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2011/05/30

立川流落語会・楽日(2011/5/29)

5月29日国立演芸場で行われた「立川流落語会」、3日間公演の楽日。
恒例となっていて、毎年1日は見に行くようにしている。
談志一門は現在四天王と呼ばれる人気者4人を抱えていて、チケットは毎回完売。
ただ志の輔、志らく、談春、談笑に加えて生志の5人と、それ以外のメンバーとの落差が大きくガッカリすることが多いのだが、さて今年はどうか。

結論は例年通りで、仲入り前迄で面白かったのは高田文夫の漫談だけ。
後半の志らく、談笑以外はあまり見るべきものが無かった。
それだったら各々の独演会に行った方が良い、というのが私の感想。

<  番組  >
前座・立川らく兵「まぬけ泥」
立川幸之進「真田小僧」
立川談修「身投げ屋」
立川雲水「胴斬り」
高田文夫「漫談」
立川談幸「質屋庫」
  ―仲入り―
立川談笑「居酒屋・改(イラサリマケー)」
立川志らく「長短」
立川文志「字漫噺」
立川龍志「三軒長屋」

先に苦言をいくつか。
らく兵「まぬけ泥」、小さく舌打ちする癖は耳障りで、やめた方がいい。
幸之進「真田小僧」、二ツ目に成り立てとのことだが、噺家の喋りになっていない。
雲水「胴斬り」、バレ噺風のつけたしは”具足”だった。ウルサイと思わず”張形”い忠告と受け止めてください。

さて談笑は十八番の「イラサリマケー」。
独演会では気が付かなかったが、この日のような寄席形式だと、談笑の登場で高座がパッと明るくなる。
やはり華があり、スター性を持っているということだ。
オリジナルの「居酒屋」は、「ずっこけ」の前半部を三代目三遊亭金馬が独立させた、いわば改作。
だから改作の改作というところ。
今や時代も変わり、居酒屋の店員は殆んど外国人。
彼らの微妙な言い回しやイントネーションの違いに着目し、戯画化したものと思える。
ビルマ人の店員が(「いい人だよミズシマー!」のギャグが秀逸)「いらっしゃいませ」を「イラサリマケー」、ビールの「大生と中生と」を「ダイナマイト、チュウナマイト」、「大徳利」を「オオドクイリ」、持ってくるときは「オマタケ、デマシタ!」、好きだなぁ、こう云うのって。
「今日のオスメス、エロエロあるよ」と言われて客が「何ができるの?」と訊くと、「ネコミに、イマダメ、ユビクライ、テサバキ、チンコナメアゲ、オメコナメオロシ、イカナイトシロートタイカイ」と、放送禁止用語のオンパレード。
それぞれが何であるかは、聴いてのお楽しみ。
オリジナルの骨格はキチンと残しており、改作の成功例だ。
私たちが海外で使う英語も、相手にはこんな風に聞こえるのかもと、ふと思った。
米国で私の英語がスペイン語に間違えられたのも、そのせいか!
談笑さん、次は英語版「居酒屋」ってぇのはどうでしょうか。

志らく「長短」、マクラで語っていたように、師匠の芸風に最も良く似ていて、師匠の芸に近づこうと苦闘している。
このネタ、気長な長さんと短気な短七さんとの対比をいかに上手く見せるかが、演者の腕の揮いどころ。
志らくの演出は、短七を気風のいい江戸っ子、長さんはまるでスローモーションのような動きで対比させていた。
この長さんは、UFOから月面着陸まで薀蓄をたれる男であるのが、いかにも志らくらしい。
短めだったが、客席を沸かせていたのはさすがだ。

この2席は大雨の中を行った甲斐があった。

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2011/05/29

傑作ミュージカル「スウィーニー・トッド」(2011/5/28)

5月28日、青山劇場でブロードウェイミュージカル「スウィーニー・トッド」を観劇。
大竹しのぶが出る芝居ならハズレは無いだろうという軽い気持ちで出向く。

演出・振付  宮本亜門
翻訳・訳詞  橋本邦彦
音楽監督   山下康介
<  主なキャスト  >
市村正親/スウィーニー・トッド(冤罪に陥れた人々に復讐する床屋 )
大竹しのぶ/ ミセス・ラヴェット(トッドの大家でパイ屋)
キムラ緑子/乞食女(実は・・)
ソニン/ジョアンナ(トッドの娘でターピンの養女)
田代万里生/アンソニー(脱獄したトッドの命を救った船乗り)
安崎求/ターピン(トッドを無実の罪に陥れた判事)
斉藤暁/ビードル(ターピンの片腕の小役人)
武田真治/トバイアス(ピレッリの助手)

オリジナルはスティーブン・ソンドの作詞作曲で、1979年ブロードウェイで上演され大ヒット、ロンドンなどでも上演を繰り返し、その後も舞台や映画でもリメイクされている。
日本では4年前に続く再演。

ストーリーは。
18世紀末というから産業革命前のロンドン。
床屋を営んでいたベンジャミン・バーカーは、好色な判事ターピンに妻を奪われ、無実の罪をきせられて流刑となる。
脱獄し若い船乗りアンソニーに救われて、15年ぶりにロンドンに戻るが、容貌はすっかり変わってしまう。
妻は死亡と聞かされ、当時幼かった娘ジョアンナは、今はターピンの養女となっていた。
復讐に燃えるベンジャミンは「スウィーニー・トッド」と名前を変え、元の大家でパイ屋であるラヴェットの2階で、床屋を再開する。
商売は繁盛するが、元の正体を知るピレッリから脅迫を受け、殺害してしまう。
死体の処理に思案していると、ミートパイ用の安い肉が手に入らず困っていたラヴェットが妙案を思いつく。
さてそれからというものは、上の階では復讐のために殺人を繰り返す床屋と、その下の階では美味しいパイを売る店、その両方が繁盛する。
アンンソニーとジョアンナ、スウィーニー・トッドとラヴェットとの恋物語を絡めながら復讐劇が進み、やがて悲劇的な結末に・・・。

物語でいえばサイコ・スリラーに区分されるであろうストーリーをミュージカル仕立てにするという難しいテーマだが、非常に良く出来ていた。
全体にスリリングな緊張感を保ちながら、コミカルな歌と踊りを散りばめ、楽しい舞台を作り上げていた。
傑作ミュージカルといって良い。
ただ終演後の食事で、挽き肉を使った料理が食えなかったけど。

この芝居、元々が主演である市村正親が、大竹しのぶと舞台を共にしたくて持ち込んだ企画だそうだ。
そのせいか、市村と大竹の圧倒的存在感が溢れていて、この二人以外のキャスティングが考えられないと思われるほどの適役である。
市村正親はさすがミュージカル俳優だけあって声が良いし、音程もしっかりとしている。
あの年でこれほどの若々しい声が出るのは、やはり若い女を嫁さんにしたせいかと(チクショー!)、ついついやっかみたくなる。
大竹しのぶは歌には多少難があるが、相変わらず演技力は抜群だ。そして色っぽい。
陰惨なのに可愛らしいという女性を見事に演じきった。
今や、代表的なミュージカル女優の仲間入りを果たした感がある。
他に、ピレッリを演じた中西勝之が好演。
ソニン(ソプラノが美しい)が可憐、武田真治が軽妙、キムラ緑子が狂気の演技で、それぞれ舞台を盛り上げていた。
オケの音も良かった。

公演は7月3日まで、全国の各都市で。

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2011/05/28

落語家の素質、才能

中学生のころ、寄席通いしていた友人が、あるとき興奮してこう語りかけてきた。
「昨日みたんだけど、朝太っていう、すげえ上手い前座がいてな。」
後の古今亭志ん朝である。
立川談志が最初に注目を浴びたのも、ある名人会の前座(小よし)で出たときだった。
先代の三遊亭圓楽や春風亭小朝は、二ツ目当時から評価が高かった。
私も末広亭で二ツ目時代の桂小金治「禁酒番屋」を聴いて、ひっくり返って笑った記憶がある。
「栴檀は双葉より芳し」で、彼らは若い頃から素質(才能、資質)に恵まれていた。

落語家は本人が希望し師匠が許してくれれば、誰でもなれる。
共通一次もなければ口頭試問もない。
早い時期から頭角を現わす人もいれば、年を重ねてもサッパリという人もいる。
なかには素人目からみても、芸人に向いていないのではという噺家もいるが、スタートから人生をやり直すのは容易ではなかろう。
劇団民藝のトップだった宇野重吉が著書に書いていたが、俳優の中にも明らかに不向きの人がいるのだそうだ。
彼はそういう人に対して、早く俳優をやめて他の職業に就くように説得したという。
本人は稽古熱心で、そこそこ演技も上手いのだが、宇野の眼からみると将来絶対にモノにならないことが分かるのだそうだ。
だから本人のためを思って、転職を勧めたとある。

