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2011/05/07

団鬼六さんのこと

官能小説の第一人者で作家の団鬼六(だん・おにろく、本名・黒岩幸彦=くろいわ・ゆきひこ)氏が5月6日、食道がんのため死去した。79歳だった。
団さんとは直接の面識はないが、一方的に親しみを覚えている。

一つは、団さんの行きつけの店、歌舞伎町にあったキャバレーだったが、サラリーマンの現役時代に取引先の顧客でその店をひいきにしていた人があり、接待で時々使っていた。
生バンドが入りダンスフロアのある大きな店だったが、その中央の最前列に団鬼六さんの指定席があった。
和服姿の若い男性を連れてくることが多く、恐らくその服装と容貌から団さんの好きな将棋の棋士だったと思われる。
団さんが現れ席に座ると、たちまちホステスが周囲をぐるっと囲み、いかにも上客としての扱いを受けていたのが印象的だった。
ちょうど若い愛人に自殺され落ち込んでいると噂された時期だったが、見かけはとても元気そうだった。
もう一つは、SM雑誌の中央公論と称されていた雑誌「SMキング」の編集長だった人と一時期懇意になり、その方から団さんの逸話を色々うかがう機会があった。
一度、団さんに紹介してくれるという話もあったが、沙汰やみになってしまったのが惜しまれる。
【下のイラストは喜多玲子(美濃村晃)】

Reiko17団鬼六というと日本のSM小説の第一人者のように言われているが、決して正統派とはいえない。
女性に肉体的暴力を加えたり傷つけるような場面は殆んどなく、羞恥心をかきたてる、いわゆる「羞恥責め」が中心となっている。
被虐の対象になる女性というのは、深窓の奥様や令嬢、あるいは女侠客などに限られる。
時代物が多いのも、そのためだ。
小説のモデルにしていたのは山本富士子や富司純子といった女優たちで、団さんの妄想をかきたてるのだろう。
自らの作品を「珍小説」と呼んでいたのは、その辺りに理由があるのだと思う。

相場師や将棋の世界を描いたものを除けば、どの小説を読んでもワンパターンで、文学的に優れたものとは言い難い。
若いころに花巻京太郎という筆名で書いた「大利根柔肌草紙」という中編小説があるが、その後の団鬼六の小説の主なパターンがこの作品の中に網羅されている。
団さんといえば代表作は「花と蛇」と相場が決まっているが、やたら冗長なだけで私にはその好さが分からない。
むしろ長編では「鬼ゆり峠」を代表作に推したい。この作品の中に団鬼六のすべてが凝縮されている。
SM作家にしてフェミニストという、団さんの面目躍如である。

ピンク映画のプロダクションを設立したり、SM雑誌を発行したり、アマチュア将棋の機関誌を引き受け借金を抱えたりという、作家として破天荒な人生を送った団鬼六さん。
ご冥福をお祈りする。

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