« この噺にはこの噺家(さ) | トップページ | 義捐金は有効に使われているのだろうか »

2011/06/19

「雨」@新国立中劇場(2011/6/18)

昨年の「東京裁判三部作」に引き続き、井上ひさし作品「雨」が新国立劇場で上演され、その6月18日の公演を観劇。
本作は1976年の初演以来8回の再演を繰り返しているが、今回は演出も出演者もガラリと変えての再演となる。

【主なスタッフ】
作=井上ひさし 
演出=栗山民也
音楽=甲斐正人
演奏=山田貴之

【  主なキャスト  】
市川亀治郎/金物拾いの徳(喜左衛門に成りすます)
永作博美/「紅屋」の当主・喜左衛門の妻・おたか
植本潤/ 「紅屋」の番頭・金七&花売り
梅沢昌代/芸者・花虫
たかお鷹/親孝行屋&藩士
花王おさむ/おかね&白石屋
山本龍二/住吉大明神宮司&腕香者
山西惇/ 釜六
酒向芳 /佐藤愕夢&願人坊主

ストーリーは。
江戸は両国、雨宿りに入った橋の袂で、金物拾いの徳は乞食から「喜左衛門さまでは」と声をかけられる。
聞けば羽前平畠藩の大手紅花問屋「紅屋」の当主・喜左衛門と瓜二つとやら。
莫大な財産と、女房おたかが大変な美人と聞かされ、ここは一番その喜左衛門とやらに成りすまし、金と女を一挙に手に入れるチャンスとばかり、徳は江戸を後にして平畠藩に向かう。
いくら見た目はそっくりと言っても、本人の生まれ育ち、性格、嗜好、言葉や知識など、どう頑張っても直ぐには身につかない。
そこで天狗にさらわれ全ての記憶を亡くしたことにして、何とか奉公人たちを騙すことができた。
しかし妻が相手となると、男性器が全く違う筈だから、そう簡単ではない。
ところが寝所を共にした妻おたかは、「鈴口」(「亀頭」の隠語)の特徴が同じだと、喜左衛門本人に間違えないと断言する。
「天狗隠し」の言い訳も永くは続かぬとみた徳は、平畠の方言をマスターし、紅花栽培の知識を勉強したりして、次第に本人に成り切ってゆく。
さらに以前の徳を知っている昔の仲間や、偽物だと知った芸者を次々と抹殺して、いよいよ万全な体制かと思ったのだが・・・。

先ず結論からいえば、この芝居は大成功だったと思う。
作品、演出、役者と3拍子揃った傑作といえよう。

以下、演出の栗山民也の解説を参考にして。
本作品は、井上ひさしがオーストラリアに留学中に執筆したもので、江戸っ子の徳が山形弁が全く理解できず立ちつくす姿が、当時の井上本人と重なっているようだ。「言葉と人間」という井上ひさしのテーマの一つだ。
徳が自分の衣を捨て、喜左衛門に成りすませてゆく過程は、井上のもう一つの大きなテーマである日本人の「自己喪失」である。
明治維新では欧米の近代文明を、敗戦時には米国の民主主義を、取り敢えず形式だけ模倣してきた。
その結果、自分たちを冷静に振り返ってみると、「私は誰でしょう」ということになる。
これは井上が終生、自分自身を含めた日本人全体へ問い続けたことだったと思う。
タイトルの「雨」は天から地上に降り注ぐ。
これは政治の中央と地方との関係に似て、全てのことがお上から下々への指令で決まってしまう。
いま問題になっている原発は、その好例だといえよう。
劇の最後に平畠の農民が、あらゆる犠牲を払ってでも幕府の苛烈な要求を撥ねつける姿は、これからの福島を始めとした東北の復興の姿を暗示させているようだ。

全体として歌舞伎仕立てで、世話物の狂言を観ているような気分だった。
おかたいテーマに拘らず、他の井上作品の例にもれず、歌と踊りの入った楽しい娯楽作品となっている。
まるで艶笑譚のようなキワドイ台詞や所作が散りばめられる一方、最後にどんでん返しのあるミステリアスな芝居ともなっている。
凄惨な殺しの場面があったり、結末は徳にとって不幸な終わり方が待っているが、最後のシーンでは救いが用意されていて、決して後味も悪くない。

演技陣では何といっても主役の市川亀治郎が素晴らしい。
さすが歌舞伎役者だけあってセリフがしっかりしており、何より動きが綺麗だ。
徳の心理描写も良く表現されていて、正に適役だ。
妻おたかを演じた永作博美も、実に良かった。
なにより可愛らしく、上品なエロティシズムが溢れる反面、冷酷な顔も見せる。
これほどの演技力のある人だとは思わなかった。
オカマを演じた山西惇のネチネチした演技も良かったし、芸者役の梅沢昌代は殺害されるシーンが美しかった。
植本潤の軽妙な動きや、花王おさむと酒向芳の怪演を含めて脇の演技陣も充実しており、個々の演技、全体のアンサンブル、音楽と演奏、いずれも文句なし。

公演は6月29日まで、新国立劇場・中劇場にて。

|

« この噺にはこの噺家(さ) | トップページ | 義捐金は有効に使われているのだろうか »

演劇」カテゴリの記事

コメント

こんにちは。私も井上ひさし原作の演劇『雨』を見に行きましたの、ブログを興味深く読ませていただきました。市川亀治郎さんの生の舞台を始めてみましたが、テレビでは分からない体の動きなどの演技力はすばらしいと思いました。

私もブログに、『雨』の舞台の感想などを書いて見ましたので、是非読んでみてください。
ブログにご意見、ご感想などコメントをいただけると感謝致します。

投稿: dezire | 2011/06/25 19:16

dezire様
本当に素敵な舞台でした。
亀治郎の隅々まで行き届いた演技、永作博美の美しくもクールな妻の役、いずれも素晴らしかった。
貴ブログの記事も、拝見したいと思います。

投稿: home-9(ほめ・く) | 2011/06/25 21:30

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/82117/51985362

この記事へのトラックバック一覧です: 「雨」@新国立中劇場(2011/6/18):

« この噺にはこの噺家(さ) | トップページ | 義捐金は有効に使われているのだろうか »