かく言う私も中学のころ、落語家になろうかと志したことがあった。
2年生だったか愈々将来を決めようかと思い悩んで、あるとき鏡に顔をじっと映してみた。
その結果、落語家になることを断念した。
俺の顔は芸人向きじゃない、そう悟ったからだ。
小学生の頃から寄席に行っていたお蔭で、流行る人と流行らない人はどこが違うのかが区別できていた。
芸人として大事なのは華と愛嬌、そしてルックスも無視できない。
二枚目である必要はないが、やはり男前であることは有利だ。
中学時代の私の決断は正しかったと、今もそう確信している。

二ツ目の春風亭一之輔への世評が高い。
小朝以来と、その素質を称える向きもある。
先日、彼を評して当方がコメント欄に『志願すれば誰でも落語家になれますが、その中で才能のある人は一握りです。これからどこまで大きくなるのか、楽しみです。』と書いた。
これに対して「言志館」という方から、次のようなコメントが寄せられた。
『「五人廻し」、「百川」を一之輔さんは十分に咀嚼して、圓生を乗り越えようとしていました(いずれも横浜にぎわい座)。
実は、このワザオギの会の開演まで間があったので、半蔵門線「永田町」国立劇場出口前にあるコーヒーショップに入ったのですが、一之輔さんがキャスター付バックを持って当方の通路隔てた真ん前に座られ、コーヒーをすすられながら、大学ノートを広げて、ネタを熱心にさらっておられました。
こうした勉強熱心が今の充実を作っていると感じいった次第です。
「才能のある人は一握り」なので、鈴本も、池袋も、いつも同じ顔。』

才能があるということは、必要条件ではあるが十分条件ではない。
才能だけで罷り通れるほど、芸の世界は甘いものではない。
ひたむきな努力があってはじめて、大成への道が開かれる。
これからも一之輔に注目してゆきたい。

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2011/05/26

「落語好き」だが「ファン」でも「通」でもない

当ブログに何人かの落語家の方がコメントを寄せて下さっているが、レスはするものの、彼らのサイトを訪れたことがない。
芸には興味があっても、私生活には関心がないからだ。
電車や路上、時には会場のエレベーターの中で落語家をみることはあるが、挨拶したことも声をかけたこともない。
いわば通勤途上で、見知らぬ人に声をかけられても迷惑かなと思うからだ。
落語会が終わったあと打ち上げなどで、落語家と酒席をもうけることがあるが、一度も参加したことがない。
かつて「あなたは本当に落語ファンなのですか」というコメントを頂いたことがあるが、こちらの記事を読んでそう感じたのだろう、鋭い指摘だ。
「この人、何が楽しくて落語を聴きにいくんだろう」、そう思ったに違いない。
お答えします、「落語ファン」ではありません。

落語をテーマにしたサイトをみると、あれも楽しかった、これも面白かったと書かれているケースがあり、読んでいてご本人の嬉しさが伝わってくる。
打ち上げで噺家たちと呑んだ楽しさを書いたり、道で出会ってこんな会話を交わしたという話も眼にする。
雑誌「東京かわら版」(未読です)や、あちこちの落語家のサイトをチェックし、彼らの動静や今どんなテーマに取り組んでいるかを落語仲間と語らっている人々がいる。
好きな噺家を追いかけて、大阪や九州の公演まで出向いている人もいる。
こういうのを本当の「落語ファン」と呼ぶのだろう。

昔から「落語通」と呼ばれる人たちがいる。
落語や噺家に詳しいのは勿論(「酢豆腐」なら”モチリン”でげす)、一家言を持った方々だ。
昔でいえば安藤鶴夫や久保田万太郎らが代表格。
今ならさしずめ立川談志、この人が代表的なオピニオンリーダーだろう。
談志の書いた本や記事を読むと、なるほどと感心することもあるが、こうあるべきで「これが分かるのを落語が分かるという」などと断定されると、ついつい反発を感じてしまうのだ。
これじゃまるで、アンツルが家元に置き換わっただけじゃないか。
旧ソ連じゃあるまいし、大衆文化に公式など存在しない。
100人いれば100人、見解が違っていて良い。だから常に一人称でしか語れない。
こんなこと言ってると、「分かってないヤツ」に分類されるのだろう。
ハイその通り、全く分かっておりません。
「落語通」など、遠い世界でございます。

だから日々、高座をみて感じたことをそのまま書いている。
これでも十分楽しんでいるんですよ。
「落語好き」ではあるんです。

【追記】
後から知ったんだけど、「落語通検定」ってぇのがあるそうですな。
名前からして、野暮なモノをこさえたもんだねぇ。

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2011/05/25

原発プラントメーカーの沈黙

事故を起こした福島第一原発のうち、運転中だった1-3号機はいずれもメルトダウンだったようだ。
私たちシロウトでさえ予測できていたのに、なぜ政府はあそこまで頑強に否定してきたのか。
原発が絶対に安全だという「神話」が壊れるのを恐れたものか、あるいは何か守らねばならぬ相手でもいたのか、その真意が計りかねる。

今までは千年に一度だなどと、事故の原因を全て津波のせいにしてきたが、どうやらそれも違ったようだ。
電源が失われ冷却水が送れずメルトダウンしたとも報じられていたが、実は電源がなくとも作動するような冷却装置が存在していた。
それは「高圧注水系」と呼ばれる冷却システムで、これだけは核燃料の余熱による水蒸気が主な動力源なので、電源がなくても動くようになっている。
東電による解析結果によれば、その水蒸気を送る配管が破損していた疑いがあることが分かったという。
この水蒸気というのは原子炉圧力容器内から発生したもので、仮に「漏れ」があったとしたら、これだけでも大変な安全上の危機になる。
設計ミスなのか、部材や部品に欠陥があったのか、あるいは工事の手抜きなのか、いずれにしろ原子炉プラントメーカーは責任を免れまい。

今回の原発事故に関連して、以前から不思議に思っていたのは、当事者の一人である原発プラントメーカーが沈黙していることだ。
自分たちが設計し作り上げた装置が大事故を引き起こしたのだから、少なくとも国民に対してなんらかのメッセージを発するのが当たり前ではないか。

ちなみに事故の起きた1-4号機の、各プラントメーカーと建設工事費は以下の通り。
1号機 GE     約390億円
2号機 GE、東芝 約560億円
3号機 東芝     約620億円
4号機 日立製作所 約800億円
全ての原子炉は、米国のゼネラル・エレクトリック社(GE)によって設計されたものを基本としている。
プラント施工工事は鹿島建設によって行われている。

関係するプラントメーカーは事故の原因を調査し、どこに問題があったのか、結果を積極的に公表すべきだ。
他の原発事故を未然に防ぐためにも、その義務がある。

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2011/05/22

「ゴーストライター」は日本文化

5月17日に発売された週刊誌「FLASH」が、2008年にNHKが放映した大河ドラマ『篤姫』の脚本が、実は田渕久美子の手によるものではなく、兄でコピーライターの田渕高志が執筆していたと報じているそうだ。
私設秘書の証言とのことで、今のところNHK側や田渕久美子側からの反論は出されていない模様。
この人は、いま放映中の大河ドラマ『江 ~姫たちの戦国~』の脚本家だそうですね、観てないけど。
世間にはよくあることだし、脚本家も替え玉も双方が了解しているのであれば、問題にされることはない。
局側だって知っていながら知らないそぶり。
誰の迷惑にもなっていないし。

ゴーストライターが最も日常化しているのは、科学技術の世界だろう。
仮にAという大学教授と、その弟子のBが共同執筆して書籍を出したとしよう。
もしAがその一部を書き、残りの大部分をBが書いた場合は、その書籍の執筆者はA単独となる。
全てをBが書いた場合は、執筆者はAとBの共著になる。
これは「お約束」であり、少なくとも私が現役時代の数年前まではそうであったし、今でも続いていると思う。
科学誌に掲載された論文でも同様で、ある高名な大学教授が書かれた論文について教えを乞うべく訪問したら、自分では分からないからと、執筆した弟子をその場によんで説明させていた。
大先生は、論文自体をあまり読んでいない様子だった。
そげなモンです。

