松井誠・ひとり芝居「花顔」(2011/8/20昼)
大衆演劇というのはかつて庶民の娯楽のひとつだった。私が生まれた東京中野の町には常設の小屋があったし、母の実家である神奈川の農村では小学校の講堂を臨時の小屋として、大衆演劇の劇団が廻ってきた。
泪と笑いの股旅ものと歌と踊りというプログラムで、芝居のほとんどはアドリブだったと思う。
今でも大衆演劇は健在で、一部の熱狂的ファンによって支えられているようだ。
その中から多くのスターも輩出し、メジャー進出を果たしているが、松井誠はその代表格といって良いだろう。TVで見た限りでは、容貌の美しさと踊りが武器のようだ。
その松井誠・ひとり芝居「花顔(はなのかんばせ)」を、妻の「本当にあんたはミーハーね」という非難の声を背に、紀伊国屋ホールの8月20日昼の公演に向かう。
予想はしていたが会場は年配のご婦人で溢れ、ここでは私など洟垂れ小僧だ。
脚本:堀越真
演出:北村文典
出演:松井誠
物語は、戦後間もない昭和26年の東京のある大劇場の楽屋。戦前からその美貌と演技力で一座の花形だった女形役者も50歳になっていた。
芝居では名前こそ出さないが、脚本家が大笹吉雄著「花顔の人-花柳章太郎伝」を参考にしたとあるから、モデルは新派の名優・花柳章太郎ということになる。
舞台はこの楽屋で鏡台に向い、楽屋を訪ねてくる様々な人たちと会話しながら、自らの加齢や、観客が女形より本物の女優を好むようになる時代の流れを感じていく。
その中で時に苛立ち、時にかつての栄光を偲び、時に希望を抱きつつ、やがて自らの進む道を見出して行く。
水谷八重子との確執や、山田五十鈴との不倫やその後の破たんなどのエピソードを軸に、「天守物語」「十三夜」「婦系図」「太夫さん」の名場面を劇中に折り込みながら、物語は娯楽性豊かに進行する。
明らかに「化粧二幕」を踏まえていると思われるが、脚本は良く出来ている。
松井誠は、劇中劇で演じる天守夫人、士族の娘、芸者、妓楼の4役で見せた演技力はさすがだ。
特に「湯島」で演じた、お蔦主税の一人二役の演技は見事だった。別れ話を切り出された途端に、堅気の女房から元の芸者にふっと戻る姿が哀れを誘う。
松井誠の魅力は長身を活かした、後ろ姿の美しさだ。特に背中から腰、膝までの曲線の美しさは溜め息が出そうになる。
ただ問題なのは、セリフ回し。
特にアクセントがひどい。九州出身のためか訛りもある。
劇中劇のセリフはマトモなのだから、訓練すれば克服できる筈だ。
セリフを噛むシーンも二桁に達しており、このままでは一人芝居を演じる水準とは言い難い。
役者の基本である発声・発音の基本練習を怠ってきたものと思われるが、これを矯正しようとしなかった演出家(北村文典)の責任も大きい。
せっかくの芝居に水を差す結果になっていたのは残念だ。
もっとも松井ファンのご婦人客は、その姿を観ただけで満足していたようだが。
公演は22日まで。
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