郎
文化放送:可楽、今輔、痴楽、さん馬(文治)、百生
ニッポン放送:志ん生、柳枝
その他フリー:小文治、金馬、円歌、圓馬、助六、馬生、圓右、米丸など
こうした噺家はラジオの出演で忙しくなり、寄席への休演や代演が頻繁に起きていた。
特に名人クラスになると、普段の寄席に出る機会が少なくなっていた。

今でこそ、休演や代演が事前に公表されたり、寄席の前にはり出されたりするようになったが、当時は開演になってみないと分からない。
それも落語の代演に色物の芸人が出てきたり、ひどい時は芸人の頭数そのものが足りなくて、さっき出ていた色物芸人がまた出てきて同じ芸を演るなどという、今では考えられないこともあった。
新宿の末広亭で2代目三遊亭円歌がトリだというので楽しみにでかけたが、最後まで現れず。
「円歌、来なかったね。」
「雨だからじゃない。」
なんて客同士が話していたのを憶えている。
そんな風だったから、戦後の寄席ブームが急速に萎んでいったのにも理由があったのだ。

唯一昔の方が優れていたと思われるのが、講談だ。
当時は貞山、貞丈、馬琴、松鯉といった名人級の講釈師がズラリと顔を揃えていて、トリが講談というのも珍しくなかった。
あとは音曲の芸人、これは時代が違うのだから致し方あるまい。

落語家については、今の方が明らかに水準は高いと思う。
寄席に行っても昔と違って、ガッカリするようなことは少なくなった。
現在の落語ブーム・寄席ブームはおよそ10年になり、定着した感がある。
お客は正直であり、面白いから足を運んでくる。
川戸貞吉が危惧だか期待だかしているような「落語の危機」は、私は感じていない。

川戸は談志との対談の中で、寄席の存在意義そのものにも疑問を呈しているようだが、それはまた別の機会に。
(敬称略)

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