以前に「ポスドク」について書いたように、特に企業においては博士論文の替え玉はそう珍しくなかろう。
上司の命令とあっては部下は逆らえないし、考課に響くとなれば部下はせっせとゴーストライターを務めるしかない。
博士は博士でも、「下駄博士」。
文学の世界でもゴーストライターが存在することは夙に知られており、かつて文藝春秋社長であった池島信平が、菊池寛のゴーストライターであったことを晩年に告白したのは有名な話だ。
この手の逸話は世間から非難されるより、むしろ美談として扱われる。
作詞や作曲といった音楽の世界でのゴーストライターの存在は、ここに書くまでも無いことだ。

欧米など海外はいざ知らず、日本においてはゴーストライターが違法だという認識は左程ない。
当人同士が承知していれば構わないというのが、一般的な見方だろう。
例えていえば、大相撲の八百長問題みたいなもので、それほど責められることではない。
いちいち詮索するなんざぁ、「きくだけ野暮で、鳴く鳥ぁ矮鶏(ちゃぼ)だ。」ってこと。

お断りしておくが、当ブログの記事にはゴーストライターはいませんぜ。
(文中敬称略)

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2011/05/21

復興支援寄席「柳家一門会」(2011/5/21)

落語協会主催の復興支援寄席、5月21日は浅草演芸ホールでの「柳家一門会」。
地下鉄の浅草駅から仲見世、新仲見世を通り六区へ。
朝の9時前とあって、店のシャッターは閉じられていて、いつもと雰囲気が違う。
小屋の前には沢山の芸人さんたちが募金を呼び掛けていて、この日は市馬さんの箱へ募金を入れた後、場内へ。
顔づけはまるでミニ朝日名人会だ。
そのせいか入りは良く、普段の浅草の席より多いのでは。

・柳家花緑「宮戸川」
開口一番が花緑っていうんだから、豪勢な会だ。
マクラで先代小さんのエピソードを語っていたが、日頃から常に周囲に気配りをする人だったようだ。
そのお蔭で沢山の弟子が集まり育ってゆき、今の柳家一門の隆盛を迎えたというわけだ。
人気落語家に限れば、7-8割方は柳派だと言っても過言ではない。
「モチベーションの高いお客さんばかりなので、こちらのテンションも上がる。」と語っていたが、軽いネタにしてはハイテンションの高座だった。
落雷でかじりつくのが半七の方、というのが花緑の演出。
・柳亭市馬「粗忽の釘」
八つぁんが隣家で「落ち着かせてもらいます」と言って、女房との馴れ初めを語る場面が良く出来ていた。
オーソドックスで抑え気味の演出ながら、しっかりと笑わせるところはさすが。
ただネタに拘らず歌を入れるというのは、観客サービスのつもりかも知れないが、又かという気分になる。
・柳家さん八「替り目」
老けたなと思ったくらいだから、いかに久々だったか。
マクラで菅政権批判を行っていたが、まるで選挙演説みたいでやり過ぎ。
内容は共感できるにしても、芸人の政治批判はほどほどにした方が良い。
ネタに入っての出来は平凡。
・柳家小さん「ちりとてちん」
東京で「酢豆腐」が大阪に移って「ちりとてちん」。それがNHKTV小説で放映以後、東京でもこのネタで高座にかける人が増えた。
喬太郎や文左衛門らのアクの強い演出になれた落語ファンにとっては、物足りなさを感じたかも知れない。
かつてはこの小さんや先のさん八のような演出で良かったのだろうが、21世紀に入って以後に落語ファンとなった人々の眼には、どう映っただろう。
古典落語といえども、時代の波は避けられない。
落語という大衆芸能の宿命である。

それはそれとして、早朝から支援寄席や募金活動に励む芸人の皆さんには、感謝感謝。

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2011/05/20

【阪神】ここで若手内野手を育てよ

阪神タイガースがスタートダッシュにつまずき、意外な不振にあえいでいる。
開幕前は主力に故障がなく投手陣も安定しているということで、セの優勝候補トップにあげられていたのがウソのようだ。
2011/5/19現在、借金3の第5位だ。
加えて、ここ数日間で鳥谷、平野両内野手が相ついで負傷するというアクシデントに見舞われている。
不動の二遊間として、攻守のカナメである二人のケガは痛い。
しかも1軍経験のある大和は故障で戦線離脱中で、坂も故障明けの2軍調整中。
代役で上本、関本を起用したが、極端に内野陣が手薄になってしまった。
これを受けて球団が、緊急補強を検討しているということだが、賛成できない。
今の阪神に必要なのはチームの若返りであり、こういうピンチの時にこそ、埋もれていた選手が芽を出すチャンスなのだ。
鳥谷の代役、上本の活躍はその好例だ。

タイガースの真弓監督の用兵は、手堅い反面柔軟性に欠けるように思える。
実績のある選手中心ということで、特に投手の抑えでは3(トリプル)Kのリレーにこだわり過ぎて、星を落とすケースが少なくなかった。
打順についても、交流戦直前になってようやく入れ替えを行った。
これでは、いつまで経っても控え選手のレベルアップは期待できない。
新井良のショートへのコンバートという手もあるだろう。
ファームの内野手では、例えば育成ながら3割近い打率をあげている藤井宏や、打率では見劣りするが素質で魅力のある今年のドラフト5の荒木といった選手を、上にあげる手もある。
ライバルの巨人が、ベテランの故障や不調などから、思い切って若手を抜擢し成功している。
当面は苦しい戦いが続くかも知れないが、長い目でみればチーム若返りの好機としてとらえ、積極的に若手の登用を試みるべきだ。

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2011/05/19

国立演芸場5月中席(2011/5/18)

5月18日、珍しく平日の昼間に空きができたので、フラリと国立の中席へ。
入りが良いと思ったら団体客があったようだ。
先ずはのんびりと昼席を楽しむにふさわしい顔づけ。

それぞれ一行批評で。
前座・林家はな平「寿限無」
・古今亭志ん八「牛ほめ」
せっかくいい名前貰ったんだから、頑張って。
・春風亭百栄「トンビの夫婦」
新作でオリジナルはオー・ヘンリーだそうだが、オー・ヘンナー噺だった。
・東京ガールズ「音曲バラエティ」
賑々しく、それだけ。
・柳亭左龍「お菊の皿」
眼力(めぢから)で、お菊さんがオドロオドロしい。着実に腕を上げている。
・桂文生「本膳」
中トリで前座噺かよと思ったが、独特の「フラ」があるので楽しめた。
-仲入り-
・ホンキートンク「漫才」
呼吸が良くなり、漫才らしくなってきた。
・橘家圓太郎「短命」
文生や圓太郎が出てくると、寄席に来たという実感がわく。
・アサダ二世「奇術」
典型的な寄席の手品師。

さて、トリの古今亭志ん輔「愛宕山」だが。
結論としては、筋を追うだけの展開となり、荷が重過ぎた。
このネタは、名人・文楽が医師からストップをかけられた程、演者に負担がかかる。
文楽は高座にかけた後、楽屋で1時間以上休んでいたそうだ。
それは恐らく肉体的だけでなく、精神的負担も加わってのことだろう。
江戸の大店の旦那が京都で、芸者や幇間を連れて山遊びをするという贅(ぜい)。
噺全体に華やかさ、艶やかさが求められる。
その中にあって主人公であるタイコモチ・一八の、「面白うて、やがて哀しき」行動と心情と表現せねばならない。
文楽存命中は他者の追随を許さず、彼亡き後にこれに比肩できたのは一人古今亭志ん朝のみという、実に難しい演目なのだ。
志ん輔の高座は、華やかさも幇間の哀しみも十分に表現できていたとは言い難い。

八代目文楽、志ん朝に並ぶような「愛宕山」を演じる噺家の出現が待たれる。

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2011/05/17

日本の男性は13㎝、だって

女性の読者は読まないように。
下手な落語家と一緒で、話題に詰まるとシモネタにふる。
週刊ポスト5月20日号に、スペインの治療機器メーカー「アンドロメディカル」が、世界各国のペニスの平均サイズを発表したと報じている。
なんでも各国の研究機関や医師によって調査されたデータをもとにしたものとか。
どういう研究目的なのか知らないが、世の中にゃあ奇特な人がいるものだ。
読者諸兄の参考のため(参考にならないか)、数値とランキングは下記の通り。

1位:フランス 16cm
2位:オーストラリア 15.7cm
3位:イタリア 15cm
4位:メキシコ 14.9cm
5位:ドイツ 14.48cm
6位:チリ 14cm
7位:コロンビア 13.9cm
8位:スペイン 13.58cm
9位:タイ 13.5cm
10位:日本 13cm
11位:アメリカ 12.9cm
12位:ベネズエラ 12.7cm
13位:サウジアラビア 12.4cm
13位:ブラジル 12.4cm
15位:ギリシア 12.18cm
16位:インド 10.2cm
17位:韓国 9.6cm

フランスが1位というのは、なんとなく頷ける。
サウディアラビアのデータなぞは、かなり貴重でしょうね。
日本が1㎜米国を上回っていて、久々に優越感に浸れますな。
もっとも、㎜単位の測定精度があるものかどうかは怪しいけど。
それにサンプリング方法や、測定方法の詳細も分からない。
コトがコトだけに、測定者が誰かによっても長さは変わりそうな気がする。

そこのお父さん、この数値を見て劣等感ですっかり落ち込んでおられる様子だけど、これは平時のデータじゃないんです。
数字は全て勃起時のものだそうで、どうかご安心を。

それでも信用できないと仰るなら、ちゃんとした証人がいます。
「ペニスの証人」。
・・・これが言いたくて、ここまで引っ張ってきた。

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2011/05/16

IMF専務理事のトホホな事件

【米ニューヨークの捜査当局は5月15日、ニューヨーク市内のホテルで女性従業員に性的暴行を加えたとして、強姦未遂などの容疑で国際通貨基金(IMF)トップの専務理事でフランス人、ドミニク・ストロスカーン容疑者(62)を逮捕、訴追したと発表。
ストロスカーン容疑者は14日午後1時ごろ、滞在していたニューヨークの繁華街にある高級ホテル「ソフィテル・ニューヨーク」のスイートルームで、清掃のために入室した接客係の女性従業員(32)に対し、バスルームから裸で出てきて襲いかかり、無理やり寝室に連れて行き、ベッドに押し倒したという。
女性は軽傷を負ったが、逃げ出してフロント係に訴え、ホテルがニューヨーク市警に通報。
捜査員が現場に駆けつけたところ、容疑者はホテルを出ていたが、携帯電話を忘れていたため逃亡したと認識。
ケネディ国際空港からパリ行きのエールフランス機で出発しようとしていることが分かり、市警から連絡を受けた空港管理当局者が、同機のファーストクラスに搭乗していたストロスカーン容疑者を拘束し、市警に引き渡した。】
名前は「スカーン」でも、実際は「スキ」者。

ストロスカーン専務理事は、2008年には職務上の地位を利用して部下のIMF女性職員と性的関係に及んだ疑惑が浮上し、IMFが調査したという前歴があるんです。
この時は、地位の利用は無かったという結論で、お咎めなし。
相手の女性職員や自身の妻、IMF職員に対して謝罪し、一件落着させています。
まあ組織内部の調査だったので、闇から闇で済んだんでしょうけど、今度は米国の司直が相手になるので、そう簡単には行かないでしょう。

毎度同じことをいうようですが、男の中には上半身と下半身で人格が異なる人がいます。
もしかすると多数を占めているかも知れません。
これが妄想で終わっていれば実害はないのですが、問題は身体が動いて行動に走るタイプがいて、こういう手合いが性犯罪などを起こすんです。
恐らく脳に障害か何かあって、コントロールが利かないんでしょうね。
病気ですから、懲りずに何度でも繰り返します。
でも上半身は極めて正常だったりするので、周囲はなかなか気が付かないし、防ぐのも難しい。
人格識見にすぐれ社会的地位も高い人が、とんでもない性的犯罪を起こすのはそのためです。

お国柄もあるのかも知れないですね。
仏蘭西の猿小路(サルコジ)大統領、2人目の奥さんとはW不倫で結ばれたのに先年離婚。
でも翌年には歌手でモデルの現夫人と3回目の結婚をしています。速攻です。
伊太利の首相、名前なんていいましたっけ、チチョリーナじゃなくて…、アーそうそう、ベルルスコーニ。
女性にお盛んで、2月15日にはついにミラノ地裁に未成年者売春罪と職権乱用罪で起訴されてしまいましたが、依然として首相職にとどまっています。
日本では、まず考えられないことです。

逮捕されたストロスカーン氏は、来年春のフランス大統領選に最大野党・社会党から出馬することが確実視されていました。
直近の世論調査では、大統領候補として最も高い支持を集めており、保守系現職のサルコジ大統領を打ち破る最有力候補と目されていただけに、今後のフランス政局に影響を与えるのは必至です。

ご同輩へ、これを「他山の石」として、お互い下半身には気を付けましょう。
えっ、もうとっくに卒業だって?
じゃあ心配ないですね。

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2011/05/15

#7ワザオギ落語会@国立演芸場(2011/5/14)

5月14日は国立演芸場で行われた第7回ワザオギ落語会へ。
オフィス・エムズ主催なので、いつもながら丁寧なプログラムが配布されるのが嬉しい。
年に一度開かれていて、実力者が顔を揃えたこの日の会も満席。

・春風亭一之輔「徳ちゃん」
前置きで、これは大正時代の噺家の話といっていたが、調べてみると大正時代に朝寝坊志らくという落語家がいて、その本名が中村徳太郎。このネタのモデルなのだそうだ。
だからタイトルが「徳ちゃん」とは、また随分と安易な。
しかも「徳ちゃん」はこのネタの中で一度もセリフをしゃべらないと来ているんだから、変わっている。
ネタとしてはお世辞にも上品とはいえないが、近ごろ風格さえ漂わせている一之輔の手にかかると、ギリギリの所で野卑にならない。
最下層の売春宿の描写もよく出ていて、上出来だっといえる。

・三遊亭兼好「小言幸兵衛」
結論からいうと、今まで観た兼好の高座では今回がいちばん不出来。
稽古不足なのか、ニンではないのか、はたまた「徳ちゃん」が影響したのか、とにかくリズムが悪いのだ。
そうなると観客の反応も悪くなり、空気を察した演者の焦りが生まれ、ますますリズムを崩すという悪循環。
大家は麻布古川に済む家主なのだから、もっと風格が要る。
豆腐屋を9人の子持ちにしたのも、無理があった。
次回高座にかけるときは、よほど練らないといけない。

・昔昔亭桃太郎「勘定板」
2月に階段から落ちて怪我をして以来、メガネをかけることにしたそうだ。
娘さんから石原裕次郎に似ているといわれたそうで、ご満悦の態。
いくつかの小咄をマクラに、これも近ごろ珍しいネタへ。
「徳ちゃん」と下ネタでつく感もあったが、オリジナルにかなり手を入れて、爆笑モノにした手腕はさすが。
こちらは改作に成功していた。

~仲入り~
・入船亭扇辰「阿武松(おうのまつ)」
座布団に座るとき、首を小さく左右に振る姿が、師匠ソックリになってきた。
この会は初出演というのは意外。というか、入船亭として初なのだ。
扇辰は二ツ目当時から高座に品があったし、噺は上手かった。
ただ愛嬌に欠けるというか、面白さで今ひとつの感があったのだが、ここ1,2年でガラリと印象が変わった気がする。
この日のネタでも、じっくりと聴かせながら、それでいて面白い。

・柳亭市馬「首提灯」
久々にトリの市馬に出あう。
「胴斬り」がマクラだったので、2席聴けたようで得した気分だった。
さすが剣道3段の腕前だけあって、刀の斬り方がキレイだ。
それとこのネタは、頭の大きい面長の人でないと感じが出ないが、そういう意味でも市馬にピッタリだ。
ここの所、やや不満の高座が続いた市馬だが、この日の高座は十分満足のいく出来だった。
貫録の一席。

次回は来年5月になるが、今から楽しみだ。

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2011/05/14

浜岡原発の「耐震偽装」

“やっぱりそうか”というべきか、“そうだろうな”というべきか、中部電力・浜岡原発は設計段階から耐震偽装があったらしい。
女性セブン5月26日号が伝えているところによれば、設計に加わっていた技師が、原発プラントの耐震偽装の実態を告白している。

その方の名は、千葉県在住の谷口雅春さん(69)。
今から30年以上前、東芝の子会社である「日本原子力事業」の技術者として、浜岡原子力発電所2号機の設計に携わった。
1970年ごろから神奈川県横浜市にある東芝の工場に出向し、原子炉の炉内構造物の設計を担当した。
問題が発生したのは1972年5月で、設計者の代表者会議の中で、「いろいろ計算したがダメだった。この数値では地震が来ると2号機はもたない」という見解が出された。
その理由は、次の通り。
①浜岡周辺では、ほぼ200年周期でマグニチュード8クラスの大地震が起きているため、岩盤が極めて脆い。
そのため浜岡の地盤は岩どころか、握りつぶすことのできる砂利の集まったシャーベットのような状態だった。
②原子炉建屋と核燃料集合体の「固有振動数」が、想定される地震の振動の周期に近いことがわかった。
固有振動数と同じだと揺れが何倍にも大きくなる「共振現象」を引き起こし、地震のリスクが激増してしまう。
この結果から谷口さんは、建設中止もやむをえないかと思ったが、そうはならなかった。

結論は、データを偽装して地震に耐えられることにする、だった。
その対策として、
①岩盤の強度を測定し直したら、福島原発並みに岩盤は強かったことにする。
②固有振動数はアメリカのGE社が推奨する値を採用し、共振しないことにする。
が講ぜられた。
明らかな「耐震偽装」である。
技術者として、そんな危険な原発を造るわけにはいかない、そう思い悩んだ末、谷口さんは会社を去ることになる。
そして浜岡原発は予定通り建設された。

告発の内容から、谷口さんは真実を語っていると思う。
プラントメーカーとしては、何としても仕事が欲しい。
特に会社として力を入れている原発プラントであれば、喉から手が出るほど欲しいのだ。
ところが、通産省(当時)に設置許可申請を出す直前になって、建設を中止せざるを得ないほどの重大な事実が明らかになった。
事実を公けにすればプラント建設は中止となるか、あるいは他社に発注されるかで、いずれにしろ東芝は失注してしまう。
担当者は、企業の幹部から大目玉を食うことになる。
それならいっそ、データを偽装してしまおう。
近いうちに大地震がくることは先ず無いだろうし、もし震災でプラントが壊れても、別の原因にすればいい。
どうせ国策だもん、最後は国が面倒をみてくれるさ。
まあ、だいたいそんな事情だったのだろう。

プラントメーカーの設計者なら、多かれ少なかれ、そうした経験は持っていると思う。
仕事は営業が取ってくるのだが、受注競争の結果、予算も工期も非常に厳しくなり、まともにやっていると無理だと分かる。
だから、悪いのは承知で「抜かざるを得ない」ケースが生じる。
谷口さんのように潔く会社を辞める人は、ごく少数だ。
ここまでは設計の話で、ここから先の実際の工事でも、同様のことが起きる。
どうしても予算が合わないと、やはり分からない程度に「抜く」ことになる。
そんなことが積み重なって、プラントの完成時から問題を抱えることになる。
これは浜岡原発に限ったことではあるまい。
全国の原発どこでも程度の差こそあれ、同様の問題があると考えた方がよい。
「安全な筈」ではダメで、本当に安全かどうかを点検せねばならないだろう。

一説では、米国の強い要請で浜岡原発を止めることになったと言われているが、もしそうなら、既にアメリカ政府側はなんらかの事実をつかんでいるのかも知れない。

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2011/05/13

産経と原発ペンタゴン

俗に政官財のトライアングルという言葉があるが、原発安全神話の形成ではこれに御用学者と御用マスコミを加えた「原発ペンタゴン(五角形)」がその威力を発揮してきた。
原子核分裂を原理とする原子力発電は、それ自身の中に常に危険性を内包している。
通常の火力発電であれば、燃料の供給を遮断してやれば停止ができるが、原発はそうはいかない。
原子炉の臨界停止後も核燃料からは発熱が長期にわたって続くため、原子炉や使用済み核燃料プールの冷却を続けなければならないからだ。
今回の福島第一の事故に見られるように、すでに停止していた原発でさえ重大事故を引き起こす。
いったん事故が起きれば、放射線の発生や大量の放射性物質の拡散が生じ、周辺地域はもちろんのこと、狭い日本の国土のような場合は、国全体に汚染が拡がる可能性がある。
運転により生じる放射性廃棄物の処理も厄介である。
安全対策に万全を期しリスクを最小限に抑えることが肝要だが、それでも危険性はゼロにはならないのであって、原発の建設にあたってはその点を特に周辺住民に対し正確に理解して貰う必要がある。

そうした丁寧な説明を全て省力し、ただ原発は安全だ、人体には影響しないと吹聴する、これが「原発安全神話」である。
「政」の中心は、むろん自民党だ。神話のストーリーテーラーとして永年にわたり原発推進政策をリードしてきた。
最近になって党内の一部から、過去の政策を検証しようという動きがでてきた。遅きに失したとはいえ、口をつぐんで知らん顔をしている周辺の政党に比べれば、まだ良心的といえる。
「官」と「財」は注釈の必要もないだろう。
「学」は、このブログでも再三とり上げてきた御用学者たちだ。
彼ら科学者こそ、原子力の危険性を最も熟知している筈なのに、安全神話のお先棒をかついできたのだから、特に悪質だといえる。
こういう手合いが集まって原子力安全委員会を運営してきたのだから、堪ったものではない。
彼らを刑事告発できないものだろうか。

最後の、御用マスコミといえば、やはり産経新聞を中心としたフジサンケイグループだ。
その象徴的なできごとが、同グループが国内屈指の環境に関する顕彰制度と自認する「地球環境大賞」で、今春その記念すべき第20回大賞にあの東京電力を選んでいたことだ。
もちろん授賞式は延期となり、東電は受賞を辞退したのだが、仮に事故が起きなかったとしても、環境大賞と東電とは結びつかない。
いかにフジサンケイが原発推進の旗振りをしてきたかを示すものだ。
一説には、受賞企業は主催新聞社にお礼広告を出すしきたりがあり、その広告目当ての授賞だったとの観測がなされているようだが、そうであれば何をかいわんや。
事故が起きる前の産経に、こんな記事が載っていた。
「中国では、現在10基800万キロワットの原子力発電を2080年までに15倍から20倍に拡大する計画が進む。100万キロワット級の原発が今後20年間で百数十基もできる計算だ。インドも電力を原発に求めようとしている。」
だから日本も負けずにどんどん原発をつくれというわけだ。
中国政府のやることはナンデモ反対の産経が、どういう風の吹きまわしだろう。
第一、中国で200基もの原発が建設されるとしたら、我が国の環境保護はもちろん、安全保障上の危惧を指摘すべきであり、そこに思い至らぬとすればマスコミ失格である。
フジサンケイは、現在は原発事故処理について政府批判の急先鋒に立っている感があるが、それ以前に自らの報道姿勢を検証するのが先ではあるまいか。

先ずは「原発安全神話ペンタゴン」を解体した上で、冷静で科学的な議論をすすめる必要があるだろう。

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2011/05/11

浜岡原発の空撮写真

201104

【5月6日に菅首相から発表があった浜岡原発の空撮写真(2011年4月 広河隆一撮影)。
いかに海に近い原発か、1枚の写真が物語っているのではないでしょうか。
是非ご購読や周りのお知り合いの方に広めて下さい。】
(以上、画像と文は“Days International 日本版「今週の一枚」”より転載)

浜岡原発の停止要請が「東海地震対策完成まで」という条件付きながら、2011年5月6日夜、菅首相から発表された。
中部電力は要請を受け入れることを決めた。
この要請について経団連の米倉会長は会見で厳しく批判し、自民・公明両党は国会で追及することを表明している。推進派の「三役揃い踏み」である。
浜岡原発の停止に賛成か反対かいずれを問わず、先ずは現状を見た上で判断して欲しいことを、この1枚の写真が訴えているようだ。

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2011/05/10

【寄席な人々】前の席に「大きい人」が・・・

あまり身長の高くない方なら、何度か経験がおありだろう。
落語会に限らず催しすべてに共通することであり、誰の責任でもないし、だから対策のとりようもない。
でも実際に困るのは、前の席に「大きな」人が座ることだ。
背が高いだけならまだ頭の間から見ることもできるが、これが歌武蔵のような体格の人だと、もうダメだ。
それでも座席が脇の方なら見えにくい程度で済むのだが、中央付近の席だと時には全く見えなかったということになる。
自由席や空席のある会場なら移動する手があるが、満席だとそれもできない。
せっかくライブを見に行ったのに、声だけしか聴けなかったというのは、いかにも残念だ。
小中学校のころ生徒を身長順に並ばせ、背の低い人から前の方の席に座らせていたが、あれは合理的だったんだと今になって思う。

これは劇場ではなく航空機内でのことだが、体格のいい人と隣り合わせになって困ったことがあった。
米国行きのフライトで、既に窓側に座っていた人がまるでプロレスラーかアメフト選手のような、立派な体格の黒人だった。
身体は完全な逆三角形で、私が座る隣席の方へ、その人の肩がかなりはみ出していた。
従ってこちらは少し斜めに肩を捩らないと、座れない。
空席があれば変わりたかったのだが、あいにくの満席。
それでも当方の英語が達者なら、多少なりともコミュニケーションが取れたのだろうが、至って不調法ときているのだからどうにもならぬ。
あちらも大きな体をシートに沈めジッと座っているだけだったが、こちらも斜めの体制を保ち続け、とうとう12時間そのまま動けずじまい。
あれは拷問みたいでしたね。

体格も体形も一人一人ちがうし、それが狭い空間を共有するのだから、不便は避けられない。
理屈では十分判っているのだが、でも「被害」に出あうと、なんとなく割り切れない気分に陥るのだ。

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2011/05/09

柳家三三・桂吉弥ふたり会(2011/5/8)

5月8日紀伊国屋サザンシアターで行われた「柳家三三・桂吉弥ふたり会」に出向く。
GW最終日となったこの日は晴天、気温も夏並みにあがり、半袖姿が目につく。
この会は二人が2席ずつ演じるが、うち1席はネタおろしの趣向。

<  番組  >
開口一番・桂鯛蔵「二人ぐせ」(「のめる」)
柳家三三「湯屋番」
○桂吉弥「質屋庫(しちやぐら)」
~中入~
桂吉弥「おごろもち盗人」(「もぐら泥」)
○柳家三三「抜け雀」
(○印は、ネタおろし)

若いうちは上手くなりたくて、一所懸命に稽古する。
ある程度実力が付き人気も出てくると、あちこち出番が増える。
やがて人気が先行し、名前と顔だけで客は喜んでくれるようになり、しだいに芸が荒れてくる。
収入が安定してくるから、努力を怠るようになる。
本人の目が覚めた頃は、すっかりファンから見放され、そのうち世間から忘れ去られる。
落語に限らずどの芸の世界にも起きることで、人気者は常に心しなくてはいけない。
現に私がそう心配している噺家も、二人三人にとどまらない。
この二人に関してはそんな心配はない、か?

吉弥の1席目「質屋庫」。
東京ではかつて圓生が得意としていたが、お馴染みない方に粗筋は。
横町の質屋の三番蔵に毎夜化け物が出るという近所のうわさ。
番頭は否定するが、主人は質草には質入れした人の恨みがこもる場合があると諭し、番頭に見届けるよう命ずる。
番頭が一人ではこわいというので、出入りの頭(かしら)を呼び、二人に蔵の見張りを命ずる。
やがて深夜になると蔵の奥でなにかぴかっと光り、羽織と帯が相撲を取る光景をみて二人とも腰を抜かす。
次に棚に載っている掛け軸がスーっと開き、中から天神様が現れて・・・。
主人が、質草へ恨みがこもる事例を語る場面は人情噺風に、頭が店から酒や漬物を無断で持ち出したことを白状する場面では一転して滑稽噺に、後半は怪談噺風にと、演者の語りの力量が試されるネタだ。
吉弥の高座は、いずれの場面もメリハリをつけてキッチリと演じ、初演としては上出来。
持ちネタとして十分通用するような仕上がりを見せた。

吉弥の2席目「おごろもち盗人」。
東京では「もぐら泥」のタイトルで時々高座に掛けられるが、粗筋は。
盗人が穴を掘ってしのび込もうとして、玄関の付近に小さな穴を掘る。
家の者がなかなか寝ないので、穴から手だけを出して様子をうかがっていると気づかれ、手を縛られてしまう。
地べたにはいつくばって動くことも出来ない泥棒は、通り掛かった人に、がま口に忍ばせてある小刀を取り出してくれるよう頼む。
その人が財布の中をのぞくと5円の金があり・・・。
面白かったし、これはやはり上方ネタだ。
こういう軽いネタも吉弥はキチンと演じ、その姿勢に好感が持てる。

三三の1席目「湯屋番」。
番台に上がった若旦那の一人キチガイぶりが見せ所となるお馴染みのネタだが、三三は軽く流しながら笑いのツボは押さえて、楽しませていた。
ただ二人会に掛けるネタとして、セレクトが適切であったかどうか。

三三の2席目「抜け雀」。
初演だが、明らかに稽古不足。
観客の反応は良かったが、私はかなり不満だった。
先ず言い間違いや言い淀みが散見され、興がそがれる。
独自のクスグリを多用して、笑わせようとする努力は買うが、こういうネタは全体の品格を失わないようにすることが肝要だ。
それと、立場の弱い主人が何か言われると泣くというギャグが使い過ぎで、少々鼻に付く。
他のネタでもやっているので、又かと思ってしまう。
これから段々に仕上げてゆくつもりかも知れないので、今後に期待したい。

新ネタの完成度の高さ、あとの1席の面白さの両方で、今回は吉弥の勝ち。

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2011/05/08

たいこどんどん@シアターコクーン(2011/5/7昼)

bunkamuraシアターコクーンで上演中の、井上ひさし作「たいこどんどん」、5月7日昼の部を観劇。
この劇場では、井上ひさしの初期作品を蜷川幸雄が演出した舞台を送り続けてきた。
今回はその第五弾として、井上が直木賞受賞後の第一作として書いた小説「江戸の夕立ち」を1975年にみずから劇化した「たいこどんどん」に挑む。

作  井上ひさし
演出 蜷川幸雄
<  主な配役  >
中村橋之助/若旦那・清之助
古田新太/幇間・桃八
鈴木京香/女郎・袖ヶ浦、他
宮本裕子/女郎・藤ノ浦、他
大石継太/若い衆、他
大門伍朗/主人、他
市川夏江/柏崎の乞食、他
大林素子/女郎・里ノ浦、他
飯田邦博/ひげ侍、他
塚本幸男/あばた侍、他
立石凉子/魚婆、他
六平直政/片目侍、他
瑳川哲朗/船頭・栄蔵、他

物語は・・・。
時代は幕末。
江戸日本橋の薬種問屋の若旦那・清之助と、幇間(たいこもち)・桃八が、品川の女郎屋で隣席の薩摩のイモ侍と揉め事をおこし、あわやの時に海へドボン。
危ういところを東周りの千石船に拾われる。
着いたところは陸中釜石。
そこから江戸に戻る予定が、行く先々で清之助がトラブルに巻き込まれ、それを桃八の機転で何とか乗り切る。
そんな繰り返しをしているうちに、東北から北陸までグルリと、まるで「奥の細道」のようなコースをたどることになってしまう。
時に清之助からひどい仕打ちを受け、離れ離れになる時があっても、桃八は若旦那に尽くし続ける。
だって、タイコモチだもん。
9年にわたる遍歴の果てに慶応4年8月、ようやく江戸に戻った二人を待ち受けていたものは・・・。

この芝居について、初演のさいに作者はこう述べている。
「桃八と清之助(すなわち庶民)と、世の中(すなわち体制)との、この喰いちがいは、以後の近代日本の(むろん今日まで継続する)もっとも重要なテーマのひとつとなる。」
確かに、幕末にはあれほど攘夷を叫んでいた薩摩が、明治政府になるととたんに体制の支配者側に乗り換える。
この作品でもそうした面が現れてはいるが、井上作品としてはメッセージ性はさほど強くない。
むしろ、演出家の蜷川幸雄がいうように、
「ぼくは井上さんの初期に近い作品の猥雑にして卑猥、卑猥にして抒情的な、抒情的にして滑稽な、滑稽にして哀しい作品が好きです。まるで民衆の雑踏のまん真真中にいるような気がして興奮するんです。」
という評価が当たっていると思う。
時代がどのように移ろうと、庶民の生活力、エネルギーは変わらないというメッセージ性のほうが、今の時期にはピッタリだ。

いきなり歌舞伎の「だんまり」から始まり、品川の女郎屋のシーンでは落語の「棒鱈」を、最終シーンでは同じ落語の「ざこ八」を彷彿とさせるような、そんな古典芸能の世界があり。
その一方、まるでロードムービーをみるようなストーリーの展開と、井上作品ではお馴染みの歌い踊るエンタテイメントも健在。
舞台のハイテンションがそのまま客席に伝わり、休憩を含む上演時間3時間、まったく飽きることがない。

出演者では若旦那を演じた中村橋之助が、はまり役。
たいこもち・桃八を演じた古田新太はさすが芝居は上手いし熱演だったが、年齢の点もあるのだろうが、若い幇間らしい軽妙さに欠ける。
それより、6役を演じた鈴木京香の達者ぶりに舌を巻いた。
エロティックだが品を失わず、匂うような色香が舞台に華を添える。
宮本裕子が可愛いらしく、六平直政と瑳川哲朗が悪役で貫録をみせる。
その他の出演者も総じて好演で、一人の俳優が何役も演じるというこの難しい舞台を盛りあげていた。

公演は5月26日まで。

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2011/05/07

団鬼六さんのこと

官能小説の第一人者で作家の団鬼六(だん・おにろく、本名・黒岩幸彦=くろいわ・ゆきひこ)氏が5月6日、食道がんのため死去した。79歳だった。
団さんとは直接の面識はないが、一方的に親しみを覚えている。

一つは、団さんの行きつけの店、歌舞伎町にあったキャバレーだったが、サラリーマンの現役時代に取引先の顧客でその店をひいきにしていた人があり、接待で時々使っていた。
生バンドが入りダンスフロアのある大きな店だったが、その中央の最前列に団鬼六さんの指定席があった。
和服姿の若い男性を連れてくることが多く、恐らくその服装と容貌から団さんの好きな将棋の棋士だったと思われる。
団さんが現れ席に座ると、たちまちホステスが周囲をぐるっと囲み、いかにも上客としての扱いを受けていたのが印象的だった。
ちょうど若い愛人に自殺され落ち込んでいると噂された時期だったが、見かけはとても元気そうだった。
もう一つは、SM雑誌の中央公論と称されていた雑誌「SMキング」の編集長だった人と一時期懇意になり、その方から団さんの逸話を色々うかがう機会があった。
一度、団さんに紹介してくれるという話もあったが、沙汰やみになってしまったのが惜しまれる。
【下のイラストは喜多玲子(美濃村晃)】

Reiko17団鬼六というと日本のSM小説の第一人者のように言われているが、決して正統派とはいえない。
女性に肉体的暴力を加えたり傷つけるような場面は殆んどなく、羞恥心をかきたてる、いわゆる「羞恥責め」が中心となっている。
被虐の対象になる女性というのは、深窓の奥様や令嬢、あるいは女侠客などに限られる。
時代物が多いのも、そのためだ。
小説のモデルにしていたのは山本富士子や富司純子といった女優たちで、団さんの妄想をかきたてるのだろう。
自らの作品を「珍小説」と呼んでいたのは、その辺りに理由があるのだと思う。

相場師や将棋の世界を描いたものを除けば、どの小説を読んでもワンパターンで、文学的に優れたものとは言い難い。
若いころに花巻京太郎という筆名で書いた「大利根柔肌草紙」という中編小説があるが、その後の団鬼六の小説の主なパターンがこの作品の中に網羅されている。
団さんといえば代表作は「花と蛇」と相場が決まっているが、やたら冗長なだけで私にはその好さが分からない。
むしろ長編では「鬼ゆり峠」を代表作に推したい。この作品の中に団鬼六のすべてが凝縮されている。
SM作家にしてフェミニストという、団さんの面目躍如である。

ピンク映画のプロダクションを設立したり、SM雑誌を発行したり、アマチュア将棋の機関誌を引き受け借金を抱えたりという、作家として破天荒な人生を送った団鬼六さん。
ご冥福をお祈りする。

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2011/05/06

「幕引きは死人に口なしビンラディン」のその後

パキスタン紙ニューズ(電子版)は5月5日までに同国治安当局者の話として、北部アボタバードの隠れ家で米軍の急襲を受けた国際テロ組織アルカイダの指導者ウサマ・ビンラディン容疑者は、いったんは生きて拘束されたものの、その後殺害されたと同容疑者の12歳の娘が証言していると報じた。
同紙によれば、娘は隠れ家に取り残され、パキスタン治安当局に拘束された。調べに対し、2日未明の急襲作戦開始数分後、ビンラディン容疑者は米軍特殊部隊員に捕まり、家族の前で射殺されたと主張しているとされる。
一方、政府関係者によると、拘束された隠れ家の住民は「(同容疑者も含め、)こちら側から米軍へは一発たりとも発砲していない」と口をそろえている。
(以上共同通信より)

予想したとおり、拘束してから殺害だったということ。
パキスタン政府は否定しているが、今回のビンラディン殺害にあたり、米国は事前にパキスタン政府に対して了承を得ていた筈だ。
では何故このような情報が治安当局筋から漏れるのかというと、現在パキスタン国内の対米感情は最悪の状況にある。
①米軍がアフガン側からパキスタン北西部に無人偵察機を飛ばし空爆を繰り返し、多数のパキスタン民間人が犠牲になっている。
②1月27日にパンジャブ州ラホールで、米領事館員であるレイモンンド・デービスが現地の若者二人を射殺し、逮捕される事件を起こした。
その後同容疑者が実はCIAの契約職員であったことが判明し、パキスタン国内では死刑を求める声が高まった。
ところがデイビス容疑者は3月16日、突然に釈放され、帰国してしまう。
起訴された直後だっただけに、国民の怒りに油を注ぐ結果となっているようだ。

これらの結果、3月26日に予定されていた米、アフガン、パキスタン三者会談を、パキスタンがボイコットしてしまう。
米国は今年7月から、アフガニスタンからの撤退を予定しているが、そのためにはパキスタンの協力が不可欠だ。
今回のビンラディン殺害事件の真相が明らかになるにつれ、パキスタン側の対米感情がますます悪化するようになれば、撤退計画に影響しかねない。
米国内では好意的に受け止められ、オバマ大統領の支持率も10%前後上がったようだが、こうした国際的影響を考えるなら、必ずしもアメリカ万々歳とはいかないようだ。

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2011/05/05

復興支援寄席「志ん生 生誕121年」in鈴本(2011/5/5)

落語協会では東日本大震災支援のための活動を行っているが、その一環として5月5日、鈴本演芸場において「志ん生 生誕121年」(このタイトルには何の意味も無かったようだ)と題する会を行った。
入り口には早朝から沢山の噺家さんたちが並んで募金活動をしていて、先ずは紙切りの正楽さんの箱へ募金した後、入場。
午前9時半開演という時間帯にかかわらず、かなりの入り。
普段の寄席より入りが良いという声も聴かれて、落語界始まって以来というノーギャラ出演の催しを、観客も後押ししている。
常連さんが多いらしく、あちこちで挨拶が交わされていた。

<  番組  >
古今亭菊生「お菊の皿」
たぶん初見。
若手に見えたが、真打になって9年になる。
師匠「圓菊」の菊と大師匠「志ん生」の生で「菊生」だそうで、名前負けしないよう頑張って欲しい。
声がよく通るし芸風は明るいし、好感が持てる。
多趣味のようだが、本職にも精を出して。「こん菊生」なんて言われないように。
金原亭世之介「堪忍袋」
先代・馬生に入門とあるが、随分と芸風が違う。
発端の夫婦喧嘩(理由に説得力あり)からオチまで、独自のクスグリを入れ込んでテンポよく聴かせてくれた。
新しい感覚で古典を、という狙いは十分に達成していた。
金原亭馬生「そば清」
珍しいネタで、「蛇含草」に良く似ているが、こちらは食い物が餅ではなく蕎麦だ。
馬生は曲食いと称して、ソバ、うどん、きし麺、とろろソバの食い分けを見事に演じ、客席から大きな拍手を受けていた。
今日初めて気が付いたのだが、馬生は高座に上がるとき、一度高座の奥に向かって進み、正面に向き直るようにして座布団に座る。
この動作は、先代・馬生によく似ているし、双方ともに踊りの名手だからこその動きの美しさだ。
こうした発見も、寄席の楽しみの一つといえる。
古今亭志ん橋「池田大助」
一般には「佐々木政談」のタイトルで知られているネタ。
その場合の奉行は佐々木信濃守だが、この日は大岡越前守だったので「池田大助」で良いのだろう。
内容は全て同一で、桶屋の綱五郎の倅四郎吉が奉行に頓智頓才を認められ、やがて武士に取り立てられるという「お裁きもの」の一つ。
権力者の奉行を、いたずら小僧がやり込めるというストーリー。
セリフの歯切れにやや難がある志ん橋には不向きかとも思われるが、この日はそうしたことはどうでも良く、ただただお客さんたちの温かい拍手が全てだった。

朝の充実した時間が過ごせると思うので、この復興支援寄席に是非みなさんも足を運んでみてください。

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2011/05/03

幕引きは死人に口なしビンラディン(5/4に追記)

【暗殺】主に政治上の立場や思想の相違などから、ひそかに要人をねらって殺すこと。
【口封じ】 秘密などをしゃべらないようにさせること。口止め。
俗に、秘密が漏れないように殺してしまうこと。
【臭い物に蓋をする 】悪事や醜聞などを、他に漏れないように一時しのぎに隠そうとするたとえ。
【死人に口無し 】死人は無実の罪を着せられても釈明することができない。
また、死人を証人に立てようとしても不可能である。
(以上、大辞泉より引用)
なんてぇ言葉が、ついつい頭に浮かんでくる事件でしたな。

オバマ米大統領は5月1日夜、911同時テロを首謀したとされる国際テロ組織アルカイダの指導者ウサマ・ビンラディン容疑者を、1日に殺害したと発表した。
米軍がパキスタンの首都イスラマバード郊外の住居で殺害したものだ。
同容疑者の側近2人や息子らも殺害したもよう。
遺体は水葬というと体裁がいいが、海に放り込んだってこってしょう。
911事件については、10年経つ今も未だ謎が多く、アメリカ政府による陰謀説も根強い。
そうした陰謀説に与する者ではないが、事件に関してなぜか公表されていない事柄が多く、疑念を持たれるのも当然な部分もある。

この10年、アメリカ軍は必死でビンラディンを追いかけてきたとされる。
あともう一歩というところでなぜか取り逃がすという、まるで三流活劇のような経過をくりかえしてきたのはご存知の通り。
ビンラディンは元々それほどの大物だったわけではなく、むしろアメリカの宣伝によって英雄に祭り上げられたフシがある。
最近彼に面会したという人の証言では、アルカイダ全体への指導力も影響力もすでになく、象徴的存在だったようだ。
今さら、この男を殺害することにどれ程の意味があったのか、疑問だ。

今回の殺害事件には、国際法上の疑念もある。
国連の旧ユーゴスラビア戦犯法廷で判事を務めた法政大学の多谷千香子教授は、明らかに問題があるとする。
「米国にとって危険人物なら、誰でも殺して良いことになってしまう」と語っている。
こういう理屈が罷り通るとしたら、とても恐ろしいことだ。

911事件の真相究明には、首謀者とされるビンラディンの証言が重要だったのだが、彼の殺害によって幕引きとなる公算が大だ。
遺族をはじめ、米国民はみなこれで納得するのだろうか。

【追記】(5/4)
その後、ビンラディンは丸腰であったことが公表された。
銃により、頭と胸を打ち抜かれて殺害されたとのこと。
共にいた夫人はこれに先立って隊員に飛び掛かり、脚を撃たれて負傷。勇ましいね。
当初の発表では、激しい銃撃戦のすえ射殺したということだったが、丸腰でどうやって銃撃戦が出来たのだろう。
やはり初めから殺害する作戦だったのは明白か。

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2011/05/02

権太楼噺爆笑十夜・初日in鈴本(2011/5/1)

鈴本演芸場に柳家権太楼が帰ってきた。
昨秋からの入退院やその後の通院のために、しばらく定席を空けていた柳家権太楼。
先日の朝日名人会では、抗がん剤の治療を受けていることをcoming outしていた。
その権太楼が5月1日からの鈴本演芸場上席夜の部・特別興行「権太楼噺爆笑十夜」で高座に復帰、その初日に出向く。トリで、日替わりのネタ出しという趣向。

<  番組 >
伊藤夢葉 「奇術」
柳家我太楼 「子ほめ」
柳家小菊 「粋曲」
三遊亭 歌之介 「竜馬伝」
林家正楽 「紙切り」
柳亭市馬 「かぼちゃ屋」
柳家小三治 「出来心」
-仲入り-
昭和のいる・こいる「漫才」
入船亭扇辰「千早ふる」
鏡味仙三郎社中 「太神楽曲芸」
柳家権太楼「らくだ」

権太楼以外にいくつか。
夢葉 「奇術」、寄席の手品の典型で、手品でなく奇術。
我太楼 「子ほめ」、前座噺で3カ所も言い間違えをするようでは、真打の名が泣く。勉強し直し。
小菊 「粋曲」、今の寄席で数少ない本格的音曲師。いつも同じ曲ばかり弾く芸人も少なくないが、この人は抽斗が多く、しかも何をやらせても上手い。貴重な存在だ。
歌之介 「竜馬伝」、JALの機内で放送したら、森元首相サイドからクレームがあり、中止させられたとのエピソードを紹介。やはり宰相の器にあらず。
市馬 「かぼちゃ屋」、こういう軽いネタを演らせると、やはり上手い。市馬という人は寄席向きの噺家だと思う。持ちネタは多いし、なにを演っても水準をいく。
小三治がマクラで、今ほど日本人の心が優しいときはないと言っていたが、その通りだと思う。この優しさをこれからも保ち続けることができるなら、きっといい世の中になるだろう。

「金毘羅」が鳴り出すと、場内割れんばかりの拍手に迎えられて権太楼が登場。
痩せた印象はぬぐえないが元気で、声の調子は休養前より良くなっている。
「今日は長いよ」に会場からは「タップリ」の掛け声で、いい雰囲気だ。
2日目は、当初の「大山詣り」が「くしゃみ講釈」に変更になったのだそうで、時節柄いたし方なかろう。
この日の「らくだ」だが、珍しく火葬場のオチまでの長講を演じ切る。

かつて立川談志が権太楼を評して、「あんなんじゃ、これからは保(も)たんぞ」と予言していたが、予想に反して多数の落語ファンは彼を支持してきた。
権太楼の芸風は、どちらかというと泥臭く、立川流とは対照的であるといえよう。
志らくや談春を好む落語ファンもいれば、さん喬や権太楼を好むファンもいる。なかには、私のようにどっちも好きだという人も多いだろう。
それぞれ好みの問題であって、どちらが本物の落語ファンだとか、こちらだけが落語を分かっているとか、そういう色分けをする思考にはどうも付いていけない。

「らくだ」に話を戻して、権太楼の主な演出は、
①「かんかんのう」を屑屋にスローテンポで唄わせ、兄ィがらくだの死骸を抱えて大家の頭に触る。
②屑屋が酒を呑むうちに、次第に生前のらくだから受けた仕打ちを思い出し、怒りを爆発させながら威張りだす。
③普通の「らくだ」では、後半は兄ィのセリフや動きは割愛されるが、権太楼の演出では後半も兄ィのセリフやリアクションがある。
④間違えて樽に詰め込まれた願人坊主が途中で目をさまして喋りだし、屑屋が頭をこずく場面を加える。
全体としてややコッテリとした「らくだ」になっていたが、そのぶん笑いが取れていた。

それより何より、元気な権太楼が戻ってきたという喜びが会場を包んでいたのが印象的だった。

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2011/05/01

「校庭安全基準」決定の不透明さ

福島第1原発事故で、放射線が検出された学校について、文部科学省が屋外活動制限の可否を判断するのに「年20ミリシーベルト」と、一般人の年間許容限度の20倍という高さの被ばく線量を目安としたことに、激しい批判が噴出している。
内閣官房参与の抗議の辞任にも発展した。
「年20ミリシーベルト近い被ばくは業務従事者でも極めて少ない。この数値を乳児、幼児、小学生に求めることは受け入れがたく、強く抗議し見直しを求める。参与の形で容認したと言われれば学者としての生命は終わりだ」。
4月29日、記者会見した小佐古敏荘(こさこ・としそう)東大大学院教授はあふれる涙をこらえながら、こう語った。

基準値の裏付けとなるのが、これを妥当とした原子力安全委の見解だ。
30日の衆院予算委員会で菅首相は「安全委の助言を得ながら判断した。場当たり的ではない」と反論。
高木義明文科相も「子どもの心理的なことも、安全委の助言も踏まえ取りまとめた」と述べた。
その安全委のお墨付きが問題なのだ。
校庭利用基準を検討する際、原子力安全委員会(班目(まだらめ)春樹委員長)が正式な委員会を開かず、2時間弱で「差し支えない」とする助言をまとめ、国の原子力災害対策本部に回答していたのだ。
安全委事務局の加藤重治・内閣府審議官が4月30日の記者会見で明らかにしたところによれば、19日に同本部から助言要請があり、事務局が班目委員長を含む5人の委員から、対面と電話で意見を聞き、助言をまとめたというのだ。

原子力安全委員会といえば、「原発は構造上爆発しない」だの「原発における長期間の全電源喪失は、日本では想定外」だのと、散々ホラを吹いてきた前科があり、とうてい信用できない。
安全委の斑目(マダラメ)委員長ならぬ、不安全委のデタラメ委員長である。
しかも、こういう大事なことを決めるのに会議も開かず、事務局の人間が個別の意見を集約して回答してというのだから、呆れるほかない。

ことは将来を担う子供たちに係わる。
決定の経過に疑念がもたれている以上、直ちに、「子どもの屋外許容線量規制値」の見直しを行うべきだろう。

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